新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回の話といえば、この話のラストシーン書きたさの為にエミヤさんに「うっかり」属性をつけたといっても過言ではない。
ぶっちゃけ、最初に「うっかり女エミヤさんの聖杯戦争」を考えた時、1番書きたかったシーンだと言っても間違っていないと思います、はい。
聖杯戦争。
英霊の座に登録されている英雄の
そこでなら、満足の行く戦いも出来るだろうと、そんな気持ちで呼び出しに応えた。
最初の召喚者は申し分なかった。
ちっと細かいとこはあったけど、イイ女だったし、色々正反対だったが、そんなとこが案外心地よかった。
だけど、アイツといれたのはたったの一週間くらいのもんだ。
これから知り合いに会うのだと、顔を綻ばせて告げた
それは本当に女らしい貌で……。
救えなかったのは俺の責任だ。
奴のサーヴァントになっちまったのも、俺の責任だ。
しょうがねえ。
仕方ねえだろう。ええ?
理不尽な運命、英雄なんてそんなもんさ。
誰を恨むものでもねぇ。
ただ、俺は昔からイイ女には縁がなかったし、今回もそうなったっていうそれだけだ。
くだらねえ令呪を課されて、いけすかねえマスターに従えられて、全く。
つまんねえことになっちまったな、とそう思っていた。
あの時までは。
目撃
side.衛宮士郎
「士郎、ごめん。わたし今日学校休むから」
そうイリヤが切り出したのは、今朝のことだった。
2日前から先に帰るといって、一緒に学校に登校はするも、昼前には帰宅し続けていた
イリヤはほっとしたように、「ごめんね、士郎。あと、士郎も遅くなっちゃ駄目よ。一昨日は本当に心配したんだから」とそんなことを言って、寂しげに笑って玄関で別れた。
きっと、その時になれば向こうから話してくれるはずだ、とそんなことを思ってもやもやをやり過ごしてきたけれど、でも、いい加減そろそろ何が起きているのか教えてくれてもいいんじゃないかと思う。
特に、昨日の桜の件は、どう考えてもおかしかった。
最近、
しかも、一昨日会った少女などのことを考えると、なんとなく薄気味悪くて、慎二も学校を休むし、変な違和感の中、イリヤ達はその答えを知っていそうな感じなのに、なのに誰も俺にそのことについて言おうとしない状況で、敢えて黙っていることを俺から聞くわけにもいかなくて、ずっとずっと変だった。
そんな時に桜の顔を見てほっとしたんだ。
ああ、俺の日常はここにあるなって、そんな安心にとらわれて、そうだ、桜が家にきたら、そうしたら少しはこの変な空気もなくなるんじゃないかってそんな風に思って、桜に声をかけたんだ。
桜がいてくれたら、きっと家はいつもどおりになる。桜がきてくれたら、イリヤやシロねえたちだって……ってそんなふうに思ったんだ。
でも、多分その俺の判断は駄目だったみたいだ。
ピリピリと走る緊張は、桜がきて余計に大きくなるばかりだった。
シロねえは比較的いつもどおりだったけど、イリヤはどことなくぎこちなかったし、親父はとくにおかしかった。
いつもは「桜ちゃん、よくきたね」ってそんな風に笑って出迎えて、桜を可愛がっていたのに。俺には女の子には優しくしないと駄目だってそう口癖のように言って聞かせて、桜の事だって甘やかしていた筈なのに。なのに、表面だけ取り繕って、ビリビリと敵意染みた気を桜に飛ばしていた。
桜もそれに気付いていたらしくて、恐縮して、おどおどとずっと始終落ち着かない様子だった。
なのに無理していつもどおりにしようとして、痛々しい笑顔で俺に接していたのが、見ててこっちも痛かった。
