機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第9話  光に染まる

 

 

 

 

 

 

 ローレンツ・クレーターで激戦が繰り広げられている頃、一隻の戦艦が戦闘宙域付近にまで近づいていた。

 

 中立同盟オーブ軍所属の戦艦『イザナギ』である。

 

 アメノミハシラから月へと辿り着いたイザナギはカガリからの要請で最低限の護衛戦力を残し、オーディン援護の為に駆けつけてきたのだ。

 

 航行している姿は他のイズモ級と変わらない。

 

 内部部分など幾つか変更されている部分はあるが、武装も含め基本的にイズモやクサナギなどと全く同じである。

 

 この艦は元々オーブの旗艦として考案されたもの。

 

 本来はもっと違う形になる予定であったのだが、とある事情により急遽他のイズモ級と同じ様に組み上げられる事になった。

 

 その事情―――すなわちそれは同盟軍の戦力低下が挙げられる。

 

 オーブ戦役、L4会戦、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦。

 

 すべて辛くも勝利を収めてきた同盟であったが、全くの無傷だったかと言われれば否だ。

 

 主力のモビルスーツを含め、運用する戦艦もまた相応の損害を被った。

 

 その為に戦力の充実は必須事項となり、その過程でイザナギも当初の予定を変更せざるえなかったのである。

 

 一応後に改修、強化する計画も立ちあがってはいるが、それも先になるだろう。

 

 そんな事情を抱える艦を預かる男もまた複雑な事情を抱えていた。

 

 艦長席に座っているのはセーファス・オーデン准将。

 

 かつては地球軍に所属し、アークエンジェル級二番艦ドミニオンを率いていた人物である。

 

 経歴が経歴だけに何かしら嫌煙されてもおかしくないが前例が良かった事に加え、人手不足。

 

 さらには戦闘経験の豊富さを買われ准将の階級を与えられていた。

 

 イザナギを任され、オーディンの援護という厄介な任務を任じられたのも実力を認められているからである。

 

 そのセーファスは眼前から目を離す事無く、険しい表情を崩さない。

 

 「艦長、ローレンツ・クレーター付近でテタルトス軍プレイアデス級とナスカ級、そしてオーディンを確認しました。どうやら戦闘を行っているようです」

 

 「……ローレンツ・クレータ―以外に敵影は?」

 

 「いえ、確認できません」

 

 その報告にセーファスはさらに表情を険しくした。

 

 ローレンツ・クレーターで敵が待ち受けている事は予想するまでも無く誰しもが分かっていた事だ。

 

 テタルトスもそれを分かった上で出撃し、だからこそカガリに助力を願い出た。

 

 それ故に今の状況は予定通りとも言える展開である。

 

 しかし、それが余計にセーファスに強い違和感を抱かせた。

 

 「……このモビルスーツの数は」

 

 物量的な意味合いで言えば、ザラ派の機体はテタルトスと比べるまでもなく圧倒的に劣っている。

 

 それこそ正面から戦えば叩き潰されてしまう程には数には差があった筈。

 

 しかし報告として聞いていた数よりは明らかに敵の機体数が多かった。

 

 「となると近くに母艦がいるな」

 

 その結論に至るのは至極当然の成り行きだった。

 

 そもそも奇襲を仕掛けた時ですら、彼らがモビルいスーツだけで動いていた筈はないのだ。

 

 推進剤や弾薬の補給、機体整備などの事を考えると近くに母艦があったと考える方が自然だ。

 

 ましてやウイルス内蔵のアンカーボックスのような特殊装備を使用していたなら尚の事である。

 

 それでも見つかっていないのは、ミラージュ・コロイドを使用しているからだろう。

 

 「良し、各機発進準備。戦闘宙域に到達次第、第一部隊はテタルトス、及びオーディンの援護を。第二部隊はミラージュ・コロイドで姿を隠していると思われる敵母艦の探索にあたれ」

 

 とはいえテタルトスもこの事にはとうに気がついているようで、一部のモビルスーツが周辺に散っているのが見てとれる。

 

