オリ主がISキャラを煽るだけのお話   作:夏からの扉

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才能と努力は対比される傾向にあるけれど本当に一片も才能がなければ努力も実らないから努力は才能のある者にのみ許された特権である

 

 

 

 

 『黒』がそこにはいた。

 

 視界を塗りつぶす黒色。パーツの一つ一つから、全身の装甲に至るまであらゆる部分が漆黒に包まれている全身装甲(フルスキン)。異様に長い腕、肩幅や腰に合わないほど細い胴体、そして、顔を隠す装甲と一本角。

 どこを取ってもISには見えない、異常なフォルム。

 

 『マールム・グローリア』。

 倉持技研の開発した織斑一夏の専用機『白式』に対抗して、日本、イタリア、スペイン、ドイツ、アメリカの五カ国で共同開発された第三世代のIS。

 どうやら研究所は『ブリュンヒルデの弟』で『篠ノ之束博士の知り合い』である織斑一夏よりも、親戚知人にこれといった特徴のある人物がいない俺のデータの方が欲しいらしい。まあ、研究所が求めるのは、どうやったらISが万人に動かせるかの探求だし、明らかに特別な奴よりも普通の奴のデータの方が貴重なのだろう。

 

「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとセッティングは実践でやれ。できなければ負けるだけだ。わかったな」

 

 隣で、織斑先生が織斑に話しかける。数時間もIS起動してない素人に対してこの言葉。口が自動的に動きかける。我慢我慢。

 

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

 

 ペンキを散らしたくなるような真っ白なISに身を包んだ織斑に、織斑先生が言った。

 ……ふぅん、へぇ。

 一夏、ねえ。

 

「大丈夫、千冬姉。いける」

「そうか」

 

 その言葉だけでも通じ合える、といったような言葉の応酬に背筋に虫を這わせながら、『マールム・グローリア』を見つめる。専用機、というのに何らかの感慨が湧かないわけではないが、今重要なのは訓練機よりも動かせるかといったことだけだ。

 俺も多少の練習はしていたが、IS適性はC。地上での基本的な動作はそこそこだが、満足に空を飛ぶことは出来ない。

 訓練機は多少慣れたからそんなものとはいえ、下手に性能が良いだけの動かしにくい機体を使って惨敗だなんてのは笑えない。オルコットに変に俺を克服されて開き直られてはつまらないのだ。

 

「箒」

「な、何だ?」

「行ってくる」

「あ……ああ。勝ってこい」

 

 関係者でもないくせに何故かいる篠ノ之と青春十代喋り場な雰囲気を醸し出しながら、織斑がピット・ゲートに進む。

 

「椚くんも、今の内に初期化(フォーマット)を済ませてください。織斑くんの試合が終わったらすぐ、とは言いませんけど、それでも最適化(フィッティング)に時間がかかるかもしれませんし」

「あ、はい」

 

 『マールム・グローリア』に触れる。手の内部の筋肉が浮くように乖離する感覚を伴って、血管内部に異物が侵入するように心臓まで回っていく。不思議に気分はあまり悪くない。気分は高揚し、顎は浮遊感を発する。

 鼓膜を介さず頭の中に変声期で変えたような声の歌が高低合わせて十以上は聞こえてきて、なるほど、『聖歌(グローリア)』かと納得してみた。曲調がマイナー調なのは、『疾患(マールム)』だからか『(マールム)』だからか。

 IS開発陣の遊び心に舌を巻く。ただし同時に、んなことやってる暇があったら仕事しろ、とも思う。

 

 皮膚の上を粒子的な何かが覆い尽くして、硬質な何かへと変貌して、腕も脚も伸びた分だけ感覚が延長する。最初からそうであったかのように繋がり、指先まできっちりと繋がる感覚は神経にも似ていて、無意識的に動かすことが可能だった。

 

「お、お、ぉおおぉぉぉ、ぉ、おおおお」

 

 ハイパーセンサーの作動。

 距離感が無くて二次元的な視界が一気に立体へと次元を上昇する。三百六十度あらゆる方向が見えて、温度湿度振動音声距離角度明度彩度全てが数値化できる視界の中で密かに口を三日月型に曲げていることも知ることが出来た。

 らしくもなく、これから起こすことが何よりも楽しみらしい。

 篠ノ之といい、織斑先生といい、ちょっと我慢しすぎた感があるかな。

 

