瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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 今回は番外編というか、視点が普段とは違って鷹月さんです。
 ちょっと本編を先取りしてるところも有りますが、問題無く読めると思います。
 それではどうぞ。
 


第十九話 ――いつか、君の隣へ

 

 謎のISの襲撃から、一週間とちょっとが経過した。

 あれから少しの間学園を占めていたあのISの正体についての噂もすっかりなりをひそめ、IS学園には元通りの日常が戻ってきていた。

 そんなある日の深夜、第三アリーナ付き更衣室。

 私がそこで準備をして待っていると、やがてピットに繋がる扉がカシュッと音を立てて開く。その奥からISを量子変換した結城くんが、ボロボロの全身を引き摺りながら戻ってきた。

 

「――あー、疲れたぁ……」

「お疲れ様。はい、飲み物とタオル」

「お、鷹月。また見てたのか。とりあえず、悪いな」

 

 近くの椅子に腰を下ろした彼の側へ行って、手に持った水筒を差し出す。彼はそれを手にとって、その中身をゆっくりと飲み始める。二口程度飲んだところで今度はタオルを受け取り、汗だらけの自身の体を拭いていった。

 そんな彼の様子を何となく観察してみると、特注のISスーツに覆われたその体は、最近お腹の辺りがうっすらと割れ始めているように見える。この間まではそこまで鍛えては居なかったハズの肉体がこの短期間でそんなに変化したのは、一重にここ数日の彼の努力の賜物だろう。

 と、そこで自分が何を見ているのかに気づき――少し頬が熱を持った。

 別に男子の水着姿を見たところで普段はどうとも思わないが、彼だけは私にとって少し特別なのだ。いつもは制服に隠されているその体が、今は水着同然のISスーツだけしか纏っていない。変な意識を持ってしまうのも仕方がなかった。

 そんな私の心の内を知らないまま、彼は顔を上げる。

 

「ふぅ、やっと一息付けたな。毎回の事ながら、この訓練は本当にキツい」

「その言葉も毎回のこと、だよね。先生はいつでも止めて良いって言ってるのに、それでも止めないのは結城くんじゃないの」

「ここで止めたら三日坊主だし……それじゃいつまで経っても成長しないからな。それにコレやらなかったらマジで運動しなくなってしまうから、改めて考えれば健康的にも丁度良い……多少オーバーワークな気もするが」

 

 全身の汗を拭き取り終わると、彼は体を大きく伸ばしてその場で椅子の上に横になった。

 その時もう一度、今度は廊下側の扉の開閉音が鳴った。その方向からヒールが床を打つコツコツと言った音が近づいて来る。その音の正体は私達の所まで来た後、椅子の上に寝ている結城くんを見下ろした。

 

「――ふん、健康的、か。そんな言葉を吐けるなら、今から二セット目でもやるとしようか」

 

 出席簿を持った黒スーツ姿の織斑先生が、彼に向けて言い放った。汗だくだった結城くんに対して、彼女は一切の疲労感を見せず、あくまで普段通りの様相を見せている。

 ……ここまでの差が生まれるなんて、やっぱりそれだけ実力の差が大きいってことなのかな。

 挑戦的な瞳の織斑先生に、結城くんは疲労困憊といった様子でゆっくりと首を横に振った。

 

「すみませんでした。さすがにこれ以上は心身共に持ちませんし、勘弁して下さい」

「ふん、そうか。……それで、鷹月。また居たのか」

「はい。織斑先生、こんばんは」

「……結城に世話を焼くのは構わんが、お前は早く寝たらどうだ。年頃の乙女としてはこの時間に起きているのは問題ではないのか?」

「いえいえ。これくらい、まだ大丈夫ですよ」

 

 あのクラス対抗戦の日の襲撃から数日後、彼、結城くんは織斑先生に実戦用の訓練を志願していた。彼からしたら“約束を守るため”らしいのだが、それでもその内容は普通に見れば恐ろしいほど過酷で熾烈だ。

 一週間の内四回行われる実戦用訓練――今日は丁度、その日だった。

 午前十二時半から一時までの三十分、ひたすら打金を纏った織斑先生とISで戦い続ける。その間は休憩も猶予も一切無く、外部からの手出しもない。

 ……普通だったら、まず即座に逃げ出すような内容だと思う。だって、余りに実力差がありすぎて、ただ一方的に切り刻まれるだけなんだから。結城くんもそれと同じで、ずっと彼女にただひたすら打たれ続けるだけになっていた。

