間桐家当主トキヤ   作:アイニ

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 雁夜たちがアインツベルンの領域へと踏み込んで早々、使用人と思われる出で立ちの若者が二人を取り囲んだ。

 剣や槍といった武器を構える、統一性のある一群。いずれも顔立ちは整っているのだが、どこか無機質な印象を受けた。――――ホムンクルスだ。

 創造主の命で動いているであろう彼らは招かれざる者たちを観察し、いつでも動けるよう構えている。

 やはり敵と認識されたらしい。どうしたものかと雁夜が思っていると、前を歩くキャスターが静かにホムンクルスへと告げる。

「退け、肉の人形ども」

 途端、彼らが怯んだ……ように感じた。

「生まれて数年程度でも、感覚で分かるだろう? 貴様ら程度で私を御せると思うな。無意味に破壊されたくなければ失せろ」

 底の見えぬ蒼瞳を向け、人造人間たちへと傲慢にキャスターは言い放つ。

 しばらくすると、どこからか声が響いた。

『何用だ? そこの男はマキリの血筋、貴様はサーヴァントと見るが』

 反響するように辺りを満たす厳かな声。

 その声を聞いたキャスターがどこかへと視線をやり、すん、と鼻を鳴らす。

「二百程か……生者にしては少し古い魂の匂いだな、貴様がアインツベルンの長か。なに、此度において用があるのは貴様でなく、魔術師殺しの方だ」

『……キリツグか』

「既にサーヴァントを召喚しているのだろう? ならば話は早い、そちらへと上がらせてもらうぞ」

 そう告げてから一方的に話を終わらせるキャスター。彼は自らの魔力を手足に纏い、そこから魔力を『放出』すると、カリヤの首根っこを掴み文字通り城へと飛んで行った。

 

  ◇◇◇

 

 アインツベルン城の中庭へと、莫大な魔力が迫る。

 それをいち早く感知し、行動に出たのはセイバーだった。サーヴァント特有の気配を捕らえた彼女は己が魔力で編んだ鎧に身を包むと風の如く駆け出し、不可視の剣を手に侵入者の下へと向かった。

 刹那、魔力の塊が失墜する。

 地上へと落ちたそれは内から外へと濃密なオドを散開し、金髪を結い上げるリボンとドレスの裾とをはためかせる。

 そうして相手の出方を伺っていると、

「あぁー……しまった」

 オドの中枢部から、そんな言葉が城内へと転がり込んでくる。

「領域内の術式は、全て停止させたつもりだったが……まだあったか。いかん、そのまま破って来てしまった。修復に手間取りそうだな」

 現れたのは、見たこともないほど美しい青年だった。

 中東系特有の色素の濃い肌と黒い長髪、細身ながらに必要分の筋肉を有した体、端正と精悍とを絶妙な配分で備えた美貌。異国風の出で立ちに裾長いローブ姿だが、手足だけは何故か西洋甲冑のそれに似た頑丈な防具に覆われている。

 ひしひしと感じられる圧倒的魔力……間違いない。この男はキャスタークラスのサーヴァントだとセイバーは直感した。それもセイバーの生きた時代より遙か昔の時代を生きる、神代の魔術師だ。

 まだ交戦していないが、セイバーは理解する。

(私の対魔力では、奴の魔術は防げない)

 しかも魔力回路とやらが異様に多いのだろう。飛行のためとはいえあれほど魔力を放出していたというのに、既に消費した分を満たし終えている。

 この男は危険だ。早々に斬り捨てなければならない。頭蓋の奥でそんな警報が激しく鳴り響いているが、セイバーは動けなかった。下手に動けばそれこそ危ないと、別の警報がセイバーへと忠告しているからだ。

