機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第13話 迫りくる嵐

 

 

 

 

 

 目が眩むほどの眩い閃光。

 

 それは宇宙に悪夢の光を放った兵器『ジェネシス』から発せられるものではなかった。

 

 光が発する場所―――

 

 それはテタルトスから派遣された調査隊であるヴァルター達が攻め落とすべき拠点『レメゲトン』からのものだった。

 

 「まさか!?」

 

 ヴァルターは瞬時に敵の目的を看破すると通信機に向け、思いっきり声を張り上げた。

 

 「全機、緊急離脱!!」

 

 自分の声に一体何人が反応できるか。

 

 それでもこれが一瞬の間にできる最善の方法だった。

 

 歯を食いしばりスラスター全開で後退したヴァルターに続くように、先ほどの声に反応できた味方機が飛び退く。

 

 

 

 その瞬間―――『レメゲトン』より凄まじい衝撃と爆風が発生する。

 

 

 

 敵拠点の自爆。

 

 『レメゲトン』の爆発と共に破裂した岩の破片が周囲に飛び散る。

 

 敵味方関係なく、襲いかかる死の雨。

 

 破片が直撃すればモビルスーツや戦艦であろうともただでは済むまい。

 

 「ぐっ!」

 

 「うあああ!!」

 

 回避運動を取る間もなく、岩を避け切れなかった味方機が次々に押しつぶされ、爆散してゆく。

 

 「これ以上はやらせる訳にはいかない!」

 

 ヴァルターは体勢を立て直し、味方を襲う岩の破片を破壊しようとロングビームライフルを叩き込んだ。

 

 狙うは戦艦に降り注ごうとしている破片。

 

 モビルスーツは小回りも利く分、この状況下においても対処しやすい。

 

 だが機敏な動きの出来ない戦艦は別だ。

 

 仮に破片を避け切る事が出来ず、船体に大きく傷でも受ければ、致命傷になる。

 

 そしてプレイアデス級はテタルトス最新型の戦艦。

 

 ここで沈める訳にはいかない。

 

 「各機、各艦は安全確保を最優先!」

 

 ロングビームライフルの銃口から発射されるビームが戦艦に振りかかる無数の破片を打ち砕く。

 

 その間にも自分の安全確保も全く怠らず、危うさの欠片も感じられない。

 

 それはヴァルターだからこそできる芸当であった。

 

 「後の問題は……」

 

 この状況でザフトは動かない。

 

 いや、動けないだろう。

 

 となれば警戒すべき相手はただ一つ。

 

 ヴァルターの視線の先に浮かぶ悪夢の兵器と――――

 

 「おらァァァ!!!!」

 

 「ベテルギウス!」

 

 予想通りこんな状況にも関わらず、ベテルギウスは破片の雨を掻い潜り、セイリオスに光刃を振りかぶってくる。

 

 袈裟懸けに振るわれた一撃をかわし、肩のビーム砲で牽制を行いながら距離を取った。

 

 「逃がすかよ!」

 

 ベテルギウスはトンファーのように両腕に装着していた中型多連装ビーム砲を発射。

 

 何条もの光がセイリオスを追うように暗闇の宇宙を駆け巡った。

 

 ヴァルターは背後を一瞬だけ振り返ると迫りくる幾重ものビームをあえて避けず、すべてシールドで受け止めた。

 

 「ぐっ、今避ける訳には!」

 

 普通であれば苦も無く捌ける攻撃だ。

 

 だが戦場はそこら中を岩片が散乱し、敵味方入り乱れている状態である。

 

 その為に回避を選択するというのは様々な意味でリスクが高いと判断したのだ。

 

 「味方の為にか、ご苦労なこった!」

 

 距離を詰めたアルドはさらに連装ビーム砲に内蔵されているビームカッターを展開して横薙ぎに叩きつけた。

 

 岩片を利用し上手く死角を突いた一撃。

 

 だがヴァルターは凄まじい反応で斬撃を捌くと至近距離から腹部のヒュドラを叩き込む。

 

 それは明らかに異常な反応だった。

 

 散乱した岩の中で敵の動きを正確に把握しているなど尋常な空間認識力ではない。

 

 「ッ!? こいつ……やるじゃないか、テタルトスのエースさんよォォ!!」

 

