機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第11話 黒い一つ目

 

 

 

 

 

 地球から遠く離れた位置で一つの物体が光を噴射しながら移動している。

 

 設置されたエンジンから放出される光を発するそれは明らかに人工物だった。

 

 移動型軍事ステーション『ヴァルナ』

 

 テタルトスが地球圏外に進出する為の足がかりとして作り上げた軍事ステーションである。

 

 その姿は今までに建造された『イクシオン』、『オルクス』といったステーションとは趣が異なり、大きさも一回り以上違う。

 

 さらに防衛の為に設置されている数多くの砲塔や内部に存在する兵器工廠。

 

 格納庫など様々な施設が点在している様は一種の要塞といっても過言ではない。

 

 此処に配備された兵力の多さがテタルトスが『ヴァルナ』を重要視しているという証拠でもある。

 

 その『ヴァルナ』は現在、試験運用を兼ねて地球と火星の中間へ向っていた。

 

 地球圏外への足がかりと口で言うのは容易い。

 

 だが地球連合やプラントといった他勢力の存在に加え、何かしらのトラブルが起こる事も必定。

 

 それを含めて問題点を洗い出し、試験運用をクリアすれば最終的に木星付近に運ばれる事になっているのだが―――

 

 現在、『ヴァルナ』はソレとは別件で喧噪に包まれていた。

 

 司令室にいる全員が浮足立つように右往左往する中、一人の男が扉を開けて中へと入る。

 

 「どうした?」

 

 部屋の中へと入ってきたのはテタルトスにおいて知らぬ者はいないというほど有名な人物。

 

 ユリウス・ヴァリス大佐だった。

 

 ザフトにおいて『仮面の懐刀』と呼ばれたエースパイロットである。

 

 他者を寄せ付けない隔絶した技量は最強と呼ぶに相応しく、軍に所属するパイロットで彼に憧れを抱かないものなどいない。

 

 現に司令室の喧騒もユリウスが入ってくると同時に冷静さを取り戻したように静まり返る。

 

 それに一切意を返さずユリウスは一番中央にある席に座っている司令官へと近づいた。

 

 「何があった?」

 

 「大佐、これを……」

 

 手渡された一枚のメモ。

 

 そこには現在月で起こっている出来事が書き連ねてあった。

 

 中立同盟の視察中に起こったザラ派残党と思われる者達の『イクシオン』への奇襲。

 

 新型モビルスーツ『ベテルギウス』の強奪。

 

 ローレンツクレーターでの戦闘。

 

 読み終えたユリウスは舌打ちし、苛立ちながらメモを握り潰した。

 

 「……チッ、パトリック・ザラの亡霊か」

 

 「どうしますか?」

 

 司令官の質問に決まっている事であるとばかりに即答する。

 

 「戻るしかあるまい。これ以上余計な面倒事が起こってもつまらんだろう? さっさと処理するに限る」

 

 「確かに」

 

 ユリウスの言葉に追随するように司令官も頷いた。

 

 現状において警戒すべき事は連合、プラントの武力介入の切っ掛けになる事。

 

 仮に最悪の事態になったとしてもアレックスやバルトフェルド達もいるし、本国の鍛えられた戦力は精強である。

 

 簡単に負けはしない。

 

 だが、今は国の安定と戦力増強が最優先。

 

 出来得る限り、不測の事態は避けたいというのが本音だった。

 

 「エウクレイデスの発進準備をしろ。『ヴァルナ』は予定通りのコースを進め。指揮は任せる」

 

 「了解」

 

 司令室を後にしたユリウスはすぐに港へと向かう。

 

 そこには一隻の戦艦が鎮座していた。

 

 テタルトス軍ヒアデス級戦艦 『エウクレイデス』

 

 前大戦で投入されたザフト艦『エターナル』を参考に開発されたテタルトス軍の高速艦である。

 

 エターナルに比べモビルスーツ搭載数を増やしてあるものの、モビルスーツ運用を優先した設計になっている。

 

 その為、火力はさほどでもないが速度はエターナルに勝るとも劣らない。

 

