機動戦士ガンダムSEED moon light trace   作:kia

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第1話  戦いの気配

 

 

 

 

 広大な宇宙に散乱する残骸。

 

 それは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の跡であった。

 

 通信機からは停戦の呼びかけが聞こえ、宇宙を照らす戦闘の光も少なくなり戦いは終息し始めている。

 

 そんな中、残骸が散らばる戦場跡を一機のモビルアーマーらしきものが、ゆっくりと移動していた。

 

 武装の大半を失い機体にもいくつか傷が刻まれていながら動きはどこか余裕を感じさせる。

 

 進路を邪魔する瓦礫を避けつつ進んでいたその機体の前に一際、酷い状態の残骸が飛び込んできた。

 

 「……核爆発でも起こしたか」

 

 その辺一帯の酷さにも気を止めず、その機体はさらに先へと進む。

 

 そこにはこの戦場跡にしては珍しく原型を留めたモビルスーツが浮かんでいた。

 

 「ん、あれは……」

 

 大きく損傷しているようだが、それでも何の機体かはすぐに分かる。

 

 「フフ、これはまた」

 

 パイロットはコックピットでニヤリと口元を歪めるとその残骸へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 失った者はただ奪った者へ憎しみを募らせ、また砕かれた者は報いを与えんと同じく憎悪を糧とする。

 

 そしてそれに相対する者達はただ大切なものを守るため、自分の道を突き進む。

 

 ここから運命への道は加速する。

 

 

 

 

 

 

 『機動戦士ガンダムSEED moon light trace』

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球とプラントの間で起こった武力衝突『ヤキン・ドゥーエ戦役』と呼ばれた大きな戦いが終結し、一年以上の時が流れていた。

 

 戦争によって大きな被害を被り疲弊した各陣営も復興し始め、この先起こる戦いに備え力を蓄えている。

 

 何故、再び戦いが起こると予期できるのか。

 

 別に未来が見えるという訳ではなく、理由は至極単純なものだ。

 

 要するに誰の目から見ても戦いの火種が燻っているというだけの事である。

 

 例えば月だ。

 

 ここは次なる大きな戦いが起きるには絶好の場所と言える。

 

 そこには『テタルトス月面連邦国』が存在しているからである。

 

 前大戦末期、両陣営のトップは相手の勢力を完全に滅ぼそうとより過激な手法へと舵を切った。

 

 戦争はより一層激しさを増していったのだが、すべての者がそれに賛同した訳ではなない。

 

 プラントのクライン派と呼ばれた一派がその一つである。

 

 死亡したシーゲル・クライン、ラクス・クラインの平和の意思を継ぎ、ナチュラルとの融和を掲げたのが彼らだった。

 

 そしてもう一つ。

 

 『宇宙の守護者』と呼ばれたザフトの英雄エドガー・ブランデル。

 

 彼を中心とした『ブランデル派』と呼ばれた者達こそ『テタルトス』を誕生させた中核であった。

 

 エドガー・ブランデルは戦争中に誰にも知られる事無く、すべてを周到に計画、準備を推し進めていた。

 

 志を同じくする同士を集め、廃棄コロニーを転用した兵器工廠の建設。

 

 巨大戦艦『アポカリプス』を建造。

 

 廃棄される予定だった戦闘用コーディネイターや差別を受けるハーフコーディネイター達を積極的に保護。

 

 着々と戦力を整え、下地を造り上げていった。

 

 そして停戦直後の混乱を狙って同士全員を各勢力から離脱させ、月で『テタルトス月面連邦国』建国を宣言したのである。

 

 無論、それを認める連合でもプラントでもない。

 

 テタルトスを潰す為、何度も戦力を送り込む。

 

 しかし凄腕のパイロット達と性能の高いモビルスーツに阻まれ、すべて失敗。

 

 現在では小規模な小競り合い程度に落ち着いてはいたが、それでも戦闘は頻繁に行われている。

 

 

 

 そして戦いが起きるは月だけではなく地球も同様。

 

