新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
おまたせしました。今回は某魔術師殺しが漸く久しぶりにまともな出番でございます。
あと戦いがはじまるとか前回書いちゃったけど、戦いは戦いでもかくれんぼという名の戦いですがなにか?
うん、チートって怖いね。ほし。


27.銃弾一つ

 

 

 

 頭の奥でお爺様の声が響く。

 アインツベルンの聖杯を手にしろと、喚くような声が聞こえる。

 わかっています。

 ええ、わかっています。

 わたしは、雁夜おじさんとは違いますから。

 くすくすと笑ってゴーゴー。

 白いシロイ子ヤギさん、どこにいるのかなぁ?

 出ておいで、出ておいで。

 隠れちゃっても無駄ですよ?

 わたしが鬼であなたが子ヤギ。

 かくれんぼの真似事はもうおしまい。

 小さな抵抗は食べちゃいたいくらい可愛いけれど、種目を間違うのは駄目です。

 悪い子にはお仕置きが必要です、そうですよね。

 だってこれはかくれんぼじゃなくて、鬼ごっこなんだもの。

 くすくす、くすくすと(わたし)の声が森に響いた。

 

 

 

 

 

 

  銃弾一つ

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 舞弥からの連絡があったのは、昨日の夜のことだった。

 桜があの影で間違いないといった彼女は、同時にとんでもないことを告げた。

『私は、出来る限り桜を救いたいと思っています。もしも、私がそれで切嗣の邪魔になった時は……私毎切り捨ててください』

 そう、確かに言ったのだ。

 馬鹿な早まるなと若かりし頃の私ならば言ったかもしれない。

 だけど、私はそれに『そうか』とだけ返事を返して電話を切った。

 覚悟なんてとうに出来ているだろう。久宇舞弥はそういう人だ。

 私は舞弥とは違い、桜を殺すべきだと思っている。

 多くの人を殺めた桜が元に戻ることはないだろう。

 仮に戻れたとしても、その時は自分が多くの人間を殺したという事実が残るだけだ。

 果たして、あの間桐桜がそれに耐え切れるのだろうか?

 普段の桜はとても他人想いな優しい少女だった。

 そんな彼女が自分が人を殺めたという事実を果たして許容出来るのか?

 そんなものを背負って生きていくよりは、狂ったまま死ねるほうが幸せなのではないだろうか。

 そう思う心と、早く彼女を仕留めねば被害が広がるという冷静な掃除屋としての分析でもって、桜は殺すべきだと思う。

 そもそも、私の生き方というものこそがまさにそういうものだった。

 危険であろう1を摘み取ることによって大勢を救おうと為した歪な正義の味方。それが私だった。

 ここで桜だけを特別視することは出来ない。

 それに……桜の変貌には私にも少なからず責任はあるだろう。

 あれほど近くにいながらにして、何も気付けなかったのは私のミスだ。

 ならばいっそ、彼女がこれ以上罪を重ねる前に、この手で殺めることこそが慈悲であり、彼女への贖罪にさえ思えた。

 だけど、そう思う心と同時に、ある事柄も脳裏を掠める。

 何かの目的をもって、誰かの意思によって私は此処へ送られた。その理由はわからない。

 もしかするとその理由を考えることこそが、『彼女』から出された宿題なのかもしれなかった。

(別の答えを見つけろ、か)

 そう『彼女』は言っているような気がした。

 どうせ舞台はもうすぐ閉じる。ならば、それまでの刹那見届けよう。

 ほんの少しの猶予くらいあってもいいだろう。

 殺すべきとは思うが、それでも私は桜を殺したいというわけではない。助けたいと思う自分もいる。

 それでもそのときになったら殺せるのが自分という存在なだけだ。

 だから、本当にこれ以上は駄目なギリギリまで、舞弥のことも見守ろう。

 助けられる道があれば、それを可能なら模索しよう。

 最初っから諦めるのはもういい。

 救えない筈の存在を救おうと足掻いていた、馬鹿だった頃の自分に戻ってしまえ。

 そんな風に思えた、思えてしまった自分に泣きそうな目で苦笑した。

(ああ、やはり無理だ)

 10年という月日は短いようで長い。

 1度はこの身を投げ出してでも影を止めに行こうと、掃除屋であった頃の己に戻ろうと思っていたのに、なのにこんなに私は変質してしまった。こんなに私は弱くなってしまったんだ。