桜が、家に帰るといって見送ると親父が言い出したときも、今の親父は桜と二人っきりにしちゃ駄目だと思って止めようとして、そしたら、シロねえのそっと自然に出された手に止められた。
思わず、吃驚して見上げると、シロねえはどことなく哀しげな眼差しで、口の端だけ笑って、声には出さずに、大丈夫だ、とそんな風に俺を制した。
それは、とても卑怯でずるい。
そんな顔で言われたら、何も知らない俺は口を出せなくなるじゃないか。
親父に「らしくないことするなよ」と怒鳴りたかったのに、出来なくなるじゃないか。そのまま洗いざらい今の状況を聞きだしたかったのに、そんな顔を見たら言ってくれるまで待つしかないじゃないか。
でも、たとえ止めるのがシロねえであっても、次に同じことがあったら俺はもう躊躇せずに聞きだすと思う。
大体、俺はもう小さな子供じゃないんだし、何かあったときにみんなを守るために、俺は魔術も体術も剣術も今まで必死に習得してきたんだ。
これまでの9年の鍛錬、それは些細なものかもしれないけど確実に俺の身になっていると思う。
そりゃ、シロねえに比べたらまだまだかもしれない。
それでも、俺は
そう、俺はシロねえのことも、イリヤのことも、勿論
いつまでも、蚊帳の外でなんていられない。
だから、明日あたりになっても、何も言わないようだったら、その時は俺から切りだそうと思っている。
本当はシロねえやイリヤたち自身の口から聞きたかったけれど、俺が待てるのはそれくらいが限界だ。その時は嫌と言っても真相を吐かせる。
と……思うけど、まあ、まずは桜に昨日のことを謝るのが先決だよな、とそんな風に思って俺は家を出た。
少し心持ち早足に通学路を歩く。
いつも、イリヤと通っていた道を1人で歩くのは不思議な感じがした。
「ん?」
ふと、その時、手に違和感を感じて、首をかしげて左手を持ち上げる。
すると、そこには
「え?」
思わず目を丸くして、まじまじと左手を見る。
どこかに引っ掛けた覚えとかはない。なんで、こんな痣が出来ているんだ、と我ながら心当たりのなさに思わず首をもう一度かしげる。
「って、こんなことしている場合じゃないか」
今は朝の登校時間。時間というのは有限だ。
いくら余裕をもって家を出ているとはいえ、ぼーっとしていたら、遅刻なんて惨事の憂き目に合う確立とてなくもないのだ。
とりあえず、不思議に思うままに、ポケットからハンカチを取り出して、包帯代わりに巻きつけた。
まあ、大して痛くもないし、ハンカチでくるんでおけばそのうち血も止まるだろう。
そうして、いつもどおり学校に到着して、門をくぐろうとした。
いや、くぐった。
「……ん? なんだこれ」
またも、強い違和感。
なんだかやたらと甘ったるい匂いがする……と、そこまで思ってから正体に気付いて、ぎょっとした。
(これ……結界だ)
残念ながら、魔術については半人前という評価を受けている凡才な身としては、これがどういう種類の結界かとかそういう詳しいことについてはてんでわからないし、そういうのはイリヤの専門だ。だけど、これが『危険』に属するものだということは、家の結界とのあまりの差異と雰囲気から判断することは出来る。
こういうとき、俺が取る行動としてはどうするべきが正解か。
(確か、2-Aの遠坂は、冬木のセカンドオーナーだって、シロねえは言ってたよな)
セカンドオーナー。
一定以上の基準をもつ霊地を魔術協会から任されている名門の魔術師のことをそういうらしい。つまり、裏の世界の冬木の管理人ということだ。そして、管理地で異常事態が起きた時に対処するのも、このセカンドオーナーの役割なのだという。
(どうする。遠坂に相談するべきなのか?)
