機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第8話  悪魔の力

 

 

 

 『イクシオン』に奇襲を仕掛けた『ザラ派』残党が逃げ込んだと思われるローレンツクレーター。

 

 そこへ降下していくモビルスーツ隊を率いるリベルトのジンⅡは慎重に周囲を見渡した。

 

 クレーターの外側には灰色の大地が広がり、眼下には建設された無骨な基地の姿が見える。

 

 「全機、何があるかわからない。油断するな」

 

 「「了解!」」

 

 徐々に月面へと近づいていく、ジンⅡ。

 

 何の妨害もなく降下できるかと思ったその時、コックピットへ甲高い警戒音が鳴り響いた。

 

 「回避!!」

 

 リベルトは即座に機体を後退させる。

 

 同時にフローレスダガーも左右へ散開し回避運動を取った。

 

 すると目の前を焼き尽くす強力な閃光が通過していく。

 

 さらに撃ちかけられるビームの砲撃をスラスターを噴射させて回避すると砲撃の正体を見極めるためモニターに画像を映し出した。

 

 「ビーム砲か」

 

 無骨な銃身を伸ばし狙いをつけているのは基地に設置してあったビーム砲台だった。

 

 元々防衛用として機能していたものだが、テタルトスが調査に入った際に使えない様にした筈だった。

 

 それが使用されているという事は『ザラ派』が修復したのだろう。

 

 事前に確認できた光は砲台にエネルギーを供給していたのかもしれない。

 

 だが―――

 

 「砲台の配置は事前に把握している。予定通り、このまま降下する!」

 

 基本的な基地の武装や地形はすべて把握済み、ビーム砲の事も想定内である。

 

 矢継ぎ早に放たれるビーム砲を潜り抜け、射程圏内にまで近づくと腰にマウントしていた突撃銃のトリガーを引く。

 

 放たれた銃弾が砲台を容赦なく打ち倒し、爆発を引き起こした。

 

 「砲台を排除して―――ッ!?」

 

 ジンⅡを援護しよう背後に控えていたフローレスダガーが何条もの閃光に撃ち抜かれ、撃墜されてしまった。

 

 「来たか!」

 

 降下していくモビルスーツ部隊の側面から厳つい装甲を纏った黒い機体が数機、編隊を組んで急速に接近してくる姿が見える。

 

 『ザラ派』の主力モビルスーツであるヅダに間違いない。

 

 「あの機体は!!」

 

 そしてヅダを操るサトーにもイクシオンで交戦したジンⅡの姿に再び怒りが込み上げてくる。

 

 「汚らわしい裏切り者めが!!」

 

 サトーの怒りを表すようにビーム砲とミサイルポッドが火を噴いた。

 

 突撃銃でミサイルを落としながら、ビームを回避するジンⅡ。

 

 だがその動きを読んでいたサトーは一気に距離を詰めると、ビームクロウを振りかぶった。

 

 「落ちろ!」

 

 しかし動きを読んでいたのはリベルトもまた同じ。

 

 「同じ手は食わない」

 

 ビームクロウの斬撃を機体を逸してやり過ごし、すれ違い様に今度はジンⅡの光爪を叩き込んだ。

 

 「くっ!」

 

 サトーは咄嗟に回避しようとするが間に合わない。

 

 光爪が容赦なく外部装甲を抉り、ミサイルポッドを斬り飛ばすと大きな爆発を引き起こした。

 

 「があああ!」

 

 「そこだ!」

 

 凄まじい衝撃に後押しされるようにしてバランスを崩したヅダにすかさず突撃銃を撃ち込む。

 

 「舐めるな!」

 

 持前の技量を持って体勢を立て直すと銃弾を防御、即座に反撃に移った。

 

 連装ビーム砲から放たれた無数の光が一斉にジンⅡに迫る。

 

 「流石に戦い慣れているらしいな」

 

 動き回って地上からのビーム砲やヅダの攻撃をかわしつつ、敵機に向けて攻撃を仕掛けていく。

 

 味方機のフォローを行いながらリベルトは徐々に地表へと降下していった。

 

