邑を襲った盗賊を壊滅させた一刀は、返り血を浴びたまま邑へ帰還。
その姿に生き残った人々が恐怖を覚え、道を開ける。
脇目も振らず両親の下へ到着すると、自分のしてきた事を伝える。
「父さん、母さん。ここを襲った盗賊は俺が全員葬ったから」
それを聞いていた邑の人々は驚く。
僅か十五の少年がたった一人で、ここを襲った盗賊を壊滅させたのだから。
「にぃ!」
一刀が帰ってきたのを知った恋が駆け寄ってくるが、血塗れの姿を見て怪我をしたと思ったのか大泣きする。
「大丈夫だよ、恋。俺は怪我はしてないから」
「うぇっ、ぐすっ。ほんと?」
「本当だよ。ほら、見てみなよ」
服を捲くり、怪我一つ無い体を見ると恋は安心して再度泣く。
結局泣かれるのかと思った一刀は、優しく恋を抱いて頭を撫でてやる。
「ところで、呂布ちゃんはこれからどうするのかね?」
歩み寄ってきた村長の問い掛けに、一刀は考え込む。
自分以外の身寄りを亡くした以上は恋に行き場は無い。
唯一の行き場は、一刀が修行をしている桔梗の下。
村の誰かに預けるという手もあるが、今の恋を置いていけるはずがない。
家族を失い、残った家族が一刀一人しかいないのだから。
「……恋、俺と一緒に来るか?」
勝手に連れて来るなと桔梗に怒られるのを覚悟で、一刀は恋を連れて行こうとする。
その問いに、恋は涙でぐちゃぐちゃになった顔で答える。
「い、いぐっ!」
恋にとって他に選択肢は無かった。
ここに一人ぼっちで残るくらいなら、例え誰かに預けられても一刀を追いかけて行っただろう。
この様子を見て反対する者など誰一人として出ない。
「分かった、師匠の方は俺がなんとかするから、一緒に行こうな」
「うん……」
結局その日は邑で一泊し、翌朝には一刀と恋は邑を去ることにした。
「他の皆はどうするんですか?」
「ここに残って、邑を復興することにしたよ。しばらくは付近の邑に援助してもらう事になるがの」
見送りにきた村長が、苦笑しながら答える。
被害が被害だけに、簡単に復興とはいかないのは目に見えている。
おまけに周囲の邑に借りも作ってしまうので、しばらくは辛い生活が続くのが心苦しいのだろう。
「頑張ってくださいね。俺も恋を連れて、たまには戻ってきますから」
「うむ。その時を待っておるぞ」
村長と握手を交わし、村人達に手を振って見送られながら一刀と恋は旅立つ。
その背中を見送りながら、村長は小声で呟く。
「呂迅の奴、ひょっとするととんでもない武人に育つかもしれんな」
あの年で盗賊団を壊滅させた才に、本人が努力することを知っている。
この先何年後になるかは分からないが、きっと呂迅の名が大陸に響き渡るだろう。
そんな想像をしながら、村長は笑みを浮かべた。
「楽しみじゃの、彼らの未来が」
それまでなんとしても生き抜いて、やろうと決意し、復興の為に動きだした。
それから数日をかけ、一刀は恋を連れて桔梗達の下へと戻った。
故郷での出来事と両親と叔父夫妻の死、連れて来た恋の報告と共に。
報告を聞いた桔梗は額に手を当てて俯き、申し訳無さそうな表情をしていた。
「すまぬ、わしがもう少し早く帰郷させていれば」
「今となっては結果論ですから、気にしないでください。それに、恋だけは生き残ってくれましたから」
知らない人が多くいるためか、恋は一刀の後ろに隠れて顔を少しだけ覗かせている。
通常なら可愛らしい人見知りの仕草に見えるが、今は寂しくて従兄に縋っているように見えた。
「それで一刀君、呂布ちゃんをここに住ませたいのね」
「えぇ、邑は大変な事になっていますし、他に頼れる人もいないので」
「それは分かるがな……」
急に連れて来られても、どう扱うかに困ってしまう。
かといって、拾ってきた猫じゃあるまいし、返してこいなど言えるはずもない。
どうしようかと悩んでいる中、桔梗と紫苑は恋をじっと見て感じ取った。
一刀に勝るとも劣らない才覚を秘めている可能性を。
「なぁ、呂布よ。お前がここにいたいなら、従兄と共に修行をしてみぬか?」
桔梗からの提案に恋だけでなく一刀もきょとんとした表情になった。
「わしの目が確かなら、お前にも従兄に負けない武の才がある。それを磨くというのなら、ここに居てもよいぞ」
それを聞いた恋は一刀の陰から出てきてじっと桔梗を見る。
まるで、その話は本当なのかと尋ねるように。
