真・転生無双 至高の武人伝   作:時語り

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覚醒

 

 

恋に燃えて移籍した黄忠が仲間に加わり、待ち望んだ二年が経過。

その二年の間にも色々な事があった。

互いに真名を交し合ったり、さらなる修行に明け暮れたり、酒をかけた仕事に没頭したり。

ともあれ、元服を迎えた一刀の争奪戦が遂に幕を開ける。

だがその前に、待ち構えていた現実を目の当たりにしていた。

 

「はぁ、はぁ……。よもや、これほどになるとはな……」

 

疲れきって膝を着く桔梗。

紫苑も息を切らせて座り込み、焔耶に至っては大の字に寝転がっている。

 

「いつかはこの日が来るとは思っていたけれど……」

「わ、私の目標が……一刀の背中が……大きすぎる……」

 

三人の中心には、何かやっちゃったかなといった雰囲気の一刀。

さすがに疲れて息切れはしているが、負傷らしい負傷は少ない。

つい先ほどまで、この三人を順番に相手にして手合わせをしていたというのに。

 

「はははっ。ここまでぶっちぎりに追い抜かれると、かえって清々するのぉ!」

 

仕事の合間に鍛錬も欠かさず積んできた。

追い抜かれる日を少しでも伸ばし、師匠としての面子を守るために。

だが一刀はそんな事おかまいなしに追い抜き、圧倒的な差をつけてみせた。

逆にさっぱりした気分になった桔梗は、複雑な心境ながらも弟子の成長に笑顔を送る。

 

「まさか三人を順番に相手して、このザマなんてね」

 

巴郡へ移って以来、紫苑も何度か手合わせはしてきた。

最初は一刀がどうにか食いついていたのが、いつの間にか追い抜かれて、気付けば圧倒的な差をつけられた。

 

「こ、こんなんじゃ……一刀の背中を、守れない……」

 

息も絶え絶えになりながら、目標の大きさを実感する。

憧れが恋心に変わった今でも、かつて本人に宣言した目標は変わっていない。

しかし当の本人との差が広がる一方なので、軽く挫折しかかっていた。

 

「はぁ、はぁ。えっと、大丈夫?」

 

三者三様の様子に掛ける言葉が見つからず、無難な言葉を掛けておく。

 

「まぁ、なんとかの」

「大丈夫よ」

「よ、余裕だ。はははっ」

 

桔梗と紫苑の二人は問題なく立ち上がるが、焔耶は鈍砕骨を杖代わりに立ち上がっている。

しかも足下は震えている。

 

「いや、焔耶は余裕ないでしょ。脚が生まれたての小鹿みたいだから」

 

満足に動けなさそうな姿に、一刀の天然タラシ能力が発動する。

スタスタと焔耶に近づき、疲れているにも関わらず、さも当たり前のように焔耶を抱き上げた。

急に抱えられた焔耶は驚いて鈍砕骨を手放し、桔梗と紫苑は目を見開いて驚く。

 

「という訳で、ちょっと部屋に送ってきます。あっ、鈍砕骨は後で俺が回収しておくんで」

 

焔耶を部屋へ運んでいく一刀の背中を見送る桔梗と紫苑。

抱きかかえられた焔耶は、落ちないようにと言い訳し一刀の服をしっかり掴む。

そして一刀に見えないよう、見送っている二人にドヤ顔を見せた。

まるで抱えられていることを自慢するかのように。

すると、それが癪に障ったのか、鈍砕骨を拾い上げた桔梗が一刀の隣に駆け寄る。

 

「待て一刀。不甲斐ない弟子に一言言いたいから、わしが連れて行こう」

 

肩を軽く叩いて一刀に告げると、抱えていた焔耶の襟元を掴んで右腕で持ち上げる。

 

「ああああの、桔梗様?」

 

子猫を運ぶように持ち上げられた焔耶は、自分に放たれる殺気に震える。

その姿は、怯える子猫のようだった。

 

「という訳で一刀。部屋にはわしが送っておくから、仕事に戻っておれ」

「はぁ……」

 

生意気な態度を取った子猫を連れて桔梗が去っていく。

焔耶が涙目を向けて助けを求めたが、一刀は黙って合掌を送った。

すると今度は紫苑に肩を叩かれた。

 

「さっ、一刀君。早く仕事に戻りましょう」

 

傍から聞けば何でもない一言。

だが紫苑は心の中で続けた。

 

(二人っきりで……ね)

 

