新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
お待たせしました、第五次編30話「黒き従者」です。
いやあ、こうしてみると中章も終わりが近づいてきましたねえ。
とりあえず春までには中章が終了する予定となっております。
本当はわかっていたよ。
君は僕の『娘』じゃなくて、『息子』なんだって。
ただの娘であってほしいと願ったのは、そう思っていたのはいつだって僕のほう。
どんな姿になっても、どうあっても、それでも君は僕の『息子』だから、このままであれる筈がないのに。
その心に傷を負わせ、無自覚に、自分の我が侭につき合わせていた。
ごめんよ、シロウ。
きっと、君は、借り物の理想に殉じただろう君自身でさえ、許せないことかもしれないけれど。
君を夢という名の呪いで縛った僕が言えた台詞じゃないのかもしれないけれど。
それでも、もういいから。
だから、自分のために生きて欲しい。
思うままに、救いたいと思うものを救って欲しい。
出た犠牲は全て僕の罪としていいから。
それが父としての、君のマスターとしての僕の願い。
黒き従者
side.エミヤ
「終わったか」
「嗚呼」
男より数秒遅れで辿りついた私は、たった今アサシンのサーヴァントを屠ったであろう男を前にそう確認の言葉をかける。返答は素っ気無いくらい簡潔で飄々としている。
我が家の警戒レベルを引き上げ、常に緊張を強いるきっかけとなった存在のうちの一、その終わりは呆気なさ過ぎるほど呆気ない最期とすら言えた。
まあ、この結果は当然といえば当然であったのかもしれない。
今飄々と答えているこの男は、こう見えてもアイルランドの大英雄であるクー・フーリンだ。
暗殺者の英霊如きでは対抗出来なかったのも無理はないだろう。
「で、どうだ?」
「何の話かね」
たった今、アサシンを葬った赤槍を手の内で弄びながら、ランサーはどことなく挑発的とすら言える微笑を浮かべてそんな言葉を私に投げつける。それに、僅かに眉を顰めながら私はそう返した。
そんな私を見ながら、むっとランサーは不満そうな顔になっていう。
「だからよ、以前の約束通りアサシンの奴は全力で叩き潰してやったぜ。俺にいうことあるんじゃねえのか?」
言うこと……だと? 何をおかしなことをいうんだ。
サーヴァントがサーヴァントを倒すのは当たり前の行動だろう、たわけ。
そう思ってつい訝しむような視線になりかける私を前に、士郎は苦笑しながらフォローするように朗らかに次のようなことを言った。
「あのさ、シロねえ、ランサーはアンタに褒められたいんだ」
む? 何故私に?
……いや、それより、おい士郎。何故そんな困ったようなものを見る目で私を見る。
目前のランサーに視線を戻す、何かを期待するような顔だ。
ふ、殴っても構わんのだろう?
そんな天の声が聞こえたような気がしたが、そうだな、礼を言うくらいやぶさかでないか。
いくら私が仕込んでいるといっても、士郎はサーヴァントに対抗出来るほど強いわけではない。
戦闘センスがいいがそれだけだ。あと少し遅ければ今頃倒れていたのは士郎のほうだっただろう。
そう思い直して次のことを告げた。
「礼を言おう、ランサー。士郎を救ってくれて感謝する」
正直ランサーなどに礼を告げるのは複雑な気分である。が、それでもそう口にした。
そんな私に対し、ランサーの奴は不満そうな声でこう続けた。
「おい? なんか誠意が足りない気がすんのは、こりゃあ俺の気のせいか?」
「気のせいだろう」
あっさり流す。
というか、今になって気付いたんだが、この場合ランサーに礼を言うべきなのは私ではなく、士郎なのではないか。何故私に礼を求める。
だが、ランサーも士郎も私が礼を言うべきだという態度でいるのは一体どういう了見なのだ。
そんな諸々のことを懇々と考えはするが、言うだけ徒労に終わりそうな気がしたので、胸のうちに秘めておいた。
「士郎、無事?」
その言葉と共に遅れながらイリヤがたどり着く。
「ああ。ランサーが助けてくれたから、大丈夫だ、イリヤ」
それに安心させるように笑顔で答える士郎。
こういうところが自分とは違いすぎて、見るたび少しだけ複雑な感傷を覚える。
自分とは違う過去の自分の顔を見るのは奇妙なもので、でもこういう態度を見るたび、こいつが自分と同じ歴史を辿ることはないだろうことに安心もまた覚える。
「そう。助かったわ、ランサー」
「俺は俺のやるべきことをやっただけだぜ」
そうイリヤに向かっては答えるランサー。
