瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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 今回から一巻中盤へと入ります。


第八話 一月後、新顔との出会いへ

「んじゃ、失礼しましたー」

 

 そう言って職員室から出たときには、既に時計の針は午後九時を指していた。

 ――そう、あの女子生徒軍団との諍いの後に俺の前に待っていたのは、山積みの書類だったのだ。決闘の事情聴取を名目として帰室途中に呼び出されたのだが、何故だろう。いつの間にか内容は罰則へと変更されていたのだった。

 俺を出迎えた織斑先生曰く「最初からコレを伝えていればお前は逃げるだろう」との事で、どうやらあのクラス代表決定騒ぎから逃げたことは彼女に相当根に持たれているらしかった。さすがに書類整理くらいはやりますよ。どうせ先生方には、俺が破壊したラファールの事後処理なんかで相当迷惑を掛けるのだから。

 とまあそんなわけで、職員室で私闘に関する書類やら何やらの後片付けを手伝っていたのだった。計算してみれば、優に四時間近く拘束されたことになる。

 実際は対面で監視していた織斑先生との少々早い個人面談も含まれていたので、そこまで書類整理に追われていたというわけでもなかったのだが。

 

 ちなみに面談中、どうやら戦闘の動画を見ていたらしい先生からは流石にあれはやり過ぎだと言われてしまった。

 俺としても思い返せば、溜まったストレスをあそこまで一人に向けるのはお門違いだと思う。別にアレも鬱陶しい女尊男卑の一人だろうという思いもあるが、彼女だけに思いをぶつけたのはマズかった気がする。

 とにもかくにも、先生からは今度からはもう少し手加減しろとお小言を貰った。

 後ついでに、そこまでストレスが溜まっているのなら少しくらいは相手になってやるとも言っていた。……戦ったところでこちらが沈む選択肢しかないので、更にストレスが溜まるだけのように思える。

 

「……さて、そんなことよりも。今日は残りの時間、どう過ごそうかね」

 

 普段であれば部屋に帰って勉強に費やしている時間があったのだが、今日はその時間が既に費やされてしまっている。今から三時間も勉強しては、残りの趣味の時間が削られてしまうしな。

 そうだな……。勉強は少しずつ予定をずらしておけば、多分一週間ぐらいで取り戻せるだろ。面談でそれなりに有益な話も得られたので、別に勉強の分の損をしたというわけでもない。

 

「んじゃ、ラノベ新刊でも――買いに行ってないから読めない、か。仕方無いし、今日は他に面白そうなことは……何もないな。その上、早寝するにも全然眠くもない……」

 

 ――どうやら俺の運命は勉強しか認めないらしい。

 なんで本来自由時間であるというのにペンを動かすんだろう、俺。そんなガリ勉タイプじゃないはずのに。むしろ暇さえあれば堕落する性格だったはずだが。

 鷹月との共同生活のせいで無様な生活を見せるわけにも行かず、自己矯正していった挙げ句にそういうものへの興味が自然と消滅していったからか?

 

「何か、徐々にIS学園に毒されていっている気がするな……」

 

 早々に外出許可を貰えるようにして欲しい。

 そしてここ最近の新刊を一気に買ってきたい。

 政府曰く監視役が未だ決まっていないらしいので、俺は外へ出ようにも出られないのだ。恐らく織斑も同様に。……ってことはつまり、アイツには未だに充電器と着替えしか荷物がないのか。

 それに比べればまだ、良い方か。

 

 

 ■

 

 

 ――自習を始めて一時間が経過し、俺は一旦机から椅子を離して大きく背を伸ばした。ついで首を軽く回すと、集中度の表れとしてか、軽く気味の良い音が鳴る。

 机の上に広く置かれた数々の参考書を軽く眺めると、よく一時間でここまで勉強したなと満足感が湧いてくる。部屋に設置されている机一杯に広げられたノートや辞書にはそれなりに書き込みがあり、積み重ねた勉強というものが目で実感できる。

 

「あー、疲れた……。丁度キリも良いし、ここで一旦風呂でも入るか。つーか、俺は一体何時になったら大浴場……いや、ゆっくりと湯に浸かることが出来るのやら」

 

