新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
というわけでここまでの5話で一つの慟哭、これにて終了です。
次回第四次聖杯戦争編9話は『暴君の矜持』、お楽しみに!
PS、因みに今回の話、当初はエミヤさんとケリィは大喧嘩させようと思っていたのですが、実際に書いてみたらそうならない辺り、エミヤさんはエミヤさんだなあとエミヤさんの業の深さを思い知った話でもあったりします。
所詮奴など衛宮士郎の成れの果てよ……。
因みにケリィのマダオっぷりはまだまだ続く。
side.間桐雁夜
約束の時間が来た。
これから俺は遠坂時臣へと会いに行く。あの男へと引導をくれてやる。
既に機能を止めたも同然の左半身を庇いながら、この一年間、溜めに溜め込んだ狂おしいほどの殺意を胸に足を進め続ける。既に感覚すら危うい身だが、動くならそれだけでいい、充分だ。
自分の身体は既に死に体だ。
聖杯戦争が終了するのと、体中を蠢く蟲共に嬲り喰われ果てるのは一体どちらが早いだろうか。詮無い考えだ。
嗚呼、そうとも自分の命なんてこの際どうでもいい。
神父は言った。今宵12時に教会で、あの憎き遠坂時臣と対面させる場を用意すると。
自分が死ぬのはいい。もう、わかりきっていることだ。
それでも、今も間桐の家で蟲に犯され続けるあの少女を開放することが出来るのならば、かの魔術師を打ち殺し、聖杯を掴み取ってみせる。其れがこの一年の苦痛に耐えてきた俺にとっての何よりも優先する願いだった。
(もう少しだ、あと少しで……)
きっと、桜ちゃんは解放される。
あの理想の母子は本来の形を取り戻せる。
それを邪魔する奴は
ぎぃ、と軋んだ音を立て、神の家の戸を開ける。
厳かな礼拝堂の中は淡い燭台の灯が飾っている。
どこか幻想的な光景の中、信徒席の最前列に座る後頭部を見咎めた。あの頭の形は間違いなく、夢想するほどに引き裂きたいと思っていた男のものだった。
認識すると同時にぞわりと怒りが鎌を擡げ、男に向かって俺は走り寄った。
「遠坂、時臣…………ッ!」
持てる限りの憎悪を秘めてあらん限りの大声で名を呼んだというのに返事はかえってこない。
そのことに益々憎悪を募らせ、俺は叫んだ。
「俺など眼中にないというつもりか!? 貴様を殺すためだけに、俺は今まで生きてきた! こちらを向け、時臣! 答えろ!! 貴様は何故、桜ちゃんを臓硯の手に渡した!!?」
そうして、引き攣った俺の老人の如き手が、その見慣れた肩の辺りに到達した時、それは、ごろん、と、まるで熟れ過ぎた林檎のように取れて、落ちた。
「……え?」
理解の出来ない光景を目にした。
思考が未だ追いつかない。
ごろごろと転がっていった頭。
それはまるでどこかでいつか読んだ童話のように、男の首は転がった。
林檎を入れた木の蓋ではじき飛ばして、継母は継子を殺して首を飛ばし、その罪を我が子になすりつけたそんな童話。哀れ何も知らない父親は我が子を煮込んだシチューを「美味い、美味い」と食わされた。
どうして今そんなものを思い出しているのだろうか? あれはただの童話だ。作り話だ。
嗚呼、でも……。
転がった男の首は俺の目の前で止まり、生気の宿さない目が虚空を見つめている。
その丹念に整髪された巻き髪、耳の形、形良く整えられた顎鬚、全てがこの男は遠坂時臣と語っている。
鞠球のように転がったそれを、おそるおそる自分の顔の高さまで持ち上げる。人形などではない。冷たい肌、見開かれた瞳孔、間違いなく死んでいる、自分が殺すはずだった男。
……死んでいるんだ、遠坂、時臣が。
あの、完璧だった憎くも妬ましかった男、が。
(死んでいる? 本当に? どうして?)
その男を自分の手で殺す瞬間をずっと夢見てきた。
その後のことなんて考えたこともなかった。
足が、がくがくと揺れる。
自分が今立っているのか座っているのかすら曖昧で、全てのものから現実感が失われていく。
(遠坂時臣が……死んだ?)
そんなのあり得ないのに……!