なら、何故私には礼を求めたのか、と多少の不満を覚えるが、言って場を混乱させるのは本意ではないので黙っておいた。
「それより、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
その言葉を合図に、ピリリっとこの青き槍兵の気配が引き締まった。
「先の坊主の武装、ありゃあアーチャーやアーチェの奴も使ってたのと同じだな。こりゃどういうことだ?」
side.セイバー
サーヴァントの気配が現れ、すぐに消えたそのとき、すぐ傍にいたシロに言われたのは『爺さんの傍にいてくれ』そんな言葉だった。
位置から考えてサーヴァントの出現位置からは私よりランサーが近いからという判断と、もし件のサーヴァントに組んでいる相手がいる場合、動けない切嗣が害されたらという判断から下された言葉であることは私にもわかったけれど、それを聞いた瞬間私が思ったのは、「それは私では役に立たないということなのか」と、そんな感傷だった。
シロにそんなつもりはないだろうことはわかっている。
それでもそう思わずにはいられなかった。
『そもそも君は此度の聖杯戦争では傍観者でいるつもりなのだろう? そして任したのは切嗣の言うとおり家の中での備えだけだ。君に私たちの行動を阻害する資格などない』
そういわれたときのことを連想した。
それは、言外に役立たずなのだと、家の中の守りでさえ任せられないのだと、信用出来ないのだと突きつけられたかのようだ。
そしてそれに言い返せない私がいた。
私はいまだに自分がやるべきことが見えていない。そのくせ、好意のままにズルズルとここに居座っている。
消えることも、動くことも出来ず、停滞している。
それは、あの丘で佇んでいる私とどこが違うのだろう。何が違うというのだろう。
結局私は迷っているだけなのだ。
ぐっと確かめるように右手を握り締める。
それはここに召喚されてからずっと何度も繰り返してきた行為。
願望のために自ら斬り捨て裏切ったマスターの命が終わる瞬間の感触を確かめる戒め。
同じことは繰り返したくない。
でも、斬った重みが、聖杯は穢れていると、私の望みは叶わないのだということを認めることを邪魔する。
(だって、それを認めてしまえば、わたしが斬ったシロウの死が無駄になってしまう。意味をなくしてしまう)
本当はとっくに、この家に住む彼らに力を貸したいと思っている。
同じ過ちを繰り返さないためにもそうありたいと思っている。
けれど、踏み出すための一歩が足りない。
これは、今までの停滞のツケなのでしょうか。わからない。わかりやしない。
ただ悔恨の中、自分が愛し殺した少年を思う。
それに何故か、最近はずっとシロの姿がかぶる。
私を「アルトリア」とそう呼んだ。
この世界に私の真名を知っているものなどいるはずがないのに、アーサー王ではなく、私個人の名を呼んだ。
私は、その理由を彼女に問うのがきっと怖い。
そんなことを思いながら、半死人と貸した昏々と眠り続ける男を見やる。
衛宮切嗣。
第四次聖杯戦争で私のマスターだった男と同一の魂をもつ存在。同じであって違う男。
血の気が引いた白い肌に、やつれた頬と目元。
そのやせ衰えた体はかつて魔術師殺しと呼ばれた存在には見えない。
そして、マスターやシロたちに見せる姿もまた……あまりにも私の記憶する衛宮切嗣と違いすぎた。
こんな男は知らない、とそう思う。
だって、切嗣は私と話したりしなかった。
全て私の意見など聞く価値もないというかのように、流して、何を言おうと戯言としか認識していないかのように振る舞い、あくまで私は道具でしかないとそういう態度を取った、まさしく魔術師である男だった。
だけど、この切嗣は……。
「私は、貴方のこともまた見誤っていたということだろうか」
ぽつりと呟きながら、騎士の誓いをかつて交わした貴婦人のことを思い出す。
アイリスフィール。
冬の姫君。かつて守れなかった女性。
切嗣のことを本当は優しい人なの、とそういって夫への愛を惜しみなく注いでいた慈愛の姫君だった。
今ならわかる。
確かにアイリスフィールは切嗣のことを理解していたのだと。
チクリ、とまた胸が痛む。
背負うべき十字架の重みは更に増えて私の肩へと降り積もっていた。
side.ランサー
場所を敷地内にある道場に移して、俺らは向かい合っていた。
メンバーはアーチェに、嬢ちゃん、坊主に俺と、まあ、セイバーのやつと半死人のここの家主以外の全員だ。
