瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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 どうもお待たせしました。
 気付けばお気に入り登録も千件を超えてましたね。本当にありがとうございました。
 それでは本編、どうぞ。


第十六話 無人機を斬る光へ

 一夜明け、対抗戦当日。

 

「あー、眠いなぁ……」

 

 そんな事を呟きながら俺は、珍しく整備室の椅子でだらけていた。机の方に身体を投げ出し、両腕を目一杯伸ばして身体に掛かる重力を出来る限り分散させる。

 こうなったのは、昨日の約束が原因だった。

 

 鳳などの案件で織斑先生のご機嫌を取らなければならなくなった俺だったが、後ではたと気がついた。

 そう、当日は対抗戦の上級生の様子を見なければならないということに。

 対抗戦に出るのは各国家代表候補生かつ専用機持ちの人間が多く、そのほとんどが第三世代だ。その特殊兵器事態は真似できるモノではないが、当人達の技術は俺の今後に参考になるかもしれないのだ。見ないという話は無いだろう。

 

 そう思い、お菓子作りを始めたのが午後十時半。鷹月の時に作った余りのジャムやクリームは別の物に使い切ってしまったので全部一から作り直し、完成したのが今日の午前五時。甘い香りに包まれていたお陰で眠気が何度も襲ってきたし、そのたびに冷水で目を覚ましてはと言うことを繰り返しようやく作業が終わった。……それは眠いわけだ。何度も無理矢理眠気を吹き飛ばしたツケだな。

 とにもかくにも、俺は若干ふらつく足取りで職員室へとケーキを届けたのが五時半。

 昨日聞いていたとおり彼女も不眠で終わらせなければモノがあったようで、職員室の扉を開けると、俺と同じように眠そうにしながら、ペンをガリガリと動かして書類を捲る姿があった。ちなみにその机の近くには山のように対抗戦関係の書類と栄養ドリンクの山が……。他の教師は何をしているのやら。

 

 そちらへと向かうと、彼女の方が俺に気付いて手を止めた。そこで俺は菓子の入った箱を渡し、彼女が冷蔵庫の中にしまい込んだのを見ただけで、その足でこの整備室に来たのだった。互いに眠気が思考を弛ませていたせいもあるのだろう、大体の事は口を開くのも面倒なので目の会話だけで済んでしまっていた――そして、今に至る。

 

 ちなみに現在時刻は七時半。約二時間近く、この状態のまま休息に甘んじていることになる。普段ならまだコーヒーでも飲めば大丈夫なのだが、未だに鼻の奥に残ったあの甘い香りが眠気を忘れさせてくれない。

 しかし今寝たら、最低でも午前中の試合は見逃してしまう。後で記録された物を見るのは味気ないし、重要なところが映ってなかったりするからな……。

 まあ、このままISの作業に映ってもはかどらなさそうなことは目に見えてるし、もうしばらく休んでいるとするか。そんな感じで頭も身体もだらけさせながら、俺は更に深く机に突っ伏すのだった。

 

 

 ■

 

 

 時計の針が丁度九時を示す頃、俺はようやく起き上がる。……計算すると、結局二時間近く休んでいたことになるのか。それだけ休憩したのならもう大丈夫だろう。

 僅かに霞む視界を晴らすために、備え付けのメーカーからコーヒーを淹れて口に含む。……うん、この苦さが今は丁度良いな。

 少しづつ頭にのし掛かっていた重荷が取り払われていくのを感じながら、俺は既に始まっている対抗戦の映像をいくつかの角度から近くのホロウィンドウに映し出した。そして、それらを見ながらゆっくりと作業を進め始める。

 たまにはこういう落ち着いた雰囲気でやってもいいだろう。

 

 俺は気楽にアリーナでの初戦のカードを眺めていく。

 初戦のカードは一年の一組VS二組。要するに織斑と鳳である。

 甲龍はどうやら修繕が間に合ったようであり、完璧な姿の前で白式の前に現れていた。……ここで出てきていなかったら、また一騒ぎ起きたんだろうな。そんな光景を予想しつつ、手元のコーヒーに砂糖を足して、中継を見ながらパチパチとキーボードを触る。

 

 

