オリ主がISキャラを煽るだけのお話   作:夏からの扉

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タイトルに特に深い意味はありません。


例え俺が悪人だとしてもそれを決めるのは社会規範であり、そしてその社会規範が正しいとは限らないから俺が悪人でない可能性も僅かながら存在している

 

 

 

 

 

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 形式的に一応してみました、といったような彼の礼を、全クラスメイトが固唾を呑みながら見ていた。もっと喋れよという無言の圧力が織斑の額に見える汗の高度を下げる。

 彼にしてみれば迷惑な話なのだろうが、残念ながら予め自己紹介の内容を考えておかなかった彼が悪いとしか言いようがない。

 

 この学園────公立IS学園では、男が俺を含めて二人しかいない。

 その片割れが織斑だというのだから、注目されるのは当然で、その第一印象になり得る自己紹介で注目されるのは自明の理で、ちょっと考えればわかることで、考えなくとも自己紹介をすることくらいはわかってろよと言いたい。

 

「…………」

 

 全員が待つ。期待する。

 じりじりとした視線の槍は彼ににじり寄っていき、刺し殺さんとするような錯覚さえ覚える。織斑は顔が良いので、おそらくここにいる女子たちは物語性の高い何かを期待しているのだろう。

 女性にしか扱えないマルチフォームスーツとは名ばかりの核兵器もどきである、『インフィニティット・ストラトス』、通称ISを動かすことの出来た世界で二人だけの男の一人である、顔も非情によろしい織斑一夏と偶然同じ年代に生まれて、偶然同じ学園に通って、偶然同じクラスになるという偶然だらけでもはや必然だとか言い出しそうな馬鹿が爆誕しそうな偶然に酔って、何らかの運命を感じたいのだろう。

 

 いつになっても喋らない織斑に、確かこのクラスの副担任であるという不幸を背負ってしまった山田真耶先生が涙目で……いや、何やってんだ。ちゃんと織斑の自己紹介進行もしくは強制終了させろよ。

 ……まあ、気の弱い女性なんて、この俺がこんな女だらけで気まずい場に放り込まれた直接の原因であるISの所為で女尊男卑な世の中になってしまった現代じゃあ珍しいから、天然記念物と思って納得しておくことにした。

 ……もっとも、天然記念物って言うなら俺や織斑も同じだけど。

 過激な女尊男卑主義団体が男ごときにISが使えるなんておかしいと、隙あらば俺たちの密漁を試みているから、どっちかって言うとレッドデータアニマルズって感じかもしれない。

 

「…………」織斑が深呼吸をする。何か言う気になったのか。「以上です」吉本に就職を決めた方がISなんぞ弄ってるよりずっと大成するんじゃないだろうかって女子が数名、椅子から転げ落ちた。山田先生が涙目に涙声の成分をプラスしながら織斑に話しかけていた。哀れな。

 

 教室の扉が開き、黒スーツに黒ネクタイ、黒タイツと中学生でもここまで黒にしねえよと黒で固めた『デキる女教師』風の女性が入ってきた。ちなみに、山田先生は普通に私服だ。

 この真っ黒黒助(仮称)は流石に俺でも名前を知っている。

 織斑千冬。初代IS戦闘最強の称号を持つ者(ブリュンヒルデ)。そして、今目前にいる織斑一夏の実姉でもある。

 

 彼女は入ってきたままの速度でつかつかと歩き、流れるような無駄のない動作で出席簿を振り上げ。

 

「いっ────!?」

 

 件の織斑の頭に振り下ろした。「げえっ、関羽!?」二連打。「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者め」容赦のない打撃だった。教職に不向きなことがわかる。

 

 織斑先生は山田先生と二、三言業務的な内容の言葉を交わした後、自己紹介に移る。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 教師ではなく、軍の教官の挨拶だった。貴様らは蛆虫だと言われないだけマシなのかもしれないが、少なくとも教師の挨拶ではない。

 ……いや、ISは実際に兵器だし、ここは軍学校ということで合っているのか。

 その軍学校に選択の余地無く強制入学させられてしまった立場にもなってみてほしいものだ。

 あと、どうでもいいかもしれないけど俺は既に十六である。

 

 そして「キャ────────!千冬様、本物の千冬様よ!」「ずっとファンでした!」「私、お姉様の為なら死ねます!」馬鹿じゃねえのこいつら。自分が軍学校にいることをまるで理解していない、黄色い声援。「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」