────戦闘待機状態のISを二機感知。操縦者織斑一夏。ISネーム『白式』。戦闘タイプ近接型。特殊装備有り。同じく、操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備有り────

 

 ふむ、まだ始まってないのか。

 それならとISを駆動させてリアルタイムモニターの正面にいる織斑先生の後ろに回る。織斑先生は少しだけこちらに反応したが、彼女の親愛なる弟くんの試合の方が気になるのかこちらを見ようともしない。

 まあ、俺も今はブリュンヒルデさんなんかよりも織斑の試合の方に興味がある。

 ISの練習をどこぞの姉の威を借る狐っ娘のせいで十分すらもしていなくてISの知識も参考書と古い電話帳を間違えて捨ててしまうほどに皆無なくせにやたらと無意味に自信満々で操縦時間がゆうに二百時間にも昇るであろう代表候補生にセンスと才能と血統だけで挑もうという、勇気と考え無しという言葉を間違えて辞書で引いちゃったかのような男、織斑一夏が行う試合に実に興味がある。

 

 モニターの中では、ようやくオルコットが織斑に射撃をしていた。試合開始。織斑が当然のことながら避けられずに直撃を喰らって左肩をぎゅるんと変な角度に回していた。

 オルコットが目を閉じて、ふぅと息を吐く。第一撃が当たったことで、自分はいつも通りだ。大丈夫だと確認しているようにも思えるのは穿って見過ぎか。

 

『さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットの奏でる円奏曲(ワルツ)で!』

 

 モニターから聞こえてきた何とも言いようのない台詞に、部屋の中の三人が微妙な顔をしたのを『マールム・グローリア』が感知した。

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 つまらなかった。

 飛んだり跳ねたりブレードを振り回してみたり、とてもISをろくに操縦したことないようにはとても見えないような、天性の才による動きを見せていたが、それだけだ。

 代表候補生との力量差を凌駕するようなものではとてもなかった。

 しかもブリュンヒルデリスペクトなのか、武器がブレード一本しかないとかいう鬼畜仕様で反撃さえままならない。倉持技研やる気あんのだろうか。

 

「────お?」

 

 とか思ってたら、織斑が反撃に出た。『ブルー・ティアーズ』から放たれるビットの一機をブレードで真っ二つに切り裂いて、しめやかに爆発四散させる。「サヨナラ!」という幻聴がイギリス政府の財布から聞こえた気がした。あれ一ついくらするんだろうな。第三世代の特殊武装だから安くはないと思うんだけど、これ練習試合なんかで消費していいものなのだろうか。

 

『この兵器は毎回お前が命令を送らないと動かない!しかも────』気分は火曜の崖の上。ハイパーセンサーで声色に調子が搭乗していることも感知できた。『その時、お前はそれ以外の攻撃をできない。制御に意識を集中させてるからだ。そうだろ?』

『…………!』

 

 確かにオルコットは挑発に弱そうで逆境に陥ったらパニックになりそうなタイプだけれども、わざわざ自分が相手の手札を知っているというアドバンテージをこれ見よがしに見せびらかさなくてもいいだろうに。

 

 追い詰めるには実力が足りない。

 焦らせるには見せ札が足りない。

 ついでに言うと、この程度で調子に乗ってる時点でメンタルも足りない。

 

「はぁぁ……。すごいですねぇ、織斑くん」

 

 山田先生の言葉に、初心者にしては、と言葉の尻に続く単語を幻視した。まあ、実際代表候補生相手に三十分耐えて、あまつさえ相手の武器破壊までこなすのは、破格とも言える健闘ぶりだ。

 しかも、俺は一週間練習しても飛行は少ししかできなかったのに、こやつはぶっつけ本番で成功である。ブリュンヒルデ(バーバリアン)の血統だろうか。織斑の両親がどんな蛮族だったらこうなるのか、少しだけ気になった。

 

「あの馬鹿者。浮かれているな」

「え?どうしてわかるんですか?」

「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からのクセだ。あれが出るときは、大抵簡単なミスをする」

 

 織斑先生が彼の個人情報を開かす。取り敢えず憶えておこう程度のものでしかないが、その他大勢の範囲内に入るであろう、基本的に騒ぎ立てるだけのクラスメイトの名前を憶えるよりは有用そうだ。

 