セイバーやここの家主だけをのけ者に本館に置いて来たような状況じゃああるが、あの状態じゃどっちも参加したところで足手纏いだ。
そう思ったのは俺だけじゃないらしく、アーチェの奴も同様の判断を下しているみたいだが、まあ全く同じってわけでもなさそうだ。
それはいいとして本題に入る。
「で、なんでアーチェの奴といい、坊主といい、アーチャーの野郎と同じ剣をもっていた? まさか、ここにきて教えねえとはいわねえだろうな」
はじめて、俺がアーチェの奴があの双剣を出したのを見たとき、俺が思ったのは、アーチェの奴はアーチャーの子孫か何かで、同じ武装が使えるのはそれが受け継いできた宝具であるんじゃないかという可能性……この女は
何せ、アーチャーの野郎も、アーチェの奴も白髪に褐色肌、鋼色の目と同じような外見的特徴だ。
おまけに顔立ちも結構似ているし、こんな変わった色の組み合わせの奴がそうそういるわけもねえ。
自然と考えられる予測としては、先祖と子孫だろうというあたりに落ち着くのは当然っちゃ当然だろう。
だが……坊主まで同じ武装が使えるとなると、話は多少変わってくる。
なにせ、坊主はこの家の養子であり、家族と血のつながりがあるわけじゃあねえってことは確認済みだし、生身の人間で宝具を使える奴がそうそういるわけもねえ。
あまり魔術に頼るのは好きじゃねえが、一応俺とてルーン魔術を修めている身だ。
その辺の魔術師としての都合ってのはわかっているつもりだ。
いや、問題はそこじゃねえか。
坊主が使った双剣は、アーチャーの野郎やアーチェの奴が使ったそれと全く同じじゃない。
「シロねえ」
坊主は、俺の視線に多少居心地悪そうにしながら、アーチェの奴に視線で伺いを立てる。
話していいかとたずねているんだとわかった。
嬢ちゃんもまた、アーチェのやつの反応を待っている。
アーチェの奴はやれやれとでも言いた気にため息を一つついて、それからちらりと俺を見、言った。
「誤魔化されてくれる気は……なさそうらしいな」
「無理に聞くのは趣味じゃねえが、そういって見逃してやれるほど小さな問題とは思えねえからな。仲間内で隠し事なんぞするな。これはこれからの戦いにも関わってくる問題だ、違うか?」
その俺の言葉に覚悟を決めたらしい。
アーチェの奴は、淡々とした声で次のようなことを言った。
「君は魔術師でもあったな」
「ああ」
「
「確か一時的に失われた祭具なんかを魔力で編み出して作る魔術だったな……って、おい、まさか」
それに、ふっと口元だけその女は皮肉気にゆがめた。
「そのまさかだよ。私も士郎も、投影魔術師だ」
彼のアーチャーもな。
発音にのせず、唇の動きだけでそう続いた気がした。
驚きは一瞬、だがそれはすぐに過ぎ去り、ああそういうことかと次に襲ったのは納得だった。
そんな俺を見て、心外そうな顔をしてその女は俺を覗き込むように見上げた。
「君は、おかしくは思わないのか」
「何がだ? 宝具すら魔術で作って見せれることをか?」
そこで押し黙る女。図星か。
「確かにすげえとは思うが、まあいいんじゃねえのか。そういう特技もありだろうよ」
「そう軽く流せる問題とは思えないのだがね」
そうため息混じりに言うアーチェ。
まあ、このことを明かす危険性などはこれでも一応魔術の薫陶を受けた身だ。わからんでもない。
だが、魔術師である前に俺は戦士だ。だからどうしたといいたい。
最も、隣でそんな俺とアーチェのやりとりを見ている坊主のほうは、宝具すら作れる投影魔術師という存在の危険性とか理解してねぇのか、ただ俺とこいつの成り行きを見守っている。
まあ、危険性を理解していない奴がいるってのは確かに問題だな。
「このことは口外無用よ」
ここで、今まで黙って俺とアーチェのやりとりを見ていた嬢ちゃんが口を出した。
その目には強い意志が篭っており、坊主とアーチェの奴を危険にさらしたら許さないという想いが強く込められている。それに思わず内心微笑ましくなる。いい女だと思う。
「安心しろ、言いふらす気なんぞねえ」
「どうかしら」
そういう顔は全く持って俺を信用していないと言いたげな顔だった。
「なんなら、誓ってもいい」
そこまでいうと、俺の『誓い』がどういうものなのか理解している様子のアーチェの奴は、「イリヤ、ランサーは大丈夫だろう」そうフォローするように口にした。
それに、嬢ちゃんの警戒が少しだけ下がる。
それから、アーチェの奴は話題を変えるつもりでいるのだろう、こほん、一つ咳払いをしてその合図にした。
「
すっと、鋼色の目に戦士の光を宿して、女は姿勢を正した。
(……お?)
