新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回は久しぶりの言峰回です。他にあの人も出てきます。
次回「集結」。
……望みは答えを出せるものの誕生。
たとえ世界の誰に悪と言われ其の誕生を忌まれたとしても、生まれたいと願うそれがこの世に降臨するのを私だけは祝福しよう。
その為だけに10年を永らえたといっても過言ではないのだから。
……長かった。
嗚呼、長い時を待っていた。
自分の本質から目を背け続けて、父のようにあらんとしながらも、妻とした女の苦しむ姿に悦びを覚えずにいられなかったこの悪逆なる本質。
愛せないと告げれば、貴方は自分を愛していると女は答えた。
それを証明するためだけに女は命を絶った。
その死に苦しみながらも私は悦び、そんなものが愛である筈がないと自身を否定し、幼かった娘からも目をそらし、教会に預けた。
父が説く正しき善行に喜びを覚えることは出来ず、悪行と自他問わぬ苦痛の有様にしか快を得られないこの本質。
それでも女に目の前で死なれたのは堪えたのだ。
何のために生き、何のために死ぬのか。
父を殺し、師を殺し、それを確かに望んでいたのだと、求めていた悦びなのだと理解して尚苦しみ、その苦しみにすら悦ぶ畜生以下の外道そのもののこの本質。
嗚呼、後悔は別にしていない。
もう私は自分の本質からは目を逸らしたりもしない。
結局、それら全てが言峰綺礼という人間なのだから。
私は私だ、私以外にはなれない。
それでも、神よ貴方に問おう。
それでも、
……悲願の成就は近い。
生贄
衛宮の家から一端離れることにしたのは昨晩のことだ。
何かあれば連絡をとアーチェに言い残し、確保しておいた空き家で仮眠をとっていた久宇舞弥は、傭兵ならではの俊敏さでその変異に気付き、即座に飛び起きた。
「……!」
舞弥の指には魔術的な措置が施されている。
それは切嗣が死に瀕している、あるいは死んでいる時にはその危機を知らせるといったもので、ずっと死の淵をさ迷い続けている上に魔術回路の八割が使い物にならなくなっていることを考慮し、以前よりもその「死に瀕している」の範囲を狭めてある。
即ち、これが報せを運んだ時点で間違いなく切嗣は死んでいるとさえ言える。
それでも、昨晩別れる前に眠っている切嗣に取り付けた発信機を頼りに、彼の臨終の地に向かって駆けてしまうのは、つまるところどれほど切嗣から離れたようであっても、彼女は結局は自分は切嗣の一部だという意識が強いからに他ならない。
そしてそのことを悪いことだとも思えなかった。
「切嗣……ッ」
彼女にとって衛宮切嗣は自分の存在理由の全てだと思っている。
彼を思って離れる選択肢をした今もそれは変わらない。
この命は切嗣に拾われ、この名前は切嗣に与えられたものだ。
切嗣がいなければそもそも自分はとっくの昔に死んでいたし、世界を知ることもなかった。
自分に全てを与えてくれたのは切嗣だった。
だから誰に何を言われようと、舞弥の全ては切嗣のものだ。
この10年自分は切嗣から離れ、自由に生きていたように見えるだろう。
だが、それは違う。
結局のところ彼女がその道を選んだのは、切嗣自身が舞弥にやりたいことがあるなら果たすことを望んでいたからであり、彼女が自分を思って離れるのを許容したからだ。
なんだかんだといいつつ、切嗣の元が舞弥の帰る場所であり、切嗣は自分を必要だと己が一部だと思ってくれていたことを知っていたからこそ、舞弥は世界に出れたのだ。
彼女にとって切嗣の肯定は必要なものであり、切嗣という拠り所がなければ、世界という巨大すぎるものを相手に彼女は途方にくれるしかなかった。
彼にとって自分がそうであったように、舞弥にとっての切嗣もまた、自身を構成する一部であったのだ。
その切嗣が死に瀕している、否死んでいるというのに、一体どうして冷静でいられようか。
そうしておそらくは臨終の地であろう小さな公園に向かって駆けた。
その眼前に男は現れた。
「ほう?」
ゾワリ。
背筋に悪寒が走る。
くつりと笑うのは金髪に抜けるような白い肌をした、人間離れした美貌の男。
蛇のように細められた人外の赤い目は、そこらの有象無象など路傍の石程度にしか見ていない。