「へぇぇぇ……。さすがご姉弟ですねー。そんな細かいことまでわかるなんて」

「ま、まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな……」

「あー、照れてるんですかー?照れてるんですねー?」

 

 バーバリアンが山田先生をヘッドロックする。「いたたたたたっっ!!」どうやら彼女は、身内も他人も生徒も教師も関係なしに暴力を振るう、新生代の平等精神を掲げているようだった。

 昔は男女平等を叫んでいたのに今は女尊男卑を掲げる連中よりは好感が持てるが、取り敢えず教師には向いてない。ついでに言うと、文明人にも向いてない。「私はからかわれるのが嫌いだ」と責任転嫁にも余念がない。

 

『おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!』

 

 ビットを追加で二機撃破してオルコットに斬りかかる織斑に、突如『ブルー・ティアーズ』の腰のあたりからスカート状にミサイルが広がり、織斑へと飛翔を成し遂げて爆発した。

 

「一夏っ……!」篠ノ之がまるで心配でもするかのような声を上げているが、こうなった間接的な原因は彼女が織斑に一切ISの練習をさせなかったことにもあるだろう。

 

 黒煙もくもく。思わず「やったか!?」なんて言いたくなってしまう。

 勝ち誇った顔をするオルコット。妙にフラグ臭がするが、これはフィクションではないのだ。前振りも伏線も、何の意味も持たない。

 

「……とか思ってたんだけど」

 

 黒煙が晴れたそこには、白色の機体。しかも何か、形がちょっと違う。

 

「────ふん。機体に救われたな、馬鹿者め」

 

 織斑先生の台詞からして、おそらく最適化(フィッティング)が完了したのだろう。そして今、ようやく一次移行(ファースト・シフト)を終えたらしい。

 ……いや、今完全に当たってたでしょう。爆発してたし。

 もしかしたら一次移行(ファースト・シフト)って、ポケモンの進化みたいに無敵時間が存在したり進化したら回復したりするのだろうか。

 そう思い、聞いてみる。

 

「織斑先生、一次移行(ファースト・シフト)ってシールドエネルギーが回復したり短時間の無敵状態になったりするんですか?」

「……?そんなわけがないだろう」

 

 あるぇー?

 

『ま、まさか……一次移行(ファースト・シフト)!?あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言うの!?』

 

 オルコットの悲鳴にも近い情けない声。攻撃をする手も止めて言うようなことだろうかと若干疑問には思うが、織斑も動いてないのでイーブンだ。団栗の背比べに近い何かを感じ取ることができた。

 

 そして、姿形の変化した織斑のISに、どこかで見たことのあるような武装を確認する。日本刀にも似た形状のブリュンヒルデの現役時代の武装、雪片。それに似ていた。

 あと、どうでもいいかもしれないが、一次移行(ファースト・シフト)を終えたことによりただでさえガンダムに似た機体が更にガンダムっぽくなった。彼がガンダムだ。

 

『俺は世界で最高の姉さんを持ったよ』

 

 彼の独白に間違いを見つけて、訂正したくなった。

 正確には、最高ではなく最強である。

 

『俺も、俺の家族を守る』

「……………………」目を細めずとも、ハイパーセンサーではっきりと見える。

『……は?あなた、何を言って────』

『取り敢えずは、千冬姉の名前を守るさ!……………………というか、逆に笑われるだろ』

 

 謎の独白で現在進行形で俺の腹筋を破壊しにかかる織斑は、確かに笑われている。

 まあ、流石に表には出さないけど。

 

 ミサイルが二機、飛ぶ。織斑を挟むように左右から突撃してきたミサイルは、織斑へと届く前にブレードに横薙ぎにされて、何故か織斑を通り過ぎてから爆発した。その場で爆発しないのが不自然でならない。

 そして、織斑が加速する。『おおおおっ!』織斑の咆哮に呼応するように、ブレードに光が集まって、ビームサーベルになっていく。フォースの導きを感じる……。

 オルコットの懐に飛び込んだ織斑の、ビームサーベルが彼女に当たる瞬間。

 

『試合終了。勝者────セシリア・オルコット』

「……………………なんと」

 

 試合結果に首を傾げてみたら、ISが発光して、形状が変わった。

 あ、俺のも進化したんですかそうですか。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 織斑の試合終了から三十分後、オルコットと俺の試合。

