瞬刻の大空 ―Wing of the moment― 作:七海香波
一週間も早々と過ぎ、また土曜日がやってきていた。本来ならば机で勉強かゲームかをしているだけだと思っていたのだが、鷹月と相談したこともあって、軽くISを動かすために俺は第三アリーナへと来ていた。
因縁のある受付の人間には目もくれず、更衣室で制服の上着を脱いで専用機へと調整されたラファールを装着する。
元々汎用機だったラファールは地味な色合いとなっていたが、専用機という意味合いを込めて、俺のものは燻銀に塗られている。
また装備も大半が変わっており、元々四枚あった推進良くはそのままにしてあるが、脚部や腕の装甲を極力薄いものへと変更して、ほとんど生身と遜色ない動きで動けるように調整してある。これは大半が山田先生と鷹月に手伝って貰ったものであって、当然俺一人で出来る物ではなかった。……正確に言えば未だ知識の足りない俺はほとんど何も出来なかったんだけど。
何はともあれ、俺のラファールは学園のものとは一目違う様相である。
そのせいかアリーナへと出た途端に急に視線が俺へと集まってくる。
多くの先輩で賑わっているというほどではないのだが、実際に訓練している五、六機の操縦者達やそれを客席で見ていた先輩方の視線が俺へと突き刺さる。ちなみに織斑やオルコットといった一学年の専用機持ちや同じような先輩方はいなかった。
織斑がいたら「今度こそ俺と戦えよ!」って言われる気がする。周囲もそれに乗るだろうし、下手すれば試合の最中に全弾丸が俺へと集中してくるかもしれないしな。あー、静かで良かった。
「んじゃ、まずは打鉄の日本刀でも取り出しますか――“葵”!」
名前を呼んで出すのは初心者中の初心者のやり方らしいが、始めて使う場合なら別に文句を言われる筋合いは無い。だと言うのに、こっそりこちらを見ていた一部の先輩方からは失笑が漏れる。
それを見なかったことにして俺はそれを片手で構えて軽く数回振ってみる。
実際に日本刀を使うのはコレが初めてだが、自然としっくり来るその重みは俺の身体に全く違和感を感じさせない。まるでバターを切るときのように、何の無理もなく剣は俺の腕についてくる。
……個人的に言えば少し長い気がするかな。今度武装の調整も相談することにしよう。
そんな今後の課題も考えながら振り回しつつ、感覚で刀の長さや重さを量り、刀身や柄を眺め回して俺はその全体像を頭に作り始める。思ったよりも反りが大きいというのと、刀身と柄の重量のバランスが違ったのでイメージに苦しむが、動かす身体の経験を元に上手く擦り合わせていく。
しばらく右手だけで振るった後は左手だけで振るい、最後に両手で袈裟切りのイメージをなぞってから一旦葵を量子変換して収納する。
次に俺は目を瞑り、暗くなった視界の中で先ほど手にしていた葵の形を編み上げ始める。
右手を前へと出し、その掌に柄を。そこから少しずつ鍔、反りが僅かに入った刀身、鋭い切っ先と、基本的な骨子を組み上げていく。
大まかな形を捉えた後は、そこに重みをバランス良く入れていく。葵を構成している物質の色や質感といった情報を付与していき、形だけの枠の中に本物の実感を流し込んでいく。
そして完成した葵を、イメージと現実で、強く握りしめる――!!
……が。
当然最初から上手くいくわけもなく、俺の右手は敢えなく宙を切った。
そりゃそうか。何でも初めっから上手くいくわけないよな。そもそも普段攻撃用の刃物とか握るような時代に生きては……いるか。IS出てから男女間の犯罪はヤケに増加したし。包丁が間違って使われた案件なんて数えてみればキリがない。
数日前のニュースなんか、普通に別れた元恋人を安物の包丁で殺したって言う話もあったからな。百十円のステンレス包丁で恋人に殺されちゃ、流石に可哀想すぎるだろ。
そんなわけで、もう一回葵を音声で召喚。
……というか、ぶっちゃけ音声アリでも問題無いんじゃないか?
