瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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第二話 初日の流れは決闘へ

 

「――であるからして、ISの基本的な運用には現時点で国家の承認が必要であり、枠内を逸脱したISの運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

 ふむ、つまり下手に規則を破れば社会上の罰という名目で俺は研究所に送られてしまうと言うことか。精々気を付けるとしよう。そんな事を考えながら、俺は机に山積みになっている参考書の内、イラストの多そうな資料集を取り出して自分のペースでゆっくりと眺めていた。

 さすが国内最高峰のレベルを誇るIS学園の先生であると言うべきか、あの先ほどの慌て様からは考えられないくらい先生の授業は分かりやすい。

 しかしこのタイプの授業は――俺に取って鬼門である。

 授業中は分かったような気になるため、後で復習をしようとは思わなくなる。

 そしていざ放課後、または週末辺りにもう一度同じ問題を解いてみても解けないのだ。聞いた側では出来るようになっていても、実際にはうろ覚えの解法をなぞるだけに過ぎないのだ。要するにありがた迷惑である。先生方からしてみれば生徒に親切にやってくれているのであろうが、ぶっちゃけ俺に取ってはそれは時間の無駄だ。それは中学校生活最初の二年間で分かっている。塾行っても成績上がるどころか下がる始末だった、二年の最後に受けた模試も、元々C判定で五分五分だったのに、第一志望は落ちますよという判定も喰らったし。何にしろここに来たからほぼ無駄だったんだけど。

 

 まあ……要するに、俺が授業を聞かずに自習しようとも、結果はどうせ変わらないので問題は無いだろ。たまに先生が「ここは大切ですよー」と言った所だけ一応マークしておいて、その辺りに戻りながらまた自分のペースで勉強を進めていく。

 授業の中盤まで来た頃に、教壇に立つ先生がふと後ろを振り向いた。

 

「織斑君、何か分からないことはありますか?」

「あ、えっと……」

「分からないことがあったらドンドン聞いて下さいね。何せ私は先生なんですから!」

 

 へぇ……そこで俺には聞かなんですか。その辺り、あの先生も所詮顔で決めるタイプか。

 心の中で舌打ちしながら、意地でももうこの授業は聞かない事にしようと決める。

 普通に考えて奴が発見されてから全国でISを使える男性がいるかどうかのチェックが始まり、その過程で俺が発見されたのだ。つまり普通に考えて時間が無かったのは俺の方であり、理解が浅いのも常識的に考えれば俺だろう。

 それなのにアイツだけ心配するとは……。どうせ俺は格好良くないですよ。ケッ。

 無駄な逆恨みを込めつつ前方の二人の様子をそっと観察する。

 

「先生!」

「はい、織斑君!」

「ほとんど全部分かりません」

 

 ――さて、勉強するか。

 

「……え、ぜ、全部、ですか……?」

 

 余りの愚かさに、先生もショックでフリーズしている。一応言っておくが、これって予習せずとも授業内に限っては中学生でも飲み込める内容だぞ。分かりやすいし、頭に残るかどうかと言えば残らないが、それでも理解出来ないわけはないと断言できる。

 それをほぼ分からないとは……この二十分間完全に無駄だったろ。何してたんだお前。

 

「え、えっと……彼以外で今の段階で分からないって言う人はどのくらいいますか?」

 

 この、顔で生徒を分ける先生の授業を受ける意図が分かりません。……んなこと言ったら即座に出席簿が飛んで来るため、言うに言えないんだが。ちなみに俺としては分からないんではなくてそもそも授業を聞いていないのでノーカンだろう。

 しかしそうだな。せっかくの質問タイムなので、何か聞いといた方が良いかな?さすがにこのままじゃ先生が可哀想だ。

 ……あ。

 

 一応目立たないように、小さく手を上げる。

 すると運良く目に入ったのか、先生はすぐに俺を当てる。

 

