新たに恋が加わって、あっという間に三年の月日が経過した。
元々の素質の事もあり、三年の間に恋は急成長を遂げた。
まだ一刀には敵わないが、師である桔梗と紫苑、兄弟子である焔耶を圧倒するまでになった。
「てえぇぇいっ!」
「ふっ」
焔耶の渾身の一振りを軽く受け止め、さらに押し返す。
そのまま畳み掛けるように攻勢に出るが、焔耶も防御を固めて隙を窺う。
しかし、あまりの凄まじい猛攻で焔耶の方が先に参ってしまった。
「あぁ、また負けた!」
「でも焔耶も強くなってる」
「負けた直後に言われても実感無いんだがな、それ」
真名まで交換するほど仲の良い二人だが、訓練になると毎回焔耶が兄弟子のプライドと意地をへし折られる。
最初の頃こそ焔耶が勝っていたが、今ではすっかり勝ち星の数が逆転してしまった。
「ただいま。二人とも修行かい?」
修行中の二人の下へ、警邏から戻った一刀が合流する。
するとすぐさま恋が引っ付き、負けじと焔耶も引っ付く。
双方とも見事な成長振りなので、引っ付かれた一刀としてはとても気分がいい。
その様子を離れた場所から眺めている桔梗と紫苑は、自分達も同じく引っ付きたい衝動を抑えて会話を続ける。
「相変わらず仲が良いわね、あの子達」
「いつもの事じゃろう」
冷静に装っているが、二人は手にしている書類を提出するまではと耐えている。
彼女達が持っている書類は今日中に提出なので、遅れると政務に影響が出てしまう。
そうなったら余計に忙しくなってしまうっため、この場は我慢している。
どうにか堪えて移動する最中、紫苑は先だって桔梗から聞かされた提案について訊ねる。
「やっぱり、旅に出させるの?」
「あぁ。若いうちに色々な場所を見せて、あらゆる経験を積ませたい」
桔梗が考えているのは、一刀達三人を余所へ旅立たせる事だった。
彼女自身も父親の紹介された先を旅し、あらゆる土地を見て回った過去がある。
その時と同じく、いつまでも巴郡という狭い世界に閉じ込めていないで、もっと広い世界を見せてあらゆる経験を積ませたいと考えていた。
「行かせる宛はあるの?」
「親父殿の友はあらかた亡くなったが、当時に知り合い、やり合ってから飲み仲間になった奴らがいる。そいつらの下へ行かせるつもりじゃ」
その人物達も出世して結構な地位にいるそうなので、紹介状さえ書けば大丈夫だろうと桔梗は言う。
「そっか、だとしたら一刀君はここを何年か離れることになるわね」
「そうじゃのう。となると……」
「そろそろ手を出しておかないとね」
真剣な眼差しから一転、邪な眼差しで一刀を眺める二人。
それを察したのか一刀は悪寒を感じ、周囲を見渡す。
「にぃ、どうしたの?」
「何か獲物を狙う目で見られたような気が……」
一刀の言っている事の意味がよく分からず、恋と焔耶は不思議そうに首を傾げた。
外への修行の話はその日のうちに行われ、引継ぎや知り合いへの挨拶もあるので出発は三日後となった。
別々に送り出すか揃って行かせるかの話も出たが、そこは恋が一刀から離れたくないオーラと視線により桔梗と紫苑を陥落させ、揃って送り出す方向で落ち着く。
「行き先は天水と西涼ですか」
「うむ。気の良い奴らじゃから、悪いようにはせんはずじゃぞ」
紹介状の宛先は漢中の、天水の董君雅、西涼の馬騰。
双方とも桔梗が修業時代に出会い、一戦交えた後に酒を飲み交わして仲良くなったそうだ。
以来すっかり飲み仲間で喧嘩仲間となり、滞在中は何度も戦っては酒を飲んで騒いだらしい。
なんとも桔梗らしい友人の作り方に、一刀だけでなく焔耶も苦笑いを浮かべる。
「お前達が抜けた分くらいはなんとかなる。心置きなく旅立つがよい」
「はい!」
こうして三人は修業の旅に出ることになったのだが、この話を聞いて城勤めの人々が過剰な反応を見せる。
「そんな、呂迅君が旅に出るだなんて!」
「むさい男達の中の、唯一の癒しだったのに」
「修行中の魏延様の揺れる胸が見れなくなるのか……」
「恋ちゃん、美味しいご飯作ってあげるから、恋ちゃんだけでも残って!」
一刀と恋に対する気持ちは分かるが、焔耶に対する気持ちがあまりにも邪なので、とりあえず焔耶はアホな発言をした兵士達を片っ端から教育的指導しておいた。
吹っ飛ばされた兵士達が放物線を描いて、山のように積まれた。
「この胸は一刀のだ!」
という発言を一刀に聞かれ、頭を抱えて悲鳴を上げるという自爆オチ付きで。
直後に逃げ出した焔耶は、もう一刀の嫁に行くしかないと激しく思い込んでいた。
同日の夜、桔梗と紫苑は意を決して一刀の部屋へと向かう。
勿論、夜這いのためだ。
「いざやるとなると、緊張するの」
「でもここを逃すと機会は無いわよ」
双方とも考え付く限りの誘う衣服を身に纏い、一刀の部屋へ向かう。