「師匠、待ってください」
「口を挟むでない、一刀。これは呂布が決めることじゃ。お前が従妹を大切にしたいのは分かるが、今後もお前が守れるとは限らんだろう?」
的を射た言葉に一刀は言い返す事ができなかった。
恋を戦場に立たせたくないという想いで今日まで修行してきたが、肝心な時に自分は家族の下にいなかった。
今回はたまたま恋は助かったが、桔梗が言うように次回以降は一刀が守れるとは限らない。
今の世の中のことを考えれば、武を身に着けたほうが安全なのは確かだ。
しかし、恋のために強くなろうと考えていた一刀は、どうしても決意しきれなかった。
どうすべきか悩んでいると、恋が一刀の服の裾を引っ張る。
「にぃ、恋も強くなりたい」
言葉は少ないが、それ以上に瞳は語っていた。
あんな悲劇は二度と遭いたくないと。
恋を戦わせたくない一刀としては断固反対したい。
でも、時代の現実がそれを許してくれなかった。
ならば、生き残れるように歴史通り強くなってもらおうと、一刀は腹を括った。
「……分かった。その代わり、やる以上は辞めるなんて言うなよ、恋」
許しを得たことで恋は大きく頷き、桔梗と紫苑にも頭を下げる。
「お願いします」
「あいわかった。では、明日から修行を始める。一刀よ、今日は呂布の身の回りの品を買い揃えに行け。焔耶、同性がいた方がいいからお主も一緒に行け」
「わかりました」
入り口付近に控えていた焔耶が返事をする。
そのまま三人は買い物に出かけ、部屋に残った桔梗と紫苑は恋について話し合う。
「わしの目から見て、かなりの使い手になると思うのじゃが」
「同感ね。一刀君と比べると互角かちょっと劣るかだけど、焔耶ちゃんと比べると才では圧倒的に上ね」
従兄妹揃って大したものだと、二人は感嘆する。
同時に、その二人を育てられるのかと思うと胸が高鳴る。
やる以上は生半可な武人にはしたくないので、早速育成計画を立てることにした。
一方で一刀達は、恋の生活用品を買い揃えるために街中を歩いていた。
ずっと田舎の邑暮らしだった恋は、初めて街を見るので目を輝かせている。
その視線の大半が飲食店ではあるが。
「にぃ、あれ何?」
興奮した様子で目に入ったものを指差している。
その度に一刀と焔耶が教えてあげ、食べ物の場合はおねだりされる。
できれば買ってあげたいが、予算が限られている上に目的は生活用品なので説得して諦めさせる。
残念そうな恋の表情を見るたびに、一刀の心は痛むが仕方がない。
なぜなら、今回の予算は保護者役である一刀の財布から出ているのだから。
「というわけで、まずは着替えだな。下着とかも買うから、ここは焔耶に任せる」
「分かった」
既に恋も十歳になっているので、さすがに一刀が買うのには抵抗があるらしく、焔耶に丸投げする。
恋は何で、という表情をしているが、焔耶に連れられて店へ入っていった。
しばらく待った後に恋は買った服をそのまま着て出てきた。
「にぃ、見て」
真っ先に見せたかったのか、満面の笑みで一刀に見せているが、その服が一刀には驚きだった。
腹部が丸見えになっている以外は、デザインが全て自分が普段着ているものと同じだからだ。
「おそろい!」
鼻息を粗くしてドヤ顔をする恋から視線を外し、後ろで苦笑いをする焔耶へ視線を向ける。
「いやぁ、どうしてもこれがいいって譲らなくて」
仕方なしにこれを購入したのかと一刀は察した。
正直言うと、腹部丸出しなのは気になるが似合っている上、自分とおそろいなので文句を言い辛い。
なにより恋が喜んでいるという点が、一番重要だった。
「恋が気に入っているならいいか。じゃあ、次行こう」
いいのかと驚いている焔耶を置いて、一刀と恋は歩き出す。
後から追いついた焔耶と共に、三人は必要な品を買い揃えていく。
道中でいい匂いを嗅ぎつけた恋により脱線しかけたが、どうにか軌道修正して買い物を終えた。
ようやく買い物を終えた頃には、日暮れになっていた。
「はぁ、疲れた」
「買い食いしないで正解だな。残金がほとんど無い。あぁ、これで今月の自由に使える金が……」
予定外の大出費に一刀は肩を落とす。
しかしこれも恋のためだと、翌日からの仕事に励もうと気持ちを切り替える。
いざとなったらコツコツ貯めていたへそくりを使おうと考えながら城へ戻ると。