 滑稽なことに、己が死者だという身の程であるにも関わらず。

 この世界の士郎を想った。

 オレと同じでありながらにして別人である存在。

 同じ魂を持ちながら、なのにどうしようも違った太陽のような笑顔の少年。

 こんな未来もありえていたのだと、あいつの存在は私に思い知らす。

 本当は変われていたのではないかって、他の答えだってありえていたのだって、そう思わせるのだ、あいつは。

 もしかしたら、あいつがいれば大丈夫なのかもしれないと。賭けてしまいそうになる。

 どうしてだ、なんでだ○○。

 なんでオレにこんな泡沫の夢に等しい希望を見せた。

 これを知らなければ、オレは昔のままであれたのに。

 

 そんなことを思いながら、私は切嗣(じいさん)とセイバーとの3人で居間にいた。

 イリヤ達はいない。

 今頃は大橋あたりを渡っている頃だろう。部屋に静寂が満ちる。

切嗣(じいさん)

 呼びなれた名を、マスターでもある養父の名を呼ぶ。

 愛用のノートパソコンを開いていた切嗣はそのままにして座して眠っていた。

 青白い顔、落ち窪んだ瞳、まるで幽鬼のような姿。

 こうしていると、眠っているというより、まるで死んでいるように見える。

切嗣(じいさん)

 2度目の呼びかけを前にして、ふと黒炭に何処か似た瞳が開かれた。

「ああ……シロ、なんだい?」

 うっすらと口元に笑みを浮かべて、濁った瞳で微笑む。

 私が見えているのかすら疑わしい反応。

 切嗣から最も遠い席に座っている少女は何も言わず、ちらりとそれを横目で見ながらすぐに目を伏せた。

 彼女は、この切嗣ではないとはいえ、『衛宮切嗣』という男を知っている。

 そんな彼女から見れば、今の切嗣は痛ましすぎて見ていられないのかも知れなかった。

「……少しは休め。根を詰め過ぎると体を壊す。茶を淹れた、休息にするといい」

 いいながら熱い緑茶を渡す。

 本当はとっくに体は壊れている。其れを知ってて知らないフリをした言葉を繰り返す。いつものことだ。

「ああ、ありがとう。シロ」

 そういって微笑みながら受け取る切嗣。

 こちらも、わかっていて知らないフリをして返す。

 これが私たちの日常でもあった。

「……貴方がたは嘘吐きだ……」

 ぼそりと、清涼な少女の声が小さく吐かれる。

「何か言ったかね? 君の分だ。ゆっくり味わいたまえ」

「なんでもありません。いただきます」

 とぼけて返してそのままセイバーの分の緑茶とお茶請けの饅頭を差し出した。

 それに、セイバーも追求するでなく受け止める。会話は終わった。

 カタカタと、暫し室内に切嗣の操作するパソコンの音だけが響いた。さて、どうしようか。

 そう思っていたときだった。

「……っ」

 切嗣の顔色が変わった。

 其れを見て、私も切嗣のパソコンを覗き込む。

 そこに映っていた光景、それは画質は荒いが間違いはない。アインツベルンの森へと侵入しようとしている影を纏った少女……間桐桜の姿に違いがなかった。

 彼女がこうしてアインツベルンの森に侵入した目的は何なのか、彼女が御三家の一角であることを思えば、考えたらすぐにわかる答えだ。

 焦燥するように、ある1つの事実を思い出した目で画面を険しく見た切嗣。

 思い浮かぶは5日程前の出来事で、おそらくは切嗣が考えている内容もそれに違いないだろうと当たりをつけた。

 ばっと、爺さんが立ち上がり、時間が惜しいとばかりに行動を始める。

 其れを見て私も習うように歩く。

 セイバー1人だけが事態を察することが出来ず、展開に置いて行かれた。

 慌てて少女は私達を追いかける。

 その翡翠の瞳は生真面目な色を宿していた。

「待ちなさい、貴方がたはどこに行こうというのですか?」

「君には関係がない」

 自身の部屋に向かい、黒い闇に溶け込むようなコートを羽織ながら武装を纏めている切嗣は、さらりと、流れるような調子で言った。

「関係なくはありません。私はこの家の留守を預かっているのです。アサシンが今だ消えていないことをお忘れですか? こんなときにサーヴァントもなしにどこかに行こうなんてどうかしています」

