新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
おまたせしました、鮮血神殿後編です。
今回の話と、次回の話は個人的にはワカメ回です。
海草類の活躍(?)にご期待下さい。
side.間桐慎二
真実を知ったその日、妹を犯して飛び出した僕が会ったのは、友人の姉を名乗る白髪の女だった。
公園のベンチで、背中合わせにコーヒーを啜りながら、誰にも聞かせたくないと思っていた筈のことを語った、月が綺麗だったあの夜。
シロと名乗ったその
「あまり、溜め込むなよ」
なんて友人を思わせるイントネーションと空気を纏って口にした、白髪に褐色肌の女。
そうだ、女だ。
髪色だって目の色だって肌の色さえ赤毛の友人とは違う。
だけど、確かにその女は彼の友人に良く似ていた。
「人の気持ちなんて他の誰にもわかりやしない。理解なんてない。他人を理解したなんて……そんなものは思い込みに過ぎない。でも、支えたいと思うのは……間違いなのだろうか」
そういってきた彼女にどんな過去があるのかは知らない。
知る必要だって感じない。
だけど、重々しく万感を込めて語られた言葉は彼女の本心そのものだと思えた。
それに堪らなくなってその日僕は泣いた。
悔しくて情けなくてうれしくてぐちゃぐちゃで。
縋りたくて拒絶したい。
誰にも僕の思いを理解されたくないのに、拒絶もされたくない。
矛盾はいくらでも渦巻いて、自分でも何がなんだかわからない。
それを良く知りもしない誰かに、僕もわからないものをわかられるのは嫌だった。
きっと僕は肯定されることに飢えていたんだろう。
有りの儘の肯定。
それを与えてくれたから、彼女は僕の中で特別に成り得た。
だから……だから、僕はその日、手にしていたコーヒーの缶が冷たくなって、僕の手をも冷やす頃に、ぽつりぽつりと不安定な心のまま、その話を切り出した。
「なぁ、アンタ……」
「シロでいい」
「シロ……さん、さ……」
「なにかね?」
いつもならば、ここで呼び捨てで呼ぶことを選ぶ僕だけれど、なんとなく彼女を呼び捨てにすることには抵抗を覚えて、口ごもりつつも、迷うように言葉をかける。
それに対して、友人の姉である彼女は淡々と静かで落ち着いた調子で言葉を返す。
「もしも……もしもだ」
言いながら自分の声が震えるのがよくわかった。本当我ながら馬鹿なことを言おうとしていると思う。
だけど彼女はそれを指摘するような真似をすることもなく、ただ僕の続きを促すように真摯的に静かに座していた。そんなシロさんの態度に救われる。
そうだ、僕は馬鹿なことを言おうとしている。
だけど、彼女なら僕を鼻で笑ったりはしないだろうとそう思えてほっとした。
「もしも、さ……。僕が人を殺したりしたら、どうする?」
自分でもなんでこんなことをそもそも言おうとしたのかは、今考えてもわからない。
強いて言うのならば、きっとこの時この夜の僕は参っていた。
きっとそれだけなんだろう。
「僕が、大勢の人を傷つけるようなことをしたら……どうする? ぼ、僕が……悪い奴になったらさ、アンタは……アンタは……」
最後はしゃっくりあげるような声になって、縋るように目の前の女の姿を背中合わせではなく、正面から見ながら、そんな言葉を放った。
「……慎二」
憐憫を湛えながらも、どこか無機質な鋼の瞳、それで理解した。
「は、はは」
唯一の同性の友人である男ならば「慎二がそんなことするわけないだろう」とか、いつもみたいな馬鹿みたいな笑顔で言ってのけるんだろう。
でも、この人は僕の言葉を戯言だと笑い飛ばしたりはしなかった。
つまり、そういうことを僕が「やる」のは有り得ないことだとは思っていないということだった。
その上でのこの反応。
きっと、この人はそうなったら僕を殺しに来るのだろう。
そう思えた。きっとそれが正解だ。
(……いいよ)
なんでかな。それでいいと思えたんだ、僕は。
(アンタになら僕は殺されてやるよ)
きっと、憐憫を瞳に宿して、見た目だけは非情を装ってこの人は僕を殺すのだろう。
それを悪くないとわけもなく思って、そんな自分の心情がおかしくて、僕は笑った。
「あはははははっ」
困惑した顔を浮かべる長身の女。
そういう表情を浮かべると、意外に童顔だったことがわかって、そんな女を感じさせないあどけない表情が、友人とやっぱりどことなく似ていて更におかしくなった。
「はははっ」
