冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
今回はトキsideの話。
トキの足元より2匹の水蛇が飛び出す。その前方には、ダンジョンの影に溶け込むような色のローブを纏う一団がいる。
水蛇はその一団を追い越し、行く手を阻む。慌てた様子もなく止まる影達。
「逃げられると思っていたのか?」
「いえ、無理だとは思っていましたよ。しかしサーバを捨てましたからね。足掻かない訳にもいかなかったんですよ」
リヴェリアの剣呑な声にも、スヴェイルはまるで焦りを感じさせない。諦めているのか……あるいはまだ打つ手が残っているのか。
「さてどうしましょう……?」
「……おい、レゴス達はどうした?」
スヴェイル一味の構成員は3分の2ほどがレゴスのようなエルフであった。しかし先程の場にもここにも彼らの姿はない。
「ふふふ、さあ? どこにいるのか、私にもわかりません」
その笑みでトキは確信する。スヴェイルは既に逃走する気がない。
一度捕まり、その後、前もって逃げていたレゴス達に救出してもらうつもりだろう、と。
(だが甘い)
スヴェイルはオラリオを、冒険者を
(というか、レゴス達には同情するよ)
何せダンジョンの外にいるのは世界最強の冒険者だ。街に潜んでいるのであれば別だが、違うのであれば……まあ、死ななければいい方だろう。
意識を切り替え、眼前の男を睨み付ける。スヴェイルは未だ涼しい顔だ。その顔を見ているだけで殺意が湧いてくる。
手に短刀を生成し、飛び出そうと足に力を込めた瞬間、隣のリヴェリアが口を開いた。
「貴様の目的は何だ?」
「目的? 決まっているでしょう。トキを連れ戻すことです」
「それは今の目的だ。貴様が目指すもの、里を出て、その手を汚してまで手に入れたいものとは何なのだと聞いている」
それは殺されかけた彼女だからこそ溢れた問い。今までずっと心の奥底で
そんなリヴェリアの思いにスヴェイルはクックッと笑い出し、幼子を見るような顔で語り出す。
「人間は堕落した。そうは思いませんか?」
突然の問いかけに二人の頭に疑問が浮かぶ。
「神達が地上に降り立ってから1000年。『恩恵』という名の麻薬は、人間の存在を小さくしてしまった」
この男は……何を言っているんだ? 二人はまったく違う感情を持ちながら、同じ言葉を思った。
「『古代』の時代、『恩恵』がなかった人類は、しかし多くの伝説を作り上げていた。なのに神達が降りて来て以来、人間はその価値を著しく下げてしまった」
まるで自分に酔っているかのようにスヴェイルは語る。
「だから私は世界を再びあるべき姿へと還す! 人間という存在を神の家畜から解放する! それが私の目的です!」
その語りに、その言葉に、トキはわななく口で男に聞いた。
「それじゃあ、あんたが俺にさせたい事って──」
「神達の抹殺。この地上にいる全ての神を殺し尽くし、人をあるべき姿へと還す。そのために、私は貴方を育てました」
息が上がる。何もしていないのに目眩がおこった。
神々の抹殺。送還ではなく、殺害。可能不可能で言えば可能であった。
そもそもトキの持つ力は神殺し。文字通り神を殺す力だ。試したことはない、だが直感的にトキは、己がそれを成せると理解していた。
やはり、この男は──
「下らない」
トキの心が恐怖に縛られそうになったその時、リヴェリアがそう吐き捨てた。
「……どういう意味ですか、リヴィ?」
「貴様がその名で呼ぶな。……まったく、私はこんな男に殺されかけたのか。あの頃は本当に未熟であったと改めて理解したよ」
その目に移るのは失望。目の前の男とかつての自分への落胆であった。
「お前のそれはただの自己主張だ。大層な言葉で飾っているが、要は自分は選ばれた人間だ、特別な存在だ、ということを誰かに認めて欲しいだけだよ」
この場に神が同席していれば、スヴェイルに対しこう言っていただろう。厨二乙、と。
そんな彼の顔がこわばる。
「なまじ頭がよかったことと、実際に実現しうる
「…………い」
「だが実際に行うのは無理であろうな。確かにトキの対人能力は卓越している。ハイドスキルもそれなりに高いだろう。だが神々はそれほど甘くはない」
「……りな……い」
「普段こそふざけた態度をしているが、そもそも彼らは
「……黙りなさい」
「そもそも本気でトキ一人で全ての神を殺害できると思っているのか? オラリオに存在するだけで100を越える、都市の外に出て行方不明のものもいる神を」
「黙りなさいっ」
