藤原 幽香は藤原一族の直系である。
これは今までの話の流れで大体納得できた。
そして自宅に保管しているという代々受け継がれるデッキを見るために聡は藤原家に連れてこられている。
舞網市の中でも多少離れに存在するため、物好きでなければ来ない距離だ。
ここから敷地であるとわかるように塀がしっかりと組まれており、侵入を容易に行なわせないために深い堀が掘られている。完全に戦国時代とかで見られそうな古風な門を抜けると見えるその広大な敷地は己の権力の高さを物語っているようであった。
さて、門を抜けて徒歩で自宅まで向かうのか、といわれれば答えは否。
普通であれば門を抜けた目の先に自宅を拝めるもの。しかしそのようなものは存在せず、ただただ自然が存在するだけである。とこまでも続いていそうなその土地は大規模農業を行なっても何も問題なさそうなほどの広さを誇っていた。
そのような広さを歩いていこうと言える物は余程の物好きか目的地までの間で何か目的が在る者だけであろう。
実際、聡がその広大さに目を奪われている間に幽香は電話をかけて車を手配しているのだ。
手配した車に乗り込んだ後、体感であるが時速50㌔で走っているのに目的地まで20分は有している事実がその敷地の広さを語っていた。
さて、藤原家の自慢はこのぐらいにしておこう。
本来の目的は彼女が保管しているというデッキなのだから。
だが自宅と呼ぶ屋敷に到着し、彼女と共に車から出るとお嬢様が男を連れてきただのこれで将来も安泰だなどと言われるのは流石に如何なものか。
そんな思考も嬉しそうな幽香の顔を見ていると消えてしまうのは男として仕方の無いことだと思うのだ。
「さて・・・と、ここですよ。聡さん」
部屋に通され座布団に腰掛ける。そのまま幽香はデッキを取りにいった。
「うーん。受け継がれるデッキかぁ・・・やっぱりこの世界だとそんなことあるんだなぁ」
『そのようですね。ですが改良を加えずにそのままの形で受け継がれているならパワー不足なのは否めないかと思われます』
『・・・・・・・・・』
「だよなぁ・・・ま、その辺は実物見てから考えるとするか」
幽香の勢いに負けてそのまま来てしまったが零児が呼んだ用件を何も聞かずにとんずらしてしまった。
こちらに到着してからではもう遅いと思うが電話をすると今後の動きとアカデミアの警戒を強めるように言われた後、電話を切った。
『あのファンサービスしそうな社長さんはなんと?』
「ファンサービスさんは別の人な。予測でアカデミアがそろそろ紛れ込んでくるかもしれないから警戒しておけってさ」
『・・・・・・・・』
『畏まりました。そのように対処いたします』
「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』
先程から自然に混ざっている女性に目を移す。
肩までかかった緑の髪
少しつりあがった瞳
そして何故か花紋様付きのメイド服。
そんな彼女はサクラやアキの死角に居るためか彼女らは気づいていないようだ。
『?どうしました?マスター』
「後ろ。なんとなく察しはつくけど、どちら様でしょうかね?」
『・・・・・・・・・』
『あら姉さん。いつの間に』
『・・・・・・』
声をかけてから彼女が喋っているのはわかるが全く聞き取れない。
「なんて?」
『・・・すいませんマスター。私も聞き取れないのです』
『この部屋に来た辺りで目が覚めたらしいですよ。そして彼女は私達の姉にあたります、《椿姫ティタニアル》です』
至近距離にいるアキですら聞き取れない声をサクラは聞き取ったようだ。
彼女もサクラの言葉に頷き、肯定する。
「ティタニアルさんか。なら二人に習ってツバキと呼ぼうかと思うんだけど、構わないかな?」
『・・・(コクリ』
頷いてくれたため、彼女はこれから通称をツバキと呼ぶことに決まった。
口は動かしているのだが、やはり声が聞こえない。
なので唯一聞き取れるサクラに助け舟を呼ぶ。
「ごめん。サクラ、なんて?」
『「妹達がお世話になっています。こんな私ですが、よろしくお願いします。」と言っていますね』
「なるほど、こちらこそ未熟者ですがよろしくお願いします」
『・・・マスター。お見合いではないのですよ?それに、来ましたよ』