途中で擦れ違った侍女が、自分とは比べるまでもない凶器とも言える姿を目にし、がっくりと膝を着いているのを二人は知らない。
「さて、いよいよじゃな」
「そうね。最高の一夜に……あら?」
「む?」
一刀の部屋への最後の廊下を歩いていると、前方に人影を発見した。
暗くてよく見えないが、その人影も自分達と同じ方向に向かっている。
歩く速度を上げて近づくと、人影の正体がようやく見えた。
「焔耶。お前、何をやっておるんじゃ?」
「ふぁっ!?」
急に声を掛けられた焔耶は変な声を上げる。
「き、桔梗様に紫苑様でしたか。どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞じゃ。お前こそ何をしておる」
追求の言葉に焔耶は視線を逸らし、気まずそうな表情で黙り込む。
なかなか答えないので苛立ちを覚える桔梗に対し、紫苑は冷静に状況を判断していく。
時間は夜中で焔耶の格好は自分達ほどではないが、彼女の体型ならば充分にそそる格好。
それに進行方向の事を考えれば、答えはすぐに導き出せた。
「焔耶ちゃんも夜這い? なら一緒に行きましょうか」
「ブゥッ!?」
「はっ!?」
満面の笑みでの紫苑の発言に焔耶が吹いて桔梗が驚いた表情を浮かべる。
「一刀君も大変ね、いきなり三人相手なんて」
まるで動じない紫苑に対し、桔梗と焔耶は動揺しまくりだった。
このままでは収集がつかなさそうなのと、目的は同じだからという事で、紫苑は二人の襟を掴んで引き摺っていく。
「さぁさぁ、どうせなら皆で仲良くね」
「紫苑、こっちに来てから随分と強かになったじゃないのか?」
普段のお淑やかさをそのまま、内面が強かになった友人に桔梗は恋は人を変えると初めて実感した。
その後、二人は解放され三人で移動してようやく一刀の部屋が見えてきた。
ところがそこにはもう一人、今にも一刀の部屋に入りそうな人物がいた。
「あら?」
「むっ?」
「あっ、恋だ」
焔耶の名前を呼ぶ声に気付き、枕を手にした恋が三人の方を向く。
「何をやっておるのじゃ、こんな夜更けに」
「にぃと一緒に寝に来た」
勿論、恋の言う所の寝るは不純な意味ではなく、純粋に同じ床で眠る事。
そこに一切の邪な思惑や動機などは無く、眠そうな目がそれをより一層に引き立てる。
「「「ぐはっ!」」」
純粋な恋の一言と澄み切ったオーラに、不純な意味で一刀と寝に来た三人は精神的ダメージは受ける。
急に崩れ落ちた三人に、恋は眠い目を擦りながら首を傾げる。
三人の受けたダメージは予想以上に大きく、桔梗や紫苑でさえ立ち上がれずにいた。
「わ、わしらは間違っておったのか?」
「いいえ、一刀君への想いという点では間違っていないわ」
「では、何が」
「私達は手段を間違えていたのよ。一刀君への想いを伝えるなら、夜這いでなくてもいいのに」
紫苑の考えに桔梗と焔耶も心の中で同意した。
特に一緒に旅立たない桔梗と紫苑は、焦りがあるとはいえ早計過ぎたと自分を恨む。
「恋ちゃん! 恋ちゃんのお陰で目が覚めたわ。だから私達も一緒に寝ていい?」
夜這いは諦めても添い寝は諦めない辺り、紫苑はしっかりしている。
「うん。皆と一緒なら、きっと心地いい」
にぱっと笑う恋に三人の表情も和やかになる。
既に夜這いの事など遠く彼方へ吹き飛び、四人は一緒に一刀の部屋へと入った。
まだ起きていた一刀も同意してくれたのだが、少々問題が起きた。
部屋の寝床の広さで五人が寝るのは無理だった。
協議の結果、今夜は恋と桔梗、翌日の夜は焔耶と紫苑の順で添い寝をすることとなった。
「というか、何で一斉に来るんだ」
「よいではないか。師が弟子を見送るのに理由はいらん」
「恋はにぃと寝たいだけ」
もっともな理由を口にする二人の意見を聞き、次いで紫苑と焔耶へ視線は移る。
「私は桔梗の付き添いよ」
「単に足が向いただけだ!」
余裕の笑みを浮かべる紫苑に対し、全く余裕の無い焔耶は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
照れ隠しなのは誰が見ても明らかなほどに。
「安心しろ、焔耶。昼間の発言は真摯に受け止めるから」
昼間の焔耶の発言を持ち出して手をワキワキとさせる。
受け止めるの意味が違うと叫んだ焔耶は恥ずかしさを隠すように悲鳴を上げながら、部屋へと逃げ帰った。
フォローするために紫苑も部屋を出ると、残る三人は床へ入る。
すぐに眠ってしまう恋はともかく、一刀と桔梗は大変だった。
桔梗は理性を総動員して煩悩を押さえ込んでいる。
一刀も左右から襲い掛かってくる柔らかな感触に、必死で抗って眠りにつこうとしている。
(これが生殺しというものかっ!)