無しと有りじゃ実戦では大違いだと織斑先生は言っていたが、初心者の今の内なら別に構わないだろう。慣れてきたと思ってからやればいいんだ。
よし、無音召喚の練習、終了だ。……問題の先延ばしなんて言葉は俺の辞書にはない。
次は空中移動へと行ってみよう。
俺はイメージしやすくするために、一旦背にある翼のうち一対を収納し、残った一対に力を入れて思いっきり空へと跳び上がる。コレはお試しの時にやったのと同じ要領で動かせば、なんて事は無く動かせた。
どうやらイメージ補助の機能も手伝って、飛ぶこと自体に大した問題は無いらしい。
……今日の予定は補助無しの武装召喚と空中飛行の練習だったのだが、ここまで飛行が滑らかに出来るのなら、残りを武装召喚に使うのも有りか?
そう考え、ならばと一旦地上へ降りて先ほどと同じ練習を繰り返そうとした――途端、俺の腰部のアーマーに数発の銃弾が飛翔して来た。どうやら地上で射撃戦の訓練をしているらしい所から飛んできたらしい。俺がそちらの方を見ると、二人の先輩方がアリーナの一部で互いに銃を向け合って複雑に動いているのが見て取れた。……こんな他の人間がいるところで模擬戦とか、非常識だな。
まあ、流れ弾くらい仕方がないか。
そう考えて俺は静かに地上へ降り立ち、例の如くアリーナの隅で目を閉じて日本刀“葵”の生成に集中しはじめる。視界を断ち、頭の中で情報を組み立て始める。
外観を構成開始――完了。
付与情報を骨組みへと挿入開始――完了。
一つ一つの手順に求められるのは、丁寧に、かつ素早く仕事をこなすこと。そこに一部の乱れも生じさせてはならず、九割九分九厘完璧にイメージを作り上げろ……そんな授業中に言っていた織斑先生の言葉を心の中心に据えて、構成要素を右手の中に織り込んでいく。
……一切の失敗を自分に許すな。
……確実に組み上げられるようになるまで、その全てが武装を作る過程だと思え。
額を伝う一筋の汗、熱の篭もるISスーツの密着した肌。そんな要らない情報を意識から切り捨てて、ただただ“葵”の持つ情報だけを何度も何度も頭の中に思い描く。
そう、この手に握った透明な刀に、武器としての“色”を。
ただ丈夫に、人を斬るためだけに設計された鋭い刃を自らの手で乗せる。
構成粒子が刀を形作り、そこに材質を与え、俺の手に感覚を刻み込む――。
刹那、現実か幻想だろうか。
俺の右手に、重く長い得物の質感がのし掛かった。
俺はその何かを掴み取るように、そのまま右手を強く握りしめる。
確かに何かを握った感覚が、俺の手にISを通して伝わってくる。
人を斬る得物の重み。それが手の中に確かに宿ったと思った瞬間、目を大きく開く。
すると、俺の右手には、確かに先ほど見た形状と全く同じ形をした日本刀が握られていた。……よし、成功したみたいだな。俺は少しながらも確かな成長の嬉しさに、こっそりと小さく左手を握りしめる。
いやー、良かった良かった。コレのために昨日ひたすら徹夜で『Fate/stay night』を見ながらイメージ練習を繰り返したからな。鷹月も三話分くらいは見ていたけれど、途中から寝てしまったからな。仕方無いから音声をイヤホンでカットして実質六時間、延々と頭で形を固める練習をしたかいがあったぜ。
意外にも嬉しさが隠しきれなかったのか、少しばかり頬がゆるむのを感じられた。
普段なら
そのまましばらく右手に握った“葵”の質感を確かめながら集中を解いた状態で感動に浸っていると――またも、というか今度は正面から、俺の身体全体に一体のISが吹っ飛んできた。
さすがにそれは予想外だったのか、俺はついつい自分よりも相手の身体を案じるような体勢でそれを受けてしまった。やってから俺は後悔する。自分の知り合いならともかく、ここの鬱陶しいだけの女子相手にそれをやってしまうなんて。
……まあいいか、もうやってしまったことだし。
ついつい意識を緩めて相手を気遣うように上手く受け止めて足を引きずりながら数歩後ろに後退する。何とか速度を落としながらアリーナの壁に激突する前に俺は動きを止めるのに成功した。
