オリ主がISキャラを煽るだけのお話   作:夏からの扉

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主人公の条件とは、どれだけ格好良いシチュエーションでありふれた台詞を言えるかに懸かっている

 

 

 

 

 

「セシリアに謝れ」

「はあ…………?」

 

 試合会場に立ってからの織斑一夏の第一声はそれだった。思わず間抜けな声が漏れて、ロクに考えもせずに煽り始めようとする口を諫める。

 びっくりした。

 いや、何というか……びっくりした。

 具体的に何に驚いたというわけではないんだけれど、少し織斑の主人公属性を侮っていたのかもしれないということで、適当に納得しておく。自分の気持ちが正確にわからないなんていつものことだから、気にしないのが健康的だ。

 

「えっと、ごめん。何だって?話半分しか聞いてなかったから、えーっと、シリアがどうしたって?ああ、言わなくていいぜ。自分で考えるから。やっぱあれだろ?内戦にISが持ち出されたとかそんな感じの話を、ニュースでやってた気がする。うん、そうだな。やっぱISは戦争の兵器じゃなくて、スポーツの道具として無駄に高すぎるスペックを腐らせるのが一番良いよな」

「てめえっ……!」

 

 織斑が声を荒げるが、俺としては何故彼が怒っているのかがさっぱりわからない。世間話を善良な方向に持っていこうとしただけで怒るとか、やはり彼はバーバリアンの血統に連なる者で、ミスブシドーの幼馴染のことだけはある。

 

「何怒ってんの?ああ、ごめん。もしかしてシリアの話じゃなくてリビアの話だったか?悪いけど、リビアについてはニュースでも見ないからよくわからねえんだ。ていうか、何で織斑はリビアにそんな並々ならぬ興味を持ってんだ?」

 

 親類縁者がリビアで兵隊をやっているのかもしれないと考えて、織斑に比較的同情的な気持ちを顔面の筋肉を操作することで示そうと思ったが、フルフェイスでフルアーマーな『マールム・グローリア』はそれも許してくれない。

 

 どうでもいいけど、俺がIS操縦者になってから世界にたくさんの自称親類さんが増えてくれた。人類皆兄弟ということで、数人は認めてみたりしてみたけど、あの人たちは女性人権団体に襲われてもまだ生きているのだろうか。

 少なくとも、まだ人質を殺すという内容の脅迫状は届いていない。それ以外のファンレターは毎日山ほど届いているのだが、織斑もファンレターに溢れていないかと少し疑問を呈したくなった。

 

「ふざけんな!セシリアに謝れって言ってんだよ!」激昂する織斑。言葉と共に勢いよく唾が飛んで、アリーナの地面に落下する。きったねー。

 

「え?何で?俺何か悪いことしたか?したなら謝るけど……ごめんなさいすいませんでした俺が悪かったです。……これでいいか?」

「てめえっ……!」

「それさっきも聞いたんだけど」

 

 ISを装備しているおかげで、体調はすこぶる良い。オルコットも煽れて、更にこれから煽ることのできる種も残して、気分も絶好調だ。こんなに恵まれてて良いのだろうかと不安になったが、卒業後のモルモット人生を思うと幸福の前借りということで腑に落ちる。

 

「……俺が試合に勝ったら、セシリアに謝れ」

 

 と、織斑はそう言った。デュエル脳である。

 

「あー、もしかして顔面を思いっきりぶん殴ったことを責めてるのか?おいおい、これは野蛮な格闘系のスポーツなんだぜ。ルールーで禁止されてるわけでもないし、頭揺らして意識奪うのなんて常套手段だろ?それとも何だ、まさか女の子の顔を殴るなんて男らしくないぞ!プンプン!とか言っちゃう気なのか?まぁぁぁぁさかそんなわけねぇえよなあぁあ!?差別は良くないぜぇぇええぇえ?そもそも、絶対防御があるんだからオルコットの顔には傷一つ付いてないだろ。おやおやおやいくら俺が邪魔だからといって、冤罪は酷いんじゃないかな織斑千冬の弟くぅぅぅうぅうううん」

 

 まだまだ序の口。煽っているつもりはないし、まだ俺が言っているのも軽口くらいのものだろう。しかし、織斑はそうは思っていないらしく、怒りを露わにして雪片……いや、雪片二型だったか。それを構える。

 