 今の位置であれば、さほど時間も掛からずに地球圏に戻る事が可能だ。

 

 肝心な時に間に合うかどうかは微妙なところではあるが。

 

 「昔から厄介事ばかり引き起こす男だ、パトリック・ザラ。だが、これ以上亡霊共の好き勝手を許す気はない」

 

 ユリウスは吐き捨てるように呟くと艦の中へと入っていく。

 

 最強の男が地球圏へと帰還する為、動き始めた。

 

 

 

 

 ザラ派によるイクシオンからローレンツクレーターで起こった一連の戦闘。

 

 これらはすべて周到に計画されたものだった。

 

 作戦行動から撤退に至るまで予定通りだったと言って差し支えない。

 

 襲撃された側であるテタルトスや中立同盟がすべての出来事を予測し、事前に対処する事は非常に難しかっただろう。

 

 何故ならばあまりに情報が不足していたからだ。

 

 故に後手に回ってしまうのも仕方がないと言える。

 

 だが仮にだが敵の動きを読み一矢報いる事が出来るとしたら、それは当事者では無く外側から考察していた者に限られる。

 

 

 そう―――すべてを外から見ていたからこそネオ・ロアノーク大佐はザラ派のローラシア級の動きをある程度予測できたのである。

 

 

 乗機であるモビルアーマー『エグザス』を駆り、眼下に存在するローラシア級を見つめるネオは感慨を抱く事無く呟いた。

 

 「予想通りの位置だな」

 

 ここに来る事は予想できていた。

 

 優秀な指揮官なら、同じ進路を取る事は当然と言える選択だからだ。

 

 飛び散るデブリと岩場に阻まれた視界の悪い逃げるには不利と思われる進路。

 

 しかし逆を言えばここほど追撃し難い場所はない。

 

 ネオでもこのルートを考えただろう。

 

 だからこそ網を張っていたという訳だ。

 

 機体を加速させ、射程距離にまで接近。

 

 機雷によって足止めされている敵艦に何の容赦も無く、攻撃を開始する。

 

 エグザスの側面部に装着されている砲台を分離させ、ビーム砲を発射した。

 

 これはメビウスゼロと呼ばれた機体に装備されていた有線式オールレンジ兵装ガンバレルと同じものだ。

 

 メビウスゼロとの違いは実弾ではなく、ビーム兵装となっている事だろう。

 

 砲台から発射された光線がローラシア級の側面を撃ち抜き、大きな爆発を引き起こした。

 

 もちろん敵も呆然としている訳ではない。

 

 すれ違い様に通り過ぎるエグザスに対し、ミサイルやビーム砲による迎撃が行われる。

 

 「甘い」

 

 振りかかる砲撃を物ともせず、エグザスは空を自由に飛び回る鳥のようにすり抜ける。

 

 ネオは非常に高い空間認識力を備えており、この程度の砲撃で捉えられる程やわではない。

 

 「……良し、ダガーL部隊、攻撃開始しろ。データ収集と敵機鹵獲も忘れるな」

 

 「「了解!!」」

 

 岩陰に隠れいた漆黒に塗装されたダークダガーLが低反動砲を構えて攻撃を開始した。

 

 エグザスを含めた数機のモビルスーツからの攻撃による。

 

 強烈な振動がローラシア級を襲う中、カースは即座に決断を下した。

 

 「あまり時間を掛けてはいられないな。私が出る。敵を引き離した隙に離脱しろ」

 

 派手な戦闘を行えば追ってきたテタルトスや同盟も気が付くだろう。

 

 「……それはまだ不味いからな」

 

 ブリッジから出たカースは格納庫に向かい、自らの搭乗機に飛び移る。

 

 頭部は一つ目のモノアイ。

 

 ザフト特有の造形が良く表れている機体だった。

 

 ZGMF-FX200 『シグリード』

 

 前大戦で投入されたシグルドの正統発展機。

 

 シグルドの戦闘データと共に基礎設計には同じく前大戦に投入されたディザスターを参考にしている。

 