(落ち着け落ち着け落ち着け。冷静に素数を数えるんだ!)
「すぅ……」
結局、一刀と桔梗が無事に眠りに着いたのはこの二時間後だった。
さらに翌朝になって一刀は、今夜は紫苑と焔耶相手にあれを味わうのかと青ざめる。
昨夜でさえどうにかなりそうだったのに、二夜続けて耐えられるかどうか、正直自信が無かった。
しかし時間は待ってくれず、遂にその時は来た。
若干恥ずかしそうにやってきた紫苑と焔耶に挟まれると、一刀の理性は初っ端からクライマックスを迎えた。
(うおぉぉぉぉぉぉっ! 辛いけど、くっ付くなとは言いたくねえぇぇぇぇっ!)
煩悩を抑えるのは辛いが、柔らかい感触は男として気分がいいので無下にできない。
ちなみに一刀を挟んでいる二人はというと。
(あぁぁぁぁぁ。今すぐにでも一刀君を脱がせて、体中をペロペロしたいいぃぃぃぃっ!)
(近い近い近い近い近い! 一刀との距離が近すぎる。でも滅多に無い機会だし、ここはもっとくっ付くべきか? どうするどうする!)
外見は冷静を装っていても中身は悶えている紫苑。
充分に踏み込んでいるのに、もっと踏み込みたいと思っている焔耶。
どっちもどっちなのだが、同じなのは三人揃って眠れない状況だという事。
一刀はどうにか寝ようとしているものの、二日続けてなので精神的にも限界ギリギリのところにいる。
必死に素数を数えようとしても、混乱し過ぎて単に奇数を数えているだけになるほどに。
(13、15、17、19、21!)
当然、眠れるはずも無い夜だけが更けていく。
翌朝には寝不足の三人組ができあがっており、あまりの有様に紫苑と焔耶は協定を破って関係を持ったのかと桔梗に迫られた。
「なんか、この二日はやけに疲れたな」
「私もだ」
「?」
町の知り合いに挨拶へ向かう途中、一刀が呟いた言葉に焔耶は同意して恋は首を傾げた。
そんな日を送り、旅立ちの日が訪れる。
城門前には見送りに来た知り合いが大勢詰め寄っており、順々に一刀達に声をかけてくれる。
「呂迅君、本当に行っちゃうのね」
「あぁ、たまに作ってくれた小龍包が……」
「それよりも背油ラーメンが!」
「何言っているんだ。唐揚げに勝るものは無い!」
暇を見ては、元の時代の食べ物を再現できないか試していた一刀。
上手くできた時は暇だった兵士や侍女に試食してもらっていたので、彼らはすっかり餌付けされていた。
「呂布ちゃんの食事姿が……」
「魏延様の揺れる胸――がふぁっ!?」
同じように恋の食事姿に萌えた侍女が落ち込み、再度焔耶の胸を惜しむ兵士が焔耶のアッパーを浴びる。
ちなみに同意している男連中も多かったので、彼は他の面々達の心の勇者と讃えられていた。
「では、行ってきます」
「道中は気をつけての」
「たまには連絡を頂戴ね。でないと、寂しくて追いかけちゃうから」
にっこりと笑う紫苑だが、実際にやりそうだと誰もが感じ取った。
勿論、本人もそのつもりだ。
本当にそうなると大変なので、一刀は可能な限り連絡は取ろうと決心した。
「元気での」
「師匠も。飲み過ぎて体を壊さないようにしてくださいね」
「最後までそれを言うかっ!?」
昨夜も送別会で同じ事を言われていたので、周囲からは笑いの声が上がる。
さらに一刀はちゃんと監視してくれるよう紫苑にも頼み、外堀を埋める。
「お前は鬼か! 数少ない酒を制限するなど」
「師匠の体のためを思っての事です。俺がいない間に何かあったら、どうするんですか」
純粋に桔梗の体を考えての発言だが、これを桔梗が盛大に勘違いした。
まるで妻を心配する夫のようだと脳内変換し、恍惚の笑みを浮かべる。
急に熱っぽい視線を向けられて戸惑う一刀。
この状況は紫苑が軽く当て身を入れて桔梗を正気に戻すまで続いた。
「いってらっしゃい」
「呂迅君、早く帰ってきてね。それまでむさい男達の中で頑張るから!」
「呂布ちゃん、美味しいご飯たくさん作ってあげるから、いつ帰ってきてもいいのよ」
「魏延様。どうかご無事にお帰りになるのを、我々はお待ちしています。そしてまたあの揺れ――あべしっ!?」
最後までアホな発言をした焔耶の揺れる胸派閥は全員殴り飛ばされ、鈍砕骨で叩きのめされそうになった。
さすがにそれは拙いので、一刀が宥めて事なきを得る。
こうして一刀達の修行の旅は始まった。