顔は普段通りの笑顔なのだが、その奥には企みが潜んでいた。

気付かずに一緒に仕事へ向かう一刀。

だが、未だに助けを求めていた焔耶が、紫苑の笑みに企みが潜んでいる事に気付いた。

 

「桔梗様! 紫苑様が二人きりなのをいいことに、何か企んでいます!」

「なんじゃとぉっ!」

 

振り返った桔梗の目に映ったのは、仕事部屋に戻ろうとする紫苑の横顔。

隣にいる一刀と喋っているその笑顔には、確かに何か企んでいるのが読み取れる。

長い付き合いだからこそ、企みそのものをも見抜いた。

あれは二人きりなのをいいことに、誘惑を仕掛けようとしている顔だと。

 

「こうしてはおれん! ゆくぞ、焔耶!」

「はい、桔梗様!」

 

二人は休憩も説教も忘れ、企みを阻止するために走り出す。

この後、三人により大騒ぎになるのだが、自分が理由とも知らず一刀は首を傾げていた。

一刀を巡る女の戦いは、早くも始まっていた。

 

「……何やってるんだろ、皆」

 

当の一刀は彼女達の気持ちに気付く事無く、言い争いしているのを放置して仕事へ戻って行った。

 

「わしらが努力しても、肝心の奴が朴念仁じゃな」

「そうね」

「そうですね」

 

先ほどの言い争いの最中、途中で一刀がいなくなっていた事に気付き、渋々解散して仕事へ戻った。

どうにか仕事を片付けた後、三人は集まって一刀対策会議を行っている。

 

「というより、策が無いのが問題だと思います」

「「うっ」」

 

挙手した焔耶の発言に桔梗も紫苑も言葉に詰まる。

動き出したものの、全員恋愛経験は皆無。

先代太守である父親の下、武官として過ごし、太守になってからは仕事の日々を過ごす桔梗。

一応婚約者はいたが、実家で決められたので恋愛らしい恋愛は経験していない紫苑。

今回が完全に初恋の焔耶。

やる事なす事が全て手探りの、なんとも頼りない三人だった。

しかも相手が朴念仁とあっては、全くと言っていいほど先が見通せない。

 

「駄目じゃな」

「駄目駄目ね」

「駄目ですね」

 

改めて恋愛経験皆無を思い知り、三人は揃って落ち込んだ。

 

「これは何かしら手を打たなくては、共倒れの恐れがあるわ」

 

紫苑の発言に桔梗も焔耶も頷く。

横から誰かに一刀を掻っ攫われないようにするためにも、早急に手を打つ必要があった。

 

「でも、どうすれば」

「致し方ない。知り合いの奥方達から助言を貰うか」

 

こうなると頼りになるのは、常に先駆者というもの。

恋愛経験のある人々に教えを請うしか、初心者には手がない。

 

「でも、もしも一刀君に気付かれたら?」

 

問題点があるとすれば、相談している事を一刀に気づかれる事。

相談相手には口止めをすればいいが、相談している所を見つかれば言い逃れるのは難しい。

言い逃れせずに堂々と言うのも手なのだが、そうはいかない。

というのも。

 

「言えるか!」

「言えないわね……」

「恥ずかしくてとても言えません……」

 

あなたに恋愛感情を抱いたけど、どうすればいいのか分からず助言を受けています。

などと言うことは、恋愛初心者の三人にとっては恥ずかしかった。

 

「となると……」

 

一番の手は一刀を一時的に自分達の傍から離すこと。

しかし、今のところ仕事で遠出する予定は無い。

賊の討伐も一先ず落ち着いているので、出陣の予定も無い。

そこで桔梗は、ある手段を使うことにした。

 

「……休暇ですか?」

「うむ。この五年、お前は修行も仕事も頑張っている。よって休暇を与えるから、里帰りでもして親に顔でも見せてこい」

 

権限を利用して一刀に休暇を与え、里帰りさせ城から外へ出す。

その隙に助言を貰い、実行する心の準備をしようという訳だ。

そうとは知らない一刀は、上司の気遣いに感動を覚える。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

お礼を告げて退室する嬉しそうな姿に、これで少し株が上がったかと満足する。

だが、彼女は知らない。

一刀が喜んでいる最たる理由を。

 

「五年ぶりだな、恋に会うのも。文でしか交流無かったし、最後に連絡来たの半年前だし。帰ったらたくさん甘えさせてやるぞ」

 

上機嫌に荷物を纏める一刀の頭の中には、桔梗への感謝ではなく恋の事しかなかった。

 

「では、気をつけての」

「はい。行ってきます!」

 