と、そこまで思考して、以前シロねえに言われたことを思い出した。
(いや、まて早まるな)
シロねえは、俺が魔術師であることは極力知られるな、と何度もこれまで釘を刺してきた。
通常魔術師の後継者は1人だけであり、一子相伝であるのが魔術師の習わしなのだと。
だからこそ、家族全員が魔術師である我が家は異端で、故に極力魔術協会に関わることも出来うる限り避けるのが上策なんだって。
遠坂凛には、衛宮が魔術師の家系で冬木に住んでいることについては協会にも知らせず黙認してもらっているが、それでも俺が魔術師だと知られたらそうもいかないのだと。そんなことを真剣な顔で言っていた。
多分全てを話してくれたわけじゃないんだろうけど、それでもそれは俺やイリヤとのこの生活を守るための助言で……きっと知られたら、本当に今まで通り暮らしていくことは出来ないんだろうと、そう俺に悟らせるには充分なぐらい真っ直ぐな瞳だった。
シロねえを困らせるのは俺の本意じゃない。
だから、俺が遠坂を頼るというのは、本当にどうしようもなくなった時の最終手段にすべきなんだろう。
それに、はっきりいって俺は遠坂とは同級生だってだけで、クラスも違えば部活も違うわけだし、接点なんてないわけで、いきなり話しかけたところで、向こうに警戒心を持たれるだけがオチだ。
あとこれはシロねえからの受け売りでしかないけれど、ミスパーフェクトというあだ名を持つ、俺も少し憧れじみた感情で気になっている同い年の優等生遠坂凛は、魔術師としても優等生であるらしい。俺みたいな半人前が気付いた結界に遠坂が気付かない……なんてことはないだろう。
だけど……。
(確か、昨日は遠坂は休みだったんだよな)
遠坂凛は、鮮やかでとても目立つ生徒だ。
しかも皆勤の優等生。それが休んだとなったら噂にならない筈がない。
なら、今日ももしかしたら休みかもしれない。
(だったら、俺のほうでこの結界について、調べておいたほうがいいのか? 放っておくのも気分が悪いし)
俺の魔術は一点に特化していて、それ以外……こういう結界とかそういう方面も含む……には明るくないし、解除方法だってわからない。
だけど、基点を探すだけなら、俺でも出来る気がするし、対処方法については、家に帰ってからイリヤに相談して、明日にでも見てもらえばそれでいい。幸いにも、こういうことはイリヤが得意だ。
あまりイリヤにばかり頼りすぎるというのも男として情けないけれど、それでも俺にこれの対処は出来ないだろうし、これは『危険』な結界だと思う。つまらない見栄を気にしている場合じゃない。誰かが傷つくぐらいなら俺が頭を下げるぐらい安いものだろう。
あと、冬木のセカンドオーナーとはいえ、それほど親しいわけでもない女の子に丸投げするというのも、なんだか納得出来ないものがあるし。
(よし)
行動方針は決まった。
とりあえず、結界の基点探しは放課後にまわして、今は桜に謝りに行こうと弓道部へと足を運んだ。
「え? 間桐? 今日風邪って連絡があって休みだけど?」
あれ衛宮、仲良いのに知らなかったの、なんて美綴にいわれてちょっとだけへこんだ。
人生、上手くはいかないよな、うん。
side.アーチャー
「凛。マスターになったからには、常に敵マスターを警戒しなくてはならない。学校という場は、不意の襲撃に備えにくいだろう」
そんな小言を漏らすと、凛は肩を竦めて、全く堪えてない平素どおりの挙措で理由を連ねる。
「そんなことはないけどね。いいアーチャー? わたしはマスターになったからって、今までの生活を変える気はないわ。それにマスター同士の戦いは人目を避けるモノでしょう? それなら人目につく学校にいれば、不意打ちされる事はまずないと思うけど」
「…………そうか。凛が決めたのなら私は従うだけだ。だが、霊体化して君の護衛をするぐらいはいいのだろうな。まさか学校に行っている間はここに残れ、などとは言うまい」