 ならばそれをフォローするように未だ探索してない宙域で動けば、より敵艦の位置も特定しやすくなるだろう。

 

 「それからアルスター二尉を戦闘宙域へ先行させろ。彼女の機体が一番速い」

 

 「了解!」

 

 ブリッジからの連絡が艦全体へと通達されクルー達が動き出す中、セーファスは未だに見えぬ敵の思惑を看破せんと思考を巡らせていた。

 

 

 

 

 リベルトの駆るジンⅡはサトーのヅダからの攻撃を捌き、他の機体を寄せ付けないまま基地内への侵入を果たしていた。

 

 味方の降下を邪魔する砲台に突撃銃による銃撃を浴びせ、破壊する。

 

 冷静かつ慎重に。

 

 こういった限定空間での戦闘は障害物があり、敵の攻撃を防御しやすくなる分、動きにくくなる。

 

 さらに死角が増え敵からの攻撃を感知し難いというリスクもあり、慎重に進むに越した事は無い。

 

 それが功を奏したのか、上方からの砲撃を即座に回避する。

 

 「見つけたぞ!!」

 

 「しつこい奴だ」

 

 傷つきながらも向ってくるサトーのヅダと二機の僚機。

 

 その姿を冷めた目で見ながらリベルトは低い声で呟いた。

 

 「……丁度良い。お前達に来てもらう」

 

 選択したのは接近戦。

 

 アンチビームシールドを前に出し、ビームクロウを展開する。

 

 ジンⅡに装備されたビームクロウはゲイツやヅダといった機体群のものとは違いシールドと兼用されておらず、手甲のようなものに二つの光爪が装着されている。

 

 防御には使えないが、シールド兼用のものと違い小回りは利く。

 

 手持ちの武装の中でこの場での戦いに使用するにはうってつけの武器である。

 

 「行くぞ」

 

 「裏切り者、ここで沈め!」

 

 「裏切り者はお互い様だろう」

 

 僚機からのビームライフルを盾で防ぎながら、肉薄した二機は同時に光爪を振り抜いた。

 

 激突したビームクロウは弾け合い、衝撃と共に二機を否応なく下がらせる。

 

 見ればヅダは傷つき、ジンⅡに損傷はない。

 

 単純な機体性能を差し引いても、反応においてリベルトはサトーの上だという事に他ならない。

 

 「おのれ!!」

 

 動きにくい余計な装甲を排除。

 

 ビームライフルを構えてジンⅡの動きを誘導せんと連射する。

 

 怒りで頭が沸騰しそうになりながらも、冷静に対処できたのはサトーが豊富な戦闘経験持つが故。

 

 たとえ反応で敵が上回っているとしても、それは積み重ねてきた技量で補えば良いだけの事なのだ。

 

 降り注ぐビームの雨。

 

 リベルトはあえて前に出ると、あらぬ方向へ突撃銃を向けて発砲。

 

 近くの建造物を破壊した。

 

 倒れ込む瓦礫が煙を巻き上げ、ジンⅡの姿を覆い隠す。

 

 「姿を隠す? 退く気か?」

 

 いや、そうではない。

 

 これは―――

 

 煙の中から飛び出してきたのは、ビームの閃光。

 

 一条の光が僚機のヅダを捉えると、右腕を吹き飛ばす。

 

 さらにもう一射、二射目が次々とヅダの四肢を削っていく。

 

 「チッ!」

 

 一旦回避に徹し、煙が晴れたところを仕留める。

 

 そう決めたサトー達は、両手にサーベルを構え煙が薄れた瞬間を狙って動き出した。

 

 「連携だ! 挟み込め!!」

 

 「おう!」

 

 後退するジンⅡの前後から挟撃する。

 

 そこは丁度、狭い通路に位置する場所、逃げ場はない。

 

 だが、追い込まれている筈のリベルトの表情は変わらず、間合いを見極めるようにモニターを注視する。

 

 そして軌跡を描く振り抜かれるサーベルと同時に突撃銃を下に向け、トリガーを引いた。

 

 銃弾が地面に突き刺さるとヅダの足もとが爆発し、機体を大きく揺らした。

 

