瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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第二十三話 とある女生徒との一幕へ

 結局鳳とオルコットはラファールの前に為す術無く、そのまま敗北してしまっていた。……まぁ、最初から最後まで息の合っていない二人の動きはもはやわざとやっているんじゃないかというレベルのものだったからな。なんで全員が見ている前で彼処までの動きが出来るのか。

 そして落ちてもなお二人は互いに喧しく罵り合う。そんな二人にいい加減痺れをきらし、織斑先生がその頭を例の通り出席簿で叩く。

 

「「痛ぁっ!」」

「全く、うるさいぞお前達。いい加減授業中に私語をするのは止めろ。――さて、専用機持ちは織斑・鳳・オルコット・デュノア・ボーデウィッヒ、それに結城だな。ではこれより、均等に(・・・)グループに分かれ、そして実習を開始する。リーダーは専用機持ちがやれ。分かったな!」

 

 俺としてはグループ活動なんて鷹月以外はどんなメンバーも願い下げと言いたいのだが、そんな俺の心を見透かしてか、先生はやけに言葉の一部を強調して指示を下した。ついでに俺の所にじろりと目を向けてくる。

 そんな彼女に対して俺は小さく肩をすくめ、「分かってますよ」と無言で返した。

 ……そもそも、俺が均等にしなくても、勝手にそうなってしまう事くらい、目に見えているだろうに。

 

『よろしくね、織斑君!』

『お願いします、デュノア君!』

 

 ――ほらな。

 

「……そうだったな、私のクラスはこういう奴ばかりだったな」

 

 俺は予想通りの光景が目の前に出来るのを見て、お返しとばかりに織斑先生の方に呆れを含んだ視線を向けた。

 今俺達の目の前には、先生の言葉と同時に一般生徒のほとんどが織斑とデュノアの元に密集した姿が映っている。かろうじて俺の所には鷹月が歩いてきているが、その他全員があの二人の所に引き寄せられていた。

 

「よろしくね、結城くん」

「ああ」

 

 残りの女子代表候補生の所には一人も集まってきていない。

 まぁ、二人は先ほど醜態を晒したばかりだし、残り一人は謎の不機嫌オーラを発しているからな。それよりかは男性操縦者で人当たりの良い二人を選びたくなるだろう。

 しかしそれでも指示に従っていない以上、織斑先生がこの状況を許すわけもない。

 

「――この、馬鹿共が!」

 

 予想していたとおりの織斑先生の叱責が雷鳴のようにグラウンドに響き渡る。その余りの声量とそこに込められた怒気に、先ほどまできゃぴきゃぴと楽しそうに集まっていたのがまるで嘘のように生徒達は一瞬で沈黙した。

 

「いいか、出席順に一人ずつ各グループに入れ!順番は先ほど言った通りだ。もしこれでもまだふざけたことをやるようなら、そいつはISを背負ってグラウンド百周だ。今度こそ分かったな、お前達!」

『は、はい!』

 

 今度は彼女に反抗するような奴はおらず、女子連中は即座に自身のグループを逆算すると、各リーダーの元へと歩いていった。ちなみにその反応は様々であり、運良く二人の元に残ることの出来た女子達は狂喜し互いにハイタッチを交わしているが、その他の面々は目に見えて落ち込んだ足取りをしていた。

 その失礼な態度に鳳・オルコットの二人は怒りを見せ、吠える。

 

「ちょっと、なんでそんなに残念そうなのよ!」

「そうですわ、私達に何か不満でも!?」

 

 ……先ほどの光景を見て不満を抱かない奴がいるのだろうか。

 女子連中は返答代わりに二人に「さっき負けたくせに」との冷たい視線を送る。さすがに多くのそんな視線に晒されると何も言えなくなってしまったらしく、結局最後にはすごすごと引き下がっていた。

 

「……最初からそうしろ、馬鹿共め」

 

 俺に取ってはそんな他人からの視線は今更なので大して気にはならない。そんなことより、その指示のお陰で鷹月が俺からデュノアのグループへと移っていってしまったことが遥かに重大な問題だ。

 そもそも俺が普通の対応をするのはクラス内では彼女だけであり、そんな彼女がいなくなったとしたら残されたのは互いに良い印象を持っていない者達だ。……錆び付いた歯車のように、碌に話が進まなくなるに決まっているのだから。

