機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第6話  思惑

 

 

 

 

 

 襲撃を受けたイクシオン周辺では破壊されたモビルスーツや戦艦が虚しく漂っていた。

 

その光景を設置されているモニターで眺めながら、バルトフェルドは内心ため息をつく。

 

 現在、イクシオンでは突如起こったシステム異常の回復や被害状況の把握。

 

 敵に関する情報の収集などの対応に追われている。

 

 そして会議室で今後の対応を協議する為にエドガーを始めとした軍の主要メンバーと議会を代表してゲオルクが席を囲んでいた。

 

 「派手にやられたものだな、バルトフェルド中佐」

 

 威圧感と共に鋭い視線を向けてくるゲオルクに弁明する事無くバルトフェルドは頭を下げた。

 

 「返す言葉もありませんね、申し訳ない」

 

 今回に限ってはそう言うしか無い。

 

 敵の奇襲を受け、イクシオンの港口を破壊され、部隊も甚大な被害を受けた。

 

 さらに悪い事に新型機を強奪されてしまった。

 

 もはや弁明のしようもない。

 

 「いかなる処分も受けます」

 

 「そうするつもりだ―――と言いたいところだが、事態は切迫している。今、貴様を外す余裕はない。今まで以上に働いてもらう。その方が貴様には堪えるだろう?」

 

 「おっしゃる通りですよ」

 

 軽く調子で肩を竦めるバルトフェルドを一瞥するとゲオルクは手元の端末に目を落とした。

 

 「エドガー司令、現状分かっている事だけで良い。報告を頼む」

 

 「はい。モビルスーツ隊は現在、動ける部隊で防衛線を立て直しながら、損害を調査、破損した機体の修復と部隊の再編成を急がせています」

 

 襲撃を受けたのはイクシオンだけではない。

 

 周辺を警戒、哨戒を行っていた部隊も攻撃を受けていた。

 

 「イクシオンのシステム復旧は約80%で現在も進行中。南港口は半壊状態、この修復にはしばらく時間を要するかと。さらに内部でも一部が破損し、空気漏れも起こっており、ここは最優先で修復を急がせています」

 

 エドガーの報告を聞きながら、淡々と頷くゲオルクを除いた全員が顔を顰めた。

 

 正直、聞けば聞くほど頭が痛くなってくる。

 

 「敵については?」

 

 「それに関してはアレックスの方から」

 

 エドガーが対面に座るアレックスを促すように視線を送ると頷きながらモニターの前に立つ。

 

 「まずはこちらをご覧ください」

 

 モニターにニ機のモビルスーツの映像を映し出した。

 

 イージスと対峙している可変機構を備えた機体ジュラメントとアイテルと戦う二基のバーニアユニットを背負ったコンビクト。

 

 「皆、この二機のモビルスーツに見覚えがあるかと思います。これらは前大戦において……パトリック・ザラが主導で開発していたモビルスーツ群『Fシリーズ』の象徴的な機体であります。さらに侵入してきたパイロットはかつてザフトに所属していた者でした。つまり―――」

 

 「つまり敵はパトリック・ザラを信奉している者達、『ザラ派』の残党ということか」

 

 かつてプラントの勢力は大まかに三つに分かれていた。

 

 『宇宙の守護者』と呼ばれた英雄エドガー・ブランデルに従う『ブランデル派』

 

 反ナチュラルを掲げ、排斥しようとしていたパトリック・ザラ率いる『ザラ派』

 

 そして亡きシーゲル・クラインの意志を継ぎナチュラル、コーディネイター双方の融和を求めた『クライン派』の三つである。

 

 かつては『ザラ派』が大勢を占めていた。

 

 だが戦争が終盤に向かうにつれてその勢いは衰え、『ブランデル派』がプラントから離れたのを契機に最後は『クライン派』に実権を握った。

 

 その後『クライン派』のやり方に反発した『ザラ派』はプラントから離脱し、行方をくらませていたのだが―――

 

 「ではあの正体不明機は……」

 

 「はい、公表されていなかったFシリーズの一機でしょう。それからこれを見てください」

 

 次に背中にボックスらしきものを設置したヅダが映し出される。

 

 「この機体に設置されているボックス内にはアンカーが内蔵されています。そしてこのアンカーにはコンピュータウイルスが仕込まれているようです」

 

 「ウイルス!?」

 