 

 

 

 予想通り、待ちかまえていたように攻撃を仕掛けてくるザラ派。

 

 先行したリベルトの部隊に続くように出撃したセリス達にもビーム砲の洗礼が待ち受けていた。

 

 「あ~もう、数が多い!」

 

 「セリス、油断しないようにね。アレの直撃を食らえば幾ら『ガンダム』でも持たないわよ」

 

 「うん!」

 

 下から放たれるビーム砲を潜り、アイテルとスウェアは順調に降下していく。

 

 そこに下方付近での戦闘と思しき光が目に飛び込んでくる。

 

 モニターに映し出されたのはヅダと交戦している先行部隊の姿だった。

 

 「敵に接触した?」

 

 「そうみたいね。やっぱり待ち伏せしてたみたい」

 

 しかし流石というべきなのか、こんな状況でもテタルトスの部隊の動きは鈍らない。

 

 その錬度の高さで敵からの攻撃にも対応出来ているのは素晴らしいの一言だろう。

 

 ならばまず自分達がすべきことは決まっている。

 

 「ニーナ、まずは厄介な砲台から潰すよ」

 

 「了解!」

 

 上手く攻勢に出れていない要因はあのビーム砲台からの砲撃があるからだと言える。

 

 ならばそれを先に潰せば動きやすくなるのは道理。

 

 速度を上げビーム砲の回避しながら降下していくと進路を阻むようにヅダが立ち塞がった。

 

 「邪魔よ!!」

 

 「そこをどきなさい!!」

 

 スウェアの放ったガトリング砲がヅダのスラスターを奪い、距離を詰めたアイテルのサーベルが容赦なく振り抜かれる。

 

 袈裟懸けに振るわれた斬撃がヅダを斬り裂き、撃破した。

 

 立ち塞がる敵を落し、降下を進めると砲台を射程距離に捉える。

 

 「ターゲットロック!」

 

 「いけ!」

 

 アータルを跳ね上げ、ニーナがトリガーを引くと発射されたビームが呆気なく砲台を吹き飛ばす。

 

 スウェアに続くようにアイテルもセイレーンのビーム砲とライフルを使い、次々と砲台を破壊していく。

 

 続けて攻撃を仕掛けようとしていくセリスとニーナ。

 

 だがその時、コックピットに敵機接近の警戒音が鳴り響く。

 

 「敵!?」

 

 「あれは!?」

 

 二人が振り向いた先には接近してくる敵機の姿が見えた。

 

 戦闘機のようなモビルアーマーに変形した機体―――ジュラメント・ラディレーンが凄まじい速度で突っ込んでくる。

 

 「見つけたわよ、ニーナ!!」

 

 プラズマ収束ビーム砲を連射してアイテルを引き離すとモビルスーツ形態に変形。

 

 スウェアを体当たりで吹き飛ばした。

 

 「きゃあああ!!」

 

 「ニーナ!?」

 

 ジェシカはアイテルの方を一瞥する。

 

 正直にいえばリアンに負けないくらいにジェシカも『マント付き』を八つ裂きにしてやりたいと思っている。

 

 前大戦であれだけやられたのだ。

 

 当然であろう。

 

 しかし因縁という意味においては『マント付き』よりもニーナの方がより優先される。

 

 ザフト時代から彼女の事をずっとライバル視していたのだ。

 

 だからここで倒す。

 

 「奴の相手が出来ないのは、業腹だけど……まずはニーナ、アンタから殺す!」

 

 「ジェシカ!?」

 

 体当たりしてきたジュラメントから聞こえてきた声にニーナは歯噛みする。

 

 リアンがコンビクトに搭乗していた時点で予測はしていたが、やはりジュラメントのパイロットはジェシカだった。

 

 「貴方達は!!」

 

 「これまでの因縁、すべてを清算する!!」

 

 絡み合うように二機のモビルスーツは基地から離れ月面へと落ちていく。

 

 「ニーナ!!」

 

 引き離されていくスウェアを追おうするセリスだったが、こちらを狙ってくる敵機がいた。

 