それに僅かな驚きを覚える。ここのところ見れなかった顔だ。
俺がこの女に惹かれた理由ともいえるそれを見て、俺はじっくりと女を見直す。
女はここのところ鬱々と抱え込んでいた何かから開放されたかのように、どこか、吹っ切れたような色がある。
「士郎は此処で
「シロねえ?」
その指図に、違和感を覚えたような顔で坊主がアーチェを見る。
当然の反応といえるだろう。
今まではずっと、ここの家主やセイバーの奴といるのは専らアーチェの奴の役目だったんだから。
ここで、わざわざ坊主を指名したってことは、もう家に篭るつもりがないと宣言したも同然だろう。
それをわかっているだろう、嬢ちゃんは表情には出してないがどことなく不安そうな様子で尋ねた。
「シロはどうするの」
「私は、あの影を追う。家の事は士郎に任せる」
きっぱりと言い切ったそれに、嬢ちゃんは息を呑んだ。
「シロねえ!」
怒鳴るように坊主が声を上げた。
けれど、微塵も揺るがずに淡々とアーチェは続けた。
「追おうと思うなよ、士郎。これは私が決めたことだ。爺さんを放り出し、セイバーを放り出してまでオマエは追うような愚を犯すまい?」
ようするに、追えば許さないといいたいらしい。
それに、大して嬢ちゃんは苦虫を噛み潰すような声で、低く呟いた。
「一つ、約束しなさい、シロ」
「……」
「どんなに無茶をしても、何を犠牲にしても、自分の身を犠牲にするような選択をしないで」
「イリヤ!?」
止めなかった嬢ちゃんに坊主は驚くような声を上げる。
だが、嬢ちゃんが止めないことは当然だろう。
だって、嬢ちゃんはアーチェの奴が言い出したらきかないことをわかっていたような節がある。
その上で出した妥協案がこれだったのだろう。
精一杯の愛情と想いを込めてかけられた言葉。それに対して、僅か目元にアーチェの奴は困ったような色をのせる。
「イリヤ、それは……」
「約束して。でないとわたしは、許さない」
その声の震えに当然気付いているんだろう。
でも、だからこそぎゅっと眉間に皺を寄せて、アーチェの奴は押し黙り、数秒の空白を得てから一言。
「……善処はしよう」
ふいと、視線を逸らしてアーチェのやつはそういった。
それがきっと精一杯の返答だった。
side.遠坂凛
遅い朝食兼昼食を口にしながら、わたしはこれまでのことに思いを馳せる。
結局のところ、何の進展すらもなく、昨日もまたわたしは一般人の犠牲者を容認してしまった。
おそらくは間違いなく桜の仕業なのだろうと思う。
桜。
幼くして間桐に養子に出されたわたしの妹。
どこにいったのかはわからない。対処する術があるわけじゃない。
とりあえずわかったことは、今の桜は間桐邸にいるわけじゃないということ。
昨夜一晩間桐邸を見張っていたけれど、桜は不在のまま戻ってくることすらなかった。
それに焦燥が湧く。
ジリジリと肌を焦がすような緊張。
それに対してアーチャーはこのままじゃ私のほうが先に倒れかねないと、夜明けごろ家で休息をとることを進言した。
曰く、「疲労した状態でなんとかなる相手ではなかろう。万全の体調を整えることも君の仕事だ」と。
心配をかけちゃっていると思う。
先日のていたらくを思えばそれも仕方ないのかもしれない。
そんな自分が少し情けなくはあるけど、パンと自分の頬を張ってそんな弱気な考えは追い出した。
カレンダーと時計に目をやる。2月11日の午後3時46分。
あと少しで第五次聖杯戦争が開始から2週間となる。
通常聖杯戦争は2週間くらいの期間であるっていうけど、脱落したサーヴァントはそう多くはない。
いえ、最早事態は聖杯戦争どころじゃないことになっている。
それにため息をこぼしたくなる。
父さんから譲られたこの土地で一般人に被害を出してしまった。
わたしは冬木のセカンドオーナーなのに、この地の管理人だっていうのになんて情けないのだろう。
そしてそれを妹である桜がやったってことが尚更重い事実としてのしかかる。
だけど、それに素直に潰されてあげるほどわたしはやさしくもない。
ぐいっと、アーチャーが淹れた紅茶を飲み干して気を入れ替える。
「アーチャー、出かけるわよ」