途中の例えが妙に具体的だったりしたが、リヴェリアの言葉にスヴェイルはたまらず声を張り上げた。
「図星か?」
「うるさいっ!? 小娘風情が知ったような口を聞くなっ!?」
スヴェイルが指を鳴らす。それを合図にローブの集団がトキとリヴェリアに襲いかかった。
「トキ、30秒時間を稼いでくれ」
「それだけあったらあいつを殺せますが?」
「ギルドからの達しでは、可能であれば生け捕りだった筈だが?」
「……わかりました」
トキがスタートを切る。それと同時にリヴェリアの詠唱が始まった。
「【終末の前触れよ白き雪よ、黄昏を前に風を巻け】」
紡がれるのは『高速詠唱』。レフィーヤの師である彼女にできないわけがなかった。
トキが先頭のローブの人影とすれ違う。その一瞬でトキは短刀を振り抜き、自らと同じ顔を持つ人影を絶命させる。その心には既に恐怖はない。あるのは冷酷な殺意のみ。
「【閉ざされる光、凍てつく大地】」
影による妨害も、同じ短刀による迎撃も、まるで意に返さぬ様子で確実にその命を奪う。8人いたクローンは瞬く間に全滅した。そしてスヴェイルの元へとたどり着く。
「【吹雪け三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」
「なんでだろうな……」
リヴェリアの詠唱が終わる。その瞬間、トキはスヴェイルのみに聞こえる声で囁いた。
「あれだけ怖かったあんたが、今はとてもちっぽけに見えるよ」
そう言って…………短刀を振り抜いた。スヴェイルの顔が驚愕に染まる。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
トキが離脱するのと同時にリヴェリアの魔法が行使された。三条の吹雪があっと言う間に空間を支配し、絶対零度の世界を創造する。
「生け捕りと言った筈だが?」
そんな中、リヴェリアが低い声でトキを問い詰める。実際、トキは短刀を振るった。彼女から見たそれはスヴェイルの首もとを一線していた。
「よく見てください」
対するトキは不満そうな顔を隠そうともせず、氷像となったスヴェイルを指差す。リヴェリアが目を凝らすと……首もとに鮮血の後はなかった。
「標的や周りに殺した、という錯覚を起こさせる小手先の技です。使いどころがあまりありませんけど」
その言葉に、リヴェリアは呆気に取られる。小手先の技と言ったが、実際そんなことができるものは第一級冒険者でも皆無に等しいだろう。それを何気ないような物言い……その才能に危機感を覚えた。
「というか、これどうするんですか? 帰り道塞がってますよ?」
トキの視線は氷漬けになっているスヴェイルの、さらに向こうの通路に向いていた。そこは吹雪の影響で通路ごと凍りついており、完全に道が塞がれていた。
「心配はない。スヴェイルを回収した後、私が【レア・ラーヴァテイン】で氷を溶かす」
「……ちなみにあの氷からスヴェイルを回収するのは?」
「ガレスとフィンが行う。私達が駆け出しの頃はよくやっていたことだ」
(よくやってたのか……。やっぱりこの人達半端じゃないな)
とりあえず合流しようと、二人は来た道を戻っていった。
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人通りのない裏路地。閑散とした雰囲気が漂う街を、闇に紛れながら一人のエルフが疾走……否、逃走していた。
(クソックソックソッ!? 何だあの化け物は!?)
振り返ってみるが追っ手の姿はない。しかしそれでもまったく安心できなかった。逃走するエルフ──レゴス・ドラウは必死に足を動かす。
数分前、エルフの同胞達とスヴェイルよりも一足先にダンジョンを脱出しようとしていたレゴスは、『始まりの道』を塞ぐ冒険者の集団を見つけた。
脱出の障害となる彼らを、数人の囮を使って突破しようとし……瞬く間に隊は崩壊した。
囮となった者達は一瞬のうちに無力化され、バベルを脱出する頃には動ける者は5人にまで減っていた。
さらにそこからの逃走劇。以前【
レゴスは知らない。その男は世界最強の冒険者であると同時に武人であることを。6年前、とある少年の不意打ちを受け、自分が未だ未熟であると知り、修行に明け暮れたことを。その索敵能力は6年前の比ではないことを。
逃走するレゴスの体を巨大な影が覆う──
──【
次回はフィンとサーバの対決。見ごたえは……あるかな?
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