機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第7話  出撃前の戦い

 

 

 

 

 その宙域は非常に緊迫した空気が漂っていた。

 

 月から出撃したテタルトス軍が進撃してくるザフトを迎え撃つ為に今か今かと待ち構えていたのだ。

 

 その中心で指揮を執るヴァルターはいつも通り涼やかな表情でコンソールを弄っている。

 

 LFSA-X002b 『セイリオス』

 

 テタルトス試作モビルスーツ。

 

 エースパイロット用であるジンⅡでさえ対応できない技量を持つパイロット用に開発された機体『シリウス』の再調整機である。

 

 ヴァルター専用に調整され、コンバットシステムに対応していない代わりに高出力スラスターと射程の延びた専用のロングビームライフルを装備。

 

 肩部にはビーム砲が追加されている。

 

 「さて、大佐のようにはいかないだろうが、任されたからには全力でこなす」

 

 遥か高みにいる男の存在を意識しながら、操縦桿を握り直した。

 

 ユリウス・ヴァリス大佐はザフト最強と言われ『仮面の懐刀』と呼ばれたパイロットだ。

 

 テタルトスに所属するパイロットならば誰しもが憧れる人物である。

 

 もちろんヴァルターもその一人だ。

 

 何度か手合わせした事はある。

 

 しかし軽くあしらわれてしまった。

 

 「何時かは一矢報いたいが」

 

 そんな事を考えていると、正面から待ち人の姿が見えてきた。

 

 《少佐、ナスカ級三隻が近づいてきます》

 

 「たったあれだけの部隊で攻めてくるとは、目的はやはり様子見か」

 

 ナスカ級から出撃したモビルスーツが前面に展開される。

 

 ジン、シグー、ゲイツといったザフトの顔というべき機体が勢揃いしている。

 

 だが数自体はそう多くは無い。

 

 これならばいくらでも対応可能だ。

 

 ヴァルターは戦闘に赴く者とは思えない端麗な顔に朗らかな笑みを浮かべると、号令を下した。

 

 「全機、油断するな、近づいてくるザフトのモビルスーツを殲滅せよ!! テタルトスの力をここに示せ!!」

 

 「「「了解!!!!」」」

 

 飛ばされた檄に応えるように、フローレスダガーに乗り込んだパイロット達が一斉に吠えた。

 

 背中に装備したウイングコンバットの推力を使い、ザフトの部隊へ攻撃を開始する。

 

 ビームライフルから発射される閃光が飛び交い、振り抜かれたサーベルが敵の胴体を斬り捨てる。

 

 「良し、訓練通りに動けている」

 

 全員が連携を取りつつ、状況に応じたフォーメーションを組みながら小気味良く敵を屠っていく。

 

 モビルスーツ戦闘において、テタルトスが何よりも重要視しているのが、味方との連携である。

 

 テタルトスは地球軍、ザフトと比べても基本的に物量が違う。

 

 アポカリプスの火力が強力でもすぐに撃てる訳ではないし、当たらなければ意味がない。

 

 効率よく攻撃と防御を行い、敵をアポカリプスの攻撃範囲に誘導しながら戦果を上げる為には様々な戦法や戦術が必要だった。

 

 その為、テタルトス軍の連携フォーメーションは他国の軍隊よりも複雑かつ洗練されたものになっている。

 

 「では私も行かせてもらう」

 

 コックピットに設置されたスコープを覗き込み、ロングビームライフルを構えた。

 

 このビームライフルは射程距離を飛躍的の伸ばし、貫通力も強化されたものだ。

 

 たとえシールドで防ごうとしても―――

 

 「無駄」

 

 ターゲットをロックしてトリガーを引くと、ロングビームライフルが火を噴いた。

 

 発射されたビームがシールドを構えたゲイツを盾諸共胴体を撃ち抜き、宇宙の藻屑へと変えた。

 

 さらに連続してビームライフルを発射する。

 

 「くっ」

 

 「遠距離からの狙撃!?」

 

 撃ち込まれたビームから逃れようとザフトのパイロット達は無理に捉えにくい軌道を取っていく。

 

 しかし―――

 

 「無駄だ、それでは逃げられない」

 

 「なっ!?」

 

 動きを先読みしたかのような正確無比な射撃によって次々と射抜かれたモビルスーツが閃光に変わる。

 

 その隙にテタルトスの機体が攻撃を仕掛けた。

 

 「このくらいで十分だろう」

 

 ある程度数を減らした所でライフルを腰にマウントするとビームサーベルに持ち替え、戦場の光の中へと突撃する。

 

 ヴァルターはどちらかと言えば射撃の方が得意だ。

 