 ――そして試合も中盤に差し掛かった辺りで、そいつ(・・・)は現れた。

 

 

 ジュッ。

 最初に聞こえたのは、ただそれだけだった。続いて金属が蒸発したとき特有の、ツンとする刺激臭が俺の鼻をつく。違和感を感じ、その元の方へと振り返る。

 すると、そこには一機のISが立っていた。

 全身を装甲に包んだ、灰色の機体。地面に着くほど非常に長い腕に、そこへ備え付けられたビーム兵器らしき四台の砲口。そして何より異様さを醸し出す、毒蛇を思い起こさせるような毒々しい紋様の塗装――それを見た瞬間、俺のやることは決まっていた。

 

「来い、ラファール!」

 

 コードに繋げられていたままのISを音声認識で強制的に身に纏い、同時に鞘を両腰に召喚して“葵”を引き抜く。

 

「誰だお前」

 

 俺は正体不明のISに向かってそう問いかけ、そして相手の返事を待つまでもなく同時に両手の刀を投擲した。

 なぜなら、確認するまでもなく目の前の機体は学園外のものなのだ。今の質問は少しだけ相手の気を反らすための物であり、もとより返事なんか期待していない。

 もしかしたら見知らぬ専用気持ちのISかも知れないが、軽く数センチある金属製の入り口を熱線で融かすような馬鹿なら即攻撃しても問題は無いだろうさ。

 しかし――ガキンッ!

 突然の俺の攻撃を敵ISは何の感情も浮かばせずに両手で弾き、続いてその手に備え付けられた砲台をこちらへと向けて構えた。その砲身には紫の光がやがて集束を始めていく……エネルギー弾か。

 俺はそんな奴を見て更に新たな刀を召喚してから、念のためにもう一人の整備室に引き籠もっている生徒の方を見る。どうやら彼女は突然の襲撃に思考が追いつけていないらしく、その場で固まっていた。

 彼女の背後には恐らく専用機であろうISがある。

 

「そこの奴、死にたくないならさっさと、整備中だろうと一旦ISを身につけろ!絶対防御を使え!」

「う、うん……!」

 

 不格好ながらもISを身につけた女生徒を尻目に、俺は目の前の敵の懐へと飛び込んだ。

 レーザーが放たれるが、その直前に計六振りの刀を続けざまに投げて砲口の向きを俺から無理矢理ずらす。

 そして、俺は思いっきり相手の身体を蹴り飛ばした。

 

「とりあえず――場所を変えるぞ!」

 

 もう一人の女生徒には嫌がらせをされた覚えは無いし、巻き込むのは極力避けた方が良い。敵を無理矢理廊下の奥へ吹き飛ばされたのを見てから、俺は再度両腰の鞘に出現させた葵を引き抜く。……が、この狭い廊下で刀を振り回すのは得策ではないな。

 そう考えて、敵が一旦俺と距離を取ろうとした隙に、俺は別種の武器を召喚する。俺のISの中で一番多い武装は“葵”だが、、別に刀にこだわっているというわけではないし、場合もしくは気分によって武器を変えられるように他のモノもいくつか収納してある。

 

「来い、“白騎槍(ヴァイス・ランツィーラー)”!」

 

 ドイツ第二世代用兵器、西洋の騎馬戦に特有の馬上突撃槍。それをIS用にカスタマイズした物が俺の左手に召喚される。

 そして次の攻撃へ移ろうとした瞬間――織斑先生からの通信が入る。

 

『結城、そちらで不自然な振動が確認されたが、一体何があった』

「襲撃みたいです。映像をソッチに送りますね」

 

 俺は槍を手に握ったまま、視線入力を併用して自分の視界をアリーナの管制室へと送る。

 それを見た先生は、若干含みのある声で小さく呟いた。

 

『――これは』

「知り合いですか?」

『そんなわけがあるか。現在こちら、アリーナにもそいつと同型のISが来ている。つまりは襲撃者だ』

「へぇ」

 

 言われて確かめてみると、本当に、織斑達の方にも乱入者が来ていた。映しっぱなしだった画面の中には目の前の奴と同種の機体が立っており、二人に敵対するかのように立ち塞がっていた。

 

