新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回は名前とエミヤさんの現在の状況に関する話です。
尚、今回のおまけ4コマはあまり描き直しの必要感じなかったので、にじファン連載時代に描いた奴をそのまま流用しております。
エミヤさんはエプロン姿も捨てがたいけど、やはり三角巾に割烹着姿がジャスティスだと思うんだ!
次CCCの続編があるのなら、是非、アーチャーには割烹着と三角巾装備か執事装備のコスチュームが増えてほしいなと切実に祈っています。
side.エミヤ
士郎、切嗣、イリヤ。そして私の4人で、冬木で暮らし始めてから3ヶ月ほどが過ぎた。今では、士郎もイリヤも大分あの家での生活に大分慣れてきたと言っていいのだろう。
2週間程前に、とある高名な人形師の力を借り、イリヤも既に聖杯の器ではなくなった。
なにせ、本人そのものの人形すら作れる封印指定の持ち主の作だ。
元の体では第二次成長期を前にして、肉体の成長が止まることが確定していたイリヤだったが、今の人形師によって造られたこの体ならば、年相応に、普通の子供のように成長していくことも出来るだろう。
普通の人間そのもの……とまではいかなくとも、人としての生を歩む事が出来る。
もう彼女が、短い寿命と逃れられない運命に苦しむ事もない。
母は無くとも、今のイリヤには父がいて、弟がいて……私もいる。
驚くほど穏やかな生活。
まるで理想の家族だな、と思う。
戦争犯罪人として絞首刑を受けるといった形で人としての最期を迎え、反英霊の守護者へと死後成り果てたこの私が、いくら受肉したとはいえ、こんな風に人間として暮らす羽目になるとは思いもしなかった。
全く、一度死んだというのに、人生とは何が起こるかわからないものだ。
…………いつかも言った。
衛宮士郎と、そして王達が集う酒宴の場で。
『人としてここに留まる事にも興味がない』
あの時の言葉、それは決して嘘ではない。
現に、私は今すぐ座に帰ってしまってもそれはそれでかまわないと思っている。
それが、こうして人として暮らすことにした、その理由は色々とある。だが、一番大きな理由は……多分、切嗣とイリヤが哀しむ顔が見たくなかった、それだけなのだろう。
この世界は既に私の知っている歴史と違う
イリヤがいて、切嗣が生きているこの世界ではきっと、衛宮士郎が「正義の味方になる」という呪いを受け継ぐことはないだろうが、それでもあれは衛宮士郎だ。断言は出来ないし、なにより……この世界は私から見たら、私の知る歴史よりも理想的ではあるけれど、其れゆえの警報が頭の片隅で鳴り続けている。
等価交換。
私の知っている歴史とこの世界の歴史の違いはなにかの歪を生むのではないかと、漠然とした不安が寄り添っている。そこがどこ由来のものかはわからない。
ふと、泥の中で見た光景を思い出す。
顔など既に忘れた。
だが、あれは、暗闇の中で見たあの白昼夢で、確かに私は誰かに呼ばれたのだ。リンクが細くて切れそうだったけれど、今ならはっきりと自覚できる。
私は、
召喚主ではない、切嗣以外の人間と。
本能のようにそれを確かめなければいけない気がしている。
そして、それに次に接触できるのはこのままなら10年後おこるだろう、聖杯戦争しかないと、自分でも理解出来ない部分で何故か確信している。
だから、残るとしたらその時までだ。
(10年後の……聖杯戦争か)
起こるのがわかっているのなら、それを止めるべきだろう。
理屈としてそれはわかっている。
だが……。
(力が足りない)
この身に受けた呪いの多くは、
切嗣もはっきりとはいわないが、流れてくる魔力量から見れば、魔術師としては大分衰退していることがわかる。
それでも、普通の人間には今更負けはしないが、トドメはイリヤを浚いにアインツベルンの城に乗り込んだあの時。戦闘は得意ではないとはいえ、流石は御三家の一角というわけか……そう、あの戦闘で私は遅延性の呪いをかけられた。
それは私の身体から大量の魔力を奪い、衰弱させるといった代物だ。
今の私の魔力量など、たかが知れている。
