間桐臓硯になりました。―ありえんから始まる聖杯戦争―   作:桜雁咲夜

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歯車の狂いはじめ

 その老人は氷雪の白い光に照らされたアインツベルン城の礼拝堂の祭壇前に佇み、己が招き入れた外来の魔術師――衛宮切嗣と"器"の守り手のホムンクルスであるアイリスフィールの来訪を待っていた。

 礼拝堂と名はつくものの、ここは神に祈るための神聖な場所ではなく、魔術儀式のための場所である。

 

 老人――ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは、アインツベルン八代目当主の座をついでより『アハト』の通り名で知られる。彼は、その見た目に違わず二世紀近くの永きにわたって当主としてアインツベルンを総べて来た。

 

 アインツベルンが千年という悠久の昔より追い求めてきた聖杯の奇跡。その道は果てしなく、困難を極めた。

 数多の挫折と屈辱を味わって、独力での成就を諦め、外部の家門と協定を結んだのは二百年と少し前。その後始まった聖杯戦争でも、氷に護られた天然の要塞を居城とする研究者気質の錬金術師としての面が強いアインツベルンでは、死線を潜り研鑽を積んだ戦い慣れた者達にかなわなかった。

 

 第一次……つまり、聖杯『探求』が『戦争』へと転換した当時こそ知らない彼だが、第二次・第三次と一度ならずも二度という大敗を喫したことで、今回の三度目のチャンスに用意した切り札が、『魔術師殺し』として名を馳せていた衛宮切嗣だった。

 

 今回こそ、悲願である第三魔法、天の杯(ヘブンズフィール)を成就させねばならない。

 

 祭壇上には黒檀の長櫃が置かれ、その中には遠いコーンウォールから今朝方届いたばかりの聖遺物が安置されている。

 これを媒介とすれば、間違いなく剣の英霊として最強のサーヴァントを招来できるはずだ。

 それはマスターとの相性など問題ではなく、目当ての英霊が召喚に応じるだろう。

 

 巌しい表情を老人は浮かべつつも、少しの安堵を持って聖遺物を見つめる。

 そうしていると、二人の人物の足音が扉の外から響いてきた。

 おそらく、切嗣とアイリスフィールのものだ。

 

 そして、老魔術師は視線を礼拝堂の入り口へと移したのだった。

 

 

 

 

 

+ + +

 

 

 

 

 

「――――アインツベルンは、聖杯の中身には興味が無いのかね。手段が目的になっている」

 

 アハト翁の呪詛のような勅命を受けた切嗣は私室に戻るとソファーに座り込み、ため息とともに呟いた。

 

「だからこそ、貴方が完成した万能の釜を使用したとしても何の問題はないわ」

 

 苦笑を浮かべたアイリスフィールは背後から屈みこんで、切嗣を労るように長手袋に包まれたその手を彼の肩へと回す。

 

「それにしても、大お爺様も思い切ったものね。まさか、これを発掘してくるなんて」

 

 礼拝堂から切嗣が抱えてきた長櫃は、蓋を開けられてテーブルの上に置かれていた。

 内張りを施されたその中には、目が覚める程神々しく美しい剣の鞘が収められている。

 地金は黄金。それに青のホウロウで装飾を施し、中央には失われたはずの妖精文字の刻印という、武具というよりも美術品としてみても何ら遜色のない代物だ。

 

「ああ。これが千五百年も前のもので発掘品だとは、到底信じられない」

 

「これ自体が、魔法の領域にあるモノで一種の概念武装ですもの。物理的な劣化はないわ」

 

 伝説では、装備しているだけで、この鞘は持ち主の傷を癒し、老化を停滞させる。もちろん、本来の持ち主からの魔力供給が必要となるだろうが。

 

「つまり、マスターがこれを所持し、目的の英霊が呼び出せれば、これを"マスターの宝具"として使えるわけか」

 

「貴方らしいわね。道具はあくまでも道具だなんて」

 

 美しい聖遺物に対して、年月に対する感嘆する言葉は述べたものの、その後に続いた現実的な切嗣の道具発言にアイリスフィールは呆れたように呟いた。

 

