アクセル・ワールド 漆黒の星屑   作:ドロイデン

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始まり

「はぁ……」

 春の杉並、つい一週間前にマンションに引っ越してきた秋月 羽森(あきづき はもり)はやる気なくため息をついた。すでに今月発売されたライトノベルの電子版は読みきり、ニューロリンカーに買い溜めていたゲームは既に全て完クリしてしまいやることがない。さらには両親……もっとも父親はとっくに死んでいて、母親も二、三日前から仕事関係で一切連絡が絶たれているため、実質帰ってくるさえも怪しい状況のなか、僕はマンションのショッピングモール部分で買いそろえた材料をもとに、得意分野である料理を一人虚しく作っていた。

「……いけないよな、こんな状況じゃ」

 そんな独り言を聞いている人間はここには誰も居らず、灯りが点いてるとはいえ、ダークモノトーン系に揃えられた家具の前にはそれさえも意味を成さないでいる。

「……できた」

 僕は出来上がったジャンバラヤと鮭のムニエルを皿に乗せ、大理石で造られたテーブルにそれを乗せた。が、得意料理であり好物の鮭を目の前にしても、心にあるもやもやとした謎の感情が消えることはなかった。

「……ダメだよな……明日から本格的に学校に行くのに……」

 僕は右手のスプーンで食事をしつつ、左手で器用に中学の案内をホロディスプレイに浮かばせる。

 私立梅郷中学……それが僕の転入する中学の名前だ。なんでも今まで僕がいた中学と違い、学校自体に『VR空間』が作られており、生徒たちが放課後や昼休み等をそこで遊んだり、話をしたりして楽しめているというのが書かれている。

「クラスは……C組か」

 僕は事前に貰っていた転入書類に目を通し、改めてクラスを確認する。いつのまにか夕食は消えたように無くなり、俺はアイスココアをマグに注いで口に含む。

「さて……今日の星はどんなのかな……」

 窓から空を見上げるが、宙には星どころか月すら見えなかった。

 

 

 

「秋月羽森です、よろしくお願いします」

 俺は届いていた梅郷中学の制服を身に纏い、黒板の前でこれからクラスメイトとなる面々に挨拶をした。

「秋月は静岡からつい最近引っ越してきたばかりだからな、お前ら優しくしてやれよ!!」

 隣の暑苦しそうな担任のその言葉にクラスの所々から気の抜けたような返事が聞こえた。

「それで先生、僕はどこの席に?」

「ん、秋月は有田の前の席に座れ。出席番号通りだしな」

 僕は指定された席にさっさと進み、鞄を机の横のフックにかけていすに座った。

「それじゃあこれから出席番号順に自己紹介をしてもらうぞ!!それじゃまず相田から……」

 

 

 

 適当に学校を過ごし、放課後の今、僕は秋葉原にあるゲームセンターに足を運んでいた。今やフルダイブゲームが主流となる現在でも数少ないが存在しており、二十世紀初頭から生まれたアーケードゲームはコアなゲーマーには少なからず人気がある。またアーケードゲームをやるためだけにデジタルマネーを旧式の現金硬貨にする人達もまた多しである。

「今日は何をやろうかな……」

 僕は適当に散策すると、丁度今となっては懐かしい『鉄拳7』が一席空いており、俺はやられるのを覚悟でそれに座る。僕は使いなれている『レオ』を選択して対戦が始まる。どうやら相手はパワー重視の『ギガース』のようだ。僕は大ダメージをガードしつつ、ギリギリまで粘って少しずつ攻撃を与える。残り数十秒でお互いの体力が四分の一まで削れる。

(ここまで保ったんだ……絶対に勝つんだ)

 僕の心にはそれしか考えられなかった。そのせいかボタンを押すスピードが徐々に早くなっていき、それはやがて台が追い付かなくなってしまう。その瞬間、ガードするはずのパワー重視の大技をくらってしまい敗北してしまった。