「ってことは、応戦すべきですか?」

 

 恐らく全校生徒のほとんどはアリーナに集結しており、専用気持ちもこの近くには居ないだろう。しかも運の悪いことに、俺達の居た整備室は対抗戦の会場である第二アリーナとはほぼ真逆の位置にある。

 放っておく訳にも行かないだろうし、誰かが足止めしなくてはならない。別に奴がIS学園の施設を幾ら壊した所で俺に問題は無いのだが、これ以上織斑先生に書類を追加させるわけにも行かないからな。

 死なない程度に、捕まえておくか。

 

『うむ。悪いが他のISがそちらに到着するまでは時間が掛かる。何故かアリーナ周辺の扉がシステムロックされているんだ。到着まで時間を稼げ……後、確か専用機を作成中の更識もそちらに居たはずだ。彼女のISは未だ使えない、流石に自分で身を守れない女くらいは守ってみせろ』

「既に彼女には中途ながらも専用機を着用して貰っています。敵の方も整備室から引き離してますし、多分今のところは大丈夫でしょう。で、応戦するんだったら、せめてスポーツ用の出力制限の解除許可して貰えません?相手はそんなこと微塵も考えてないでしょうし」

『もちろんだ、今許可しよう。後、シールドエネルギーの数値が危険域に突入した場合、それ以上の戦闘は避けて退避しろ。では、そこで待っていろよ――』

 

 そこで一旦行進が途切れ、同時に俺の目の前にメッセージが浮かび上がり、各部位の出力数値が一気に跳ね上がる。

 目の前では今まさに、敵ISが新たに体勢を立て直そうとしているところだった。

 

「やらせるか、っての!」

 

 俺は背中のブースターを一気に最大へと加速させ、半ば体当たりのような攻撃を仕掛ける。昨日の鳳の時と同様、狭い通路の中では逃げ道もない。体当たりでも相当の攻撃力になるだろう。

 それに加えて、今は突貫力抜群の馬上槍を持っているのだ。宙に浮いて突撃した場合、鋭い槍の先端にこちらの全重量のエネルギーが集中した威力がそのまま相手に伝わる。この距離なら相手のシールドエネルギーを超える威力まで届くはずだ。

 対して相手は四機ある砲台を全てこちらへ向けて熱線を発射してくるが、俺はそれを盾代わりに湯水のように召喚した“葵”で可能な限り減らしていく。変な機能もないお陰で消費する格納領域も少ないので、こういう時は非常に便利だなぁ。

 

「――オラァッ!」

 

 そして何とか突撃を完遂させ、槍で相手の腹を見事に貫く。そしてそのまま奥の方まで押し込んで、近くの壁へと縫い付けた。

 

 ……しかし、何か嫌な予感がするな。思った通り上手く行ったのに、何かが俺の頭に引っかかる。

 腹が貫かれたってのに、こいつは慌てたりする気配が全くと言って良いほど無い(・・)。人間なら誰だって、死に際くらいみっともなく生への執着を見せるはずだ。でも、そんな動きが見られない。

 いや……それどころか、貫いた敵の腹から一滴の血も流れ出ない。

 

「……無人機か?」

 

 ふと、そんな呟きを漏らしてしまう。

 同時に、目の前のISが再度動き始めた。腹に大穴が空いても構わないと言った様子で動き、至近距離でカウンターとばかりにこちらに砲門を向けてくる。

 確かに腹に風穴が空いたなら普通は戦闘不能だが、それは相手が生身であることが前提だ。

 無人――つまりロボットなら、まだまだ動ける。ロボットに痛覚はないし、今の時代、下半身が千切れたって動くようなものがあっても可笑しくはないのだ。それに加えて奴の装備はそのまま残っている。それも、この近距離で……ヤバい。

 俺は慌てて槍から手を放し、距離を取りながら近くの壁をいくつか引っぺがして咄嗟に盾代わりに捲りとって前に掲げる。

 刹那の差で放たれたレーザーはそれらを一瞬で溶かし、ギリギリの差で咄嗟に前に掲げた腕の装甲を少し融解させかけた。何とか俺の肉にまで届く事は無かったが、危なかったな。

 

