機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第3話  月の出迎え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通は誰も訪れない、デブリの中に存在する一際大きな小惑星。

 

 そこに傷ついたモビルスーツ達が、岩の合間を抜けて近づいていた。

 

 オーディンに対して奇襲を仕掛けたヅダである。

 

 外装が大きく損傷し、所々に損傷を負っているが、機体本体は無事。

 

 機体性能が高い為か、もしくはパイロットの腕前か。

 

 どちらにせよ今の状態で無事に帰還できたのは僥倖と言えるだろう。

 

 しかし、機体に搭乗していたアルド・レランダーは喜ぶ気にさえならない。

 

 それどころか苛立ちを示すように思わずコンソールを殴りつけた。

 

 「くそが、あの紅いガンダム!」

 

 良い所で邪魔をされてしまった。

 

 あのまま続けていれば、あの白い機体を仕留める事もできたかもしれないというのに。

 

 戦う事に何よりの楽しみを見出しているアルドにとって、途中で邪魔をされるというのは何よりも許せない行為であった。

 

 そしてもう一つ。

 

 許せない事は自分の不甲斐無さだ。

 

 新型であるヅダならテタルトスの紅い機体や同盟の白い機体とも五分に張り合う事も出来た筈。

 

 「それがこの様とは!」

 

 腸煮えくり返るとはまさにこの事だろう。

 

 怒りを堪えこちらから暗号化された信号を送る。

 

 すると小惑星の外壁が開き通路を進むと巨大な格納庫が顔を出した。

 

 アルドは機体を着地させ、コックピットから降りる。

 

 待っていたのは聞きたくもない皮肉だった。

 

 「見事な戦果ですね、『狂獣』殿」

 

 そこには目をつり上げ、睨みつけてくる青い髪の少女が近づいてくる。

 

 「……リアン・ロフト」

 

 アルドはこの女がすこぶる苦手であった。

 

 根が真面目なのか、口煩い上に最近では皮肉まで言ってくる。

 

 さらに面倒なのがとあるパイロットに対して異常な執着を持っている事だろう。

 

 どうやら前大戦にて敬愛していた隊長を『マント付き』なる愛称で呼ばれていた奴に殺されたとの事。

 

 仇討の為にずっと探しているらしい。

 

 その件になるとやたらと感情的になるのだ。

 

 無論アルドも借りがある。

 

 それがヤキンドゥーエの戦いとそして先の戦闘だ。

 

 「ふん、奴が見つかったと知ればさぞかし喜ぶんだろうがな」

 

 あの白い機体に乗っていたのは動きから見て間違いなく奴だろう。

 

 折角見つけた獲物の情報を教えてやる気などさらさらない。

 

 アレを討つのは自分だ。

 

 何であれリアンに比べればまだジェシカ・ビアラスの方がマシだ。

 

 あの女も一癖ある。

 

 しかし実力主義である分リアンよりは接しやすいし、何より他人に興味が薄い分、口煩くない。

 

 アルドはさっさと会話を切り上げようと、ため息をつきながら視線を向けた。

 

 「何の用だよ」

 

 「いえ、任務御苦労さまでした。私達もこれから出撃しますので、貴方も準備が出来次第お願いします。くれぐれも今回のような結果にならないよう努めてもらいたいものです」

 

 「チッ、貴様」

 

 本当に嫌みな女だ。

 

 リアンはこちらを侮蔑するような視線を向けながら自分の機体へ乗り込んでいった。

 

 「タイミングが悪かったわね。今出撃前でピリピリしてるのよ、あの子は」

 

 苦笑しながらジェシカが近づいてくる。

 

 「ふん、それで一々嫌味言われたんじゃ堪らないな」

 

 「アンタがズタボロに負けてきたのも悪いんじゃないの?」

 

 そういってジェシカも自分の乗る機体へ飛び立った。

 

 反射的に負けてないと言い掛けるが、あの無様な姿の機体をみれば、反論など虚しい言い訳にしか聞こえまい。

 

 「くそ!」

 

 手に持ったヘルメットを床に叩きつけながら、出撃していく機体の後ろ姿を睨みつける。

 