泣きながら笑っていた。
おかしいのか、嬉しいのか、苦しいのか。
感情は全て混ぜ込まれミキサーでドロドロに溶け込まれている。
視界すら定かではない中で、地獄の光景を夢想する。
赤い煉獄の中、伸ばされる褐色の手と、断罪の鎌を。
そんなもの妄想だ。
有りもしない欲望だ。
救いと終わりはきっと似ている。自分が選んだ相手による終焉ならば、きっとそれは苦痛ではない。
だから、もしも叶うのならば、僕がもしも道を間違えたらそれを終わらせてくれるのは彼女であってほしいと思った。
……そんな数年前のことを今僕は思い出している。
なんで思い出したのか。
と、紅く染まった学校の屋上で、それより尚濃い赤いケープを身に着けた友人を前に思う。
「慎二……」
ああ、きっと似ているからだ。
あの時のシロさんの目と、目の前の衛宮の目が。
(馬鹿な選択をしている)
そう自分でも思った。
だって、今僕はこの学校の人間の命を掌握している。
ライダーに命令したらこの学校の人間なんてどうとでも出来る立場だし、目の前の友人は見知らぬ誰かの命が危険に晒されるのを黙ってみていられるような性格の持ち主じゃないことくらい知っている。
此処で、確実にコイツを倒したいんだったらこう持ちかけりゃあ良かったんだ。
『今すぐ学校の人間を皆殺しにされたくなかったら、衛宮、お前は一人で僕とライダーの相手をするんだ。サーヴァントに手出しさせるのは無しだぜ? もしもそいつに手出させたら、学校の人間の命は保障出来ないな』
そういったら、馬鹿なアイツは本当にサーヴァント抜きで戦おうとするんだろう。
そうしたら僕はもっと楽に勝ちを拾える。
ライダーの奴があの青いサーヴァントと戦って勝てる保証だって無いってのに、こんな風に一対一で戦うような状況を敢えて選ぶなんてどう考えてもイカレてる。
脳裏によぎるのは白髪褐色の肌の年上の女性の姿だ。
それを頭から追い出し振り払う。
余計なことを思い出すのはもう終わりだ。細かい話はこの戦いに勝ってから考えればいい。
「慎二……今ならまだ間に合う。結界を解くんだ」
そんな真っ直ぐに自分を見て吐かれた男の言葉に、すっと自分の中の何かが凍り付いていくのを感じた。
「おいおい、何を寝ぼけているんだよ、衛宮。お前もマスター、僕もマスター、ならやることは一つだけだろ!」
言いながら、偽臣の書を使って僕は覚えたばかりの魔術を発動させる。
僕の指示した動きに合わせて、三本の黒い影が衛宮に向かって牙をむき迫っていくが、衛宮の奴は生意気にもなんでもないかのようにひらりと、全ての攻撃を避けて、距離を取った。
「慎二」
憐憫すら篭った声に、視線に苛立ちが増す。
「僕を止めたいんなら、力尽くでこいよ、衛宮ぁ!」
いまだ闘志を見せぬ友人を前に、僕は怒鳴りながら魔術を再び走らせた。
side.イリヤスフィール
目元を覆った眼帯に、足首まであろう長く美しい紫の髪、豊満な体を黒衣に包んだその女のサーヴァント……おそらくはライダーだと思う。を前にして、わたしは緊張に身体を硬くしていた。
ランサーは反対に気負うでもなく、宝具である赤い槍を携えて、目の前の敵の姿を見ている。
「……驚きました。先日とは随分と様子が違うようですね、ランサー」
そう口にしたのはライダーのサーヴァントで、その言葉からこの2人が戦うのはこれがはじめてではないことがわかった。
「まあな」
と言葉を返すランサーの態度は相変わらず軽い。
しかし軽いといっても、それでも稀代の英雄の1人には変わりなく、いつもと変わらない彼の態度は、逆にランサーの英雄としての遍歴を語るかのようだった。
そんな青い半神の男を見ながら、紫の女は嘆息を1つ。
「このままやっても勝てそうにはありませんね」
それを見て、青い槍使いの男は片眉を上げ、にぃっと口元に笑みを浮かべながらからかい混じりの挑発の言葉を吐いた。
「なんだ、まさかあのマスターもどきを置いて逃げ出そうって算段なんじゃねえだろうな?」
「いえ……此処にシンジがいなくて良かったとそう思っただけです」
その言葉になんだか嫌なものを感じて、ざわりと肌があわ立つ。
「……! 嬢ちゃん」
次の瞬間、ランサーは私を庇うように前に立って、石を投げた。
ばっと、魔術を使ったことによって生じる自然ではない光の本流。
目の前には宙に浮くようにして光を放つ石。
それでランサーがルーン魔術を使ったのだとわかった。
(あ……何……?)