 さあ、見るに堪えない試合を見せてやろう。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

「……さ、先ほどは油断していたとはいえ、わたくしはこれでも代表候補生。降参するのなら、い、今の内でしてよ」

 

 声は未だに震えているが、この前よりは大分持ち直している。織斑と戦ったからなのか、時間の経過が傷を癒してくれたのかは知らないが、叩き潰し甲斐がある。

 

「ご忠告どうもありがとう。いやあありがとう本当にどうもありがとう!でも俺は諦めないよ。例え無理だと断じられても可能性が少しでも残っている限りは引っかき回してぐちゃぐちゃにして台無しにして泥まみれでも勝利を掴んでみせるんだ!」

 

 好青年風に笑ってみたが、全身装甲(フルスキン)の『マールム・グローリア』ではそれも伝わらない。仕方がないから、個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で笑顔のみを伝えてみた。

 オルコットがびくりと反応して、顔を青ざめさせる。

 

「なあ、オルコット。お前はこの間まで男性を見るからに見下したこの世の中有象無象が考えなしに考えそうな女尊男卑思考を全面に押し出していたけれど、織斑と試合をすることで何か変わったか?」

「え────ええ。今までわたくしが見てきた男性は、弱々しくて情けなくて、いつも誰かの顔色を窺っている人ばかりでした」

 

 オルコットが顔を伏せる。見つめ合うと素直にお喋りできないのかとも思ったが、よく考えてみれば俺は全身装甲(フルスキン)だった。どちらにしろ見つめ合うことはできない。

 

「ですが────一夏さんの強い意志の籠もった目を見たら、それは間違いだったのだとわかりました。男性全員が弱々しいわけでも情けないわけでもなく、一夏さんのような立派な男性もいるのだと、知りました。だから────」「素晴らしい!!」

 

 大袈裟に、長すぎる両腕を広げて、オルコットの言葉を遮った。

 

「自分の言ったことを簡単に覆して、反省できるなんて中々できることじゃあないよ!はっぴぃぃぃばぁぁぁすでぇい!新しいセシリア・オルコットの誕生だ!前はキツいことを言ってしまったかもしれないけど、あれはきみがあまりにもその才覚を態度で腐らせてしまっているから、勿体ないと思って心を鬼にして仕方がなく言ったことなんだ。でもこうしてよぉぉおやくちゃんと考え直してくれたんだね!俺はとても嬉しいよ!今までのようにせっかくの才能を下品な自慢と下劣な態度と下衆な性根をオープンにしている状態から、今、ようやくきみは一般レベルに這い上がったんだ!おめでとう!そしておめでとう!汚らしいゴミカス以下のきみは死んだんだ!もういないんだ!きみはこれでもう、胸を張って外を歩くことができる!何と素晴らしいだろうかああぁぁぁああああぁぁ!!!」

 

 演技過剰でも、その方が良い。わかりやすい。

 言わばこれは前振り。ただの布石でその後を盛り上げるための素材でしかない。中身なんてなくったって構わないし、多少不自然があってもどうでもいい。

 

 ピットにいるバーバリアンに乙女回路回文先生、武士道と修羅道を勘違いしている七光りと、楽観と思考放棄の申し子である才覚に頼り切った七光りだけが、驚いたように目を見張っている。

 その中で、警戒しているのは────やはり、織斑先生(バーバリアン)だけか。

 いや、まあ。だって俺、現時点ではちょっとキツめに良いこと言ってるだけだからな。

 

「な、何を────」

「ああ俺はそんな素晴らしいオルコットと戦うことを心待ちにしていたんだとっても楽しみにしていたんだ一日千秋の思いで待ち続けて心だけが渇いて干涸らびて木乃伊になるほどに待ぁち望んでいたんだあぁぁぁぁぁぁ。いやあこんなに良い日は人生で何度目だろうかいやもぉしかしたら初めてかもしれないなぁ。よし、これまでオルコットが言ってきたあれこれを全て水に流して織斑も交えて仲良くやろうじゃないか」

 

 へらへらとして表情を全て言葉に込めるようにして喋る。

 ハイパーセンサーがオルコットの心拍の安定を示してくれた。俺を見る目にも恐怖や警戒は薄らいでいるし、震えだってもはやないように見える。

 