 

 初戦なんて、いきなり織斑先生が見えなくなったと思ったらいつの間にか結城くんの前に移動していて、そこから一気にシールドエネルギーがゼロになるまで反撃する暇無く“葵”による連撃を浴びせられていた。開始から終了まで、一分もかからなかった。

 直ぐさまエネルギーを補給した二戦目もそれと同様で、今度は背後に現れた先生によって大体四十秒ほどで決着が付いた。

 変化を見せ始めたのは四日目の五十戦目辺りからで、ようやく初撃からのワンターンキルを避けられるようになってきた。しかしあくまでそれだけで、二、三撃目から同様の現象になってしまっていたが。

 そして今日、七日目の八十戦目の後半辺りになって、何とか数秒だけは回避・ガードで耐えられるようになってきた。

 

 まあ何にしろ――要するに、一時間の内ほとんどが織斑先生の独壇場ということだ。

 こちらからは為す術もなく剣撃の嵐に晒される、そんな特訓を一日が終わった後にやっている結城くんに比べれば、ただ起きているくらい、まだマシだと思う。

 しかしそんな考えは織斑先生にはお見通しだったようで、

 

「そもそもの基準を結城に置くこと自体が間違いだ馬鹿者」

 

 ぺしっ、手に持っていた出席簿で軽く頭を叩かれた。

 

「コイツに基準を合わせたところで碌な事にならんぞ。こんな真夜中に無茶苦茶をやるような人間は、大成するか失敗するかのどちらかしかない。それも八割の奴は失敗に終わっているからな」

「……自分の基準が世間一般と違うのは知ってますが、教師は生徒本人の居る前でそういうことを言わない方が良いんじゃないんですかね」

「それはあくまで一般論で、ここはIS学園(非常識の入り口)だ。ホラ、無駄口を叩く暇があったらさっさと立て」

「理不尽ここに極まれりですね……。よいしょ、っと。あー、全身が痛すぎる……また明日も筋肉痛ですかね、これは」

 

 先生の無茶ぶりに答え、疲労困憊の様相を見せながらも、何とか彼は立ち上がった。

 その様子を見ながら、織斑先生は過去の事を思い出すように語った。

 

「ふん、まあ束もIS開発時には似たようなことをしていたからな。無茶苦茶を認めさせようとしていることを考えてみれば、同じ穴の狢、というわけか」

「IS開発した人と比べられても……。ま、天災と同じ道を表面上だけでも辿れてると考えればプラスですし、いいんですけどね」

「それでいいんだ……」

「ま、最低それくらいしないとどうしようもないからな。専用機開発に加えて実戦訓練、どっちもこなそうとしたら時間が足りないんだよ。それこそ博士がISを開発したときくらいに、な」

 

 そう言う結城くんは現在、自身の持てる時間のほとんどをその二つに費やしている。

 朝起きてご飯を食べた後、授業時間は全面的に自習。放課後はほぼ装備開発の実習。それで午後十二時近くになると特別解放されている第二アリーナへと赴き、実戦演習。その後に更に自習。その合間に出来る三十分程度の時間に、趣味の読書をしている。

 結果、最近の睡眠時間は一日四時間程度らしい。……普通だったらまず間違いなく二日も保たないでしょうね。

 

「とにかく、時間も時間なんで、俺はもう部屋に帰ります。済みませんが、ここで失礼しますね。んじゃ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ結城くん」

「ああ、さっさと帰って寝ろ。授業中寝ることだけは許さんぞ」

「分かってますって……」

 

 彼は幽鬼のような足取りで、ふらりふらりと着替えもせずに部屋に戻っていってしまった。――あれで無事に部屋にたどりつけるなのかな?