ソレを見た瞬間、反射的に舞弥は銃を抜き構えていた。
「よせ、そのような玩具ではこの
くつくつと笑うその男の手には、誰かの心臓が握られている。
血も鮮やかなソレはついさっき抜き取られたばかりだと語らんばかりだった。
優秀な兵士である女は、非日常の象徴ともいうべきそんなものを見ても動じはしないが、だが先ほどから警戒のアラートがガンガンと警鐘を鳴らしている。
ガンガンと鳴り止むことの無いそれに、自分は危機に瀕していると自覚する。
「しかし、丁度良い。見たところ、貴様、魔術師の端くれではないか」
その笑みに、反射的に舞弥は手の中のグロックを放っていた。
だがそんなもの当たろう筈がなかったのだ、何せこの男は人間では無いのだから。
舞弥の敗因は相手が悪すぎた事だと言える。
放たれた銃弾を気にするでも無く、息もつかせぬ速さで男は接近する。
そして、舞弥の腹を膝で打ち込み、「聖杯となれるのだ、光栄に思えよ、女」そう口にして、その腹部にレイリスフィールの心臓をぶち込んだ。
「ァ……!? が、は……ァア」
舞弥の体の一部が膨張しだす。
それを気にとめるでもなく、男は……太古の英雄王ギルガメッシュは、自身が聖杯の贄に選んだ女の頭部を掴み、引きずり去っていった。
その頃、言峰綺礼は円蔵山に仕掛けられていたトラップの解除に明け暮れていた。
それは衛宮切嗣が前々から保険として仕掛けていたもので、切嗣の死を合図に大聖杯が設置されている洞窟が崩れるように設定されていたものだった。
言峰綺礼がこのトラップに気付いたのは昨夜のことだ。
それ以前からも、衛宮切嗣の動向から色々とここに仕掛けてあるのは知っていたが、気付いた罠に関しては先日までの間に色々と処理が出来ていた。
その中でも一番厄介だろう今回のトラップに発動前に気付くことが出来、そしてなんとか排除することが叶ったのは何よりの僥倖だろう。
そう思う心とは裏腹に、僅かな失望と落胆もまた感じていた。
結局のところ、衛宮切嗣が自分を求めて戦いに来ることは一度もなかったのだ。
強いて言うならば、あの最終決戦の時、数多の罠を張り巡らせて自分を待ち伏せしてたあの時だけだろうか。
(……アレを天敵だとそう思っていたのは私だけだったのか)
かつて自分はアレの存在に希望を見いだした。
その軌跡を知り、己を痛めつけるような在り方に、きっと自分と同類なのだろうと思ったからだ。
それでいて、戦いから突如手を引いたその経歴に、自分が見いだせなかったなんらかの答えを得たのでは無いかと期待したからだ。
言峰綺礼にとって衛宮切嗣はとても目が離せない存在だった。
そして奴に希望を見いだしていた分だけ、落胆もまた大きかったといえる。
なんてことはない。
奴は同類などではなかったのだから。
自分は父が説くように真っ当に妻を愛したかったのに、それが出来なかった。
苦しむ女の姿に喜悦を感じてしまうこの邪悪な本質。
こんなものは愛では無いと、潔癖だった自分は心の中で何度も叫び苦しみ、自分の本質から目を逸らして見ないフリをした。
嗚呼、そうだ、言峰綺礼は、自分は真っ当にあの女を……父を愛したかったのだ。
こんな歪んだ愉悦ではなく、人々の営みにこそ正しき道でこそ満たされたかった。
だからこそ、衛宮切嗣の本質を知ったときに憎たらしいと思ったのだ。
衛宮切嗣は当たり前の幸福を幸福として感じられる人間だ。
妻を子を前に、当たり前の愛を注げる人間だ。
自分が欲しかったものを、綺礼が求めて止まなかったものを持っているのにも関わらず、なのに自分の心と切り離して捨てることが出来る人間、それが衛宮切嗣だった。
ふざけるな、と思った。
赦せないと思ったのだ。
恒久的世界平和だの正義だの、そんな下らない子供の妄想をお題目に掲げ、自分が求めて止まなかったものをドブに捨てるようなその在り方がとんでもなく不快だった。
憎くて羨ましくて不快で仕方無かった。
そして衛宮切嗣への憎悪という形で、皮肉にもその胸に抱え続けてきた空虚が埋められたのも事実だった。
だから言峰綺礼は衛宮切嗣が
奴と敵として見え、殺し合う事を望んでいた。
なのに……結局奴は自分を見ることは無かった。
決着をつけたいと望んでいたのは結局自分だけだったのかと、そう思えば歯軋りしたいほどに悔しい。
確かに奴は半死人だった。
