新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
とてもお待たせしました。今回より終章突入です。
その為終章の扉絵描こうと思ってたんですが、構図は出来ているのにどうにもいつまでたっても描き上がらなかったので、これ以上お待たせするわけにもいかないかなあと思い、本編アップすることにした次第です。なのでもしかしたら後から終章扉絵を足すかもしれませんね。
それではどうぞ。
36.ギルガメッシュ
10年眠っていた。
あの時、あの瞬間、聖杯の闇の中に囚われた
致命傷を受け、消えるのは道理であっただろう。
それでも、このまま易々と消えることを承知など一体どうして出来ようか?
あのような
そうして聖杯に飲み込まれる寸前、
その先にいたのは、言峰綺礼の姿だ。
間違いなく、出会った頃の、まだ自分の本質から目を逸らしていた時代のあやつであった。
そしてその時代その世界には
嗚呼、これは一体偶然なのか必然なのか、わからぬままに、意識だけで嗤う。
切れそうなほどに細い線ではあったが、何故か
だったらばと、精神体のまま、
結果として、言峰は思うままに、己が本質に目覚めた。
あの時は犯せなかった、父殺しさえ成し遂げて、しかしその一方で、まるでそれが世界の修正の意思だというかのように、違いながらも似た歴史を世界は辿る。
そうして泥の祝福を得て、綺礼は遂に
それでも、一度消滅しかけたその代償は軽くはない。
そも、ここは
そうして10年の眠りから目覚めた時、
たとえどんなに姿を変えようと、
別人のように変貌していようと、そやつは間違いなく同じ世界から招かれた存在、あの忌まわしき贋作者本人であるのだと。
この手で誅する機会を得たことに、知らず笑う。
10年の間に煮詰めた恨み憎悪は、まるで美酒のように甘い味がした。
ギルガメッシュ
side.エミヤ
襲撃は突然に夜の気配の中で行われた。
ソレに気づき、真っ先に眠る桜を庇った私の肩と腹を宝具の雨が貫通する。
私だけでなく、凛を庇った
張り詰める緊張の糸。そんな中で、1人黄金の王が嘲笑う。
「さて、久しいな、
そんな言葉をかけながら、ゆるりとした動作で男が歩み寄る。
魂も鎧も全ての受ける印象が金色の、黄金の王。
逆立てた金髪に、まるで血の様な赤い瞳の、人外たることを象徴する美貌、眼差しは冷ややかに蔑みを孕んでおり、口角はいやらしく釣りあがっている。その顔を、姿を私はよく知っている。
古代ウルクの英雄王ギルガメッシュ。
此度の聖杯戦争において、アインツベルンのマスターが召喚したサーヴァントもまたギルガメッシュではあるが、この男は明らかにバーサーカークラスで呼び出されたそれではない。
何よりこの男は私と同じく
それに、この男は私を
なにより、私の全身が魂が訴えている。このギルガメッシュこそ、私もよく知るあの男そのものだと。
故にこそソレは確かに再会だった。
しかし、そこまでわかっていながら、だからこそわからない。何故この男がここにいるのか。
読み通りこの男が私と同じ平行世界から流れてきた存在ならば、そうだと仮定するなら一体どうやってこの世界にたどり着いたのか。この男はこの世界には居る筈がないのだ。
もしやこの男も、私が前の世界で消える寸前に衛宮切嗣に召喚された時と同じくらいのイレギュラーに見舞われたとでもいうのか? 疑問は有りながらも、強く鷹の目で睨みすえる。
そんな私を嘲り笑うように男は口を開いた。
「どうした? この
「……」
此処で挑発するのは簡単だ。だが、敢えて何も語らず私はこの態度で是とした。
理由など語るまでもない。
此処にいるのは私1人ではないのだ。下手な手は犯せない。
なにより、憎しみ交じりに笑うその目元には、いつも常であった慢心の色は低い。
それはつまり、かつて以上に今のこの男に軽はずみな言動を吐くことは、危機を招く呼び水になる可能性が高いということなのだ。