 彼の事を心配しつつ私も帰ろうとすると――

 

「――いや、ちょっと待て鷹月。少し話したいことがある」

 

 何故か、私が先生に呼び止められた。

 

「何でしょうか?授業のレポート等なら今は特になかったと思いますが」

「いや違う、結城のことについてだ」

「ってことは、彼の生活についてでしょうか?」

 

 私がそう言うと、彼女は納得するように小さく頷いた。

 

「ああ、良く分かるな。そうだ。あの散々無茶を押し通している生活についての話だ。しかし、良く分かったな」

「それくらいしか彼の問題点らしき所は無いですから」

 

 後は精々他人と関わり合おうとしない性格の所だろうか。ここ最近は友人らしき人がようやく現れたようだが、学園が始まってもう二ヶ月が過ぎようとしている。それで出来た友人が二人とは、どう考えても少ない数字だ。

 ……まあ、それは今は関係無いし、放っておいてっと。

 

「分かっているならいい加減忠告したらどうだ?アイツは、自分が正しいと思ったらどんな相手だろうとそれを押し通そうとする。それが自分の体の忠告であっても、だ。そんな生き方をしていればやがて倒れるだろうに」

「それでも彼の場合、倒れたところで普通に続けるでしょうね。結城くんは昔からそうでしたから」

「そんなことは私でも分かっているが――」

 

 溜息をつきながら、先生はポリポリと頭を掻いて近くにあった更衣室備え付けの椅子に腰を下ろした。ついで隣に座れとばかりにポンポンと自分の隣を叩いたので、私もそちらに腰掛けた。

 先生は「――まあ、それはそれでいいか」と小さく呟く。どうやら説得は不可能だと悟ったらしかった――話はこれで終わりかな。

 私はそう思ったのだけれど、彼女はこちらの方を向いて、「ところで――」と更に話を続けた。

 

「なんだ、アイツは昔からそうなのか?」

「昔と言うほどでもないですけど、そうですね。たまにフラフラになりながら学校に来たりしてたんですよ。読みたい本があったから徹夜で読んできた、なんて言ってましたね」

「そうか。……それがお前の、アイツに興味を持ったきっかけなのか?確か中学校ではクラス長を務めていたと聞いているが、結城のそんな行動が目に止まったとでも?」

「ええ。流石に一月目からそんな行動を取ってたら嫌でも目に尽きましたね」

 

 その時の様子を思い出しながら苦笑を込めてそう告げると、彼女も、

 

「……だろうな」

 

 と嘆息しながら納得の言葉を出した。多分、授業中眠そうにしながら自習している彼の姿でも思い出しているのだろう。彼女はついでに溜息をつきつつ、私に続きを促してきた。

 

「それで、話しかけて注意したんです。『授業くらい真面目に聞けないんなら、本を読むのを止めたら?』って。でも彼は『千の授業を受けるより、一冊の本を十回読んだ方が良い』なんて言って結局読書を止めなくて、更に注意するために話しかけ続けて……そんなことを繰り返して、気付けば今の関係のひな形が出来上がってたんです」

「ほぅ。私の話そうとしていた内容とは違うが、それはそれで中々に興味深そうだな」

 

 いつの間にか先生の顔はニヤリと笑っていた。……なんだか、嫌な予感がしてならない。そう思いつつも、私は彼女の次の一言を待った。

 

「それで、今の関係になったのは何時の話になる」

「え?」

「いつからアイツの事を好きになったんだ、と聞いている」

「――へ?えぇっ、な、なんでそのことを!?」

 

 何を言い出すかと思えば、教師の領分を遥かに逸脱した言葉だった。一応何を問われても良いように気を張っていたのだが、攻撃を予想しなかった所を突かれ、逆に私は慌ててしまった。全く同時に顔の熱が限界まで上がってしまったのが分かる。

 そんな私の様子を見ながら先生は、肘で私の脇腹をつついてきて答えを催促してくる。

 

「友人はおろかクラスメイトにも隠し切っているつもりらしいが、いつもお前達の関係を見ている私からしてみれば簡単に分かったぞ?休みの日にデートまでしていたんだ、なぁ?」

「いやアレは単に道案内を買って出ただけでして……」

「男女二人で出かけてきてそれはないだろう。最も、アイツの方は微妙なところだが。さすがに異性の好意まではそう簡単には分からん。で、いつなんだ?」

「――そんなの話す訳がありません、失礼しますっ!」

 

 無理矢理先生から顔を背けて近くの荷物を回収し、私は脱兎の如く自分の部屋へと走り去った。

 ……あぁ、これが深夜で本当に良かった。

 廊下を猛スピードで走る私の顔は、きっと真っ赤になっていることだろうから。

 

 

 ■

 

 

 やがて部屋へと辿り着くと、私はまだバクバク言っている心臓の音を聞きながら、直行でベッドの上にダイブした。荷物はそこら辺の机にでも投げ捨てておく。

 

「うぅ……なんでいきなりあんなこと言われたんだろ」

 