「危ないな、オイ……にしても、面倒だな」

 

 幾ら無人機と言っても、この場合、本来とは少しばかり意味は違う。

 ISは搭乗者がいなければ動かない。単なるAIでは動かない。それが当たり前というか、絶対なのだ。

 つまり、そのことを鑑みるに、コイツは遠隔操作されているのだろう。真の操縦者は一歩離れた空間に居る。そんな相手に挑発をしたところで、簡単に乗ってくるわけはないだろう。

 ――もう一つ可能性がないことはないのだが、それは置いておくとして。

 さて、実際に危険が無く、ただ手元のコントローラーをぽちぽち動かすような相手に挑発が効くとは思えない。例えるなら、戦場で戦う兵士がどれほど努力し意見を呈しても、それらに指示を出す政治家は何にも傷つかないし聞く耳を持たないと言った所か。

 

「あーもう、これだったらかなり厄介というか危険だな……」

 

 挑発させるか舐めさせるか、それで相手を思考を単純化させる。それが俺の基本戦術だ。そうでなければ上級生や代表候補生相手にああも立ち回ることは出来なかっただろう。

 しかし今回はそうはいかない、か。……どうしようかね。

 相手は見たところ遠距離型。しかしこちらは運の悪いことに、現在は一切の銃器を積んでいない。しかも軽くできるように鎧も薄くしてある。勝てそうにないな。

 ――なら、一旦引くか。

 勝てる策がない場所でわざわざ戦う必要は無い。

 勝機があるとすればまずはあの砲台を潰さなきゃならないが、この狭い廊下の中でレーザーを避けながら接近なんて無理だ。精々整備室にいるもう一人に気を付けながら逃走を開始するとしよう。まずは外まで誘い出す。

 

 俺は早速両翼を動かして、廊下の疾走を開始する。

 背後のISに向かって剣を投げて誘いつつ、背後に着いてきていることをハイパーセンサで確認しながら、ある程度整備室から距離を取る。

 そしてもう十分離れたと思ったところで、近くの窓をたたき割って外へと出る。ま、これくらいなら文句は言われないだろう。

 それよりここは……。

 

「……グラウンドか?」

 

 運動部の多いIS学園では、自然と運動場も広くなる。面積は一般的な高校の数倍はあったはずだ。この広さなら先ほどよりも戦法が増える。上手くやれば、倒す方法もあるはずだ。それまで何とか時間を稼がないと、な。

 とりあえず何時でも使えるように“揺光”を、専用の鞘に収納された状態で俺の背中に召喚しておく。

 ついでとばかりにアリーナの様子を見てみると、そこには無人機相手に立ちまわる鳳と織斑の映像が映った。丁度、あいつらも無人機だという結論に達したらしい。

 恐らく通信も繋げられたのだろう、向こうから声も聞こえてくる。

 

『――ううん、無人機なんて有り得ないの。ISは人が乗らないと、絶対に動かないんだから』

『でも、仮に、無人機だったとしたら?』

 

 さすがにあちらは確定とまでは言っていないらしい。ま、そりゃ俺だって腹を貫いてから無人機だってわかったしな。普通にやってたら気付かなかっただろう。

 とりあえずそちらがどうなるのかを見ながら、俺は奴の放つエネルギー弾を唯ひたすらに避けることにするかな。自分で思いつかないのなら、他の奴の様子を見て参考にさせて貰うことにしよう。

 その前に教員かその他の専用機持ちが来れば、話は早いのだが。

 

 

 ■

 

 

 暫くそのままの状態で、織斑達の方を観戦しながら敵の攻撃を回避し続けていると、突然画面の中の織斑が奇妙な行動を取って相手に肉薄した。

 

『――オオオッ!』

「……なるほど。これなら――」

 

 今織斑が行った行為、“外部エネルギーを吸収してからの瞬間加速(イグニッション・ブースト)”、か。

 俺はその全容を見た後、一旦アリーナ側の映像を消し、再び目の前のISへと集中する。奴は現在運動場の中心に陣取って、周囲を飛び回る俺に対して砲台よろしくエネルギー砲を連射してきている。

 

「にしても、さてどうするかな」

 