「あ、はい、結城君」

「分からないっつーか質問なんですが……」

「はい、なんでもどうぞ」

「さっき国家の承認がどうのこうの所で、承認なしに動かした場合の刑法の適用なんですが……その国の日本で言う銃刀法違反とかそんな感じの法律で裁かれるのか、国際裁判所で裁かれるのかどっちですなんか?ISってやっぱり今は世界的に兵器扱いですし、一機一機が稀少ですからどっちもあり得ると思うんですけど……」

「それは普段の犯罪と同じようなもので、基本的にその国家で裁判を受けることになります。それに各ISのコアは国家が厳重に保護していますからね、例外はまず起きないと言っていいでしょう」

「なるほど、そうですか……」

「はい、分かってくれたなら先生は嬉しいです」

「じゃあついでにもう一個有るんですが」

「なんでしょう?」

「正直怠いんで寝ていて良いですか?俺、さっき織斑先生にはたかれたせいか頭が無性に痛くて、あまり集中力が働かないんですよ。このまま受けるよりはマシかとは思いますが」

 

 ――スパァン!

 彼女の顔が先ほどとは違うショックでフリーズすると同時に、クラス内の雰囲気も一気に停止する。また同時に、俺の脳細胞が一気に死滅していく。

 ……。

 

「なんで頭が痛いと言った後にまた叩くんすか?なんなんですか?」

「黙れ。口を閉じて授業にちゃんと集中しろ。頭が多少痛いくらいで授業を疎かにするな」

「そうですか。ではそれは次からってことで。でも今ので更に頭痛が酷くなったんで、先生ー。今日はもう保健室で一日過ごしても良いですかー?」

「は、はいぃ……?」

「山田先生。こいつのペースに飲み込まれるな。そしていい加減座れ」

 

 なんでこの人こんな高圧的なんだろう……?あの山田先生とこの先生で上手くバランスが釣り合っているとでもこの組み合わせにした先生は思っているのだろうか。

 実際は勢いが強い織斑先生に押されてばかりで、この人の独壇場じゃないですか。

 ……ま、流石に俺もこれ以上はたかれるのは御免なので、一応座るとしよう。今回の授業だけで脳細胞が全滅するのも困るし。

 

「ふん……それで織斑、お前は入学前の参考書は読んだのか?」

 

 それはここに来る前に黒スーツの奴に渡されたあの鈍器(参考書)のことか?

 知り合いの爺さんが本棚に溜めている外国語の本レベルの厚さのアレは……正直、本などとは到底呼べない代物だ。え、もしかして他の女子とか全員キチンとあれを読んできたとか……最近活字離れが激しい若者にしては信じられないな。俺も若者だけど。

 とりあえず面白そうなのでそのまま織斑の様子をうかがっていると、奴はなにやらウンウンと唸った後、

 

「古い電話帳と間違って捨てました」

 

 と言い切った。

 潔いという点では評価できるが、それを補って有り余るほど評価が下がったな。

 さすがにそれはないだろう。俺だって一応一回は目を通したぞ。ほとんど記憶に残ってないけど。

 

「必読と書いてあったろうが、この馬鹿者。後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ、いいな?」

「い、いや、一週間であの厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい、やります」

 

 織斑は落ち込んだ様子で肩を落としているが、同情の余地はない。

 所謂自業自得とかいうやつだ。

 しかし、ISが使えると分かってからは俺はホテルに軟禁状態で、あれ以外に時間をつぶせるアイテムもなかったはずだが。アイツも同様だと思うんだが、一体どうやってアイツは時間を潰していたんだ?

 

「ちなみに貴様はどうした結城?まさかこの馬鹿同様捨てたとか言い出すわけではあるまいな?」

「とりあえず暇だったので一回軽く読みました。その後、ホテルの軟禁生活で非常に暇だったんで、全ページ丁寧に切り取って紙飛行機にして、窓から全部飛ばしましたが?……ちなみに内容は一割も覚えてません」

「お前も再発行してやるからもう一度キチンと覚え直せ」

 

 パァン!