そんなこちらの思案を知ってか知らずか……否、雑種の些事と気にしていないだけだろう。カラカラと笑いながら男は言った。
「見くびるなよ、
蔑みおろしながら、男はそう続けた。その殺気とオーラは尋常なものではなく、そのプレッシャーに耐えかねてか、弾けるように凛が反応を返した。
「何よ、一体なんなのよ。アンタ」
わなわなと肩全体を震わせ、キッとあの意志の強いアクアマリンの瞳が、プレッシャーに負けないためか強く王をにらみ据える。そして視線に負けじとばかりの意志の強い声が、己の疑問と不快を目前の男に投げ出した。
「バーサーカーと同じ顔をした第八のサーヴァントですって? そんなの有り得ないわ!」
……マズイな。
いつもの物怖じしない遠坂凛らしい態度であり、彼女はこうでなくてはとも思うが、それでもこの場で彼女のこの言葉はマズい。
「誰の許しを得て喋っている、女」
蛇の如き赤き瞳を凶悪にギラリと輝かせて、黄金の王は
12の宝具の雨が降る。
凛に向けて射出されたギルガメッシュの宝物に対し、今代のアーチャーはそれを投影魔術でもって打ち払っていくが、いくら我らエミヤシロウが英雄王とは相性がいいといえど、それは状況に因るのだ。
有り体にいえば、これほど慢心が低いギルガメッシュを相手に、凛や桜、舞弥などを背後に抱えている状況では分が悪いとしかいえなかった。
故、男の褐色の肌にいくつもの傷がつき、赤い血がぼたりと流れた。
舞弥が、閃光弾を密かに抱える。自分がそれで引きつけた隙に逃げればいいと思ったのだろう。それをそっと手で制した。
そんな小細工は、あの男には通用などしない。悪戯に怒りを煽らせるだけだ。
舞弥とは10年のつきあいになるが、無駄死にはさせたくない。
そんな私の意図をどこまで汲んだのかは定かではないが、閃光弾にかけた指を彼女がひいてくれたことに少しだけ安心した。
そして、両手に夫婦剣を携え、構える私を見て、英雄王はアーチャーから私に視線を戻し、ニタリと笑った。
「嗚呼、
許せよと、続けた男の口元は厭らしい笑みを浮かべている。その昏き笑みを湛えた赤い目はまっすぐに私を向いていた。それに、この男の本題が私であったことを嫌でも自覚する。
「十年だ、十年待っていた」
語り聞かせるような声で黄金の王は言う。
それにはどこか酒を含んだ際の陶酔感のようなものさえ漂っていた。
「どう貴様を調理してやるか、
それはいつでも殺せるという意図を含んだ言葉。しかし、それに却って私はほっとする。
やはりこの男は変わらない。
簡単に殺すつもりはないという言葉の裏には驕りが透けて見える。慢心を捨てたわけでないというのならば、一矢報いるチャンスがないわけではないだろうと、そんな計算が脳裏をよぎる。
最早、何故この男がこの世界にも現れたのかなど些細な問題といえた。
理由がどうあれ、いるものは居る。ならば、この男を倒す方法を全力で考えるのみだ。
そんな私の思考など知ったことではないのだろう。黄金の王はクツクツと笑いながら、「ああ、そうさな」と何事かを思いついたかのような声で次の言葉を続けた。
「ただ殺すだけではつまらぬ。何故かは知らんが貴様は今は女だ。ならば、
その言葉に唖然とした。
この男は何を言っている? いくら今のオレが女のなりをしているとはいえ、元が男と知っておきながら、忌み嫌う相手を屈辱を与えるためだけに抱き、のみならず囲うとそういったのか。
意味を理解した途端、押さえようのない嫌悪と恥辱が沸き上がり、無自覚的ににらみ据えながら弓を投影、矢を放っていた。それを王の財宝で打ち落としながら、なんでもないかのように優美に王は言う。
「嗚呼、冗談だ。貴様など抱いたら
その言葉に、何も言うまいと思ってた心をかなぐり捨てて、反射的に皮肉が口をついて出た。
「全く、この10年の間に随分とつまらぬ冗談を覚えるようになったらしいな、英雄王。君はセイバーにご執心であったとそう記憶していたが、私の記憶違いだったか」
その言葉に眉をつり上げ、ギルガメッシュは怒りの相を見せた。
