新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
前回感想数ゼロに地味に凹んだりしましたが、まあ多分これからも月数回の更新スペースで進んでいくと思います。



26.アインツベルンの森

 

 

 

 私は殺す。

 私が殺す。

 望み続けていたそれを殺すその時まで、悲願を果たすその時まで私は死なない。

 死ぬものか。

 誰にも喰われてなどやるものか。

 全てを喰らうのは私だ。

 あの時、あの夜にそう決めた。

 だから、私は……。

 

 

 

 

 

  アインツベルンの森

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

「それで、貴女はどうするつもり?」

 あれから、八つ当たり交じりに壊せるだけ壊してから間桐の家を出たわたしは、30代半ばほどの黒衣の女性に向かってそんな言葉でもって問いかけた。

 彼女は黒曜石を写し込んだような切れ長の目でわたしを見つつ、答えずに佇んでいた。

「ひょっとしてとは思うけど……貴女、桜を救いたいとか思ってる?」

「…………」

 無言、それはそれであっているのだと肯定しているも同然の反応。

「……桜が何をしたのか、貴女は知っているはずよね」

 確認するためにそう口にした。

 じっとわたしを見てくる黒き眼は、やっぱりそれくらいわかっているのだということを告げている。

 そんな彼女の態度に、桜の姉としてのわたしは、嬉しくも有り哀しくもある。

 そんなわたしを見透かすかのように、舞弥さんはぽつり、静かな声音で次のようなことを口にした。

「……貴女は違うというのですか?」

 きっと彼女が思い出しているのは、先ほどまでわたしが隠しもせずに放っていた間桐への憤りなのだろう。

 そうだ、なんで11年も放っておいてしまったんだろう。

 11年前のあの時、乗り込んでしまえばよかったと、そんな風に思ってしまったわたしの心を見透かすように、黒曜石の瞳はわたしを見ていた。

「……桜は何の関係もない街の人に危害を……いいえ、殺害をした。魔術を隠すこともなく、ね。わたしの管理地でそんな所業、どんな理由があろうと許されることじゃないわ。わたしは、冬木のセカンドオーナーとして、遠坂の魔術師として、あの子を殺す」

 決意を込めてそう吐き出す。

「だからね、舞弥さん。あなたが、次会った時あの子を守ろうとするのなら、あなたはわたしの敵。その意味、わかるわよね」

 そう睨みさえして告げる。

 彼女は動じない。表情1つ変えずにわたしの顔を見ていた。

 それに震えそうになる錯覚を覚える。

 勿論ただの錯覚。そんな無様な真似を実際に表に出すほどわたしは弱くはない。

 やがてぽつりと、黒衣の女は呟いた。

「それがあなたの答えですか」

 その無表情な黒い瞳がどことなく哀れむようにさえ見えた。

「いいでしょう。次に会ったときは敵ということですね。しかし、凛。……わたしにはあなたが無理をしてそう口にしているように見えます」

 その言葉にギクリとした。

 舞弥さんはそんなわたしの顔を見るよりも先に背を向け、去っていく。

 そうして見えなくなるほど遠ざかった後、わたしは唇をかみ締めながら、ぎゅっと右手を強く握り締めつつ、遠坂の家に向かいながら先ほどの彼女の言葉を思い続けていた。

『……貴女は違うというのですか?』

(わたしだって……)

 助けられるものなら助けたいわよ。だって桜はわたしのたった1人の妹なんだから……。

 どんなになったって、忘れたことはなかった。

 あの赤毛の同級生やイリヤの前でだけ優しく笑うその姿や、弓道部で頑張っていた姿。離れていても遠く今までだって見守ってきた。桜があんな目にあっていたなんて思いもしなかった。

