新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回の話はにじファンでダイジェスト進行で一端完結させたあと「後日談が見たいです」と言われて小説家になろうの活動報告欄にアップした話の加筆修正版再録となっております。
というわけで第五次聖杯戦争が終わった後のイリヤと士郎の話。士イリ。
この話の士郎ならイリヤとくっつくのが自然の流れだと思うし、イリヤは士郎と幸せになってほしい! まあ実際にくっつのは多分2人とも20歳過ぎてからだが。
というわけで今度こそこれにて閉幕。
「仕方ないなぁ、士郎は」
その日告げた俺の言葉に、俺の1つ年上の義姉はそう苦笑しながら言って、ポンと子供の頭を撫でるように俺の頭を撫でつつこう続けた。
「うん、仕方ないから一緒についていってあげる」
ふわりと白銀の髪を優美に靡かせながら雪の妖精のように微笑むイリヤ。
その日の彼女の笑顔を、生涯俺は忘れることはないだろう。
至れる日まで
第五次聖杯戦争と呼ばれる冬木における魔術師達の闘争が終結したあの日から、二週間ほどの時間が流れた。
あっという間のような気もすれば長かったような気もする。
あれに参加した誰の胸にも残ったものもあれば、無くしたものもある。
それは俺たちも同じで、この日、二週間も遅れながらも、漸く俺たちは故人の葬式を上げることが出来たのだ。
養父であった衛宮切嗣と、その義娘にして義姉である衛宮・S・アーチェと、そして……遺伝的にはイリヤの妹に当たるアインツベルンのホムンクルスだったという、レイリスフィール・フォン・アインツベルンの葬儀。
家長は俺だったけれど、俺が未成年なのもあり、殆どの準備は藤村の爺さんが代行してくれた。
……本当はうちで行うなら切嗣の葬儀のみ、というのが本来の筋だったのかもしれない。
何故なら、レイリスフィールという名のあの少女はイリヤの妹ではあったのかもしれないけれど、うちの家族であったことは一度もなく、最期まで敵側の人間だったし、シロねえは人間じゃなく正体は死者だったようなもので、納めるべき遺骨も遺骸もどこにもありはしなかったのだから。
それでも、この2人もまた親父と一緒に弔おうとそう言ったのは俺だった。
確かに、レイリスフィールは敵だったかもしれない。
イリヤの命を危めた相手だったかもしれない。
だけど、彼女の死体を引き取ろうなんて名乗りはどこからも出てこなかった。
それはイリヤの母方の実家であるアインツベルンでさえ例外じゃない。
死んでも1人ぼっちだなんて、そんなのはおかしいだろ。
だってそれじゃあ誰にも必要とされなかったみたいで悲しいじゃないか。
だから家で弔うべきだと思った。
きっと
シロねえもまた、骨も骸もないのだから、死んでない、旅に出たと誤魔化せなくもなかったし、元々人間じゃなかった、既に死者だったというのなら、弔う必要さえなかったのかもしれない。
でも、俺にとってはシロねえはシロねえだし俺の大切な家族だ。
10年間一緒に家族として暮らしたその記憶が消えることはない。
だから、俺にとってはあの日、消えた時点でシロねえは死んだんだとそういっていいと思った。
たとえ納める遺骨もなく、死んだ証拠もなかったとしても、そんなことは関係なかった。
俺にとってはシロねえは紛れもない家族だったのだから。
勿論、藤村の爺さんは死体すら存在しないシロねえについては、其の死を不審に思ったりはしたさ。
でもそれでも最後には俺を信じてくれたし、たとえ死体がなくても葬儀を出してくれることを了承してくれた。
聖杯戦争の後片付けや桜のこと、シロねえの知り合いだというロード・エルメロイ二世って人とのことなど遅れた理由は他にもあるけど、葬式が本来よりこうして数週間遅れたのは、シロねえに至っては死体すら出ていないというそれが原因だ。
棺が三つ並ぶ。その死を悼んで多くの人が参列していた。
その半数以上の人が誰のための葬式にきているのか、誰の死を悼んで献花に訪れたかなんて一々言われなくても俺にはよくわかる。
(なあ、見えているか、シロねえ)
返事など返らぬとわかっていながらも思う。
(これだけの人が、アンタを悼んでいるんだぞ)
出席者の多くは商店街の婦人であり、シロねえの料理教室の生徒達だ。
彼女らは目元をハンカチで拭いながら葬儀に参加している。
その死を嘆いている。