だって、そうだろう。だって、あの男は、俺の目の前で葵さんを掻っ攫っていったあの男は、誰より完璧で、こんな……こんな風に惨めに首を落とされて
「な……何……何故…………?」
冷たい、首だった。
林檎のようにごろりと、転がって、でも身体はアソコにある。
いつも通りの、綺麗に整えられた洒脱なスーツ姿。
首だけがなく、優雅に足を組んで座っている。
でもその頭がない。
コレはナニ?
一体これはなんの冗談……?
この、俺の手に、ある、この物言わぬ憎らしい男の顔をしたモノは。その薄く開いた口から言葉が漏れることはない。呼吸さえしていやしない。
もう遠坂時臣が言葉を発することは、ない。
(だって、もう死んでいるんだから)
ぶるぶると、指が震える。
本当に、コレは、コレは……遠坂時臣の生首……?
顔に手を沿わす。冷たくて、生きている人間とは程遠い。死後、何時間も経っている。
こんなこと有り得ないのに。
有り得ちゃいけないのに。
何もかもが考えられなくなっていく。
思考が乱れる。
混乱に陥る。
何故自分がここにいるのかすら、曖昧で、混濁していく。
俺の目は、一体ナニをミテいるんだろう?
わからない、わかれない。
全てが、意味を失っていく。
崖から突き落とされたように、意識が濁る。
「……雁夜、くん?」
だから、その声の主が一体誰なのかすら、俺には認識できていなかった。
side.衛宮切嗣
「何故、黙っている。何故、何も答えてくれない」
僕の胸ぐらを掴み、壁に押しつけた侭、冷ややかに女の声が響く。苛立ちが滲んだそれに答える言葉を失って、僕はされるがままに立ち尽くしていた。
そんな僕の様子に気付いたように、彼女はそこで視線を落とした。
「ああ、そうか……」
ふと、女の声が重々しく沈んでいく。
それに嫌な予感染みた感覚が僕の背を走った。
「私になど、答える価値もないか?」
口元だけは皮肉気な笑みを浮かべて、泣きそうな目で女は言葉を放った。
「ああ、そうだ、所詮私など、ただの道具だ。あんたが望んでいたカードでもなければ、女1人守り抜くさえ出来なかった役立たずだ! さぞかし、私のようなカードを掴まされて落胆したんだろうよ!!」
自虐的なそれは、しかしこの白髪赤い外套の女騎士の、心の底からの叫びだった。
けれど、僕はアーチャーが何を言っているのか一瞬その言葉の意味を理解出来ず、目を見開く。
(馬鹿な、そんな風に思ったことなんてない)
どうして、自分をそんな言葉で形容する。
君が手を止めたのは僕の令呪によるものだ。決して君のせいじゃない。
何故、自分を傷つけ責めるような事を言うんだ。
でも、彼女は、アーチャーはずっとそんな風に僕に思われていると思って過ごしてきたというのか。
呆然とする僕に気付いた様子もなく、彼女は言葉を続ける。
ぐっと、胸倉をより強く掴まれた。
苦痛に歪んだ鋼色の瞳は涙こそ流していないが、それはまるで小さな子供が泣き叫んでいるかのような貌だった。
「でもだからって、妻が浚われようとしている場面ですら、使う価値がないほどか!? 私はそんなにも要らないか!? あんたはアイリを愛していたはずだろう、それでも、敵に浚われるのを黙認するほど、それほどに……」
激昂する声、最初は僕を問い詰めていたはずの声が自嘲を帯びる。
苦痛に耐えるように歪む顔。
確かに僕に対して最初は怒りを向けていた筈なのに、ずるりと、力を失い肩が落ちる。
女にしては低く、男にしては高いその声は、震えていた。
「オレは、あんたにとって信用がならなかったのか……?」
まるで、迷子になった子供のような顔で、ぼろりと溢された言葉。
虚ろな瞳は消えてしまいそうなぐらいに、儚く脆かった。
その顔と声に、ぐわんと、ハンマーで頭を撃ち抜かれたような衝動が、僕を襲った。
(違う、違う、違う!)