 「何だと!?」

 

 斬撃を鈍らせたツダの隙を突き、光刃を潜ると同士討ちを避けようと慌てて機体を引くが遅すぎた。

 

 振るった光刃は容易には止まらず、お互いの機体を傷つけてしまう。

 

 「ぐっ」

 

 「しまった」

 

 動きを止めたヅダに微かな笑みを浮かべたリベルトはビームクロウで二機の脚部と頭部を斬り裂き、回し蹴りを叩き込んだ。

 

 背後からの蹴りを受け、前のめりになったヅダは限界を迎えたのか、重なり合うように崩れ落ちた。

 

 「上手くいったな」

 

 彼らを襲った爆発。

 

 あれは先程の粉塵の中でジンⅡに装備されているミサイルを地面に設置したもので、要するに即席の地雷だった。

 

 つまり誘い込まれたのはサトー達であり、リベルトは数の不利を逆手に取って同士討ちを狙ったのだ。

 

 「後はお前だけだ」

 

 「貴様ァァ!!」

 

 《待て、時間だ。予定通り徐々に後退する。サトー援護に来い》

 

 「くっ、了解した」

 

 味方からの通信にライフルを降ろすとサトーは忌々しげにジンⅡを睨みつけると離脱していった。

 

 「退いたか」

 

 若干、退き際が良すぎる気がするが、今はそれよりも重要な事がある。

 

 「聞こえているか? 敵モビルスーツを鹵獲した。回収に来てくれ」

 

 《了解!》

 

 これで少しは情報も手に入る。

 

 猛威を振るった砲台も随分排除が進み、味方の部隊も基地内へ降下できているようだ。

 

 制圧までそう時間はかかるまい。

 

 その場を駆けつけた味方に任せ、周囲を警戒しながら建物の隙間を抜けて目標地点に直進する。

 

 だが順調に進んでいる筈のリベルトは表情を固くしていく。

 

 「……静かすぎる」

 

 ここに来るまで殆ど妨害がなく、先程のサトー達の退き際の良さもやはり気にかかる。

 

 近くで同盟のガンダムが戦っているらしく、震動が伝わってくるが援護は後だ。

 

 目的地である指令部の前に機体を止めたリベルトは淀みない動きで外へと出ると建物の中へと入り込んだ。

 

 念のため、銃を構えて施設の中を慎重に進む。

 

 「……人の気配はないか」

 

 さらに荒らされた形跡も発見できなかった。

 

 一応目に入る部屋をのぞき込んでも、特に目立った異変は無く小奇麗なもの。

 

 どの部屋も閑散としているだけだった。

 

 最奥にある端末を起動させ、素早く必要なデータを閲覧していく。

 

 といっても元々大したデータなど入っていないだろうし、敵も余計な情報を落すとも思えない。

 

 だからリベルトが見ていたのは基地全体のデータだった。

 

 もしも連中が仕掛けでもしていたとすれば、痕跡くらいは発見できると踏んでいたのだが―――

 

 「……チッ、何時かの意趣返しのつもりか」

 

 そのデータを見てリベルトは舌打ちしながら、苛立たしげに吐き捨てた。

 

 それは基地内に設置されているエネルギープラントが暴走するように仕掛けが施してあったのだ。

 

 エネルギープラント自体は大した規模のものではない。

 

 だが暴走すれば相応の爆発が起きる事は明白。

 

 連中が退いたのも、これに巻き込まれない為だったのだろう。

 

 全く、アラスカの再現でもしようというのか。

 

 「何時までも付き合ってやる必要はないな」

 

 ベテルギウスの事は分からず仕舞いだが、一応最低限の目的は達成したのだから、長居は無用である。

 

 すぐに待機している味方に連絡を入れると、リベルトも急いで外へと走り出した。

 

 

 

 

 ジェシカ・ビアラスにとってニーナ・カリエールという存在は常に自分よりも上にいる鬱陶しい存在だった。

 

 例えばアカデミーの成績。

 

 赤服を与えられている以上、ジェシカも優秀だった事は間違いない。

 