正直言えば、いくら受肉しているとはいえ、現界するだけで精一杯な量の魔力しかこの身には残されていない。
きっと、現界しているだけなら支障ない事を除けば、前の『第五次聖杯戦争』で凛との契約を切り、単独行動スキルを頼りに1人で動いていた時の更に半分ほどの力しか発揮出来ないだろう。
チャリと、人形師蒼崎にもらった髪留めに手を伸ばす。
特別製の魔術礼装であるこの髪留めは、私が身につけることによって大気中の魔力を少しずつ集めて貯蔵することが出来、また、貯蔵した魔力量がいかほどのものなのかは一流の魔術師にも看破されることはないという優れものだが、一年、二年ではたいした魔力が集まるとも思えない。
だが、時を経ればやがてここ一番の切り札にはなるだろう。
右手の小指につけているこの指輪もまた、魔術礼装だ。
これがある限り、私の気配は限りなく人間に近づく。元々英霊としての霊格が低かった事や、受肉している身体も合いまり、まず元英霊だと気付かれることはないだろう。
故に滅多な事では協会の魔術師に正体を看破される怖れはない。
今は大人しく人間のフリをして力を蓄えておけばいい。それが今出来る最大の、その時に対する備えだった。
そこまで考えて、ふと、先日切嗣に言われた言葉を思い出す。
「戸籍……か」
そう、切嗣は、必要だろうといって、偽装書類を元に私の戸籍を作るとそういった。
私の真名は「エミヤ」であり、かつて人であった頃の名は「衛宮士郎」だ。
だが、ここには衛宮士郎が別にいるし、そもそも今の私は女の姿になっている。士郎などという男名を名乗るわけにもいかないだろうし、そもそもとして色からしても、私を日本人と見抜ける者もいないだろう。
切嗣は好きな名前を名乗ればいいと言っていたが、さてどうするか。
まあ、いい。商店街で夕食の買い物が終わった後、改めて考えよう。
そう思って商店街に入ったとき、その姿を見つけた。
黒いツインテールに、赤いスカートの女の子が、重そうな買い物籠を抱えて歩いている。
連れもいずに一人で。
(全く、何をしているのか)
私は思わずため息をもらすと、その少女に「凛」と呼びかけながら、ひょいと、その小さな身体には聊か大きすぎる荷物を取り上げた。
「え? わぁ、何するのよ……って、あんた」
吃驚した顔の、幼い遠坂凛が私を見上げていた。
気の強そうな碧の瞳は相変わらずで、顔色も悪くない事に僅かに安堵しつつも、明らかに自分の手に余る荷物を己でなんとかしようとしていた姿に少しの呆れ交じりの感慨を抱く。
まあ、これでこそ、遠坂凛は、遠坂凛なのかもしれないが。
それでもあれほどの家に住んでいるのだ、お手伝いさんの1人や2人いるだろうに。
「全く、この荷物は君には手に余るだろう。何故手伝いをよばなかったのかね?」
「あんた、あの時の。って、いいわよ、私、自分ひとりで運べます!」
キッと意思の強い大きな目を私に向けて、一生懸命荷物を取り返そうとからまわる小さな紅葉のような手。
荷物をひょいと上にあげたまま、いつかの日々を思い返して懐かしい気分になる。
「人の好意を無碍にするのは感心せんな。まあ、いい。君の家までこのまま私が運ぼう」
言いながら、凛の家の方角へとゆっくり歩みだすと、凛は慌てて私を追いかけた。黒いウェーブを描いたツインテールがふわふわと風に揺れる。それがまるで動物の尻尾のようでほほえましい。
「あのね、貴女ね、人の好意云々の前に、わたし、貴女と一回しか会った事ないんですけど」
じとりと、私を睨みながら恨みがましい声でツインテールの少女が言う。
「む、そうだったか?」
これはいけない。
凛が相手ということで、ついついそういうことを失念していたらしい。
「おまけに会うのは4~5ヶ月ぶりなんですけど? あんた、馴れ馴れし過ぎ!」
「む……」
しまった、言われてみればそうだった。それなら先に久しぶりと声をかけるべきだったか。
その辺りうっかりしていた。
「……それは、すまなかった」
思わず頭を下げて謝罪する。
「それにね……って、わかったならいいのよ、わかったなら」
まだ何かを言い募ろうとしていた凛は、だが私の謝罪を聞くなり今度は口をもごもごさせ、焦ったようにぷいと視線を逸らした。