「喧嘩っ早いね。すぐに暴力に訴えるのは姉譲りかい?それとも何かいーぃことでもあったのかな?具体的に言うと例えば織斑ってオルコットのお見舞いと評して保健室に行ってたけど、そこで何かとても素晴らしいことでもあったのかもしれなぁいねぇぇええ」

 

 適当にペラを回す横で、爆発寸前の織斑に個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を繋ぐ。右目の穴から脳味噌を取り外して相手に移すイメージをすると、案外簡単に繋ぐことが出来る。

 

『ドーモ、オリムラ=サン。ヤシロです』

「っ!?」

 

 挨拶は大事だというのは古事記にも書いてあることだというのに、必要以上に大きくリアクションを広げる織斑はきっと演劇の才能があると思う。挨拶をしたというのに挨拶を返さないとは忍者の風上にも置けないと思ったけれど、よく考えてみたら忍者なんているわけがないぜHAHAHAHAHAと無意味にフラグを建てていずれは俺の元に忍者が現れてくれるのを期待してみた。

 

 嘘はさておき、ハイパーセンサーで立体化されたうえに強化された視覚の中では、織斑は雪片二型をおおよそ剣道らしくなく片手で持って、水平方向に腕を広げてバックステップで俺から遠ざかろうとしていた。

 ちなみに、個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)は数メートル離れた程度で通信環境に弊害を出すほどポンコツではない為、彼の行動は何の意味もないと言えるだろう。

 ……いや、マジで何がしたかったんだ。まさか本当に役者志望?まさかねぇ……。

 

『いや、俺も考えたんだけどさ。俺────わざと負けてあげようか?』

「は?」

 

 織斑の間抜けな声はギャラリーには聞こえていなかったようで、今も絶えず喧噪は疑問や懐疑の色でなく、「織斑くーん、頑張ってー」や「ぶっ殺せー」の色をとり続けていた。

 

「どういうつもりだよ……!」織斑が肉声で返す。個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)が使えないのだろうか。

 

『どうもこうも、そのままの意味だぜ。よく考えたらさー、俺オルコットに勝っちゃったし、これに勝ったらクラス代表やんないといけないんだよな。面倒だしさ、どうせなら織斑に全部任せようかなーって』

「ふざけんな!ちゃんと……ちゃんと勝負して、セシリアに謝れ!」

 

 大声を出す織斑。ああ、何のために個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で話しかけたのかわかんねえな。

 内心文句を言いながら、仕方がないからちゃんと、アリーナ中に広げるように声を出そうと決める。俺としてもそちらの方が好ましい。やはり煽るのなら、大観衆の中、煽った後も何かが残り続けるようにするのが良い、と思う。

 一時の楽しみだけがあればいい、と思うのと同時に、一時の愉しみだけでは勿体ない、とも思うのだ。

 

 全身が震えて電波の着信をお知らせする。頭の中のアンテナはバリ三でしっかりと受信状況の好調を知らせてきて、織斑へと投げかける言葉をぐるぐると螺旋を描かせる。電波人間の称号を恣にする我が身としては、この場の織斑の罵倒を全世界に公共の電波に乗せて、世界を織斑派と俺派の二つに分けてみたいとも思ったが、ブリュンヒルデが向こうに付いている時点で無理ゲーだし、そもそも現状況から電波を発信する方法が見当たらないので諦めた。ふぁっきん。

 

「……ちゃんと勝負、ねぇ。さあどうしようか。さあぁあぁぁどぉうしようか。正直言うと理由なんざねえんだぜ?オルコット戦だけでも十分に機体スペックの誇示はできたと思うし、データもそこそこで、これから先に集めることだってできる。俺はクラス代表にはなりたいなんて思わない。……ほぉら、俺が本気で戦う必要なんかねぇじゃねえか。さっさと雪片二型っていう姉のお下がりで斬りかかって来いよ、近年稀に見るやられ方をしてやるからさああぁぁぁぁ!」

「……逃げるのかよ」

「何か問題でもあるのか?あれ、あれあれあれあれあれ、もしかして織斑って逃げることが男らしくなくて駄ぁ目だとか思っちゃってるのかぁぁぁぁぁ!?いやあお笑い種だ喜劇かコントでも見てる気分だ最高のジョォォォォォォオオオォォオオォォクだぜえええええええええぇぇぇぇええええぇぇええ!!!」

「何がおかしいんだよ!」

 