後日、一刀は桔梗達や部下に見送られて巴郡を旅立った。

故郷を旅立った後に比べれば、帰郷の行程はずっと楽だった。

盗賊に出くわしても鍛えた武力で倒し、熊に遭遇しても武力で倒してみせた。

道中で商人の護衛をして小銭を稼いで路銀の足しにしたので、金銭面も問題は無し。

 

「……なんか、順調すぎて逆に怖いな」

 

道中で野宿しながら、ここまでの行程を振り返る。

あまりに行き来のギャップがあるので、若干の不安を覚えた。

それほどまでに、今の一刀は逞しく強くなっていた。

そんな一刀に絶望を与える出来事が待っているとは、この時は欠片も思っていなかった。

 

「もうすぐ着くぞ。この丘さえ越えれば」

 

長かった帰路も間もなく終着。

登っている小高い丘を越えれば、邑が一望できる。

 

「俺の邑……が……?」

 

丘の頂上に着いた一刀の目に飛び込んできた光景。

懐かしい生まれ故郷の邑は焼け焦げ、無事な家は一軒も無かった。

邑の中では、無事だった人々が広場に集まり、身を寄せ合っている。

 

「そんな!」

 

目にした光景が信じられない一刀は、すぐさま駆け出した。

丘を駆け下り全速力で邑に入り、広場へと駆けつけた。

 

「皆!」

 

突然響き渡った声に一部の人が驚くが、声の主が一刀だと分かると安堵する。

 

「おぉ、呂迅君じゃないか! 帰ってきたのか」

 

近所に住んでいた男が駆け寄ると、周囲にいる人々も一刀の下へ集まってくる。

だが、一刀はそれどころではなかった。

邑がこんな有様になっている上、両親と叔父夫婦、恋の姿が見えないからだ。

 

「村長! 父さんと母さん、恋はどうしたんだ!」

 

近くにいた村長に詰め寄り、身内の無事を聞く。

すると全員が俯き、暗い表情になる。

 

「ご両親については、すまない……」

「すまないって……」

 

村長の話によると、数日前に盗賊が襲ってきた。

その盗賊達は邑から金品と食料を奪うと、次々と殺戮を始めた。

若い女も連れて行こうとせず、人殺しを楽しんでいるような連中ばかりだった。

それを食い止め、少しでも避難の時間を稼ごうと一刀の父親が立ち上がった。

必死に戦って十数人の盗賊を切り伏せたが、脚の痛みで思うように戦えなかった。

それでも命がけで時間稼ぎをし、最後は盗賊の頭に首を刎ねられた。

さらに避難しようとしていた母親は、飛んできた矢から付近にいた子供を庇った。

子供を逃がし、動けなくなった所へ複数の矢が飛来して次々に刺さり、命を落とした。

説明を聞きながら案内された遺体安置所のような場所で、冷たくなった両親と再会する。

 

「そんな……五年ぶりに会えると思っていたのに」

 

もう少し早く帰っていれば、互いに元気な姿で会えたのにと呟きながら、一刀は膝を着く。

目の前が真っ暗になる感覚に襲われる一刀の耳に、懐かしい声が聞こえた。

 

「にぃ……」

 

声を聞いた途端に目の前が明るくなり、後ろを振り返る。

そこには逃げるときに擦り剥いたらしき傷をいくつもつけた恋が、知り合いの女性に付き添われて立っていた。

 

「恋……無事だったのか」

 

目が合った瞬間に恋の目からは涙が溢れ、一刀の下へ駆け寄って来る。

 

「にぃっ!」

 

飛び込んできた恋をしっかりと抱えてやると、そのまま恋は大声で泣き出した。

二人の再会に周囲からもすすり泣く声が聞こえ、目元を拭う者が数名いた。

 

「恋、叔父さんと叔母さんは?」

「うぅぅ。あっち……」

 

指差した方向には、無残な姿に変わり果てた叔父と叔母が横たわっていた。

あっという間に恋以外の身内を失った一刀は、叔父と叔母の亡骸を見ながら呆然とする。

そこへ、近所に住んでいた男が木箱を持って来た。

 

「呂迅君。これだけは幸運にも無事だったんだ。お父さんから、君への元服祝いに送ろうとしていた品だ」

 

恋を連れて来てもらった女性に預け、受け取った箱を開けると、中には反りのある二本の紅い剣があった。

滑り止めなのか柄には布が巻いてある。

それを手に取りじっくり眺めると、まるで炎を見つめているかのように体が熱くなってくる。

 

「これは……」

 

さらに箱の底には、木札に書かれた手紙があった。

 

 

一刀へ

 