「貴様如き贋作者が、あの女の名を呼ぶな。身の程を弁えよ、雑種ッ」
王の財宝が開く。古今東西、世界中から集めた宝具の原点たるその倉に収められた宝物が、ギラリと凶悪に牙をむく。
「アーチャー!」
それに、凛の己がサーヴァントを呼ぶ声が重なる。
「承知」
40を超える宝具の雨、それを前にして私と並び立つように紅い外套のサーヴァントが躍り出る。
しかし2人がかりで捌いても捌ききれず、私も
魔力不足にかつてより弱体化した身体を持つ私が足手まといになっていることなど、考えるまでもなく明白な事実だった。
弱体化だけならばまだ良い。そんなものは憑依経験なりなんなりどうとでもカバー出来る。
しかし、魔力が足りていない……使用出来るのはかつての衛宮士郎以下の魔力量であるというのは、いくら我らの投影魔術が燃費がいいといえど、大きな枷となってこの身を縛る。
いうならば、自由に動く四肢をもがれたようなものだ。それを痛感せずにはいられなかった。
そんな私を見て、黄金の王は、失望したかのように醒めたような目を向けて、苛立たしげに言う。
「しかし、貴様よもやと思ったがこれほどに弱っているとはな、なんだその様は。興ざめにもほどがあるであろう!」
いいながら、更に英雄王は宝具の雨を放った。
side.遠坂凛
黄金の王に立ち向かい戦い続けるアーチャーとアーチェ。
アーチェとあの金ぴかの話に、彼らの中になんらかの関わりがあり、其れが故にこの戦闘が起きているということは推測出来たし、出来るなら2人に何があったのか問いただしたいところだけど、今はそんなときではないことくらいわたしにだってわかっていた。
あいつは敵で、今はアーチェはわたしの味方だ。
桜だって、アーチェがいなかったら身体だけとはいえ救えなかった。そう、彼女は否定するかもしれないけどわたしはこいつに借りがある。なら、どちらを助けるかなんて考えるまでもない。
けれど、アーチャーの援護が加わっても尚、こちらの劣勢が覆ることはない。
「つまらん、つまらん、つまらんぞ!」
黄金の王は高らかに叫ぶ。
「これでは、三文劇にさえ劣ろう」
そうしてくるりと周囲を見渡して、そして動けずにいたわたしや舞弥さん、眠り続ける桜に視点をあわせると、ニタリと赤い目を蛇のように細めて嗤った。
その瞳が、貴様らは足手まといなのだと告げている。
言われるでもなくわかっている。悔しいけど理解している。この場において、わたしは足手まといだ。
「雑種ども、王の情けだ。慈悲をやろう。今日この場においては1人を置いて後は見逃してやろう。さて、どうする?」
まるでたった今思いついたゲームを語るように、そうこの黄金のサーヴァントはそんな言葉を告げた。
舐められている、とわかった。
だけど、それに乗らずにいれるほどにこちらの戦力に余裕なんて欠片もなかった。全てこの男の思い通りにするっていうのはとても癪だけど、魔術師としての性でもある冷静なわたしが、冷酷にその結論を見つめる。それに至る。
二週間ばかりのつきあいである鋼色の瞳が、それでいいというように、わたしを見据えている。その瞳は静かな肯定の色を示している。わたしはコクリとそれに答えるように1つ頷いて、それから厳かな声でそれを厳命した。
「アーチャー、あいつを食い止めなさい」
「了解した」
それは死ねというのも同然の命令だった。だけどそれに紅い外套の騎士は是と答えた。ならばわたしがそれに罪悪感など覚える必要はない。この距離感こそがアーチャーとの信頼の証なのだから。
ふと、そこで己の身体に未だ一画も消費されずに残っていた聖痕のことを思い出す。
そうよね、これを忘れるなんて抜けているわ。
そんな苦笑が口元までせり上がって、それを押さえてわたしは命じた。
「令呪によって命じるわ。アーチャー、全力であいつを倒しなさい」
令呪。それは不可能さえ可能にする三度限りの絶対命令権にして、聖杯戦争でサーヴァントを従えるマスターの証。それは曖昧な命令に対しては効きが弱く、限定的な命令に対しては魔法のまねごとに近い奇跡さえ成し遂げる最大の盾にして武器。それをアーチャーの戦闘能力をブーストするために使った。