 「はい、フローレスダガーやイクシオンがシステム異常を引き起こしたのも、このウイルスによるものです」

 

 ミラージュ・コロイドと共にこれを使えばテタルトスの防衛網を抜け、奇襲を仕掛けると同時に離脱する事も不可能ではない。

 

 「奪われたベテルギウスと離脱した敵の行方は?」

 

 「追跡させています。最後に捕捉された位置と進路から現在予測されている敵の位置はここです」

 

 画面に月周辺の宙域図が映り、逃げた敵の進路が示される。

 

 そこには一つの基地が存在していた。

 

 「ローレンツクレーターですか」

 

 ここには前大戦で建設された基地が存在している。

 

 今集まった情報から総合して敵はここに逃げ込んだという可能性が一番高いという事になるのだが。

 

 「確実に罠ですな」

 

 「でしょうね」

 

 こうも簡単に位置を悟らせるというのは、あからさま過ぎた。

 

 確実にテタルトス側を誘っている。

 

 「……地球軍やザフトの動きは?」

 

 今の現状、最も憂慮すべき事は地球軍やザフトがこの隙をついてくる事だった。

 

 「地球軍側の動きは確認されていませんが、ザフトは何隻かのナスカ級がこちらに向かっているのを確認しています」

 

 「この機会に攻め込んでくるつもりか」

 

 「今回は様子見かもしれませんが、我々が混乱していると分かれば一気に押しつぶそうとしてくる筈です」

 

 ここまで話を黙って聞いていたゲオルクが口を開くとエドガーに問いかける。

 

 「テタルトス軍最高司令官はブランデル司令だ。君の意見を聞かせてもらおう」

 

 「……ローレンツクレーターに部隊を派遣すべきでしょうね。罠だと分かっていても奴らを放置はできない。敵の本拠地やベテルギウスに関する情報を得る為にも向う必要があるでしょう。アレックス、君に任せたい」

 

 「ハッ!」

 

 「ですが今は大佐もいませんし、アレックスの部隊だけでは戦力的には厳しいのでは?」

 

 待ちうけているのはFシリーズを代表する機体群。

 

 さらにそれを操っているのは卓越した技量を持つパイロット達だ。

 

 いかにアレックスが優れた技量を持っていようと、単機ですべてを排除するというのは難しい。

 

 さらにザフトやザラ派からの襲撃を警戒しなければならないとなると、他の部隊を回す余裕も無くなる。

 

 「いや、戦力ならあるだろう。彼女らにも協力してもらえば良い」

 

 ゲオルクの発言にヴァルターを除いた全員が驚きながら振り向いた。

 

 「まさか、同盟に協力を仰ぐと?」

 

 「嫌とは言うまいよ。ウイルスの件を教えてやれば、向うから協力すると言い出す。後はアレックスの采配次第だ。分かっているな?」

 

 確かに視察を急遽取りやめ、帰還させようにもまだ敵がどこにいるのかも判明していない。

 

 さらには連中が厄介なウイルスまで持っているとなれば、同盟側としても対処したいと考えるのが自然。

 

 つまりゲオルクは同盟の戦力を利用し、最悪盾にしろと言っているのだ。

 

 アレックスは拳を強く握り、一瞬目を伏せると敬礼する。

 

 「……了解いたしました」

 

 思う所はにある。

 

 しかしやるべき事を履き違える気はない。

 

 大切なものを守る為の手段としてそれが必要であるならば、迷うつもりはなかった。

 

 「では、ブランデル司令、ザフトの件は私が行きましょう」

 

 「分かった、そちらはランゲルト少佐に任せよう。バルトフェルド、引き続きイクシオンの方を頼む。私はアポカリプスで指揮を執る」

 

 「「「了解!」」」

 

 細かい打ち合わせを含め、会議が終了するとヴァルターはアレックスに声を掛けた。

 

 「ディノ少佐」

 

 「……何か?」

 

 僅かに警戒心を滲ませるアレックスにクスリと笑みを浮かべる。

 

 やっぱりどう見ても男には見えない。

 

 それに笑顔がどうしても被るのだ。

 

 「今回の作戦、よろしくお願いしますね。私も全力を尽くします」

 

 「え、あ、はい。ランゲルト少佐もお気をつけて」

 

 「フフ、今回は義妹君も出撃になる筈ですから、声を掛けてあげた方が良いですよ。何と言っても初陣ですからね」

 

 「……分かっています」

 