 そして結局俺の下へ集まったのは、まぁ、テンプレ通りと言えば良いのか。

 全員が全員、俺を見下す女子連中であったのだった。

 

「やったぁ!織斑君と同じ班だ!」

「セシリアかぁ……さっきボロ負けしてたんだよねぇ……」

「鳳さんよろしくねっ、でね、早速だけど織斑君の話を聞かせてよ?」

「デュノア君、分からないことがあったら私に聞いてね?あっ、ちなみに私はフリーだよっ」

 

 他の連中の班はこんな感じでまだ平和そうに見えるというのに、俺とボーデウィッヒの所はと言えば……。

 

「……」

「ちっ、なんでこいつがリーダーなのかしらねぇ」

 

 ボーデウィッヒの所は奴が放つ謎の威圧感に全員が口を開くことが出来ず、こっちの女子は俺の顔を見た瞬間に悪態をついていた。果たしてこれでまともにグループ学習が出来るのだろうか?――その問いに笑顔で頷く奴がいるなら、是非そいつの顔を見てみたいものだ。ついでにその顔を百発ほど殴った後で、精神病院に行くことを勧めたい。

 しかし今更班員を変えることが出来るわけもなく、溜息をつきながらこれからどうしようかと考える。……最初は一応普通に振る舞うとして、それで動こうとしなかったら、即座に実力行使だな。言って分からなきゃアサルトライフルで分からせれば良い。一、二発撃ったところで相手がこんな奴らばかりなんだ、織斑先生は黙認してくれるだろう。

 と、グラウンドの一部に漂う険悪な雰囲気を読んでいないのか、場に似合わないほんわかとした声が教師側から響いてくる。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一班一体取りに来て下さい。数は『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』がそれぞれ三機ずつです。好きな方を選んで下さいねー。あ、あと、早い者勝ちですよー!」

「へぇ、だったらアンタ、私達は打鉄を使うから持ってきなさいよ」

「そうね。早く持ってきてねー。ほら、早くぅ」

 

 当たり前のようにこちらをこき使おうとする女子連中を無視して、俺はどちらを使うかを考える。別に今日行う予定の内容なら打鉄でもラファールでも対して変わらないし、どっちでも構わないかな。

 ちなみにコイツラは打鉄が良いらしいが……どうせ俺がラファールを使っているのを知って、敢えて逆を突いて少しでも手間取らせようとでも思ったに決まっている。その証拠とでも言わんばかりに、目の前の連中は鼻で笑っている。

 ……ならばそれを理由にして、自分たちで持って来させるか。

 

「ほぅ、そんなに打鉄を使いたいんなら、自分たちで持ってくるんだな」

 

 もちろんそんな指示に対し奴らが納得するわけもなく、女子達は理不尽な怒りを露わにしながら各々好きなように罵倒を浴びせに掛かった。

 

「はぁ!?こういうのは普通、男子が持ってくるべきでしょう!?ふざけてるの!?」

「知った事か。俺は打鉄でもラファールでも問題無いんだ、そんなに機体にこだわりが有るんなら言いだした奴が進んで持ってくればいいだろう」

「ふざけないでよ、アンタ男子でリーダーでしょうが!それだけでも寒気が走るってのに、馬車馬如きがなんで私達に命令するの!」

「リーダーの指示には従えよ。……ともかく、ホラ。早く持ってこないとラファールになるが、それでもいいのか?」

 

 早速嫌がらせが失敗したことに苛立ちを感じたのか、メンバー全員がこちらを睨み付ける。しかし俺が何処吹く風とそれを無視していると、彼女達は仕方無く自分たちでISを取りに行った。

 その隙に俺は他の班を見て見るが、織斑は自身で、デュノアは何故か体育会系の女子が率先して取りに行っていた。……班ごとの違いが大きすぎるだろ。ちなみにボーデウィッヒの班はリーダーが一切口を出してこないせいか、勇気ある女子が何とか周囲を引っ張ってISを取りに行っていた。その行動は評価できるが、普段の態度がアレなので結局プラスマイナスゼロなんだよな。

 ISの受け渡し場所の方へ目を戻すと、そちらからは何とか競争に勝てたらしい女子達が打鉄の乗ったカートを数人掛かりで運んできていた。その全員が恨めしい目を向け、唯ひたすらに怨嗟の声を呟いていた。