 しかし上には上がいる様に、彼女の上にいたのがニーナという少女だった。

 

 考え方の違いや鬱憤から何度も衝突し、勝ちたいと願い、何度も勝負を挑んだ。

 

 しかし、結局満足できる勝利は得られないままだ。

 

 これが全く手が届かないほどに隔絶した差が存在していたならまだ諦めるという事もできたかもしれない。

 

 しかしニーナは手を伸ばせば届くそんな場所に立っていた。

 

 ああ、鬱陶しい。

 

 私の前に立つんじゃないと何度思った事だろう。

 

 だが、それも今日まで。

 

 ここで邪魔な奴には消えてもらう。

 

 「ニーナァァ!!」

 

 体当たりによってスウェアを引き離す事に成功したジュラメントはライフルを捨て、ビームソードを展開して斬りかかる。

 

 袈裟懸けに煌く一撃がニーナの首を討ち取らんと閃を描く。

 

 「くっ!?」

 

 しかし体勢を崩しながらもニーナはシールドを斜めに構え、斬撃を外へと弾いてみせた。

 

 虚を衝かれた筈の一撃。

 

 それをこうも鮮やかにいなして見せた。

 

 その対応力は流石というべきだろう。

 

 「でもね! そんな事はとうに知ってるのよ!!」

 

 持ちうるすべての火力。

 

 高出力ビームキャノン、プラズマ収束ビーム砲、連装ビーム砲、すべての砲口をスウェアに向けて叩き込む。

 

 ジェシカもまた業腹ながら自分の障壁はこの程度で倒せるほど甘くはないと分かっている。

 

 何度戦ったと思っている。

 

 時に挑み、時には共に戦って来たが故に相手の動きも癖も良く理解しているのだ。

 

 だからジェシカは一切手を緩めない。

 

 連続で叩き込まれた砲撃を複雑な軌道を取る事でやり過ごしたスウェアに向けて再び刃を構えて突撃する。

 

 「はあああ!!」

 

 上下、左右。

 

 両手の光刃を用い、幾度となく斬撃を振るうジュラメント。

 

 それをニーナはタイミングを見極め、剣閃を捌きながらサーベルを抜く。

 

 「ジェシカ、今更止めろなんて言わないわ。でも、これだけは聞いておく。貴方達は何をしようとしているの?」

 

 「リアンから聞いた筈でしょう。私達はコーディネイターの正しい未来を掴むために戦っているだけよ!」

 

 袈裟懸けと横薙ぎ。

 

 お互い同時に振るった一撃が、敵を捉える事無く空を斬る。

 

 「そんな事で―――」

 

 「くだらない問答はやめないさいよ! アンタの魂胆に私が気がつかないとでも?」

 

 ニーナは優秀な人間だ。

 

 それは軍人としても同じ事。

 

 だから彼女はかつての仲間であるリアンやジェシカの事を知っても尚、戦う事に何ら躊躇いは持たない。

 

 感情が無いと言っている訳ではない。

 

 悩みもしただろうし、苦しみもする。

 

 だが、それを踏まえた上で割り切る事ができるのがニーナ・カリエールという女なのだ。

 

 故に軍人としてのニーナ・カリエールがすべき事は何か?

 

 答えは簡単だ。

 

 敵に関する情報収集。

 

 これしか無い。

 

 先程の問答も感情を煽り、出来る限りの情報を吐かせる。

 

 それを目的にしていたのだろう。

 

 それが叶わずともジェシカの集中を乱す事は出来る。

 

 全くどこまでもイラつかせてくれる。

 

 「今更そんな手に引っ掛かると思うなァァ!!」

 

 ジェシカの咆哮と共に上段から振り下ろされる、一撃。

 

 それを紙一重で捌きながら、ニーナは思わず歯噛みした。

 

 戦況は一見すると五分。

 

 密着した状態で互いに刃を振るっている。

 

 だが実際に不利なのはニーナの方だった。

 

 「ぐっ!?」

 

 「落ちろ!!」

 