 渋い表情のアレックスを見て笑みを浮かべたヴァルターは先に出たゲオルクの後を追い部屋を後にする。

 

 「今回の件、例の『ロゴス』でしょうか?」

 

 『ロゴス』

 

 世界の裏に存在する組織。

 

 確かに今回の件も彼らの仕向けた可能性は否定できないが―――

 

 「あの連中がこんな中途半端な介入などしたりはしない。やるなら、もっと派手に、強引にやるさ」

 

 「なるほど」

 

 「何にせよ、『奴』がどう動くかを見極めるには良い機会ではある」

 

 ゲオルクは笑みを浮かべながら移動用のベルトに手を添えて、カガリ達の待つ部屋へと向かった。

 

 

 

 

 「つまり、オーディンにも作戦へ参加して欲しいと?」

 

 「実に心苦しいのですが、そういう事になります」

 

 現状説明の為に待機していたカガリ達の元へ訪れたゲオルクは表情をまるで変えずに頷いた。

 

 事情は聞かされたが、その要請には顔を顰めてしまう。

 

 確かに話を聞く限り、例の機体群は放置できない。

 

 特にウイルスを持った敵に関してはすぐに対応を取らねばなるまい。

 

 しかし今回の件は事情が事情だけにカガリの一存だけでは決められない。

 

 それに気になる事もある。

 

 「話は分かった。だが一度本国と連絡が取りたい。オーディンはスカンジナビア管轄の艦だからな」

 

 「ええ、それは構いません」

 

 話を終えたゲオルクが部屋を出ていくとカガリは盛大に息を吐いた。

 

 「ハァ~、全く次から次へと。ミヤマ、率直に聞くが今回の件はどう思う? 私は受けざる得ないと思っているが……」

 

 「でしょうね。本国も、いえ、アイラ様も同じ判断をする筈です。連中を放置しておく事はできない」

 

 単純に連中の危険性だけの問題ではない。

 

 この件を放置しておけば、再び世界を巻き込む大戦の引き金になりかねないのだ。

 

 「テタルトスも連合やザフトが動く前に片をつけたい筈です」

 

 「そうだな。セリス達には申し訳ないが。とにかくミヤマ、すぐに本国と連絡をとれ」

 

 「はい」

 

 これ以上面倒な事になる前に決着をつけたいというのはこちらも同じ。

 

 それでも消えない嫌な予感を覚えながらカガリは席を立った。

 

 

 

 

 オーディンの待機室から修復中の機体を見つめていたニーナは先の戦闘の事を思い出していた。

 

 対峙したコンビクト・エリミナル。

 

 そしてジュラメント・ラディレーン。

 

 あの機体群に乗っていたのは―――

 

 「……リアンにジェシカ」

 

 かつて共に戦った者達。

 

 はっきり言えば仲間と言えるほど信頼もしていなかった。

 

 それに面倒事ばかりだったが、情が無いかといえば嘘になる。

 

 しかし昔からの経験上、彼女達にやめろと言ったところで無駄だ。

 

 むしろ裏切り者としてニーナを付け狙ってくる事すら考えられる。

 

 「……セリスには言わない方が良いわね」

 

 言えば必ずセリスは気にするだろう。

 

 それが戦いで致命的な隙になりかねない。

 

 「決着は私の手でつける」

 

 それがニーナの役目だろう。

 

 今度戦場で会う事になれば、容赦はしない。

 

 「あ、ニーナ、此処に居たんだ」

 

 「セリス、どうかしたの?」

 

 「うん、出撃するかもしれないから、ブリッジまで来てくれって」

 

 「出撃? 敵の居場所が分かったの?」

 

 「さあ、ブリッジに上がれば分かるでしょ、多分ね。いこ」

 

 ニーナはセリスと共にブリッジへ歩き出すと隣で何か悩むように俯いているのに気がついた。

 

 「どうしたの、セリス?」

 

 「うん、ちょっと気になる事があるんだよね」

 

 「何?」

 

 「えっと」

 

 セリスは少し迷うように、言葉を詰まらせる。

 

 そして整理するようにポツポツと話始めた。

 

 「ちょっと前からなんだけど、時々戦闘中に妙な感覚になる事があって。なんて言うか弾けたような感覚の後、突然視界がクリアになって、感覚が研ぎ澄まされるというか」

 

 「……もしかして『SEED』?」

 

 「えっ、『SEED』ってもしかしてキラ・ヤマトやアスト・サガミの?」

 