(アンタは、これだけの人に慕われていたんだ)
自分がどう見られているか、自覚に乏しくて、世話焼きなのに自分のことについては無頓着なそういうひとだった。
しっかりしているように見えて、どこか歪で危なっかしい人だった。
その理由はなんだったのか、今では俺だって理解している。
それでも、歯噛みするほど悔しいという思いもまた消えなかった。
(アンタはさ、好かれていたんだよ)
1人で満足して消えていった、身勝手な姉。
それを想ってそう思う。
本当に勝手な人だった。
だから、だからと1つの決意を込めて拳を握り締めながら、俺は死者を送る煙を見つめていた。
葬儀が済んで訪問客が帰って行くと、この広い家に残されたのは俺とイリヤの2人だけとなった。
……なんだか変な気分だ。
少し前までこの家には俺達は家族4人で住んでいた。
藤ねえや桜が押しかけることもあった。
聖杯戦争中はセイバーやランサーだっていた。
だからいつだってこの家は住んでいる人数以上ににぎやかだった。
でも、今は2人だけ。
急に広い家の中に置き去りにされたような寂寞感が俺を包む。
それはきっと隣にいる義姉も同じだったのだろう。
「この家、こんなに広かったんだね」
ぽつりとイリヤはそう呟いた。
それに頷くでもなく、俺は逆にこんなときだからこその決意を伝えるための口火を切った。
「なぁ、イリヤ」
「なぁに、士郎」
俺の言葉に漂う真剣さに気付いたのか、イリヤもまた神妙な様子で振り向く。それに対してきっぱりと、俺は次のようなことを言った。
「俺は高校を卒業したらこの家を……いや、この国を出ようと思ってるんだ」
イリヤは、その言葉に、息をつめるような表情を見せて、そして大きな紅い目をさらに見開く。
そこに漂う悲しさや寂しさをも感じ取り、だからこそ俺はイリヤが何か反応を返す前に更に言葉を重ねた。
「それでさ、イリヤも俺と一緒に来てくれないか」
僅かに目元を綻ばせて、安心させるような微笑をのせながらいう。
それにイリヤは、先ほどと違う種類の驚きを顔にのせながら、胸元を右手でぎゅうっと握っていた。
「いや、一緒に来て欲しいんだ。俺はさ、イリヤがいないと駄目だから」
それに、一瞬だけ泣きそうな顔を見せて、それからイリヤは「仕方ないなぁ、士郎は」そんな言葉を言って、ポンと幼子にするように俺の頭を撫でていった。
「うん、仕方ないから一緒についていってあげる」
イリヤのその顔はまるで慈母のような微笑みだった。
「それで、士郎は何がしたいの?」
俺は答える。
「世界中を見て回りたい。それで、困っている人がいたら手を貸してやりたいんだ」
そうして俺は漠然とした夢を語る。
やりたいこと、なりたいこと。
それは全部あの日貰った誰かさんの道筋をなぞる行為だったのかもしれない。
『士郎、オマエに全てやる』
あの日、愛すべき大馬鹿野郎だった姉はそんな言葉を俺にいって、文字通りに全てをくれた。
その中にはあの人の人生のあらましもまた入ってはいた。
だけど、そのことはイリヤは知らないはずだ。
でもイリヤは全て知っているかのように最後まで俺の言葉を聞いていた。
そして最後まで話を終えると、ポツリ、少しだけ震える声でイリヤは尋ねた。
「ねえ、どうして士郎はさ、わたしも一緒にって言ったの?」
その不安が何に起因するかなんて、多分聞かなくても察していた。
だけど敢えて俺はそれを見ないフリをして、自分の思いだけを素直にこの1つ上の義姉に贈った。
「大切な人がずっと側にいたら、きっと俺は間違わずにすむと思うから」
すっと、目線をイリヤにあわせる。
イリヤ、イリヤスフィール。
雪のような銀髪に、鮮やかな紅い目をした俺のひとつ年上の姉。切嗣の実の娘。
ずっと一緒に暮らしてきた。
この10年もの間、ずっと姉弟としてやってきた。
だけど、もしかしたらこれから話すことはその関係に皹をいれる言葉なのかもしれない。
だけど、俺はイリヤに嘘をつくことは嫌だった。
「俺はイリヤが大好きだ。だから、イリヤに俺は支えて欲しいんだ。もしも俺が間違った時はイリヤに叱ってほしい。イリヤが危険な時、すぐに手を貸せるように一番近くにいてほしいんだ。イリヤがいいんだ。俺はイリヤも守りたいから」
出来るだけ、柔らかく笑いながらいった。
少しだけ声が震えたかもしれない。
それに、イリヤは静かに涙を溢した。