その頬は赤く熟れた林檎のように真っ赤だった。思わず微笑ましくなる。
「何、何よ、その目」
「いや、ついな。君が気にするほどでもない」
どうも、我知らず笑っていたらしい。
「わかったんなら、荷物返してくれないかしら?」
むぅと、立腹しながら凛は、小さな手を私に差し出している。
「いや、やはりこれは私が運ぼう」
「はい?」
「
しれっと、そういうと、凛は暫くぽかんと口を開けて、ついで、茹で蛸のように耳まで真っ赤にしながら、「だから、なんで、あんたはそういうこというのよ。女なのに」とかぶつぶつと小さな声で呟いていた。
む? それほど私はおかしなことを言っただろうか? と思わず首をかしげる。
「それにしても、あんた、ね」
凛はいっそ挙動不審なくらいに焦った声で、私に語りかける。
無理矢理話題を変えようとする意図が目に見えるようだ。
「わたしのいうこと、覚えていたわけ? 髪、のばしてるみたいだけど」
言われて思わず自分の髪に手をやる。
あの時は肩口にかかるかどうかぐらいだった髪は、風呂上がりの髪を下ろした
「……まあ、そうなるな」
「あんた、どうしようもなく男女だけど、ふん、長いの似合うじゃない。うん、そっちのほうがいいわよ。やっぱり口調とか変だけど、あんたも女なんだし」
むすっとした顔でそんな言葉を吐く凛。
……女なんだし……か。ごめん、内心泣きたいよ、遠坂。悪いが全然嬉しくないぞ。
む、いかん、昔の口調が表に出た。気をつけよう。
まあ、実際髪を伸ばしている理由は女らしくするためではなく、蒼崎に貰った礼装の髪留めをつけるために伸ばしているだけ、というのが実の所だが、そこまで話す義理もないしな。
そんなことを考えながら、色々話を交えて歩いていると、気付けばもう遠坂邸は目と鼻の先にあった。
さて、では別れるか。
そう思い、荷物を返却して背中を向けたその時、凛は「あのね!」と呼び止めの言葉を叫んだ。
「あんた、約束は?」
……約束?
はて、そんなものしただろうか?
「ああ、もう、こっちはいつあんたが言うのかわざわざまってたっていうのに」
凛は、ぐしゃぐしゃと自分の髪を乱しながら、憤慨したようにそんな言葉を吐く。
いや、それは凛、折角の綺麗な髪が台無しになるからやめたほうがいいぞ、と思うが、逆燐に触れそうなので黙っておく。
「名前! 次に会ったら名乗るって言ったでしょうが!」
「あ……」
そういえば、もう会うことはないだろうなと思いながら、そうだった。そんなこといって別れたのだったな。
すまない、凛。すっぱりうっかり忘れていた。
「何よ、その顔。忘れてたってわけ?」
むぅと、唸りをあげる小さなあかいあくま。
「……すまなかった」
とりあえず素直に謝罪した。なんだか、今日のオレは謝ってばかりだな。
「もう、いいわ。あんたが天然だってのはよくわかったから」
はあ、とため息をつきながらそんな言葉を吐く凛。
……天然ってなんだ。天然とは。
「それで、名前は」
そうだな……なんと名乗ろう。
じっと自分を見上げる碧い瞳。黒いツインテールの未だ幼い少女。
遠坂凛。かつて自分の憧れだった存在で、魔術の師匠だった存在。そしてマスターであった少女と変わらぬ起源をもつ、彼女達の同一の別人。
「私の名前は……」
衛宮士郎はここでは、もう私の名前ではない。
普段よばせている名前の……シロと名乗るか?
いや、それもあまり気がのらない。
そう、つまらない見栄かもしれないけれど、彼女には、彼女だけには私は特別でありたい。
私にとって彼女が特別であるように。
「……アーチェ」
サーヴァントでは既にない私が「アーチャー」を名乗るのはおこがましい。それはわかっている。それに、いくら幼い彼女でもアーチャーと私が名乗ればきっと、聖杯戦争のサーヴァントであることに気付いてしまうだろう。そんなことはするわけにはいかない。それでも。
(それでも、
アーチェは
「衛宮・S・アーチェだ」
未だ小さな君に、この時代、出会うはずがなかった君に、君だけに呼ばれる為だけの名を送ろう。
そして私は、心の底から暖かい気持ちに包まれて、君に向かって笑った。
了
おまけ、「シロねえと料理教室」