仁義ある暗殺   作:絹糸

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本編
第一話:悪童の親友は極道の子


 

「ねぇ。有粋(うすい)くん、きみって面白い子?」

 

 

 ――紅花染めの練糸束のように、色鮮やかな髪の少年だった。

 

 極道者の子という理由で周囲の大人から遠巻きにされ、その空気を幼心に察したり、あるいは両親から直接忠告をされて、同じ幼稚園の園児たちもこちらに話しかけようとはしてこない。

 そんな境遇に特に文句はなく、まあ仕方のないことだと受け入れてはいたが、しかし内心少々の寂しさや物足りなさを抱え込んでいたのもまた事実。

 そんな灰色の日々をおくっていた己にとって、ある日とつぜんフランクな笑顔を浮かべて気軽に話しかけてきた少年の存在というのは、まさしく極彩色に他ならなかった。

 できるだけ園児たちを怯えさせないよう、教室の端で一人大人しく読んでいた絵本を思わず手からすべり落とす。

 咄嗟に少年のスモックに包まれた片腕を掴んで、相手の体を引き寄せる勢いで立ち上がりながらこんなことを口走った。

 

 

(あん)ちゃん、綺麗な(ハクい)ツラしてんなァ」

 

 

 我ながら、ナンパ師のような真似をしでかしてしまったと思う。

 少年からの質問の返答にもなっていないし、そもそも親父譲りの鋭い目つきをした男だか女だか分からんような子供にこんな台詞を吐かれて、不審に感じぬものなどいようはずもない。

 やってしまった。真顔の裏で静かな絶望感を噛み締める自分に、一瞬きょとんとした表情を浮かべた少年は、しかし次の瞬間には愉快そうに目をすがめて破顔した。

 

 

「あははっ。ひょっとして俺、いま口説かれてる?」

「……ある意味そうかもしれねェな。こんなにモノにしてェと思った相手は、アンタが初めてだ」

 

 

 喋れば喋るほど墓穴を掘っていく気がする。

 ただ離れてほしくないだけだ。自分に興味を持ち続けてほしいだけだ。嫌悪や恐怖の感情もなく、ただ純粋な好奇心だけで自分に話しかけてくれた得難い相手。そんな貴重な存在は初めてだから。

 しかしこの言い方ではどう足掻いてもスケコマシの常套句。密かに焦る自分に、それでも少年は深緋の髪を颯爽と揺らして、「じゃあさ」とどこか上機嫌で踵を返した。

 

 

「俺のこと楽しませてみてよ。そしたら俺、有粋くんのモノ……にはならないけど、まあ友達くらいにはなってあげるし」

 

 

 いっそ挑発めいた小生意気な言い分ではあったが、しかしその飾らぬ態度が有粋の胸を見事に突いた。茶目っ気ある笑顔に、年不相応な肝の座り具合。享楽的な様子も、堅気ではない連中に囲まれて育ってきた有粋にしてみればむしろ好ましいものとして映る。

 一連のやりとりに満足し、少年は有粋の前から立ち去ろうとしている。その背中に向けて、有粋もまた色男めいて獰猛な笑みを浮かべた。歓喜する心臓を押さえつけて。

 

 

「受けて立つ。いつか親友(それ以上)になってみせらァ」

 

 

 これが赤髪の少年『赤羽業(あかばねかるま)』と、極道の()花槍(はなやり)有粋』とのファーストコンタクト。当時3歳の二人の出会い。

 

 カルマは有粋の性別を勘違いしたまま、有粋は勘違いさせるような態度を変えぬまま。

 互いに相手を振り回したり振り回されたり、途中でやっと性別の誤解が解けたり、二人で歓楽街のチンピラと大乱闘を繰り広げたり、カルマが組の人間に「カルマさん」と呼ばれ出したり、カルマが有粋の父親の隠し子と勘違いされ敵対組織に誘拐されかけたり、有粋が小学校に侵入してきた麻薬中毒のゴツい不審者と組み合った結果もつれあったままガラスを突き破って外にダイブしたり、火災現場に取り残された赤ん坊を救うために二人でバケツの水をかぶって炎の中へ飛び込んでいったり、どれだけ注意しても路上駐車をやめないカップルを可愛いイタズラと脅しで追い払ったり、たまには子供らしく駄菓子屋巡りなんてしてみたり……。

 そんな風に友情を育み続けてはや10年以上。時に問題もあったが、関係に亀裂が走ることもなく無事に中学三年生となり。

 

 二人して暴力沙汰で停学を喰らったその頃、非日常は唐突に訪れた。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「――本気かい? 月壊したバケモンの(タマ)なんざ、堅気のアタシに殺せる(取れる)たァ思わねェが」

 