殺す価値さえない存在にヤツは存在を堕した。
けれど、それでもヤツは衛宮切嗣なのだ。
なのに、最期の最期、死ぬ時でさえ自分を意識することはなかったのだろう、会いに来ようとさえしなかったということが悔しくてならなかった。
意識していたのは自分だけなのかと思えば、虚しささえ覚える。
もしかしたら、決着をつけれるのではと思ったこちらの気持ちを置き去りに、1人どこぞで死んだ男が腹立たしくてならなかった。
「まあ、いいさ。貴様がそういうつもりなら、私は最期に貴様が大切にしていたものを全て壊そう」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
思えばつい先ほど男の最期の仕掛けも解除してやったのだ。
ならば、切嗣の死は無駄死にということになる。
無様な死だろう、それはヤツにふさわしいのだと、そう言い聞かそうとはしたが、それでも喉の奥に小骨が残っているようなしこりを言峰綺礼に与えた。
そんな風に苦虫を嚙み潰した顔をしている黒い男の元に、金髪に赤い目の男がかつかつと近寄る。
そして嘲るような声で言う。
「ふん、まるで失恋でもしたかのような顔ではないか、言峰」
「ギルガメッシュ」
酷く不快な例えを受けて、言峰綺礼は眉間の皺を深めながら、そのサーヴァントの名前を呼ぶ。
けれど、そんな神父たる男の心の揺れ自体が愉快なのか、ギルガメッシュの口角がニィッと上がる。
「悦べよ、貴様の見たかった終焉はすぐそこだ」
そうクツクツと笑いながらいうこの男を言峰綺礼は信用していなかった。
思えばこの男が姿すら見せず現れた時から始まったのだ。
全てが。
きっとあの男の囁きがなければ、自分はあの時父を殺す選択を選ぶこともなかっただろう。
父殺しも、師殺しも別段後悔はしていない。
だが……。
「ギルガメッシュ、貴様は」
何者だ、と問う言葉を噤んで、言峰は飲み込んだ。
そんなことを聞いて一体どうするのか。
この男はサーヴァントだ。
それだけわかっていたら十分ではないか。
信頼も信用も無く、されど間違いなく男は共犯者だった。
夜が明ける。
そうして土蔵に差し込まれる光の下でイリヤスフィールは目覚めた。
赤い目を瞬かせながら、ゆっくりと体を起こす。
さらり、長い白銀の髪が肩から滑り落ちた。
……体がダルくて、重い。
こうやって上半身を起こすことさえ中々に一仕事で億劫だ。
まだ魔力は戻りきっていないし、怪我もまた表面が漸く治ったところであり完全回復とは呼べない。
それでも起きれないほどではない。
億劫ながらもゆっくりとイリヤは魔方陣から体を起こし、立ち上がる。
体のあちこちが引き攣っている。
魔力不足の体はフラフラとした。
それから己が手に視線を落とす。
(嗚呼)
ぽっかりとした喪失感。それではっきり自覚する。ランサーは脱落したのだと。
この体のどこにもあの英雄とのパスは通っていなかった。
その事に忸怩たる思いはある。
己の力不足を実感するが、悔やんだところで時間は戻りはしない。
と、ここまでつらつらと考えてから我が家の異変に気付いた。
そういえば先ほどからやけに静かだ。
シロの料理をする音や匂いもしないし、士郎の性格なら真っ先に自分の状態を確認しに来てもおかしくないのに。
広い家ではあるし、まだ夜明けとはいえこれは……。
そう思った矢先だった。
誰かが家に来たようだと、家にかけてある術式から判断する。
知らない気配だ……となるとこれは家族ではない。
そのことに警戒心が増した。
矢先、ドンドンと扉を叩く音。
それにどうやら周囲に憚るつもりがないことを理解し、仕方なく億劫な体に鞭を入れて、淑女らしいシャンとした足取りで扉の前に向かう。
一応警戒しつつ、そっと扉を開けた。
そこには紅い髪をした、男物のスーツに身を包んだ男装の麗人が立っていた。
「誰、こんな時間に訪問だなんて、非常識でなくて?」
イリヤがそんな風に批判するように言うと、その紅髪の女性は動じるでもなく実に堂々とした態度で自己紹介を始めた。
「失礼。私は魔術協会の封印指定執行者バゼット・フラガ・マクレミッツです。此処は魔術師殺しの衛宮切嗣の邸宅で間違いありませんか? ミス衛宮」
誰に憚ることもなく、彼女はそんなことを口にした。
NEXT?