こんな顔をさせたかったんじゃない。
そんな言葉を言わせたかったんじゃない。
どうしてこんな場面になってすら、自分を責める。何故、そんなことを言うんだ。
自分をどれだけ傷つけたら気が済むんだ。自分をそんな風に迫害するのはもう止めろ。
でも嗚呼……僕は、馬鹿だ。僕は何も見てなんていなかった。
アイリスフィールは言っていた。
あの子を残して逝くのが1番心配だって。もっと幸せになるべきだって。そう言っていた妻の本当の意味を今まで僕は理解したつもりで出来ていなかった。
ただ、記憶を見て、それでわかったつもりになって。
アーチャーが自分をどれだけ慕ってくれているのか、あからさまだったからこそ自惚れて、後回しにして。
目の前を見ればこの子はいつでも傍にいたのに、向き合わない僕の言動と行動が彼女をここまで追い詰めた。
「アイリスフィールを全力で守れ、とそう令呪を使うことも出来たはずだ。そんな命令にも値しないほど私は……貴方にとっては、命を使い捨てる価値すらないのか」
ぎゅっと寄せられた眉根と自虐に歪んだ口元。
僕の胸倉を掴む力は弱々しく、まるで縋るような力に堕ちる。
「……ごめん」
ねっとりと唾液が張り付いて、上手く喋れない口を開き僕がやっと放った言葉は、そんなありふれた謝罪の台詞だけだった。そんな言葉しか思い浮かばなかった自分の愚かさに、歯噛みする。
そんな僕の乾ききった謝罪の言葉を前に、見上げてくる焦燥した鋼の瞳。
その目元が薄っすらと赤く腫れており、きっと自分に会うまでに泣いて苦しんできたのだろう事を理解する。そんなことにすら今まで気付いていなかった。
本当に、どうして僕は守ると誓っておきながら、この子とちゃんと向き合わずにきたのか。
ここまで、彼女の心を追い詰めたのは僕だっていうのに。
言わなきゃわからない事だってあるだろう。
本当は大事に思っているのだとしても、想いは伝えなければ意味がない。
だから、あの行為は「守った」つもりなだけの独善でしかなかったんだ。
それに漸く気付けた。
……本当に僕は父親失格だ。
ふと、8年前の事を思い出す。
愛しい女との間に生まれた小さな命。それを多くの人の血で汚れた自分には抱く資格などないのだと、アイリを前に泣いた夜。あの時アイリは、理想を遂げ聖杯を手に入れたあと、その時は魔術師殺しなんて忘れて、普通の父親に戻ってイリヤスフィールを抱いてくれ、とそう言った。
だけど、今はそれがどんな夢物語に近い奇跡なのか知っている。
聖杯が汚染されていたとしたら、僕がやっていることはただの殺戮で、被害を大きくするだけの行為でしかない。聖杯を取ったところで救われる者なんていないんだ。殺した果てに何も救えないなんてそんなの天秤が釣り合わない。そんな行為認めるわけにはいかない。
そしてアーチャーの記憶どおりにもしも歴史が進めば、僕がイリヤをただの父親として抱く日なんてくるはずがない。きっとイリヤと再会することさえ、叶う日は来なくなるだろう。
……そうしてあの子は、僕と、僕の引き取った子を恨み次の聖杯に成り果てる。
(そうだ、僕は何度間違えるつもりなんだ)
終わってから、なんて言い訳だ。
確かに今アーチャーは涙を流していないかもしれない。それでも確かにその心は泣いている。
苦しみと悲しみに暮れる我が子が目の前にいるのに、今伸ばさないのなら、これは一体何の為の腕なんだ。
有りっ丈の勇気を振り絞って、ぎゅっと、その自分と背丈の然程変わらぬ身体を抱きしめた。
きっと、僕がこんな行動に出るなんて予測すらしていなかったということなんだろう、腕の中の、鍛えていながらも丸みを帯びた女の身体は動揺に震えていた。
「何を、あんたは、何をしているんだ」
うろたえ、混乱に揺れる声と、ガラス玉のような鋼の瞳。
それはまるで行き場を失った幼子のような顔だ。
嗚呼……いつかも夢で見た、僕の
英雄なんてものは嫌いだ。あれは所詮、人々を殺し合いに立たせる為の偶像に過ぎない。
でも正義の味方も、英雄も結局は裏返せば似たような存在だったのだ。
そうして、それを目指して、彼女は至った。
いくつもの傷を抱えながら。
死んでさえ、在り方を変える事はなかった。
そして今もまた救えなかったと傷を負い涙している。
でも、いい加減彼女は知るべきだ。
だから、その身を離すまいとより一層強く抱きしめる。
そしてポツリと呟くような声で小さく僕は言葉を吐きだした。