たまにお前から届く木札で、一生懸命頑張っているのは知っている。

そんなお前への元服祝いの品を送る。

使う武器が逆手二刀だと書いてあったのでな、二本の剣を打ってやったぞ。

叩っ切るというより、切り裂く刃にしてある。

渾身の二振りと呼べるこの武器、銘は紅蓮と烈火。

この銘に恥じない腕の武官を目指せよ、一刀。

 

 

父親からの最後のメッセージを読んだ一刀は、木札を持っている手に力が入る。

思わず木札が割れてしまうが、構わなかった。

木札を箱の中へ戻し、両親の傍に置くと紅蓮と烈火を手に取る。

見ているだけで燃え盛る心の中の炎。

その炎が、一刀の心を覆っていた何かを燃やしていく。

やがてそれは焼き尽くされ、鋭い目つきになった一刀は立ち上がる。

 

「……村長、賊のいる場所は分かりますか?」

「分かることは分かるが……呂迅、お主!」

「教えて……ください」

 

振り返った一刀の目を見た村長は、瞬時に悟った。

何を言おうと止められない、と。

だからと言って、言うつもりは無かったのだが、発せられる迫力に思わず口を開いてしまう。

 

「北の山の麓辺りにある、今は使われていない古い砦だ」

「村長!?」

 

賊の居場所を教えた村長に、驚きの声が上がる。

場所を聞いた一刀は軽く会釈をし、目元を擦っている恋の下に歩み寄る。

 

「恋、兄ちゃんちょっと敵討ちに行ってくるな」

 

目を擦るのを止めさせ、頭を撫でてやりながら笑顔で告げる。

まだ幼い恋はよく意味が分からなかったが、なんとなく首を縦に振った。

 

「帰ってくるよね?」

「勿論だ」

 

親指を立てて肯定し、紅蓮と烈火を手に駆け出した。

 

「村長、何故!?」

 

止めようとした男の一人が村長に詰め寄る。

村長は首を横に振った。

 

「……止めても無駄じゃ。奴の、呂迅の中には」

 

既に見えなくなりかけている一刀の背中を見つめ、村長は言った。

 

「修羅が住んでおる」

 

両親の残してくれた二本の剣と共に駆けて行く。

邑の北側にある山の麓へと。

そこにある古い砦の城壁が見えると、近くの茂みに隠れて様子を窺う。

入り口らしき古びた門の前には、退屈そうにしている見張りが二人。

中での宴会に混ざれなかった不満を、声を大にして言い合っている。

 

「中は宴会か……」

 

ならば酒に酔っているし、油断もしているだろうと判断し、紅蓮と烈火を抜く。

 

(ごめんな、父さん)

 

せっかく遺してくれた剣の初陣が、復讐という形になった事を心の中で父親に詫びる。

だが、砦の中にいる賊と同じように、殺戮行為に魅入られるつもりは無い。

生まれ変わる前の世界では、どんな理由を付けようとも殺人は殺人。

しかし、この世界ではそれが当てはまらない。

分かっているつもりだったが、どこか割り切れなかった。

それが復讐という目的によって、遂に破れなかった殻が破れた。

 

「……いくぜ」

 

逆手に持った剣を握り締め、茂みから姿を現して駆け出す。

それに気付いた賊の二人が無駄話を止める。

 

「おい、なんだあいつ?」

「ガキじゃねぇか、しかもなんか良さそうな剣を持ってやがる。ちょうどいい、あれを奪って――」

 

剣を手にニヤける盗賊の一人が、それ以上喋る事はなかった。

喋っている最中に順手に持ち替えた右手の紅蓮を投げつけられ、喉に突き刺さったからだ。

投擲により勢いのついた紅蓮の刃は喉を貫通し、賊は声も上げる事が出来ずに倒れる。

 

「なっ――」

 

もう一人の方も、驚いている隙に烈火で喉元を斬られ、首が宙を舞って地面に落ちた。

 

「――! ――!」

 

喉に剣が刺さった賊はまだ生きているが、声も出せずにもがいている。

それを恨みの籠もった目つきで見ている一刀は、紅蓮の柄を掴んでそのまま賊の喉を切り裂いた。

 

「――――!」

 

喉からの激しい返り血を浴びながら、息絶えた賊二人の横を通って砦へ入る。

奥の方から宴会の騒ぎ声が聞こえてくるので、そちらの方へと歩を進める。

そこへ、追加の酒を運んでいた数人の賊が一刀を見つける。

 

「だ、誰だてめぇ!?」

「お頭! 変な奴がいまっさぁ!」

 