 じりじりと神経を擦り減らしていると、男の後ろから別の声が飛び出る。

「……お、前なぁ! 首根っこ掴んで飛ぶのは止めろよ! 気絶するだろ!?」

「気を失わせるつもりだったからな」

「なんでだ!?」

「前に普通に飛んだら、叫びまわられて耳に痛かった」

「パラシュートもない状態で上空飛ばれたら叫ぶわ! しかも片手持ちだっただろお前!」

「私が取り落すとでも?」

「分かってても、怖いもんは怖いんだよ!」

「そういうものか」

 面倒くさい、という感情を隠しもせずにサーヴァントは男……おそらくマスターに応じていた。だがそれも少しの間だけのこと。彼は顔をマスターからセイバーの方へと向ける。

「して、そこの娘。気配からセイバーのサーヴァントと見るが相違ないか?」

「……推察通り、私はセイバーだ。こちらも問うが、貴殿はキャスターのサーヴァントだろうか?」

「いかにも。此度の戦争、キャスターのクラスにて現界した」

 両手をだらりと下げ、片足に重心を預けたような態勢で美男子……キャスターは応じる。

 一見すれば不真面目な印象の佇まいだが、違う――――あれは『構え』だ。いつ攻撃されても応戦し反撃に出られるよう、無駄な力を抜いているのだ。そして片足に重心を傾けているということは、速度と連撃に長けた戦闘スタイルなのだろう。ならば手足の黒い装甲は防御ではなく、攻撃用か。

 古代の魔術師が武術を修得されているとは驚きだ。だがそれ以上に驚いたのは、魔術師にとって専門でない物の修練を相当にこなし、我が物としていることだ。でなければ基本の型をあえて崩しはしまい。

 そう推測を立てていると、キャスターは迎撃姿勢のまま背後の男について説明を始める。

「この男は私のマスター、マトウカリヤだ。今回、そちらのマスターと同盟を組むためにこの地を訪れた。魔術師殺しのエミヤとやらはどこにいる?」

「……! キリツグ、ですか」

 マスターだが誰だか知られている。今回の作戦において最も秘匿されるべき情報を、彼ら側は既に知ってしまっている。

 それだけでもセイバーの動揺を誘うというのに、続けざまに放つ言葉が更に肝を冷やす。

「ちなみに、結界破りのついでに捕縛用の術式を周辺に敷いている。……自ら出ないならば、引きずり出しても構わんが?」

 

「――――間桐雁夜とキャスター、だったか?」

 

 音もなく、影のように男が現れる。

 くたびれたコートに無精ひげを生やした、覇気のない表情の男だった。二十代半ばという若さにも関わらず、キャスター陣営を観察する目は力なく、どこか虚ろにさえ感じられる。

 彼らには向けられていないが、令呪を宿した右手にはしっかりとトンプソン・コンテンダーが握られている。

 キャスターは、この現世では古風過ぎる片手銃を見つめた後、口を開く。

「貴様がエミヤキリツグか。貴様にとっては都合の悪いことだが、魔術に対するカウンターなど私には通じない。回路なんてものを繋げる必要がないからな。命じれば応じる、それが私にとっての魔術だ……魔術師殺し」

「見るだけでコレが何か分かるのか……大したもんだ、キャスターって奴は」

 脱力するように肩を竦め、男……切嗣は銃に込めていた『起源弾』を抜き取ってトンプソンをホルスターに納める。

 活動している魔術回路を切断し、でたらめに接合させることで相手の魔術回路を活用不能域へと貶める弾丸。これが通じないのであれば、使う意味がない。

「それでそちらの目的は、同盟だったか?」

「そうだ。私のマスターは、今回の聖杯戦争に参加するある陣営を撃破したいらしい」

「簡潔に説明してくれるのは助かるが、目的とかは教えて欲しいな」

「そこはカリヤに聞け」

 ばっさりと、有無を言わせぬ口調で断言するキャスター。

 切嗣はそんな彼を生ぬるい眼で眺めた後、視線を背後の雁夜に移す。

「なんというか……苦労してそうだね」

 かけられた言葉は、同情心に満ちていた。

 

 

「キリツグ、彼らは一応敵ってことになると思うんだけど……大丈夫なの?」

 城内のホムンクルスたちにキャスター陣営を任せた後、銀髪赤眼の美しい女が切嗣へと不安げに問いかける。

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。今回の聖杯の器であり、切嗣の妻であり、イリヤスフィールの母である女性。そんな彼女の言葉は、尤もなものだった。

 しかし問題ない、と切嗣は答える。

「彼の情報なら手に入れている。間桐雁夜――――現在の間桐家当主の異母兄だ。十年前に本家を出奔し、つい最近まで記者をしていたらしい。それがまた国外に出た後、特殊な触媒を得てサーヴァントを召喚した……それがまさか、アインツベルンの本拠地に来るとは思わなかったけどね」