 一々暴力を振るうとかまさに鬼だなこの人。

 ったく、ちょっとした冗談だろ。ホントは一割五分……か二割程度は記憶の片隅に残ってたかもしれないのふぁ。まあ、もう思い出すことはなさそうですけどね、誰かさんが俺の脳細胞を的確に消滅させたおかげで。

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遙かに凌ぐ。そう言った兵器を深く知らずに扱えばほぼ事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解ができなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

「そもそもISは宇宙開発用だってのを理解してない政府のトップがいるんですがね」

「一々一言多い」

 

 ――パンッ!

 ……アンタも一々手が多いんですけど、先生。俺の頭は太鼓の達人か。

 そもそも俺は無理矢理ここに連れて来られただけであり、別にISに乗りたい訳じゃ無い。元々の俺は宇宙開発には興味が有ったが、今のISなんかただ銃器ぶっ放して中二病的な技名とかつけるだけじゃないのか?そんなのに興味はない。

 

「……貴様ら、『自分で望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

 ぎく。

 

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きていなければならない。それすら放棄するのなら、まず人であることをやめることだな」

「(……アンタはまず人である以上暴力の前に言葉で語るべきだけどな)」

 

 タイミング良く織斑の方へ振り向いた彼女の背中にそう、声を出さずに口を動かす。

 なんで本当この人教師になったんだか。IS講師としては完璧なのだろうか、担任教師としてはダメだろ。

 

「え、えっと、織斑君。分からないところは授業が終わってから放課後教えてあげますから、がんばって? ねっ?」

「はい。それじゃあ、また放課後によろしくお願いします」

 

 はぁ……ソッチはソッチで、また俺には声を掛けてくれないんですか。

 放課後まで残って勉強する気にならないのも事実だけど、一々気に触るなチクショウ。

 

「ほ、放課後……放課後にふたりきりの教師と生徒……。あっ、だ、ダメですよ、織斑君。先生、強引にされると弱いんですから……それに私、男の人は初めてで……。で、でも、織斑先生の弟さんだったら……」

「あー、んんっ! 山田先生、授業の続きを」

「は、はいっ!」

 

 彼女は慌てて戻ろうとして――転ぶ。

 

「うー、いたぁい……」

 

 どうやら彼女は典型的なうっかり属性だったらしい。こんなので大丈夫なのだろうか、これからの学園生活は……。まあ授業は聞いてないから、大して関係無いんだけどな。

 とりあえずこの一件はここで終わりと言うことで、俺は静かに授業の声をカットして、参考書のページに色々と自分で書き込みを加え始めた。

 

 

 ■

 

 

 結局あの後すぐに授業が終わって、次の休み時間。

 またあの女子が話しかけてきたら厄介なので、俺は早々にイヤホンを付けて完全防御態勢を取り、出来るだけ気配を消して本を読み始める。ふとした時に声が聞こえても厄介なので、音量を上げて外界から意識を今度こそ遮断する。

 さて、早く続きに取りかかるとしよう。

 

 

 ■

 

 

 そして、普通に二時間目が始まった。

 

「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する。――ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めておかないとな。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会の出席等々も兼ねる……まぁ、所謂クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差ではないが、競争は向上心を生む。一度決めると一年間は変わる事がない。そのつもりでいろ」

 

 教壇に立った先生が、一気に説明をする。

 クラス長、ね……。要するに面倒事の押しつけられ役か。好んでこの役職に就く奴なんて、今まで見たこともないぞ。それは周囲の女子達も同じだったらしく、当初は誰もがやる気が無いようで静かに縮こまっていたが――

 

「……自薦他薦は問わない、誰かいないか?」

 

 ――との一言で、一気に騒がしくなった。

 

「はい。織斑君を推薦します!」

「私もそれがいいと思います!」

「結城君は、まあ……織斑君に比べると、ねぇ……」

「なんというか、暗いし、世界最強のほうが良いに決まってるよね」

 

 ……よし、もう無視しよう。

 結城流聞き流し術その三、『えー、そんなの知りませんよ』を発動。

 ――中学時代の事がふと頭に蘇る。俺が休みの日にクラスの他の連中が勝手に話を進めて俺をクラス長に仕立て上げた挙げ句、他の面倒そうな役職も重ね掛けしてくれたのは未だに鮮明に思い出せる。その事に苛ついた俺は後日担任に直談判し、押しつけられたものの一切仕事を取り扱わないと言うことで最終的に担任をキレさせてクラス全員を叱らせたのだった。

