アクセル・ワールド 漆黒の星屑   作:ドロイデン

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幼なじみ

「たく……あんなに引きずらなくてもよかっただろうが」

 俺は目の前のソファに座る少女に毒づきながら、彼女に容れて貰った紅茶を一口すする。ダージリンの旨味が口に広がり、ソーサーにカップを戻してため息をつく。

「悪かったな。だがあそこまでじたばたするお前もなかなかの滑稽だったがな」

「悪かったな滑稽で」

 俺はまたため息をついて彼女の事を見つめる。

「……改めて久しぶりだな、サッチ」

「……本当に久しぶりだな、ナオ」

 俺は照れ臭く顔を背ける。

「あー……アレだな。リアルで会うのは本当にいつ以来だったか?」

「お前が愛知に引っ越すのが私が赤の王を殺す二、三ヵ月ぐらい前だな」

「そんな前だったか?」

「なんだ?せっかくの幼馴染みとの別れを忘れるとはな」

「忘れてなんかねぇよ……俺にとって、ガキの頃お前だけが唯一の友達だったからな……」

 幼馴染み……正確には家が隣同士で近くの公園で一緒に遊ぶ程度の仲だったが、俺にとってあの頃の記憶は色褪せるどころか、むしろ今になって輝いて思える。

「そうだな……二人でよくタッグを組んだり、無制限フィールドでエネミー狩りをしたり、ショップでアイテムを眺めたり、レギオンを一緒に結成したり……今では懐かしく思えるよ」

「そうだな。楓子姉さんと知り合った時も、謡と出会ったときも、四人で買いもの行ったりしたときも、俺が遠くにいくからって送別会してくれた時も……本当に楽しかったよな……」

 思い返したら切りがないほどの思い出が今さらながら甦ってくる。あのときほど、自分自身が充実を感じていたときはなかった。

「俺……聞いたよな。なんで赤の王を……俺の『親』を殺したのか」

「……あぁ。『帝城攻略』のあと暫くしてからだったな……」

「あのときはたまたま親の都合で東京に来てたから……攻略前にレギオン専用のグローバルネットで話すことも出来たんだろうが、あのときは空気が凄かったからな、多分負けたからこそ話せたんだと思う」

 その時、俺は右手を痛いほど握りしめる。

「確かサッチはこう言ったよな……『赤の王が造り出した強化外装に怯え、その心を白の王に利用された』って……あの時の意味は分からなかったが、サッチのタグがそうなってることと関係するんだろ」

「……あぁ」

「……そうか、白の王は確かお前の姉さんだもんな……」

「……あぁ」

「……今でも後悔してんのか?」

「……そう、かもしれない。そのせいでつい最近あの道化師に一杯食わされて殺されかけたからな」

 サッチは苦虫を踏み潰したような顔で呻いている。

「それより、お前はなぜ代名詞の『強化外装』を使わなかった?あの時の対戦で使ってたのは初期装備のやつだろ?」

「色々とあったんだよ……アレも一応ストレージには入ってる」

 俺はぶっきらぼうにそう言った。

「なんというか、お前も変わったな」

「そうか?まぁ攻略戦の失敗が一番のがきっかけかもしれないな……」

「……まだ自分の事が許せないのか?」

「………………」

「アレは仕方なかったんだ。お前も覚悟のうえで『セイリュウ』に挑んだんだろ?」

「だけど俺が意地を通して狙撃銃(自分の力)じゃなくて二丁拳銃(親の片身)を使ったから……カレントはレベル1に……」

「それはお前も同じだろ。それどころか、リンカーがほとんどいない愛知でよくレベル4になれたもんだ」

「たまたまそっちのほうで少ないけどリンカーが居たからだよ……結局は俺は自分の力じゃ何もできないって事だ」

 俺は自己否定気味に呟いた。実際問題、あの時少しでも自分自身に力があればと嘆いたのは、それこそ星の数ほどだ。もう何回思ったかなど数えきれない。

「まったく、子供の頃から何も変わらないな。そういうネガティブ思考は」

「これでも明るく振る舞ってるんだけどな。やっぱ幼なじみの前じゃそうもできねぇよ」

 俺は自嘲気味に言いつつ紅茶を再び口に含む。

「……で、そっちこそ変わったな、サッチ」

「む?どういう意味だ?」

「あのシルバー・クロウ……ハルユキくんだっけ?絶対お前好きだろ?」

「な!!」

 サッチは赤面して勢いよく立ち上がった。どうやら図星らしい。

「確かお前の《子》だからってのもあるけど、お前ってああいうタイプが好きなんだな」

「う、うるさい!!私が誰を好きになろうと勝手だろ!!」

「おうおう、昔は俺のお嫁さんになる~とか言ってたのにな~」

「か、過去の事は出すな!!だ、だだ《断罪》されたいのか!!」

「だってまだ俺、今のネガビュに席を入れてねぇもん。必殺の一撃も無駄だぜ~」

「ほう……だったら力ずくでも黙らせなければな……」

「あ、そういやサッチに伝言あったんだ」

 物凄い嫌悪なオーラを漂わせてるサッチを尻目に、俺はリンカーに保存していたデータを可視モードで彼女に見せる。

「なんだ?それは?」

「ある筋からの情報だ。ここ最近、『マッチングリスト』に現れないリンカーが居る」

「なに?確かか?」

「嘘言ってどうする。リンカーのアバターネームは『ダスク・テイカー』と『サルファ・ポッド』。どっちもレベル4から5のミドルリンカーだ」

「ミドル……そいつらの活動範囲は?」

「秋葉、練馬、新宿に杉並だ。杉並には最近現れたそうで、主に『ダスク・テイカー』の方が出没している」

「……わかった。こちらでもそれなりに対処させてもらう」

 頼む、と俺はそう言って生徒会室のドアに向かって歩きだした。と、そこでサッチに見えないように笑みを浮かべる。

「そういやさ」

「む?どうした?」

「さっさとハルユキくんに告った方が良いかもよ。ああいう奴は意外と女受けが良いって聞くし」

「な!!」

 サッチの本日何度目かの驚愕ににんまりとしながら、俺は急いで生徒会室から自分の教室に逃げ出した。サッチの怒声が聞こえたような気がしたが、今はあえて無視した。


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