「了解した。ところで、行き先は決めているのだろう? まさか、決めてないとはいうまい」
霊体から実体化し、いつもの皮肉そうな口調でアーチャーはそう口にする。
そんな変わらない様子に安堵を覚える。
「ええ、決めてあるわ。円蔵山にいくわよ」
最初にあの影が出現したのはあそこだった。
もしかしたら何か見落としていたヒントがあったかもしれない。
そう思って私はその行き先を決定した。
side.イリヤスフィール
結局、わたしはシロから確実な約束を取り付けることが出来なかった。
そのことを少し悔しいと思う。
わかっている。
わかっていた。
いざとなればシロが全部投げ出してでも誰かを救おうとする、自分の命を勘定に入れないような歪な性根の持ち主だってことくらい、ずっと前から知っていた。
でも、だからこそ安心していた。
わたしたちの願いを受けて、この第五次聖杯戦争でシロは殆ど動かず家でじっとしてくれていたから。
いつ出て行くと言い出すのかとひやひやしつつもそれでも安心していた。
危険に向かわないのなら、シロが自分の命を投げ出す可能性もずっと低くなるはずだから。
それでシロがずっと焦燥を覚えていたことは知っていた。
セイバーとぎくしゃくしていたのも、自分が不用意に家から離れられないことについての苛立ちもきっとあったんだと思う。
何もせずに家でじっとしていられるような性分じゃないんだって、わたしはちゃんとわかっているつもりだった。だから、今回のこれはいつか言い出すと思っていたことだった。
きっと、シロは家でじっとしているなんて出来ないから、いつかは言い出すことだと思っていた。
それを仕方ないと心のどこかで思いつつも、それでもそんなときがこないでほしいと思っていた。
そしてそのときが今日来た。
それでも、『善処はしよう』という言葉を聞けただけでも僥倖だったとは思う。
シロの無茶しないなんて言葉は全く信用出来ないけれど、それでもわたしの想いを伝えている以上、きっと無下にはしないでくれるだろうから、自分の命をかけるのは最終手段にしてくれるとは思う。
これは希望的観測かもしれないけど。
でもそう信じたかった。
(駄目ね)
わたしがこんなんじゃ、士郎が心配しちゃう。そう思って苦笑いをこぼす。
「坊主に声をかけていかないのか?」
玄関口で、すっと実体化したランサーに声をかけられる。
それに多少むっとしながらも、淡々と告げた。
「言わない。言ったら、士郎はわたしについていきたくなるもの。それにどうせわたしが出ようとしていること自体はわかっている。弟が我慢しているんだから、お姉ちゃんのわたしも我慢しなきゃ」
「素直じゃねえなあ」
「余計なお世話。さっさと霊体化してなさい」
そう命令を下して、わたしは家を出た。
そうして歩きながら念話でランサーに尋ねる。
『ねえ、ランサー。本当にコトミネの行方に心当たりは無いの』
『全くねえな』
『そう、役立たずね』
『酷ぇ!?』
とりあえず目的は新都だ。
そうして歩き、公園への道をつっきって橋を渡ろうとして……その時気付いた。
『嬢ちゃん、こいつは』
「この……気配」
僅からながらに漂う闇の匂い。影の眷属。
ざわりと、嫌な予感が包む。
だけど、わたしは敢えて追った。
心臓がバクバクと音を立てて、まさか、そんな思いがこみ上げる。
そうしてふらふらと動くそれを遠目に見た。
「……桜……!?」
一瞬だけわたしの目に映った光景。
例の影に包まれ、自失呆然の体で涙を流しながら歩く、白髪赤眼の間桐桜。
「桜っ!」
どうしてとやはりが混ざり合いながら、わたしは走った。
「ぁ、ぁ、ぁああ」
桜はワナワナと震えながら、顔を覆った。
次の瞬間ぶわりと桜は体ごと影に全て包まれる。
「嬢ちゃん!」
ランサーは怒鳴るように声を上げると、槍を抱えてわたしの矢面に立つ。次の瞬間だった。
ガギリと、鋭い刃物と刃物が打ち合う音がした。
「こりゃあ、一体どうなってんだろうな?」
ランサーの視線の先、そこにいたのは巨大な蛇。
「てっきり、テメエは退場したと思ってたぜ、ライダー!」
以前会った時よりより禍々しく、昏き闇の気配を纏って蘇った黒き従者、それがそこにいた。
NEXT?