 発射された野太い閃光を紙一重で避けた、ベテルギウスはそれでも全く怯む事無く左右から一撃を叩き込む。

 

 防御をまるで考えない。

 

 野獣を相手にしているかのような猛攻を前にヴァルターは思わず吐き捨てた。

 

 「まさに血に飢えた獣、いや、ハイエナだな」

 

 「パイロットは女か!?」

 

 アルドの脳裏に自分に煮え湯を呑ませたガンダムの姿が蘇る。

 

 あのパイロットも女だった。

 

 どうやら自分は腕の立つ女パイロットに縁があるらしい。

 

 上段から振り下ろされたビームカッターを弾き、セイリオスもまたサーベルで斬りつける。

 

 「フン、ハイエナで結構! ここは戦場だぜ! 油断した奴から死んでいくんだよ!! そして次に無様な姿晒して死ぬのはお前だ、女ァァ!!」

 

 「下品な奴」

 

 繰り返される刃の応酬。

 

 その度に弾ける火花。

 

 同じ『LFSA-X』シリーズの機体だけあってか、大きな性能差は無い。

 

 即ち己の技量こそが、戦いの結末を決定づける最大の要因となりえるという事。

 

 それはアルドにとっては願っても無い事だった。

 

 モビルスーツの性能差で勝っても何の意味もない。

 

 己の持つ技量で戦い、そして勝利してこそ意味があるのだから。

 

 「さっさと落ちろォォ!」

 

 「思い上がるな!!」

 

 スラスターを全開にして激突するベテルギウスとセイリオス。

 

 そんな二機に割り込むようにビームチャクラムを構えたシグリードが乱入してくる。

 

 「私も参加させてもらおうか」

 

 「もう一機!?」

 

 「カース、テメェ、邪魔すんな!」

 

 ベテルギウスから離れたセイリオスは円刃をギリギリのタイミングで回避、直後に振りかぶられたビームソードを防御する。

 

 だが、高出力で発生しているビーム刃はそう容易くは止められない。

 

 力任せに押し込まれる刃が徐々にシールドを食い破っていく。

 

 「チッ」

 

 「素晴らしい反応だな。どうやら空間認識力に優れているらしい」

 

 カースの軽口を無視したセイリオスはシールドを上方へと跳ね上げ、ソードを弾く。

 

 同時に膝蹴りでシグリードを突き飛ばした。

 

 「やるな」

 

 一旦距離を取り、黒い装甲を持ったその機体を見たヴァルターは思わず息を呑む。

 

 「この機体、シグルドの発展型?」

 

 「そういう君の機体も同じだろう?」

 

 セイリオスとシグリード。

 

 奇しくも同じ機体より発展させた兄弟機同士。

 

 睨みあう二機のモビルスーツが同時に動き出す。

 

 「その機体がどれほどのものか見せてもらおうか」

 

 ヴァルターは袈裟懸けに振るわれるビームソードの軌跡を見極め、決して受けに回らないよう回避する。

 

 一旦受けに回れば防御諸共押し切られてしまう。

 

 「あのビームの出力、迂闊に防御もできない」

 

 シールドすら斬り裂いたビームソードの出力は明らかにセイリオスよりも上だった。

 

 つまりは近接戦闘ではシグリードの方に軍配が上がる。

 

 ある程度の汎用性を持たせたセイリオスと、単純に性能向上だけを追求したシグリード。

 

 その差が出ているのである。

 

 しかしヴァルターの表情は冷静なまま、操縦にも何ら乱れは生じない。

 

 「確かに強力な一撃。でも、それならそれで!」

 

 セイリオスの機動性を生かしながら攻撃を見極め、横薙ぎの一太刀を潜り抜けるとこちらも負けじとサーベルを斬り上げた。

 

 盾によって阻まれ、火花を散らす剣撃。

 

 そんな一進一退の攻防を繰り返す二機の間に翼を広げたベテルギウスも参戦してくる。

 

 「お前の相手は俺だろうがァァ!!」

 

 「左!?」

 

 左側面から撃ち込まれたビームを持前の反射神経で回避する。

 

 だが、回り込んだシグリードが放ったビームチャクラムが背後から迫ってきた。

 

 「カース!!」

 

 「アルド、君には悪いが閣下の見ている手前、私も黙って見ている訳にはいかないのでね」

 