 個人の意思を無視して勝手に話を進めるリア充どもには、わざわざ正面切って対決する必要は無い。後々になって言葉責めにする方が、こちらにとって有利なのだ。

 

「お、俺!?」

 

 突然指名されたアイツは、驚いて周囲を眺め回す。しかしそこには期待に目をきらきらとさせた女子しかいない。男尊女卑の今となっても、男性は元からそう言う目には弱いのだから断れるわけもない。

 

「織斑。席につけ、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

「ちょっ、ちょっと待っ……俺は結城灰人を推薦する!」

 

 何を血迷ったか、織斑は突然俺を指名する。

 数名の女子が「分かってるよなぁ?」という殺気をこちらへ向けてくるが、別に俺が何もしなくても、投票で織斑に決まるだろ。馬鹿じゃないのか。

 これ以上見ているのも馬鹿馬鹿しくなったので、俺は読みかけの本を取り出して読み始める。

 

「では候補者は織斑一夏と結城灰人……他にはいないか?」

「待って下さい!納得がいきませんわ!その様な選出は認められません! 男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 ――……。

 

「実力を鑑みれば私がクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で、極東の猿を推薦されては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気も毛頭ございませんわ!いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべきものであり、そしてそれは私ですわ!大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけない事自体、私にとっては耐えがたい苦痛であるわけであって――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 ――……。

 

「なっ!?あ、あっ、貴方はっ! 私の祖国を侮辱しますの!?――ならば、決闘ですわ!」

「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

「言っておきますけど、わざと負けたりしたら私の小間使い……いえ。永遠に奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」

「そうですか?何にせよ、丁度良い機会ですわ。まあイギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

 ――……。

 

「んで?ハンデはどれくらいつければいいんだ?」

「あら? 早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなー、と」

「ぷっ……あははは!お、織斑君、それ本気で言ってるの?」

「クスクス……男が女より強かった時代はもう大昔のことだよ?」

「織斑君は、ISを操縦できるだろうけど、そんなに長く乗っているわけでも直接ISに関わってきたわけでもないでしょ?」

「――じゃあ、ハンデはいい」

「ええ、そうでしょうね。むしろ、私がハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ。

 

 ――……。

 

「ねー織斑君?今からでも遅くないし、ハンデをつけてもらったら?」

「はっ、男が一度言いだした事を覆せるか。ハンデは無くていい」

「えー、それは代表候補生を舐めすぎだよ。……というか、碌に知らないだけなの?」

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後に第三アリーナにて執り行う。オルコットと織斑、結城はそれぞれ準備を整えておくように。……おい結城、貴様話を聞いているのか?」

 

 パァンッ!

 俺の手から本が勢いよくはたき落とされる。

 突然の攻撃に目を上げれば、俺の正面には額に十字を携えた先生が立っていた。

 

「……はい?」

「だから、話を聞いていたのかと言っている」

「話、ですか?ええと確か、織斑が俺を推薦したのは覚えてますが。でもどうせ、もう投票でアイツに決まったんでしょう。ですよね?」

「違う。お前と織斑とオルコットで、来週の月曜に仕合で決める事になった」

 

 ……仕合って、要するに、IS戦闘だよな。

 一体何処をどう捻ったらそんな話に飛躍することになるんだよ?織斑は一体何をやらかしたんだ、全く。流れが一切想像出来ないんだが。

 

「嫌です。お断りします。なんなら不戦敗で構いません。というか誰ですかそのオルコットって」

「なっ!?」

 

 突然後ろの方の座席から声が上がる。

 そちらの方を見てみると……金髪縦ロールのお嬢様系女子が、信じられない者を見たかのような目でこちらを見ていた。もしかしたらあれがオルコットか。

 