 だが別に近接戦が苦手という訳ではない。

 

 少なくともアレックスと拮抗し合える程度には、スキルを持ち合わせていた。

 

 振り抜いたビームサーベルが重斬刀諸共ジンを斬り捨て、ヒュドラの砲撃で後方に控えていたナスカ級の艦首を吹き飛ばす。

 

 「まだまだ!」

 

 目にも止まらぬ動きで敵を翻弄しながら、攻撃を加えていくセイリオス。

 

 しかし残ったナスカ級やジンやシグーも諦める事無く砲撃を繰り返す。

 

 「諦めない姿勢は素晴らしい。しかし退き際を見誤ったようですね」

 

 出鼻を挫かれたザフトがここから立て直す事は難しい。

 

 砲撃の嵐を潜り抜け、ナスカ級のブリッジに狙いを定めると何の容赦もなくロングビームライフルで吹き飛ばした。

 

 大勢は徐々にテタルトス側へと傾き、ザフトが撤退を選択するまで長い時間はかからなかった。

 

 

 

 

 『グルマルディ戦線』

 

 軍に携わる者であれば、耳にした事のある名前だろう。

 

 ヤキン・ドゥーエ戦役においてザフトは地球軍の月面基地であるプトレマイオス基地を陥落させる為、月の裏側にあるローレンツ・クレーターに基地を建設した。

 

 それによって地球軍とザフトはグルマルディクレーターを境界線として戦闘が行われるようになった。

 

 この事により月の戦いは『グルマルディ戦線』と呼ばれ、戦闘を繰り返すようになったのだ。

 

 しかしエンデュミオンクレーターで行われた戦いで大きな被害をもたらしたザフトは月より撤退。

 

 以降テタルトスが台頭するまでは月は地球軍の勢力下におかれる事になる。

 

 その際、ローレンツクレーターも地球軍が管理していたのだが重要な場所ではなかった為に放置に近い状態であった。

 

 それはテタルトスでも同じ事。

 

 月の裏側を警戒監視する為の軍事ステーション『オルクス』の建設も進められてはいる。

 

 だが現在は都市部重要拠点の防衛網構築が優先した為、後回しとなっていた。

 

 そして今、テタルトスから要請を受けたオーディン、クレオストラトス、そしてナスカ級を含めた三隻がローレンツクレーターに向かっていた。

 

 目的は二つ。

 

 奪われた新型機LFSA-X000『ベテルギウス』の奪還、もしくは破壊。

 

 そして敵であるザラ派の本拠地に関する情報を手に入れる事である。

 

 作戦に参加する事になったセリスとニーナはテタルトスのパイロット達に囲まれブリーフィングに参加していた。

 

 二人の前ではアレックスがモニターにデータを表示しながら、作戦に参加するパイロット達に説明を行っている。

 

 「以上の事が現状で判明している。確認された敵の中で特に気をつけるべきは『箱持ち』だ」

 

 画像が切り替わる。

 

 大気圏で襲撃してきた黒いモビルスーツが背中にボックス状のものを装着している映像が映し出された。

 

 「このボックス状の物体にはウイルス入りのアンカーが仕込まれている。これの直撃を受ければ、ウイルスによってシステム異常を引き起こす。だから戦場で見つけたら、真っ先に排除するんだ。仮に直撃を受けたら、機体を捨てろ」

 

 ウイルスに関しては対策を講じてはいるものの、今回は時間が無さすぎた。

 

 対処方法としてはアンカー受けないようにして、『箱持ち』を見つけ次第、撃墜するしかない。

 

 「厄介ね」

 

 「うん。とにかくアンカーだけは受けないようにしないと」

 

 画面が切り替わり、今度はローレンツクレーターに建設された基地の画像が映しだされる。

 

 「ローレンツクレーターに建設された基地に関しては、警戒網構築の時と『オルクス』建設計画が立ちあがった際に調査済みだが、それはあくまでも半年以上前になる。どんな罠が仕掛けられているかは不明だ、先行部隊は十分に注意してほしい」

 

 先行する部隊はリベルト大尉率いる部隊。

 

 その後にセリス達とアレックス達が降下するという手順になる。

 

 「作戦の概要は以上となる。何か質問は?」

 

 周囲を見渡し、質問がない事を確認したアレックスはブリーフィングを締めるように頷いた。

 

 「では各自作戦準備に取り掛かれ。全員の奮戦を期待する!」

 

 「「「ハッ!!」」」

 

 全員が席から立ち上がり敬礼を取ると皆が一斉に戦闘準備の為に動き出す。

 