 肩部から伸びた装甲内と背中に搭載されたスラスターによって高機動戦闘を可能にし、その性能は非常に高い。

 

 さらに肩部はシールドと兼用となっており、高い防御力も誇る。

 

 機体状態を確認したカースは確かな愉悦を感じながら、操縦桿を握ると笑みを浮かべた。

 

 「さて、久々の強敵だ。存分にやらせてもらおう」

 

 機体の調子を確かめると同時に本命と戦う為のデモンストレーションとしては丁度良い相手だ。

 

 湧きあがる高揚感に身を浸し、格納庫の隔壁が解放されると同時に宇宙へと飛び出した。

 

 「何だ、あの機体は!?」

 

 ダークダガーLのパイロットは目の前に迫る見た事も無い敵機の姿に瞠目した。

 

 自分達の機体と同じ黒く塗装された装甲。

 

 不気味に光るモノアイがパイロットに心理的な強い恐怖を駆り立てる。

 

 「この!!」

 

 正確な狙いで放たれた低反動砲の砲弾。

 

 しかしカースは肩と背中のスラスターを使用した見事な動きで回避する。

 

 そして腕部から放出したビームソードを横薙ぎに叩きつけた。

 

 高出力の光刃にダガーLの胴体が耐えられる筈も無く、パイロット諸共に両断されてしまった。

 

 さらに背後から振るわれたビームサーベルを機体を逸らして避けたカースは振り向き様にソードを斬り払った。

 

 「……速い、新型か」

 

 飛び出してきたシグリードの動きを見たネオは機体を敵機の方へと向ける。

 

 敵の技量は明らかにエース級。

 

 今出撃している者達では相手をするには荷が重いだろう。

 

 「全機、あの黒い奴は私がやる。ローラシア級の方を狙え」

 

 「了解」

 

 二連装リニアガンでシグリードを狙撃。

 

 再びガンバレルを放出し四方からビームを撃ち込む。

 

 だがカースは宙返りしながら回避運動を取るとビームライフルで逆にエグザスを狙撃してきた。

 

 「やるな」

 

 その射線を見切っていたように避けるエグザスの動きにカースは感嘆の声を上げた。

 

 「見事だ。それにあの武器のコントロール……確かガンバレルとか言う武装だったな」

 

 モビルアーマーから切り離された砲台を捌きながら、観察する。

 

 あの手の遠隔操作する武装はカースも良く知っていた。

 

 ザフトではドラグーンという名で呼ばれているものだ。

 

 無線と有線という違いはあれど、その操作には高い空間認識力を必要とされ、一部の適正を持った者しか操れない特殊兵装である。

 

 それだけに威力は破格。

 

 並のパイロットでは四方、すなわち360度からの攻撃には対応できないからだ。

 

 「正面から戦うというのも悪くは無いが、生憎この後も予定がある」

 

 できれば違う戦場で会いたいものだと惜しみない称賛を贈りながら、カースは徐々に後退する。

 

 「ガンバレルが使えない場所へと誘導するつもりか」

 

 死角に回らせないようライフルで牽制しながら、岩礁地帯へと入っていく。

 

 岩が犇めくあの場所は視界も悪く、ガンバレルを展開しづらい。

 

 無理に展開すれば岩に衝突し、コントロールを失いかねない上に身動きが取れなくなってしまう。

 

 だが、ネオは躊躇う事無く瓦礫の中へと飛び込む選択をした。

 

 「ほう、わざわざ向ってくるのか」

 

 カースは大胆にもこちらに向かってくる敵の胆力に感心したような声を上げた。

 

 通常であれば一旦距離を取り、体勢を立て直すなどの選択を取るだろう。

 

 だが、この敵は不利な状況に少しも怯むまない。

 

 事実、エグザスは岩が散乱するこの場所で速度を落とさず、リニアガンを発射してくる。

 

 「このまま相手をしてやりたいが、あまり時間を掛けてはいられないのでね」

 

 リニアガンを避け複列位相砲『ヒュドラ』でローラシア級に近づくダークダガーLごとエグザスを薙ぎ払おうとトリガーを引いた。

 