 世間では『SEED』といえばテタルトスの考え方という印象が強い。

 

 だが同盟内部においてはキラ・ヤマトやアスト・サガミの用いた力というのが共通認識のようになっている。

 

 ローザ・クレウス博士の研究対象としても有名だ。

 

 「まさか」

 

 「でも、他に心辺りはないのでしょう?」

 

 「うん」

 

 確かにそうだ。

 

 アレがもしも『SEED』の力であるならば危険な敵が来ても互角以上に戦う事が出来る筈―――

 

 しかしそこで気がついた。

 

 「……あれ、でも、どうやったら使いこなせるのかな」

 

 それを聞こうにも、聞ける相手もいない。

 

 そもそも使い方も分からない。

 

 「う~ん」

 

 「そんな簡単に使えないでしょうから、あまり当てにしない方がいいと思うわよ」

 

 「そうだね」

 

 これで仲間を守る事が出来ると思ったのだが。

 

 そんな上手い話はないかと、セリスは若干肩を落としながらブリッジへ入っていった。

 

 

 

 

 暗闇の中で無数の岩礁と共に浮かぶ小惑星。

 

 内部には人の手が加えられ、幾つのも施設が存在している。

 

 その施設の中枢である司令室でパトリック・ザラはいつものように不機嫌そうな表情で端末に目を落としていた。

 

 ここは元々『ゲーティア』という名で呼ばれている前大戦時に極秘に建造した兵器工廠である。

 

 前大戦終盤、主戦場が地上から宇宙へと移行した事で地球軍のプラント侵攻はより現実味を増した。

 

 『ボアズ』、『ヤキン・ドゥーエ』といった宇宙要塞も存在していたが、あれはあくまでもプラントを守る防衛ラインに位置するもの。

 

 地球軍に対して積極的に攻勢に出るには些か不便だった。

 

 そこで宇宙各所に秘密裏に拠点を建造し、地球軍迎撃の為の足がかりにしようとした。

 

 そうすれば作戦の幅も広がり、仮にボアズやヤキン・ドゥーエが攻め込まれたとしても、背後からの奇襲や挟撃も可能となる。

 

 そうして幾つかの兵器工廠を含めた拠点が数か所極秘裏に建造される事になった。

 

 だがジェネシスの建造を優先した事や建造の為の時間不足など様々な要因によって結局完成には至らないまま放棄されてしまった。

 

 日の目を見る事がなかったこれらの施設を知っているのはパトリックを含め親しい僅かな者達だけ。

 

 パトリック達が身を隠すにも、力を蓄える拠点としても打って付けの場所だった。

 

 素早くキーボードを操作し、データを閲覧していると甲高い音と共に端末に見たくもない男の顔が映る。

 

 「……カースか」

 

 《失礼いたします、閣下。今、作戦は無事成功したという報告が入ってまいりました。例の仕込みが上手く作用したようです」

 

 「ふん、当然だ」

 

 彼らが今回作戦の成功率を上げる為にとある仕掛けを用意していた。

 

 それがZGMF-Xシリーズの一機X12A『テスタメント』に搭載される予定だった特殊兵装『量子コンピュータウイルス送信システム』を使用する事だった。

 

 ただ今回使用されたものはX12Aの物とは少し違う。

 

 量産化する為、大型ボックスに設置されたアンカーから直接ウイルスを送り込む必要があるという欠点があった。

 

 とはいえそれでも十分なほどの成果を出し、心配も杞憂に終わったようだが。

 

 先の戦闘でアンカーの攻撃を受けたフローレスダガーのパイロットがジュラメントの姿を捉えられなかったのはこのウイルスによって偽装情報が送られていたからである。

 

 《予定通り、戦闘可能な部隊は『ローレンツクレーター』へ向かうとの事。奪取したテタルトスの新型はこのまま『ゲーティア』の方へ運び―――》

 

 「いや『レメゲトン』の方へ運べ。アレももうすぐ組み上がる。そこで最終調整を行う」

 

 納得したようにカースもまた口元を歪める。

 

 《なるほど。了解いたしました》

 

 「ザフトの方はどうなっているか?」

 

 《滞りなく》

 

 「良し、私も『レメゲトン』へ移動する。貴様も奪った機体を受け取ったらこちらと合流しろ」

 

 「ハッ」という声とともに端末に映っていた映像がかき消えるとパトリックは立ちあがる。

 