 喧噪に混じる形でセリス達も部屋を後にしようとすると見覚えのある少女が熱心に端末を手に座っている姿が見えた。

 

 「あれは、カガリ様と知り合いだった―――」

 

 「うん。確かセレネ・ディノ」

 

 イクシオンを案内された時にそう名乗っていた筈だ。

 

 「ディノって事はアレックス少佐の親類かな?」

 

 「顔とかあまり似てないけどね」

 

 色々話をしてみるのもいいかもしれないと思い近づく。

 

 セレネはガチガチに固くなっており、かなり緊張しているように見える。

 

 知り合いでもない自分達が声を掛けてもいいのか若干迷うが意を決して話しかけた。

 

 「ディノ少尉?」

 

 「ひぁい!?」

 

 「え!?」

 

 驚いたセレネは妙な声を上げて、勢いよく椅子から立ち上がった。

 

 「あ、え、えと、貴方達はカガリ様の護衛役の……」

 

 「あ、あはは。セリス・ブラッスール中尉です。こっちはニーナ・カリエール少尉」

 

 「よろしく、ディノ少尉」

 

 「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 ぎこちなく敬礼を返してくるセレネに、セリスは思わず苦笑してしまう。

 

 昔の自分もこのような感じだったのかと面映ゆい気持ちになった。

 

 「少尉、もしかして今回が初陣ですか?」

 

 「え、あ、はい。実はそうなんです。訓練はしっかり積んできたつもりなんですが、いざ実戦を迎えるかと思うと……」

 

 気持ちはよく分かる。

 

 セリスも初陣に赴くと分かった時にはガチガチに緊張したものだ。

 

 それはパイロットの誰もが経験するものだろう。

 

 セリスの時は整備班長が励ましてくれたのだが―――

 

 もしかするとあの時の班長もこんな気分だったのだろう。

 

 「少尉、大丈夫です。私も初陣の時はすごく緊張しちゃったけど、何とかなった」

 

 初陣で大気圏から蹴り落とされたが何とか生き残ったし、問題はない筈だ。

 

 ニーナが何か言いたそうにしているがあえて無視して話を続ける。

 

 「それに無理して気合いれようとするのも良くないというか。私なんて頬を力いっぱい叩いちゃって、整備班長から呆れられたし」

 

 「それは自慢できることじゃないでしょう?」

 

 「う、だって緊張してたし。ていうか今はいいの! えっとその時に『自分が積み上げてきたものを信じろ』って言われて、緊張してても仕方無い、全力でやろうって思えたの」

 

 「積み上げてきたものを……」

 

 「うん!」

 

 セリスは笑顔で自分の胸元にぐっと握り拳を作る。

 

 何の根拠もない言葉。

 

 それでもセレネの緊張も解れ、肩の力が抜けていた。

 

 積み上げてきたものは当然ある。

 

 訓練でも手を抜いた事は無いし、必死にやってきた。

 

 何よりもセレネの訓練をつけてくれたのはあのユリウス・ヴァリスなのだ。

 

 この先でどんな敵が待ち受けていたとしても、彼以上の実力を持った敵など存在する筈はない。

 

 「ありがとうございます、ブラッスール中尉!」

 

 「セリスでいいですよ。年も近いしね」

 

 「はい、セリス中尉!」

 

 本当は呼び捨てで良いのだが、お互いの立場がある。

 

 セリスの方が階級が上である以上、公の場では仕方がない。

 

 敬礼しながらブリーフィングルームを出るセレネの背中を見送るセリスを見ながらニーナは肩を叩いた。

 

 「貴方って本当に面倒見がいいのね」

 

 「そう? 普通でしょ」

 

 当然のように言うセリスにニーナは穏やかな笑みを浮かべ部屋を出ようとするが、後ろから呼び止められた。

 

 「ブラッスール中尉、カリエール少尉」

 

 振り向いた先にいたのは、アレックスだった。

 

 「ディノ少佐!?」

 

 慌てて敬礼する二人を制するように手を上げると、アレックスは穏やかな声で礼を口にする。

 

 「セレネの事を気遣ってもらってありがとう」

 

 「いえ。やっぱり初陣っていうのは誰でも緊張しますから」

 

 「そうだな。だが俺が声を掛けるよりは効果的だったようだ」

 

 昔からこういう事には疎いとため息をつくアレックス。

 

 階級も上であり彼の本名を聞いていたからか、雲の上の人間のような感覚を覚えていた。

 

 しかし考えすぎだったようだ。

 

 セレネを心配するその姿は普通の優しい男性の姿でありホッとしてしまう。

 

 「そうだ、君達に聞いておきたい事があった。……奴は―――いや、レティシア・ルティエンスさんは壮健か?」

 

 珍しく歯切れの悪いアレックスに違和感を覚える。

 

 何か今誤魔化したような気がしたのは、気の所為なのだろうか?