 

 おそらくは、後者だ。扱いが面倒、性格が厄介、立場が云々。そんな生徒ばかりをこのクラスに集めているのではないだろうか。

 だって、世界に二人しかいないIS操縦者を一クラスに集めてるようだし。

 なるほど、毎年毎年こんなのやり続けてたらそりゃあ、軍の教官にもなるだろうよ。大人になるってのは悲しいことなのだろう。

 頭の中にサラマンダーを走らせながらその動きに合わせて左目をぎゅるぎゅるるると回す。

 

 未だにキャアキャアギャアギャアうるさい喧噪を破って織斑先生が一言。

 

「で?挨拶も満足にできんのか、お前は」

「いや、千冬姉、俺は────」振り下ろされる出席簿。本日三回目。フルボッコだドン。

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

 しかし、この物凄くいい音のする暴力はやはり織斑が身内だから行使されるものなのか、それとも分け隔て無く行使されるものなのか。

 前者の場合は世界に二人しかいない超貴重な男性IS操縦者に暴力を働くミスDVとして名を馳せるだろうし、後者なら言葉よりも先に手が出る蛮族さながらの暴力教師として名を上げることになる。

 織斑先生の輝かしい未来に乾杯と洒落込みたいところだったが、今はホームルーム中で飲み物が出せない。喉が渇いた。

 

 さて、俺が何でこんな場所に来てしまったかと言うと、俺の目の前でサンドバッグとしての使命に燃えている織斑一夏本人の所為であり、根本的なことから言うとISの開発者である篠ノ之束の所為である。まあ、篠ノ之束に関しては色々と面白い風に現実を弄くってくれたし、さしたる恨みはないのだが。

 何の目的を持ってかわからないが織斑はIS学園の試験会場に侵入し、女にしか扱えないはずの機体を動かした。そして『男でも動かせるんじゃね?』とか期待してしまったお偉いさんが全国の男にISの動作検査を実行。期待通り俺は動かしてしまった。

 

 ブリュンヒルデの実弟であり篠ノ之束ともコネクションがあると噂の織斑と違い、俺は何の後ろ盾もなく、卒業後はほぼどこぞの研究所に就職してモルモットをすることになるだろう。明るい未来に就職したいものだ。

 

 とか考えてる内に自己紹介の順番が回ってきた。

 立ち上がり、教壇に昇る。俺に興味が無さそうなポニーテールの約一名を除き、眼球が一斉にこちらに集中する。特に織斑は食い入るように見てきてキモかった。

 その中に懐かしい顔を見つけた。相川だったか。目が合うと、目を逸らされた。どうでもいいか。

 暴れる左の眼球の動きを抑えて、口を開く。

 

「今日から皆さんと一緒に学ぶことになりました、椚社(くぬぎやしろ)です。男性操縦者としてではなく、一クラスメイトとして接して欲しいと思ってます。皆さんより一つ年上ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 一時間目が終わった休み時間、確か篠ノ之束のどう考えても妹である篠ノ之箒が織斑を連れ去り、俺に対して誰か話しかけろよと女子たちが牽制し合うそんな空気の中、空気が読めないのか読んだ上で行動しているのかわからないような、フィクション以外では存在を確認していなかったお嬢様言葉で話しかけられた。

 

 金色の髪、青い瞳、縦ロール、お嬢様言葉。一時間目の自己紹介の中から無理矢理引っ張り出してくると、セシリア・オルコットという名前が該当した。

 

「何だい?」

「まあ!何ですの、そのお返事は。わたくしのような代表候補生があなたのような下賤な男にわざわざ話しかけているというのに、何ですかその態度は!」

「…………へぇ」

 

 高慢を絵に描いて表してもここまでテンプレートに描く人は少ないだろうといったような、現代の女性と馬鹿を掛けて二で割らないままにしておいたような態度。

 目が細められる。

 スイッチが入る。

 いや、元からスイッチなんて入っていて、元より切り替わってなんていなかったのだろう。ただ、表面に出ていたか出ていなかったかだけの違いだ。心は信じられないほど穏やかで、これから訪れる最高の時間を待ち望むように左目が渦を巻く。

 