 今ので一応、勝利への道は見えた。しかし成功する確率は俺では良くて五割だろう。

 俺は望んだ状況へと相手を誘うために、回避を続けながら頭を巡らせる。

 ……なんというか、この相手は思考が単純というか、あまり先読みして動いているというわけではなさそうだ。あくまでこっちの後を追っているだけみたいだし。でも本性というわけではない。あくまで、強者の余裕というやつなのだろう。

 

「……なら」

 

 俺はエネルギーの弾幕の中をあえて急遽方向を変え、衝突覚悟で敵ISへとつっこんでいく。先ほどとは違って当たるようになったレーザーが少しずつシールドエネルギーを消耗させていくが、後で勝てればそれで良い。

 所持している剣を全て盾に使って、相手との距離を一気に詰める。

 相手が俺の剣の間合いに入った瞬間、相手が突然ミサイルポッドを正面に召喚した。

 ここで避けるとまた距離を詰めなければならない、だったらむしろ――。

 

「――斬る!」

 

 発射されようと構わない。近距離で爆破させ、相手にもダメージを喰らわせる。

 左手に鞘を、右手に新たな柄を握り。勢いよく居合い切りを放つ。熟練者でなければ手首を痛めるが、ISを纏っている状態でならその程度、自己治癒が働いて問題は無い。

 火花を散らして力任せに鯉口を斬り、ミサイルを全て正面から叩き斬る。

 目の前で勢いよく全弾頭が爆発するが、構わずそのまま推進翼を操り前方へと進む。

 そして思いっきり、敵ISが居るところへ次の斬撃を放つ。

 ――が。

 それは相手も同じだったようで、未だ晴れない煙の中から、拳の一撃が放たれる。

 

「がっ!?」

 

 俺の刀を叩き折り、そのまま勢いに任せ俺の身体を殴り飛ばす。

 慌てて受け身を取り体勢を整えようとするが、その隙に今まで行わなかった追撃を行ってくる。そして、伸ばした右手で俺の首を掴んで持ち上げた。

 そして目の前に最初の一撃を放ったであろう、一際巨大な砲台が姿を現し始める。

 胸部の装甲が開くようにして外れていき、現れた砲台の先に光が集束を始める。対して俺はひたすら抵抗を試みるが、相手は真上から刀を五、六本振らせたところで動きすらしない。そのままチャージを続けている。正直コレを喰らうと、シールドエネルギーはほとんど残らない。ついに二ケタ、最悪一ケタに突入するだろう。

 

 ――だから、ここで決める!

 相手の胸部砲がついに溜めを終了するその前で、俺は背中に収納していた刀を鞘から外す。そして峰の方をそのエネルギー砲の部分へと向ける。その峰には俺のアイデアであるある部品が存在しており、これなら……。

 

 俺はとある数日前の訓練を思い出す。

 

 

 ■

 

 

 深夜のアリーナ、ライトアップされただだっ広いスペースの中で俺と先生は二人で向かい合っていた。

 俺は専用機(ラファール)を、彼女は学園の汎用機のラファールを身に纏っている。

 

「瞬時加速。一瞬で相手との距離を詰める技法だが……コレで分かったな」

「はい。説明は受けましたし、実物も見せて貰いました。頭では理解出来ましたって感じですね」

「あとはお前のお望み通り、相手になってやる。瞬間加速が身につくまで、戦闘を続ける。そういうことでいいのだな」

「まあ、こういう戦闘技術ってのは実戦で身につけるのがお約束ですから。頭から消えないうちに実践して、身体に馴染ませないと」

 

 俺は抜きはなった二振りの刀を構え、彼女へと向き直る。

 

「それでは――よろしくお願いします!」

 

 結局暁の空が目に映るまで、俺と彼女は延々とIS戦を続けていた。

 

 

 ■

 

 

 ついに相手のエネルギーが集束完了し、放たれる……その瞬間。

 

「『流星(メテオラ)!』」

 

 俺は“揺光”へのアクセスコードを叫ぶ。ラファールの視界に接続許可の画面が浮かび、それを即座にタップ。右前腕の装甲からコードが射出され、“揺光”の柄と接続される。

 そして刀の峰――そこにセットされてあった専用のスラスター(・・・・・)が開く。

 