「そうだな。わかっているよ。でも君に任せたのはこの家の中についての守りだけだ。勝手に出て行こうとしている僕たちのことなど放っておけばいい」

 少しだけ苛立ち混じりに切嗣はそう吐き捨てた。

 そうこうしているうちに準備が整う。

「行こう、シロ。悪いけど運転は任せるよ」

「待ちなさい、話は終わってません。シロ、貴女からも切嗣に言ってやってください」

「セイバー」

 私は少しだけの哀れみで少女を見ると、すぐに顔を引き締め、いまだ事態を飲み込めていない彼女を相手に突き放す声で言った。

「これは最初からの方針通りの展開だ、君が気にすることではない」

「え?」

 こう返されるとは思っていなかったのか、彼女の動きが一瞬止まる。

「そもそも君は此度の聖杯戦争では傍観者でいるつもりなのだろう? そして任したのは切嗣の言うとおり家の中での備えだけだ。君に私たちの行動を阻害する資格などない」

「……!」

 その私の言葉にセイバーは怯んだ。

 私と切嗣は2人揃って玄関へと向かう。彼女がこの言葉に反論できないのは予想がついていたことだ。

 それを意識してこの言葉を選んだ。

 長々とこれからの行動を彼女に説明するわけにはいかない。時間的にもそれ以外の理由でも。

 だからはっきりと拒絶だけを示して、説明をしたりはしない。

 彼女を置いてけぼりにするように切嗣と歩く。

 ふらりと、金髪の少女が自信なさ気な足取りでついてくる。

「私は……」

 返事を聞かず、切嗣と2人で車に乗り込む。

 そして無情にも現代科学の発展によって生まれた黒鉄の箱を発進させる。

 ぎゅっと血が出そうなほど手を握り締め、かける言葉を失った小さな騎士王の姿を私達が見ることはなく、少女はぽつんと1人、大きな屋敷に取り残された。

 後には静寂だけが残るのみだった。

 

 

 

 side.レイリスフィール

 

 

 私にとって、この森は大爺様から与えられた私の一部であり、従者だった。

 敵はきっと私を目指して前進している。

 もしかすると……いえ高い確率であの城にいるものと思って狙ってきているのかもしれない。

 それを自覚している私は、森に張っている術式を通して、幻術を駆使しながら、そうして目くらましをかけて、敵たる影が進入した方向とは逆方角を目指してひたすらに走っていた。

 力を使いながら、人間の子供と大差のない身体能力の体を駆使し、全力で走りゆくことに小さな体が悲鳴を上げる。それを無視してただひた走った。

『子ヤギさーん、どこですかー? くすくす、そんなことをしても無駄ですよ?』

 そんなことを言い放っている女の声が忌々しい。

 汚らわしき間桐の杯たる女は、ずぶずぶと森の気を喰らい、楽しむように破壊しながら歩く。

 幻覚ごと喰らって進む女は尋常とは言いがたかった。

 いえ、異常そのものだと言えた。

 ……本当に気味が悪い。

 はぁ、はぁと息が切れる。ドグリドグリと人間の其れとは異なる私の心の臓が早鐘を叩き付ける勢いで奏でる。汗が流れ落ちる。

 何故こうも、大人と子供には大きな格差があるというのか。

 このままでは駄目だ。

 このままではいずれ追いつかれる。

 子供の体力で逃げ切れるわけがない。

 いえ、そうはならない。なってはいけない。

 だって、私は最後まで生き残らないといけないのだから、あんなものに捕まるわけにはいかない。

 自分と相手の戦力差がわらかぬほど私は愚かではない。

 あれはサーヴァントを殺すもの。そして、聖杯を侵食するものだ。

 絶対に私が聖杯(わたし)だからこそ捕まってはいけない存在。最悪の外敵。

 そうこうするうちに、ジワリと侵食が始まる気配がした。

 ザワザワとソレが騒ぎ出す。

 嗚呼内なる仇敵が目覚める。

 私を食い破ろうと、牙を(もた)げた。

「……お黙りなさい」

 ぐっと、右手で左胸を抑えながら、ソレに集中する。

 汗がまたぽたりと落ちる。

「オマエなど、お呼びではないの」

 勝手に私の魔力を喰らい実像を結ぼうとしていた狂戦士が止まった。

 本当に忌々しい。どこまで私の邪魔をするのか。

 気付けば今すぐにでも臥せってしまいたいほどに消耗してしまった己に気付く。

 駄目だ、そんなことをしているわけにはいかない。アレが来てしまう。

 ここは生き残るために、目的を果たすためにも、逃げなければ。

 アレに捕まるそんな末路は許容出来ない。

 逃げなければ、動いて、動け、立つのよ、私。動くの。

 ずるり、と足を引きずって這うようにして歩く、動く。

 ガンガンと頭が割れるように痛い。まるで酸欠。

 かまわない。痛みなんて、慣れている、そうでしょう?