 ―――世界は変わらず、今もなお戦いの火種が燻り続けていた。

 

 

 

 

 各陣営にとって戦力の充実は急務。

 

 それがより切実な問題として圧し掛かっていたのはオーブ、スカンジナビア、赤道連合の三か国から成る中立同盟であった。

 

 精強な戦力によって世界にその力を見せつけた中立同盟であったが、大戦で受けた損害は決して少なくはない。

 

 元々同盟は連合はおろか、ザフトと比べても物量で大きな差が存在している。

 

 三つ巴となりその影響が顕著に出た第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦では予想以上に戦力を失ってしまった。

 

 その為、現在は新型機の開発やアドヴァンスアーマーによる既存機の強化など、戦力強化に追われていた。

 

 

 

 

 スカンジナビア王国の空を二機のモビルスーツが高速で飛行していた。

 

 そのフォルムは同国が開発したモビルスーツ『スルーズ』や『フリスト』といった機体と共通する点もある。

 

 しかし良く見れば違いがわかる。

 

 STA-S3 『ヘルヴォル』

 

 スカンジナビアで開発された次期主力機として予定されている新型機である。

 

 この機体は前大戦において多大な戦果を上げたスウェアのデータを基に開発された。

 

 背中に標準装備されている高出力スラスターにより高い機動性を持ち、空中戦も可能。

 

 現在は性能確認の為に先行試作機が数機ほどロールアウトしており、データを参考に指揮官機の開発も進められている。

 

 騎士を印象付けるデザインなのは変わっていないが、以前の機体群と比べても明らかに洗練され、挙動も安定している。

 

 その機体のコックピットに座っていたのは同盟軍のエースパイロットであるセリス・ブラッスールであった。

 

 「流石新型! いい反応!!」

 

 ご機嫌な様子で口元を緩めながら、セリスは機体を旋回させると満足そうに頷く。

 

 今、行っているのはヘルヴォルのテスト飛行だ。

 

 宇宙でも運用試験が始まっているらしいが、地上と宇宙では機体に掛かる負担や調整も違う。

 

 「良し、良し」

 

 計器で状態や反応を確認していると、通信機から呆れたような声が聞こえてきた。

 

 「セリス、あまりこの辺りで無茶な軌道は取らない方が良いわ」

 

 モニターに映ったのは綺麗な黒髪の女性ニーナ・カリエールだった。

 

 前大戦時はザフトに所属していた彼女だったが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でセリスを助けてくれた後にザフトを除隊。

 

 現在は同盟に所属していた。

 

 彼女曰く「ザフトのやり方には付いていけなかった」らしい。

 

 直接刃を交え、彼女の技量を嫌というほど知っているセリスにとって同年代と言う事もあり非常にありがたい存在だった。

 

 「このくらいなら平気だよ。それにある程度負荷掛けないとテストにならないし」

 

 「言いたい事は解るけれど、そうではなくて、この辺は標高の高い山もあるからぶつからない様に注意しろって事よ」

 

 「大丈夫、そこは私もきちんと見てる」

 

 高低差のある山を避け、スラスターの角度を調整。

 

 地面スレスレに飛行すると同じ様にニーナも追随してきた。

 

 全くバランスを崩す事無くついてくる彼女の技量が高い事が良く分かる。

 

 「こちらの状態に問題はないわ。セリス、そちらは?」

 

 「うん、こっちも問題なし。このまま予定通りのコースを辿って、帰還しよう」

 

 「了解」

 

 二人は挙動を見極めながら、順調に機体のテスト飛行を行っていった。

 

 特にトラブルも無く予定通りの行程をこなしたセリス達は基地へと帰還し、機体を慎重にモビルスーツハンガーへと設置する。

 

 ここで下手に傷でもつけた日には整備班から何を言われるか分かったものではない。

 

 「お~い、セリスどうだった?」

 

 仲のいい同年代の整備士が端末を片手に声を掛けてきた。

 

 「うん、悪くないよ。気になる点はきちんと報告書上げておくから」

 

 「分かった。あ、それから少佐がセリスとニーナを呼んでたよ」

 