「う~ん……もう少しだったのに……」

 正直、連続プレーしたい気持ちはあったが手持ちの現金硬貨は既に切らしており、電子マネーを硬貨に変えるのも面倒なため仕方無しに僕はその場を後にした。来たところと同じバス停の所へ着いて時間を確認すると、既に五時半を回っていて、恐らく乗り換えを含めても六時を過ぎそうだった。

「おーい!!君ぃ!!」

 不意にそんな声が聞こえ、その方向へ振り向くと僕と同年代……いや年上ぐらいの青年が息を切らして立っていた。

「ゼェ……君、ゼェ……もしかしなくてもさっき『レオ』を使ってた中学生だよね……」

「はぁ……それが?」

 僕はそこまで全力疾走してまで追いかけてくるこの人に呆れて退きつつ、言葉に頷いて返す。

「ねぇ……売ってるやつよりもっと面白いゲームがあるんだけどさ」

 僕はその言葉に少なからず反応した。とある事情のため、いま現在の『ニューロリンカー』の中では最大許容量のスペックがあるこれには、つい最近発売されたゲームも何本か入っている。それよりも面白いと豪語するそれに興味が沸いた。

「それってどういう……」

「あー、なんだ、そのゲームって市場には出回らない上に直結しないと渡せないやつなんだけど……大丈夫?」

「……別に構いませんけど」

 僕のその言葉を待っていたかのように青年は笑顔を向ける。

「よーし!!じゃあさっきのゲーセンに行こうか。幸いあそこの三階から上はフルダイブカフェになってるから、なんとかなるだろ」

「……言っときますけど、カップルシートなんてやだですよ?そっちの趣味はありませんし」

「大丈夫だ、問題ない!!」

 青年はキッパリと言うが、はっきり言ってそれがフラグだと僕は直感的に思ったが、あえてそれを口にはださなかった。

 そして数分後、僕らはさっきのゲーセンの四階のフルダイブカフェに座っていた。幸いにも話し合いなどに使えるタイプの部屋が使われてなかったようで、僕らは向かい合ってソファに座る。

「すみません……なんか奢ってもらっちゃって」

「別に良いさ。それよりもちゃちゃっと済ませようぜ!!」

 そういうと青年は鞄から少し長めの2mはある直結用ケーブルを取り出して僕にさしだす。

「そっちのリンカーに着けてくれ。俺もすぐに着けるからよ」

「はぁ……」

 僕は言われた通りにケーブルの端子をリンカーに繋ぐ。すると視界に《ワイヤード・コネクション》という警告表示が現れ、それが消えると

『繋いだようだな?』

 と、青年の声が脳内に響く。どうやら思考発声で話しかけているようだ。

『はい、それでこれからどうすれば?』

『お、そっちも思考発声できんなら話が早い。これからそっちにそのゲームのデータを送るが、まだ何も押すなよ』

 そういうと青年は彼にしか見えないホロディスプレイを一瞬にして動かし、最後に指を鳴らすと僕の目の前にあるディスプレイが浮かんでいた。

《BB2039.exeを実行しますか? YES/NO》

『これって……』

『押す前に言っとく、こいつを実行したらもう二度とこの世界に満足できなくなる。それに君の人生まで変えてしまうかもしれない……』

『人生まで……変えてしまう代物……』

 僕は生唾を飲んだ。そんな代物が目の前にある。それだけ大変な決断を迫られているのだった。

『それでもこの世界を変えたい、自分を変えたいって思うなら……YESを押せ。強制はしないし、押したならその世界のことを教えてやる』

 僕は迷った。こんな怪しいものに頼っていいのか……本当に変われるのか……けど、

『本当に自分自身を変えられるなら……俺は……!!』

 僕は勢いよくYESのボタンを押した。その瞬間、目の前に爆発的な炎が現れた。僕は少し緊張しつつ、やがてそれは僕の体の前に集結し、ひとつのタイトルを浮かばせた。

 そのソフトの名は……《BRAIN BURST》




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