 「見ていろ、ナチュラル共、そしてブランデル! もうすぐ貴様ら纏めて薙ぎ払ってやる!」

 

 その果てに、今度こそ自分達コーディネイターのあるべき未来が訪れるのだ。

 

 拳を固く握りしめ、司令室を後にするパトリック。

 

 虚空を睨む彼の眼には深く、暗い憎悪の光が宿っていた。

 

 

 

 

 緊張高まる宇宙をゆっくり数隻のローラシア級がミラージュ・コロイドを使いながら、航行していた。

 

 ミラージュ・コロイドは外付けの簡易装置故に長続きはしないが、数時間程度ならば余裕で姿を隠す事が出来た。

 

 目的を達成するだけであるならば十分すぎる時間だ。

 

 端末の通信を切れ、映っていた映像が消えるとカースはただ皮肉げに口元を歪める。

 

 「精々踊るがいいさ、パトリック・ザラ。私の為にな」

 

 パトリックがカースを信用していないように、カースもまた彼の事を信用していなかった。

 

 あくまでも自分の目的を達成する為に、お互いを利用し合っているにすぎない。

 

 すべてはあの女と戦う為に―――

 

 カースは部屋を出て、歩き出すとすれ違う者達全員が怪訝な表情でこちらを見てきた。

 

 不気味な仮面で顔を隠した素性も知らぬ者が歩いているのだ。

 

 無理ない反応だろう。

 

 しかしそれを全く意に反さないまま、ブリッジの扉を潜ると正面にあるモニターに奇襲部隊の姿が映っている。

 

 ジュラメントなどエース機の姿も見えるのだが、目についたのがコンビクトだ。

 

 見事に腕と背中のバーニアユニットが破損していた。

 

 あの様子から見て派手に負けたらしい。

 

 「……丁度いい」

 

 アレを利用させてもらおう。

 

 誰にも聞こえないように呟くと破損機回収の命を出し、自分もまた格納庫へ歩き出した。

 

 格納庫では整備士達が急ピッチで傷ついた個所の補修や補給を行うために、機体へ張り付いている。

 

 その様子を尻目にカースは見慣れない機体ヘと近づき、傍にいるアルドへと声を掛けた。

 

 「これがテタルトスの新型か」

 

 ツインアイのどこかガンダムの面影がある。

 

 背中などに特殊な装備は見当たらないシンプルな印象を持った機体であった。

 

 「何だ仮面かよ。そうだ、これが『ベテルギウス』だ。性能は結構なものだぜ」

 

 「そうか。この機体は『レメゲトン』の方へ送る。君も私と一緒に―――」

 

 「断る。俺はこのまま作戦に参加させてもらうぜ。せっかく俺のヅダも強化されたんだからな」

 

 アルドが振り向いた先では強化された専用のヅダが立っていた。

 

 外見は変わっていないが、性能は格段に増している。

 

 この機体で今度こそ全力で戦い、そして勝つのだ。

 

 「ふう、仕方がないな。引き際を見誤らない事だ」

 

 「わかってるっての!」

 

 『狂獣』とまで呼ばれた彼だ。

 

 何を言っても聞きはすまい。

 

 なら無理に連れ帰って機嫌を損ねた挙げ句に好き勝手されるよりは、作戦に参加させ、暴れさせた方がリスクも少なくて済む。

 

 アルドの肩を軽く叩き、その場を後にすると目的の人物を探す為に歩を進めた。

 

 その人物―――リアンはジェシカに宥められながらも、視線だけで人を殺せるのではないかと思えるほどの凄惨な視線でコンビクトを睨みつけている。

 

 コンビクトは確かに損傷を受けているが、バーニアユニットの交換をすれば修復もそう時間はかかるまい。

 

 次こそは必ず奴を倒す。

 

 そう、心に刻みつけ、拳を強く握る。

 

 「まさかニーナが同盟に居たなんてね」

 

 「うん」

 

 それもリアンの神経をささくれ立たせている原因であった。

 

 ニーナとはアカデミー時代からの付き合いであり、反りが合わない事もあった。

 

 だがそれでも仲間だと思っていた。

 

 それは決して仲が良いとは言えなかったジェシカですらそうだ。

 

 ライバル視し、実力も認めていた。

 

 だからこそヤキン・ドゥーエの決戦で行方が分からなくなった際には二人共涙を流して悲しんだ。

 