 叩きつけられた斬撃の衝撃を歯を食いしばって堪え、同時に繰り出された死閃を伴う蹴撃を損傷覚悟で逸らした。

 

 しかし代償として右腕の装甲が抉られ、ビームガトリング砲がむき出しにされてしまった。

 

 「この程度で!!」

 

 剥き出しにされたなら、装甲から解放するまでもタイムラグもない。

 

 右手に設置されたガトリング砲が火を噴き、ジュラメントの装甲を削っていく。

 

 「この、調子に乗るなァァァ!」

 

 だがそれでも尚ジェシカは退かぬとばかりに迸る剣撃を叩きつけ、逆袈裟から振り抜かれた一閃が装甲を掠めて傷を生み出す。

 

 ニーナが不利であるというのは、実力的に劣っているという訳ではない。

 

 単純に装備の特性によるものであった。

 

 スウェアの背中に装備されているのは『ファーヴニル』

 

 即ち砲戦仕様の武装である。

 

 高出力スラスターにより機動性は確保されているものの、接近戦に際しては不利となるのは否めない。

 

 距離を取り火力を持って敵を薙ぎ払う時にこそ、『ファーヴニル』はその真価を発揮するのだから。

 

 「流石ね、本当に!」

 

 「貴方が褒めてくれるなんて、どういう風の吹き回しかしら?」

 

 「この状況で、減らず口が叩けるとはね!」

 

 これまでも経験から相手の動きを先読みし、渾身の一太刀を叩きつけた。

 

 「でも、そんな装備でジュラメントの斬撃を何時まで凌げると思うな!!」

 

 盾を使って斬撃を受け止めるが無数の傷跡が付けられ、その度に徐々に衝撃が大きくなっていく。

 

 それはシールドが限界に近づいている証。

 

 これ以上強力な火力を受けてしまえば、盾ごと破壊されてしまうだろう。

 

 「チッ」

 

 こちらの弱点などお見通しとばかりに、繰り出される猛連撃。

 

 しかし、こちらも負けるつもりは毛頭ない。

 

 ニーナは冷静に周囲を、敵の動きを観察する。

 

 そこでとあるものに気がついた。

 

 「……仕方がないか」

 

 このままではジリ貧である事は自明の理。

 

 打開するにはそれ相応の手段が必要になってくる。

 

 ニーナは光刃を弾き返すと同時に『ファーヴニル』に装備された対艦ミサイルを至近距離から発射した。

 

 「なっ、この距離から!?」

 

 殆ど密着した状態からの一撃。

 

 対処などする間もなくジュラメントとスウェアは対艦ミサイルの爆発と衝撃で吹き飛ばされた。

 

 衝撃に呻きながらジェシカはニーナの目的を看破する。

 

 「こんな手で距離を取ってくるなんて!?」

 

 二機は爆煙に包まれながらも、互いのビームサーベルの攻撃範囲から大きく離されていた。

 

 つまりニーナの狙いは強制的に距離を取る事だったのだ。

 

 吹き飛ばされ一瞬だけ、スウェアの姿を見失うジェシカ。

 

 そこを狙い放たれるのは野太い強力な閃光。

 

 背中から跳ね上げられたアータルから放たれた光だった。

 

 退くように後退を選択するが一歩遅い。

 

 ビームがジュラメントの傍を通り過ぎ、ビームランチャーを吹き飛ばす。

 

 「ぐっ、ニーナァァァァ!!!」

 

 怒りと共に絶叫しながら、残ったプラズマ収束ビーム砲と連装ビーム砲を同時に前へと構える。

 

 確かに武装は消耗したが、戦闘は十分に可能。

 

 今度こそ消してやるとトリガーに指を掛けた。

 

 しかし―――

 

 「ハァ、ジェシカ、貴方の欠点を教えて上げましょうか?」

 

 「何?」

 

 「普段は冷静な癖に、追い込まれるとすぐに熱くなって、周りが見えなくなる事よ」

 

 反論を口に乗せる間もなく次の瞬間、敵機の接近を知らせる警報がコックピットに鳴り響く。

 

 同時にジュラメントの背後から敵の機体が近づいてきた。

 