「……大事なんだ」
「何を、言ってる」
言われた言葉を理解出来ないというように、女の声が揺れる。
だから僕は今度こそはっきりとそれを言葉に乗せた。
「君が大事なんだ」
静かに、息を飲む音がした。
「僕は、君を守りたかったんだ」
今までずっと逃げてきた。でも、もう逃げるのは止めだ。
困惑したような声がすぐ傍で響く、心臓がばくばくとなる。自分の行動に内心不安が渦巻いている。
だけど、今逃げたら、きっともうアーチャーは僕の言葉を聞いてくれなくなる、今度こそ心を閉ざしてしまう。
それは確証の無い確信だった。
「私はサーヴァントだぞ」
「君を失いたくなかったんだ!」
白髪の女は泣きそうな声で叫ぶ。
負けじと僕も叫び返した。
「たわけ! 私は死者だ! 何を考えている!? まさか……生者のアイリよりも、私を優先したという気か!? そんな、馬鹿な……馬鹿なことを。貴方は自分が何をやったのかわかっているのか!?」
信じられない、と、アーチャーの声が揺れる。
嗚呼、そうだ。僕自身信じられない。こんな選択をする日が来るなんて、日本に来る前は思っても見なかった。
「アイリは聖杯だ、すぐに殺される危険性は低い」
「それが甘い考えだってことは、私が言わなくてもわかっているはずだろう!?」
「君が死ぬと思ったんだ!」
ぎゅうと、万感の想いをこめて、その身体を抱きしめる。
腕の中の体だけ大きな子供は、泣きそうな目をして、唇を戦慄かせながら、それでも僕の言葉に耳を傾けていた。
「馬鹿なことを、貴方は……馬鹿じゃないのか。大たわけだ! 私なんかをアイリより優先してどうする気だ、私は
「僕の娘だ!!」
僕の宣言に息を呑みこんだアーチャー。
その、真っ白な髪に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「誰がなんと言おうと君は僕の娘だ。親が我が子を守ろうとして、何が悪い!」
「馬鹿だ!!」
堪らず、彼女は叫んだ。泣くような声だった。
「貴方は、馬鹿だ。大戯け者だ!!」
「うん、そうかもしれない」
気付けば、口元が笑いを模っていた。
でも、父親なんていつだってそんなものだ。娘の前ではいくらでも馬鹿になってしまう生き物なんだよ。
今の僕は今までになくそのことを素直に受け止めれていた。
聖杯は願いを叶えない可能性があるとわかっている今だからこそ、これでいいんだと、自然に思えた。
「私は、死者だ! サーヴァントなんだぞ、それを……ッ」
「関係ないよ」
葛藤に揺れる声。それをぽんぽんと、落ち着かせるように背中を叩いて告げた。
「貴方は……」
「
初めて真名で名を呼ぶ。はっと、彼女は目を見開いた。
「今まで、ごめんね」
「…………たわけ」
鋼色の瞳から一滴、涙が零れ落ちた。
初めて見た、本当の涙だった。
side.間桐雁夜
「…………雁夜、くん?」
それは自分がこれまでの生涯、最も恋焦がれてきた女性の声だった。
立ち尽くしている女性は、自分の幼馴染で、この、自分の腕の中で骸になっている男の妻の……遠坂葵。
この世で最も幸せになって欲しかった存在で、現在最もこの場に
「あ……う……」
彼女の言葉に俺が言葉を返すことはない。
寧ろ、返せる返事なんて俺はもっていない。知らない。わからない。
どうして彼女が現れたのか、意味が分からない。
(何故、ココに葵サンが……イル?)
葵さんが俺を見ている。
いや、俺の手の中にある、ナニカを、変わり果てたナニカを凝視している。
見てはならないナニカを。
「葵、さん…………俺は…………」
何を言っていいのかわからず、それでも言葉をかけようとした。
しかし彼女は俺の続きの言葉を気に掛けることもなく、俺に興味を示す事もなく、するりと俺を通り越して、真っ直ぐに遠坂時臣の物言わぬ死骸へと歩み寄る。何が起きているのかワカラナイ。
ただその場に気圧されて、俺は彼女が涙を流して嗚咽を上げる姿を、逃げ場を失ったまま見ているだけだ。
この状況のなにもかもが俺には理解出来ない。
いや、理解したら自分が崩壊すると、そんな予感が理解することを拒んでいた。
やがて顔を上げた葵さんは、こんな言葉を俺に投げかけた。
「…………これで聖杯は間桐の手に渡ったも同然ね。満足してる? 雁夜くん」
その憎悪に満ちた声。
知らない。何故、葵さんがそんな声で俺を呼ぶ?