 「えっ」

 

 「また何かしたのか?」

 

 「そんなんじゃないよ……多分」

 

 整備士の呆れたような視線をあえて無視する。

 

 同じく整備班の人と話をしているニーナに声を掛けて、シャワー室に飛び込んだ。

 

 「ああ、気持ちいい」

 

 汗でべたべたした気持ち悪さが、シャワーの水と共に流れていく。

 

 「そうね」

 

 並んでシャワーを浴びながらチラっとニーナの方を見るとそこには長い黒髪と実に羨ましいプロポーションを持った女性が立っている。

 

 今まで周りで最も良い体型といえばレティシアだったのだが、ニーナはそれを上回っていた。

 

 「……むう、何を食べたらそんな見事な体になるのか」

 

 「貴方だって別に貧相って訳では無いでしょう?」

 

 「それでも、もう少し胸とか―――」

 

 ぶつぶつと不満を言い続けるセリスにニーナはくすくすと楽しそうに笑う。

 

 「それより、デザートを控えた方がいいんじゃない? 胸よりも別の場所に肉がつくわよ」

 

 「はう!? それは言わないでよ!」

 

 「ふふふ」

 

 ニーナが同盟に所属してからはずっと二人の関係はこのような感じだった。

 

 最初は元ザフトという事でニーナを疑っていた人も僅かにいたようだ。

 

 しかし彼女の人柄と前例もあった事からすぐ周りとも馴染んでいた。

 

 セリスも同年代の友人と言えばラクスやレティシアくらいしかいなかったから、気さくなやり取りが出来る相手がいる事は嬉しいものだ。

 

 雑談を行いながらシャワーを浴び終え、制服に着替えるとブリーフィングルームの前に立った。

 

 「失礼します。セリス・ブラッスール中尉、ニーナ・カリエール少尉です!」

 

 「入りなさい」

 

 返事が聞こえると同時に扉を潜るとセリスのかつての教官であり、現在は上官でもあるレティシア・ルティエンス少佐が待っていた。

 

 「来ましたね、二人共」

 

 「少佐、お呼びでしょうか?」

 

 「ええ。呼び出したのは他でもありません。貴方達に新たな任務についてもらいます」

 

 セリスとニーナが席に座ると部屋に設置されたモニターに詳細が表示される。

 

 「二人にはテタルトス月面連邦に向かうカガリ・ユラ・アスハ氏の護衛を務めて貰いたいのです」

 

 「テタルトスに?」

 

 「私達がですか?」

 

 月は以前よりはマシになったものの、今でも地球軍やザフトと小競り合いが度々起きている。

 

 護衛をつけるのはごく自然な事だとは思うが、カガリ・ユラ・アスハはオーブ首長国代表を務めている少女である。

 

 普通ならオーブ側から護衛役が出る筈なのだが。

 

 「ええ。私は今、同盟軍の各部隊との合同訓練で動けませんし、同じ女性で腕の立つ護衛役と言えば限られてくるので」

 

 「それに本国の方を手薄にはできないという事ですね」

 

 「そうです」

 

 なるほど。

 

 地球軍と同盟軍は未だに戦争状態である。

 

 休戦の申し入れは行っているのだが交渉も難航しているのが現状であった。

 

 それに人選も間違ってはいない。

 

 セリスはアイラの護衛役を何度もこなしているし、ニーナの腕も保証付きだ。

 

 さらに言えば男性よりも女性の方が色々な面でカガリをフォローしやすいだろう。

 

 「詳細は端末に落としておくから、二人はすぐにオーブに向かってください」

 

 「「了解」」

 

 セリスとニーナはレティシアに敬礼すると準備の為に動き出す。

 

 目的地は戦火の発端になりかねない世界で最も緊張感漂う場所、テタルトス月面連邦国。

 

 今にも爆発しかねない火薬庫にセリス達は向う事となった。

 

 

 

 

 

 暗闇に広がる残骸の海。

 

 宇宙に漂う破壊されたモビルスーツや戦艦の破片が散乱する場所を数機のモビルスーツが動いていた。

 