 今のアルドにはそんな事しかできる事がなかった。

 

 

 

 

 

 カガリ・ユラ・アスハの護衛として派遣された戦艦オーディンに仕掛けられた正体不明機による奇襲攻撃。

 

 それを退け月から出迎えに訪れた部隊との合流を果たしたオーディンはテタルトスの戦艦クレオストラトスの援助を受け、損傷個所の修復作業が行われていた。

 

 損傷自体は大した事が無かったために時間がかかる事無く終わるだろうと報告が上がってきている。

 

 その間にセリス達は少しでも情報を得る為、テタルトスの指揮官と面会を果たしていた。

 

 部屋の一室にはカガリと艦長であるテレサ。

 

 その後ろに護衛役であるセリス達が立ち、反対側には部下に付き添われた同年代の青年が座っている。

 

 アレックス・ディノの名乗った同年代の青年が出迎えの部隊を指揮していたとは、正直驚きを隠せなかった。

 

 こうして向かい合っていてもそうだが、隙が全く見当たらない。

 

 ずっと護衛役をこなしてきたが、生身では勝てる気がしないと感じるのは初めてだ。

 

 さらにあの戦いぶりを見る限り、パイロットとしても非常に優秀な事も間違いない。

 

 「……敵でなくて良かった」

 

 内心ホッと胸を撫でおろし、横に立つニーナを見るとアレックスを見て険しい表情を浮かべている。

 

 「どうしたの?」

 

 「……いえ、貴方の言う通りだと思ってね」

 

 どこか様子がおかしい。

 

 何か気になる事でもあったのだろうか?

 

 部屋に緊張感が漂う中、先に口を開いたのはカガリであった。

 

 「先の戦闘では救援に来てくれた事に感謝する。でなければ更に被害が拡大していただろう」

 

 「いえ、むしろ来るのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした」

 

 頭を下げるアレックスにカガリは苦笑しながら、首を振った。

 

 「それに関しては貴方達に責任がある訳ではない」

 

 「そう言っていただけると助かります」とアレックスもまた肩の力を抜き、口元を緩ませる。

 

 セリスはそんな二人の姿に少し違和感を覚えた。

 

 何と言うか、初めて会話した者同士には見えなかったのだ。

 

 先程「初めまして」と挨拶を交わしていたから、気のせいだとは思うのだが。

 

 「それよりも単刀直入に聞くが、あの所属不明のモビルスーツに関して何か情報は無いのか?」

 

 「提示したいのは山々なのですが、私達もあの機体群の正体は掴めていません。機体の全容ですら先程の戦闘でようやく判明したくらいですから」

 

 最初に正体不明機が確認されたのは半年以上前の事。

 

 月周辺を巡回していた部隊が突如、何者かによって襲撃を受けて壊滅してしまったのである。

 

 無論、調査の為の部隊が派遣されたが発見はできず。

 

 アレックス達も手痛い被害を被ってしまった。

 

 「なるほど。つまりテタルトスでもあの機体の正体は掴めないままか」

 

 「ええ。ただ今回得られたデータで少しは何か分かるでしょう」

 

 ある程度の情報交換を済ませたところで、ブリッジから修復作業が終了したと連絡が入る。

 

 「念の為、他の部隊にも連絡を入れておきました。もうすぐ到着する筈ですので彼らと合流してから、月へ向かいましょう」

 

 「よろしく頼む。アルミラ大佐、全員に通達を頼む」

 

 「了解です」

 

 再び握手を交わし、皆が部屋から退室するのを追う形でセリス達も付いていく。

 

 その途中、声を殺してニーナに問いかけた。

 

 「……ニーナ、何かあったの? 様子が変だけど」

 

 「えっ」

 

 ニーナは思わずセリスの顔を見つめると、酷く心配そうにこちらを覗きこんでいた。

 

 その姿に思わず笑みが零れる。

 

 セリスは護衛を長く務めていた所為か、良く人の事を見ている。

 

 さらに情が深く、面倒見もいい。

 

 今も本気で自分の事を心配してくれている。

 