 元々風呂くらいシャワーだけでも十分だと思っていたのだが、意外とここでの生活は疲労も溜まるため、たまにはゆっくりと湯に浸かってリラックスしたい。

 が、俺と織斑のためにあの女子達が簡単に時間を空けるとも思えないからな。

 期待するだけ無駄か。

 手早く着替えとタオルを取り出し、俺はシャワー室へと向かう。

 すると丁度脱衣室へ入ろうとしたところで、今の今まで部屋にいなかった鷹月が戻ってきた。私服に着替えているみたいでもないのだが……一体、何処で何をしていたのだろうか。

 

「あれ、結城くん?何処へ行ってたの?」

「それは俺のセリフだろ……鷹月こそ夜の十時まで一体何処に行ってたんだよ?いつもだったらもう部屋にいる時間だってのに、帰ってきてみれば誰もいなかったし」

「え?だって今日は――あ。そっか、そういうことね……。結城くん、貴方、今日のパーティーに呼ばれてなかったのね」

「パーティー?訳が分からんが、なんだ、誰か誕生日だったのか?」

「やっぱり。実はね、今日は食堂で織斑君のクラス代表就任パーティーがあったのよ。感じは一応クラス全員に声を掛けたって言ってたけど……」

 

 鷹月は何処か苦々しい表情を浮かべながら、しゅんと顔をうつむかせる。それで俺も大体の状況を悟った。

 ――大方そのクラス幹事とやらが、わざと俺にだけ連絡をしなかったというところか。

 

「一応いないって気付いたときには電話しようと思ったんだけど、結城くん出なかったし……」

「悪い。実は一時間ほど前まで、教官室で織斑先生との書類整理兼個人面談があったんだ。だから携帯は電源自体切ってた。何にしろ、そんな趣旨なら誘われなくとも問題は無かったけどな」

 

 心底どうでも良いといった様子の俺に、彼女は静かに溜息をついた。

 

「そう言うと思ったわ。結城くん、クラスのラインにも参加してないでしょ」

「そもそもそんな無駄なアプリをダウンロードする空きは今のところは無い」

 

 俺がそう言いきると、鷹月は呆れた素振りを見せてから、ふと真顔になって、俺の肩を強く掴んだ。普段もの優しそうな彼女によるそんな突然の行動に、俺は少なからず動揺を隠せなかった。

 彼女はそのまま僅かに顔を近づけて、その桜色の淡い唇を開く。

 こちらの顔を真正面から覗き込んでくるその透き通った目には、どこか悲痛な面持ちを浮かべていた。

 

「……私は結城くんの行動を別に否定はしないわ。でもね、それでも、少しくらいはクラスのみんなと協調をとろうとか思ってくれないの?このままじゃ、きっとこの先もずっとこんな感じだよ?周りのみんなに勘違いされて、嫌われたままで……」

 

 伸びた前髪をゆっくりと片手で掻き上げ、その黒い瞳でゆっくりと俺の目を覗き込む。

 きっと俺の目には、彼女と同じように、今の心がそのまま反映されているだろう。

 こんなことは少なくとも今までにはなかった。

 俺と彼女は幾度となく会話を交わした中であっても、ここまで互いに踏み込むことは一度として記憶にない。

 そんな大胆な行動に対して、俺の心は僅かながら揺れ動く。

 ――それでも。

 

「それで問題があるのか?」

 

 俺は揺れる心を氷に沈め、彼女から目を反らす。

 次いで彼女の手を力を込めて払い、そのままシャワールームへと入る。

 それは明かな拒絶の意志の表れだった。

 

「待っ……」

 

 彼女の言葉が届く前に、自動ドアが閉まりきる。

 続いて鍵を閉め、抱えていた着替えを置き、服を脱ぎ始める。

 その時ふと、洗面台に設置されていた鏡に俺の顔が映った。

 その中の俺の瞳が、俺に本心を見せる。

 ――彼女の言葉が正しいことは分かっている。

 クラス内に漂っている僅かなばかりの不穏な空気、その原因――というより、中心は紛れもなくこの俺なのだから。それを弾き出すこともなく、上手く再度調和させようとする彼女の努力は本当に正しい。