 それは地球軍が使用しているダガー系モビルスーツの特徴を持った機体だが、明らかに違いがある。

 

 LFA-02 『フローレスダガー』

 

 テタルトスが開発した主力量産型モビルスーツの一機である。

 

 地球連合のストライクダガーを独自に発展させたもので、背中にはストライカーパックシステムを参考に開発されたコンバットシステムを搭載している。

 

 フローレスダガーは背中の高機動コンバットである『ウイングコンバット』のスラスターを吹かし、周囲を警戒しながら何かを探すように周囲を見渡す。

 

 「何にもないな」

 

 「ゴミだらけで視界が悪い。注意しろ」

 

 「了解、了解。こんな所でやられてたまるかよ」

 

 パイロット達は軽口を叩きつつも警戒を怠る事無く、レーダーで周囲を確認しながら先へ進んでいく。

 

 だが大きな残骸が道を塞いでいた。

 

 「チッ、破壊するか?」

 

 「目立つ事は極力するな。回り込むぞ」

 

 それを避ける為に外側から回り込むと、彼らの目的のものを発見する。

 

 「こ、これは……」

 

 「遅かったか……」

 

 「生存者は無し……くそ! 母艦に戻って報告する」

 

 「「了解」」

 

 重苦しい空気に包まれたコックピットの中でパイロット達がため息をつくと踵を返した。

 

 そこには一隻の見慣れない戦艦が彼らの帰りを待ちわびていた。

 

 テタルトス軍プレイアデス級戦艦 『クレオストラトス』である。

 

 この戦艦はナスカ級をベースに前大戦において多大な戦果をあげたアークエンジェル級のデータを参考に開発されたもの。

 

 火力は従来のナスカ級を上回り、さらにモビルスーツ搭載数を大幅に増加させている。

 

 クレオストラトスの艦長席に座るアデスは最新型戦艦の出来に満足そうに頷くと隣に座る人物に声を掛けた。

 

 「最新型、良い出来ですね、アレックス・ディノ少佐」

 

 するとアレックスと呼ばれた人物はくすぐったそうに、やや苦笑しながら肩を竦める。

 

 「ええ。でも、アデス艦長からそう呼ばれるのは慣れませんよ」

 

 それはその名で呼ばれる事に対してか、それとも階級で呼ばれる事になのか―――

 

 元々ザフトに所属していた者にとって馴染みの無かった階級制というのは中々慣れず戸惑う者も多い。

 

 しかしだからと言って、ザフトに所属していた頃のままでは良い訳はない。

 

 だからアデスはあえて敬語を崩さずに釘を差した。

 

 「アレックス少佐、どちらにも慣れていただかなくては困ります。貴方はこの部隊を率いる指揮官なのですから」

 

 この戦艦にはかつてクルーゼ隊の母艦として使用されていたナスカ級『ヴェサリウス』のクルーが移乗している為、アレックスの事は大体知っている。

 

 しかしだからといってそれに甘えてしまえば、隊の規律や士気にも影響してくる。

 

 常に張り詰めている必要はないがきちんとすべき所はしてもらわなければ。

 

 「それは分かっています。しかし大佐のように上手くはやれませんよ」

 

 「慣れてください」

 

 アデスの指摘に肩をすくめると、そこにオペレーターからの報告が入る。

 

 「偵察機、帰還しました」

 

 「よし、繋げ」

 

 指示に従い、偵察機と通信を繋ぐとモニターにパイロットに顔が映る。

 

 その表情からも芳しい結果では無かった事が窺えた。

 

 《少佐、前方に自軍のモビルスーツと戦艦の残骸を発見しました。おそらくは行方を断った部隊のものかと》

 

 破壊された戦艦や機体のパイロットの生存者もいないらしい。

 

 「……何か状況を掴む為の手掛かりになるものは?」

 

 嘆くのは後でも出来る。

 

 何か手掛かりでも見つけなければ、彼らは本当に無駄死になってしまうのだ。

 