 いや、思いたくもなかった。

 桜は幸せにやっているんだって、そう信じたかった。

 わたしが魔術の修行で苦しい思いをしている分、あの子はそんなことはないんだって。

 だからどんな痛みを伴う魔術を使ってもわたしはちっとも辛くないんだって、そう思いながら生きてきた。

 だけど、だけど。

 昨夜のあの子の姿を思い出す。

 白髪に紅色の瞳の妖艶なる魔性の姿。

 その瞳に光はなく、深遠な闇だけがそこにはあった。

 そうして敵として認識して殺意を向けた先で、壊れた人形のような雰囲気を纏ったあの子が言った言葉。

『酷いなぁ。酷いですよ、先輩。わたし、ずっと待ってたのに。助けてもくれないくせに、酷いなぁ。酷い、酷い。わたし今まで我慢してきたの馬鹿みたいじゃないですか』

 つまり、『我慢』をあの子はもうやめたのだろう。きっとあの子はもう戻れない。

 だったら、だったらせめて他の誰でもないわたしの手で殺してあげる。

 それこそが、わたしに残された最善手だと思えた。

『凛』

 ふと、念話で自分の従者たる男に話しかけられた。

「アーチャー……何?」

『ついたぞ。全く、気を抜きすぎではないかね? 君は』

 呆れるように言われ、はたと我に返って確かに遠坂の家についたことに気付き、慌てて開錠の呪文を唱えて家へと入る。

 すっと、そこでアーチャーは実体化して、わたしを見て言った。

「どうも先日から君は変だ。あの桜という娘とオマエは何か特別な関係があるのか?」

 そんなことを真剣な顔をして言う。

「何かあるのなら、言ってみろ。いざという時に迷うようでは、命取りになりかねない」

 ざぁ、と思い出が脳裏をよぎる。

 泣きながらに遠くなっていった桜の背中。まだわたしと同じ黒髪碧眼だった時代のあの子の姿。

 引き取られた先で桜がどんな目にあっているのかも知らず、わたしは、父さんや母さんの言うとおりあの子のことを、幸せでやっているのだからと考えないようにしてきた。

 その結果の、昨日のあの姿。

 目の前の男を見上げる。

 乾いた砂のような白髪に、灼けたような褐色の肌、そして真剣な鋼色の瞳。

 昔からわたしの世話を焼きたがったおかしな女と同色の色を身に纏う、正体不明の赤い弓兵。

 そう、ね。

 正体はいまだわからないけれど、それでもこいつがいい奴だってことは知っている。信用している。

 だから、誰にも言うつもりはなかったのに、言ってしまおうと思った。

「桜は……わたしの妹なの。昔間桐に養子に出された、ね」

 そのわたしの言葉に、アーチャーは目を見開き、僅かに驚きを表にした。

「それだけよ。大丈夫。やれるわ。だからアーチャーが心配しなくても結構よ」

 くるりと背を向ける。

 わたしはアーチャーの返事をまつこともないまま、それで話は終わりだとして歩き出していた。

 

 

 

 side.言峰綺礼

 

 

 カツン、カツンと、硬質な靴音を立てて地下への道のりを歩く。

 それは聖杯戦争が始まって以来、日課のように私が続けている行為だ。カツン、カツンと地下は靴音を大きく響かせて、それしかないかのような錯覚を起こさせるだろう。

 ぎぃと、扉を開ける。足を踏み入れる。

 既に枯れかけた何十もの声がさざめく様な慟哭の嘆きを上げる。奏でる。

『殺シテ、殺シテ』

『助ケテ』

『此処ハ何処』

『苦シイ』

『痛イ、ヤメテヤメテ』

 それを心地良いと、長らく私は思っていた。

 けれど、既にもう魂の残り滓を吐き出すばかりの彼らには、あの時ほど私の心を揺さぶるものはない。

 是非もないことだ。

 絶え間ない痛みを前に、彼らは既に麻痺している。心はとうに壊れている。

 それでは足りない。

 本当に悦をもたらす人の感情というものは、もっと新鮮で悲鳴にすらならぬほどの苦悩に他ならない。

 ……ならば、もうここは潮時か。

 そろそろ廃棄したほうがいいのかもしれんなと、そう思いつつも、亡者共の声を無視して最奥へと足を運ぶ。

 其処に眠っているのは黄金の王だ。

 おそらくはきっと、10年前のあの時、心臓を撃たれながも、こうして私を現世に留めた元凶。

 己の本質から目を逸らし続けていた私をそそのかした、楽園の蛇。

「まだ目覚めないのか」

 既に半ば口癖のようにさえなっている台詞を紡ぐ。

 王は答えない。

 ただその人とも思えぬ美貌を覗かせ、この場にある孤児たちの魂を啜りながら眠り続けているだけだ。

 だが……気のせいか、今金の睫が僅か震えたようにも思えた。

「…………」

 見間違いか錯覚か。わからないままに腰を上げる。

 しかしこれ以上目覚めぬというのならば……孤児たちごと廃棄したほうがいいのかもしれんな。

 そう思い踵を返そうとして、その変化に気付いた。

 ゆっくりと、永の眠りから覚めるように震える黄金の睫。そして、その紅い眼は開かれた。

 

 

 

 side.アサシン

 

 