「サーヴァントも道具のようなものさ。どんな英霊だろうとマスターにとってはね。それにしても、これだけ完璧の品だ。間違いなく目当ての英霊を召喚できるだろうよ」

 

「そうね。これがあれば、何も怖くない。大お爺様の贈り物は本当に素晴らしいわ」

 

 アイリスフィールは黄金の鞘を恭しく取り出すと、持ち上げてしばし見とれた。

 

「……僕が"マスターであったなら"おそらく相性が悪かっただろうな。正直、セイバーよりもキャスターやアサシンの方が僕には性に合っているから」

 

 その後、何かを耐えるように切嗣は押し黙り、俯いた。

 

「アイリ……すまない」

 

 やがて、血を吐くように放たれた言葉に、アイリスフィールは頭を振る。

 

「謝らないで。私は貴方に感謝しているのよ? ただの人形から、こうして貴方の理想と祈りを助けられる立場になったことを」

 

 そう言いながら、アイリスフィールは鞘を置き、そっと己の左腕から長手袋を外した。

 

 輝くように白い華奢な腕。その(ひじ)よりの内前腕部分に、刃の部分が幅広の儀礼剣を逆さにしたような令呪の兆しとなる聖痕が刻まれている。

 

 アインツベルンが開祖以来の伝統を破って外部の血を迎え入れたことを、聖杯は由としなかったらしい。その証拠に婿養子として迎えられた衛宮切嗣の手には令呪は配られず、ただの器の守り手であり、彼の伴侶、魔術実験の母胎でしかなかったはずのアイリスフィールにそれは現れた。

 

「まさか、私が令呪を授かるとは思ってはいなかった。けれど……ここでイリヤとともに貴方の帰りを待つしかなかった私が――令呪を授かったことで貴方とともに行ける。ともに戦うことができることが何よりも嬉しいのよ」

 

 手袋を足元へと落とし、アイリスフィールは切嗣へ倒れるように抱きついたのだった。

 

 

 

 

+ + +

 

 

 

 

 

「――――こんな単純な魔法陣でいいの?」

 

 アイリスフィールは、慎重に礼拝堂の床に水銀で魔法陣を描いていた。

 しかし、魔術儀式を実験として数多受けてきた彼女には、魔法陣自体も複雑なものに見えず、英霊を招来するものとしてはどこか簡素に見えたのだ。

 

「サーヴァントを招き寄せるのは術者ではなく聖杯だ。だから、単純なものでも問題ない。マスターは、現れた英霊をこちら側の世界に繋ぎ止めるだけの魔力を供給しさえすればいいのさ」

 

 切嗣は、彼女の描いた魔法陣に歪みや間違いがないことを確認し、心配はいらないと言外に伝える。

 

「召喚の呪文は覚えてきたかい?」

 

 祭壇に聖剣の鞘を切嗣は安置すると、振り返ってアイリスフィールに尋ねた。

 

「ええ。私、記憶力には自信があるのよ?」

 

 緊張をほぐすようにくすりと笑って軽口を叩くと、アイリスフィールは魔法陣の正面に立ってサーヴァント召喚の詠唱をはじめた。

 

 人に近い組成を持つとは言え、アイリスフィールはホムンクルスである。

 人ではないゆえに魔術回路は、並みの魔術師の()()よりも多い上に、大気より取り込んだマナから生み出す魔力量は段違いの質を誇る。

 

 その魔力回路が開放され、英霊を招霊するべく全身を魔力が走っていく。

 

 詠唱が進むほどに周囲の空気は彼女の魔力の動きにあわせるかのように巻き上げられ、閉じられた空間だというのに風が吹き荒れはじめた。

 

「……!? ダメだ、アイリ! それは……!」

 

 詠唱の途中の二節に、切嗣は思わず叫ぶ。

 しかし、アイリスフィールの詠唱は止まらない。

 

「――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

 

 やがて、最後の一節を高々と宣言すると、魔法陣から強烈な光が放たれた。

 その光は周囲に置かれた燭台の光と影を侵食し、完全な光の中へと誘った。

 光に視界を奪われたアイリスフィールは膝をつくが、咄嗟に目を腕で覆い視界を確保していた切嗣は、光の収まった魔法陣の中に何者かがいることを確認した。

 