 

 「えっと、ルティエンス教、いえ、少佐とは知り合いなんですか?」

 

 「……ああ、昔世話になった事があって」

 

 「そうですか。少佐は変わらずお元気ですよ。今は地球にいます」

 

 何かを懐かしむように一瞬だけ、目を伏せるとすぐに表情を引き締める。

 

 「そうか、ありがとう。君達には迷惑を掛けてしまうが、作戦の方はよろしく頼む」

 

 「「ハッ!」」

 

 アレックスに敬礼を返した丁度その時、一人の青年が近づいてきた。

 

 「少佐、少しよろしいですか?」

 

 「リベルト大尉。丁度良い、二人にも紹介しておく。彼は先行部隊の指揮を執るリベルト・ミエルス大尉だ」

 

 「よろしくお願いします」と敬礼するリベルトにセリスとニーナも敬礼を返す。

 

 リベルトは月に来るまでオーディンを護衛をしてくれた為、名前は知っているがこうして顔を合わせるのは初めてだ。

 

 その佇まいや固く結ぶ口元、表情からも生真面目そうな印象を受ける。

 

 「今回の作戦私が先鋒を務めさせていただきます。作戦中はお二人にも協力を仰ぐ事もあるかと思いますがよろしくお願いします」

 

 どうやら見た目通りの真面目な性格のようだ。

 

 「はい、こちらこそ!」

 

 「全力を尽くします」

 

 三人が握手を交わした所を見計らい、アレックスが口を挟んだ。

 

 「それで?」

 

 「はい、実は―――」

 

 「少佐、大尉、私達はオーディンへ戻ります」

 

 「ああ、作戦よろしく頼む」

 

 打ち合わせを始めた二人に一声かけるとセリスとニーナはブリーフィングルームを後にした。

 

 

 

 

 「話の腰を折ってすまない」

 

 セリス達が退室したのを見計らい、アレックスはリベルトへ話の続きを促した。

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 アレックスにとってリベルト・ミエルス大尉は話易い部類の人間になる。

 

 だが、同時に何故か嫌な感じを覚える事があった。

 

 何と言うか観察されているかのような、冷たさを感じる事があるのだ。

 

 「少佐?」

 

 「……いや、済まない。それで?」

 

 「これを見てください」

 

 端末に映し出されたのは基地の映像。

 

 どうやら先程撮った最新の画像のようだ。

 

 その端にモビルスーツのような機影が映っている。

 

 「……やはり敵が潜んでいる」

 

 「いえ、それだけではなく。こっちを」

 

 静止された画像には基地に設置されている建物が僅かに光を発していた。

 

 「これは……」

 

 「詳しい事は分りません。もっと接近すれば、分かると思いますが……どうしますか?」

 

 「……作戦は予定通りに行う」

 

 罠である事は百も承知。

 

 こんなものを迂闊に映す事自体、敵の誘いに違いない。

 

 それでも―――

 

 「退く訳にはいかない。無理をさせてしまうが、大尉、頼みます」

 

 「了解!」

 

 たとえ何が待ち受けようともすべて踏み越える。

 

 そんな覚悟を胸に、アレックスは歩き出した。

 

 

 

 

 月の近くに存在する岩礁に隠れたローラシア級。

 

 数機のモビルスーツが出撃していく姿を窓から眺めていたカースは端末に目を落とした。

 

 「さあ、その憎悪を存分にぶつけるがいい。その果てに何が待とうとも、お前に引き返すべき道はないのだから」

 

 画面に映し出されていたのは修復されたコンビクト・エリミナル。

 

 今この場で行われた改修作業―――スラスター出力の向上と背中のバーニアユニット交換の際に行ったリミッターの解放。

 

 操作性は若干低下しているが、機動性と加速性は格段に向上している。

 

 そしてもう一つの仕込み。

 

 これで準備はすべて整った。

 

 「どうなるか、見せてもらうぞ」

 

 カースは口元を歪めながら、成り行きを見守る為にブリッジへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 準備を整えた三隻の艦は特に邪魔も入る事無く順調に航行。

 

 月の裏側へと到着しようとしていた。

 

 そこである建造物が視界に入ってくる。

 

 「アレが『オルクス』か」

 

 テレサはブリッジのモニターに映っている物体を観察する。

 

 月の裏側を警戒監視する為の軍事ステーション『オルクス』

 

 形状は月の表側の守りであるステーション『イクシオン』に良く似ている。

 