 セイリオスを左右からベテルギウスとシグリードの二機が襲いかかる。

 

 「くっ、これは……」

 

 一対一であるならば負けはしないと豪語できる。

 

 しかしヴァルターが如何に優れた技量をもっていたとしても現在この二機を同時に相手にする事は流石に分が悪いと言わざる得ない。

 

 今の戦場は岩が散乱する限定空間。

 

 通常の戦場であるなら負けはしないのだが。

 

 「もっと動きやすい場所に」

 

 「逃がすかよ!」

 

 シグリードから発射されたヒュドラを受け止め、離脱しようとしたセイリオスにベテルギウスのレール砲が直撃する。

 

 「ぐぅぅ!!」

 

 「残念だが、ここまでだ!」

 

 吹き飛ばされ体勢を崩したセイリオスにカースはビームライフルの銃口を向けた。

 

 「この前のモビルアーマーといい、君といい、本命前の良い肩慣らしになったよ。せめてもの礼だ、苦しまずに逝くといい」

 

 発射されたビームはセイリオスのコックピットに直進する。

 

 「舐めるな!」

 

 ギリギリのタイミングでビームを盾で防御。 

 

 ヴァルターは状況不利な事を覚悟し攻勢に出ようと試みる。

 

 そこにオレンジ色の装甲を持ったモビルスーツが割り込んで来た。

 

 「ザフトの新型!?」

 

 ハイネのザクがビーム突撃銃で近くの岩を砕き、シグリードを引き離した。

 

 「どういうつもり?」

 

 近づいてくるザクに対して警戒を全く怠らないヴァルター。

 

 それが当然の反応だと特に気にした様子も無くハイネはお互いに優先すべき事を告げる。

 

 「敵の敵は味方ってね。それに今はあっちの方を先にどうにかしないといけないだろ。てわけで一時休戦って事で」

 

 ハイネの示した先には倒すべき二機のモビルスーツとそして絶対に排除しなければならない悪夢の兵器の姿あった。

 

 確かにその通りだ。

 

 まずはアレをどうにかするという事に関して反論はない。

 

 「成程、解りました。ただ慣れ合う気はありません。おかしな素振りを見せたら即座に撃ちますので」

 

 「ハイ、ハイ、どうぞ、ご自由に。……怖い姉ちゃんだな」

 

 ハイネは先行するセイリオスの背中を見ながらそう呟くと自分もまたやるべき事をやろうと前に出た。

 

 

 

 

 混沌とした戦場に月から調査隊の増援として駆け付けた同盟軍の戦艦『イザナギ』が近づきつつあった。

 

 ブリッジのモニターに映る物体を見たセーファスは肌が粟立つの感じていた。

 

 モニターに見入っていたのはセーファスだけではない。

 

 あの物体の正体を知るものは誰もが動きを止めている。

 

 「まさか―――ジェネシスだと」

 

 ジェネシスといえばヤキン・ドゥーエ戦役を戦った者であれば知らぬ者などいない大量破壊兵器である。

 

 アレが発射された事でプトレマイオスクレーターに存在していた地球軍基地は壊滅。

 

 戦場においても大きな被害をもたらした事は記憶に新しい。

 

 ただ、かつて戦場で見た者より、かなり小型になっている。

 

 前大戦時と完全な同型という訳ではないようだ。

 

 「ジェネシス付近にザラ派のモビルスーツ部隊を多数確認!」

 

 ジェネシスを守る様にモビルスーツとナスカ級、ローラシア級などの艦が展開していた。

 

 その数は想定していた以上のもので、今の戦力では近づく事も難しい。

 

 「……やるべき事はかわらんか。各モビルスーツは出撃、テタルトス軍撤退を援護せよ。それから万が一にもアレの射線上には入らないように全機に通達しろ。データは逐一とっておけ」

 

 「艦長、アレに対しては……」

 

 「どうにかしたいのは山々だが、どの道イザナギ一隻だけではどうにもならんさ」

 

 だが、やるべき事だけははっきりしている。

 

 アレは確実に破壊しなくてはならない。

 

 セーファスは改めてモニターに映る忌むべき兵器の姿を目に焼きつけると、指揮に集中しよう気を引き締めた時だった。

 

 「艦長、ジェネシスに動きが!」

 