 凄まじい速度共に突貫してきたのは背中に二基のバーニアユニットを備えたコンビクト・エリミナル。

 

 「見つけたァァァ!!!」

 

 「またこいつ!」

 

 セリスは後退し連装ビーム砲の砲撃を避けるが肉薄してきたリアンはビームサーベルで斬りかかってくる。

 

 普段なら苦も無く捌ける斬撃だが今は連装ビーム砲の攻撃を回避せんと、体勢を崩していたのが不味かった。

 

 斬撃をシールドで止めたまでは良かったが、勢いまでは止められない。

 

 サーベルが力任せに押し込まれ、さらに弾き飛ばされてしまった。

 

 「ぐっ!」

 

 バランスを崩したままクレーター内、すなわち基地内部へと落とされていく。

 

 ギリギリスラスターを逆噴射させる事で地面との激突は避けたが、敵も黙っている筈は無く一気に降下。

 

 同時にビームサーベルを振り下ろしてくる。

 

 「死ねェェェェ!!!!」

 

 強烈なまでの殺意の籠った一撃をまたもや紙一重のタイミングで展開したブルートガングで受け止める事に成功する。

 

 凄まじい衝撃が襲いかかるが歯を食いしばって堪えると、敵の姿を睨みつけた。

 

 「このォォ!!」

 

 殺気に当てられ冷や汗を掻きながらも、弾き飛ばさん勢いで声を上げる。

 

 この殺意に呑まれてはいけない。

 

 自分に言い聞かせながらサーベルを受け流し、距離を取る為にシールドを叩きつけた。

 

 だがコンビクトは逃がさないとばかりに、肩に装備された大口径収束ビームランチャーを発射してきた。

 

 「こいつ無茶苦茶!?」

 

 ビームランチャーの一撃が容赦なく建物を薙ぎ払い、崩れた建造物が爆発を引き起こす。

 

 立ち並ぶ施設の間を滑るように移動しながら、アイテルは敵機の攻撃をかわしていく。

 

 しかし相手はそれすら見透かしているように次の一手を打ってくる。

 

 「逃さない!!」

 

 ビームランチャーをわざと上方へ向け、クレーターの岩盤目掛けて発射。

 

 直撃した岩場が崩されアイテルの進路上に落下してきたのだ。

 

 「ちょッ!?」

 

 セリスは機関砲やビーム砲で岩を砕きながら、影響範囲外に離脱を試みる。

 

 しかし普通にそれだけでは間に合わない。

 

 「なら!」

 

 ロケットアンカーを後方へ射出、岩壁に突き刺すとスラスター噴射のタイミングに合わせて巻き上げる。

 

 その勢いに任せて離脱したセリスだったが、その先にはライフルを構えたコンビクトが待ち構えていた。

 

 「ここを待っていたぞ、『マント付き』!!」

 

 リアンにとって脳裏に描いた、展開通りの結末。

 

 これで討たれてくれるなら、カースの仕込みに頼る必要もない。

 

 ビームライフルから発射された一射がアイテルに襲いかかる。

 

 だが―――

 

 「舐めないでよね!!」

 

 機体を引っ張っているアンカーを切り離し、横っ跳びでビームを避ける。

 

 そしてアイテルもビームライフルを発射するとコンビクトのビームランチャーを吹き飛ばした。

 

 「ぐぅぅ! く、おのれェェ!!」

 

 衝撃に呻き、体勢を立て直しながら憎悪をこめてアイテルを睨みつける。

 

 もはや是非も無い。

 

 確実に殺す為にはどんなものでも使わなければならないのだと確信した。

 

 それがたとえ悪魔の力であろうとも。

 

 

 

 「貴様は―――貴様だけはァァァ!!!!!」

 

 

 その時、リアンの望みに応えるように、悪魔の力が起動する。

 

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 

 

 状況は悪くはないが良くもない。

 

 それが出撃したアレックスの偽らざる本音であった。

 

 一緒に出撃したセレネのフローレスダガーを伴いながら眼下に広がる戦闘の様子を観察する。

 