 駆けつけてきたのは戦闘機のシルエットを持ったオーブ特有の可変機構の雛型になった機体だった。

 

 「速い!?」

 

 ジェシカが驚くのも無理はない。

 

 ほんの一息の内に肉薄してきたその機体の加速力は、目を見張るものがある。

 

 だが同時にいい様も無い憤怒が湧きあがってきた。

 

 今はニーナとの決着をつける為の、殺し合いの最中だ。

 

 それを―――

 

 「邪魔だァァァァ!!」

 

 確かに敵の機体の速度は大したものだがジュラメントの十八番でもある。

 

 敵機から発射されたミサイル群を変形して振り切ると、収束ビーム砲ですべて薙ぎ払った。

 

 「ふん、甘いのよ!」

 

 邪魔な奴ごとニーナを消し去ろうと銃口を向ける。

 

 その時、予想もしえなかった衝撃がジュラメントに襲いかかった。

 

 細かい爆発が連続して発生し、PS装甲に衝撃を加えていく。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!! ま、まさか機雷か!?」

 

 戦闘機型の機体が最初にミサイルを発射してきたのは、巻いた機雷の所まで誘導する為だったのだ。

 

 「この―――ッ!?」

 

 「忠告は素直に聞くものよ、ジェシカ!!」

 

 距離を詰めていたスウェアの一撃がジュラメントのウイングを斬り裂く。

 

 そしてバランスを崩した所に背中の『ファーヴニル』を分離、激突させた

 

 「きゃああああああ!!」

 

 「そのまま底まで落ちなさい」

 

 無事だった左手の装甲が解放され、顔を出したガトリング砲が火を噴く。

 

 『ファーヴニル』は蜂の巣になり、爆散すると巻き込んだジュラメント諸共灰色の大地へ落下していった。

 

 「……ハァ」

 

 PS装甲である以上、確実にあれで倒せたとは思えない。

 

 だが追撃する余力も残っていなかった。

 

 様々な感情を吐き出すようにため息をつきながら機体状態を確認する。

 

 案の定破損した部分が赤く点滅している。

 

 至近距離からミサイルを直撃させたのだ。

 

 いかにPS装甲で機体自体は無事でも、流石にスラスターまで無傷とはいかなかった。

 

 さらにバッテリー残量も余裕があるとは言えない。

 

 「……これ以上の戦闘は無理か」

 

 ニーナは離れたセリスの事を気にしながら、近づいてくる友軍機に通信回線を開いた。

 

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 それが発動した瞬間、リアンの眼前に広がる光景がまるで違って見えた。

 

 今まで曇っていた視界がクリアになり、駆け廻る感覚はどこまでも鋭い。

 

 思考もまた澄み渡り、そして胸の内に燻る憎悪の炎はさらに激しく燃えている。

 

 これなら勝てる。

 

 漲る力を感じ取り、確信したリアンは狂気の笑みを浮かべながら、絶叫する。

 

 「死ねェェェェェ!!!」

 

 正に命知らずの突撃。

 

 敵からの攻撃を全く考慮に入れていないその姿は見ているだけでも狂気を感じさせるには十分すぎた。

 

 背筋に走る寒気を押し殺し、セリスはビームライフルを発射する。

 

 「この!」

 

 狂いのない正確な一射。

 

 しかしコンビクトは防ぐ素振りすら見せず、機体を僅かに逸らすだけで回避してみせた。

 

 「なっ!?」

 

 今のを避けた!?

 

 完璧なタイミングの攻撃をかわされた事でセリスは一瞬とはいえ、反応が遅れた。

 

 リアンはそこを見逃さない。

 

 「ハァァァァ!!!」

 

 アイテルの眼前にビームサーベルが振り下ろされる。

 

 「まだァァ!!」

 

 斬撃を飛び退く事で回避するが、コンビクトは逃がさないとばかりにアイテルを追随してくる。

 

 そこを狙いセイレーンのビーム砲を叩き込むが―――通用しない。

 

 すべてを驚くべき反応を持って紙一重の回避を成功させている。

 

 「射線が見切られている!?」

 