 「何!?」

 

 ジェネシス周辺にいた部隊は射線上から離脱し、各部に光が灯っている。

 

 「不味い! イザナギ後退! テタルトスも離脱させろ!!」

 

 「了解!」

 

 射線上に位置していないとはいえ、衝撃波かなりのものの筈だ。

 

 余計な被害をこうむる前に先に出撃していた部隊と共にイザナギは影響範囲外から離脱を図る。

 

 だが無慈悲にもジェネシスからの発光は止まらず、再び宇宙に悪夢が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 その部屋はかつて無いほどの緊迫感、圧迫感に包まれていた。

 

 会議室に集めらていたのはテタルトスの議員達と軍の主要メンバー。

 

 そして中立同盟の使者であるカガリやセリスやニーナといったオーディンのクルー達である。

 

 皆、話の内容におおよその見当がついているのか表情は固い。

 

 特に議員達の表情は深刻で、同時に疲れ切った様子を隠せていない。

 

 中には寝不足の為か、眼の下に隈が出来ている者すらいる。

 

 それも無理はない。

 

 ここ連日続く会議や交渉、情報収集によって疲労困憊なのである。

 

 だが、誰一人目を逸らす事無く真剣な眼差しで、前を見据えていた。

 

 「時間だな。司令、始めてくれ」

 

 ゲオルクに促されたエドガーが頷いて立ち上がると、モニターを起動させた。

 

 「皆さん、連日の対応や会議等でお疲れのところ申し訳ありませんが、緊急にお知らせしなければならない事案が発生したしましたので、ここに場を設けさせていただきました。時間が惜しい為、さっそく本題に入らせていただきます。最近わが陣営に大きな被害をもたらした勢力の本拠地探索の為に派遣した調査隊から先程報告が入ってきました」

 

 エドガーが素早く端末を操作するとモニターに映ったのは、無残な残骸に成り果てた敵本拠地の姿であった。

 

 爆発でもしたのか、残骸は周囲に多くの岩片を撒き散らしている。

 

 「まずは簡単に概要だけ説明させていただきます。調査隊は目標地点でターゲットである敵基地を発見、しかし何らかの目的で同じ宙域に現れたザフトの部隊と遭遇戦に突入。さらに遭遇戦の最中に敵本拠地が自爆、そして、これが出現した」

 

 映しだされた映像を見た全員が息を呑んだ。

 

 「……ジェネシス」

 

 これを再び見る事になるとは思っても見なかった。

 

 セリスもまたあの戦場を経験した一人。

 

 ジェネシスによる惨状は良く知っているだけに、再びこれを建造した連中に怒りを覚える。

 

 「この兵器『ジェネシス』についてはすでに説明する必要はないでしょう。問題はこれをどう対処するか」

 

 その言葉に一人の議員が口を開いた。

 

 「破壊するしかないでしょう。アレは驚異以外の何物でもない」

 

 「ええ。私も排除すべきだと考えます。ですが敵の詳細な戦力も未だ不明ですし、他勢力の介入も警戒しなければなりません。司令、他に現在判明している事は?」

 

 「調査隊から送られてきたデータのある程度の分析は済ませています。まずあのジェネシスについてですが、アレはかつて建造された『ジェネシスα』ではないかと思われます」

 

 「『ジェネシスα』?」

 

 『ジェネシスα』とはジェネシスの小型プロトタイプの事だ。

 

 宇宙船を加速させる高出力レーザー発信装置としての機能も持っていた兵器である。

 

 「しかし、それはエドガー司令達が解体した筈では?」

 

 『ジェネシスα』はすでに存在しない筈のものであった。

 

 前大戦終盤、完成したジェネシスと共に実戦配備される予定になっていた。

 

 しかしエドガー達ブランデル派が地球軍侵攻のどさくさに紛れ、使用不可能にした後に隙を見て解体したのである。

 

 おそらくパトリック・ザラはプラントから逃れ、潜伏していた際に『ジェネシスα』の残骸を回収し、改めて組み上げたのだろう。

 

 時間が無かったとはいえ、これに関しては迂闊だったとしか言えない。

 

 解体した際に残骸も含めてすべてを破壊してしまうべきだった。

 