それに、当たり前じゃない。聖杯戦争中はずっと傍にいてもらうわよ、と言って、年若いマスターは私の淹れた紅茶に優美な仕草で口をつけた。
「もしもの話だが、その安全な場所に敵がいたとしたらどうする」
確か、私が参加した聖杯戦争のときはあそこに結界が張られていた、そんな記憶が薄らぼんやりと脳裏に浮かぶ。なので、そのことをさり気ににおわす発言をする。
するとマスターたる少女は、私からしてみれば意外な言葉を口にした。
「まあ、いるかもね」
そう、至極あっさりと凛はそんな言葉を放ったのだ。
「何?」
逆にその言葉に驚く。
「一人ね、わたしが通っている学校でマスターになれそうな奴に心当たりがあるのよ」
そんな言葉を淡々と告げるマスター。
「待て、君は敵マスターがまっているかもしれないと知っていて、学校に行こうというのか?」
「ええ、そうよ」
こくりと、頷いて、「でもね」そんな言葉で次を連ねて私の言葉を封じにかかる。
「そいつはたとえマスターになっていたとしても、不意打ちなんて仕掛けるような奴じゃないの。もし仮にマスターになっていたとしても正々堂々聖杯戦争のルールに則って夜に仕掛けてくると思うわ」
まあ、マスターになれる素質はありそうでも、そいつが実際にマスターになる可能性は低いと思うんだけどね。なんてことをぼやくように続けて、マスターはぐいと残った紅茶を飲み干した。
「さて。無駄話は此処でお仕舞い。これ以上のんびりしてたら遅刻しちゃうわ。行きましょ、アーチャー」
まだ、聞きたいことはあったが、仕方ない。
そう思って彼女の供として霊体化して、そのすぐ後ろについた。
「……何、これ」
学校には人を飲み込み溶解する為の結界が張られていた。
『凛、これを張ったのは君がいう心当たりか?』
パスを通じて、念話でそう語りかけると、凛は真剣な表情で、いえ、と緩く左右に首を振る。
「こんな杜撰な結界、あいつなわけがないわ。それにあの子が、大好きな弟も通っている学校にこんなものをわざわざ仕掛ける筈がない。これは、第三者の仕業よ。でも、驚いた。あいつ以外にマスターになれる奴なんているわけないと思っていたのに」
あの子? 大好きな弟?
それらの言葉に違和感を覚え、霊体のまま眉を顰めた。
これは、『遠坂凛』だ。私がかつて衛宮士郎と呼ばれていた時代に憧れ、魔術の師となった女性の平行世界の同一存在。なのに、何故こうも言っていることがわからないのか。
「とにかく、これはわたしへの宣戦布告だわ。わたしのテリトリーでこんな下衆なモノ仕掛けたヤツなんて、問答無用でぶっ倒すだけよ」
行くわよアーチャーなんて言葉を携えて、怒気を胸の奥にしまったまま、凛は颯爽と校内へと足を踏み入れていった。
昼休み。
屋上で昼食をとるマスターと2つ、3つ、結界がらみの話をしつつ、「そういえば」と、気になっていたことを切り出した。
「君は敵マスター候補に一人心当たりがあると言ったな。それが誰なのか教えてくれないのか?」
そういうと、凛は肩をすくめながら、「まあ、敵マスター「かもしれない」だけどね」と前置きしてからその名を告げた。
「一つ上の学年の衛宮イリヤスフィールよ」
(衛宮……イリヤスフィール……だって……?)
その言葉の意味が一瞬理解できなくて、思わず言葉を失った。
そんな私の動揺には気付かなかったらしく、マスターは淡々と特に感情を込めるでもなく言葉を続けた。
「とはいっても、そいつは結構な魔力の持ち主だし、魔眼までもっているとはいえ、跡継ぎは別にいるはずだから、魔術師かどうかの可能性は半々な奴なんだけどね。でも、まあ、冬木にいる魔術師の数なんてたかが知れているわけだし、前途の通り魔術師としての才はあるだろうから、マスターとして選ばれる可能性はあるわ。まあ、自分からそれを望むやつとも思えないんだけど」
今、凛は、「衛宮イリヤスフィール」と、そんな言葉を言ったのか。
(どういう、ことだ)
イリヤが衛宮を名乗っている?