 ――それでも俺は、自らを押し殺してまでその輪を整えるつもりはない。

 それが彼女の心に僅かながらも軋みを与えているだろう事も容易に想像は付くというのに。

 またそれが、自分を心配してくれている彼女に対する甘えだと言うことも――。

 

 そこまで思考が頭を駆け巡ったところで、俺は勢いよく鏡から顔を反らした。

 

 

 ■

 

 

 ――俺達がIS学園に入学して、一ヶ月が過ぎた。

 桜も既に大部分が散り、春も中頃に差し掛かっている。そんな、ほのかに暖かい朝の太陽が照らす中、現在俺達はアリーナにてISの実習を受けていた。

 ISスーツに着替えたクラスメイトが軍隊のように整列している前に、何故か竹刀を持った織斑先生が立っている。

 ……何故だろう、彼女にはその姿が非常によく似合っている。でも言ったら怒られそうだな。

 

「では、これよりISの基本である飛行操縦を行ってもらう。専用機の三人は前へと出て、試しに飛んで見せろ」

 

 俺達は数歩前へと出て、互いにISを展開する。

 俺はラファールを、オルコットは英国第三世代ISのブルー・ティアーズをそれぞれ呼び出す。

 手首につけた十字架を動かしてその手の中に握ると、どこからともなく光の粒子が顕れて俺の身体を包み、見慣れた灰色の装甲が召喚される。

 織斑を挟んだ反対側では、大体同じような速度でオルコットも機体を身につけていた。

 が、何故か織斑だけがいやに時間を掛けている。

 片腕につけたガントレットをもう片方の手で掴んで、ウンウンと唸っている。……結局、俺達より一〇秒ほど遅れて機体を召喚していた。

 織斑が身につけているのは異様に白い機体、名称:白式。始めて聞いたときに、安直すぎる名前に開発者のセンスをつい疑ってしまった俺は悪くないだろう。

 

「よし、飛べ」

 

 先生の指示の下、俺は背中の推進翼に力を入れて一気に急上昇する。続いてオルコット、そして織斑が随分と遅れて飛んで来る。

 どうやら織斑は授業で説明された飛ぶ際のイメージを今一掴み切れていないらしく、どこか不自然に機体のバランスが揺らめいている。……クラス代表戦の時は初心者とは思えないほど綺麗に飛んでいた気がしたのだが。どうやらアイツはやるべき時に上手くやるタイプらしい。

 オルコットが手間取っている織斑にアドバイスを加えているが、それでも織斑は上手くコツを掴めないらしい。

 

「なあ結城、お前はどうやってそんなに上手く飛んでるんだ?」

 

 それどころか、通信回線で俺に助言を求めてくる。

 クラス代表決定戦の翌日以来一切離していない間柄だというのに、よくそんなハッキリと俺に相談することが出来るな。どこまで神経が図太いんだよ。

 ついでに俺に相談したことが相当気に入らないのかオルコットがこちらを睨んでくる。

 ……そこはお前の言葉を飲み込めなかった織斑に文句を言ってくれよ。

 しかしどうせこの通信回線はオープンになっており下の女子達にも聞こえているため、そんな事を言えばまた面倒になるか。

 とりあえず、それっぽく助言を与えるとするか。

 

「別に、そのままのイメージだが?」

「は……?」

「背中から翼が生えたから、それをそのまま動かしているだけだ。具体的に言えば肩甲骨の少し上の辺りから二対の翼が直接伸びていると想定して、それを動かすだけだ」

 

 要するにソードアート・オンラインの随意飛行をそのまま試したらなんとなく上手く行ったと言うだけの話だ。授業では前方に角錐を展開する感覚だと言っていたが、それで飛ぶことの出来る方が俺には理解できなかった。

 せっかく翼があるのだから、それを利用した説明をして欲しいものだ。

 そのまましばらく自由に空を飛んでいると、一旦篠ノ之の怒鳴り声が流れてきた後に、織斑先生からの次の指示が飛んできた。

 