グラリと、身体が揺れる錯覚を覚えた。
私は何かを見た……?
何を……考える、思い出す。ライダーの行動を。
そう、確かにライダーは……自分の目元を覆っていたマスクに手をかけて……見た。宝石の瞳を。
わたしのような後天的に付加されたものではない、あれは本物の魔眼。
見たものを石に変える石化の……呪い。
鎖の付いた短剣が放たれた。
side.衛宮士郎
「ほらほら、どうしたんだよ、衛宮ぁ。少しは反撃しろよ!」
全てが赤く染まった学校の屋上で、俺は友人だったはずの間桐慎二と対峙していた。
いや、対峙とまでいかない。慎二が使う魔術はあまりに稚拙だった。
全て見切って避けるのくらい俺にはたやすい。
だけど、此処まで至っても、俺は慎二を倒したいとはとても思えなかった。
殴って終わる問題ならそれでよかった。
それで済むんなら俺はいくらでも慎二を殴りにいく。殴って止めてやる。
でも、それじゃあ駄目なんだろう?
殴って解決出来るなんて、問題はそんなところには既にないんだろう?
だって見えてしまったんだ、慎二の心の叫びが。
まだだ。
まだ慎二は誰かを殺したわけじゃない。
誰かの命を危険に晒すこと、今慎二がやっているのはそういうことだ。これは許されることじゃない。
だけど、でもまだそれを慎二の奴は犯したわけじゃないんだ。
今ならば間に合うんだ。
こんな風に時間を長引かせれば長引かせるほどに、学校の人間を危険に晒しているのはわかっている。
自覚している。
それでも、まだ間に合う奴を見捨てるような真似はしたくはなかった。
だって、慎二は俺の友達なんだから。
昔からアイツはよく悪ぶっていたけど、根っから悪い奴なんかじゃなかった。
口だって悪いけど、桜に見せていた気遣いだって俺は知っている。
だから、気づいて欲しいと思った。
まだ今なら間に合うんだ。
傷つけたけど、今も現在進行形で傷つけているけど、お前は本当に人を殺したわけじゃないんだ。
なら今ならまだ戻れる筈だ。
俺に脅されてじゃなく、他でもない自分の意思で、こんな人を食い殺すような結界は止めて欲しいとそう願っていた。
「ホント、オマエ、頭にクル」
慎二は苛立たしげに舌打ちしながらそう吐き捨てる。
「何様のつもりだよ、ぇえ!? 衛宮ぁ! いい子ぶるなよ、オマエのそういうところがムカつくんだよ!」
グッと奥歯を噛み締め、断腸の想いで叫ぶ。
「慎二、お願いだ、結界を解いてくれ。俺はお前と……こんな形では戦いたくない」
「だから、それがムカつくってわかんないわけ!? ホント、何様なんだよ! 見下すな、見下すな、見下すな! オマエなんかが僕を見下すな!! 戦えよ、衛宮! 僕と戦え!! 僕を、馬鹿にするな!」
「……そうか」
光る本、激昂する慎二。
それを前に、もうこれは無意味だと俺は悟った。
……もう5分以上は過ぎた。
無理だ。
これ以上待つことは無理だった。
だから、俺は覚悟を決めた。
「……
side.ランサー
「……! 嬢ちゃん」
目の前の女の動向、それに只ならぬものを感じた俺は、自身と背後に控える現マスターに向かって守護と魔避けのルーンを発動させた。
果たして、俺の判断は正解だったらしい。
目の前の女、ライダーのサーヴァントは今までマスクで隠していた素顔を晒していた。
其処にあったのはまさしく神代の美貌。見るもの全てを石化させる宝石の瞳。
魔避けのルーンで抵抗力を強化して尚、金縛りに合うかのようなこの感覚。
これほどの強力な石化の魔眼の持ち主などそうはいるもんじゃねえ。
其処から、俺はこの女の真名がなんであるのかを知った。
迫りくる女が放つ鎖に繋がれた短剣、それを己が槍で打ち払う。
身体が重い。
己の様々なランクのレベルが引き下げられていることを悟った。
「ちっ」
このままじゃまずい。
嬢ちゃんは直接ライダーの奴の魔眼を見たわけじゃないが、あれはライダーの奴が対象を見るだけで発動する種類のものだ。
今は本人の才能と俺のルーン魔術で保っているが、不意に正面からあの目を見て石化したりしたら手に負えなくなる。
だから俺は重くなった身体のまま、嬢ちゃんが絶対にライダーの奴と顔を合わせないように、顔を覆うようにして抱えたまま廊下を駆ける。