 

「ったく、なんで私達が……」

「ホントどんな頭をしてたらこういう事が出来るのよっ」

「こんなの、やってられないわよね……ほら、持ってきてやったわよ!」

 

 たかがISを一機運んできたくらいでなんで偉そうに胸を張れるんだろうか。もはや理解不能である。ともかくそんなどうでもいいことはスルーするに限る。

 俺は運んできた彼女達が一休みついている間に、台車からISを下ろしてそれをセットした。というかお前ら、これくらいで息が上がるなんてどれだけ体力がないんだよ。

 

「んじゃ、誰からでも良いからさっさと乗れ」

「……ちっ」

 

 先ほどのやり取りで何を言っても無駄だと悟ったのか、意外と素直に一人の女子が歩いてきてISに乗り込んだ。

 

「ふぅ……よいしょ、っと」

 

 そう軽く力んで、その女生徒はなんとか乗り込むことに成功する。

 

「さて、今日は装着はコレで良いとして、後は起動に歩行か……。おい、上手く乗り込めたなら、授業で習ったとおりに起動させてさっさと立て」

「言われなくても、分かってるわよッ!」

 

 そんな言葉を返しながら、彼女は手早く起動準備を済ませ、早速立ち上がろうとした。――が、その腰を上げようとした瞬間、バランスの取り方を間違えたのか、思いっきり尻餅をついてしまう。

 

「痛っ!」

 

 ……まあ、実際ISに乗ってみると、随分と目線の高さが違うからな。言うなれば底が何十センチもあるブーツを履いているようなものだ。

 俺の場合は無理にバランスを取ることに集中するよりは、走りながら徐々に軸を取っていく方法を取ったのだが……こんな態度じゃ、アドバイスしたところで聞く耳もたずだろう。

 とりあえずはお手並み拝見と行くか。

 特に俺が手を貸さずに少し離れた位置で胡座を掻いて座っていると、彼女は手を使って無理矢理立ち上がろうとして――倒れた。手を放した瞬間に姿勢を崩したのか、前のめりに倒れて地面にキスをしてしまっている。

 

「っ、もうっ!」

 

 それでも何とか立ち上がろうとして――また転ぶ。

 

「手伝う必要は有るか?」

「あるわけないでしょ良いから黙ってみてなさいよッ!――あっ!」

 

 ドタンッ!……今度はバナナの皮でも踏んだかのように、綺麗に回転して地面で後頭部を打った。いくらなんでも出来過ぎているような気もするが、本人はそんな気は無いらしく、また立とうとして頭を打っていた。

 ともかく手出しは不要とのことで、そうして見守ること――二十回近く。

 最初の彼女は運悪く運動神経が良くなかったようで、何回やっても感覚を掴めていない。周囲の生徒達も最初は色々と応援の声を掛けていたのだが、いい加減飽きてきたのか、そちらに見向きもしないで側にいた者同士でお喋りを始める奴が出てきていた。

 

『……結城、お前の班だけ少し遅れているぞ』

 

 そんな言葉が織斑先生から伝えられる。

 

「最悪放課後に時間を延ばしても構わないんでしょう?リーダーとして指名された以上、別にそれでも構いませんよ」

『ふん、お前はこういう事は嫌いかと思っていたが』

「一応努力しているみたいですし。放っておく訳にも行かないでしょう?散々人を馬鹿にする奴でも努力してるんなら少しは評価する、それだけです。先生はデュノアの班で忙しいみたいですから、そっちに集中していて結構です」

『……そうか』

 

 通信が切れてもなお、最初の女生徒は一連の動きを繰り返し続けていた。

 もはやその目には既に涙すら浮かんできており、周囲からは憐れみの目を向けられている。

 そんな彼女を見ながら俺は問いかけた。

 

「……まだやるか?」

「っ、煩いわね、もう出来るわよ!」

「全然出来そうに見えないけどな。――ったく。一旦止めろ。お前は降りて、次の奴に譲れ」

 

 その言葉に屈辱の表情を浮かび上がらせる女生徒だが、さすがに何時までもこのままと言うわけにも行かない。一人で勝手に時間を喰うのは良いが。あいにくと今はグループ活動だ。先に出来る奴から済ましておく方が効率が良いだろう。

 