 「ッ!?」

 

 ネオは直感的に危機を感じ取ると即座に回避運動を取った。

 

 その瞬間、シグリードから発射された閃光がエグザスの下方を通過し、ダークダガーLを吹き飛ばした。

 

 「各艦、今の内に戦闘宙域から離脱しろ」

 

 《了解!》

 

 カースの指示に従い今まで動きを止めていたローラシア級が動き出す。

 

 「さっきの一撃の本当の狙いは機雷を排除する事か」

 

 今までローラシア級が動きを止めていたのはネオが事前に仕掛けていた機雷に足止めされていたからだ。

 

 先の複列位相砲はダークダガーLを狙撃するのが目的だったのではなく、艦の進路上に存在する機雷を薙ぎ払う事こそ本当の狙いだったのだ。

 

 「行かせる訳には―――ッ!?」

 

 逃げるローラシア級を追おうとしたネオに再び危険を察知する。

 

 フットペダルを踏み込みスラスターを噴射。

 

 機体を回転させると同時に光を発する円形の刃が僅かに掠めていく。

 

 「ブーメラン!? いや、違う!」

 

 シグリードが投擲したのは背中に装備されていたビームチャクラムだった。

 

 これは普及しているビームブーメランよりもやや大型で刃を形成しているビームも強力なものになっている。

 

 そして最大の違い。

 

 それはドラグーンシステムの応用である程度のコントロールが可能になっている点だった。

 

 ブーメランではありえない軌道を通り、エグザスに襲いかかる。

 

 「動きをコントロール出来る……ガンバレルと似たような武装」

 

 下方から迫るチャクラムを前方に加速する事で回避する。

 

 それでも円刃はすぐに方向を変え、エグザスの追随をやめない。

 

 処刑の為のギロチンが追いかけてくるかのように。

 

 随分と強力なビーム刃が形成されているらしく、周辺に浮遊する岩を難なく真っ二つに斬り裂いた。

 

 当たれば堅牢な装甲を持つモビルスーツであろうとも、容易く撃破されてしまうだろう。

 

 それでもネオは冷静さを失わない。

 

 複雑な動きでチャクラムを避けながら正確にシグリードを狙って反撃する。

 

 「どれほど強力な刃だろうと届けなければ意味がない」

 

 すでに動きを見切ったとばかりに難なくチャクラムをやり過ごす。

 

 そして胴体上部に内蔵されたアーチャー四連装ミサイルランチャーを発射した。

 

 ミサイルが岩場に着弾する事で周囲は爆煙に包まれてしまった。

 

 「チッ」

 

 こうなってはカースもチャクラムを戻さざる得ない。

 

 そもそもこういった遠隔兵装を用いた戦いは高い空間認識力を持つネオの最も得意とするもの。

 

 故に弱点もまた熟知している。

 

 さらにあのチャクラムは強力なビーム刃を放出し、ドラグーンシステムと同じく無線でのコントロールを行っていた。

 

 それはつまり長時間、投擲した状態での操作はできない事を意味している。

 

 「思った以上にやるな。しかし今回は私の勝ちだ」

 

 カースの目的はすでに達成されている。

 

 ローラシア級は全艦戦闘宙域から離脱し、距離を稼いでいた。

 

 「では次の機会があれば、その時は全力で相手をさせてもらおう」

 

 ヒュドラが火を噴き、瓦礫を薙ぎ払うと同時にシグリードも後退する。

 

 ネオはそれを追う事無く黒い機体を見送った。

 

 そこに一機のモビルスーツが近づいてくる。

 

 部下の一人であるスウェン・カル・バヤン中尉の機体だった。

 

 「大佐、大丈夫ですか?」

 

 「スウェンか。私は問題ない。それよりも敵艦のトレースはしているな?」

 

 「はい」

 

 「良し、データの収集も完了した。ガーティ・ルーに戻り、戦域より離脱する」

 

 頷き返すスウェンの機体と共にエグザスも部隊を纏め姿を見せた母艦へと帰還する。

 

