試練の魔王と境界線   作:そるのい

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更新が遅れて申し訳ない
では序章最終話です


序章Ⅳ『境界線前の馬鹿』

自分が何をしたいのか

他人に何を求めるのか

自分だけが知っている

 

配点 (願い)

 

 

「コラコラ、後から来たのに勝手に床で寝ない」

 

 オリオトライの前には、生徒たちが死屍累々と地面に横たわっていた。

 

「んで、生存者は鈴を含めて五、六人ってとこかしら?」

「わ、私は……運んで貰っただけです、けど」

「それはチームとしての選択だからいいのよ。他の途中リタイヤ者も大体回収できてるわね」

「今、甘粕殿が自分で撃墜した者たちを回収に行っているで御座る」

「駄目ねー、あのくらいちゃんと避けないと」

「屋根を伝って広範囲に広がった電撃とか、どうやって避ければいいんですか」

「そこら辺はあれよ。――勘?」

「「「あんただけだよ、それ!」」」

「うるせえぞ! 誰だ騒いでやがるのは!?」

 

 オリオトライの背後の事務所の正面玄関が開き、そこから怒声が上がる。出てきたのは、全長三メートルは下らないであろう、赤い鱗で四本の腕、頭からは二本の角が突き出た巨体。

 

「あらあら、魔神族も地に落ちたものねー。――まあ、ここは空だけど」

「なんだてめえ!?」

 

 響く怒声に鈴が身を震わせる。

 

「叫んじゃ駄目よー、鈴を泣かせたら武蔵総住民から袋にあうわよ?」

「ああ!?」

 

 魔神の返答を意に介さず、オリオトライは魔神に背を向け、長剣を肩に担いだまま生徒に向けて説明をする。

 

「んじゃ皆、これから実技。解る? 魔神族、体内器官に流体炉に近いものを持っているおかげで内燃排気の獲得速度がハンパじゃないの。肌も重装甲並みだし、筋力も軽量級武神とサシでいけるくらいよね」

「解ってんじゃねえか。一体なんのようだ! うちの前で遠足か!?」

「ん。ああ、実はちょっと夜警団にも頼まれてんのよね。――シメてくれって。あ、個人的には先日の高尾での地上げ、覚えてる?」

「ああん? んな、そんなんいつものことで覚えてねえよ!」

「そう。――建前すら解らずにぶっ飛ばされるのも大変よねぇ」

「てんめぇ……!」

 

 魔神が走る。その身体能力は一気にその体を加速させ、ハンマーのような形状の四本腕を前に掲げてのチャージへと移行する。本来、対人に用いるべき威力ではないが、

 

「夜警団とかの話からの警戒? いい判断だけど――」

 

 オリオトライは言葉と共に右足を前に出した。

 

「――これから先生が手本を見せます」

 

 長剣は左下に下げられている。

「巨体と筋力、装甲があろうとも、魔神族には致命的な弱点があるわ」

 

 それは、

 

「生物には頭蓋があり、脳があるわ。頭蓋を揺らせば、神経系が麻痺する。それが脳震盪。そして頭蓋を揺らす効果的な方法とは、頭部に密着しているものを打撃すること。頭部から離れた位置を叩けば、振動は大きく響く」

 

 魔神族の場合は、

 

「ここね」

 

 オリオトライが先ほど踏んだ右足を軸に、体を時計回りに回転させる。そのまま一回転して魔神の突撃の軌道から逃げながら長剣を振る。回転の勢いがついたそれが魔神の角、その先端に軽くあたる。それは、わずかに魔神の首を傾げさせただけに過ぎない一撃だが、

 

「――!?」

 

 そのまま数歩進んだ魔神が、不意に膝から力を失って転倒した。地面を擦りながら倒れ混んだ魔神は、立とうとするが膝に力を入れることができずに、身体を持ち上げては転ぶという動作を繰り返す。

 そんな魔神の前に立ち、

 

「魔神族や大型生物は、こういう状態になると脳の代わりに身体の各部にある神経塊が働き出すから回復が早いの。だからそうなるまでに、――落ち着いて対角線上の位置を強く打つ」

 