「仕方無いだろ。……何時終わるか分からんお前のために時間を割きたいって奴が居るなら、手を挙げろ」

 

 俺の言葉に手を挙げる者は、誰もいなかった。

 

「ほら、降りるんだな」

「――くっ!」

 

 それでも女子は降りようとしない。

 

「そんなに降りたくないんだったら、無理にでも降ろさせるぞ。良いからさっさとISの接続を切って降りろ。さもなければ撃つぞ」

 

 アサルトライフルを一丁実体化させ、女生徒の頭を狙う。そして目の前でわざとらしく、安全装置を相手に聞こえるように解除する。

 

「ふん、どうせ撃たないんで――がっ!」

 

 バンッ!――本当は撃たないとでも思っているのか、馬鹿を見るような目でこちらを見る彼女の額を、俺の放った弾丸が撃ち抜く。

 余韻のようにたなびく火薬の匂いに周囲は唖然としてこちらに目を向ける。

 

「二度は言わねぇぞ。……さっさと、降りろ」

 

 ISには所有者の意識を強制的に覚醒させる機能があるから、今のショックで失神していてもちゃんと聞こえているはずだ。

 どうやら俺が本気だと分かったのか、今度は彼女は激しく首を縦に振りながら素直にISを解除した。全く、最初からそうしていればなんて事は無かったんだがなぁ。

 

「良し。それじゃあ次の奴、さっさと乗れ」

 

 乗らなければ撃つ――そう言ったメッセージを込めて銃口を向ける。

 流石にISを来ていない奴に撃つ気は無いが、目の前で仲の良かった女子がヘッドショットを喰らったのだ。そこまで考える余裕はなく、声を掛けられた女子は一転してキビキビとして行動を開始した。

 その後は全員が順調に指示に従い、課題を終わらせていった。

 

 

 ■

 

 

「では午前の実習はここまで。午後は先ほど使った機体の整備を行うため、格納庫で班別に集合。専用機持ちは自身の機体と汎用機の両方を整備する――では、解散!」

 

 結局最初に手間取ったせいか、最後の生徒が終わったのは時間ギリギリだった。

 先生が解散を告げると同時に、女生徒達は蜘蛛の子を散らすように女子更衣室の方へと走っていく。そして俺の所には、返却されずに残った打金と、最初に乗っていた女生徒が残った。……アイツラ、後片付けを他人に押しつけようと逃げていったな。

 しかもご丁寧に、「しーちゃんのせいでここまで掛かっちゃったんだから、もちろん片付けてくれるよねー?」なんて捨て台詞まで最初の奴に残してから。……これでクラスメイトだっていうんだから、笑わせてくれる。昨日の友は今日の敵、とはこういったものに違いない。

 最初は全員一緒になって俺に悪態をついていたクセに、一人が落ちこぼれると挙って弄ぼうとするとはな。今まで生きてきて、頭の中に常識の代わりに何を詰めてきたのだろうか不思議でならない。

 

「……とりあえず、コイツは戻しておいた方が良いか」

 

 俺は使われるだけ使われてうち捨てられるように放置されていた打鉄をカートに乗せる。……いくら女子は三日で男子を制圧できるとは言っても、その源となるものはこんな扱いしかされていないなんて皮肉なものだ。ISには意識が有ると聞いているが、こんなんじゃ搭乗者と同調するなんて夢のまた夢だろう。

 クラスメイトの身勝手さに呆れながらそれを元あった場所へと押していこうとする。

 と、割り込むようにしてそのカートをの取っ手を誰かが掴んだ。

 

「――どいて。私が片付ける」

 

 その手の主は同じく後に残されていた最初の女子だった。

 その意外さに俺は目を見張る。先ほどまであれほどこちらを罵倒し、自分からは碌に動こうとしなかった女子がまさか自ら面倒事を引き受けるとは……。

 まぁ、そう言うのなら、こっちとしても構わない。何を考えているのかは分からないが、少なくともこちらに嫌がらせをしようとする態度ではないように見える。それよりもむしろ、自身を半ば捨てたようなクラスメイトへの苛立ちが感じられる。

 

「そうか」

 

 俺はそれだけ言って、彼女にISを任せた後、少し遅い昼食を取りに戻るのだった。

 

 

 ■

 

 