確かに彼女は衛宮切嗣の一人娘ではあるが……アインツベルンではなく衛宮? この世界の彼女はアインツベルンで育てられたわけではないというのか?
いや、それより、今一つ上の学年と凛は言わなかったか。
ということは、もしやこの世界の彼女は年相応に成長しているとでもいうのか?
馬鹿な。違う。
私の知っている聖杯戦争とこれは徹底的に違っている。
思い出すのは昨夜の視線。
闇にとける白髪の女。
私に『やはり、来たか』と、そう告げた皮肉気な顔をした、女。
これは、この聖杯戦争は……違う。
(認めねばならんのか)
オレの望みは叶わないのだと。
いや、それでも、と磨耗しかけの擦り切れた精神が希望の
衛宮士郎。
それに会うまではまだ、希望は潰えてはいないのだと、そう信じていたかった。
「アーチャー? どうしたの?」
凛は、急に黙り込んだ私に気付いてそんな言葉をかける。それに、いつもの調子の笑みを口の端に作りながら、「いや、なんでもない。結界の基点を探すのだろう? どれ、私も協力しよう」そういってごまかした。ごまかせていたらいいとそう思った。
side.衛宮士郎
放課後になってすぐに、俺は女生徒を引き連れた慎二の奴と会った。
「よぉ、衛宮」
「慎二」
慎二は、先日の不審な態度がなかったかのように、何故か今朝から機嫌が頗るいいらしくて、にこにこと笑みを浮かべたまま俺に話しかける。
「悪いんだけどさ、これから彼女たちと新都に行くんだよね。だから衛宮さ、僕の代わりに弓道部の片付けやっといてくれない」
「あ、それ藤村先生に頼まれたやつでしょ」
「いいの?」
なんて後ろで女生徒達の言葉が続く。
「いいんだよ。衛宮さ、最近ずっと弓道部に顔出してないだろ。普段部の面倒は僕が見てやってんだからさ、衛宮もマネージャー気取りのつもりなら、弓道場の清掃くらいお安い御用だよな」
かまわないだろ、とにこにこしながら言ってのける慎二。
機嫌がいいけど、吃驚するくらいいつもどおりだ。
今朝、昨日なんで休んだのかと聞いた時は機嫌悪そうに濁してたのになあ。
とちょっとだけ呆れるような感情がわきつつも「ああ、別にいいぞ」と返事を返す。
丁度、結界の基点探しをする都合上、
「わかった。確かに、慎二には下級生への指導とか任せっぱなしだからな。それくらいならてんで構わないぞ」
そういうと、慎二は一瞬怒ったように目を見開くが、またいつもの笑顔に戻って、「はは。衛宮ならそういうと思っていたよ。まあ、でも自分で頼んどいて言えた義理じゃないけど、衛宮もあんまり遅くまで残るなよな。最近は本当に物騒だからな。掃除なんて適当でいいんだ」なんて、慎二には珍しい一言をつけ足してから背を向けた。
「じゃあな、衛宮。後は頼んだからな」
「ああ。またな、慎二」
そうやってその背を見送ってから、俺は弓道部に向かって歩き出した。
side.エミヤ
聖杯戦争にいまだ大きな動きはなく、私は
「見つかったのは片腕とピアスだけ……か」
『はい。あとは多数の血痕だけですが、あの出血量ではおそらく……』
機械越しにくぐもった女性の声が淡々と、調べ事の結果を並べていく。
「そうか。しかし、相手は凄腕の封印指定執行者らしい。ならば、そう簡単に死ぬとも限らん。引き続き、君は捜索を続けて……」
「シロ、終わったわよ」
無線先の女に返事を返している途中、そんなイリヤの柔らかな声に遮られる。
「これで完成。認識阻害……っていうか、誤認ね。見ただけで自動的に発動するようにしてあるから、一般人には普通のコートをきているようにしか見えなくなると思うわ」
はい、と言って私が以前から頼んでいた依頼物を、どことなく疲れた様子でイリヤは差出した。
「ああ。イリヤ、すまないな」
そういって受け取ると、イリヤは次いできょろきょろと周囲を見渡して「ねえ、士郎は?」と、そんな言葉をかけた。
「士郎はまだ帰っていないの?」
「ああ、士郎はまだ……」
と、そこまで言ってから今が何時なのか気付いた。もう夕暮れはとっくに過ぎている。
(ちょっとまて……)
そして、あることに気付いた。
(確か、アレが「殺された」のは、「私」が召喚された次の日の夜ではなかったか?)