 

 袴姿で座布団の上にあぐらをかく目の前の少女がそう眉根を寄せた瞬間、彼女へと事情説明を済ませたばかりの政府職員は思わず頭の中で突っ込んだ。

 

 

(それだけ目つきに威圧感があって体脂肪率1ケタは間違いなさそうな鍛え抜かれた体しててドスのきいたハスキーボイスで、しかも頬に何針も縫ったような斜め走りの傷がある人間は絶対に堅気じゃない)

 

 

 日本有数の極道一家である『花槍組』七代目組長の実の娘。スキンヘッドや刺青入りの若い衆から“お嬢”と呼ばれ、本人もまた、その実父譲りの侠客ぶりと、修羅場潜りで鍛え上げた腕っ節の強さから、親友の赤羽業と共に不良やチンピラの間では有名な存在だ。

 ついでに二人して顔立ちが格好良いというのも知名度の要因かもしれない。

 

 根は善良だが素行不良でイタズラ好きの赤羽業。弱きを助け強きを挫くを地でいく男前アウトローな花槍有粋。

 嫌いなものが見事に一致、好きなものもそこそこ一致。

 

 そんな二人の活躍といえば、今や近場の歓楽街に知らぬ者はなし。

 曰く、親父狩りの不良集団を逆に狩り返して道行く仕事帰りなキャバ嬢のお姉さん達から拍手喝采を浴びた。

 曰く、誘惑に甘い中高生に薬を売りつけ中毒にさせては違法な風俗店で働かせていた悪漢を全裸にひん剥いて非道の証拠と一緒に交番の前に放り投げた。

 曰く、路地裏で女子大生を強姦しようとしていた酔っ払いの大男を二人がかりで昏倒させて亀甲縛りで朝まで路上に転がした。

 曰く、痴漢が出ると噂の公園に三日三晩張り込んで犯人を捕獲した末に被害者達の自宅まで連れ歩いて家の前で土下座させて回った。

 

 この他にも嘘か真か定かではない数々の武勇伝が存在する。

 恐ろしいのはその8割が真実、2割が脚色もしくは誇張された真実ということ。

 つまり彼と彼女に関しての噂で根も葉もないものは一つたりともありはしないのだ。

 

 そんな二人だからこそ、今回依頼する『超生物の暗殺』についても期待がかかる。

 暗殺に関して素人とはいえ、荒事には生まれた時から馴染みきっている極道の娘と、そんな少女に引けをとらないほど修羅場をくぐってきた少年のコンビだ。

 是非とも奇想天外なアイディアであの超生物に少しでもダメージを与えていただきたい。

 

 

「赤羽業くんには、既に先程説明を済ませてあります。彼は乗り気なようでした」

「ほお。カルマがやるってんならアタシも弱気になっちゃ(芋引いちゃ)いられねェか。アイツに格好悪ィとこ見せんのだけは、例えくたばる寸前だろうとごめん被らァ」

 

 

 事前調査の通り、彼女は常から親友と豪語する赤羽業のことが随分と好きらしい。ボーイッシュを通り越して男らしい笑みの形に唇を吊り上げ、あぐらをかいた膝の上に己の拳を叩きつける。

 ダン、と低く響いたその音が床まで届いて、その場を一気に制圧されたような心地に陥る。さすがは現組長の若かりし頃に生き写しと言われる娘だ。齢15にして貫禄のほうも一級品。

 現時点でこれだけなら、あと10年もたったあかつきには一睨みで殺し屋を震え上がらせるくらいになるのではないだろうか。

 

 

「その依頼、花槍有粋の名に懸けて引き受けやしょう」

 

 

 若い衆たちや親父からの影響で、この少女の口調は業界用語と江戸言葉と広島弁とその他諸々の入り混じったものになっている。そんな口ぶりも、これだけの風格を感じさせる彼女には不思議と似合ってしまう。

 さて、対超生物用ナイフやBB弾はすでに支給済み。そろそろ撤退しなければ、部屋の外で「うちのお嬢に何の用だゴラァ」と殺気立っている若い衆たちが突撃してきかねない。

 

 

「本日はお時間ありがとうございました」

「いや、こっちこそすまねェ。若ェ衆が無駄に殺気立っちまって」

 

 

 そう謝罪を口にする少女の表情は、頭こそ下げていないものの心底申し訳なさそうで。

 案外タメ口しか使わなかったのも、組長の娘として“使いたくても組の中では人の下手に出られない”みたいな事情があるのかもしれない。権力者の子というのも大変なものだ。

 

 

 





こういう主人公に需要があるのかは謎ですが、まあ書くのが楽しいので地道にやっていこうと思います。
ヤクザ用語検索するの楽しいです。ハイ。


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