 午後の授業は午前よりスムーズに終わったが、その間中ずっと、例の女子はその他の奴らから冷笑を向けられていた。

 彼女は彼女で気まずそうにしていたが、特に問題でも無かったので俺から触れることはなかった。というか下手に手をだしたら「余計なお世話よ!」などと言われそうだしなぁ。

 そんなこんなで今日の授業も終わり、放課後。

 俺は例の女子の補習のためにグラウンドへと出てきていたのだが……。

 

「……遅い」

 

 あの女子は一体何をしているのか、ISを準備して待っているというのに姿を見せない。

 ――ったく、まあ、今日は整備室に篭もる予定でもなかったし、問題は無いんだが。ここ最近の予定も順調に進んでいて、今日は組み終わった新装備の試し打ちだったハズだ。

 しかしあの武装は織斑先生の許可も未だ下りてないし、そもそも整備室に置いてきたままだ。別に許可自体は無くたって構わないのだが、それでも実戦に使いさえしなければ問題は無い。

 

「さて、どうしたことか」

 

 ここで一旦戻ってくるのもいいのだが、その際にあの女子が来ても困る。

 手っ取り早いのは誰かに持ってきて貰うことだが、そんな事を頼める相手もいない。鷹月はISを持ってないのでIS装備を持って来れるわけもないし、その他に誰か……あ、あの青髪娘……えっと、名前は何だったか。

 そうか、更識か。しかし知り合って間もない彼女に頼んでも良いだろうか。

 一応、共に整備室に引き籠もっていることもあってか、あれからたまには話したりはしている。息抜きにコーヒーを淹れたりするときに、ついでにお互いの分を淹れたりするくらいには仲は悪くない。同じ研究室に所属している間柄で、友人と言うよりは一種の仲間意識と言うのが適当だろうか。

 とりあえずこの間貰った番号に連絡してみるとしよう。

 ISの個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を使い、整備室に居るであろう彼女へと連絡する。

 

『……結城くん?』

「ああ、更識か。悪いな、整備中に電話かけて」

『別に、ちょっとくらいなら……で、なに?』

「実は頼みたいことがあるんだが」

『なに?』

「もしこの後アリーナを使う予定があったら、俺の武装を一つ、ついでに持ってきて欲しいんだ」

『……そう簡単に他人に、武装の管理を任せるものじゃない』

「俺はそもそも、信頼できない相手だったら連絡先の交換なんてしないけどな」

『ふーん……。でも、ごめん。今日はまた整備室に篭もる予定だから……』

「そうか、まぁ、いきなり頼んだのも悪かったからな。済まなかったな」

『……構わない。頼られるのは久しぶりだから。よほどのことでもなければ、たまには、頼ってもいい。――じゃあね』

「ああ。更識も頑張ってな」

 

 やっぱり無理だったか。

 まぁ仕方無いし、とりあえず今有る装備で練習するとしよう。

 

「……さっさとやるわよ」

 

 そこで丁度あの女子がやってくる。それを狙ってたのかは分からないが、タイミングが悪すぎるだろ。丁度何かしようとしたところでそれを中断させるとは。……結局ここまで何も出来なかったな。

 

「じゃ打鉄は借りてあるから、さっさとそれに乗り込め。それで、練習を始めろ」

「言われなくても分かってるわよ」

 

 そう言って女子は起き上がろうとして、また転んだ。

 もちろん俺も唯それを見てるだけは時間がもったいないため、“揺光”を呼び出して素振りを始める。これから近接戦の主武器はコレになるわけだから、感覚にも慣れておかないとな。

 少し前に織斑先生に見せて貰った体運びを思いだし、それを思い返しながら体の動きを彼女になぞらえて、頭と体に刷り込ませていく。

 そんな何の支障もなく立っている俺に苛立ちを覚えたのか、また転んだ彼女がそのままの体勢でこちらに叫んでくる。

 

「ちょっと、こっち見てなさいよ!あんたリーダーでしょ!」

「見てて何か変わるのか?」

「何って、ここを直した方が良いですよお嬢様とか、色々言うことがあるでしょ!?」

「黙ってみてなさいって言った奴は誰だ」

「知らないわよそんなの!」

「……」

 

 ……こいつなんでここに合格出来たんだ。午前の記憶が放課後には吹っ飛んでるなんて、そんな頭でどうやって勉強できたのか。もういい加減この質問を目の前のご本人にぶつけたくなってきたところなのだが、それを言ったらまた騒ぐだけか。