「逃げられるとでも?」
嗚呼、そうだ、「俺」は逃げる気はねえ。
これくらいの重みくらい丁度良いハンデだと笑い飛ばしてやれるくらいだ。
だから、曲がり角についた時には鬼ごっこはもう終了だ。
嬢ちゃんにルーン魔術で結界を上掛けして、踵を返して、今度は俺がライダーの奴に槍を打ち込む。
「悪ぃな、ライダー。またせちまった。此処から反撃といくぜ」
身体は重い。ビキビキと圧力がかかっていく。
少しずつ石化が進み始めているのだと悟る。
だが、此処にきて俺にあるのは昂揚、それだけだ。
嗚呼、ようやっと戦える。
それを思えば嬉しくて身震いがしそうなほどだ。
ゴキゴキと肩を鳴らす、にぃぃと自分の口元が凶暴に笑みを模るのがわかった。
「随分な自信家ですね。その身体で勝てるとお思いですか。私も舐められたものです」
口ではそういいながらも、ライダーはキッと冷淡にさえ見える完璧な美貌で俺を睨み据えながら、油断無く己の得物を構えて俺を見ている。
「嗚呼。なにせこちとら、化け物退治は
ピクリと、ライダーは眉を揺らす。
気に障ったのかもしれないと思ったが、既にそんなことは俺にとってはどうでもいいことだった。
「はっ!」
槍を繰り出す、女は跳ねる。
鎖の付いた短剣が俺を狙って飛翔する、うながす、なぎ払う。
廊下のガラスが割れた。
バリィンと、ガラスがキラキラと飛び跳ねる。
目くらまし。
馬鹿か、そんなものは見えている。
女は蛇のような動きで天井に張り付く、落ちて飛び掛る。槍で突きにかかる。
ぬるり、女は蛇の動きで逃れて後ろに逃れた。
1つ間違えればどちらかが死ぬ状況。
嗚呼、これだ。
俺が求めていたのはこれだと体中が歓喜した。
身体はどんどん石化の制限を受け続けていく。ルーン魔術の効果が薄れたら危ないだろう、そんな状況さえも愉しくて仕方がない。
見れば、女も疲労しているのか、己の手を目に当てて俺と距離を取った。
「どうした、ライダー」
ニィと、笑いながら話しかける。
自分の目が狂喜染みた色を抱えながら目の前の得物を捉える。
化け物。間違いなく目の前の女は神代の化け物だった。
そう、アレこそがギリシャ神話に名を連ねる怪物、メデューサーなのだと。
感謝した。
こんな化け物と戦う機会があったことを感謝した。
……そして幾度目の打ち合いか。
「……このままでは埒が明きませんね」
ズッ……と魔力の変動を感じた。
次の瞬間、普通の人間ならば正気かと疑いたくなるような光景が目前で繰り広げられる。
女は己の喉に杭を突き立て、その血でもって魔方陣を召喚していた。
「……っち!?」
奥の手を使いやがったかと思うと同時に次の行動について巡るましく仮初の脳を回転させる。
どうする、嬢ちゃんを庇いに向かうか、それともあれを打ち落とすために俺の
悩んでいる暇は無い、そして俺は今回に関してはマスターである嬢ちゃんの身の安全を優先することに決めた。
走る。重い身体、じわじわと石化は俺の身を苛んでいく。
走る、走る。時間は1秒にも満たない疾走。
轟音と閃光が場を埋める。
そして……。
「……!?」
ライダーは自分に起きたことを信じられないかのように声にならぬ叫びを上げ、それはズレた。
side.衛宮士郎
「……
幻想を呼び出す。駆使する。
この身は無才だ。
俺にはイリヤたちのような才能は望むべくも無い。
そんな俺にとって唯一つの一たる、投影魔術。
それでもって、最も使い慣れた武器である白黒の夫婦剣、干将莫耶を編み出した。
「? なんだよそれ」
慎二は怪訝気にそう口にした。
それから、いきなり存在していなかった武器が目の前に現れた不自然性に気づき、俺が手にしたこれが魔術によって生み出されたものだと気づいた瞬間、激昂した。
「そんなチンケな剣を出すのが魔術かよ!!」
カッと慎二の怒りに応えるように影がまた3本生まれて走る。
それをこれまでのように避けるのではなく、剣でなぎ払い、正面から友人である男に向かって歩んでいく。
「慎二」
「このっ、ふざけるなよ、ふざけるなよ、ふざけるなよ」
慎二は、自分の攻撃が俺に通じないことくらいもうわかっているはずだ。
だというのに何度も何度も、慎二は影を繰り出しては、俺の剣にかき消されていった。