気付いた途端、ガンと頭を殴られたような衝撃が襲った。
(馬鹿か、私は!!)
そうだ、今日が「衛宮士郎が殺された日」ではないか! そんなことにこんな時間になってから気付くなど、うっかりしていたにも程がある。
「爺さん、今すぐ出るぞ」
そう告げるなり、ざっと立ち上がって、エプロンをはずして、荷物を背負った。
「士郎が危ない」
side.衛宮士郎
慎二に頼まれ、弓道部の清掃を始めて早数時間。
気付けば時刻は夕暮れを過ぎて、夜にさしかかろうとしていた。
「……………………はっ!?」
しまった、つい久々だったものだからやりすぎた。
と思っても後の祭り。
当初の目的を忘れ、思わず思いっきり楽しんで弓道場をピカピカに仕上げている俺がいた。
「シロねえじゃあるまいし、何やってんだ、俺」
と、思わずそんな言葉を呟いて、はあとため息をついた。
いや、本当に何やってんだろう。
当初は掃除を1時間くらいで切り上げて、結界の基点探しに行こうと思っていたのに、気付けば汚れとかが気になって、ここをやったら次にあっちをやって、こっちをやって、弓の手入れも気になってそれもやって……って感じで気付けば時間が大分過ぎていた。
いやいや、本当シロねえじゃあるまいし、何やってんだか。
しょうがない。
これ以上遅くなったら流石にまずいよな。
今日はもう帰って、とりあえず結界のことだけでもイリヤに報告しよう、そう思って弓道場の外に出て、異様な魔力と妙な音を聞いた。
(鉄と、鉄がぶつかり合う音……?)
そう、まるでシロねえと鍛錬中に聞く音と同じ、それが校庭のほうから響いている。
それに惹かれるように、ただ、何事があっても対処できるように、気配と足音は極力消しながら、慎重に音の元出たろう場所へと向かう。
そこで見たもの。それはまるで神話の再来のような光景だった。
人間とも思えぬとんでもない魔力を秘めた赤い男と青い男、それが紅い槍と双剣を手に互いに殺しあっていた。
(なんだよ、これ……!)
あれは、人間じゃない。人間の姿こそしているけど、もっと高位の生命体だ。
それが、目にもとまらぬかのような速度で打ち合い、斬り合っている。まるで、幻想だ。現実感なんてまるでない。だけど、肌から伝わってくるこの殺気は本物だ。
だけど、それ以上に驚くべきこと……それは。
(なんであいつ、干将莫耶をもっているんだよ)
あれは、
俺だって使える、だけど、なんでだ。理由がわからなくて、暫し混乱する。
それに、あの白髪の男、あれを見ているとピリピリとおかしな感覚が襲ってくる。ヘンだ、なんで、俺は、あいつの剣技からこう目を離せないんだ。
いや、それより、シロねえより威圧的ではあるけれど、なんでアイツの型はシロねえそっくりなんだ? わからない。わからないけれど、それは……無骨で、されど見惚れるほど綺麗な太刀筋だと思った。
ざ、と二人の人ならざる男たちは距離をとり、何事かを一言二言話している。それに、大気がピリリと震えて、そして紅い槍を携えた青い男の殺気が先ほどとは比べ物にならぬほど跳ね上がった。
(殺される……!)
あの、赤い男は殺されるのだと、言わずともわかった。
瞬間、無意識に、俺はわざと音を立てるようにして、強化をかけた足でもって駆けていた。
(馬鹿か、俺は!!)