 織斑は言いながら、キュインと光る雪片二型を持って斬りかかってきた。挑発に乗った直線的で直情的な動きは身体能力特化のこの機体にはカモにしかならず、必要最小限の動きで躱すことが出来る。

 しかも、フォースを感じるその刃は確か、シールドエネルギーを消費して殴りかかるという、素人に持たせるには自爆特攻もいいとこな姉のお下がり装備なので、こうも最初から使われると本当に俺が勝ちかねない。

 もう少し考えて戦えよ。

 

「そう言えば織斑ぁ、お前オルコットとの試合の時、家族を守るなんて言ってたよなあ。もぉぉぉぉぉぉしかして偶然男でISを動かしちゃったから、偶然代表候補生に肉薄しちゃったから、勘違いしちゃったのかなぁぁぁ?」

「何ッ!がッ!だよッ!」何の考えもない薙ぎ払い。上体を反らせてマトリックスごっこと共に、バク転で織斑の顎に一撃。

 

「所詮は俺もお前もただのモルモットなんだよ。今この時点でもすぅでにに織斑千冬に守られてることに気付いてない愚鈍な考えなしで力も思想も目的もぜぇぇぇぇぇぇぇぇんぶ薄っぺらいくせにガキの一つ覚えみてーに守る守るって言ってるだけのクソガキが。あ、年齢のことを言ってるんじゃないぜ?機体の武器はお下がりでしかもそれを誇りに思い自分がISを動かしたことがどんなことかも知らなくて今研究所でホルマリンにぷかぷか浮かんでねえのが誰のおかげかも理解しないでここに入学したことを本意でないような顔をして他人の気持ちなど自分に理解できないとわかれば理解しようとする努力すら放棄して暴力的で短絡的なことを男らしいと勘違いして身の程も知らない単なるブリュンヒルデの弟という立場に守られているだけの七光りのくせに誰かを守ると息を巻いてお前が世の中に与えた影響も知らずにお前のせいで誰かが世の中で死んでものほほんと女といちゃいちゃしてそしてお前の使っているお下がりのその武器が下手をすれば相手を殺しかねないということも知らずそもそもそれが戦争の兵器だということにも気が及ばず純粋な善意じゃなくて優秀な姉への憧れや中途半端に歪んだ信念から来た善意を正しいことだと信じてガキが癇癪起こしたみたいに騒ぎ立てるっていうことがガキだなって思っただけなんだ。勘違いしないでくれ」

 

 語尾に『勘違いするな』との言葉を使ってみたので、これで俺もきっとツンデレキャラの一端にはなることができただろうと予想する。そんな安易なキャラ付けで大丈夫か?とか問いかけてみたくなるが、記号としてのキャラよりは作為的なキャラの方がまだマシというものだろう。

 

「てっ……めええええええええええええええええええ!!!」

「あぁぁれぇ?怒った?適当にあるかもしれないってだけのことを並べただけだったのに、もぉぉぉぉしかして図星だったのかなあああああああ!?」

 

 織斑に振り下ろされたブレードがアリーナの地面を叩いて、跡を残す。地面に叩きつけられたブレードはキュイインという音を残響させながら極々小規模な地震を織斑の周辺に引き起こす。

 振り下ろしが終わって隙だらけの織斑の後ろに回って、脇の下から肩までに手を回す形で彼を羽交い締めにした。

 

「今だ、俺ごとやれ!」

「なっ……!?」

 

 何も起きない。

 それもそうだ、ただ単におちょくってるだけなのだから。

 まるで力負けして振りほどかれたかのような演技をしつつ、織斑から距離を取る。

 

「くそっ……何てパワーだ……!」

「舐めやがって……!」

 

 別に彼の力を舐め腐っているわけではない。むしろ、織斑千冬(バーバリアン)の血統からなる才能────三十分もISに触れてないというのに、ぶっつけ本番で飛行どころか戦闘ができるレベルの才能は、十分に評価しているつもりだ。

 未だにISによる飛行ができず、身体能力特化のこの機体でなければマトモに戦えなかったであろう俺と比べると、その才覚は格段に織斑の方が上だろう。だが、それは力だけに限定しての話だ。挑発されれば挑発されるほど動きが直線的になる中学生メンタルを相手にするならば、路地裏レベルの喧嘩殺法があれば十分に対処できる。普段よりも身体能力が高い状態ならば、尚更だ。