 ニーナは彼女のそういう部分を好ましく思っていた。

 

 ザフトでは仲間に恵まれなかったが、同盟に来てセリスに出会えた事は本当に幸運だった。

 

 「ふふ、ありがとう。でも、大した事じゃないわ」

 

 「む、でも―――」

 

 ニーナの返答が不満だったようで、セリスは不服そうに頬を膨らませる。

 

 それに苦笑しながら先程まで考えていた事を口にした。

 

 「あの人、アレックス・ディノ少佐が私の知っている人だったから驚いただけよ」

 

 「えっ、あの人を知ってるの?」

 

 「ええ、貴方の言う通り彼が敵だったら、私達はここに立ってはいなかったでしょう。彼―――アスラン・ザラなら私達を余裕で殲滅できたでしょうから」

 

 アスラン・ザラ―――前大戦における有名なエースパイロットの一人だ。

 

 ヘリオポリスから奪取したイージスガンダムを駆り、アークエンジェル隊と激闘を繰り広げたザフトのエース。

 

 乗機を失った後は新たな機体ジュラメントに乗り込み、多大な戦果を上げたパイロットである。

 

 「ニーナはあの人とは?」

 

 「話した事も無いわ。でも、むこうはプラントでは有名人だもの」

 

 プラントの歌姫ラクス・クラインの婚約者であり、元プラント最高評議会議長パトリック・ザラの息子でもあるのだ。

 

 知らない筈はない。

 

 彼が名を変えているのも、父親の件があるからだろう。

 

 「でも、油断はできないわよ。確実にまた何か起こるわ」

 

 あの見た事のない機体は確かな性能と攻撃力を持っていた。

 

 ただの海賊などが保持するにはあまりに強力な性能を。

 

 以前からテタルトスに対して周到に行われていた妨害工作と今回の件を考えれば、彼らが何か企んでいる事は明白であった。

 

 「うん、分かってる」

 

 セリスはニーナの言葉に気を引き締めるように頷いた。

 

 

 

 

 テタルトスの防衛圏内である月付近には巨大戦艦『アポカリプス』以外にも複数のコロニーや軍事ステーションが存在している。

 

 これはエドガー・ブランデルが前大戦中に用意した兵器工廠やコロニーだ。

 

 それを守るように浮かぶ軍事ステーションは月周辺の防衛網をカバーする為、戦後に建造されたものである。

 

 アポカリプスもその大きさ故に拠点としても機能し得る。

 

 だがあくまでも戦艦である。

 

 戦闘時には場所を移動するし、戦闘によって疲弊した部隊の補給等にも向いていない。

 

 その欠点を補う為、本格的な防衛拠点の構築を進め、建造されたのが軍事ステーションの一つ『イクシオン』である。

 

 現在イクシオンの司令室では同盟の客人を迎えに向かったアレックスから奇襲を受けたという一報によって喧騒に包まれている。

 

 その様子をアンドリュー・バルトフェルド中佐はため息をつきながら眺めていた。

 

 「全く、予想通りというか」

 

 「隊長、眺めてないで、きちんと指示を出してくださいよ。今、大佐は月にはいないんですから」

 

 各方面から入ってくる情報や問い合わせを捌いていた副官のダコスタがいつものように釘を差してくる。

 

 「分かってるよ。……ハァ、僕もアイシャと司令のお供をすれば良かった」

 

 「隊長!」

 

 「ハイ、ハイ」

 

 軍の総司令であるエドガーは客人を迎え入れる準備で本国に降り、ユリウスは月からかなり離れた場所にいる。

 

 その為、今彼らの指揮を任されているのはバルトフェルドであった。

 

 「で、現状は?」

 

 「はい。各部隊には警戒を促し、同時に敵が潜んでいないか周辺の探査を開始しています」

 

 この程度の事で尻尾を出すほど向こうを甘くはないだろう。

 

 だがこれで少なくからず動きづらくはなる筈だ。

 

 「アレックスの方は?」

 

 「増援として、リベルト大尉の部隊が合流している筈です」

 

 「あ~リベルトね」

 