 深夜になった。

 夜、天空に星が昇る刻、それは私にとって最も好ましい時間帯となる。

 くるくると、夜の街を気配を遮断し、霊体化したまま駆け抜ける。

「キ、キキッ」

 自由となった手足を前に高笑いすら漏れる。

 ……ここ数日間ずっと私の心をかき乱してきた異物の排除、それを今夜は為すのだ。

 

「……そこにいるのは誰だ」

 深夜の街で、背後から私が襲おうとした獲物は、感情の篭っていない声音でそんな言葉を吐いて私を迎えた。

 それに僅か驚く。

 まさか、ただの人間相手にいくら気配遮断を解いたとはいえ、気付かれるなどとは。

 私が今夜排除しようと決めていた男、それはまるで幽鬼のような人間だった。

 無駄のない佇まいに死んだような黒き眼の、背広に身を包んだ眼鏡の男。

 私の異形を見ても、眉一つ動かすことはない。

 それに内心僅かばかりの苛立ちを感じる。

「誰だ」

「……貴殿が知る必要があるのか。今から死ぬ貴殿が」

「そうか」

 その言葉と男が動いたのは同時だった。

「……!」

 グン、と拳が迫っていた。

 避けたはずの其れが蛇の動きのように変幻自在に見舞われ、男は私の懐へと飛び込み、私の首の裏を取ろうとした。

「キキッ!?」

 避ける私に2発目、3発目の男の攻撃が見舞われる。

 そう男は……私とは種類が違うが、間違いなく現代の暗殺者だった。

 それに、気付いた瞬間私もまた、相手は人間だという驕りも忘れて、懐のうちより愛用の短剣(ダーク)を取り出し、男を仕留めるために投げる。

 それを男は、なんでもないかのような動きで避け、時にはその指でもって受け止め、私へとはじき返した。

 それはまさしく異常な光景。男は何1つ躊躇うことはなく、行動をする。

「1つ、聞こう」

 低い無機質な声を響かせて、やはり死んだような目をした男は攻防を続けながら言った。

「キャスターを殺したのはお前か?」

 ……キャスター。

 私が心臓を喰らったサーヴァント。裏切りの魔女。私の方向性を決定付けた女。

 それとこの目の前の男がどういう関係だったのかは知らない。

 ただ、私はそれを喰らった時から、女の感情の1部も受け継いだのだ。

 ザワリザワリと心の中の何かが蠢く。

 それが煩い。

 だから、私はこの男を殺してしまわなければ(・・・・・・・・・・)いけない。

 私のために。

 私が真の自由であるために。

 邪魔な感情ごと葬り去るために。

「……そうか」

 私は何も答えない。

 だが、男は自分の中で答えが出たのだろう。

 そんな言葉を言って、再び拳をセットしながら、続けて言った。

「では、死ね」

 長い研鑽の末に築かれた其れは既に人知を超えている。技の結晶。磨き続けられてきた一。

 其れをどうして避けられよう。

 私はそれを喰らった。

「……」

 ゴポリと血を吐きながら、倒れる。

 私が、ではない。男が。

 私の首の後ろを引き裂くように男は拳を突きつけたまま、私の左手に心臓を掴みだされて、絶命していた。

 ドサリ、と男の体が落ちる。

 ……この結末は最初っから判明していたも同然の結末だった。

 たとえ、正規のものでないとしても私はサーヴァント。

 人間の御業など、たとえどのようなものでも神秘が宿っていない限り傷つけられるものではない。

 拳1つでぶつかってきた男の業が私に通用するはずがなかったのだ。

 もしも、この拳がキャスターによる強化を加えられたものだったとしたら、話は全くの別だっただろうが。

 あれは、見事な技だった。

 もしも、そこに神秘が宿っていたのなら、倒れているのは私のほうだっただろう。

 そう思うと、キャスターもとんだ男に目をつけたものだとそう思い、左手に目を向ける。

 そこにあるのは生々しく血にぬれた赤き果実。

 にぃと笑って私は、それを口に含んだ。

 ガツガツ、と喰らう。

 サーヴァントの餌は人間の魂に血肉。元々が魔術師ではない男のものであるがゆえに、魔力を碌に含んでいないそれは大したものではないが、それでも全く力にならないわけではない。

 嗚呼、漸く本当に自由になれた。もう、頭の中に響く煩い声もない。

 そうして私は高笑いを上げながら、その場を後にした。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 2月9日朝。朝食と採り終えた俺は、剣の英霊である金髪の少女との朝稽古をしていた。

