「ヤバイ……頭がクラクラする……」
初対戦を終えた僕の第一声はそれに限った。どういうわけか説明会の後には感じなかった揺れのような感覚が頭から離れず、はっきり言ってコンディションは最悪だった。
「う~ん……どうやらチユリさんも授業前だってのにトイレ向かったってことは……」
「何か分かるんですか?」
僕は隣にいる尚哉は当然というように頷いた。
「多分アレだな、無重力酔いたよ。うん」
「無重力酔い……なんです、それ?」
「基本的にフルダイブ環境では無重力の場所が無いだろ?多分俺たち人間が上から下への重力での環境に適してるから、どの方向にも重力が存在しない無重力空間だと変に酔っちまうんだと。しかもお前とチユリさんは今の対戦で派手に動き回ったからな、その反動も来たんだろ」
見た目がチャラい割には意外に博識なようで、尚哉は少しドヤ顔を決めている。
「まぁお前はクラクラする程度だろうが、あんだけ最後に大回転してたチユリさんはお前以上に危ないと思うぜ?」
「危ないって?」
「無重力酔いもいわゆる乗り物酔いと似たようなもんだからな。どういうことかは言わなくても察せれるだろ?」
ちょうどその時授業開始二分前となってしまい、僕らは席にすぐ戻ったが、チユリさんは開始のチャイムが鳴っても教室に戻ることはなかった。
「はぁ……酷い目にあった……」
昼休み、僕ら五人は食堂の一角を囲むように座ると、それぞれが思い思いの昼食をとっていた。チユリさんとタクムくんはそれぞれお弁当を、ハルユキくんは揚げなすを乗せたカレーライス、尚哉はボンゴレスパゲッティを、そして僕は海老ピラフを突いている。
「まさかチーちゃんが二時間目までぶっ倒れるとは……」
「タッくん酷ーい……」
口では反論してるが、当の本人の声には覇気が感じられなかった。どうやら本気でまいってるようだ。
「でもステージ変更型のアバターか……尚哉くんはそんなアバターって見たことある?」
「ん~こいつみたいなのは見たことないな。『ステージに自分が有利な環境を生み出す』って感じのアバターなら青のところの『霜角』とかがいるけど……」
「確かにあの人の必殺技はある意味そういうことですからね……」
尚哉の言葉にタクムくんは思い出す感じで言葉を返す。
「……もしかしてタクムくんは、元々青の王が居るところのメンバーなの?」
僕は何気なくそう聞くと、突然としてタクムくんは石像のように固まってしまう。さらにはハルユキくんとチユリさんまでもが同じようになってしまった。
「……なんか、不味いこと聞いちゃった?」
「いや……大丈夫だよ。僕が青の王のレギオンに所属してたのは事実だから……」
タクムくんのその言葉はまるでお通夜のようなダークさで、思わず僕ら全員が黙ってしまった。
「ま、まぁそういうのはあとあと!!さっさと昼飯食っちまおうぜ!!」
「む?こんなところにいたのかハルユキくん」
へ、と情けない声を僕と尚哉は出しながら、後ろからの聞き覚えのある声に後ろを振り向く。そこには黒曜石に似た長い髪、チユリさんに似た三年生の制服、いわゆる美少女といって過言ではない少女が立っていた。
「あ、先輩!!」
「ん、やあハルユキくん。タクムくんにチユリくんも」
「こんにちはマスター」
タクムくんのその言葉で僕は気づいた。マスター……つまりこの人こそ今日出会ったハルユキくん達のレギオンのマスターであり黒の王、ブラック・ロータスその人なのだ。
「へぇ~あんたが『
「そういう貴様こそ、あっちと全然態度が変わらんようで助かるよ『
「あんたが言うと嫌みにしか聞こえないぜ。梅里中生徒会副会長『
なぜかは知らないがこの二人の目線の間には弾けあう雷撃が飛び交ってるように感じてしまった。というか仲が悪いにも程がある。
と、思っていた途端に両者からフッと笑みが溢れた。
「やれやれ、三年近くぶりだというのに変わらんな」
「正確には三年と三ヶ月半だ。そういやデンデンとレッカはどうしてるんだ?新生『ネガビュ』には戻ってるのか?」
「お前、本人達の前でそれを言ったら殺されるぞ。特に彼女なら『アレ』を使ってでも殺しに来るぞ」
「へいへい。で、どうなんだよ。『ネガ・ネビュラス』が誇る最強四人衆の方々はよ?」
尚哉の軽口に黒雪姫先輩は全くといった表情で呆れている。
「二人とも戻ってきてはいない。それどころか旧メンバーはつい最近戻ってきたお前しかいない」
「マジか……」
「えっと……誰なんです?その人って?」
「む?そうか、君が『星屑』……いや『流星』くんか。元々私のレギオンは1度崩壊していてね。その時の旧メンバーが知っての通りこいつだ。そしてこいつ以上に強いメンバーが居たんだ。まぁその事はいずれ話そう」
先輩は穏和な笑みでそう言った。そして普通に空いていたハルユキくんの隣の席に腰を掛ける。
「それでだ、とりあえず君はどうする?レギオンに入るもよし、所属しないで楽しむもよしだが」
「今のところはハルユキくんがいるこのレギオンに参加するつもりですけど、しばらくはソロでポイントを稼ごうと思ってます」
「ほう?それはどうしてだ?」
先輩の疑問に僕は授業中に考えていた事を口にする。
「僕のアバターは耐久力は最低ですけど、それを補える程の必殺技があります。これを使ってポイントを貯めて強化しようかと……」
「なるほど、確かに君のアバターはステージ変更というゲームの規格を根底から覆すほどのものだ。ハルユキくんが『飛行』を使ってポイントを貯めた状況とも似てはいるからな」
「そういうことなので、今はソロでやっていくつもりです。ハルユキくんとも今度戦ってみたいし」
「む、むむむ無茶だって!!僕なんかじゃアキくんに勝てるわけないよ!!」
「まぁ確かに、ハルの能力じゃ必殺技前に倒すことはできても、使われたら逆に負けるかもしれないからね」
タクムくんは苦笑しながらそう言った。
「とりあえずわかった。ではそれなりに実力をつけたなら私に良いたまえ。正式にレギオンへ加入の手続きをしてあげよう」
「じゃあ俺はそろそろ……」
「それとお前には少し用があるから生徒会室に着いてこい」
逃げようとする尚哉の首根っこを黒雪姫先輩は名前通りの黒い笑みで睨み付けた。
「えっと……もうすぐ授業なんだが……」
「安心しろ。先生方には私の方から連絡しておいてやろう」
僕の親は駄々をこねながら叫ぶが、大の男が女子に引きずられるという様を、僕らだけじゃなくその場にいた全生徒が目を点にして見つめていた。
次回は尚哉を視点に進めていきたいと思います。