 「ただそれらの事実から推察できるのは、威力、射程共にジェネシスには遠く及ばず、さらに映像解析によって急造の作りである事が判明。ジェネシスほどの堅牢さは無いのではと報告が上がってきています」

 

 「ふむ、連中が今の位置から月を狙い撃ちには出来ないという事か。となるとこちらが付け入る隙もあるな」

 

 「はい。ただ、『ジェネシスα』周辺には防衛の為か、敵部隊が集結しており、正確な数までは分かりませんがその戦力を伴い、月に向けて徐々に移動している事が確認されています。調査隊は部隊の立て直しを迫られ、すぐに追撃出来る状況ではありません」

 

 エドガーの報告にセリスを含めた同盟の面々は顔を顰める。

 

 調査隊の援護の為に出撃したイザナギもその宙域に向かった筈だ。

 

 「フレイさん、無事だといいけど……それにしても数が多いね」

 

 「ええ。一体どうやってこれだけの数を?」

 

 現在確認された敵の数は全員が想定していた以上だ。

 

 『イクシオン』や『ローレンツクレーター基地』で交戦した敵の数とは比較にならない。

 

 「これらの戦力はパトリック・ザラに賛同した連中が合流しているのでしょうが、中には傭兵なども含まれていると思われます。何にしろ我々はこの数を相手にしながら、『ジェネシスα』に対処しなければならないと言う事です」

 

 敵の主力が判明した事は収穫ではあるが、状況は決して良くなってはいない。

 

 『ジェネシスα』の存在が明らかになった以上、ザフトが強硬介入してくる可能性は極めて高くなったと言えるのだから。

 

 「アレがこちらを射程に捉えるまでの時間は?」

 

 「推定ですが、約六時間と言ったところです」

 

 『ジェネシスα』の進路上には幾つかのデブリに加え、追撃をしにくいように迂回して移動している。

 

 さらにかなり小型化しているとはいえ、そこらの戦艦以上の大きさだ。

 

 機敏には動けない為に月を射程に捉えるまでは時間が掛かるいう訳だ。

 

 約六時間。

 

 出撃準備などを考えれば、もっと短くなる。

 

 この僅かな時がテタルトスや同盟に残された時間となる。

 

 「やはり破壊するしかないな」

 

 そこで話を聞いていたカガリが手を上げた。

 

 「エドガー司令、状況は理解できました。それで具体的な作戦についてはどうなっていますか?」

 

 ザラ派の排除に関して同盟は全面的に協力する事になっている。

 

 あれが地球に対しての脅威であるのは前大戦で証明済みだからだ。

 

 「正確な情報が入ってきた訳ではないので、現在も立案中ではありますが……確実な事は一つ。アポカリプスの主砲が使えない今、我々は『ジェネシスα』に近づく以外にないという事です」

 

 テタルトス武の象徴である巨大戦艦『アポカリプス』

 

 通常の戦艦とは比較にならない大きさを誇るこの戦艦は普段から防衛線を警戒する為、月を周回している。

 

 現在は『ジェネシスα』が向っている個所から反対方向に位置していた。

 

 その巨体故に機敏な動きができず、簡単に軌道修正もできない。

 

 おそらく今回の戦いには間に合わないだろうと言われていた。

 

 「分かりました。ただ時間がないのは事実。逐一最新情報と作戦が決定次第、こちらに通達して欲しい」

 

 「了解しました」

 

 テタルトスと合同で動くからには足並みは揃えなくてはならない。

 

 その為に情報は不可欠。

 

 後は不測の事態に備えて準備を怠らないようにする事だ。

 

 カガリはそれ以上は何も言わず、エドガーの話に耳を傾ける。

 

 だが、この後ゲオルクの要請でさらに神経をすり減らす事になるとは、この時のカガリには想像もできなかった。

 

 

 

 

 会議が終わり、ある程度の情報が集まった所で、テタルトス軍総司令エドガー・ブランデルは出撃可能な部隊すべてに出撃命令を下した。

 

 

 作戦目標は『ジェネシスα』の破壊とザラ派の掃討。

 

 

 この命令が全軍に行き渡るとすぐにテタルトスの部隊は慌ただしく出撃準備を開始した。

 

 準備の整った部隊から急ぎ出撃し、編隊を組みながら戦場に向って進んでいく。

 