胸元に抱えるようにした女性をすぐに前の地面へと離し、少し距離をとって様子を見守る。せっかくまともに対応したんだ、最後までくらい相手を心配しよう。
機嫌が良かった俺は何を間違ったか、そんな甘い考えでいた。
吹っ飛んできたISの操縦者はゆっくりと立ち上がり、こちらへと顔を向ける。
さすがにこれだけ普通に対応すれば、お礼の一つぐらいは言ってくれるだろう――と思ったのだが。
「ちっ、吹っ飛ばなかったかー……あ?なんで私達の方を見てんの?もしかして、獣風情が私達に欲情でもしてるのかしら?」
今の一件で静まり返って俺達の動向を見守っていた他五機と観戦者達が、そんな彼女の言葉を聞いて、打って変わって大爆笑の渦を巻き起こす。
……やっぱり、助けるんじゃなかった。
「可愛い姫様を救った
「むしろ、そんなおかしな気を冒した僕には、罰をくれてやらないとね。ホラ、私達が直々に罰を与えてやるのよ?泣いて喜ぶが良いわ、それぐらいの権利なら与えて上げる」
「ほら言いなさいよ。姫様、こんな卑しい私に鞭を下さって有り難うございます、って」
周囲の空気の変化を受けてか、いつの間にか他にISを動かしていた五人までもが取り囲むように位置を取り、俺にそれぞれの武装を向けてくる。……ここはいつからローマの五代皇帝の支配下に逆戻りしたのだろうか。
かの時代では、まだ異端であったキリスト教徒をライオンに喰わせるという公開処刑を観客たるローマ全市民の目前で行ったという。
今の俺がまさにそれだ。ISなんて小国家くらいなら一機で落としかねない戦力、それも五台に囲まれている。その上周囲の女子生徒達は非難するどころか今の状況に興奮すらしている。……暴君ネロがリアルに赤セイバーに思えるほどの可愛さだな。
とりあえず俺は先ほど修得した技術を持って、目の前の悪女を受け取る際に一旦収納した“葵”を二振り、左と右にそれぞれ召喚し身体の前で交差させる構えを取った。
「あら?私達に逆らうのかしら……どうやらお猿さんは彼我の戦力差も理解出来ないようね」
それに答えるように俺は口を開くより更に力強く刀を交差させ、ガシャッと金属音を鳴らす。
その行為に含まれている意味を理解出来ないほど彼女達も馬鹿ではないらしい――あくまで俺が戦おうとする意志を表すと、嘲笑を顔に浮かべながら、それぞれが武装をこちらに狙いを定めて構える。
一連の流れを見ていた観客達の歓声が更に熱を上げる。
ちなみにここの監督役である教師が何をしているのかと思えば……どうやら彼女は向こう側の人間らしい。俺が目を向けた途端、分かりやすく顔を背けた。しかしその口に浮かんだ歪んだ笑みは隠しきれていない。いや、わざと見えるようにしているのだろうか。どちらにせよ、教師側からの介入は期待できないらしい。
「あら、隙が出来ているわよ、お猿さん――!!」
そんな一瞬の目の動きを隙だと捉えたのか、先ほど俺が守った悪女が手に構えたライフルの引き金を引いた。また同時に、周囲に展開しているISのうち二機が剣を構えてこちらへと突っ込んでくる。どちらも機動性重視のラファールだ。
それに対して俺は咄嗟に格納していたもう一対の翼を展開し、囲まれているこの状況をひとまず抜け出すべく、素早く空中へと飛び出した。それに追随するように残り三体がそれぞれライフルを向けて銃弾を吐き出してくる。
それらの斜線上に留まらないように俺は左右上下に機体を動かしながら被弾を避けて空へと舞い上がる。
続いて剣を構えた二機が俺の後を追ってくる。
そいつらに当たらないようにするためか、他三機の銃弾の嵐が一旦止む。
俺達はある程度の高さまで舞い上がると、互いに同じ高度を保ちながら宙に機体を留める。二人は剣を構えながら、余裕綽々と言った様子でこちらに話しかけてくる。
「まさかホントに一機で私達の相手をするなんて驚きだわ」
「ま、そんな程度の頭ならすぐに終わっちゃうわよね――精々良いサンドバックになってよ?」
そんな声を無視して、俺は自らのISに指示を出す。