 

 ……でも、おちょくりながら戦うのは割とギリギリだ。先ほども彼の一撃必殺のブレードが掠りかけて心拍数を上昇させた。相手を冷静にさせたらおしまいだ。

 もっとペラを回せ舌を回せ頭を回せ。もっとこう、黄金の回転とか生み出す勢いで。

 

「なあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ織斑ぁぁあああぁあぁぁ、お前、白騎士事件は勿論知ってるよなぁ?」

 

 白騎士事件。

 日本を攻撃可能な十二カ国の軍事コンピューターが何者かにハッキングされ、発射された計二千三百四十一発のミサイルを始めとして、戦闘機二百七機、巡洋艦七隻、空母五隻、監視衛星八基を人的被害無しに突如として現れた謎のISを纏った女性が破壊。ISが世界の武器の頂点へと立った事件である。

 そして、その犯人が篠ノ之束であるというのも有名な話だ。

 タイミングも動機も十分で、しかもそれができても不自然がないというのが篠ノ之束ただ一人だからだ。で、各国もそれがわかっているのにそんなスーパーテロリストを逮捕しなかった理由が、ISによる旨みを吸いたかったから。まあ、その結果が女尊男卑のこの社会であるから、ほとんどが男であった当時の首相たちにはご愁傷様という内容の怪文書を送るより他になかった。

 

「それがっ!」斜め左上から。避ける。「どうしたんだよっ!」返す刀で右から。『モーンストルム』で受け止めた。

 

「いやあ、少し思うんだけど白騎士って誰なんだろうね。世間一般に普及する前にISを着てたからきっと篠ノ之博士の協力者なんだろうな。そういえば白騎士事件でハッキングを行ったのって篠ノ之博士本人だっていう噂知ってるか?まったく、ISのスペックを読み間違えてたり操縦者のスペックが追いつかなかったりしたら大惨事だっていうのに、成功しても十分にテロリスト一級の資格は持ってるだろうな。え?あれ?ちょっと待って、協力者がいるぜ。俺は気付いたんだ、まるで日本を救ったような形になった白騎士だけど、そいつも十分テロリストなんじゃないかってことに。日本国民のヒーローになったような顔してるけどそいつは自分の名声のために、安っぽいヒーロー願望のために篠ノ之束が各国の軍事コンピューターをハッキングすることを許容したんだ!もし自分の力が及ばなかったら、もしISのスペックがそれほどでもなかったら、もしミサイルが出来損ないで日本に届くまでに落下したら、そんなIFの確立は決して低くはない。だぁぁがぁぁぁ!!白騎士はそんなことは知ったことかとばかりに篠ノ之博士の計画を止めはしなかったんだ!自分が名声を得られれば被害を被る哀れな人のことはどうでもいいと言うのか!人でなし!そんなテロリストが世の中で一定の評価を得ているというのは許せないなあああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああああ!!!そぉぉぉぉうだぁぁ、こぉの考えを世間に公表してみれば誰かがテロリストが誰かを明かしてくれるかもしれねえええぇぇぇええぇぇえぇえぇぇぇなあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!??」

「だ……まれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

 

 力任せに振り下ろされてスピードを増す光の刃に、危うく右腕が掠りそうになる。慌てて『モーンストルム』で防御を試みるも、肘に当たって、硬質な音と共に機体の一部が切断された。命には関わらないから、絶対防御は発動しなかったようだ。

 ……どう考えても殺人に特化した武装である。

 スポーツとして使うのには無理がある、バンジージャンプの命綱を切るかのような行為。

 

「どおぉぉぉぉぉぉぉぉぉしたんだ織斑ぁ!!急に怒鳴って、キレやすい十代かぁ?いや、もしかして白騎士の正体に心当たりがあるのか!?忌み憎むべきテロリストの正体を知ってるというのか!?織斑、早く話すんだ!テロリストを庇ったらテロリストの共犯と見なされテロリストと同罪と見なされるぞ!!!」

「うるせえええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 もっとも、本当に白騎士────この女尊男卑社会で神として崇拝されることさえある織斑千冬が罪に問われるとは考えがたい。むしろ、メディアによる印象操作により織斑千冬は更に神格化される可能性の方が高い。

 

 が、この状況で説得力なんてものはいらない。

 ただ、少しだけ筋が通っていて、一パーセントでも可能性があるのかもしれないと、頭に血の上った織斑に思わせることができればいいのだ。

 