 大丈夫、動ける。

 動け、一歩でも二歩でも遠く、遠くに。

 アレは万能じゃない。

 そう、これは鬼ごっこではなく、かくれんぼ。

 アレが諦めたらそうしたら私の勝ちなのだから。だから、動け。

 そうする合間にも森の結界が食われていく。

 その過負荷もまた私の上にのしかかる。吐きそうなほどに頭が痛い。

 耐える。

 かみ締めた唇がぷつりと割れて血を流した。

 暴れだそうとする狂戦士をねじ伏せながら、一歩でも遠くに歩く。

 そうして、無様に転げた先で目にしたのは。

「ふふ、見つけちゃいました」

 そう笑う黒き聖杯の少女でした。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 冬木大橋を越え、新都へと入った俺達は、教会への道を歩いていた。

「教会に来るのって初めてだな」

 ぽつりと、そう呟く。

「行かなくていいところよ。本当なら一生士郎とは無縁であってほしいところだったわ」

 それに対して、少しだけ怒ったような声音でイリヤはそんな言葉を返した。

「イリヤは行ったことがあるのか?」

 少しだけ驚きながらそう口にする。

 だって、イリヤがあの教会に行ったことがあるなんて聞いたことないし、イリヤは昔っからこういうのはなんだが、俺べったりだった。

 それが1人でこんな家から遠く離れた教会まで来るなんてこと、想像だにもしなかったからだ。

「ううん。でも、コトミネキレイが神父を務めている教会って時点で碌でもないと察しはつくわ」

 それに反応したのは霊体から実体に移行したランサーだった。

「なんだ。嬢ちゃんは言峰の野郎と面識があったのか?」

「直接はないけど、色々と話は聞いていたわ。それよりランサー、無闇に実体になるのは止めなさい」

 サラリとした声でそんな言葉をイリヤは返す。

 それに「わかったよ」とランサーはけだるげな声で口にして、また霊体へと戻った。

 教会にはもう間も無く着く。

(そういえば……)

 ふと、あることを思い出した。

 10年前の大火災で、俺がいた地域で生き残ったのは俺だけだった。

 だけど、その後入院した病院では、別の地区で大火災にあった子供達もいた。

 あの子達は新都の教会にその後引き取られたと聞く。

 彼らはどうしているのだろうか。

 これから向かおうとしている教会に今も住んでいるとかは思えないし、それはないとは思うけれど、それでもどこか知らないところに引き取られてたにしても、彼らが元気であってくれてたらと、そんなことをぼんやりと考える。

 彼らとは、病院を退院してから一度も会ったことはないけれど、だからこそ今気になった。

「士郎、気持ちを引き締めて。……入るわ」

 言う間に教会へとたどり着く。

 それにああと答えて腕と胸につけた武装に強化の魔術を施す。けれど、意を決して入った其処に人のいる気配はなかった。

 ランサーもまた実体化して、言峰の気配がないことを告げる。

「わたし達が来ることを察して逃げた?」

 イリヤは思わずそう呟くが、それもまた違う気がした。

 強いて言うのならば、此処を捨てて別の拠点に移った……というほうがしっくりくるようなそんな気がしている。

「とりあえず、もう少し調べていきましょう」

 そのイリヤの言葉に同意して奥へと進んでいく。そして俺はそれを見つけた。

「地下室への入り口……?」

 1つの階段。1つの世界への入り口。

 それに言葉に上手く出来ない嫌な感覚が付きまとう。

 この先に進めば知りたくない事実を知ってしまいそうな、逃げ道を失いそうなそんな感情。

 何を考えているんだ、俺は。

 気付けばじわりと汗の玉が手に浮いている。ドクドクと心臓が嫌な音色を奏でていた。

 だけど俺はそこに一歩踏み込んだ。

「坊主?」

 後ろから聞こえるランサーの声も気にはならなかった。

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 6日前のあの日、ある1つの事実を知ったその時から、僕は何度も何度もその悪夢ばかりを繰り返し見ていた。