 威厳、畏怖に溢れると言えば聞こえはいいが、その姿はとても伝説のアーサー王とは思えない。

 伝説の聖剣「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」と思わしき剣も、神々しい物とは程遠く、どう見ても禍々しい気配しか感じることができない。

 しかし、濃密な魔力をまとっていることから、間違いなく召喚したサーヴァントであることは確かだろう。

 

 やがて、視界が回復したアイリスフィールが驚愕の表情で己のサーヴァントを見ると同時にそのサーヴァントは口を開いた。

 

「問おう――――貴様が我を招きしマスターか」

 

 それは黒いドレスの上に漆黒のブレストプレートを身につけ、堂々たる態度で佇んでいた。

 彼女の右手に持つ剣も黒色であり、刻まれた赤い装飾がまるで呼吸をするかのように緩やかに明滅を繰り返している。

 そして、血のように赤い葉脈状の紋様の入った目元のみを覆う仮面が更に異彩を放っていた。

 

「え……ええ、そうよ。私が貴女のマスターである、アイリスフィールよ」

 

「そうか。では、我が剣は、そなたと共にある。これで契約は相成った」

 

 召喚は成功した。

 

 アイリスフィールには、彼女のクラスとステータスが手に取るようにわかっているはずだが、マスターではない切嗣には生憎と判断がつかなかった。

 

 アインツベルンが狙っていたサーヴァントクラスはセイバー。

 

 しかし、アイリスフィールが詠唱した呪文は通常のサーヴァント召喚の呪文とは違った。それは、英霊に『狂化』を施す二節の詠唱が含まれていた。

 

 これは、アイリスフィールが呪文を間違えたことが原因であった。

 魔術儀式を幾度と無く繰り返し受けてきた彼女にとって、呪文の長さ……つまり、小節の長さは儀式の難易度と比例していた。

 そのため、サーヴァントの召喚は最高難易度であると認識していた彼女は迷うこと無く小節の長い詠唱を覚えてしまったのだ。

 

 『狂化』が挟まれたことにより、予測されるクラスはバーサーカー。

 だが、バーサーカーは『狂化』により理性が失われているはずだ。

 目の前のサーヴァントは、理性を失っているようには見えない。

 

「ところで、マスター。そちらの御仁は?」

 

 サーヴァントの仮面に隠された視線がアイリスフィールの背後の切嗣へと向けられた。

 

「彼は、私の夫の衛宮切嗣。今回の協力者の一人だから、安心して」

 

 強烈な威圧感をサーヴァントから感じるが、切嗣はそれを知られぬように涼しい顔で受け流す。

 

「切嗣、彼女のクラスはバーサーカーよ」

 

 わかっていたはずのその言葉に衝撃を受ける。

 

 バーサーカーは本来、弱い英霊を強化するために用意されたクラスであり、強い英霊を狂戦士化するなどありえない。

 過去の聖杯戦争では、バーサーカーの敗因は「魔力切れによる自滅」。

 弱い英霊を狂化させただけでも、その有り様なのである。それが、強い英霊となればその消費はいかほどのことか。

 

 いくら、魔力に優れたアイリスフィールとはいえ、その負担は計り知れない。

 

 戦いの行く末が更に見えなくなったことに切嗣は一抹の不安を覚えた。




 Q.あれ、アイリスフィールは聖杯なんじゃ?
 A.sn基準の"第四次まで聖杯は無機物だった"説採用。
  そのため、令呪が現れなければ、"冬の城に妻子をおいてきた"ということで、イリヤとともに留守番でした。

 Q.アイリの令呪の形って表現から察するに切嗣と似ているの?
 A.切嗣とは似ていない。イリヤの胴の部分の令呪に似ている。
  (アイリの令呪は原作設定にはないので、こちらでデザインしています)

 Q.バーサーカーの見た目ってセイバーオルタ?
 A.はい

 Q.なんでバーサーカーなのに理性あるんだよ
 A.狂化ランクが最低だから。
  ただ、狂化の影響で使えないスキルも有りますが、その点については後々。

 ※2/18 19:20 追記及び、誤字脱字表現等修正。

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