「あ」

 

 ぴたり、と動きを止める。

 それに連動して、訝しんだ織斑も顔色に怒りを隠さないまま停止した。

 

「そういや俺、負けなきゃ駄目なんだったね。クラス代表なんざなりたくないし。えーと、何だっけ。そうそう、オルコットにも謝ってやるからさ、さっさとその……七光りブレードだっけ?それで勝負決めちゃってよ」

「そ────れでも男かよ!てめぇっ!」

「男じゃなきゃこんな待遇じゃないんだがな。ほら、さっさとしようぜ。七光りブレード光らせて、斬れよ。抵抗しねえからさ」

 

 織斑はさっきまでは俺に凶器系ブレードを斬りつけようと躍起になっていたくせに、今は歯を食いしばってこちらを憎々しげに睨んだまま静止していた。仕方がないから、ブレードを掴んでやる。「なっ」織斑が驚いたような顔をしてブレードを両手で掴むが、ブレードの刀身は光らない。

 時間がかかるし痛そうだから、嫌なんだけどなあと溜息を吐いてから、行動に移す。

 

 ガッ!と硬質な物同士がぶつかる音が響いて、次いで、肩が外れそうな鈍い衝撃。「…………うわ、地味に痛い」などと嘯かなければ情けない声でも上げてしまいそうな痛みが神経を支配して、脳へと達する。痛みはじわりと浸透していくように肩から勢力圏を広げて、二の腕まで到達する。

 

「な、何やってんだ!?」

「見てわかんないのか?織斑のブレードで俺を斬りつけただけだぜ」

 

 エネルギー無効化攻撃はしていなかったが、身体能力特化の馬力で武器を使って思いっきり斬りつけたから、だいたい五分の一くらいのシールドエネルギーは削れた。

 ……あと少なくとも四回は繰り返さなくちゃいけないのか、これ。

 そう思うと、先ほどの痛みとは言わず今現在も進行形で神経を蝕んでいる痛覚が決断の邪魔をして、自傷をする手を止める。

 

「……おいおいおい、さっさと光らせろよ。その方が手っ取り早いんだから。七光ってるくせにブレードの一つも光らせられないのかよ。できないならせめて頭を光らせろよ。光らなくても光ろうとする意思くらいは見せろよ!」

 

 いかにも戸惑ってますと演技過剰のきらいがあるような織斑の表情筋が訴えて、それから何かをわめき立てる。話半分くらいの感じで聞いていたが、やはり半分くらいの認識では何もわからなかった。

 とりあえず、千冬姉という言葉が聞こえたから織斑先生に何か関係があることなのだろうと当たりを付けて、そこから多分白騎士事件の犯人についてのこと、つまりはさっき言ったことに関してだと予想した。

 

『……じゃあ、織斑。こうしよう。お前が勝ったら俺は何もしない。オルコットにも謝るし……ほら、今がチャンスだろ?気が変わって勝ちたくなる前に早くお下がりの必殺技でやっつけねえぇぇぇぇぇぇとなああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁあああ』

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で脅迫的な内容の言葉を伝える。いつ斬りつけられるかわからない状況は地味にストレスになるので早く決めて欲しいところだが、織斑はギリッと奥歯を噛みしめるだけでアクションを起こさない。もしかしたらこれは俺にストレスを与えようという織斑の攻撃なのではないだろうかと思えてきた。

 何と卑劣な……とか脳細胞を生け贄に捧げていると、織斑が目を細め、表情を歪ませてブレードを光らせた。

 顔の基準が高いと結構歪んでも最低基準は保っているものだ、と感心する。

 

「俺は、お前が、嫌いだ」

「そうかよ」

 

 できるだけ「どうでもいい」という気持ちを込めて返答してみた。気持ちはきっと伝わると言うし、きっとこの思いも彼に伝達してくれることだろう。

 

『試合終了。勝者────織斑一夏』

 

 そして、試合終了のブザーが鳴る。左胸を直撃した斬撃は跳ね返るような痛みを残しつつ、思ったよりも長引かずに、先ほどよりもすっと染み込むように消えていった。

 拍手も歓声も上がらないアリーナに、織斑が俺をじっと睨む。

 

「何がしたかったんだよ────お前」

 

 何てことはない、その顔が見たかっただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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