 外に出ていたホムンクルス曰く、どうやら城に突っ込んだのはキャスターの方らしい。魔力を放出し周囲を吹っ飛ばした後、城に張られた結界を突進だけでブチ壊し、中庭に降り立ったということだ。

 結果だけ見るとキャスターらしくない脳筋ぶりだが、しかし考え無しではないようだ。理解力、推察力は目を瞠るものがある。

「それに間桐雁夜の考えは察しがついてる。ある陣営を潰したいらしいが、おそらくは遠坂か間桐のどちらか……僕の予想だと間桐側だろうね」

「生家を潰したいなんて、そんなどうして?」

「彼の生家である間桐の魔術、どうやらかなりの外道らしくてね……間桐雁夜はその魔術を忌んで出奔してるんだ」

 マスター候補を調べるに当たり、間桐の魔術について調べた切嗣だが――――なるほど、その内容は切嗣から見てもかなり酷い代物だ。

 体に蟲を寄生させ、体を無理やり蟲に合わせ、蟲に血肉を食われながら生きていく。母胎になる者は調教という名の凌辱で家に合った子を産みやすくする。そして最終的に体を蟲に食いつくされる……それが間桐の魔術師が受ける宿命。

 当然集めた情報の中にはいくらかデマも混じっているだろうが、全体的に見れば確かに進んで受け入れたいとは思わない手合いの魔術であるのは事実だ。彼自身、生涯生家に関わるつもりは毛頭なかったのだろう。

 ところが、だ。

「去年、遠坂の次女が間桐側へと養子に出されたんだ。調べによると彼は遠坂の妻と姉妹とは友好関係があったらしい。こうして動いているのも、その次女を外道魔術から守るためだろうね」

「そう……そう、なのね」

 切嗣の推測に、相槌を打ちながらアイリスフィールは自らの下腹部を撫でながら外で元気に遊ぶ娘を見る。

 魔術師とは、根源へ至ることを目指す者。そのために何代にも血を繋げ、魔術を研鑽していく者たちだ。彼らにとって魔術を次世代に伝えないことは、魔術師としての己を殺すことに等しい。決して許されないことだ。

 だが子を持つ母としては、理解できる。そんな運命を可愛い我が子に背負わせたくはない。間桐雁夜には子供はいないようだが、養子となった次女に対する思いは、それに近いのかもしれない。

 そんな妻の姿を見つめていた切嗣は、目を伏せて話題を切り替える。

「……正直、間桐雁夜自身の戦力は期待できない。魔力回路は僕の助手より上だが、所詮その程度だ。銃火器の扱いに心得はないだろう。刀なんて物を持っていたが、それ一本でいくのはあまりにも厳しい」

 だが、

「彼のサーヴァント……キャスターは相当に使える。ステータスは魔力と宝具に偏っていたが、どちらもランクがEXだ。それにスキルも優秀だった」

 何より彼は、古き魔術師でありながら格闘術にも堪能だ。彼の構えを隠れて見ていたが、おそらくボクシング……そのルーツとなったエジプト式のものだろう。しかも拳のみの正当派ではなく、肘打ちや蹴り技も用いる実戦型だ。これに魔力放出B+が加われば、その他ステータスの低さは実質ないも同然である。

「キャスタークラスは接近戦が不得手な印象だったが、彼はどちらもこなせるハイブリットタイプだ。それに高速神言A……おそらく無詠唱で魔術を発動させる、そんなスキルを持っている。無詠唱で大魔術を使い、籠城に長け、近接戦も得意とし、暗躍すら出来るサーヴァント……敵対するくらいなら、向こうから同盟を求めている内に組んだ方が得策だ」

 まったく、ステータス詐欺も良い所だ。彼の総合的な戦力は、はっきり言ってセイバーと同等である。どうやら間桐雁夜という男は、かなりの強運を持っているらしい。最弱と言われているキャスターの中で、あれほどの大当たりを引き当てたのだから。

「それに元々、僕はキャスターかアサシンを召喚するつもりだったんだ。その片方がマスターを連れて、自分の方からこちらに来た……警戒は必要だが組んで損はないと僕は思っている」

「確かにそうね。……問題はお爺様がなんと言うか、だけれど」

「あぁ、そうだね。何とか説得出来れば良いんだが」

 敵対する家の子を、彼がそう簡単に認めるとは思えない。どうしたものかと切嗣はしばし頭を抱えることとなった。

 


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