 とにかくこのまま騒がせるのも無駄なため、俺は仕方無く“揺光”をしまって女生徒の方に体を向け直した。

 

「ったく、分かったよ。んじゃアドバイスしてやる。オラ、さっさと立って歩け。出来なければまた撃つぞ」

「なんで命令口調なのよ!というかどこが助言なのか意味が分からないんだけれど!?」

「要約すれば死ぬ気でやれって事だ。死ぬ気になれば大抵のことは出来る。後は自分の感覚を信じるんだな」

「男でしょうが!ふざけてないで黙って女の下で素直になりなさいよ!」

「……ほぅ?それなら素直にならせて貰うとするか」

 

 俺は右手にアサルトライフルを取り出し、意思表示とばかりに彼女の頭に照準を合わせて引き金を引いた。再度飛翔した弾丸が彼女をそのまま狙い撃ち、グラウンドの中に虚しく銃声を響かせる。

 

「あぐっ!?」

「だったら素直になってやるよ。思ってることを言わせて貰うとな、まず、いい加減時間が掛かりすぎなんだよ。努力するのは良いが、いつまで成功に繋げない気だ」

「はぁ?一体何を――」

「故に、一人で頑張ってるお前には悪いが、ここからは俺も干渉させて貰う」

「ふ、ふざけんじゃないわよ――余計なお世話なんて、きゃっ!」

 

 続いて第二射が今度は彼女の喉に突き刺さる。その衝撃で女子は後ろに少し吹っ飛んでいき、五メートルほど転がって動きを止める。

 しかし俺は一切彼女を憐れむような様子を見せず、そのまま半ば問い詰めるような形でハッキリと言い切った。

 

「これ以上お前を放っておいたままでは碌な事にならないのは目に見えているからな。どうせ、このままだったらお前は歩くどころか立ち上がることさえ出来ないってことくらい分かってるだろ?無駄な努力に時間を費やすくらいなら意味のある努力をさせてやるよ。なに、今日中には歩くどころか地上くらいなら自由自在に動けるようにしてやる」

「どうしてそんなことになるのよ!?」

 

 異論反論一切許さないと言った風に睨み付けると、それだけで彼女は「ひっ!」と声を上げて震え始めた。

 

「どうして、か。なら答えてやる。分かってるか、俺が織斑先生に受けた指示はお前をISを装着、起動、歩行まで出来るようにしろというものだ。……で?それはそれとして、それが終わった後、単なる歩行が出来たくらいで他の連中の輪の中に再度戻れるとでも思ってるのか?」

 

 授業後もずっと冷ややかに彼女の事を笑っていた連中のことを思い出したのか、俺を親の敵のように睨んでいた彼女の顔が曇る。やはり、俺で募る苛立ちを発散し、それで感情を落ち着かせることしか考えていなかったようだ。

 この後自分に待っている暗い日常なんて考えてもいなかったに違いない――あるいは、分かっていて、わざと目を背けていたのか。

 

「思わないだろう?少し劣っている位で相手を見下し、嘲笑するくらいしか能のない奴らだ。最低限課題をこなして今日を終えたところで、お前に向けられる目は変わらない……いくら無視しようとしても、俺や織斑たち以外の三十人近くが容赦なくお前を否定する。そして噂は伝搬し、やがては学園中に広がっていき、最後には耐えきれないほどの負の感情を引き受けるかもな」

 

 俺の語ることに間違いは無いと納得しつつあるのだろう。彼女は更に顔をうつむかせ、こちらから見て分かるように肩を振るわせ始める。

 そんな彼女に俺は、更に語る。

 

「で、そんなのでお前は本当に良いのか?このまま惰性で地の底まで堕落することをおまえのプライドは許容出来るのか?」

「……そんな、わけないじゃない」

 

 重苦しい雰囲気を変えないまま、彼女は小さくそう零した。

 

「そうだな。ま、普通は誰だって許容できないだろうさ。許容できる奴が居たら、そんな奴は犬畜生にも劣る。だったらどうするか――簡単だろ。一度の失敗は一度の成功で取り返せない、ならば百度の成功を積み重ねろ。迅速かつ最適な方法で努力し、自らの手で再度己の権利を手に入れろ」