「行き過ぎだ女尊男卑思考も、才能のない者を見下した発言も、自分が選ばれた人間とか勘違いしちゃったようなエリート思想も、イギリスの代表候補生として日本を馬鹿にした発言も、不特定多数の人間を貶めるような言葉も、全て忘れて仲良くしよう!これからのことを思うと、楽しそうで、思わず笑いがこみ上げてくるよ。ひ、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは────────んなわけねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇだろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 翻す。笑う。嗤う。嘲う。

 広げられた両手は天に向かって上げられて、馬鹿には見えない元気玉でも投げるように一定の間隔を保っている。

 

「覆水は盆に返らない吐いた唾は飲み込めない後悔は先に立たないし賽は投げられたし時は既に遅すぎた。今更今更、今更なぁぁあぁあんだよおぉぉおぉぉぉぉ!!あれだけのことを言っておいて?まだ少しでも友好の余地が残されているとでも思ったのぉ?いやいやいやイギリスの代表候補生であり男を猿だと見下せるほど頭が良くてクラスメイトのほとんどの母国である日本を馬ぁ鹿ぁにしたセシリア・オルコットさんがまさかたった一人の日本人の男と三十分ちょい戦っただけで考えが変わるわけないじゃないか。ふふふ、わかってるぜ。擬態だろう?目で人を判断するだなんてそれはもう外見での差別と言っても差し支えない。でも言葉にしてみると不ぅ思ぃ議ぃとぉ良い言葉みてーに聞こえちゃうから適当に言ってみただけなんでしょ?周りは日本人ばっかの環境で、つい本心がでちゃったわ!どうにかして釈明したい、どうしよう────そうだ!簡単に他人に影響されちゃうチョロくて安ーい女を演じたら言った言葉は有耶無耶に出来るし、そのついでとばかりに日本も持ち上げられるわ!だから一夏さん、素敵!抱いて!ちょっと調べてみたら両親死んじゃって遺産管理一人でやってたんだって?そおりゃあ頭も回るようになるよね。凄い凄い!僕ちん危うく騙されちゃうとこだったなぁぁぁぁぁぁぁ!」

「く、ぬぎ、さん……!」絞り出すような声。聴覚刺激が顔面の弛緩をもたらす。

「んー?なーにー?」

「誤解ですわ……!た、確かに私は以前は本心では日本を、男性を馬鹿にしておりましたが、今は!きちんと心を入れ替えてそれぞれを尊重しています!」

「そぉぉぉうだろぉうねぇ。そういうことにしないとみんなの顰蹙を買っちゃうもんねぇぇぇぇ。やめて、わたしはこんなにもチョロくて浅くて情けない存在なの!だから虐めないで責めないでクラスに馴染めるよう一夏さんも褒め称えるからぁぁぁああぁあぁぁぁぁああ!!!」

「こちらに非があったとはいえ、度重なる侮辱、もう許しませんわ……っ!」

 

 我慢の限界を超えた、といった表情のオルコットが射撃をする。

 色の付いたエネルギーの塊が飛来して狙いは右肩だということがハイパーセンサーのおかげではっきりとわかる。

 だが。

 

「なっ……!?」

 

 突如として展開された黒色と赤色の毒々しい壁に阻まれる。その壁に当たったエネルギー弾は、壁に僅かな発光を残して、爆発するでも火花が散るでもなく、消えた。

 

「なんですの、その盾は!?」

 

 オルコットの驚愕の声。頭の中で無免許医が手術を開始しながら、その言葉には少々間違いがあると訂正を入れる。

 

「盾に見えるのか、オルコットの脳神経はもうボロボロだなあ────これはメイスだよ」

 

 カシャン、カシャンと音を鳴らして、俺の目の前に展開されていた毒々しい壁が、一本の棍棒へと変わっていく。

 レイピアにも似た形をした武器の先端には、甲冑ごと相手を撲殺することを目的として作られたメイスの特徴である、鋭い起伏。悪意の籠もった形と、織斑の雪片とは対照的に滑らかさの欠片もない無骨なフォルムに、オルコットが目を見開く。

 

「くっ……!これしきのことで……!」

 

 オルコットがシューティングゲームばりに弾幕を張るが、メイスを展開すれば一撃さえも当たらない。ビットでの攻撃を試みるも、棍棒状に戻したメイスの一振りで簡単に防ぎ、ついでとばかりにビットも破壊する。

 狙いが直線的でわかりやすい。挑発した甲斐があった。

 