 バルトフェルドは手を顎に当てると、苦虫を噛み潰したような顔でため息をついた。

 

 リベルト・ミエルス大尉。

 

 元ザフトの赤服パイロットで一緒に任務をこなした事もあり、バルトフェルドやダコスタも良く知っている人物である。

 

 信頼のおける生真面目な男で部下や同僚からも慕われているが、その真面目さ故かバルトフェルドとは非常に相性が悪い。

 

 「ま、リベルトなら大丈夫か」

 

 パイロットとしての腕も確かだ。

 

 アレックスもついているなら心配しなくとも問題はあるまい。

 

 そこに軍の制服を纏った一人の少女が入ってきた。

 

 紛れもなく美人と言える容姿を持ち穏やかな雰囲気でありながら着ている軍服はミスマッチな印象を与える。

 

 バルトフェルドはその少女の方へ振り替えるとニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「やあ、調子はどうだい、セレネ・ディノ少尉」

 

 自分よりも上の階級にも関わらず、その気安さに苦笑しながらセレネは敬礼を返す。

 

 「はい、訓練は無事終了しました。それよりも状況はどうなんですか?」

 

 「うん、まあ今のところ、そう大きな問題は起きてないかな。それよりアレックスの事が心配なんだろう?」

 

 しかし意外にもセレネは首を横に振る。

 

 心から信頼していると言わんばかりに。

 

 「あの人なら心配する必要はありません。大丈夫です」

 

 「そうか。まあ、その通りだろうがね。ならその調子で『例の事』もきちんと説明しておいてくれよ。でないと僕がアレックスに何を言われるか分からないからね」

 

 「はい」

 

 例の事というのはセレネがパイロットとして訓練を受けている事だ。

 

 彼女はアレックスの義妹であり、同時に婚約者である。

 

 その為、彼はセレネが軍に関わる事には元々難色を示していた。

 

 そこからさらに危険なパイロットとしての道を歩もうとしているなど反対する事は目に見えている。

 

 無論、バルトフェルドも反対した。

 

 しかしセレネの強い希望を汲み取ったユリウスが訓練をつけるという事で結局は押し切られてしまった。

 

 その結果、素養があったのか彼女はメキメキと実力を挙げている。

 

 「おっと噂をすればだな」

 

 モニターにはモビルスーツや新鋭艦であるクレオストラトスに連れられるように、一隻の戦艦が近づいてきていた。

 

 

 

 

 緊張感漂うブリッジで、テレサはようやく見えてきた港に内心安堵する。

 

 敵からの襲撃を警戒しながら、月からの増援部隊と合流したオーディンは特にトラブルもなく目的地に辿りついた。

 

 もう一度くらいの襲撃は覚悟していたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 

 「ようやく到着か」

 

 ある程度の揉め事が起きる事は予測していたものの、ここまで大事になるとは。

 

 しかも到着して終わりではなく、ここから始まるのだ。

 

 ため息の一つも吐きたくなる。

 

 「ハァ、だが問題はここからだな。ここまで面倒事になるなら、無理やりでも奴を連れてきた方が良かったか」

 

 テレサの脳裏に浮かぶ、少年の姿を思い浮かべながら再びため息をついた。

 

 気を抜かぬよう報告に耳を傾けながら、今度はフローレスダガ―と共にモニターに映る機体を観察する。

 

 LFA-01 『ジンⅡ』

 

 名の通りジンの設計を基にした後継機でテタルトス主力量産型モビルスーツのエース用の機体である。

 

 「見事なものだな。流石テタルトスと言ったところか」

 

 周囲を警戒しながら飛ぶ、ジンⅡの姿にテレサは素直な称賛を口にする。

 

 前大戦から今日まで色々な機体を見てきたが、ジンⅡもかなりの性能を持っている。

 

 同盟の方でもヘルヴォルやムラサメといった新型機の開発が行われているがあの機体には及ばないかもしれない。

 

 現状を考える限り同盟とテタルトスが敵対関係になる事は今のところ無い。

 

 すぐにジンⅡと真っ向から戦う可能性は低いだろうが。

 