賊が声を上げると、予想通り奥から酔った賊がゾロゾロと出てくる。

 

「なんだ、ガキじゃねぇか。おい、見張りはどうした?」

 

子供とはいえ侵入者が目の前にいるので、見張りが寝ているのではないかと思った。

 

「……気付かないのか?」

「あっ?」

「俺の格好を見て、気付かないのか?」

 

冷たい口調でそう言って、数歩傍へ歩み寄る。

酔っていた賊の頭は目を擦って一刀を見る。

ボンヤリしていた視界が鮮明になってくると、返り血を浴びた一刀がそこに立っているのが、ようやく理解できた。

 

「なっ――」

「次はお前達だ」

 

剣を構え賊を睨みつける。

酔いが醒めるほどの殺気と眼光に、賊達は震えて動けない。

一番大柄な賊の頭でさえ、同じような反応を見せている。

 

「や、やれぇ! あのガキをやれぇ!」

『お、おぉぉぉっ!』

 

頭がようやく搾り出した指示で、賊は怯えながらも動き出した。

だが、酔っている上に怯えているのでは、今の一刀の相手にはならなかった。

真っ先に斬りかかった賊の右腕を紅蓮で切り落とし、正面の賊の腹部を烈火で切り裂く。

倒れていく賊を踏み台に跳躍し、別の賊の顔面を蹴りつけながら、周囲の賊を横回転して斬り捨てる。

 

「……弱い」

 

さらに襲い来る賊にそう呟き、一蹴していく。

一刀の周囲には大量の鮮血が飛び散り、その中を駆け抜ける。

鮮血の中、賊を薙ぎ払いながら進む姿は、まるで赤い竜巻のよう。

返り血で徐々に紅く染まる一刀の姿に、後方にいる頭は恐怖に駆られる。

 

「バカな、あんな、あんなガキに!?」

 

見る見るうちに賊は倒れていき、恐怖で逃げ出す輩も出始める。

しかし一刀はそいつらも逃がすつもりはなく、跳躍して接近、背後から斬り捨てていく。

 

「一人も……逃がさねぇ!」

 

自身のの背後からの攻撃を烈火で受け止め、紅蓮で両手を斬って落とし、蹴飛ばして頭を睨む。

 

「ぐっ。ど、どうした、早く奴を! 奴……を……?」

 

頭が気付いた時には、もう部下は誰もいなかった。

全員が一刀に斬り捨てられ、唯一生き残っているのは、両腕を斬り落とされて喚いている賊だけ。

 

「後は、お前だけだ」

 

喚いている賊の下顎を蹴飛ばし、意識を奪う。

後は放っておけば失血死するだろう。

なので、生き残っているのは頭の男一人だけ。

返り血で真っ赤に染まった一刀がゆっくりと近づくだけで、頭は恐怖に包まれしりもちを着く。

 

「あ、あわわ、わわ……」

 

逃げる様子も抗う様子も無く、ただ怯えるだけの姿。

こんな奴が頭の賊に、両親が奪われたのかと思うと、余計に怒りがこみ上げてくる。

 

「た、助け……」

「はぁっ!」

 

情けなく命乞いをした瞬間、刃は振り抜かれて首が飛ぶ。

復讐を成し遂げた一刀は、大きく息を吐いて空を見上げる。

日が落ちかけて暗くなりつつある空を、ただじっと眺めていた。

 

「これが、三国志の世界ってか……」

 

自分の内面の変化により、今までで一番それを実感する。

邑で大人しく暮らしていても、目の前で屍となった賊によって戦乱に身を投じていたであろう。

 

「外史は常に俺を欲し、戦乱に身を投じる……か」

 

生まれ変わりの時に貂蝉に言われた言葉。

別の世界の北郷一刀の全員が経験しているとあった、戦乱の世界。

自分はその中で戦い抜く決意をした。

いや、今までは決意をしたつもり、という段階だった。

それが今回の件で本物の決意へと変わった。

 

「……盗んだ物を返してもらうぞ、俺達の物だ」

 

賊の遺体を放置して、一刀は賊の住処へと足を踏み入れる。

いくつかの部屋を捜索して盗まれた金品を見つけたが、一度に全部持ち帰るのは無理そうだった。

後で邑の住人を何人か連れて、回収すればいいかと判断してその場を後にする。

 

「帰ろう、恋が待ってる」

 

瓶に溜めてあった水で喉を潤し、武器にこびりついた血を洗い流し、一刀は邑へと帰還する。

賊を討ったことを皆に伝え、約束通りに恋の下へ帰るために。

 

 


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