 その最中、ネオは退いていったシグリードの方向へ目を向けた。

 

 あの敵は全く本気で戦っていなかった。

 

 本気でなかったのはネオも同じではある。

 

 だが機体の損傷も無かったのは敵が足止めに終始していたからだ。

 

 もしも互いに本気で戦っていたら、無傷では済まなかった筈である。

 

 「……次があるなら、本気で」

 

 最後にエグザスが着艦すると再び展開したミラージュコロイドによって初めから何もなかったかのように姿が消えた。

 

 

 

 

 ローレンツクレーターでの戦闘が終息して、数日が経過していた。

 

 関係者が集められた『イクシオン』の会議室は静かな沈黙に包まれている。

 

 部屋の中央に設置されたモニターに映し出された映像とアレックスの説明に全員が聞き入っていたからである。

 

 映しだされていたのはクレーターでの戦闘映像と鹵獲したヅダのデータだった。

 

 「以上が先の戦闘で得られたものです」

 

 補足説明を終えたアレックスは周りを見渡しながら、締めの言葉を口にする。

 

 ローレンツクレーターでの戦闘を終え帰還していたアレックスは先の戦闘の報告の為、呼び出されていた。

 

 今回の件。

 

 得られた成果は敵が使用していたモビルスーツを数機鹵獲したのみ。

 

 現在、解析してはいるが敵の本拠地に関するデータは当てに出来まい。

 

 つまるところ敵の本拠地の場所も特定できず、奪取されたベテルギウスの捕捉する事も叶わなかった。

 

 「申し訳ありませんでした。結局、有力な情報を得る事も出来ず」

 

 「元々簡単に尻尾を掴めるとは思っていなかった。敵を数機鹵獲しただけでも十分すぎる。御苦労だったな、アレックス少佐」

 

 自他ともに厳しいゲオルクが珍しく気遣う言葉を口したのに面食らいながらも、アレックスが頭を下げる。

 

 すると今度は別の席に座っていた議員が口を開いた。

 

 「しかし彼らの本拠地が掴めないとなると、どうにもなりませんね。今はプラントや連合の動きを注視すべきでは?」

 

 「ですが、奪われたベテルギウスを放置はできますまい。アレはわが軍の最新鋭の機体です。それをよりによってザラ派に奪取されたとなれば、どのように悪用されるか」

 

 集まっていた議員達が論争を始めた。

 

 彼らが危機感を募らせるのも無理はない。

 

 エドガーを含む上層部が危惧しているのは連合、プラントの本格的な侵攻である。

 

 虎視眈眈とこちらを狙い牙を研いでいる彼らに弱みを見せる事は、即月面侵攻に繋がりなねないのだ。

 

 しばらく協議を行っていた議員達が落ち着いたのを見計らい、目を閉じて腕組していたゲオルクが静かに立ちあがる。

 

 「落ちついていただきたい。皆さんの危惧する事は私も重々承知しています。そこで、改めて皆さんにお伝えしたい事があるのです」

 

 皆の視線が集まるのを確認したゲオルクは手元の端末を操作し、モニターに新たな情報が映し出される。

 

 それはこの場にいる誰もが喉から手が出るほど欲した敵艦の移動コースと推定位置座標の情報だった。

 

 「これは……」

 

 「ヴェルンシュタイン議員、こんな情報をどこから?」

 

 「これは先程、ヴァールト・ロズベルクから提供された情報です」

 

 その名を聞いた議員、エドガー、アレックスを含めた全員が身を固くする。

 

 ヴァールト・ロズベルク。

 

 使者として頻繁に月へと顔を出すこの男は連合内部においても黒い噂の絶えない人物である。

 

 曰くこの男に目をつけられた人物は消されてしまう。

 

 上層部と強いパイプを持ちそこらの軍人よりも高い権限をもっている。

 

 気に入らない者は前線へ送られる。

 

 眉唾物の噂話ではあるが、こんな事ばかりが聞こえてくるのである。

 

 そんな男が何故こんな情報を送ってくるのか。

 

 全員が罠の可能性を考えるのは自然な事だった。

 