一つ、令呪の輝きがわたしの身体から消えていく。それを感じながら、続けて二つ目の命令を下した。
「重ねて命じるわ、私のサーヴァントならここで敗退など赦さない」
そう、それは戻ってこいという言葉。
おそらくこの英霊を前に、無理だろうとは薄々わたしもわかっていた。
それでも……こいつが召喚されたあの日のことを思い出す。
『私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でない筈がない』
あの日、あの時、不敵な少年のような笑顔で、呼び出したわたしへの信頼さえ込めながらコイツはそういった。だったら、1%でも戻ってくる確率があるのなら、それを信じてやるのが、コイツのマスターであるわたしの役目だとそう思った。故に、三度目の命令は下さない。全てをなげうったりはしない。
こいつを倒して、自分の意志で戻ってこいと。残された一画の令呪は道標だ。
そんなわたしの意図なんて、わかっているのだろう、アーチャーはちょっとだけ困ったように目元を一瞬ほころばせて、それからあの日のように不敵な少年のような笑顔で、「当然だな」そう笑った。
なら、もうわたしからは何も言うことはない。
クルリと、次いでアーチャーはアーチェに視線を移す。
……そういえば、アーチェはアーチャーと双子の姉弟だとそういっていた。
それがどこまで本当かわからない。
いえ、正直にいえばそれすら危ういんじゃないかと、今わたしの中に立てられた仮説からは結論が導き出されてさえいる。それでも、わたしは何故か遠坂凛として、この2人のやりとりを見守らなければならないと、そんな強迫観念のような思いに駆られていた。
向き合いながら性別が異なりながらもよく似た2人は何も語らない。でもそれは言う言葉がないからではなく、それさえ2人の間には必要がないからだと、何故かすんなり理解していた。
無言のまま、アーチャーが1つ頷く。
其れを見て、承知しているというようにアーチェも頷きを返す。
それで終わり。
そのまま流れるような作業で、アーチャーは最初の襲撃で傷つき、あの黄金のサーヴァントからの攻防で千切れかけていた右腕を引きちぎり、アーチェに渡した。
それを受け取ったアーチェはその滴る血を口に含む。それはまるで厳かな儀式のように。
人の形をした腕から血を啜る、一歩間違えればホラーにさえ思いかねないそんな光景が、まるで清廉な誓いを立てる騎士のように目に映った。
否、儀式のように、ではなく事実これは一種の儀式だったのだろう。
……サーヴァントの身体は高濃度の魔力による結晶体だ。その姿は一見人間と変わらぬように見えても、その身体自体が魔力の塊なのだ。それを与えるということは、魔力を、自分の力を相手に与えるということである。
それでも、サーヴァントの魔力はあまりに純度が高すぎて、
それをどうしてアーチェは平然と受け取ることが出来たのか。その疑問の答えをきっともうわたしは理解していた。理解して敢えて口にして問いはしなかった。
もう今度こそ何も語ることはない。話すことも渡すものもなにもない。
アーチャーとアーチェはパンと一瞬だけ互いの左手を交わし合い、そして背中合わせに進みながら互いへのメッセージのように手を振り上げた。
申し合わせたかのように寸分違わぬ鏡あわせの別れの挨拶。
それはきっとこの2人らしい。
アーチェは桜やわたしたちの元に、アーチャーは黄金の王の元に。
それを黄金のサーヴァントが邪魔立てするようなこともなく、僅か時間にして1分にも満たない短くて濃密な別れは済んだ。
「凛、行くぞ」
桜の身体を抱えながら、アーチェは言う。
その声には揺らぎもなく、怒りもなく、悲しみもなく。ただ、それでも、振り返ることのないその姿に、背後にいるだろう紅い外套の騎士に対する信頼がどこか透けて見えた。
わたしも無言で頷き返事と変える。そこに影のように舞弥さんも従う。