「何ですか、その気の抜けたようなお返事はっ!わたくしのようなエリート、選ばれた人間に話しかけられる幸運を!ちゃんと理解しておりますの!?」

「…………ふぅん」

 

 口角が持ち上がる。

 旧知の仲であった相川が頭を抱えているのが見えた。

 

「これだから極東の猿は!文化としても後進的な国で過ごさなくてはならないこと自体わたくしのような高貴な人間には屈辱ですというのに!このセシリア・オルコットに下賤なだけでなく知性の欠片も見あたらないような猿と同じクラスで過ごすという苦痛も味わえと!?」

「……………………」

 

 ガタリ、と席を立つ。オルコットは一瞬だけびくりと反応を示したが、僕が教室を出ようとするやいなや、大声を上げてきた。

 

「ちょ、ちょっと!お待ちなさい!わたくしが話している途中だといいますのに、一体どこへ行きますの!?」

「どこって、ブログの更新かな」

「ふざけてますの!?」

 

 激昂するオルコットの顔が面白くて笑いそうになるが、我慢だ。オルコットがさわぐこうげきを繰り返しているが、ダメージを喰らっていないところを見ると、俺を含めてこのクラスは全員ゴーストタイプなのかもしれない。

 

「……いやいやいやいやいやブログの更新はとても、そうとても重要なことなんだ」

 

 掠れる声で笑顔を浮かべながら、完全に素が出たことを確認できた。

 相川は我関せずと教科書の三分前に読んでいたページと同じページを熟読している。

 

「何が重よ「何せ俺は脆弱で貧弱で下賤で知性が欠片も存在しない猿とまで呼ばれるほどの男だからなああぁぁ、いやはやこの日あったことをすぐにブログに書き留めておかないとわーすーれーてーしーまーうんだよ。イギリスの代表候補生の。イギリスの!代ぃ表候ぉ補生の!セシリア・オルコットさんがISの開発者を生み出した国を文化的に後進的と揶揄してついでに世界に二人しかいない男性IS操縦者である俺を指して下賤な猿とぉ!表ぉ現したことがやはりこれまた情けなくてみっともなくて何かあったらすーぐーに傷付いてしまう俺の心をバラバラに砕いてしまったという事実を!ブログに書き留めて各社マスコミに送ってついでにこんな奴ばっかりの国には、俺、協力したくなくなっちまうよ……との一言コメントも忘れずに記入する作業を早くしなくては忘れてしまうからな俺は急いでいるんだ今すぐに行かなくてはならないんだいや待てよブログの更新ならスマートフォンでもできたよないやあ忘ぁれてたあ!それで、えーっと?何だっけ?全世界に大勢いる代表生の更にその何倍もいる代表候補生のセシリア・オルコットさん。全世界探してもまだ二人しか見つかっていない男性IS操縦者の俺に何の用かなああああああああ!?」

 

 煽り、揶揄い、嘲う。

 それが俺の最も好きなことであり、唯一の生き甲斐である。

 

 織斑がISを動かしてしまったと報道された次の日、俺はあらゆる女性人権団体に『男がISを動かせるようになったら女の優位はどうなるでしょうか』といったような内容の手紙を出して、更に俺がISを動かせるようになったその日には元々煽り用として始めたブログの存在をマスコミにリークした。

 フェミニスト団体には『男女平等を主張していた貴方たちは一体どこへ消えてしまったんですか』と匿名で手紙を書き、道を歩いて痴漢冤罪で訴えられては常に服に仕掛けていた隠しカメラで逆に名誉毀損で起訴するぜとか脅していたりもした。

 つまり、ISにより形作られた現代は俺にとって、これ以上ないほどの遊び場だった。

 

「え、あ……わ、わたくしがオルコット家当主のセシリア・オルコットと知っての狼藉ですの!?」

 

 おっかなびっくり、小動物が威嚇をするような様子で震える声を張り上げるオルコット。

 

「なるほどそれがイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットさんの選択かつまりはイギリスという国家の意思か、いや残念だ俺は日本人とは言えど差別は嫌いだから極力ほぼ全ての国家に俺のデータを渡そうと思ってたけどどうやらイギリスはそんな俺の意思を汲み取ってはくれなかったようだああ残念だとても残念だ非ぃ常ぉに残念だだけど仕方ないねイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットさんは極東の猿のデータなんかは欲しがらないんだもんね凄いなー格好良いなー憧れちゃうなーしかし本当に残念だなあ俺は自己紹介では一クラスメイトとして接して欲しいって言ったのにそっちがクラスメイトとしての態度じゃなくて代表候補生として国家間の問題としてこちらが男性であることを強ぉ調しながら話しかけられたら俺も一クラスメイトじゃなくて男性IS操縦者として接するしかなくなっちまうんだからなあああああああああ!!いやあほおおぉぉおおおおぉおんとうにざああああああぁあああんねえええんだぜえええええぇぇぇぇぇええええ!!!!」

 

 早口で捲し立てて相手に反論の余地を与えない。

 容赦をする必要はない。仕掛けてきたのは向こうだし、こっちから仕掛けたとて叩き潰さない理由はない。しかも二回目までは許してやっていたのだ。仏の顔もって言うし、まさかオルコットも謝って許して貰おうなんざ微塵も考えていないだろう。

 もう涙目になっていて手首を反対の手で掴んでいるけど、まさかあそこまで俺に啖呵を切った人間がそんな簡単に掌を翻すはずがないだろう。

 

「ま、待ってくだ」キーンコーンカーンコーン。レトロで捻りのない音が鳴り響く。「チャイム鳴ったからオルコットも席に着いた方がいいぜ」「あ、待っ」「オルコットも席に着いた方がいいぜ」「…………はい」

 

 ドラクエの王様のごとく、『はい』以外の返答をはね除ける鉄壁の布陣によりオルコットは席へ着き、オルコットの着席と同時に織斑先生が入ってきた。しきりにあたりを見回しているところを見ると、何か騒ぎがあったことは把握してても具体的な内容までは理解していないのだろう。織斑先生のいる時にやった方が面白かったかもしれないと、少し後悔。

 

 そして、『ヒーローは遅れてやって来るものなんだぜ』とでも言いたいのか、何の悪びれもせずに織斑と篠ノ之が現れて、織斑の頭にのみ出席簿がクリティカルヒット。

 

「とっとと席に着け、織斑」

「……ご指導ありがとうございます、織斑先生」

 

 織斑先生の出席簿が織斑の頭を好きなのか、織斑の頭が出席簿とキスしたがっているのか、はたまた織斑自身がマゾなのか。

 それが問題なのかもしれないが果てしなくどうでも良かった。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 物心ついた頃から、嫌がらせが好きだった。

 嫌がらせが好きというよりは、嫌がらせをされて憤ったり泣いたりする相手の顔を見ることや、声を聞くことが好きだった。

 幼少期に何らかのトラウマや劇的な体験をして性根が歪んでしまったわけではなく、ただ単純に生まれつき俺はこうだった。

 

 先生が言う。

 人に迷惑を掛けてはいけませんよ。

 父親が言う。

 男らしくお天道様に顔向けできないことはするな。

 母親が言う。

 優しい人になってちょうだいね。

 

 

 知るか。何と願われようとも何と罵られようとも俺は俺を変えるつもりはない。

 例えその結果右目が抉れようと世界から敵視されようと死ぬことになったとしても、誰かを煽って愉しめるのなら俺に後悔はない。むしろ本望でさえある。

 

 だから、このIS学園は最高の場所だった。

 自分が大きな影響力を誇り、思慮の浅いティーンエイジャーたちが大きな力を持っていて、三年後にはモルモットが決定しているけどとにかく煽りたい俺にとってはここは、最高の環境だった。

 

 と、独白ここまで。はい、カメラ戻して。

 フルカラーに戻った視界の中では、織斑が俺にしきりに話しかけていた。オルコットの話を聞いた訳ではないのか、顔はにこやかで警戒心は微塵も見えない。

 

「……ん、ごめん、聞いてなかった。悪いけど、もう一回言ってくれるかな」

「いや、社はちゃんと授業内容理解してんのかなーって。参考書捨てちまったから、わかるんなら教えてほしかったり……」

「それくらいなら構わないぜ。俺も暇だし」

「マジで!ありがとう!やっぱ持つべきものは友達だよな!」

 

 いつ俺と織斑が友達になったのかはわからないけど、織斑が言うのならきっとそうなのだろう。友達か否かなんて、本人の主観でしかないのだ。

 

 俺と織斑が仲良く談笑しているのを、クラスのみんなは遠巻きに見ていた。そこの位置から見える瞳の色は、恐怖に、不理解に、敵意に、別に気にして無さそうなのも数名いるけど……おい誰だ腐ってる奴は。