「ほら、まだまだ脇が甘い」

「っ、はっ」

 ビシリと、竹刀でどつかれつつ、一方的にやられるも同然の打ち合いを続ける。

 いつもは物静かで、暗いといっていい表情を見せることも多いセイバーだったけど、この時だけはどんな時より生き生きとしていて、彼女のスパルタ指導を前に、痛みに呻きつつも安心する。

「参った。今日はここまでにしよう」

 いい頃合を見て、汗を拭いながら笑ってセイバーにそう言葉をかける。

「もう終わりですか。全く私のマスターだというのに、貴方はだらしがない」

「そうはいってもさ、セイバー。もう始めてから3時間だぜ? 休息も大事だろ」

 苦笑交じりにそういいながら俺は立ち上がり、タオルで汗を拭った。

 セイバーも俺に続いて道場から出る。

 ……ずっとここの所ギスギスした空気を放っていたシロねえとセイバーだったが、昨日からシロねえは普段どおりの態度でセイバーに接するようになっていた。

 それに1人ついていけず益々戸惑うように、迷い猫のような顔をして沈んでいたセイバー。

 そんな彼女の様子が見ていられなくて頼んだ朝稽古だったが、スッキリしたような顔をしている彼女を見ると無駄にならなかったようで良かったと素直に思う。

(それにしても、どうしたんだ、シロねえは)

 思うのは此処にいない白髪褐色肌の義姉のことだ。

 この聖杯戦争というのが始まりだしてから……いや、数日前から彼女は本当に変だった。

 らしくない、といっていい。

 ずっと、心此処にあらずといった感じで、何かを求めて焦っているのに、なのに身動きできずにいるかのようなそんな風に見える。

 一体、何を求めているのか。なんであんなに……焦燥しているのか。

 俺にはわからないし、多分俺にシロねえが言うこともないのだろう。

 でも確実におかしかった。

 おかしいのは、切嗣(オヤジ)もだけど。

 まるで、どこか遠くに行ってしまいそうな、そんな危うさが2人にはある。

 一昨日のことを思い出した。

 出来れば聖杯戦争が終わった後、慎二の墓参りに行ってやってほしいとそういった俺に対して、思いつめた顔で答えたシロねえの言葉。

『悪いが……それは出来ない相談だ』

 まるで今にも消えてしまいそうな顔をして、そうシロねえは言った。

 そんな風にして答えた理由はなんなのか。

 何故俺に何も言ってくれないのか。

 わからない。

 俺が、頼りないからか?

(いや、違うな)

 シロねえは、信頼しているとか信頼してないとか関係なく、自分のことは話さない人だ。

『余計な心配はするな』とそんな言葉を吐きながら、自分の問題は全て自分のうちで片付けてしまえばいい、たいしたことなどではないとそんな風に自身の問題を軽視してしまえる人だ。

 シロねえは昔っから、そういう危うい人だった。

 知っていた。知っている。

 俺はシロねえのそんなところが凄く腹が立って、でもとても好きだったんだから。

 話さないと決めたのなら、てこでも話さない人だってことは知っている。

 だから、俺に出来ること。せめて傍にいようと思う。

 いつか話してくれる日まで。

 いざとなった時にいつでも手を貸せるように。これはきっと、俺とシロねえの根気比べだ。

 ちらりと、後ろを振り向く。

 華奢な体格の金紗髪の少女は、碧い瞳に僅かな曇りをのせながら、後ろを歩く。

 それを、守らなきゃなと思う。

 セイバーが俺より強いだろうことは、何度も手合わせしているんだ、知っている。

 だけど……脳裏によぎるのは此処のところ夢でみている光景だ。小さな肩に国を乗せた少女の記録。何度も傷つきながら戦った少女の夢。

 力が強かろうと、精神(ココロ)まで強いなんて一体誰が決めたというのだろう?

 そんな彼女の記憶を見て、俺はセイバーはシロねえに似ているなってそう漠然と思った。

 それは今も同じだ。

 せめて少しでも穏やかであれるように、そんな風に彼女の心を守ってやりたい。

 そう思うのは間違いじゃないはず。

 思いながら、居間への道を進んでいった。

 