 『瞬時加速』の原理は一度放出したエネルギーを再度圧縮して吸収し、それを爆発させて加速エネルギーを得るということだ。本来なら最初に自分でエネルギーを放出するのだが……先ほど織斑は、外部からのエネルギーを取り込んでそれを行うことに成功していた。

 エネルギー源は鳳の衝撃砲。……だが、それ以外のエネルギーでも出来る事には変わりないハズだ。そう、奴の持つエネルギー砲でも。あれを上手く返せたなら、こちらの勝ちだ。

 

 何故なら――瞬時加速で加速された斬撃、それが俺の大刀の特殊能力なのだから。

 戦闘の最中に突如加速し、いきなり目の前に現れたかのような錯覚を覚えさせる。先ほどいた場所から離れた場所へと、気付かれない速さで揺れ動く光刃。故に“揺光”。

 

 恐らくあれだけのエネルギーを扱えば発動後に反動で自壊するだろうが、その一撃で殺しきる。

 

 ――チュンッ!

 

 エネルギーが発射され、そのタイミングで俺は刀で瞬時加速を発動させた。

 相手のエネルギーを吸収し、エネルギーメーターが一気にチャージされていく。やがてそれは最大に至り、残るエネルギーの余波が俺に襲いかかる。

 しかし俺の装甲も“揺光”も、普通より丈夫な素材になっている。シールドエネルギーも一気に減少していくが、直ぐに融解するなんてことはない。俺はそのまま片足を軸に、余波の衝撃を巻き込むようにして回転する。

 そして円を描くような軌道で俺は全エネルギーのベクトルを敵ISへと変え――相手を斬る直前に、刀に内包させたエネルギーを一気に爆発させた。

 ――バツンッ!

 スポーツ用の制限を外した刀は先ほど吸収したエネルギーを一瞬で解放し、恐るべき速さで急加速して相手の胴体へと命中する。

 

『刀を扱うときはあくまで切り口を滑らかに――刀に逆らわないように、そして刀に主導権を握られないように一息に斬り飛ばせ』

 

 そんな先生の言葉が頭を過ぎり――俺の刀は相手のシールドの許容攻撃量を超え、そのまま下からすくい上げるように、左下からの逆袈裟切りで敵の上半分を斬り飛ばした。

 ほとんどのエネルギー砲が上腕部に集中しているせいかを持つせいか、ISの上半身は地面に落ちた後も、何とか動こうとしてもがく。が、ここまでやればもう大丈夫だろう。

 代償として俺の“揺光”をみると、その刀身は無残にもボロボロになっていた。放射したエネルギーでスラスターは真っ赤に焼け爛れ、刀身も幾分か歪んでいる。少しつついただけでも折れてしまいそうだ。……この辺りは次回までの改善点だな。

 

「とにもかくにも、これで任務完了っと。倒しても文句は言われないだろうし」

 

 俺は倒れ伏した相手のISに近づいて、更に相手の身体のスラスター・関節といった部位を徹底的に破壊していき、動けないように調整する。体中に順次回収した刀を折れた物まで無理矢理突き立てていき、最後に脳天に当たる部位に最初に使った物と同じ重槍を突き立てて――終了。

 流石にここまでやれば無人機とて動くことは出来ないだろう。

 これが生身ならかなりスプラッタな光景になるのだろうが、無人機だったせいか余裕でトドメを刺すことが出来た。ここまで来たらもう例の黒い虫と似たような物だからな。丸めた新聞紙で叩きつぶすのと同じような感じだ。

 

「――結城!」

 

 丁度そこで、打金を纏った織斑先生がグラウンドに降り立った。……何というか、巴御前のような雰囲気だ。打金は和装ベースだし、織斑先生も剣道の達人だからな。

 

「あ、織斑先生。こっちも終わりましたよ」

 

 先生はこちらへ来ると、もはや完全にガラクタと化した襲撃者のISを見て、次に俺の側の地面に突き立っていた“揺光”へと目を向ける。

 