 「皆さんが困惑するのも無理のない話です。私自身もそうですから。しかしこのまま手をこまねいていても事態は何も変わりません。そこで真偽を確認する為にも部隊を派遣したい。どうです、エドガー司令?」

 

 名指しされたエドガーはしばらく考え込むように目を閉じる。

 

 確かに真偽はどうあれ黙っていても事態は変わらない。

 

 仮に罠であるとしても連合の思惑くらいは推し量れるだろう。

 

 「……わかりました、部隊を編成し、情報にあった宙域を調査しましょう」

 

 リスクはある。

 

 だが鹵獲した機体のデータ解析をただ黙って待っているよりは建設的な対応である。

 

 エドガーの決定に誰も反論する事は無かった。

 

 

 

 

 オーディンの格納庫。

 

 その一画に設置された機械からビーという音が鳴り響く。

 

 同時にモニターに終了の文字が表示され、セリスはハァと息を吐いた。

 

 月の戦闘から無事に帰還したセリスはニーナと共に連日シミュレーターに籠っていた。

 

 ニーナも月での戦いで色々あったらしく黙って付き合ってくれている。

 

 映し出されたスコアに目を向けると、初めに比べても数値は格段に伸びているが―――

 

 「ずいぶんスコアが伸びたわね、セリス」

 

 「ニーナの方こそ、どんどん腕を上げているし。私はまだまだだよ。上には上がいるしね」

 

 確かにセリスの数値は伸びたがその上には手を伸ばしても届かないスコアが表示されている。

 

 キラ・ヤマトとアスト・サガミ。

 

 この二人の数値である。

 

 正直、比べるのもおこがましいほどにレベルが違う。

 

 自分の数値など足もとにも及ぶまい。

 

 気を引き締めて、もう一度シミュレーターを開始する為にシートに座ろうとするとフレイが近づいてきた。

 

 「二人共、少し来てくれる? 敵の本拠地が見つかったかもしれないらしいわ」

 

 「本当ですか?」

 

 「ええ。ただ私達がすぐに出撃する事は無いでしょうけど」

 

 ここ数日、同盟は機体の修復と部隊の再編成に追われていた。

 

 特に損傷の酷かったアイテルは依然として修復作業中である。

 

 整備班の尽力により作業自体は順調だ。

 

 思った以上に早い時間で修復は完了すると聞いている。

 

 だが今、出撃命令が下ったとしてもセリス達は動けない。

 

 「今から情報を確認する為にブリッジに上がるけど―――」

 

 「私達も行きます」

 

 セリスとニーナは互いに頷く。

 

 それを見たフレイは笑みを浮かべると二人と共にブリッジへと歩き出した。

 

 

 

 

 薄暗い部屋に一人の男が忙しなくキーボードを叩き、作業を行っている。

 

 プラント最高評議会議長が使う執務室。

 

 椅子に座り作業を行っていたのは、現最高評議会議長ギルバート・デュランダルであった。

 

 執務室にはしばらくキーボードを叩く音だけが響いていたが、端末に入室許可を求める通信が入ってきた。

 

 それに許可を出すと一人の女性が部屋へと入室してくる。

 

 「どうかしたかな、ヘレン?」

 

 キッチリとスーツを着込んだその女性は秘書官ヘレン・ラウニスだった。

 

 いつものように表情を変える事無く、淡々と報告を口にする。

 

 やや過激な点はあるが目的の為に邁進するその姿勢は出会った当初から変わらない。

 

 そういう所をデュランダルは高く評価すると同時に信頼していた。

 

 「例のシステムと彼らの動向について報告が上がってきました」

 

 映しだされた宙域図と報告に目を通したデュランダルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 おおよそこちらの予定通りの展開だった。

 

 ならば次のステージに移行させてもらうとしよう。

 

 「特務隊と月周辺を警戒している部隊に指示を」

 

 「目標は?」

 

 「月周辺の部隊は指示されたポイントへ。特務隊には―――『ゲーティア』へ向ってもらう」




機体紹介更新しました。

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