気づけばもう、距離は僅か。
慎二は屋上の端へと俺に追い詰められている形になっていた。
「ひっ」
びたんと、しりもちをついて倒れる慎二。剣を翳して、俺は最後の警告を口にした。
「慎二、結界を止めてくれ」
無理強いはしたくない。
そんな気持ちを込めて俺はそういった。
ガタガタと、中学時代からの友人の身体は震えていた。
大それたことを今回こいつはした。
だけど、自分の命が危機に晒されたのは、慎二にとってはおそらくこれが初めてなんだろうと思う。
だから、油断していたのか。
慎二はガタガタと震えるままに、俺の脚を払って、今にも泣きそうな顔で、口元だけ笑いながら「嫌だ」とそうはっきりと否定の言葉を口にした。
「そうか」
だから、嗚呼どうあっても説得は無理なんだと俺は理解した。
時間も無い。
これ以上は駄目だ。
誰か死人が出てからじゃあ遅い。
慈悲のように目を瞑る。
そして俺は、右の剣で慎二が手に持つ……魔術回路の代用品だろう本を斬り裂いた。本が燃える。
side.イリヤスフィール
其れは突如だった。
「何?」
前方から眩いほどの白い光が漏れ、轟音が響く。
わたしに向かって走りよってくるランサーの気配。
それに、ついわたしはランサーにかくまうように立たされた壁からほんの少しだけ身を乗り出して其れを見た。
ライダーは自分の宝具だろう「何か」でおそらくはわたしたちに狙いを定めていたはずだった。
だけど、それはライダーの驚きと共にずれる。
だけどそのときにはもう遅い。
光は位置がずれたままに放たれ、それは学校の柱だけを破壊して消えた。
そう、
文字通りライダーの魔力は突如として消え、学校からはライダーが張ったあの赤い結界も全て消えた。
「何……士郎がやったの?」
士郎が、ライダーを使役するのに慎二が使っていたらしき本を消した可能性に気づいて……それからある事実に気づいた。
「いけないっ!」
ぱっくりと飲み込まれるようにして失った天井を支える壁と柱。
屋上で戦っている士郎と慎二。
それが意味するものは……。
side.間桐慎二
全てが終わったんだと、僕は思った。
「慎二、結界を止めてくれ」
僕に剣を向けながら、戦うことを選択しながら、馬鹿なそいつはやっぱり何もわかっていない顔をして、勘違いした顔でそんな言葉を口にした。
(まだ、そんなこと言うのかよ。どこまで馬鹿なんだよ、オマエ)
確かにまだ死んでない。
まだ誰も死んでないさ。
でも僕が学校の生徒みんなを殺してサーヴァントの餌にしようとしたのは本当なんだぞ。
それに、今までも魔力を集めるために、ライダーにはそこらの奴を襲わせてきた。
オマエだって魔術師なんだろう。
血塗られた栄誉在る魔術師なんだろう。
その癖に、オマエは何を考えているんだよ。
馬鹿じゃないのか、本当に馬鹿じゃないのか、オマエ。
なんだよ、これじゃあ意気込んでいた僕はどうなるんだよ。
オマエ相手に裏切り者だと、オマエにだって裏の顔があるんだと思っていた僕はどうなるんだよ、馬鹿じゃないのか。馬鹿じゃないのか。
惨めなんだよ、同情なんて真っ平ごめんなんだよ。
思いながらも、向けられる刃の存在感に身体が震えた。
(畜生、畜生、畜生)
なんで怖いなんて思うだよ。
(死にたくない)
なんでオマエがそんな目で僕を見てくるんだよ、ムカつくんだよ。
なんで……なんで、オマエは……あの時のシロさんと同じ目をしているんだ。
やめろよ、オマエがそんな目で見るな。
「嫌だ」
赤毛の友人とかつて呼んだ男の足を払いながら、僕は精一杯の強がりで笑みを浮かべて、霞む視界で男を見上げた。
「そうか」
簡潔に友人はぽつりと呟く。
それから右手に抱えた僕の本を手に握った剣で串刺しにした。本が燃える。
消える、消えていく。
魔術師になるための僕の最後のチャンスの道標が消えていく。
喪失感に苛まされながら、僕はふらりと立った。
無くなった。もう僕には何も無い。
ぐらりと地面が揺れた。どうでもいい。きっと錯覚だ。
「……! 慎二っ」
「……え……?」
友人の声が遠く聞こえて、そして僕は地面が揺れたと思ったのが錯覚ではなかったことを知る。
重力を失ったその浮遊感。
……―――――空に落ちる。
NEXT?