 

 ふと、相川と目があった。目を逸らされた。ちなみにこのやり取り、既に十回を超えている。天丼もやり過ぎると飽きられるということを知らないと見える相原は、取り敢えず隙あらば俺の方を火の鳥よろしく睨み付けてくるのだ。防御力が下がりそう。

 

 オルコットは目を伏せて、誰かの視線が自分の視界に入る度にそれをシャットアウトするように顔を動かして、挙動不審という文字が背中に貼り付けてある方がまだ自然だといった動きをマスターしていた。

 でも動きは面白かったが、それ以外は不合格だ。つまらない。面白みがない。

 どうせ安っぽいプライドだけで立っていたのだろう。折れない理由など何もなく、信念も皆無で、思想も薄っぺら。

 煽ることに貴賤はないが、煽った後の達成感に貴賤は大いにあるのだ。どうせなら、織斑先生とか篠ノ之束とかを煽りたいものだ。

 

 チャイムが鳴り、織斑先生が教壇に立つ。一、二時間目は山田先生が授業を受け持っていたのだが、今はその山田先生はノートを持って真剣に織斑先生の話を聞く構えに入っていた。彼女は織斑先生の信奉者を通り越して、崇拝者にまで行っているのかもしれない。

 

「授業の前に、再来週行われるクラス代表戦に出る代表者を決めてもらう」

 

 織斑先生の言葉を、山田先生がメモメモ。一体どこにメモする箇所があったのか激しく疑問ではあるが、きっと何も考えていないわけではないはず。そこまで行ったら崇拝者を通り越して狂信者だ。

 

「はいっ!私は織斑くんを推薦します!」こちらを少しだけ確認した相川が、真っ直ぐに腕を直立させて言った。

「私もそれがいいと思います!」「じゃあ私も!」「織斑くんがいいと思いまーす」次々と手が上がる。乗るしかない、このビッグウェーブに。「はいはい織斑がいいと思いまーす」「社ぉ!?」

 

 織斑が授業中を感じさせないアモストフィアで立ち上がる。しかし、この空気の中立ち上がったということは。

 

「合意と見てよろしいですね?」

「よろしくねえよ!」

「織斑、席に着け。それと、騒ぐな。……さて、他にはいないのか?いないのなら無投票当選だが」

 

 教師としての権限を最大限まで利用した横暴であった。

 弟に世の中の厳しさを知って欲しいと願う親心か、弟に目立って欲しいと願うモンペ心か、弟に最大限嫌がらせをしたいと願う俺のような純粋な心か。まあ、多分一番目だろう。理不尽を課してそれを贔屓とするタイプと見た。

 

「ちょ、ちょっと待った!じゃあ俺は社を────」

「ま、待ってください!納得が、い、きませんわ!」

 

 噛んでるし、声はうわずっている。それでも、セシリア・オルコットは異議を申し立てた。彼女に目をやる。「ひっ」という声が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしてあげるのが優しさというものだろう。

 

「実、力から言って……客寄せパンダじゃ、ないのですから……男、が、クラス代表など……サーカスではないのですから……ええ、と……わ、わたくしが……」

 

 オルコットの目を見る。次第にオルコットの語調が萎んでいき、空気が抜けるように彼女の言葉は浮力を失って地面に落下する。

 顔は羞恥と恐怖で赤く染まったり青色になったりと忙しい。彼女が黄色人種だったら一人信号機が出来たのに、と少し残念に思った。

 

「……け、決闘ですわ!クラス代表に必要なのは強さでしょう!?ならば決闘で勝った方をクラス代表にすればいいのではなくて!?」

 

 半ばヤケクソ気味に叫ばれたその言葉は、静かな教室に浸透して、歓迎されていく。

 

「さて、話は纏まったな。勝負は一週間後の月曜、放課後に第三アリーナで行う。織斑とオルコット、それから椚はそれぞれ用意をしておくように」

 

 ……有耶無耶になったかと思ったんだけど、やっぱり俺もやるのか。

 まあ、今日はいいものが見れたから、いいということにしよう。織斑先生を煽るのはまた今度だ。

 ……あと、ブログの更新もやめておいてあげよう。

 どうせなら、もっと致命的な時にした方が面白いしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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