「どうなってるんだ……」
僕、有田春雪ことシルバー・クロウは今ありえない光景を目にしていた。先程まで初対戦のフィールドであり、幾度となく見てきた《世紀末ステージ》がいきなり別の、それも今まで見たことのないフィールドへと変貌した。隣にいるタク……シアン・パイルも驚いた表情をしている。
「ハル、これって……」
「お、俺に聞くなよ!!」
どうやらタクもこれについて僕に聞こうとするけど、タクよりもリンカーとしての経歴が少ない僕に聞かれても何がなんだかさっぱりだった。すると
「ふむ……どうやら強制フィールドチェンジ型の必殺技だな……必殺技ゲージをフルに使っていることからまだ実装されていないアレを無理矢理出しているからか……」
僕の親でありレギオンマスター、黒の王ことブラック・ロータスは興味深く観察していた。
「あの~先輩?それってどういう?」
「ん?つまり彼の必殺技は自分に有利なフィールドへ変更する事が出来るということだ」
「有利な……ですか?」
「うむ、彼のアバターは『星屑』を意味しているように、装甲自体の耐久値は限りなく低い。それこそ、地球の引力に引かれて燃え尽きる隕石のようにな」
僕はその言葉に少し納得する。先程、羽森くんことノワールは自分の攻撃で左腕が粉々に砕けていた。同様に右足も左腕ほどではないが、皹が入るほど装甲が紙なのだ。
「だが彼の必殺技は空気との摩擦が発生しない宇宙、それも月面という別のものにフィールドを変換させた。そもそも隕石が地球の引力で燃え尽きるのも、結局は大気との摩擦熱が原因だからな」
さらに、と先輩は続ける。
「月面はある意味彼、『ノワール・スターダスト』の能力を生かせる最大のステージの一つかもしれない」
「え?」
「すぐに分かるさ」
ノワールside
「これが……僕の必殺技……」
僕は天に広がる広大な闇と無数の岩石を眺め、そんなことを呟いていた。
「ステージを変えるって……そんなのあり~!!」
ライム・ベルは驚きの声をあげているが、その表情は少しだけ受かれていた。そしてよく見渡すと、頭上には青く丸い球体……恐らく地球のようなものが浮かんでいる。
「さて……ここからが本当の勝負だ!!」
僕はスラスターを半分の出力で噴射し、また一気に近寄る。
「同じ手が通じるわけないでしょ!!」
ベルは先程と同じように大鐘を体の前に引き付けようとするが、そこで異変が起こる。どういうわけかベルの体ごと回転し、少しずつ空中に上り始めた。
「ど、どうなってるのよ~!!」
流石にこの状況で攻撃するほど鬼畜ではないため、助けはしないが一応声はかけた。
「あ……多分、ステージと上の青いやつが原因かな?」
僕の予想が当たっているのなら、あの青いのは恐らく地球だ。地球には月面の何倍もの重力が掛かっているわけで、この『月面ステージ』にも対戦用にそれなりの重力判定があるのだろうが、それでもちょっとしたことで体勢を崩せばステージの重力圏から離れ、空中に舞い上がる。
「で、でもだからってダメージが増えるわけでもないでしょ!?」
「……いや、多分このままだと君のHPが削りきられると思うよ」
アレが地球だと仮定して、空中……もとい宇宙空間からある程度上に行ってしまうと地球重力圏に入ってしまう。そうなればもしかしたら大気圏の摩擦熱まで再現されていることになり(黒の王曰く、ブレイン・バーストの世界再現の技術はどんなリアル系フルダイブゲームより格段に上回っているらしい)、下手をしたらなにもしないで体力を全て消し去ってしまうことになりかねない。
「だから頑張ってこっち側に戻ってきてね~」
と、僕はいとも簡単にベルへ言ってしまった。
「む、無茶いうな~!!」
当然のお言葉をもらったが、僕は意図も介さずスラスターで突撃を敢行する。が、必殺技前のような体が燃えるような痛みは全く感じない。恐らく空気が存在しないがために摩擦熱も起きないのだろう。
ライム・ベルはそれでもガードしようとするが、体が宙に浮いてるせいで安定せず、さらに軸も無重力でぶれるせいか、先程までとは違い肩へ水平蹴りが炸裂した。強化外装の推進力も合わせてのダメージで一割も減ってなかったライム・ベルの体力が2割ほど急減した。対してこちらにはダメージがほとんど入っておらず、装甲も少し剥がれるくらいだった。
「うおぉぉぉ!!」
一気に畳み掛けるため、僕は細かくブーストして一瞬で背中にまわり裏拳をきめ、浮いていた岩石に勢いよくぶつける。さらにそこへ追いつき右フック、左蹴りあげ、右ストレートとキックボクサーではないが確実にダメージを与え、数分でベルの体力を半分以下の四割ぐらいまで減らした。
「これで終わりだぁ!!」
僕はトドメとばかりに左水平蹴りをやろうとするが、
「いい加減に、しなさぁい!!」
僕の怒涛のラッシュに怒り心頭のライム・ベルの大鐘に弾き飛ばされた。いくら宇宙……正確には月面が……だと言えどアバターの防御力が紙以下の僕のアバターには、同じレベル1とはいえかなりの固さを持つライム・ベルの《クワイヤー・チャイム》は相性が最悪で、一気に体力を残り二割まで減らされたうえに左足を破壊されてしまった。
「ちっ!!」
流石に分が悪いため一旦後ろへと下がるが、ライム・ベルは慣れない月面ステージの無重力を岩石を蹴り飛ばして移動してくる。
「少しは女の子なんだから手加減の一つだってしてくれてもいいじゃない!!」
「あんな破壊兵器を片手に持ってるのに手加減なんて出来るか!!」
「あ~!!私のこの素敵なベルを分からないなんて!!こうなったら本気の大技見せてあげるんだから!!」
そう言うが早いか、ライム・ベルはいきなり『クワイヤー・チャイム』を水平に構え、そして勢いよく横に回転し始めた。
「???」
僕は何やってんだと思いながら見つめていると、足下の岩石から彼女は飛んできた。まるで大回転する独楽のように体を横回転し、僕のもとへ迫ってくる。
「ちょ!!マジか!!」
僕は急いでその場から逃げようとした。独楽よろしく回転している彼女の大鐘の一撃を食らってしまえば間違いなく体力が吹き飛ぶ。ましてや残り少ない体力で、無事な右腕で防御をしようものなら、たとえ少し体力が残ろうとも、攻撃の手段を無くすためそんな無茶はできない。
が、そこで悲劇は起こった。今まで頑張ってきた強化外装のスラスターがうんともすんとも言わなくなった。恐る恐る体力ゲージ近くのスラスターカーソールを見てみると、完全にガス欠、エネルギーを使い果たしていた。
「……」
何も言えなかった。目の前には未だに高速回転を続けて突っ込んでくるライム・ベルの姿が見える。
「……不幸だ」
僕はそう言い残してため息をついた。直後にベルの鐘がアバターへ直撃し、体力が全て吹き飛んだのは言うまでもない。