「……やはりそれを使ったか」

「それを使うしか方法が思いつかなかったんで。ま、改善点も有りましたし、何より本来の役目もたった一撃ですが全うできたから良いじゃないですか」

「それもそうだな……で、この無人機だが。回収を少しばかり手伝え。後、録画していた映像もこちらに回せ。恐らく箝口令が敷かれるから、オリジナルごとだ」

「分かりましたけど、後で見られます?」

「私同伴で、専門の個室でなら見られるよう取りはからってやる。にしても、無人機だと分かったら容赦がなかったようだな。コレが普通のISとなると悲惨な光景になってるだろうに」

 

 先生は半分呆れたような顔をしながら、壊れたISの破片を纏めていく。俺はその隣で突き立てた武装の数々を回収していきながら、話を続ける。

 刀の大半は折れ、歪み、刃が砕けている。……本体作成の前に、武装の修繕方法もどうにかしないといけないかな。刃が欠けたのはともかく、折れたら自己修復じゃ治らないだろう。

 

「全く、有人機だったら最初の一撃で終わってたんですけどね。腹への刺突で」

「……お前、無人機だと分かる前からそんなことをしたのか。まったく、少しだけ言っておくがな……ああいや、そう嫌な顔をするな。なに、文句をいうんじゃないさ。ただちょっと、な」

「はい、何でしょう?」

 

 先生は一旦作業の手を休め、こちらへと身体を向けた。

 その顔は叱るや褒めると言った分かりやすいモノではなく、何というか、言うかどうか迷っている様子だ。……まあ、俺としても大体想像は付く。

 

「お前は遠慮というものを知れ。この遠慮なさ、実戦という点で見ると完璧だ。相手が行動出来ないように完全にねじ伏せる。しかし、コレはお前の頃の年代としては余りに躊躇がなさ過ぎだ」

「やっぱり、そうですか」

「ああ。分かっているのだろう?――もはや欠けていると言っても良いくらいに、お前には常識としてのリミッターがない。先日の鳳の件もそうだ。平気な様子でクアッド・ファランクスを対人で使っていただろう。普通はそんなことはしない。というより、実行できない」

「……」

「その、命を奪うことにすら躊躇いを覚えない心意気が危うい。そう言っているのさ。この点では少しは私の弟でも見習って、相手に対する誠意というモノ……命の尊さを、欠片ほどでも良いから持て」

「誠意くらい持ってますよ。ただ、実戦では遠慮しないことが誠意だと思っていますから。それに、そんなことを考えてこっちが死ぬのも馬鹿馬鹿しいですし」

 

 でも、と俺は一旦言葉を区切る。

 

「流石に少しは考えさせて貰いますよ。織斑先生にはこの二ヶ月で散々世話になってますから。敵が未知の実戦相手ならともかく、スポーツくらいならそれくらい考えるのも有りでしょうし、ね」

「そうか。……少しでも考えておくなら今は良しとしておこう。さあ、それでは着いてこい。ついでに事情聴取も済ませてしまった方が楽だろうからな」

 

 彼女は集めた無人機の欠片を持ってきたコンテナの中へと仕舞い、それごと抱えて学園中へと戻っていく。俺もそれに付き添いながら、学園内へと戻っていくのだった。

 

「ああ、そう言えば鷹月が随分と心配していたようだからな。後で話しかけておいてやれ」

「それは分かりましたけど……で、ここの入り口は何なんです?明らかに敵ISのやった物じゃないみたいですが。アリーナの分厚い壁を綺麗に斬り裂いて、元はなかったはずの大きな穴を開けてますけど」

「救援部隊が動けなかったからな。お前一人に任せるわけにも行かないと思ったから、指揮は山田先生に任せ、文字通りアリーナからここまで切り開いてきただけだ。此奴()でな」

「……それ、俺がやったのと同じくらいヤバいんじゃないんですか?物理的にも、報告書的にも」

 

 今回敵のISにトドメを指すときに散々やった俺が言うのも何だが、この人も大概だと思うのは果たして気のせいなのだろうか。

 少なくとも今回の件で、また彼女は暫く眠れぬ夜が続くのだろう。気の毒というか何というか……また何かお菓子でも持って行った方が良いのかもしれないな。

 

 

 

 




 織斑先生なら斬鉄くらい出来ますよね……多分。


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