 言葉通りに、彼女は左ホーン先端の対角線上である右顎を強く打った。

 力が入らない魔神は防御も回避もできずに、首をぐるりと回して、白目を剥いた。

 

「実は固く見えるところを打つのがポイント。その方が振動が直接響くからね。こういう連中の頭部は内部骨格が張り出しているだけだから、ちゃんといい方向から叩けば脳に直接響くわ。やっちゃいけないのは首を埋めるような方向から打つこと。衝撃が背中から尻へと抜けちゃうのよ」

 

 そう説明する間に魔神が床に倒れ伏し、背後の事務所が慌てて正面扉を閉めた。

 

「あ、警戒されたかな」

 

 当たり前だ、と生徒たちは床から身体を起こし始める。

 

「んー、じゃあどうやって入ろうかな。入り口は待ち構えられてるだろうし、皆を引率するのに屋上からの突入はちょっとなぁ……」

「……あの、引率って何ですか先生」

「ん? 社会見学で実技。今、手本見せたっしょ?」

「「「あんなん、出来るかー!」」」

 

 皆が叫んだとき、

 

「――あれ? おいおいおいおい、皆、こんなとこで何やってんの?」

 

 横から間抜けな声がした。

 その声に皆が振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。

 茶色の髪に、笑った目。崩して着込んだ鎖付き長ラン型制服に、小脇には紙袋を二つ――内一つは軽食屋のパン、右手には紙の束を抱えている。

 

「トーリ″不可能男″葵……!」

「武蔵馬鹿筆頭……!」

「――んと、うん、俺俺。って何だよ馬鹿筆頭って。馬鹿言うなよ、武蔵馬鹿筆頭はアマッカスに決まってるだろ?」

 

 トーリの言葉に反応したのは、撃墜者を背中に担いで通路側から歩いてきた甘粕だった。

 

「……俺も自分が馬鹿であるとは自覚しているが、お前に言われる筋合いはないだろう。なあ、武蔵馬鹿筆頭」

「おう、人のことを馬鹿馬鹿と。知ってるか? 馬鹿って言ったやつが馬鹿なんだぜ!」

「「「お前ら両方とも大馬鹿だよ!」」」

「えー。まあ、でも皆、こんなとこで奇遇だな。やっぱ皆も並んだのかよ!?」

 

 彼はもう一つの紙袋を掲げた。

 その言葉にオリオトライが額に青筋を浮かべながら、

 

「……さて、話ハショると授業サボって何に並んだって? 先生に言ってみなさい」

「え、なんだよ先生。俺の収穫物に興味あんのかよ! 俺参ったなあ!」

 

 そう言いながらトーリが紙袋から取り出したのは、

 

「ほらこれ見えるか先生! 今日発売されたR元服のエロゲ″ぬるはちっ!″。これ超泣かせるらしけて初回限定があさから行列でさあ。俺、今日帰宅したらこれ電簒器に奏填して涙ポロポロ溢しながらエロいことするんだ! ほら点蔵も欲しいだろコレ!? ――ってか、お前の親父は店舗別特典求めて他の店にも忍者走りで行ってたけど行かなくていいのか?」

「お、親父どのー!? せめて忍んで欲しいで御座る!」

 

 父親の行為を止めに全速力で走っていった忍者を気に掛けるものは居らず、その代わりにオリオトライは無言でトーリの肩に手を置いた。

 

「あのさあ、先生が今何を言いたいか、分かる?」

「当たり前だろ! 俺と先生はツーとカーの関係じゃないか!」

「うんうん、先生の言いたいこと分かっていたら君は今すぐ武蔵から紐なしバンジーしなくちゃいけないんだけどねぇ」

「き、汚ねぇ。汚ねえぞ先生! 胸を揉ませてくれるんじゃ無かったのかよ!」

「おーい、何か変なもん見えてない? 今何が見えてる?」

「うん、今はとりあえずこれだな!」

 

 そう言ってトーリはオリオトライの胸を無造作に揉んだ。

 ――場の空気が完全に死んだ。

 

「あんれー、おかしいなぁ。もっとこう、骨や筋肉で硬い感じになってて驚愕する予定だったんだけど」

「あれ、これって攻撃を当てたことに……?」

 