 先行したリベルトの部隊はヅダと基地に設置されたビーム砲台によって大部分が基地までの進路を阻まれている。

 

 同じく出撃した同盟の機体はといえば姿が見えない。

 

 撃墜された訳ではないだろうが。

 

 すでに基地内へ降下したのかもしれない。

 

 どちらにしろ目に見えないものを当てにするつもりはアレックスには全くなかった。

 

 「セレネ、俺も基地まで降下する。君は後方で援護を」

 

 「えっ、でも」

 

 「この乱戦では実戦経験の無い君が前に出ても足手まといにしかならない。君は実戦の空気を感じ取るだけでいいんだ」

 

 「……はい」

 

 正直に言えば、セレネとて前に出たいという思いはある。

 

 彼を守りたいと思ったが故にここに居るのだから。

 

 だが同時にアレックスの言い分が分からないほど愚かではなかった。

 

 訓練は受けたがあくまで実戦経験のない素人同然。

 

 迂闊に前に出れば、待ち受けているのは無残な死に違いない。

 

 セレネは何とも言えない気分を押し殺すように、先へと進んでいくイージスリバイバルの後をついていった。

 

 戦場へと突き進んでいくイージスリバイバルとフローレスダガー。

 

 そこにニ機を見つけたヅダが攻撃を仕掛けてきた。

 

 「避けろ!」

 

 「はい!」

 

 左右の飛ぶように別れビーム砲の連撃を回避。

 

 即座に敵へと肉薄したアレックスはビームサーベルを一閃すると側面部の外部装甲を斬り捨てた。

 

 「セレネには近づけさせない!」

 

 さらに左脚部のサーベルを蹴り上げ、脚部を断ち切った。

 

 その隙に回り込んでいたセレネが破損した装甲部分を狙い、ビームライフルを撃ち込む。

 

 「そこ!」

 

 ブレもない正確な射撃により、急所を撃ち抜かれた敵機は爆散した。

 

 その姿に一瞬だけ、アレックスは呆気に取られた。

 

 セレネの動きには経験の少なさからも感じられる一種のぎこちなさのようなものはある。

 

 しかし何の迷いも感じられない。

 

 慣れてしまえば、いつも通りに動けるようになるだろう。

 

 しかし、アレックスは胸が締め付けられるような息苦しさを感じていた。

 

 彼女の意思を受け入れた時からこうなると分かっていた筈。

 

 覚悟もしたし、自分が認めた事だ。

 

 でも、それでもこう考えてしまうのだ。

 

 

 ―――彼女もまた引き返せない一線を越えてしまったと。

 

 

 一瞬だけ、悲しみのような感情が湧きあがってくる。

 

 だがそれらをすべて押し殺しアレックスはセレネに指示を飛ばした。

 

 「その調子だ。今は援護に徹していれば良い」

 

 「は、はい」

 

 アレックスはセレネに戦闘に集中させる為に、あえて指示以外の事を話さない。

 

 彼女は今初めて人を殺したという事実を考えさせない為に。

 

 此処は戦場。

 

 迷いは死に直結するのだから。

 

 セレネに実戦を経験させながら先へと進んでいたアレックス。

 

 そこに別方向から現れたヅダがこちらを猛追し接近してくる。

 

 「アスラン!!」

 

 「アルド・レランダーか!?」

 

 「ハアアアア!!」

 

 外部装甲に設置された高機動ブースターを全開で噴射。

 

 装甲を切り離したヅダが肩から伸びる大型ビームクロウを展開しながら斬り込んできた。

 

 「嘘!?」

 

 その選択にセレネは思わず驚愕してしまった。

 

 思い切りがいいという問題ではない。

 

 今あのパイロットは鎧を脱ぎ捨てたというだけに止まらず、未使用だった武装すらも投棄したという事である。

 

 見る限り大型の光爪以外は特殊な武装は見当たらない。

 

 残るは基本的な装備のみだ。

 

 それだけ自分の腕に自信があるという事なのか。

 

 「オラァァァ!!」

 

 左右から振りかぶられる凶爪。

 