「教会へ急襲をかける?」

 昼食後の家族会議で、イリヤはそんな言葉を口にした。

「ええ。学校の件が片付いてもう2日も経つし、そろそろ動く時が来たと思うの」

 そういえば、ランサーのマスターへの敵討ちをすると約束をしていたのに、色々あって保留にしていたということを思い出した。

「お、やっとか」

 ランサーはそういいながら、気の早いことに武装して背後に座っていた。

「で、選抜メンバーはやっぱり嬢ちゃんと坊主か?」

「ええ。……本当は士郎も来るのは反対なんだけど……反対しても無駄だろうし、仕方ないわ」

「当たり前だろ。イリヤたちだけで行かせたりしないぞ」

 当然だって言わんばかりにそう言いきり、俺は真っ直ぐにイリヤを見上げる。

 それにイリヤはため息を1つ零して、ちらりと俺を見てから続けた。

「そういうこと。……あの『影』もいるし、アサシンの存在も気になるから、今回は夕食後には出発の運びで行こうと思うわ」

 そこでそこまで黙っていたシロねえが口を開いた。

「イリヤ。わかっているとは思うが、あの影が出たときは逃げることを優先してくれ。いいか、絶対に戦おうと思うな」

 そんな言葉を厳しい鋼の目で告げる。

「わかっているわ。優先事項を間違える気はない。シロが心配しなくても大丈夫よ」

「なら、いいんだがね……」

 そう視線を逸らしながら口にするシロねえには、いつもの覇気がなかった。

 

 

 

 side.レイリスフィール

 

 

 サク、サクと森の中を歩く。

 先日の遠坂の娘との対決の際に、漁夫の利を狙った暗殺者のサーヴァントによってつけられた腕の傷こそ癒えたが、それの回復のために再びアインツベルンの城に戻ることになったことに、嫌な感情もまた湧く。

 あの城は、本当に嫌な場所だ。

 ふと、本国のアインツベルンの城にいた頃を思い出した。

 大爺様に「失敗作か」とそんな言葉を落胆交じりに吐かれて、追いやられたホムンクルスの廃棄場。

 そこで手にかけた数多もの失敗作であるホムンクルスたち。

 ボロキレ同然の衣を纏って、死ぬ気で殺して殺して殺して、そうして得た戦いの手段。

 己の寿命を対価に、そうして生きてきた過去。

 殺すたびに血まみれになっていった日々。

 そして、3ヶ月前の屈辱。メイドに押さえつけられた私の四肢と、赫き瞳の理性なき獣。

 ……嫌なものを思い出した。

 痛みを消すなんて簡単だ。心を麻痺させればいい。

 だけどそれは選ばない。

 そんな行為は逃げだ。

 私はイリヤスフィールじゃない。レイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 私は姉様のように逃げたりはしない。

 するものか。

 私は私のままに、アインツベルンの悲願を果たす。

 それが私にとって最大の「姉」への復讐であり、大爺様に示す私の尊厳の撤回方法だ。

 私はきっとこの戦いを勝ち抜き、大聖杯を起動させてみせる。

 それまでなんとしてでも生き延びなければいけない。

 生き残ることを最優先に考えなければいけない。

 結局は最後に残ったものが勝ちなのだから。あの廃棄場での日々のように。

 ぎゅっと先日怪我を負ったあたりの皮膚の上を押さえる。

 いくつかの英霊がもう脱落しているだろうに、私の容量を圧迫する感触はない。

 誰の魂も私の中に入ってきていない。

 それが示すもの、先日の影。

(あちらに取り込まれましたか)

 それに嫌な気分になって眉根を寄せた。

 まがい物の分際で、しっかりと機能はしているとは。なんて不愉快なのだろう。

 思うが、きっと自分はあれには勝てないということも理解していた。

 勝てない戦いを挑むなどというのは馬鹿がすることだ。

 それに、アレは元が何かは知らないが、元々私のようにそういう機能をするために作られたモノでもない。

 ならば、自滅するのは遠くはない。

 そう思って、そして、私はアインツベルンの森に張ったそれから、密かに懼れていた出来事が事実となったことを悟り、苛立った。

 アインツベルンの森に張っている入り口の結界を飲み込むようにして、影が来ていた。

 そうして見えたもの。それは影を纏った少女だ。

 くすくすと哂いながら進んでくる、1人の少女。

 紅い目は正気に程遠く、髪は骨を思わせる白に染まり、ひたひたと蠢く素足は呪詛のような文様に覆われ、一歩森へと進んでいく度に森を溶かし、魔力を喰らう、そんな化け物。

「……来ましたか」

 間違いなく自分を目標にしているだろう化け物の出現を前に、私はざわめく己の心を抑えながら、いつかのようにまた、私は、誰にも捕まりはしない。そんな願をかけながら、千里眼ごしに見た化け物を睨んでいた。

 

 ―――アインツベルンの森で、白黒2つの聖杯による戦いが始まる。

 

 

  NEXT?

 


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