「ハイパーセンサーの設定を変更。視界を全方位から通常の範囲へと変更し、その代わりに聴覚を強化。そしてホロディスプレイを機体のシールドエネルギー以外オールカット」
下手に三百六十度を見るよりは、普段通りに見えた方が今はまだ戦えるだろう。
言葉通りにセンサーが変更された旨が視界に表示される前に、俺は未だ長々と話を続ける馬鹿共へとスナップを利かせて全力で“葵”を投擲する。ISの補助を受けて軽々と振るうことの出来るそれは生身では信じられないような速度で飛翔していき、相手の頭部目がけて切っ先を閃かせる。
突然飛来してきたそれに相手は少し驚いた様子を見せたものの、一年か二年の間に散々鍛えられたせいか、身体を少しずらすことで簡単にそれを避ける。
しかし避けられることぐらい、予想の範囲内だ。
飛翔して来た刀に意識を奪われている間に俺は最大限にブーストを掛けて急接近し、片方の相手の首を直接掴み急降下を開始する。
いつの間にか相方を捕縛された唖然としたもう片方についでにもう一本左手に葵を召喚し、投擲する。生まれた意識の隙間を丁度良く狙えたのか、それは高い音を立ててそいつの顔面に直撃した。
そうして、下からの射撃を防ぐために掴んだ相手の身体を前に出しながら、俺はそのままの体勢で更に勢いに加速を掛ける。IS二機の質量と重力加速度により生まれるエネルギーは相当の物になるはずだ。当然下敷きになった方は、地面との衝突で著しくシールドエネルギーを削ることになるだろう。
「ちょっ、この!離しなさいよ!!」
それを分かっているのか相手は両手両足に推進翼を何とか動かして脱出もしくは緩衝を試みるが、当然それを俺が許すわけもない。
「“葵”!」
ラファールの細い翼を更に召喚した四本目の“葵”で破壊する。
「ちっ、なら――!」
続いて彼女は激しく手や足を動かし始める。
それに対して、俺は少しづつヒットする攻撃で減少するシールドエネルギーを無視し、一旦葵を収納する。そしてその代わりに拳をしっかりと握りしめ――顔面を、殴りつけた。
ガンッ!
何の防具もないラファールの顔面に衝突した拳により絶対防御が発動する。
「何をするのよ!!――え、まさか……」
そのまさかである。
俺は彼女の予想に答えるように、無言で握った拳を引いて、再度殴る構えを取る。そして俺の両目が照準を合わせているのは他でもない――彼女の顔面である。
恐怖の表情を浮かべた彼女は更に懸命になって抵抗を試みるが、俺は一向に手を離す気配を見せない。
そして、俺は限界まで腕を引き絞ってから、拳の嵐を遠慮無く彼女の顔面だけに炸裂させ始めた。
顔面を殴られながらなお抵抗できるほどの気力など、常人にはあるはずもない。
やがて女子は「止めて……もう止め……」と呟くようになったが、それでも俺は殴る事を止めなかった。どこかの波紋使いとは違い、“僕は君が泣いて謝って跪いても、殴るのを止めない”。
やがて思い通りに目に恐怖だけを抱くようになった女子を、そのまま地面に叩きつける。直後、強大な衝撃と爆音がアリーナ内を揺らし、地面に巨大なクレーターが出来上がる。同時に砂埃が大きく舞い上がるが、俺はその中でおまけとばかりに相手の上に馬乗りになって、さらに遠慮無く相手の顔面に集中して拳の雨を降らせていく。
ガンッ、ガンッ、ガンッ――周囲から全く見えない砂埃の中で、俺達が見えているのは互いの顔のみだ。
かたや泣きわめく女子に対して表情を変えることなく機械のように殴打を続ける男子。
そして謝罪をひたすら口にしながら、もはや精神が崩壊しつつある女子。
そんな二人の間に、ただ延々と殴る音と彼女の淡い悲鳴だけが響き渡る。シールドエネルギーのお陰で顔の形が物理的に歪むことはないものの、恐怖の感情に彼女の顔が歪む。直接的なダメージは無いとは言え、その顔は涙と鼻水に涎でぐちゃぐちゃだ。それでも俺は一切手を緩めることなく、ただ無表情のままに機械的に相手のシールドエネルギーが無くなるまで殴り続けた。
――《打鉄:シールドエネルギー・エンプティー》!