「貴方もこのセシリア・オルコットの名を知らないと仰るのですか!?」

「知るかアホ。何?まさか自分の名前が全校生徒に知れ渡っているとか、そんな漫画の中の序盤のやられキャラみたいな馬鹿な考え持ってんのかお前?」

「そんなわけないでしょう!いいですか、私はイギリスの代表候補生にして、今年度の主席入学なのですわよ!」

「だからなんなんだよ。普通主席なんて入学時のスピーチぐらいしか知る機会はないし、ありきたりでつまらなかったから俺は寝てたし仕方無いだろ。つーかあくまで候補生なんだろ?つまり、取り替えの利くただの補助要員ってだけじゃねぇか。そんなんで自慢するとか、どう考えても雑魚の死亡フラグだろうが」

「んなっ……!」

「織斑先生、こいつなんなんですか。どう考えてもクラス長とかやらせちゃダメなタイプでしょ。真っ先にクラスの雰囲気をぶち壊しそうなアホなんて、選択肢から外すべき逸材じゃないですか。んで肝心の決闘ですが、知りませんってそんなモン。勝手にそこの二人だけでやって下さい」

 

 すると今度は織斑がいちゃもんを付けてくる。

 

「ちょ、ちょっと待て結城!アイツはさっき俺たちの事を極東の猿呼ばわりしたり、日本が文化的に遅れてるとか言ったんだぞ!」

「だから何だよ。アイツの頭が腐ってるってだけだろ。そもそも文化が遅れているとかどうのこうの言う時点でまともに応対する方が悪い。文化が遅れる、なんて西洋人にありきたりな身勝手すぎる妄想だろ。そんなの振り回す奴は、そもそも相手する気にすらならねぇよ。それに見ろよ」

 

 周囲の女子達の様子を素直に見るように促す。

 本を奪われてから妙な雰囲気が漂っているかと思えば、今良く見て見ればその原因らしきオルコットへとほとんどの人間の視線が向いている。彼女らの抱いている胸の内は察することは出来ないが、少なくとも正の感情ではないというのは分かる。

 三流韓流ドラマのような、ドロドロとした女子の空気が場を淀ませている。

 

「いくら全世界から集まってると言っても、大半は日本人学生だ。そこでそんな事を言って見ろ。翌日には全校に拡散してるだろうし、コイツは下手したらこれから三年間ネチネチと嫌がらせを続けられるボッチ生活だ。最悪先生方か他の英国候補生によって本国へ連絡が行き、候補生の立場を取り上げられて強制送還。良かったな、これでIS搭乗者としての人生は終わりだ。……な?わざわざ俺達が決闘する必要も無いだろ」

 

 呆れたような表情を見せると、織斑は何も言えないのか顔を真っ赤に、オルコットは顔を真っ青に染める。

 例え俺の言うことが事実だとしても、織斑は目の前で自分たちに関する文句を言われて何もしないのは納得出来ないのだろう。やられたらやり返したくなるのは誰だってそうだが、彼は特に自らの手で片を付けたいのかもしれない。

 だが俺はそんな面倒そうなことはしたくない。

 日本のことを貶したっていっても、別に直接聞いていたわけでもないから怒りとかそういうのはない。俺が彼女に対して考えているのはただ一つ、本人の意思を無視して模擬戦を行うことにしたことだ。彼女が提案したのかどうかはさておき、彼女が話に参加したからその方向に動いたというのは確実だ。

 本当は今すぐ殴り飛ばしたいのだが、ここでやったら彼女に同情が集まるのでそんなことはしない。他人の手によって哀れに消えていけばいいんだ。誰が代表候補生なんてどう考えても向こうが有利そうな相手と正面切って戦うものか。やるわけないだろ。

 

「……結城の言うことはさておき、改めて告げておこう。勝負は月曜日、放課後の第三アリーナだ。見学は基本自由だ。三人はそれぞれ用意を調えておくように」

「いやちょっと待って下さい先生、俺は戦う気なんてないって言いましたよね?」

「そんなことを私が許すと思ったか?いいからやれ」

 

 結局、そんな先生の決定が覆ることはなかった。

 

 

 ……さて。どうするかね。

 

 


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