 連続で撃ち込んでいくビームはすべてコンビクトを捉える事無く、虚空へ消えていくのみ。

 

 確かに敵はこちらの動きをある程度読んでいるのかもしれない。

 

 だが、それだけであの動きは説明できない。

 

 つまりは反応速度の急激な向上。

 

 それしかない。

 

 心当たりがあるとすれば一つだけだ。

 

 「まさか……」

 

 セリスにも覚えがある力。

 

 未だに曖昧な認識ではあるが、もしも思った通りだとすれば―――

 

 あの敵がそれに準ずる力を発揮しているのだとしたら―――

 

 「だとしても!!」

 

 今までの認識を改め、ライフルからサーベルへと持ち替えると、セリスも即座に斬りかかる。

 

 激突した二機が振るった剣が盾で防ぎ、位置を入れ替えるように弾け飛ぶ。

 

 「死ねェェ!」

 

 最初とは比べものにならない鋭い斬撃がアイテルに再び振るわれ、装甲に傷を刻んだ。

 

 「くっ、こいつ!?」

 

 ライフルから吐き出されるビームの一射が肩を掠め、次の一射がセイレーンの左側を削り落とす。

 

 バランスを崩しながらもセリスはシールドで斬撃を止めると、ライフルを構える。

 

 だが、それすらも意を返さないとばかりにコンビクトは発射される寸前のビームライフルを掴み上げた。

 

 発射されたビームはコンビクトの腕部を掠めながらも上方へと向っていく。

 

 「逃がさない……貴様だけはァァァァ!!!」

 

 憎悪の叫びと共にライフルを握り潰しアイテルに叩きつけた。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 ライフルの爆発によって吹き飛ばされたアイテルに連装ビーム砲によるさらなる追撃。

 

 セリスは歯を食いしばり、機体を一気に上昇させた。

 

 「そう来ると思っていたァァ!!」

 

 それこそリアンの狙い通り。

 

 予測された通りに動くアイテルの蔑むように叫び声を上げながら、ビームライフルのトリガーを引く。

 

 発射された閃光は容易くアイテルを捉え、その右足を吹き飛ばした

 

 「アハ、ハハハ、アハハハハハハハハハ!!!!」

 

 コックピットに響き渡る哄笑。

 

 やれる。

 

 『マント付き』を倒せる。

 

 討たれた仲間達の―――アシエル隊長の仇を討つ事ができるのだ。

 

 深まる狂気と憎悪。

 

 そんな彼女の感情に呼応するように、駆け巡る鋭い感覚はさらに深度を増していく。

 

 まるで暗闇に引きずり込まれるかのように。

 

 だがそれがどうした。

 

 こいつをこの手で殺す為に、自分は悪魔の手を取ったのだ。

 

 その結果が手に入るならば躊躇う理由も、怯える理由にも成り得ない。

 

 コンビクトはサーベルを握ると同時に両足のビームサーベルを放出する。

 

 「お前はもう終わりだ、『マント付き』!!」

 

 「負けない!」

 

 再びぶつかり合う二機。

 

 横薙ぎの一撃がアイテルのシールドを斬り裂き、袈裟懸けの斬撃がコンビクトの胸部を浅く抉る。

 

 「ここ!」

 

 セリスは使えなくなったシールドを捨て、バランスを崩したコンビクトにさらなる一撃を振りかぶる。

 

 だが、捉えたと思ったその一閃はただ空を切った。

 

 「なっ!?」

 

 見失った。

 

 かつて訓練でフリーダムにやられたのと全く同じである。

 

 リアンはセリスを上回る動きで死角へと入り込んだのだ。

 

 セリスの知覚以上の動きで側面へと回り込んだリアンはニヤリと憎悪の笑みを浮かべながら右足を振り上げた。

 

 剣閃を伴う蹴撃が容赦なくセイレーンを斬り捨てる。

 

 「きゃあああ!!」

 

 スラスターの一部が破損。

 

 爆発によって体勢を崩すアイテルへさらにビームライフルを叩き込んだ。

 

 「落ちろ!!」

 

 「くぅ!」

 

 セリスは残ったスラスターを使って機体を回転させ、ブルートガングで斬り払う。

 

 しかし流石にすべては捌ききれず、右肩を吹き飛ばされてしまう。

 

 リアンは背中越しに地面へと落下したアイテルを殺意の籠った視線で睨みつける。

 

 「しぶとい!」

 

 先の攻防で仕留めたつもりだったのだが。

 

 これ以上ちょろちょろと逃げ回られても目障りだ。

 

 一気に蹴りをつけてやる!