アーチャー1人を置いていく状況に誰も何も言わない。けれど、それを薄情とは思わない。
やがて、遠く離れた森の中で、残された2人の戦端を開く声が僅かに届く。
「茶番劇は終いか。良い、赦す。
「ふ……さて、調子にのって足元を掬われないようにするのだな、英雄王」
剣戟の音は遠く、遠く。
そして乗り捨てていた舞弥さんの愛車へとたどり着き、わたしたちは4人でその車に乗り、この場を後にした。
「それで、どちらに向かわれますか」
森から抜け出し、車を運転しながら舞弥さんが尋ねる。
「……桜には治療と安息が必要だわ。うちへ向かってくれる?」
「わかりました」
言葉少なに舞弥さんは答える。淡々とした声だけど、この人が桜のために必死になってくれていたことは知っている。だから、嫌な気はしない。平坦に聞こえるのは元からこういう性質なだけなのだろう。
と、そのときだった。
「……ッ」
助手席に座っていたアーチェが一瞬だけビクリとその肩を震わした。まるで、何事かがあったように。
「どうされました? シロ」
わたしが尋ねるより一足早く舞弥さんが、どこか緊迫をはらんだ声で尋ねた。
アーチェは一瞬だけチラリとわたしを振り向き、迷うようなそぶりを見せたかと思うと、次に観念したように、絞り出すような声でボソリと告げた。
「……イリヤが危機に瀕している」
苦々しい顔で告げるその言葉には真実味が漂っている。思わず数瞬息を飲み込んだ。
危機に瀕しているって、あの衛宮イリヤスフィールが?
負けた姿など欠片も想像がつかない、妖精じみた容姿の裏に小悪魔な一面さえ飼っていた白い少女。そしてアーチェと衛宮くんの義理の姉妹。そんな間柄だ。
きっとピンチの時は互いにわかるように何か魔術的措置を施していたからそれに気づいたのだろう。
そうは理解しても、それでもまさかイリヤスフィール先輩がへまを犯すなんて思いもしなかった。とはいえ、時が一刻も争うというのは考えなくてもわかることだ。なのにアーチェはそれに迷っている。
だからこそわたしは言った。
「舞弥さん、止めて」
「凛?」
わたしの指示通りに舞弥さんは車を止める。それに、不思議そうな顔を少しだけ浮かべながらアーチェはわたしを見る。それを、キッと睨むように見上げながらわたしは言った。
「行きなさい」
「しかし……」
ちらりと、アーチェの視線が眠ったままの桜をたどる。けれど、それを目で制しながらわたしは言う。
「何、アーチェ。あんた、わたしたちがそんなに信用出来ない? 大体自分の妹が危機だってのに、迷う暇ないでしょ。行って」
「シロ」
それに、アーチェは一瞬すまなさそうな顔を浮かべて、それから舞弥さんに向き合い、互いにアイコンタクトで何事かを託した後、ペコリと一礼してから、弾丸のような勢いで飛び出していった。
「……何よ、焦っちゃって。やっぱり行きたかったんじゃない。素直じゃないんだから、ホント馬鹿」
思わずつぶやく。そんなわたしのぼやきに優しい視線を一瞬だけ流して、舞弥さんはそれ以上何も追求せずに、当初の予定通りわたしの家へと向かい、車を発進させた。
side.ギルガメッシュ
「……おのれ」
紅い外套に褐色の肌のサーヴァントが目前で消える。消えていく。それを見ながらも、
「おのれ、おのれ、おのれッ!」
ギリギリとした苛立ちに、苦虫をかみしめたように顔がゆがむ。
視線の先は
それが我慢ならないほどに頭にきた。贋作者如きに自慢の鎧に傷をつけられるとは。
(贋作者風情がと思うたが……抜かったわ)
煮え湯を飲まされたように腹が立つが、しかしそれで一つ確信をした。
弱体化したのは、していたのはあの今は何故か紛い物の女と成り果てたほうの
これが平行世界から渡ってきた代償か、それともあの狂戦士が大聖杯からの供給を横取りしているが故か。両方かもしれぬが、どちらにせよ癪な話である。
しかし、それを突きつけられて尚、フッと
(嗚呼……これくらいはハンデととってやろう)