 当たれば確実にイージスを屠るだろう一撃をアレックスはシールドを使って軽く流す。

 

 そしてもう一方の爪撃をサーベルの剣撃を叩きつけて弾いてみせた。

 

 「やっぱりやるなァァ! 流石元クルーゼ隊だぜ!!」

 

 「チッ、くだらない事を言っていないで答えろ! お前達の目的は何だ? ベテルギウスは―――拠点はどこにある?」

 

 「俺が答えると思ったのかよ!!」

 

 「だろうな!」

 

 光刃と光爪がぶつかり合い、阻まれては光が弾けて消えていく。

 

 激突と共に徐々に降下、戦線から離れる二機のモビルスーツ。

 

 構えたビームライフルが火を噴き、互いのシールドが閃光を防ぐ。

 

 「思った以上にやる!」 

 

 繰り返される攻防。

 

 アレックスは相手の技量に素直な称賛を贈った。

 

 アルドには一度辛酸を舐めさせられており、実力の高さも分かっている。

 

 イージスの斬撃を捌き、扱い難いだろう大型ビームクロウを苦もなく操っている事からもそれは疑いの余地はない。

 

 「狂獣の名は伊達ではないらしい!」

 

 「アハハハハハハ!! やっぱり他の雑魚とは手応えが違うな!! ガンダムにも劣らねぇ!!」

 

 アルドは紛れもない歓喜に包まれていた。

 

 目の前の敵はあの白いガンダムと同格。

 

 いや、間違いなくそれ以上だろう。

 

 そんな強敵との命を掛けた殺し合い。

 

 「ああ、そうだ。強敵と戦えるこの瞬間こそが俺の求めるもの! そしてすべてを掛けて勝利する!!」

 

 それがアルドにとっては何にも勝る喜びなのだから。

 

 しかし、それをくだらないとアレックスの怒声が響き渡る。

 

 「貴様の悪趣味に付きあっている暇などない!!」

 

 その声と共に振るわれた一撃がヅダの肩を深く抉った。

 

 「ぐっ!?」

 

 確かにアルドの一撃は鋭く速い。

 

 異名で呼ばれ忌み嫌われながらも前線で鍛え上げられた実力は本物だ。

 

 だが、それでも。

 

 それでも奴には―――

 

 「貴様はアスト・サガミには遠く及ばない!」

 

 その時、アレックスのSEEDが発動する。

 

 感覚が刃の様に研ぎ澄まされ、視界も先程までとは比べものにならない程に鮮明になる。

 

 感覚を身に宿しアレックスは勝負を決める為に一足飛びに前に出た。

 

 「はああ!!」

 

 裂帛の気合と共に蹴り上げた一撃が今度は下腹部に傷を刻む。

 

 「動きが変わった!?」

 

 コックピットに警戒音が鳴り響き、耳障りな音がアルドの神経を逆なでする。

 

 先程までとは動きがまるで違う。

 

 それが意味する事はたった一つだった。

 

 「……手加減されていた?」

 

 あまりの屈辱と怒りに歯軋りする。

 

 「テメェェェ―――ふざけるなァァァ!!!」

 

 

 『I.S.system starting』

 

 

 それは奇しくも同時刻リアンのコンビクトに起こった現象と全く同じものだった。

 

 アルドの視界が広がり、鋭い感覚がその身に宿る。

 

 「これは……」

 

 一瞬何が起こったのか、分からずに目を見開く。

 

 だがそれもほんの僅かの時間だけ。

 

 理解する必要などない。

 

 ただ、この感覚に身を任せれば良いのだと本能的に悟ったアルドは即座に動き出す。

 

 「はあああああああ!!」

 

 歓喜の声を上げ、イージスのサーベルを弾いた一瞬の間。

 

 その一瞬でアルドは両手でサーベルを抜き、ビームクロウと同時に繰り出した。

 

 「落ちやがれェェェ!!」

 

 「ッ!?」

 

 大型の光爪に加え、両手から振るわれる斬撃。

 

 合計4つの刃がイージスリバイバルに襲いかかる。

 