「それでは次に着地をやって見せろ。急降下からの完全停止、目標は地上一〇センチだ」

「了解です。それでは一夏さん、お先に」

 

 そんな事を言ってオルコットは一足先に降りていった。

 一応代表候補生と言うだけあって、ハイパーセンサーで確認すると難なく課題をクリアしている。

 続いて織斑が急降下を開始する。勢いよくその場から流れ星のように降下を始め、そのままの勢いで地面へと突っ込んでいく――そして、何となく予想したとおりに、見事なクレーターを作ってグラウンドへと衝突した。

 同時にその様子を見守っていたクラスメイト達からの笑い声がマイクを通して聞こえてくる。……きっと本人にも聞こえているんだろうな。

 

「馬鹿者、誰がグラウンドに穴を空けろとの指示を出した。……まあいい。最後に結城、もう少しまともに降りてこい」

「はい」

 

 返事と同時に身体を一八〇度回転させ、頭を下へと向ける。そして、思いっきり羽ばたくようなイメージで翼を動かし、機体を急加速させる。

 自然と加速する天地真逆の景色の中で、視界の隅に映した高度計の数字が恐ろしい速さで減っていくのが目に見える。それを大まかに把握しながら、目で直接地面との大体の距離を把握していく。

 大体地面近くになり、これ以上行くと織斑と同じになるんじゃないか――そう思ったギリギリの所で身体を反転させ、一際大きく羽ばたいて周囲の空気を掴み急減速する。重いGの感覚が身体に残るが、それを我慢してついでにもう一回翼を羽ばたかせる。

 ……おっとっと。

 残念ながら地上一〇センチというお触れには失敗し、軽く地面に足をつけた後、バランスを崩して一歩二歩程度歩く形で着地することになった。

 

「……すみません、失敗しました」

「別に構わん。むしろこれだけ出来るなら後数回やればコツは掴めるだろう――それよりそこの馬鹿二人。結城の実習も見ずに何をやっている。授業の邪魔をするくらいなら出て行け」

 

 意外と寛大な処置に俺が目を丸くしていると、織斑先生は軽く俺の頭を叩いてから近くで言い争っていた篠ノ之とオルコットの首を掴んで放り投げた。上手く受け身を取って立ち上がった二人の目怒りの目がまたも俺へと向いてくる……何故だ。

 

「織斑、次は武装の展開だ。それくらいは身についているだろう」

「はぁ……」

「返事は『はい』だ」

「は、はいっ!」

「よし。では始めろ」

 

 織斑は身体を横へと向けて、右手を左手で掴んで目を閉じる。

 少し間が経ってからその手から光が放出され、やがて一振りの剣へと姿を変えた。

 織斑としては満足出来る結果だったらしくどこか安心した様子をみせるが、先生は納得しなかったらしい。

 

「遅い。0.5秒で展開できるようにしろ」

 

 そうハッキリと言葉で斬り捨てていた。

 

「セシリア、次に武装を展開しろ」

「はい」

 

 彼女は左手を肩の高さまで上げると、その動作とほぼ同時に召喚を終わらせていた。

 織斑の時とは違い一瞬光っただけで狙撃銃が召喚されている。……ただしその方向では、どこ誰を打つのか分かったモノではないが。せっかくの展開の速さも出してから改めて構えるまでのロスが生まれるのなら無駄な気がする。

 そんな俺の考えはどうやら正解だったらしく、織斑先生がそのポーズについて指摘する。

 

「ふむ、展開速度はさすがと言った所だな代表候補生。――が、真横に召喚して誰を撃つつもりだ?せめて正面に召喚しろ」

「で、ですが。これは私のイメージを固めるのに必要なのであって――」

「黙れ。直せといったら直せ」

 

 オルコットの反論も、鋭い大蛇の人睨みには子ウサギの断末魔にしか聞こえなかった。それでも言いたいことがあるかのように織斑先生を睨んでいるが、その瞳はどこか潤んでいるように見えた。

 