 そして仇を討とうと決めていたというのに―――

 

 「……丁度いいわよ。長年の決着は私の手でつける。マント付きと一緒にね!」

 

 ジェシカはそう吐き捨てると、次の作戦に備える為にジュラメントの方へ飛び移った。

 

 「……マント付き」

 

 その名を思い出すだけでも、身を焦がすほど激しい憎悪が満ちていく。

 

 今すぐにでもこの手で引き裂き、殺してやりたい。

 

 しかし同時に今のままでは勝てない事も先の戦闘で分かっている。

 

 これまで『マント付き』を倒す為の訓練を怠っていたつもりは全くない。

 

 それどころかザフトにいた頃よりも激しい訓練を課してきたつもりだ。

 

 だが奴はそれをあざ笑うかのように、リアンを圧倒してきた。

 

 「このままじゃ勝てない。力が……力がいる」

 

 奴にも負けない力が必要だった。

 

 「フフ、そうか。リアン・ロフト、君はそんなに力が欲しいのか」

 

 リアンが振り向くと、不気味な仮面をつけながら口元を歪めている男が立っていた。

 

 「ッ!? カース、何の用だ?」

 

 「いや、苦しんでいる君の姿が痛ましくてね、力になれたらと思って声を掛けさせてもらった。……私なら君に力を与えてやれるが、どうする?」

 

 「何?」

 

 カースは口元の笑みを深くしながら、こちらに手を差し伸べてくる。

 

 「欲しいのだろう? 『マント付き』を……ガンダムを倒せる圧倒的な力が。ならば私が君にその力を与えよう」

 

 「……」

 

 ハッキリと言ってしまえばパトリック同様リアンもまたカースの事を信用していない。

 

 しかし、このままでは奴に勝てないのも事実。

 

 迷うリアンに囁くようにカースの声が耳へと届く。

 

 「……仇を討つたくないか? かつての隊長の仇を」

 

 「ッ!? 貴様にそんな事ができるのか? いや、そもそも貴様は何者だ?」

 

 素性もそうだが、何故こいつは自分達に協力する?

 

 確かに今現在リアン達がこうして動くことが出来ているのはカースがいたからこそ。

 

 どこから持って来ているかは絶対に語らないが、物資や補給などはこの男がすべて手配しているのだ。

 

 疑惑をもたれながらもカースを排斥しようとしないのはそれが理由の一つである。

 

 「そんな事はどうでも良いだろう。重要なのは君の望みだ。ガンダムを倒したいのだろう? 仇を討ちたいのだろう? その為に力が欲しくはないのかな?」

 

 「それは……」

 

 欲しい。

 

 奴を倒す為の力が。

 

 その為にザフトを抜け、自分はパトリック・ザラについたのだから。

 

 「本当に勝てるのか?」

 

 「ああ、もちろんだ」

 

 数瞬の迷い。

 

 それを振り切ってリアンは手を伸ばした。

 

 それが悪魔の誘いであると知りながら。

 

 

 

 

 オーブ軍事ステーション『アメノミハシラ』

 

 ここに接舷していた一隻の戦艦が今、出撃しようとしていた。

 

 イズモ級戦艦『イザナギ』

 

 オーブに配備されている宇宙戦艦の一隻である。

 

 イザナギは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の際に沈んだクサナギに代わる艦として開発されたものだ。

 

 外見などには変化は見られないが、内部構造やモビルスーツ搭載数など改修されている面もある。

 

 アメノミハシラから離れた戦艦の姿をトール・ケーニッヒは恋人であるミリアリアや友人のサイ・アーガイルと共に見送っていた。

 

 「ホントに大丈夫かなぁ、アイツ」

 

 「うん、少し心配だね」

 

 「訓練は一応終えてたんだし、大丈夫だと思うけど」

 

 「まあな」

 

 訓練では問題なかったし、機体も高い性能を持っているからトールも大丈夫だとは思うのだが。

 

 そこにハッチが開くと一機のモビルスーツが姿を見せた。

 

 アメノミハシラから出撃したその機体はイザナギに合流するとステーションから離れていく。

 

 「うん、大丈夫みたい」

 

 「訓練の成果、出てるみたいだな」

 

 「ああ」

 

 これから向かう場所は現在非常に危険な場所である。

 

 無傷とはいかないまでも無事に戻ってくる事を願いながら、トール達はイザナギの後ろ姿を見つめていた。


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