何が来たのかと問う前に幽香がデッキを持って扉から入ってきた。
「お待たせしました。こちらがそのデッキです」
「では失礼します。・・・・・・んん?これは・・・」
『どうなさい・・・あぁー・・・』
『確かにこれはポテンシャルがありますねぇ・・・』
幽香には見えていないが当然精霊達もデッキを拝見する。
デッキの一番上に置かれたカードを見て、家勝氏がポテンシャルが高いと評価していたのに納得がいった。
そして精霊達も同意見であったようである。
「確かにこりゃ強いわ」
「えっ!?まだ1枚しか見ていませんよ!?」
「その1枚で察せるから大丈夫。それに構築次第ではエクシーズも普通にできるな」
「なん・・・ですって・・・?」
藤原家が代々受け継いでいるというデッキ。
それはOCG、TCGと展開している遊戯王において短期決戦の日本とは違い、規制が強い海外で活躍をしているカテゴリー。
長期戦においてトップクラスの強さを有している存在。
《武神-ヤマト》
それが彼女のデッキのキーパーツであった。
◇◆◇◆
「遊矢・・・」
中央公園で倒れてから未だに起きる気配がない遊矢を見つめながら柚子は呟く。
素良を探しに各場所を走り回り、公園を通り抜けようとした時に自分が身に着けているブレスレットが光りだしたのだ。
このブレスレットが光りだしたことで彼女の中では再び遊矢とユートが出会っていたのではないかという考えに到るのは妥当であろう。
もしかしたらと思い公園の中心に向かうと緊張が解けたように遊矢がその場で崩れ落ち、そのまま二日間寝込んだままだ。
「あそこで何があったの・・・?」
目覚める気配がない遊矢を見て手で顔を覆う。
自分の中に芽生える感情をうまく制御できずに涙が溢れ出てきてしまう。
「大丈夫。遊矢はそんなにヤワじゃない」
「お母さん・・・」
柚子が涙するのとは逆に洋子はもうすぐ息子が目覚めると確信していた。これはなにか理由があるわけでもなく、強いて言えば母親のカンというやつだ。
「父さんがいなくなって3年の間、ずっと自分の殻に閉じこもっていた遊矢もストロング石島の戦いで目覚めたように、今度も絶対目を覚ます。今までよりも、ずっと強くなってね」
「・・・そうですね」
洋子に諭されて柚子は自分が弱気になっていたことに気づいた。
遊矢と共に学校や塾に通っていたからこそ、彼の成長を知っている。
予選でミエルとのデュエルを見て、いつも支えている存在だった彼から逆に勇気を貰ったのだ。
だからこそ自分も遊矢に追いつかなくては、とそう思ったのだ。
「いや~ん、ダーリン!ミエルを残して逝かないで~!」
空気をぶち壊す一言で、そこで思考を止めざるを得なかった。
現れたのは方中 ミエル。
先程の回想で出てきた選手であり、本大会にも出場している占い師だ。
「ミエルが来たからには絶対に助けてみせる!占いとおまじないで、ダーリンを生き返らせてみせるんだからぁ!」
「いや、死んでないから」
そんな冷静なつっこみもお熱くなっているミエルの耳には届くことは無く、占いに従って部屋を改装し始める。
改装と遊矢の着せ替えも終わらせた後、柚子はふと気づいた。
「あれ・・・ミエル、あなた試合はどうしたの?」
「試合?そんなの放り出したに決まっているじゃない。ミエルにとってダーリンは試合なんかよりもずっと大切なんだから」
なにか問題があるのか。
そんな表情をしているミエルに対して二人は一瞬顔を見合わせ、ミエルに詰め寄る。
「問題は大ありよ!」
「えっ」
「遊矢はデュエリストよ。同じものとして見えるが大会で勝つことを遊矢も望んでいるに違いないわ!」
「勝利は何にも勝る良薬!」
「より良い運気を呼び込むにはカーテンやパジャマよりも」
「「勝利よ!!」」
「ミエルが勝てば遊矢は目覚めるに違いないわ!」
「・・・それはそうかも」
二人の熱意と口上にミエルの中で何かがはまった。
この大会でミエルが勝ち進むことで遊矢に運気を呼び込むことが出来る。
それはつまり寝込んでいる彼が目覚める近道になり、さらに勝ち上がったミエルに対して遊矢は喜んでくれる。
「サンキュー、ミエル」
ミエルの頭の中では無駄に顎が尖がっているハンサムな遊矢がミエルにお礼を伝えてくる。