 

 「幕を引かせてもらうぞ、マント付き―――ッ!? こ、これは……ぐぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 決着をつけようとしたリアンを突如、激しい頭痛が襲った。

 

 今まで味わった事のないレベルでの痛みに思わず片手をヘルメット越しに手を当てる。

 

 「くそ、くそ、くそォォォ!!」

 

 もう少しなのだ。

 

 後、少しで奴を倒せる。

 

 リアンは裂けるほどに唇を噛み、怒りで痛みを無理やり捩じ伏せ、アイテルに向かって突撃する。

 

 袈裟懸けに振り抜いた一撃。

 

 そして矢継ぎ早に右足を蹴り上げて、ブルートガングに叩きつけていく。

 

 「ハァ、ハァ、強い」

 

 セリスは怒涛の刃を前に必死にブルートガングを当てる。

 

 まさに鬼神の如し。

 

 振るわれる剣撃のどれもが必殺のもの。

 

 振るわれる度に精度を増す、剣閃は驚異という他ない。

 

 しかもアイテルは防御の要とも言えるシールドを破壊されている。

 

 つまり防戦は圧倒的に不利だ。

 

 それでもこちらを仕留めきれていないのは、どこか動きに鈍っている点が存在しているからだ。

 

 それがパイロットの不調か、機体の不備か。

 

 何にせよそれがこちらにとっての唯一ともいえる突破口である。

 

 だが―――

 

 「無茶しようにも、機体が……」

 

 機体の消耗を考え、セリスが一時撤退を考え始めた時、友軍からの通信が入る。

 

 「……撤退命令」

 

 先のリベルトからの連絡を受けたアレックスが全軍に撤退命令を下したのである。

 

 「エネルギープラントの暴走って、冗談でしょ!」

 

 暴走による爆発に巻き込まれたら、それで終わりだ。

 

 通信を受けたテタルトス機も次々と基地から離れていくのが見える。

 

 「リベルト隊も退いていく、私も!」

 

 即座に撤退を決めたセリスは残った力を振りしぼり、ビームサーベルを押し返すと一気に離脱を図る。

 

 「逃げるかァァァ!!」

 

 当然、それを許すリアンではない。

 

 離脱しようとするアイテルの近くの岩盤をライフルで崩すと進行速度を限りなく遅くした。

 

 元々アイテルの損傷は甚大。

 

 特に損傷したセイレーンのスラスターはもはや役に立たない状態である。

 

 二基の大型バーニアユニットを持つ、コンビクトであるならば追いつく事はなんら難しくない。

 

 「くっ、貴方は死にたいの!」

 

 振りかえり、機関砲による牽制を行いながら、声を上げる。

 

 目の前にいる敵もエネルギープラントの件を知らない筈はないのだ。

 

 しかしリアンは全く意を返さない。

 

 「それがどうしたァァァァ!!!」

 

 そう、だからなんだという。

 

 二度と訪れないかもしれない、この好機を逃がせというのか。

 

 ふざけるな!

 

 「貴様を殺す為ならばァァァ!!」

 

 逃げるアイテルに対して距離を詰める為、バーニアが焼き切れても構わないとばかりに加速を掛ける。

 

 「死ねェェェェェ!!!!」

 

 両手で抜いたサーベルを広げ、左右からアイテルへと振り払う。

 

 「私はまだァァァァァ!!」

 

 セリスもまたブルートガングと共に構えたビームサーベルを振り抜く。

 

 

 

 当たれば命を容易く消し去る光の刃が二人の目の前で軌跡を描き、交錯した。


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