 「とはいえ、何があるかは分からんからな。逐一データは取っておけ」

 

 「よろしいのですか?」

 

 「かまわんさ。向うもそれを承知で私達にお披露目してくれているんだろうからな」

 

 クレオストラトスに誘導され、月へと降下すると港へ入港する。

 

 オーディンが接舷すると同時にアームで固定され、僅かな震動が艦を揺らすとテレサは安堵の息を吐いた。

 

 《御苦労様でした、アルミラ大佐》

 

 「いや、此処まで護衛してくれて助かったよ、ディノ少佐」

 

 《いえ。また後ほど》

 

 アレックスとの通信を終えたテレサは手元の内線を取り、カガリ達が待機している部屋へ連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 準備を整えたカガリはセリス達を連れ、港へと足を踏み入れる。

 

 アレックスと数人が出迎えた。

 

 中には見覚えのある人物も何人かいる。

 

 まず目に止まったのは軍最高司令官であるエドガー・ブランデルだ。

 

 彼とは戦争中に一度会ったきりだったが、変わらず壮健だったようだ。

 

 後ろには砂漠で出会った女性。

 

 アンドリュー・バルトフェルドと一緒にいた確かアイシャと言った彼女が小さく手を振っている。

 

 何と言うかこんな形で彼らと再会する事になるとは。

 

 だが、そんな気持ちも一歩前に踏み出してきた男を見た瞬間に消し飛んでしまった。

 

 「ようこそ、テタルトスへ、カガリ・ユラ・アスハ様。私はテタルトス月面連邦議員ゲオルク・ヴェルンシュタインと申します、以後お見知り置きを」

 

 「……カガリ・ユラ・アスハだ。よろしく頼む」

 

 差し出された手を握りながら、カガリは目の前にいる男に呑まれまいと気を張り詰める。

 

 一言でいうならば、屈強な男とでもいうべきか。

 

 政治家というよりは軍人という方がしっくりくる。

 

 だが、カガリを凍りつかせたのは見た目の印象ではなく向かい合っているだけで感じ取れる凄まじいまでの威圧感であった。

 

 これまでもアイラに連れられ上層部の人間と面会した事や、公の場で会談を行ったこともある。

 

 だが、このゲオルクという男は別格だった。

 

 今まで出会った為政者の中でも一際異彩を放っている。

 

 「そしてこちらが軍の最高司令官である―――」

 

 「エドガー・ブランデルです。よろしく」

 

 「ああ」

 

 エドガー達と挨拶しながら握手を交わしていると、軍服を着こんだ人物が歩いてきた。

 

 その顔立ちは実に整っており、かつ放たれる鋭い気配はその場にいるすべての人間の気を引き締める。

 

 「失礼いたします。車の準備が整いました」

 

 その容姿から違わぬ声でそう言うと優雅に頭を下げる。

 

 「御苦労。そうだ、君の事も紹介しておこう。カガリ様、こちらはヴァルター・ランゲルト少佐。貴方達を護衛してきたアレックス・ディノ少佐共々、月に居る間は案内役を務める事になっています」

 

 「ヴァルター・ランゲルトです。よろしくお願いいたします」

 

 名前を聞き、男性だった事に驚きながら―――いや、名前だけでそう判断するのは早計だろう。

 

 しかし驚いたのはカガリの知るとある女性と良く似た容姿を持っている事だった。

 

 カガリは出来るだけ動揺を悟らせないよう差し出された手を握り返した。

 

 「そうか。世話を掛けると思うがよろしく頼む」

 

 「何かあれば遠慮なさらず、お申し付けください。港の外に車に乗られ、ホテルについた後はささやかではありますが懇親会を開く事になっておりますので」

 

 「ではこちらへ」

 

 アイシャの誘導に従い、カガリ達が出入り口に向かう。

 

 その少し後から歩き出したエドガーがヴァルターの方へ向き直ると表情を引き締める。

 

 「ヴァルター、地球からの客人はどうなっている?」

 

 ヴァルター・ランゲルト少佐率いる部隊は少し前にアレックス達と同様に地球から訪れる者を迎えに行く事になっていた。

 