丁度俺達を覆っていた砂埃が消え去ると同時に、そんな放送がアリーナの中に鳴り響いた。
■
私達は今、あの千冬様の弟ではないもう一人の男子、結城灰人を叩きつぶそうとしていた。散々調子に乗っているという噂が飛び交う彼にこれ以上ISを使わせるなんて、そうハッキリと理論立てた理由はないけれど、自然と心の底から反吐が出る。
そもそもISは女のためだけに創られた物。
なのに男が使うなんて――それもあんな根暗そうな男子が使うなんて耐えられなかった。千冬様の弟ならともかく、ね。彼ほどのイケメンなら別に良いわ。
……コホン。
それはともかく、私はそう。あの結城灰人を叩きつぶそうとしていたのよ――なのに。
あの男は卑怯にも一人を盾にした挙げ句、武装を力尽くで潰すなんて野獣のような振る舞いで女性を傷付け、地面へと叩きつけた。
その上、着地した時の衝撃で巻き上がった砂煙に隠れて、あれだけ女子を殴ったというのにまだ何かを殴るような音が聞こえてくる。それと同じようなタイミングで、叩きつけられたあの子の「もう止めて……」という声が聞こえてくる。
一体何が起こっているのかは、もはや想像に難くない。
それでもあんな前例のない野獣が隠れる砂の中に飛び込んでいくほど、私達は度胸がなかった。だから少しずつ晴れていく砂煙の中に、アリーナにいるほぼ全ての人間が注目していた。
《打金:シールドエネルギー・エンプティー》
そんな放送と共に、静まったアリーナの中心に、砂煙の中から丁度二人の姿が現れる。
――が。その姿が露わになったとき、誰かの押し殺すような悲鳴が透き通るようにアリーナに響き渡った。
周囲が吹き飛び、まっさらな大地の中に立つ人の姿。
極限にまで削り取った機動性重視の装甲を身につけたその身体は、ISという力を纏っているにもかかわらず、あくまで普段通りの人のように見える。……しかし、私達にはそれ以上の何かのオーラを纏った鬼のようにしか見えなかった。
何故なら、その右手の先にはエネルギーの切れたISを纏う一人の少女が首を掴まれていて、既に意識が失われているのか、ダランと足を宙にぶら下げている。そしてそれを見ていた少女らのハイパーセンサーが捉えた彼女の顔は、涙や鼻水に彩られ、より一層その恐怖の表情を鮮やかに映し出しているのだから。
また、そんな顔を目の前にしているというのに少女の首を掴んで宙づりにしている当の奴は、全く以て普段と変わらない顔のままだった。あれほどの感情をみせる少女の顔に一切の同情を向けることなく、憐れみも抱いていない――そもそも、相手が同じ舞台に立っているとすら認めていないのかもしれない。
結城灰人が手を離す――少女の身体が糸の切れた人形にように淡く地面に崩れ落ちた。
それに何とも思わないまま、アイツは周囲に目を寄せる。
彼女が倒れたとは言え、未だ私達四人が敵として周囲を取り囲んでいる。
その全てが武器を構えて殺意を向けている。
だというのに、奴は一分たりとも顔を変化させなかった。
――こうなったら、私達でアイツにトドメを刺す。
今のでアイツは一応、ホント仕方無く、ほんのちょっぴりの少しだけ、うっとおしく動き回れるというのは分かった。それを踏まえて潰す。
私達の構えたのを見て、アイツは更に二振りの日本刀を取り出して構えた。
それに対して私達は二度と相手を近づけないためにアサルトライフルを出した。
そして私達が引き金に指をかけたその時――アイツはまたも刀を私達に投げ飛ばした。
それを予測していた私達は直ぐに身体をずらして避け、再度奴へと照準を合わせ――あれ?