簡単に終えるゲームほどつまらぬものはない。弱者をただ嬲り殺すなどそれは王たる
クツクツと思わず笑いながら、その場を後にした。
(さて……)
まずは器を手に入れるついでに目障りな狂戦士でもつぶすとしようか。そう思いながら、
side.遠坂凛
先日まで治療してて、記憶を改ざんして親元に帰した三枝さんと入れ替わるように、未だ昏々と眠り続けている桜を地下の魔方陣に運んで20分ほどが経った。
そのすっかり昔と色が変わった髪を撫でながら、色んな過去の記憶が脳裏をよぎっていく。桜が間桐の家に養子に出されると言われた日、御三家との盟約上桜に必要以上に近づいてはいけないと、もう桜はわたしの妹でもなんでもないのだと言われた。けれど、忘れられるはずがない。
それでも、死んだ父さんの言いつけを破るなんて出来なくて、同じ学校に入ってからはこっそりと遠くから見るだけ、見守り続けるだけの日々だった。
暗く、一部の人々の前以外では笑わない間桐桜。
遠坂の家にいた頃とのそのあまりの違いが、初めて見たときわたしはショックだった。
でも、それでも衛宮くんやイリヤ先輩、藤村先生たちの前では桜は笑うから、それでもいいかと思ったのだ。完全に笑えなくなったわけでないのなら、それならいつか……そう夢見て。
そう、いつかわたしに笑いかけて欲しいってそう思っていたのだ。
そんな自分の思いに気づかないように努めていたけど。うん、けれど本当はわたしに笑って欲しかった。桜に受け入れられている衛宮一家が桜の姉として嬉しくて悔しかった。舞弥さんが桜を救うとてらいなく答えたときも本当はきっとちょっと羨ましかった。
桜、あなたの笑顔が見たい。
その時とタイミングを同じくして、スゥと何かがかき消える感覚がわたしの中を伝う。
ああ、それにやっぱこうなっちゃったかって、ほとんどわかっていたことだったけど、思わず苦笑して思った。
アーチャーはあの黄金のサーヴァントに破れたのだ。
令呪もパスも、アーチャーと繋がっていた全てのものが断ち消えていく。
その消失感がわかっていたはずなのに、少し堪えた。
「どうしましたか、凛」
桜を挟んで自分の正面に座している黒髪黒服の女性は、いつもの淡々とした調子でそう尋ねる。それにわたしは、彼女を見上げながら、隠すほどのことでもないと、そっけなく答えた。
「アーチャーが消失したわ」
そのわたしの言葉に、舞弥さんは一拍だけ置いてから、核心ともいえることを尋ねた。
「凛、これから貴女はどうするのですか」
どうする、ね。
父は言った。いずれ聖杯は現れる。それを手にするのは遠坂の義務なのだと。
それを信じてわたしは育った。
そう遠坂の悲願がそれというのならば、遠坂凛として生を受けたわたしがそれを取りにいくのは当然のことだ。
そして、そこに戦いがあるのなら、負ける気はない。勝利こそがわたしの求めるもの。
それが
たとえ、サーヴァントが敗退したからって、それだけではいそうですかってあきらめるのはわたしの性分じゃない。他のサーヴァントと契約し直してでも勝ちを取りに行く、それがわたしだ。そうその筈だった。
だけど……。
ちらりと視線を落とす。その先にいるのは、眠り続けている妹、桜の姿。
この子を守るのは姉であるわたしの役目だ。守るべきものが出来たわたしにポカは許されない。
それに……桜がいつ目覚めるのかはわからないのだ。
今までの時間の分も、共にいてやりたい。目覚めたとき、寂しい思いをしないように。
だから、多分わたしなら戦う道を選ぶのだろうと思っているだろう目の前の女性を見ながら、ゆっくりとわたしは首を横に振った。
「わたしはリタイヤするわ。悪いけど、わたしにはもう桜を放っておいてまでこの戦争に勝つ価値を見出せないから」
「ええ。悪くない判断と思います。桜を、大切にしてあげて下さい。目覚めた時1人じゃないと思えるように」
それは泣きそうなのか、嬉しいのか、一見いつもの無表情の中になんともいえない複雑なものを抱えながら、舞弥さんはそう労るようにポツリと口にした。
NEXT?