「では近接用の武器を展開しろ」

「はっ、あ、はい……」

 

 銃を仕舞った後、続いてオルコットは新たに剣を召喚しようとした。

 しかしその手に光が現れるまでは良かったものの、中々それは形を成さない。それどころか宙を淡く漂っていた。

 

「クッ……ああ、もう!“インターセプター”!!」

 

 声に出して名称を唱えることで、ようやく光が剣の形を成した。

 そんなオルコットの様子に、先生は眉を吊り上げた。

 

「……何秒かかっている、お前は実戦でそれで間に合うとでも思っているのか?」

「じ、実戦では間合いにすら入らせませんわ!」

 

 そんな彼女の言葉に、織斑先生はこちらに目を一瞬だけ向ける。

 

「ほう、そうらしいぞ(オルコットに向けて刀を展開してみせろ)――結城?」

 

 そう思わせぶりな言葉が発せられた瞬間、俺の展開した“葵”がオルコットの首元へと押し当てられていた。

 展開時間は彼女の狙撃銃より一歩劣るが、それでも顔を向けることなく当てられた日本刀の鈍い輝きが彼女の瞳に反射する。

 

「この間の戦いでは織斑に容易に懐に入られた挙げ句、今も結城の刀を避けられていなかったな?これでも同じ事が言えるのか?」

「グッ……」

 

 彼女は更に悔しそうな顔をして俺を睨み付けてくる。……仕方無いだろう、視線を向けられるとついでに私的通信(プライベート・チャンネル)でそう指示されたのだから。俺は単に指示に従っただけなのだから、文句をつけられても困るだけだ。

 というか先生、さすがにここでの不意打ちなんて普通は想像もしないでしょう……。

 そんな俺の冷めたツッコミも知らぬまま、先生は最後に俺の方へと身体を向けた。

 

「結城。お前はまあまあの速度で呼び出せていたな。及第点だ。ただ刀は呼び出すと同時に正しく握れ。オルコットにも言ったことだが、実戦で構えを直す隙はないぞ。刀は少し握り方を変えるだけで、斬り込む角度も力加減も違ってくることを忘れるな」

「はい」

 

 ……刀の正しい握り方と言われても、剣道なんかやっていた覚えは無いんですけど。

 織斑先生に頼んだら教えて貰えるのだろうか。

 ちなみに俺の感覚は散々イメージを繰り返した“葵”の情報に加え、鬱陶しい女尊男卑団体代表の首を斬るという少々危険な想像を付け加えた形になる。

 で、コレに加えて的確な角度で手に召喚することになるのか。正直そこまで必要だとは思っていないのだが、まあ身につけておいて損はないだろう。

 

「さて、これで時間だ。今日の授業はここまで!織斑は作った穴を埋めておけ」

「はい……」

 

 丁度そこでアリーナにチャイムの音が鳴る。

 今からしばらくは昼休みだ。さて、今日の彼女との待ち合わせ場所は……前庭だったか。一応弁当は更衣室に置いてきているし、早めに行って待っていることにしよう。

 そう考え、ISを待機形態へと変えてアリーナの男子更衣室へと向かう。

 

「ちょっと待ってくれよ結城、手伝って……」

 

 そんな戯れ言をほざく馬鹿に振り返って軽く一睨みを贈る。すると、織斑は素直にすごすごと引き下がっていった。

 何で他人の失敗を俺が片付けなきゃならないんだ、馬鹿馬鹿しい。そこは普段の取り囲みにでも頼んでくれ。気に入らない男子には金属バットを振るうようなご時世だ、力なんて有り余っているだろう?