 それは、助けられなかった(イリヤ)が、息子(しろう)を狂戦士を従えて殺しに来る光景だったり、あの日アンリ・マユの中で撃ち殺した妻の幻影だったり、知りもしない筈のイリヤの死に顔だったりもした。

 どの夢だろうとたどり着く帰結はいつも同じだ。

 あのレイリスフィールと名乗ったあの子とアイリスフィールが同化し、血みどろで僕への呪いの言葉を吐きかける。そんな光景ばかりを見ていた。

 夢の中のアイリが『裏切ったわね、切嗣』とそう吐きかける。吐き捨てる。

 自分は死んだのに、あの子を救ってあげもしないで、何故のうのうと生きているのかと、責め、罵倒する。

 その顔はまたレイリスフィールに変わり、アイリスフィールへと変わる。

 声が同じな2人は、その差をなくし同化していくのだ。

 それも当然なのだろう。どちらも冬の聖女ユスティーツァから作られた聖杯の系譜なのだから。

 たとえそう認識していなかろうと、母子には違いない。

 あの子は……僕の罪の証。

 確かに『幸せ』だったその10年間の代償を負わされていた存在。

 たとえ、知ったのがつい数日前であろうとあの子も僕の娘には違いないのだから。

 だから、『正義の味方』であることよりも『父親』であることをとった僕は、だからこそあの子を守らないといけないとそう思ったんだ。そうでないといけないと思ったんだ。

『あの子は……わたしじゃないわよ?』

『キリツグはわかっていない』

 そう口にしたイリヤはおそらく正しい。

 だけど、それでも僕は、きっと罪滅ぼしをする相手を欲していた。

 

切嗣(じいさん)

 僕に代わり、車の運転をしていた(シロ)が険しい横顔を見せながらいう。

「貴方は馬鹿だ」

 乾いた声音が震えたように聞こえたのは、気のせいだったのか、今の僕にはわからない。

「うん、知ってる」

 目を細めていう。

 シロの運転は更に荒々しさを増し、木の枝を折るようにして森へと突き進んでいく。

 もう間も無く着くだろう。

 それを見計らって、かつて稀代の人形師から譲り受けた魔術薬を3つ口に含んだ。

 車をスピンさせ、シロが武装する。隙に僕は己の武装を背負って駆ける。

 ほんの数分前とはまるで別人のように体が軽い。

 視力が澄み渡る。そして見た。

 ふらつき、木の枝に足を取られて転がったレイリスフィールと、黒き影を従えた間桐桜の姿。

 距離にして100m強離れて二人は互いを見つめていた。

「ふふ、見つけちゃいました」

 楽しげにかつてと変貌した少女が言う。

 それに、レイリスフィールは答えない。睨みながら、必死に立ち上がろうとして、上手くいってない。そんな風に見えた。

 幸いにも、互いだけを見ている2人は僕の存在に気付いていない。

 だから僕は。

固有時制御、二倍速(Time alter---double accel)ッ!」

 瞬時に2人の間に割り込めた。

 双方の少女が驚きに目を見開く。

 ついで、目前のかつて藤色だった髪の少女は目を怒りに見開き、憎しみの言葉を放つ。

「邪魔を、しないで!」

 影の触手を振るい、感情を隠さずにぶつけてくる少女。

 ソレを前にして僕は、魔術師殺しの異名を取る由来にもなったかの相棒を、トンプソン・コンテンダーを手に間桐桜に照準を合わせて、これを撃った。

 そこに込められている銃弾は一つ。

 この弾丸で撃たれた対象は、衛宮切嗣(じゅつしゃ)自身の起源である「切断」と「結合」を体現する。

 故にこそ名は起源弾。

 切断と結合を同時に行うという意味は「不可逆の変質」であり、これを込められた弾を魔術的な手段で防護しようとすれば、魔術回路の暴走という形で収束を迎える。

 これで一度は生き残ったのはかのロード・エルメロイのみ。

 他の37発の弾丸を使用した37人は全て悉くその身を己の魔力で破壊せしめて死んできた。

 まさに魔術師を殺すためだけに特化した武装概念。其れを今放った。

 そう、それが示すもの。

 ―――――……此処に今、10年ぶりに蘇った魔術師殺しの、新たな犠牲者が生まれようとしていた。

 

 

  NEXT?

 

 


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