「おかえりなさい」
「呂布の歓迎の宴の準備はできているぞ」
桔梗と紫苑により、ささやかながら宴の準備がされていた。
卓の上に並ぶ料理に恋の目が輝き、素早く席に座る。
その素早さに桔梗と紫苑だけでなく、焔耶も驚く。
唯一人、慣れている一刀だけが荷物を置いた後、恋に注意する。
「恋、食べるのは皆で乾杯してからだぞ」
空腹のため料理に手を出そうしていた恋は不満そうな顔をするが、それが礼儀というものだ。
全員が席に着いた後に杯を持ち、掲げる。
「では、新たに呂布が仲間になったことを祝して。乾杯」
『乾杯』
乾杯が終わると恋は待ってましたとばかりに食べ始める。
意地汚く喰い散らかすのではなく、まるでハムスターが頬袋に食べ物を詰め込むように。
しかも頬の中に食べ物が溜まらず、あっという間に喉の奥へ消えていく。
なので、口に含んだ瞬間に消えるように見える。
おまけに食べている姿がなんとも和やかというか、ほのぼのとしているというか。
慣れている一刀を除く三人は、恋の食べている姿に表情が緩む。
「呂布よ、これを食べるか?」
「こっちも食べていいわよ」
「ほら、これもやるぞ」
次々と料理を提供され、恋の表情は満面の笑みに包まれる。
それに伴って三人の表情を余計に緩み、結果的に用意した食事のほとんどが恋の胃袋に消えた。
「げふ。ごちそうさま」
食べ終わった頃になって、ようやく三人は食べさせてばかりで自分達が食べていない事に気付いた。
「はっ、いつの間に」
「何、この子の食べる姿は」
「まさかわしが酒を飲むのも忘れてしまうとは……」
この魔力から逃れるのは容易ではないと、食後のお茶を飲みながら一刀は思った。
かつては一刀もこの魔力に負けて、おかずを次から次へと提供したものだ。
恋も恋で大食いなので、もらってもまるで苦にせず、黙々と食べ続けていた。
その割には体型もふくよかではないので、大した消化力と燃費である。
「それにしても、この体でよく食べるもんだな」
自分より小柄なのに、自分より多い量を食べたので焔耶は若干驚いている。
「一刀君、頑張って働かないと恋ちゃんの食費を稼ぐのは大変よ」
「分かっていますよ」
まだ正式に働く事になっていない恋には、給料は支払われない。
ある程度成長して仕事を任せられるようになるまでは、一刀が恋の生活費を捻出することになっている。
「俺は俺で頑張るから、恋も頑張って強くなるんだぞ」
「ん!」
少なくとも自分の身は守れるようにと心の中で呟く一刀だったが、それが良い意味で裏切られるとは、この時の一刀はまだ知らなかった。
翌日、一刀と焔耶は警邏の仕事へ向かい、桔梗は執務室で書類とにらめっこ。
手の空いている紫苑が、恋の修行をつけることになった。
とはいっても、やっているのは基礎体力作りと武器の扱い方だけ。
まだ体の出来上がっていない恋には、通常の訓練は難しいと判断しての修行内容だ。
「という訳で、恋は今頃訓練場で走り込み中だ」
「まぁ、まだ仕方ないよな。どんなに才能があっても、体ができてなきゃ意味ないもんな」
会話の中で焔耶は、かつての自分を思い出していた。
今でこそ重量のある鈍砕骨を振り回しているが、以前は武器に振り回されていた。
体作りを甘く見ていた焔耶は、このことでようやく体作りの大切さを学んだ。
「そうだよな。昔、焔耶が鈍砕骨振ったら、勢いに負けて体がグラグラ揺れてたもんな」
「言うなよ恥ずかしい」
その頃は一刻も早く一刀の背中を守りたくて、ちょっと背伸びをしていた。
なので過剰な自信で自滅したり、その事で桔梗から叱咤されたりが割と多かった。
「今でも調子に乗ると自滅したりするけどね」
「ほっとけ!」
そんな他愛ない会話をしながらの警邏を終えて戻ると。
「にぃ……疲れた」
徹底的に基礎訓練をやっていたのと、初めての修行で恋はクタクタになっていた。
後のことも考えずにハイペースでやっていたのが、疲れた原因。
「呂布ちゃん、今度はもう少し考えてやりましょうね」
「……はい」
紫苑から教育的指導を受けた恋は、休憩のため木陰へ歩いて行った。
「それで、どんな感じですか?」
「正直予想以上だわ。足は速いし力は強いし、育てがいがあるわ」
ペース配分こそできていないが、素質そのものはとても高い。