 織斑先生はそこまで恋愛に興味無いと思っていたけれど、どうやらそれは間違いだったらしい。まさかいきなり核心を突いてくるなんて、予想外過ぎて心臓が止まるかとまで思ってしまった。

 寝っ転がったまま大きく深呼吸して、なんとか気を落ち着けよう。

 すーはー、すーはー……ダメだ、全然落ち着けない。息を吸う度に彼の顔が頭に思い浮かんでしまって、どうしても心臓が騒いでしまう。

 

「……それにしても、いつから好きになったって言われたって、気がついたときにはそうなってた、としか言いようがないんだよね」

 

 ただ、私と彼の距離が変わったのは中学二年生の秋。

 その時に色々あったので、恐らくそこが一番の切っ掛けだったと思う。

 

「あの時の結城くん、凄く格好良かったもんね……」

 

 それは、クラスに碌に関わろうともしない彼に私が積極的に話しかけていたことが裏目に出た事件だった。

 彼を快く思わない一部のクラスメイト達がなんと、襲撃をかけたのだ。

 当時わたしはそれなりに人気もあったらしく、数人の好意を持っていた男子。現在の風潮に流され『女子の言うことに従わないなんて』と勝手にキレた女子。そしてそれに関係無く、元々女尊男卑で男子を無理矢理従わせようとしていた女子達。計五十人近くの同じ学校の生徒達が、こぞって彼の帰り道を襲ったのだった。

 

 その日私は普通に放課後にクラスメイトと話していたのだが、そこで突然意識が途切れていて、次に気付いたときには周囲が血の海になっていた。その中心に返り血に染まった結城くんが居て、目が醒めた私に「大丈夫か、鷹月?」と声を掛けてくれたのだった。

 後に聞いた話では襲撃の際、数人の女子がグルになって私を眠らせ、彼に対する人質として連れてきていたらしい。そんな状態で彼は咄嗟に私を奪い返し、その身を守るようにして、その場の全員に対抗したのだった。

 しかも、それだけではなかった。一通り襲撃のメンバーを病院送りにした後、また襲撃があるかもしれないと言うことで、しばらくの間巻き添えにされないよう私の身の回りを守ったりもしてくれた。

 

「多分、その時から、なのかなぁ……」

 

 その時私は、事件が多くの要因が重なった結果であっても、その引き金になったのは恐らく自分だったのだろうと思っていた。そんな罪悪感で一杯だった私の話を聞いてくれたり、守ってくれた彼に私はいつからか、それまでとは違う感情を抱くようになっていた。

 

「うん、きっとそうなんだろうね」

 

 ふと真っ白な天井に、未完成の例のISを纏う彼の姿を映し出される。私がそっと、そっちへ手を伸ばしてみると、そんな彼の姿は、まだ手の届かないことを示すように、霞のように淡く消え失せてしまった。

 それは多分、一緒に居る内に私が知った彼の本当の姿。自身のためなら何でもハッキリと捨て去ることの出来る、彼の心。私がその“捨て去ることの出来る”ものなのか、“絶対に捨てられない”ものなのかは分からない。

 でも私としては、いつも一緒にいたい……そう思う。あの時のように単に守られているだけじゃなくて、彼の隣に肩を並べて歩けるようにしたい。私の彼への想いは助けられたときに気付いたものだけれども、一緒に居る内に彼の事を知って、ただ後ろに着いていくだけじゃ物足りなくなっていた。

 ……だったら今も、こうしてちゃいけないな。

 

「今も彼は、努力しているに決まっているんだから」

 

 私は確かにテストの点数は取れていたけれど、それより重要な“本を読んで自己の教養を高める”ことに関しては結城くんに随分と劣っている。

 逆に点数の劣っている彼は、今それを上げようと必死になって勉強を続けている。だから私だって彼以上に努力しなければ、いずれ抜かされて彼の隣に並ぶ事どころじゃなくなってしまう。

 だから私も努力して、彼の隣に並べるような人間にならないと。

 

「……本、読もうかな」

 

 私は起き上がって、この間のお出かけの時に仕入れてきた本を開いた。

 遠くの部屋で、内容は違いながらも同じように勉学に励む彼の姿を思い浮かべながら。

 

「――いつか、君の隣へ」

 

 今はまだ、足りないけれど。

 やがては君の隣で、一緒に肩を並べて歩けるようになりたい。

 

 


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