 呟くアデーレの声は風に流された。

 ブルブルと震えるオリオトライを無視して、トーリは皆の方を向いて言った。

 

「ああ、そうだ聞いてくれよ皆。――俺、明日コクろうと思うわ」

 突然の発言に皆の頭に疑問符が浮かぶが、すぐに納得の表情に変わる。

 

「フフフ、乳揉んでエロゲー持ちながら説明なしに告白宣言とか、いい具合に人間として終わってるわね。告白する相手が画面の向こう側にいるならチンコをコンセントに突き刺して感電死するといいわ! 素敵! どういうことか、この賢い姉に説明なさい!」

「画面の向こうという、決して届かぬ位置にいる者に思いを届かせようという、その決意。素晴らしいぞ! 俺は全力で応援しよう!」

「おいおい、姉ちゃんにアマッカス何、朝からいきなりエクストリーム入ってんだよ。あのな? 明日コクるから、これはエロゲ卒業のために買ってきたんだぜ? わっかんねえかなこの俺の真面目なメリハリ具合!」

「フフフますます駄目度が増していくわね愚弟、エクセレント! でも明日フラれたらどうすんの?」

「んー、その場合はまず泣きながら全キャラ実名でコンプリートすんじゃねえかな」

 

 そうじゃねえよ! という叫び声が上がる。

 それを、聞き流しながら喜美は一息ついて、

 

「じゃあ愚弟、賢姉を相手にコクりの練習よ。――相手は誰かゲロしなさい、さあ!」

「馬っ鹿、知ってるだろ? 皆だって前に『そうじゃないか』って言ったじゃねぇかよ」

 

 トーリは全員の顔に視線を合わせた後、こう言った。

 

「――ホライゾンだよ」

 

 それを聞いて、喜美は肩を落としながら、

 

「馬鹿ね。――十年前にあの子は亡くなったのに。あの、アンタの嫌いな″後悔通り″で。……墓碑だって、父さんたちが作ったじゃない」

「解ってるよ。ただ、そのことから、もう逃げねえ」

 

 トーリは笑みのまま、もう一度皆を見渡して、

 

「コクった後、きっと迷惑掛ける。俺、何も出来ねえしな。それに、その後にやろうとしていることは、俺の尻拭いってか――」

 

 一息ついて、

 

「世界に喧嘩を売るような話だもんな」

 

 その言葉に皆は反応せず、じっとトーリの話を聞いている。

 

「明日で十年目なんだ、ホライゾンがいなくなってから。皆、覚えてねぇかもしれないけど」

 

 甘粕も無言で佇み、彼の言葉を聞いていた。

 

「だから、明日コクってくる。彼女は違うのかもしれねえけど、この一年考えて、それでも好きだと解ったから、――もう逃げねぇ」

「じゃあ愚弟、今日は準備の日で、……今日が最後の普通の日?」

「……そうだな。でも安心しなよ姉ちゃん。俺は何も出来ねえけど、――高望みは忘れねえから!」

 

 笑顔で言ったトーリの肩を後ろから叩く手があった。

 トーリが振り向くと、そこにはオリオトライが据わった目付きで立っていた。

 それを気にせずトーリは右の親指を立てて見せると、

 

「先生! 今の聞いてたかよ!? 俺の宣言!」

「ん? 人間って怒りが頂点に達すると周囲の音が聞こえなくなるのよねぇ」

「おいおい先生、生徒の話は真摯に聞こうぜ。可哀想な先生のために、もう一回言ってやるからさ」

「いいか? ……今日が終わって無事明日になったら、俺、コクりに行くんだ!」

「――よっしゃ、死亡フラグゲットー!!」

 

 次の瞬間、オリオトライの回し蹴りがトーリに炸裂し、事務所の壁に穴を開けた。

 

 ――もう一人の馬鹿が高笑いをしながらその穴から事務所に突っ込むまで、あと三秒。




前半のほとんどが原作通りなので削りたかったけど、ここを削ると後が面倒いからってしたらこんなに長くなった。

さて、序章は原作沿いで行ったので、ここから少しずつ逸れていく予定。

トーリと甘粕のどっちが馬鹿なのかは凄く気になるところではある。

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