そんな憎らしくって堪らないって顔で俺を見るんだ。
俺が知っている葵さんは、優しくて……だって、なんで。
「俺は……だって、俺は……」
何もかもわからない。
なんで遠坂時臣が死んで咎められなければならない?
そもそもなんでこの男はこんなところで死んでいたんだ?
幼馴染の自分を見る目も、この状況も何もかもがわからない。
「どうして、よ…………間桐は、私から桜を奪っただけじゃ物足りなかったの? よりにもよって、この人を、私の目の前で殺すだなんて…………それも、こんな酷い殺し方……で、どうして? そんなにもあなたは
……彼女は一体何を言ってるんだ?
いや、その前にこの人は誰だ?
葵さんそっくりの、憎悪を自分にむけてくるこの女は。
ワカラナイ、ワカレナイ。
だけど、だけど……!
「そいつが……そいつの、せいで……」
震える指で時臣の首が切断された死体を指差して、俺は精一杯の声を上げた。
「その男さえ、いなければ……誰も不幸にならずに済んだ。葵さんだって、桜ちゃんだって……幸せに、なれた筈……」
「ふざけないでよ!」
そうだ、そもそもなんでこんな外道じみた男が死んだ事で俺が責められなきゃいけないんだ!?
そう思っての俺の弁明は、けれど憎悪に満ちた愛しい人そっくりの女の声に遮られた。
「あんたなんかに、何が解るっていうのよ! あんたなんか…………
「……あ……」
その言葉に、俺の中のナニカが、ぴしりと罅割れていく。
「俺、に、は……」
……好きなヒトがいた。
彼女の為なら命さえ惜しくないと、ずっとだから、どんな痛みにも、あのジジイの仕打ちにも耐えて、耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてタエテキタノニ。なんで否定、ドウシテ、されなきゃいけない、認めない、イヤだ、オレは、俺は。
「俺には…………好きな…………人が…………」
駄目だ。
早く。
早く、あの口をふさがないといけない。
だって、耐えて、嘘が、駄目だ。俺は、否定しないでくれ。貴女だけは否定しないで、葵さんと同じ顔をして、やめて、嘘だ。黙って黙って黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。
ぐっと、両手に力をこめた。細い首。
ぱくぱくと閉口する口は尚も俺を罵倒しているかのようで、更に力をこめた。
そうして土気色に変わっていく女の風貌、けれどそれは確かに今まで秘めてきた最愛の女性と同じものだったんだ。
「…………あ」
どさりと崩れ落ちる女の身体は、それきり昏倒して身じろぎすらしやしない。
「あ、あ…………」
死んでいる……?
誰よりも大切だったヒトが?
彼女を守れるのなら命すら惜しくないと……そう思ってきたヒトを……。
(俺が殺した……?)
ぎぃ、と礼拝堂の扉を開ける音が聞こえて、はっと振り向いた。
そこにいたのは、赤毛の天まで届かん程の大男。真っ赤なマントを身に着けた、膨大な魔力の塊。
ライダーのサーヴァント。
「なんだ、辛気臭いところだわな。本当にここは神の家か?」
それがナニカを言ってる。
わからない。なにが。なにを。
あの男は、俺ハ……俺って、ダレ?
「さて、余の許可も得ず、王の姿を騙った不届き者は貴様の連れか?」
ぎらりと光る眼孔の意味も、その気圧される膨大な力の主の意味も、何故ここに其れが現れたのかも、全てが理解の外にあった。
この目に映るのは、倒れた葵さんと、首の無い時臣の死体と、入ってきた第三者。
「あああぁああアアアァあああァあああ…………!!」
頬を掻き毟り、蟲に犯された体中を憎悪しながら、俺は、気付けば黒き甲冑の自分の従者を目の前の男に差し向けていた。
一人の男の慟哭の声だけが冬木の街を木霊する。
からから、からからと
NEXT?