それはつまり遊矢とくっつける確率が極端に跳ね上がることを意味する。当然妄想の世界の中で、という過程が存在するが。
そう思うとミエルは居ても立っても居られなくなった。
「わかったわ。ミエル、ダーリンのために頑張るわ!待っててねダーリン。勝利をもぎ取ってすぐに戻ってくるんだからぁ~!!」
そう叫びながらミエルは大会会場に向かって走っていった。
その姿を見て二人が厄介払いを出来たと内心ほっとしていたことを彼女は知らない。
『舞網チャンピオンシップ ジュニアユース選手権。本日の第1試合は風魔デュエル塾の月影選手と海野占い塾の方中 ミエル選手の対戦なのですが・・・未だに方中選手の姿が見えません!このまま来なければ月影選手の不戦勝になってしまいます!』
出場選手が未だに現れないことに観客達は困惑の意思を表情に表している。
言わずもがなこの大会は全国だけでなく世界を巻き込んだ大会であり、この大会に出場出来ること自体が名誉なことなのだ。
その中でも遊勝という文字を自らに掲げることが出来ればそれは将来は保障されたようなものである。
そのため、大会に姿を現さずに試合を放棄することに理解が出来ないのは当然だ。
「なにかあったのかな?」
「うーん。体調が悪くなったとかじゃないだろうし・・・連絡も無いなんて・・・」
遊勝塾内でも遊矢を通して知り合っているミエルが来ないことに疑問の声を上げる。
自分も当然なぜ来ないかはわからないのでどうしようもないのだが。
聡自身もミエルが到着しないことに疑問を持つが、幽香の言葉に納得する。
「まさかアカデミアからの刺客が来た・・・とか?」
「いえ、ミエルさんは榊 遊矢の自宅に向かっていたようです。もしかしたら・・・」
「試合放棄で看病している・・・か?」
「その可能性もあるかと思いますね」
ミエルは遊矢に完全に惚れている。
日頃のアタックを見て、アレを別の目的で行なっているのであれば尊敬できるほどに行動力がある。
もっとも遊矢や柚子にぞっこんなので困惑する原因にしかなっていないのだが・・・
そんな遊矢が倒れて目覚めないとどこかで耳にしたのであれば彼女の行動は理解が行くところだ。
それも大会を放棄してまで、という背景を見ればどれだけ惚れているかがわかるというもの。
「うーん。あのニンジャ=サンのデュエルを見てみたかったんだが・・・今日は無理そうかな?」
「このまま行けば・・・ですけど」
「不戦勝になんかさせないわ!!」
騒がしくなってきた会場に凜とした声が響く。選手であるミエルが大会会場に到着したのだ。
遊矢邸から車でも時間がかかる距離なのに走って一回戦に間に合ったのである。
これが愛が生み出す力というものだろう。
「2分よ!」
そんな些細な事を無視し、ミエルは対戦相手である月影に二本指を立てる。
「2分。これは貴方がミエルの前に這い蹲るまでの時間・・・いいえ、這い蹲らせるだけじゃない。深い眠りにつかせてあげるわ!永遠にね!!」
『おおっとー!方中選手、いきなりの勝利宣言だぁー!!』
突然の勝利宣言に観客は沸き立つ。
勝利宣言もとい殺害宣言された当の月影は多少驚いたのだろうが、すぐに落ち着いてミエルを見据えている。
静かに状況を判断し、冷静さを保つニンジャのジツ・・・ワザマエ!
「「デュエル!!」」
『あの選手、やりますね』
『私だったら泣いちゃいそうです』
『それは姉さんだけよ』
『・・・・・・・』
『ツバキ姉さんまで酷いですよぉ・・・』
デュエルが始まりながらも精霊達は話し合う。
悟は何を言われたのか知らないが凄く落ち込むサクラを他所に月影に意識を移した。
彼は赤馬 零児が目をつけている選手の一人である。
彼が【ランサーズ】の実力に足りると思うのならば実際にそうなのだろうが、自分も彼の実力に興味があるのだ。
そして対抗するミエル。
リバース主体で戦う彼女はガチ勢の言葉で言うと動きが遅い。
今の守りのデュエルではアカデミアに対抗できないと零児は言っていた。
OCGされている名前の通りの《禁忌の壺》が入っているならば変わってくるだろうが、入っていないだろう。
それにそもそも占術姫だけで忍者を2分で倒すのは不可能だろと思ってしまうのであった。
・・・あっ、忍者にワンキルされた。