俺は、そんなイリヤを見て、じわりと目元に光る涙が綺麗だなとそんな場違いなことをぼんやりと思った。
「それ、なんだか告白みたいだよ、士郎」
「かもしれない。親父が聞いてたら怒ったかな」
少しだけおどけたように、故人の反応を想像して言う。
切嗣はイリヤのことも溺愛していたから、俺にも甘いとはいえ怒ったかもしれないな、なんて想定しながら言った俺を見て、涙を称えつつもイリヤは、安らかな笑みを浮かべて柔らかく言う。
「ううん。キリツグは、多分士郎なら喜んだかも」
「そっかな」
そうだったらいいな、なんて思いを込めながら、気が早いことに俺たち2人を見ながら式の予約とかどうしようとか、生まれてもいない孫の心配とかをオロオロしながらする切嗣を想像して、2人で顔を見合わせてクスクスと笑った。
「士郎はさ、シロをおっかけるの……?」
「そうなるのかな」
2人で、子供の頃のように1つの布団に包まりながら、互いに手を握り締めながら会話する。
「俺はさ、諦めが悪いんだ。やっぱりさ、一番身近な人一人救えないヤツなんて、ヒーロー失格なんだって、そう思うから」
「だから、シロを救いたい?」
それに、少しだけ言葉が詰まった。
「士郎、士郎がシロになることはないのよ? わたしは、そんなのは許したくないわ」
「俺はシロねえにはならないよ」
柔らかく、確信さえ抱いて俺は諭すようにさえ聞こえる声でイリヤに言葉を返す。
「俺は後悔なんてしないし、シロねえと俺じゃあ正義の味方の定義だって違う。それに、イリヤがついているんだ。なら、俺はシロねえになるわけがないんだ」
それは口に出していうことによって確信となり、誓いとなる言葉だった。
「俺はシロねえにはならない。俺はシロねえを追い越してみせるから」
いつか、その手に掴む日まで。
天井に空いている右手を翳し、ぐっと握り締めそれを誓う。
時空の彼方で、いまもまだきっと彼女は、否『彼』は赤い剣の丘で1人取り残されているのだろう。
磨耗して、軋む心を抱えながら。
「そう。わかった。うん、ならもうわたしは何もいわないよ。一緒にいてあげる」
「……ありがとう、イリヤ」
―――そして季節は巡り、時は過ぎる。
「本当にいっちゃうの、士郎、イリヤちゃん」
いまだどこか心配げに自分たちを見るもう一人の姉貴分を相手に、穏やかな笑みさえ浮かべて俺は告げる。
「うん、この家や親父達の墓のこととか、よろしく頼むな、藤ねえ」
その俺の言葉に、悲しげにも寂しげにも見える表情を浮かべる藤ねえに、少しだけ胸が痛んだけど、だからって決定を変える気もなかった。
そんな俺の気持ちを察したように、イリヤはわざとらしいくらい明るい声で、いつもの調子で藤ねえにからかい文句を言う。
「もう、何よ大河。まるで今生の終わりみたいな顔しないでよ。別にこれが最後ってわけじゃないんだから、ウジウジしないの。いい加減オトナになってよね」
「うう、イリヤちゃん、酷い……」
それに、めそめそしだす前に俺もまた口を開く。
「大丈夫だって、藤ねえ。また何度も帰ってくるよ。藤ねえや桜達の顔も見たいしな」
「本当?」
疑わしげな顔で見る姉貴分、それに笑って俺は約束を告げる。
「嗚呼、本当だ」
「ん。じゃあいってらっしゃい」
「いってきます」
季節は春。
桜の花びらを門出に、ここから俺は、否俺達は旅に出る。
きっと苦難も悲しみもいくらでもこの先待ち受けているのだろう。
だけど、其れに対する畏れなんてない。
俺は1人ではない。
この手には守るべき人の手が繋がっている。
だったら何も心配することなんてない。
この絆を握り締め、さあ行こう。
俺は俺の精一杯の人生を歩もう。
自分の人生を誇りに思えるように。
いつか笑って手を差し伸べられるように。
アンタを越えて、いつかその場所へ至れる日まで。
了
面白かったですか?
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女エミヤさん最高でした
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凛様パネェ
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士郎とイリヤの冒険見たかった
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余は満足じゃ