 上下左右。

 

 肩に設置されたアームで接続されたビームクロウが位置を問わず振るわれ、合わせてサーベルの剣閃が振るわれる。

 

 その苛烈さと凶悪さは脅威という他なくアレックスは防戦一方に追い込まれてしまっていた。

 

 破壊されないように流した筈のシールドも何合かの斬撃を受け、もはや役にも立たない程にボロボロになっている。

 

 「どうした、もう終わりかよ!!」

 

 アルドの挑発にも似た罵声が飛ぶが、反面アレックスは意外にも苦笑していた。

 

 あの時とは丁度逆の立場。

 

 今はアレックスが複数の光刃に晒されている。

 

 「……全く、どこかで見たような光景だな」

 

 脳裏に浮かぶのは今までの戦いの中で最も思い出したくない類のもの。

 

 オーブ沖で戦った時の事。

 

 宿敵アスト・サガミの駆るイレイズガンダムにアレックスはすべてを振り棄て向っていった。

 

 「……あの時は、手も足も出なかった。ヤキン・ドゥーエでも同じ―――だが、俺は!!」

 

 何時までも同じ様に負ける気はない。

 

 アレックスは使い物にならなくなったシールドを捨て、イージスの両手、両足からビームサーベルを放出する。

 

 振り抜かれたビームクロウにサーベルを叩きつけ、光爪の軌跡を変え蹴りを叩き込む。

 

 光刃を放出した蹴撃。

 

 絶妙の間合いからの一撃がヅダの腹部を抉り飛ばす。

 

 だが、アルドもやられっ放しではない。

 

 バランスを崩し仰け反りながらも下から掬い上げる様に振り抜いたビームクロウが容赦なくイージスリバイバルの胸部を斬り裂いた。

 

 「うおおおお!!」

 

 「はああああ!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、相手の命を奪わんと刃を振るう。

 

 その光景を見て、ようやく追いついてきたセレネは息を飲む。

 

 「……凄い」

 

 思わず口にしてしまう程二機の動きは凄まじい。

 

 自分などとは比べる事もおこがましい程にレベルが違った。

 

 まさに刃の嵐。

 

 二機共に非常に接近している為に援護も難しく、近づけば切り刻まれかねないほどの苛烈さ。

 

 だから今セレネにできるのは、邪魔が入らないようにする事と何があっても即座に動けるようにしておく事ぐらいだった。

 

 激しいまでに続く攻防。

 

 その中でアルドは今まで感じた事のない程、激しい不快感に襲われていた。

 

 「ぐっ、くそ、何だこれは!?」

 

 目の前がクリアになったり、唐突に元の状態に戻ったりと泥酔したかのような気持ち悪さが纏わりついて離れない。

 

 当然、それは戦闘にも多大な影響を及ぼしてくる。

 

 「はああ!」

 

 アルドの陥った隙を突き、飛び込んできたイージスの一閃がヅダの右脚部を斬り落とす。

 

 何の抵抗もなく分断させられた脚部は地表へと落ちていく。

 

 「くそがァァァ!!」

 

 歯軋りしながら意識を出来るだけ鮮明に保ち、視界が開けた瞬間だけを狙って光刃を振るう。

 

 それは確かにイージスの装甲を削っていく。

 

 だが明らかに先程までと比べても傷が浅く、致命傷までには程遠い。

 

 そんな敵の不調をアレックスは見逃さない。

 

 「決着をつけるぞ!」

 

 左足を振り上げビームクロウを弾くとイージスはモビルアーマー形態へと姿を変える。

 

 今までヅダの防御を崩せなかった最大の要因は盾と兼用されているビームクロウの存在故だった。

 

 大型であるこの盾は防御力も高く肩から伸びるアームによって稼働領域が広い。

 

 だからどこからの攻撃でも防ぐ事が可能。

 

 故にこれを突破するにはそれ相応の一撃が必要になる。

 

 それは―――

 

 「ヒュドラか!?」

 

 イージスリバイバルの最大武装。

 