私達は咄嗟に顔を見合わせ、アイコンタクトを取る。
今の今まで私達の真ん中にいたはずの奴は、ほんの一瞬目を離した隙に、いつの間にか姿を消してしまっていた。
■
《結城灰人及び女子五人との第三アリーナにおける問題行動について》
・コアナンバー34、IS学園所属:ラファール一機――装備全壊。
背部推進翼計四枚、全て近接ブレード『葵』にて根本から切断。力尽くで千切るように落とされているため、修復は困難。また腕部・脚部装甲は打撃及び落下時の衝撃により崩壊。展開されていた近接ブレード『ファルシオン』、同じく落下時の衝撃により圧壊。
搭乗者は身体に主立った外傷はなし。しかし精神面においては――……。
「……馬鹿者が」
私はそう呟きながら、先ほど上がってきた報告書を眺めていた。
二時間前に起こった結城と上級生五人の私闘。その場にいた者達の証言によるとアリーナに現れた結城が突如周囲で練習していたISに襲いかかったらしい。が、そんな嘘はどうだって良い。
そもそも当の本人が念のためにと残していた撮影データから大体の状況は把握済みだ。どこまで予想していたのかはさておき、それを知ったときの担当教師の顔は見物だったな。……と。それより重要なのはこの戦闘データだ。
アリーナでアイツが相手をしたのは全員が上級生、その誰もがISの駆動に一年以上の先達である。というのにアイツはその内の一人を圧倒的に叩きつぶした。
まあその後は一戦やって気が晴れたのか、新たに出した残りの剣四本を囮にしてさっさと入り口へと戻っていったが。ほとんどの奴らは気付いて居なかったが、自爆特攻の作戦だったせいで、彼奴本人のシールドエネルギーも大幅に減少していたからな。
そんなことを考えていると、ふと戦闘映像を見ていた口の端が緩む。
入試時の戦闘データでは山田先生相手にそれなりに足掻いたものの結局大した実力も見せずに負けてしまっていたと聞いたが、それなりに実力はあったらしい。
あの時はやる気が無かったのか、それとも今回は異常にやる気を発揮していたのか。
ついでに織斑・オルコットとぶつけて同年代とのデータを取ろうと思っていたのだが、上級生相手にこれだけ戦えるのなら十分だ。
「装備は近接ブレード“葵”が六振りと、散弾銃“雨礫”が二つ。ラファールの基本装備を丸々外し、使えそうなものだけに絞ったのか?」
弾道理論も碌に習っていない今でも大雑把に狙いを定めるだけで良い散弾銃と、投擲・防御・斬撃と複数の使い道を見せる二刀流か。正直私からしてみれば素人どころかゴミ同然の剣術だが、それで通じるようにする発想だけはまあまあと言った所か。
「それでいてこの結果……。本番に強い――というより、普段から本気をだすということがない、といった感じか」
ここ最近のアイツの様子を見た限りでは、普段は『常に最善を尽くせるよう努力する』優等生などとはほど遠い。あくまで自分自身がそれなりに良いだろうと思った行動を取り、それによってどれだけ自身の評価が低くなろうと一切の後悔を抱いていない。周囲からの嫌がらせもどうでも良いと言った風に完全に無視している。
「……一体過去に何があったのかは知らないが、相当に捻くれているな。一応他者との関わり合いがあると言っても、ここでは元同級生の鷹月ぐらいとしかまともなコミュニケーションを取っていないようだし――弟とはまた違った様子の問題児だな」
私はそう呆れた様子で溜息を吐きながら、横の山田先生と同じように積み上げられた事後処理の書類に目をやる。
……どうせ大して疲れてもいないだろうし、丁度話を聞く必要もあるからな。
結城を呼んで、事情聴取のついでに整理の手伝いをさせるとするか。
そうと決まれば早速呼ぶとしよう。
私は山の中から事情聴取用の紙を取り出し、同時に校内放送で結城を呼び出すのだった。
……二重三重に舐められた上で慢心が入っている上級生相手に不意打ち喰らわせて、その上で自身のシールドエネルギーを顧みず攻撃を続けたら多分一機ぐらいはまあ倒せるかなと思った結果です。流石にどれだけご都合主義を押し込んでも、初戦でIS五機とか全部倒せるわけないでしょうから。
ちなみに不自然に投擲が全部当たるのは、照準プラス動作補助プログラムが入っていたお陰です。