キセキ   作:白井イヴ

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・「キセキ」繋がりのシリーズのおまけで、ヒカルの独白。
・設定は繋がってますが、単体でも読めるようにしてます。
・原作終了直後設定(第一回北斗杯の翌々日)


君を想う寂寥

疲れた身体を、半ば引きずるようにして辿り着いた家の前。

そこで、少年はふいに足を止めた。

陽の傾きはじめた空にあっても、ひときわ目を引く、鮮やかに並ぶコントラスト。

宙を泳ぐその優雅な魚たちの姿を見上げながら、少年はポツリと呟いた。

 

「……そっか。今日って子供の日だったんだ」

 

 

 

○●君を想う寂寥●○

 

 

 

掛け軸や壺の並んだ、ひと気のない蔵の中。

トントンとリズムよく、一人の少年が階段梯子を登っていく。

梯子を登り、二階へと辿り着いた少年の足は、迷わず中央の床に静置してある碁盤へと向かった。

少年はポケットからハンカチを取り出し、しゃがみ込むと碁盤の表面に積もった埃を払う。

明かり取りの窓から差し込む光が、少年の明るい前髪に反射してキラキラと輝いた。

 

「因島と本妙寺でも同じ事報告してきたから、もし全部聞いてたら三回目になっちゃうんだけど、許してな」

 

そう言って少年――進藤ヒカルは、口を開いた。

 

「佐為。一昨日でオマエが居なくなって、ちょうど一年だったんだな。オレさ、北斗杯と高永夏のことで頭がいっぱいで、全く気付いてなかったよ」

 

そう言って、ヒカルは苦笑いを浮かべる。

 

「あっ北斗杯っていうのは、日中韓の三国合同ジュニア棋戦のことな。各国から十八歳以下の代表三名選んで戦うんだ。韓国の代表には、夏休みに打った秀英もいたんだぜ。選出選抜の為の予選もあったんだけど……塔矢は既にリーグ入りしているから免除とか、ちょっとズリーよな」

 

一呼吸置いてから、ヒカルは言葉を続ける。

 

「団体戦は塔矢が大将、オレが副将で、あともう一人関西棋院の社ってヤツと一緒に戦ったんだよ。アイツおもしれーよ。初手天元とか5-五とか、そういう手ばっか打ってくんの。佐為だったら、どうしたかな?」

 

時折口元に笑みを浮かべ、ヒカルは碁盤に向かって話し続ける。

 

「そうそう、塔矢の家に泊まり込んでさ、合宿もしたんだぜ。徹夜して早碁打ったりさ。オマエがいたら絶対、打たせろって騒いでたよな」

 

話しながら脳裏にその光景が浮かび、ヒカルは一人蔵の中、思わず声を上げて笑ってしまう。

そして一旦、口をつぐむと――先ほどとは打って変わり、静かに話の続きを切り出す。

 

「肝心の大会の結果はさ……負けちゃったよ。二連敗。塔矢だけは勝ってたけどさ、日本は最下位だった」

 

言葉に悔しさを滲ませつつ、ヒカルは俯きながら言葉を紡ぐ。

 

「本因坊秀策をバカにした、韓国の高永夏にだけは負けるか!って意気込んでたんだけどさ……あと半目届かなかった」

 

ヒカルの感情を映したかのように、握りしめた手が震える。

 

「オレ、バカだよな。秀策(オマエ)のこと勝手に見下されたと勘違いして、勝手にケンカ売った挙句に負けて、ほんとカッコ悪ィ……」

 

昨日、碁会所で打つ前に秀英から伝えられた、高永夏の本心。

確かに高永夏は、あえてヒカルを挑発するような子供染みた部分もあるが、決して碁に対する姿勢まで同じという訳ではない。

秀策をはじめとする昔の棋士たちを尊敬し、そこから学んでいるということがひしひしと伝わってくる碁。ベテランの棋士たちにも引けを取らない、力強さを秘めた碁。

北斗杯の対局でも見せた、碁の実力こそが永夏の真実の姿なのだと、秀英から伝えられ、ヒカルはやっと、彼の本質を理解することができた。

 

その時――ポタリと何かが床に滴り、丸い染みを作った。

 

「あれ?」

 

ヒカルは驚いたように自分の目元に手をやり――雫の正体が、自身の目から溢れ出る涙だと気がついた。

 

「あれ?一昨日、充分泣いたと思ったんだけどな。まだ足らなかったみたいだ……泣き虫だな、オレ」

 

口調は呆れて笑っているのに、涙は止めどなく溢れてくる。

ヒカルは強がるのを諦め、声を震わせながら碁盤に向かって囁いた。

 

「なあ、佐為……もし見ていたとしても、誰にも言うなよ。特に塔矢にはさ……絶対呆れ、られる……から……」

 

そう言ってヒカルは、蔵の中で独り嗚咽を漏らした。

 

 

 

ひとしきり泣き終わった後、涙を腕で拭ってから、ヒカルは立ち上がりぐっと両腕を伸ばす。

 

「あ~なんかスッキリした。……ありがとな、佐為」

 

頬にはまだ涙の跡が残るものの、その表情は晴れ晴れとしている。

ヒカルは碁盤に向かって、ニコリと笑いながら話しかけた。

 

「本当はさ、北斗杯って今回限りの予定だったらしいんだけどさ、思ったより好評で、来年も開催することが決まったんだ」

 

自身の決意を表すように、ヒカルははっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

 

「オレ、来年は頑張るよ。オマエにもっといい報告ができるように」

 

ヒカルは碁盤の前に再びしゃがみ込み、碁盤へと手を伸ばす。

 

「じゃあな、佐為。また来るから」

 

そう言ってヒカルはもう一度、碁盤の表面を優しく撫ぜると、梯子を降り、蔵を後にした。

 

 

 

 




他の方の佐為告白話では、ヒカルが泣きながら話していることが多い気がするのですが、この「キセキ」のヒカルは落ち着いて話しているんですよね。
何故だろうな、と思って考察した結果、生まれた話です。
ここからヒカルのサクセスストーリーがはじまる!

(「セキリョウ」を変換して「席料」になった時の台無し感は半端ない(笑)

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