 イージスガンダムに装備されたスキュラを強化し、Fシリーズの大半に搭載された兵器。

 

 しかしこの武装は核動力機用に開発されたものであり、バッテリー消費が激しい為に通常の機体とは相性が良くない。

 

 調子に乗って乱発すればすぐさまエネルギー切れを起こしてしまう。

 

 アレックスが使用を控えていた理由がそれだ。

 

 それでも威力は折り紙つき。

 

 至近距離で食らえば、モビルスーツなどあっさりと塵芥に成り果てるだろう。

 

 「俺が迂闊に食らうとでも―――」

 

 機体に回避運動を取らせようとしたアルドの言葉は最後まで続かない。

 

 何故ならイージスは砲口を見せる事なく突撃してきたからだ。

 

 「何!?」

 

 虚をつかれた事に加え、予期せぬ不調による反応遅延。

 

 それでもアルドは避けようとするが、もう間に合わない。

 

 先端部から放出されたビームサーベルが前面に向けられたシールドと激突し、凄まじいまでの衝撃と閃光が飛び散った。

 

 「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 ビーム刃と突撃の衝撃。

 

 二重の攻撃によってシールドは罅割れる。

 

 だがそれでもどうにか耐えきった。

 

 しかしこの状態こそアレックスの狙い。

 

 先端部分をシールドに突き刺したまま力任せに展開していくと盾もまた外側へと弾かれた。

 

 その場に残ったのは無慈悲なまでのヒュドラの砲口と無防備なヅダの本体のみ。

 

 「これで!」

 

 トリガーを引くと同時に砲口に光が集まり、強力な一撃が放たれる。

 

 アレックスは勝利を確信する。

 

 だがアルドは不調ではあれ、普通ではなかった。

 

 「おおおおおおお!!!」

 

 I.S.システムに後押しされた神懸かり的な反応。

 

 負けるかという執念。

 

 それによって機体を逸らせたアルドは此処に奇跡ともいえる回避を実現させた。

 

 「避けた!?」

 

 無論、無傷などではない。

 

 左側の腕や脚はけし飛び、戦闘はもう無理だと素人でも分かる程の損傷。

 

 それでも致命傷ともいえる一撃を避けてみせたのだ。

 

 「うおおおお!!!」

 

 残った右手に握られたビームサーベルを逆袈裟に振り上げ、イージスリバイバルの片手、片足を斬り捨てた。

 

 「ぐっ、まだ!!」

 

 敵の執念に驚きながらもアレックスは動く部分を総動員し、モビルスーツ形態へと戻すと残ったサーベルとヅダへ叩きつける。

 

 それを防がんと前へ突き出したシールドごとサーベルが貫通すると、ヅダの首部分へ突き刺さった。

 

 「ぐあああ!」

 

 コックピットに伝わる衝撃と警戒音に呻きながら、イージスリバイバルを睨みつける。

 

 「……俺は……俺はァァァァァ!!」

 

 勝利への渇望。

 

 負けたくないという思い。

 

 すべてを込めアルドは咆哮する。

 

 サーベルを逆手に持ち替え、イージスの頭部へと振り下ろした。

 

 アレックスにもそれを避けるだけの余力は残っていない。

 

 躊躇無く振り下ろされた、光刃が頭部に刺さり、跡形もないほどに破壊する。

 

 「まさかここまでやるとは。セレネ!」

 

 機体の状態を素早く把握したアレックスは迷わず脱出を決める。

 

 相手にも致命傷は与えたがイージスも限界に近い。

 

 機体ごと脱出しようにも完全に組みついている所為で引き離すのは難しい状態だった。

 

 躊躇わずに自爆装置のスイッチを入れ、コックピットを開けると近くに待機していたフローレスダガーの掌に乗り移った。

 

 「離脱だ!」

 

 「はい!」

 

 セレネはアレックスの声に従い、背を向けて一気にその場からの離脱を図る。

 

 幾分かの距離を稼いだその瞬間、イージスリバイバルが爆発。

 

 襲いかかってくる衝撃波がフローレスダガーの背中を押し上げた。


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