他にも内面的な部分や経験値といった課題はあるが、それらを克服して慢心せず鍛錬を続ければ、天下に名を轟かせる将も夢ではない。
それが紫苑から見た恋の評価だった。
「さっ、次は一刀君と焔耶ちゃんの番よ」
「はい」
「了解です」
訓練場で訓練をしていた兵士達が端に寄り、空いた中心に一刀が紫苑と焔耶に向き合って立つ。
訓練用の武器を構え、合図を待つ。
「はじめっ!」
兵士の一人が合図を出すと同時に焔耶が前衛として飛び出し、後衛の紫苑が矢を射る。
一刀は冷静に左手の剣で矢を叩き落しながら、右手の剣で焔耶の攻撃を捌く。
威力そのものでは武器の重みの分、焔耶の方が上だが、一刀はそれを受け流して上手く威力を殺している。
さらに前方だけでなく全体に注意を向けているので、死角から飛んでくる矢にも対応ができている。
「にぃ……凄い」
初めて一刀の戦う姿を見た恋は、先ほどまで脇目で見ていた兵士の訓練との違いに目を奪われた。
重そうな武器を片手で捌き、飛来する矢を避けるか剣で防ぐ。
焔耶と紫苑の技量が決して低いわけではないので、余計に一刀の強さが目立つ。
「焔耶ちゃん、弐式よ!」
「はい!」
これまで焔耶をブラインドにしながら援護をしていた紫苑の指示で、次の攻撃パターンへ切り替える。
前衛と後衛はそのまま、次は紫苑が後方で動き回りながら矢を射る。
「うおっと、移動砲台か」
見えないように影から射るのではなく、移動しながら射る事で多彩な軌道で相手を幻惑する。
さらにそっちに気をとられていれば焔耶への対応が甘くなる。
これが焔耶と紫苑で考えた弐式というコンビネーション攻撃だ。
「どうだ、これならお前もいずれは」
「だったらこうだ!」
調子に乗ってきた焔耶だが、ここで一刀は懐へ飛び込んできた。
ほぼ密着しているんじゃないかというほど接近し、剣ではなく柄を握っている拳で攻撃する。
「くっ。紫苑さん」
大型で重量級の武器の為、ここまで接近されては対応ができない焔耶が援護を求める。
しかし、紫苑も紫苑で矢を射れなかった。
というのも、二人の距離が近すぎて焔耶に当たる可能性が高いからだ。
今回のコンビネーションは、相手が鈍砕骨の重く強い一撃を嫌い、ある程度距離を開けているから通用するもの。
今の一刀のように超接近戦をされたら、攻撃範囲が一刀の真横から後方に限られてしまう。
おまけにそこまで回り込んだら、前衛で壁役となっている焔耶が紫苑を守りきれない。
「駄目。焔耶ちゃん、なんとか引き離して」
「そう言われても。あうっ!」
どうにかしようとはしたが、至近距離まで接近されては一刀の方が上だった。
昨年辺りから、万が一武器を失った場合に備え、拳闘での訓練もやっていた成果が出た。
あっという間に焔耶を沈めると、矢を避けながら紫苑に接近し、一撃を入れて一刀の勝利となった。
「勝者、呂迅!」
審判役の兵士の判定に周囲から歓声と僅かながら拍手が上がる。
模擬戦を一部始終見届けた恋の瞳はキラキラ輝き、勝者である従兄を見つめる。
「くそ、また駄目だったか。紫苑さんと考え抜いた戦法なのに」
「もうちょっと工夫すべきだったわね。いえ、それ以前にこうなることを予想すべきだったわ」
敗者の二人は模擬戦の内容と弐式の欠点について反省する。
予め気付いていれば、もっと有効な策を立てられたはずなのだから。
「どうじゃ、お前の従兄は」
未だに見蕩れている恋の下に桔梗が現れる。
「にぃ、とても強い……」
「そうじゃろう? じゃが、お前にも同等の素質がある。いずれは、一刀と肩を並べて戦えるじゃろ」
桔梗からの言葉に恋は想像した。
戦場で一刀と背中合わせで無双する自分の姿を。
途端に体の疲れが吹っ飛び、元気よく立ち上がる。
「頑張る!」
「うむ。では早速、これを持って素振り二百じゃ」
「分かった!」
手渡された木製の槍を手に素振りを始めるが、やはり素人丸出しの力任せの素振り。
すぐに桔梗からの指導が入り、正しい握り方や構え方を教わる。
傍から見れば微笑ましい師弟の姿だが、実はそうでもなかった。
理由は桔梗が仕事をサボってここにいるからで、書類仕事から逃げる為に指導をしているからだ。
この直後、仕事をサボっているのがバレた桔梗が文官に追いかけられ、手助けした一刀によって横四方固めで捕縛された。
「お前、もうちょっと師匠をいたわれ!」
「断ります!」