 そして『イクシオン』にて修復作業を行っていたオーディンもまた再び戦いへ赴く為に、動き出そうとしていた。

 

 パイロットスーツに身を包み、準備を整えたセリスとニーナも自身の機体の様子を確認する為に格納庫へ入る。

 

 「よう、こっちの準備は終わったぞ! 後はお前達の合わせてコックピット周りを調整するだけだ」

 

 そこには整備班長が一仕事終えた満足感を伴った笑みを浮かべて待っていた。

 

 「班長!? こっちにいたんですか?」

 

 「おう、イザナギの方は別の奴に任せた。それにこっちの方が大仕事だったしな。で、お前はもう体は大丈夫なのか?」

 

 「はい、もうバッチリです!」

 

 両手を胸元で握り、元気であるとアピールするセリス。

 

 だがそれをやや呆れながら見ていたニーナがすかさず突っ込んできた。

 

 「ええ、もう全然心配いりませんよ。さっきもデザート二皿も平らげてましたからね……体重は悲惨な事になってるかもしれないけど」

 

 「ちょ、ニーナ!? あれくらいなら全然大した事ないよ!……多分」

 

 騒ぎ出す二人に整備班長は苦笑しながら頭を掻く。

 

 女が三人寄れば姦しいとよく言うが、二人でも十分にうるさいものだ。

 

 これでフレイがいたらもっとうるさくなっただろうと思うと、げんなりしてくる。

 

 だがセリスに親しい友人が出来たのは良い事だろう

 

 父親になったかのような心境で二人の騒ぎを見ていた班長だったが、うるさくなってきたので持っていたファイルをセリスとニーナに押し付けた。

 

 「新装備のマニュアルだ。出撃前に頭にたたき込んでおけ! おら、時間も無い! 調整を済ませるからさっさとコックピットに入れ!!」

 

 「「り、了解!!」

 

 班長の声に押される形で走り出した二人は自らの機体を見上げる。

 

 二機のガンダムには外部装甲であるアドヴァンスアーマーと背中にはそれぞれ違う、見た事も無い装備が装着されていた。

 

 アイテルの背中に装着されていたのが試作型複合装備『ヴァルキューレ』

 

 今までに実用化された換装装備を複合させ、さらに高性能化させた装備である。

 

 スラスターを核動力機と同等なレベルまで高出力化された為に、誰もが扱えるものではない。

 

 限られたエースパイロット以上の技量を持つ者の為だけに使用可能になっている。

 

 そしてスウェアに装備されていたのが試作万能型装備『アルスヴィズ』

 

 これは『セイレーン』の量産化を目的に開発された試作装備を急遽変更。

 

 ローレンツクレーター戦で破壊された『セイレーン改』のパーツを組み込んでスウェア用として強化した万能装備である。

 

 「凄いスペック。これ私に扱い切れるかな」

 

 コックピットに乗り込んでマニュアルに目を通したセリスは『ヴァルキューレ』の性能にやや引き気味に呟いた。

 

 性能が上がる事に越した事はない。

 

 扱いきれるかどうかは別物。

 

 だがこれを使いこなせば月で相対したコンビクトにも対抗できる。

 

 「セリス、大丈夫?」

 

 通信してきたニーナが心配そうな表情でこちらを窺ってくる。

 

 彼女にはいつも気遣ってもらってばかりだ。

 

 先程の馬鹿騒ぎも緊張を解す事が目的だったのだろう。

 

 もっとしっかりしなければいけない。

 

 「うん、私は大丈夫。ニーナ、ありがとう」

 

 笑みを浮かべるセリスに安心したのかニーナもまた笑みを浮かべる。

 

 そこに作業を終えた整備班長の声が聞こえてきた。

 

 「よし、調整が終わったぞ!」

 

 「ありがとうございます、班長!」

 

 セリスはハッチを締め、操縦桿をしっかりと握ると機体の試運転を行うため、カタパルトへ運ばれていく。

 

 「計器、武装、異常なし、機体状態オールグリーン!」

 

 運ばれたアイテルの眼前にあるハッチが開くとセリスは大きく息を吐きだした。

 

 「よし、行こう! セリス・ブラッスール、『アイテルガンダム・ヴァルキューレ』出ます!」

 

 

 

 後に『月面紛争』と呼ばれる事になるこの戦いは最終局面へと突入した。


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