あんな奴らに俺が勝てるわけがない。それがわかっていて、なんであんな気付かせるような真似をしたんだ。
あれは、俺にどうにかなるレベルの奴らじゃないのに。
(馬鹿か、馬鹿か、馬鹿か)
本当、自分の馬鹿さ加減に嫌になって、内心己を罵倒しながら、校内にむかって、駆けた。
でも、やったことは仕方ない。あとはどうにかしてアレを撒くしかない。あと少しで、裏門の出口にさしかかる。あと少しだ、あと少し……すぐにそんな俺の見渡しはやはり甘かったと思い知らされることになったけれど。
「よぉ、案外遠くまで逃げたな、オマエ」
青い死神が、そこにいた。
とんでもない、魔力の塊だ。やはり、これは人間じゃない。
正体はわからずとも高位存在だ。それが余裕の笑みをもって俺を出迎える。気圧されそうになる、それを腹にぐっと力を込めて抑えた。ここまできたら、そう簡単に逃がしてくれるわけがない。それがわかって、覚悟を決めて、男をまっすぐに見上げた。
「ほぅ?」
男は面白そうな顔をして俺を見る。
じり、と背筋に嫌な汗が伝うのを、歯を食いしばって封じた。
「度胸がいいな、ボウズ。いやぁ、殺すには惜しい、惜しい」
男は俺を舐めきっている。それが俺が持つ唯一のアドバンテージだ。
どうする。
こいつに勝てないのはわかりきっている。ここからどう逃げ切る。どれが最善だ。
「だがな、見られたからには仕方ねぇ。ま、恨むんなら自分の運の悪さを恨んでくれや」
「……!」
男は笑いながら槍を向ける。
その間も思考し、無手のまま構えを作った。
シロねえは、俺の「投影魔術」は特に秘匿するように今までしつこく言ってきた。誰にも見られてはいけないと、そう言ってきた。だけど、今はもうそんなことを気にしている場合じゃない。
出し惜しみをすれば、次の瞬間俺は呆気なく死体となって地面に転がる羽目になる。
(干将莫耶を投影。あの槍の攻撃を一瞬でもいいからやり過ごして、
シロねえならばともかく、俺の今の技量じゃ、幻想にまで昇華するほどの投影精度をもつ干将莫耶を一瞬で作り出して
だけど、今は生き残るのが先決だ。
そうとも、こんなところでわけもわからず、殺されるわけにはいかない。
俺が死んだら、イリヤたちが悲しむ。
それがわかっていて、この命を何処の誰ともつかぬ輩にくれてやるわけにはいかないんだ。
(俺は、正義の味方になりたいんだ……!)
正義の味方が、自分の命すら守れないんじゃ、笑い話にしかならない。
周囲の人間を泣かせて何が正義の味方だ。
だから、俺は、たとえこんな状況でだって、最後まで生き延びるのを諦めたりなどしない。
「この大たわけが!!」
そうして、俺が投影しようと構え、男が槍を下ろそうとしたその瞬間、一瞬の閃光と、よく知った声が俺たちの間に割って入って聞こえた。
「真っ直ぐ帰れと今まで再三言っていただろうが! 何をしている!? こんなところで殺されかけるなど、馬鹿か貴様は!?」
その声は間違いなく聞きなれたシロねえの声で、その両手に握った得物でもって青い男の攻撃を塞いで、男のほうを見もせずに俺に向かって思いっきり怒鳴っていた。
でもそれすら気にならなくて、俺は思わず呆然とシロねえの手元を見ていた。
シロねえが手にしている得物といえば、白黒の双剣、干将莫耶というのが相場だけど、今手にもっているやつはそうではなく、左手は万能包丁で、右手は……マグロ解体用の……日本刀みたいな包丁……だと!?
ちょ、かあさん、なんでこんな時に限ってうっかり発動してんだ、アンタは!
(間違ってる、投影物間違ってるから~~~~!!)
自分の命の危機だったことも忘れ、思わず、そんなことを内心叫んでしまった俺だった。
NEXT?