 だが半分近くは建設途中らしく、内部が露出している部分がある。

 

 あそこにもいくつかの部隊が派遣されてはいるようだ。

 

 しかしあくまでも『オルクス』建設に従事する作業員を守る為のもので、今回の作戦には参加できないらしい。

 

 「結局、ジュールの言った通りになったか」

 

 月を訪れる前に言われたイザークの懸念が見事に当たってしまった。

 

 カガリ達からの連絡を受け、本国は援軍を送る事にしたらしい。

 

 こんな事になるのなら初めからイザーク達を連れてくるべきだったかもしれない。

 

 「今更言っても始まらんな」

 

 過ぎ去った時間は戻らない。

 

 もしもなんて事を考えるくらいなら、目の前の事に集中すべきだ。

 

 益体も無い考えを振り払い、指示を飛ばした。

 

 「対モビルスーツ戦闘用意! 予定通り、作戦開始と共に各機発進!」

 

 「了解!」

 

 オーディン艦内が慌ただしく動き出し、セリス達も乗機に乗り込む。

 

 「各部正常、武装、『セイレーン改』共に問題なし」

 

 セリスはリズム良く叩いていたキーボードを横に収納すると、緊張を出すように息を吐く。

 

 セレネに偉そうな事を言ったところで、何時になってもこの瞬間は緊張してしまう。

 

 だからといって緊張感がまるで無いというのも問題だろうが。

 

 こんな緊張感の中でもいつも通りに力が発揮できるのは、日頃の訓練のおかげだ。

 

 「教官の言った通りだよね」

 

 『戦場では何が起こるか分からない。だからいかなる状況にも対応できるように訓練を積んでおく』

 

 そう言われ積み上げてきたもののおかげで自分はここまで生き延びてこられた。

 

 教えてくれたレティシアに感謝しながら、これから先に待ちうける敵を想像する。

 

 「……あそこには多分アイツもいる」

 

 いや、多分ではなく確実に待ち受けている筈だ。

 

 イクシオンで対峙した敵コンビクト。

 

 紛れもない強敵であり、そして異常な執念を感じる相手。

 

 またアイツが来るとなると、相応の覚悟が必要になるだろう。

 

 《セリス、リベルト大尉の部隊がローレンツクレーターへ降下を開始したわ》

 

 気合を入れるように操縦桿を強く握り直す。

 

 「了解! 私達も行こう、ニーナ!」

 

 《ええ!》

 

 機体がカタパルトへ運ばれ、前方のハッチが開く。

 

 《進路クリア、アイテルどうぞ!》

 

 「セリス・ブラッスール、アイテルガンダム・リアクト行きます!」

 

 機体が滑るように押し出され、同時にスラスターを噴射させると、前方へと飛び出した。

 

 眼下に広がるのは、無数のクレーターと灰色の大地。

 

 そこに向かってセリスは慎重に機体を向わせて行った。

 

 

 

 

 母艦から出撃したテタルトスの先行部隊がローレンツ・クレーターへ降下していく。

 

 その姿を離れた場所から見つめていた者達がいた。

 

 展開されたミラージュ・コロイドに覆われたその艦。

 

 地球連合軍第81独立機動軍『ファントムペイン』所属の特殊戦闘艦『ガーティ・ルー』である。

 

 そのブリッジで仮面をつけた人物ネオ・ロアノーク大佐が降下していく部隊の様子を観察していた。

 

 「どういたしますか、大佐?」

 

 傍に控えた副官イアン・リーの問いかけに、ネオは感情を込めずに淡々と中性的な声で呟いた。

 

 「……現在与えられた我々の任務はあくまでも情報収集だ。今は手を出す必要はない」

 

 それは正しい判断だった。

 

 彼らが普通の部隊よりも先進的な武装や機体が配備されているとはいえ、あの数相手に正面切って戦うには少々数が足りない。

 

 「……ただ、あの連中の動向はこちらも気になっていた。そう考えれば丁度いい機会だな」

 

 「ええ」

 

 地球軍もまた度々黒い機体ヅダからの襲撃を受けていた。

 

 最初は正体がつかめず、ザフトやテタルトスを疑っていた。

 

 しかし未確認ではあるが上がってきた情報によれば『ザラ派』の残党という事らしい。

 

 もしもそれが本当であるのならば、さぞかし上の連中は喜ぶだろう。

 

 再び戦いを始める為の口実が手に入る事になるのだから。

 

 「……一応、エグザスの出撃準備だけはさせておけ」

 

 「了解しました」

 

 ネオはそれ以上は何も語らず、今から始まる戦いから目を離さないようにモニターを注視していた。




機体紹介更新しました。

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