「貰ったから返すねええぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 メイスの先端が開き、近代的な砲台(キャノン)の形へと変質する。そのまま、白色のエネルギーの筋が空気を振動させながら、砲口から発射された。薙ぎ払うように制圧される地面を避けて、オルコットが体勢を崩しながら空中に避難する。

 

「なっ……!ふざけてますわね……」

 

 線を描くように抉られた地面を見て、オルコットが呟く。

 

 第三世代IS『マールム・グローリア』特殊武装。『怪物(モーンストルム)』。

 エネルギーを吸収して、内部で反射させながら統合。外部に放出させるといった特性を持った可変型のメイス。流石に五カ国の共同制作だけあって、強力な武装だ。

 

 しばらくオルコットはライフルを振り回してドキュンバキュンしていたが、吸収されてロングレンジのレーザー光線になって戻ってくるのがわかると、一旦撃つのをやめる。ビットでのレーザー攻撃も、展開した『モーンストルム』が立ちはだかると狙いが小さすぎて無闇にエネルギーを与えてしまうと判断したようで、ゆっくりとオルコットの方へと撤退する。

 オルコットは俺が飛べないことにも気付いたのか、上空で制止した。

 

「……射撃型の天敵みたいな武装ですわね、本当に」

「そうだろうか腕の良い射撃型ならいくら相性が悪いとはいえ、未だに飛行もロクにできやしないような初心者なんぞ一分もかからずに始末できるだろうに、どうしてオルコットは初心者相手に二連続でここまで苦戦させられているんだろうかじぃぃつぅぅはぁ大したことないんじゃねえのこいつってえええええええ!!」

「…………っ!」

 

 わかりやすい挑発に、ギャラリーがざわめく。それもそうだろう、仮にも一国の代表候補生だ。初心者が相手なら圧勝や完封の一つや二つしてもいいだろうに、逆に追い詰められている始末。オルコットの強さを疑う奴が出てきてもおかしくない。

 

 少しでもオルコットの意識を逸らせれば、それで良かった。

 そう、一瞬で良かった。

 そうすればもう、手遅れだから。

 

「なっ!?」

 

 最大限の跳躍をして、オルコットの機体の脚を掴む。

 飛べないとは確かに言った。だが、跳べないわけではないのだ。

 そもそも『マールム・グローリア』の特殊性は『モーンストルム』などではない。あれはただの遠距離対策、本来の性能を引き出すためのオマケのようなものなのだ。

 身体能力特化。

 ISに慣れてない身でも我が身のように扱え、脚力だけで音速駆動は余裕で、軽く腕を振るだけでソニックブームが発生して、装着するだけで動体視力が引き上げられ、反射神経も上昇して、野球ボールでも投げたら大気との摩擦で燃える魔球ができるかもしれないほどの性能。

 近寄って相手をぶん殴ることだけに特化したような機体。

 

 俺はオルコットの脚をそのまま振り下ろして、落下の速度を乗せたまま地面に叩きつけた。「げあっ……!?」仮にも十五歳の乙女の発してはいけない音を口から出すオルコットを押さえ込んで馬乗りになりながら、顔面向けて拳を突き出す。

 

 一発目は怯ませる為。

 二発目は首を押さえながら脳を揺らす為。

 後は残り全てで意識を奪う。それだけの喧嘩殺法。

 

 だがそれがこの身体特化のこの機体では信じられないほど有用になる。身体を押さえ込めば、何らかのきっかけがなければほぼ確実に拘束は解けないし、衝撃はシールドを通過して中身に届くから、絶大な衝撃を脳に直接与えることができる。

 脳を揺らせば判断力は奪われ、ロクに反撃することもできなければ、衝撃は通すが怯みにくい全身装甲(フルスキン)では一発二発撃たれてもどうということはない。

 

 だからもう、後は無心で殴るだけだ。「ぎ、ぉあ……」殴る。「げがあっ……!」殴る。「う、ぇ……」殴る。「あぁぅっ……!?」殴る。「い、ぎ……」殴る。「も、あぐうっ……!?」殴る。「や、ぎ、ぁ……」殴る。「ぅ、ぇ……」殴る。殴る。殴る。殴る。殴る、殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 

『試合終了。勝者────椚社』

 

 そして、殴打の音が止んで試合終了のブザーが鳴ったのは、俺がオルコットを殴り始めてから丁度一分二十一秒後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なお、セシリアの判断力が正常の場合普通に負けてた模様

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