 

 

 ■

 

 

 既に十分暖かくなっていた昼間の外を鷹月がくるまでの間、俺は近くのベンチに腰掛けて本を読んでいた。ちなみにここ最近俺の読書の内容はほとんどがライトノベルだ。

 ISにおいて実戦に重要である想像力を養うには、俺の感覚としてはアニメをやっているライトノベルや漫画なんかが結構合っているらしい。……実際、IS学園に入るときに貰った実戦書は哀れなことに最近部屋の隅で埃を被りかけている。燃えるゴミに出して見つかった時のことを思うと、捨てようにも捨てられないのが現状だ。

 

「――あら?アンタ、もしかして二人目の男子かしら?」

 

 今日は珍しくイヤホンを忘れて音楽を聴いていなかったので、そんな相手の声は珍しく素直に俺の耳に届いた。普通なら無視するところなのだが、声の質としても俺を見下すようなものでもないので、とりあえず本を閉じて顔を上げてみる。

 文字への集中で切り取られていた自身の時間を元に戻す、何とも言えない感覚が頭を襲う。

 同時に目に映ったのは、小さめの身長に露出が多いように改造されたIS学園の制服。そして東洋系、恐らく中国人であろう女子の顔だ。

 見る限りでは声の通り特にこちらを見下してくるような雰囲気でもなかったので、一応軽く返事を返しておいた。

 

「一応はそう言うことになってる。で、何か用か?」

「いやちょっとね。私、今日からここに編入することになったのよ。それで事務の受付に行きたいんだけど地図とか貰ってなくて」

「ああ、そうだったのか。悪いな、俺は今待ち合わせ中なんだよ。だから案内するにしても、相手が来てからになるな――ああ、ちなみに言っておくが織斑じゃないから期待したって無駄だぞ」

「あ、そうなの?」

 

 少女は一瞬むっとした後あっさりと仕方無いわね、と呟いた。

 

「だったら仕方無いわ。自分で探すことにでもするわ、悪かったわね」

 

 そう言って彼女は地面に置いてあった大きめの鞄を持って去っていこうとする。

 が、そこで丁度タイミング良く玄関から外へと出てくる鷹月の姿が見えた。

 

「――いや、ちょっと待ってろ」

 

 後ろを向いた彼女の腕を掴んで軽く引き留めてから、こちらに向かって歩いてくる鷹月に手を振る。

 それに気付いた彼女もこちらへと手を振りかえしてから、小走りに駆けてこちらへと近づいて来た。

 

「よう鷹月、早かったな」

「急いできたからね。……それで、その子は?」

 

 彼女の目が俺の目の前の転校生へと向けられる。

 

「実は今日から編入してくる生徒らしくてな。事務の所に案内して欲しいらしいんだ。で、せっかくだし、案内しようぜ。昼食はそれからでも遅くないだろ?」

「あ、そうなの?それくらいなら別にいいわよ。それじゃあ行きましょうか……そう言えば、転校生さん。貴方の名前は?」

 

 自身の名を問われた途端、転校生は何故かそこで勝ち誇ったかのように腰に手を当て、ハッキリと自信満々に口を開く。

 

「ふふん、聞いて驚きなさい!アタシは中国代表候補生、凰鈴音よ!」

 

 ……誰だ、代表候補生に自己紹介の時には堂々としろなんて教育を施している馬鹿は。

 オルコットと言い目の前の此奴と言い、なんでそう代表候補生は変に格好をつけようとするんだよ。

 なんというか、一回同じようなモノを見てしまったが故に、リアクションに困る。

 そんな俺達の内心に気付かないまま、目の前の鳳はこちらにも名前を尋ねてくる。

 

「それで、アンタ達は?」

「私は鷹月静寐だよ。クラスは一年一組。よろしくね、凰さん。それで彼は……もう知ってるわよね」

「どうも。現在最も女尊団体から敵対視されている全世界の反乱因子こと、結城灰人だ。それなりによろしく」

 

 そんな挨拶をした俺に、鳳は小さく吹き出す。

 

「ぷっ、……つまらないわよ、それ」

 

 む、それなりに捻った自己紹介だったのに、どうやら転校生に俺のジョークは通じなかったらしい。

 横で見ていた鷹月もなにやら苦笑いしているし。

 初日の自己紹介から今までの間に遠慮なんてものはほぼなくなったので、今回はどうせならと面白そうなチョイスでやってみたのだが間違いだったか。

 

 世界は未だ俺のセンスに追いついていないらしい。

 ……追いつく気も、無いのかもしれない。

 

 


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