 《戦艦は完全に撃沈され、機体も完膚なきまでに破壊されていた為、データの回収も難しく……ただ、戦艦の側面装甲部分に鉤爪で付けられたような大きな傷が残されていました》

 

 転送されてきた画像データを閲覧すると確かに特徴的な傷が残されている。

 

 「やはり『奴』ですか」

 

 「そのようですね」

 

 アレックスは憤りを押し殺すように拳を強く握り締める。

 

 今回彼らがこの宙域に派遣されてきたのは行方不明になった部隊の捜索とその原因の調査の為だった。

 

 結果は見ての通り、手遅れ。

 

 味方を助けられなかった件についても憤りを感じるが、それだけではない。

 

 アレックス達には今回の事に関して心当たりがあったのだ。

 

 半年前―――とある調査に赴いていたヴェサリウスは正体不明の黒いモビルスーツの襲撃を受け、撃沈されてしまったのである。

 

 同乗していたアレックスも乗機で迎撃に出た。

 

 しかし護衛対象がいた為に本領を発揮できないまま、地球軍の部隊とまで交戦し結構な損傷を負わされてしまった。

 

 それ以降も姿を現しては度々襲撃を受け、損害を被っている。

 

 データも収集してはいる。

 

 だが隠密性の高い機体なのか、把握しているのは大まかなシルエットくらい。

 

 他に分かっているのはこのモビルスーツがザフト機の特色を色濃く持っている事。

 

 そしてテタルトスだけでなく、地球軍などにも襲撃を仕掛けているという事くらいであろう。

 

 「単なる海賊行為ではない。どこかに拠点及び母艦が存在すると推察されるが、それを探ろうにも地球軍やザフトに対する警戒も怠れない為、調査に進展もない」

 

 テタルトスもまた戦力の充実を図っている最中である。

 

 軍の再編成は終わったものの、新型モビルスーツや戦艦のテストや慣熟訓練などやる事は山ほどあり人手も足りない。

 

 「頭が痛いですね。近日、中立同盟のアスハ代表や連合の使者も訪れるというのに」

 

 もうじき中立同盟からテタルトスに視察という形でカガリ・ユラ・アスハと連合の使者が来る事になっている。

 

 その迎えとしてアレックス達の部隊に任務が通達されている訳なのだが―――

 

 「こうなると、やはり襲撃があると想定しておいた方がいいでしょうね」

 

 「はい。できればその前に蹴りをつけたかったですが」

 

 「仕方ありません。もう一度周辺を調査し、その後月へ帰還する。警戒は怠らないように」

 

 「「「了解!!」」」

 

 アレックスはモニターの先を見つめ、この先起こるだろう戦いに思いを巡らせながら鋭い視線を宇宙の先へ向けた。

 

 

 

 

 そこは誰も知らない場所。

 

 近くに幾つも岩が散乱し、侵入者の行く手を阻む。

 

 その中で一際大きな小惑星の内部にそれは存在していた。

 

 無骨な岩の中には明らかに人工的な施設が造られている。

 

 その数ある施設の司令室で一人、男が不機嫌さを隠そうともせずに座っていた。

 

 男からすれば当然の事であった。

 

 本来自分はこんな所に逃げ隠れするような立場の人間ではない。

 

 しかし同時に現状が把握できないほど、男は無能ではなかった。

 

 不満はあるが時期が訪れるまで耐えるしか選択肢は残されていないのだから。

 

 「おのれ!」

 

 憤りを抑えきれず、思わず椅子の手摺りを殴りつけてしまう。

 

 そこに一人の男が入ってきた。

 

 普通であれば不機嫌を隠さない男の癇癪を避ける為に部屋には近づかないものだが、そいつは全く気にした様子もない。

 

 「貴様、何の用だ―――カース」

 

 部屋に入ってきたのは不気味な仮面をつけた男。

 

 カースと名乗るその男は部屋に充満する怒気を無視するかのように、口元に笑みを浮かべて膝をつき、頭を下げた。

 

 「いえ、一応お耳に入れておいた方が良いかと思いまして。先程テタルトスの部隊を殲滅したと報告が入ってまいりました」

 