 しかし、そちらからはオーディンに仕掛けられたような奇襲攻撃を受けたと言う報告は上がっていなかった。

 

 「そちらは何の問題もなく、すでにホテルでお休みになられています。此処に来るまでも特に襲撃される気配もありませんでした」

 

 「そうか」

 

 エドガーは少し気になるのか、考え込むような仕草をしながら歩き出した。

 

 それに追随するようにすれ違う形でアレックスとヴァルターは視線を交わす。

 

 「流石アレックス少佐ですね。正体不明機の奇襲から損害も出さずに同盟の戦艦を守り切るとは」

 

 「……いえ、我々が駆けつけた時には既に敵も損害を受けていましたから。称賛されるべきはあの戦力で戦艦を守り切った同盟のパイロット達でしょう」

 

 「相変わらず謙虚ですね」

 

 アレックスは笑みを浮かべるヴァルターから視線を逸らす。

 

 何と言うか目の前の人物をアレックスは非常に苦手に思っていた。

 

 別にかつての同僚のように何か突っかかってくる訳でも、皮肉を言われる訳でもないのだが。

 

 ヴァルター自体は非常に優秀な軍人で、パイロットとしても高い技量を持っている。

 

 何度か手合わせを行ったが、勝率は五分五分くらいである。

 

 そんな人物でありながら、苦手意識を持っているのはヴァルターの持つ独特の雰囲気や性別が明らかにされていないからかもしれない。

 

 それ以上に彼女を思い起こさせる容姿を持っている事が最大の要因だろう。

 

 性別については一度それとなく聞いてみようと思ったのだが目の前にするとやはり聞きづらいのだ。

 

 あまり此処で足止めを食っている訳にもいかないとカガリ達の後を追おうとするが、そこでさらに驚愕する事実が告げられる。

 

 「そういえば、貴方の義妹ですけど、パイロットになられたのですね」

 

 「は?」

 

 驚き振り返るアレックスにヴァルターはただ冷笑だけを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 セリスは今、護衛役として最も辛い時間を過ごしていた。

 

 壁を背にして立っているこの場所は自分達には明らかに場違い。

 

 部屋には煌びやかな装飾品や絵画などが飾られ、テーブルには豪華な食事が並べられている。

 

 視線の先には護衛対象であるカガリ・ユラ・アスハが、テタルトスの議員と思われる男と談笑していた。

 

 「これのどこがささやかなの?」

 

 「う~ん、そうだね」

 

 今、行われているのはヴァルターの言っていたホテルでの懇親会。

 

 なのだが考えていたよりも明らかに規模が違う。

 

 「私達は行かなくてもいいの?」

 

 「ショウさんがついてるからね。私達は周辺の警戒」

 

 セリスはこの手の事には慣れてはいるが、ニーナは流石に面食らっているようだ。

 

 護衛役である以上は警戒は怠れないし一人がついているとはいえ長時間カガリから目を離す事もできない。

 

 「それにしても結構来てるわね」

 

 テタルトスの重要なポストに就いている者は皆、顔を出しているのではないだろうか。

 

 しかしやはりその中で一番存在感を放っているのは―――

 

 「……やっぱりあの人、ゲオルク・ヴェルンシュタインかな」

 

 「そうね。彼だけやっぱり別格って感じがするわ」

 

 カガリから目を離さないように周りを観察していると、二人に近づいてくる人物がいた。

 

 茶髪に碧眼。

 

 スーツを着込み、身だしなみも整っているその姿から招かれた客であろうか。

 

 穏やかな笑みを浮かべたその男はセリス達の傍まで来ると声を掛けてくる。

 

 「少し話でもいかがですか、お嬢さん達?」

 

 「……申し訳ありませんが私達は護衛役ですので」

 

 「それともテタルトスの議員さんでしょうか? カガリ様であればあちらにいらっしゃいますが?」

 

 そこで失念していた事に気がついたように男は頭を下げると、セリス達を驚愕させる発言が彼の口から飛び出した。

 

 「これは大変失礼しました。私は連合の使者として参りました―――ヴァールト・ロズベルクと申します」


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