「アンタ馬鹿じゃないの?そんなこと言ったって、たった一日でそんなの出来るわけないじゃない」

 

 もちろん、普通ならそんなことは出来ないだろう。人に生身の翼を与えたところで数時間で飛べるようにならないのだから。どれほど今努力したところで、結局は徒労に終わるのでは無いかと、彼女は雰囲気で語る。

 そんな彼女を俺は鼻で笑った。

 

「二ヶ月だ」

「は?」

「俺は二ヶ月でISを自分で作成できるほどの知識を得た。お前らは俺の事を完全に無視して、居ないもののように扱っているから知らないかもしれないが、俺は入学してからたったそれだけの勉強でも第二世代くらいなら作れる知識は修めたと言い切れるぞ?もちろんここに来るまではそんな大したことは分からなかったがな」

「……何を言いたいのよ?」

「黙って聞いてろ――それでも、それくらい出来なければ実験室で一生ホルマリン漬けだ。もちろん元々少しは興味もあったが、実際そんな恐怖感だって俺の背中を押す一つの大きな要因だった。そして自身のほとんどをかけて努力した。……借り物でも何でもなく、俺が自身で証明した。それに比べれば歩くぐらい些細なことだ。だからこそ、確信して言えるんだよ――お前をこの数時間で最低限、地上じゃ自由気ままに振る舞えるようにしてやる、と」

 

 その後に続く言葉くらい言わずとも分かるだろう――それで、お前はどうするのか。そう、俺は彼女に問いかける。

 彼女はすぐには答えない。もちろん俺の言うことは正論だと分かっているのだろうが、それでもこれまで彼女の心の中に聳えていた“女尊男卑”の霊峰は簡単には崩れない。人間特有の“後でなんとでもなるだろう”、そんな考えがまだどこかで燻っているに違いない。

 しかしそこまではこちらが口出しできることではない。幾ら重みのある言葉を投げかけたとしても、自身の意識を変えるのは自身の意志しかない。心の奥底にある“逃げ”の本能は他人には決して変えられないモノなのだから。

 ただそれでも、最後にこれだけは言っておこうと思う。

 

「いいか、俺はお前が可哀想だから言ってるんじゃない。正直散々俺の事を罵ってくれた一人だからな、例えお前が死んでしまおうがどうだっていい。――が、それでも、先ほどまでの努力しようという姿勢、そこだけは評価出来る。だからその姿勢の分だけ手伝ってやる。裏切った奴らに目に物を見せてやれるだけ手を貸してやる、そう言ってるんだ」

 

 自分で言ってて何だが、受け取り方によっては魔王のようなセリフだな。しかし実際に思っていることを口にしただけだし、間違ったことを言ったとは思わない。

 その言葉に彼女は何も言わなかった。

 が、少しして、彼女は先ほどの問いに対する答えを口にした。

 

「……分かったわよ……やってやろうじゃない」

 

 それは非常にかすかで、風が吹けば消えてしまいそうなほど僅かな言葉だったが、それでも確かに俺は聞いた。単に俺を馬鹿にするなんて意志は、そこには感じられなかった。同じく尊敬なんて意識も欠片も無かったが、それでも今のままじゃどうにもならないという意識が女尊男卑のプライドを僅かに曲げているのだろう。

 強いて言うなら、俺を利用できるだけ利用してやる――そういった目をしている。ということは、非常に遺憾ではあるものの、言葉から俺の実力を信用できるモノとして評価した……そんなところか。嫌いな相手の長所くらいは認められるようになった、その変化に俺は素直に感心し、ニヤリと口元に笑みを浮かべて彼女に語りかけた。

 

「言ったな?……もちろんそう簡単にできると思うなよ?言った通り、これから残りの三時間、それだけで俺はお前を先ほど宣言した通りの技術を獲得させてやる。ただし言い切ったからにはキチンとついてこい。途中で少しでも愚痴を零してみろ、そうすれば代わりに待ってるのは甘い甘い堕落と言う名の奈落の底、人としてのクズ、“死”だからな」

 

 彼女は普段なら絶対に納得出来ないであろうその言葉に、上げた顔に確かな意志を宿して頷いた。

 

 

 ――ここに、たった三時間だけではあるが、世界に逆らうように、女尊男卑の風潮が一掃された訓練の時間が幕を開く。

 

 

 

 




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