 「ふん、そんな事はすでに聞いている! 当然の事だ!! 奴らは必ず殲滅する!!」

 

 今すぐにでも叩き潰してやりたいほど男は誰よりもテタルトスという存在を憎悪していた。

 

 「失礼しました。ただ、それによってテタルトスも、今まで以上に周辺を警戒してきています」

 

 「だろうな。しかしそれはむしろ予定通りだろう! こちらの計画には何ら支障はない!」

 

 「いえ、それだけではなく、近々連合の使者と中立同盟からの代表者カガリ・ユラ・アスハが月に来訪するという情報が入ってまいりました。これによってさらに警戒が厳重になるかと」

 

 カースの提示した情報は細部に渡り、事細かに記されていた。

 

 連合と中立同盟―――テタルトスと同じく忌々しい連中である。

 

 いずれ叩き潰すつもりではあるが、これは好都合ともいえるだろう。

 

 「どうなさいますか?」

 

 「決まっている。ここで仕掛けるぞ。指示を出せ!」

 

 「ハッ!」

 

 カースは踵を返して部屋を出ていこうとするが、扉を開ける前に呼びとめる。

 

 「ところで貴様、その情報をどうやって得た?」

 

 「……フフ、労力さえ惜しまなければたいていの情報は得られますよ」

 

 よく言う。

 

 カースの持ってきた情報は極秘事項に該当する。

 

 そう簡単には手に入らない類のものだ。

 

 「まあいい、精々役に立ってもらうぞ、カース」

 

 「承知しております―――パトリック・ザラ閣下」

 

 閣下と呼ばれ、一層不機嫌さを増した男―――パトリック・ザラは鼻を鳴らしカースを睨みつけた。

 

 第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦終結後、拘束されたパトリックは軍事裁判へ掛けられる事になった。

 

 無論、そんなものを承服する気など無かったが拘束されているパトリックに為す術はない。

 

 しかしそこに自分と志を同じくする者達によって救出され、此処まで逃げ延びてきたのだ。

 

 「ふん」

 

 こちらの視線など気にした様子もなく、カースは部屋を出ていった。

 

 それと入れ替わりに二人の少女が部屋へと入ってくる。

 

 「失礼します。閣下、機体の進捗状況の報告が上がってきています」

 

 「報告しろ」

 

 「ハッ! 『FX090』は予定通りの性能を発揮。特に問題があるという報告も上がってきておりません。残りの機体も調整が終わり次第、順次戦線へ投入可能となります」

 

 「うむ」

 

 報告を聞いたパトリックが満足そうに頷くと、少女が扉の方へ視線を向ける。

 

 「閣下、あの者、信用できるのですか?」

 

 「必要にならば私達が―――」

 

 「今は良い」

 

 パトリックはカースの事を一切信用していない。

 

 初めてこの場所に現れた時に自分達に協力したい等と言ってはいた。

 

 だが不気味な仮面をつけ素顔を晒す事もしない。

 

 さらに初めは名すら無いなどとふざけた事を言っていた。

 

 『カース』という名も呼びたいように呼べという事で、パトリックが名付けたコードネーム。

 

 本名は誰も分からない。

 

 そんな男をどうして信用できるというのか。

 

 だが今のところは利用できる事も事実。

 

 ならばとことんまで使わせてもらい、用が無くなれば消えてもらえば良いだけのこと。

 

 「消す事は何時でも出来る。しかし監視は怠るな。私はお前達に期待している、リアン、ジェシカ」

 

 「「ハッ!!」」

 

 リアン・ロフトとジェシカ・ビアラスは彼の意志に賛同するように何の迷いもなく敬礼を取る。

 

 それを見て笑みを浮かべたパトリックは憎悪を籠めて呟いた。

 

 「見ているがいい、ナチュラル共、そしてブランデル! 我々が此処にいる限り、貴様らの好きにはさせはしない!!」

 

 此処から世界に憎しみを振り撒かんとする者達が動き出そうとしていた。


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