とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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七月二十一日

 上条当麻はヒーローだ。

 

 少なくとも、自分と操祈はそう認識している。

 

 操祈と俺は出会い、惹かれ合い、そして今のような関係になった。だが当然、簡単にそうなったわけではない。生きている以上は様々な縁がついて回る。自分の場合ドロップアウトしたという事が、操祈には超能力者という肩書だ。それが何処までも重い鎖の様に腐れた縁を生み出していた。そこに颯爽と登場し、

 

 困っているから、見捨てるのは気持ちが悪いから。

 

 たったそれだけの理由で、命を賭けたヒーローが上条当麻だった。

 

 馬鹿だと思っているし、無茶をする年下の少年だと思っている。だけどその精神力は、そして人を助けようとする―――いや、当たり前のことを見ぬ振りせず、全力で取り込もうとするその姿は、本やテレビでしか見る事の出来ないヒーローの姿だった。間違えてはいけない、不死身のヒーローなんて存在しない。上条当麻は無能力者―――超能力を無効化する力を備えているだけだ。銃が命中すれば傷を負う、打ち所が悪ければそのまま死んでしまう。

 

 覚悟と信念をもった者が異能を捨てて、気合と根性で真正面から殴り合えば、勝てる。

 

 だけど、折れない。上条当麻は”間違っている”と理解したら絶対に折れない。力がある、ない、そういう事実は関係ない。自分にできることがあるかもしれない。なのに動かないのは卑怯である。特にそれが自分にしかできないなら、逃げる訳にはいかない。

 

 それだけの話だが、

 

 だからこそ、彼はヒーローであり、ヒーローであり続ける。

 

 そしてだからこそ、―――他の英雄(ヒーロー)の物語の例に漏れず死で完結する。

 

 

                           ◆

 

 

「相変わらずボロい寮に住んでるな……まぁ、無能力者じゃ奨学金も雀の涙か。超懐かしい」

 

 そんな事を呟きながら第七学区、低レベルの学生向けの学生寮の前に到着する。”ボロい”と表現はするが、実際はそこまでひどい訳ではない。が、壁の塗装は所々剥がれ、手すりは錆びて、そういう意味でのボロさを感じさせる、そういう寮だ。ただ暮らす分には間違いなく快適だろう。自分が好んで利用しているような安宿よりは遥かにいい場所なのだから。

 

 スマートフォンで時間を確認すると、まだまだ昼前頃、昼食を取るにしたって少し早い時間だ。適当にコンビニで食料を調達してきたから台所を借りて昼食を作る事として、一先ず先に部屋に邪魔させてもらおう、という魂胆で寮の入り口に入ったところで、

 

 ―――軽い違和感を覚える。

 

「……?」

 

 違和感に一旦足を止めるが、考えるほどのものではなく、そのまま寮の中へ入り、エレベーターか階段を取るかで悩み―――階段を選ぶ。労力と待ち時間を考えた結果、待ち時間の方がめんどくさいという判断だ。まるで子供だな、と小さく笑いながら階段を上り、当麻の部屋のある階まで上がると、違和感の正体が確信へと変わり、階段を上り切ったところで足を止める。

 

「この壁……焦げてるな」

 

 階段を上り切ったところで確認する壁が焦げている。感じていた違和感の答えが予想外に早く来た。

 

 ―――暴力と闘争の気配。

 

 スキルアウト時代には”それ”に敏感だった、というよりは先輩達からそういう風に仲間共々、色々と叩き込まれた。その感覚が僅かに残った情報を広い上げている。焦げている壁に近づき、それを指で触れる。その焦げ目には見覚えがある。レベル4の発火能力者が超高温で炎で焼いた場合に生まれる焦げ目に近い。しかし、指で触れ、そして目視する焦げ目は少し違う。

 

 黒く、そして壁が焦げているという事に違いはないが、壁が少々融解している。それは超高温で壁をとかし、それが固まった場合に発生する現象だ。ボロい寮とはいえ、学園都市製の技術を利用している建造物なのだ。ただの火事程度で焼き目がつく程、柔な作りをしている訳がない。マグマをぶっかけられても溶けない……が、耐えられる作りをしている筈なのだから。

 

「レベル4の火力では無理だし、レベル5って言いたい所だけどレベル5に発火能力者はいないな」

 

 或いは第三位の能力が電撃使いだからそれを収束させてプラズマを生成―――なんてことを考えたりもしたが、美琴はそういう人間じゃないので疑うだけ意味はない。第一位でもあり得る手段だが、アレは基本的に災害の様な生き物だが、関わらない限りは自分から決して手を出さない程度の分別は弁えている。

 

「って何で襲撃されたって事を前提に考えてるんだろ。どうせ上条力が働いてなんか、こう、不思議な事があったんだろ」

 

 割と当麻の事だからそれで通じると思っている。頭の中で勝手にリンクされて行く情報を振り払いながら当麻の部屋へと向かって歩きだそうとし、当麻の部屋の前が一番焦げが酷く、尚且つ床に僅かに血の色が見える。見える、と言っても床に浸み込んだ薄い赤の色だ。実際に血が残っている訳じゃない。だけどその見慣れた色は間違いなく血の色だ。

 

 それを理解した所で、

 

 両手で顔を覆う。

 

「また巻き込まれてる……」

 

 もはや流石、とかで言えるレベルじゃないが、またもや”ナニカ”に遭遇してしまったとしか言いようがなかった。操祈に連絡入れても無駄に心配するだけだしなぁ、と判断した所で溜息を吐き、素早く思考をまとめる。ここからどうすべきか、ここからどう動くべきなのか。煩く背中に突っかかって来るお掃除ロボットの存在を頭の中から消し去りながら考え始める。当麻がまた何かに巻き込まれている可能性を考慮するとして、この場合どう行動するだろうか。

 

 いや、解決に乗り出すのは良く解っているけど、行先はどこか、という話だ。情報は少ないが、血の跡からして当麻か、或いは誰かが負傷している。当麻が誰かを斬るとかは絶対ありえないので、基本的に当麻だと思う。この場合は病院へ向かう事が濃厚だが―――問題が解決しない限りは当麻も部屋に戻らないだろう。

 

 ―――そうだ、電話しよう。

 

「これで問題解決だな」

 

 簡単すぎて忘れてた。スマートフォンを取り出して当麻に電話をかける前に一旦当麻の部屋の扉の前まで移動し、軽く扉をノックして不在を確認しておく。軽く気配を探るが、やはり誰もいない。となるとどこかへ移動したのだろう。では電話しよう、

 

 と思ったところで扉に妙なものが張ってあるのに気付く。

 

「コピー用紙か、これ」

 

 記号の描かれたコピー用紙だった。小さく、掌に収まる程度のサイズだった。扉に貼ってあるそれを素手で振れてはがし、顔に近づける様に確認する。所々ぬれたような形跡があり、そのせいでインクで描かれた記号が滲んでいる。見た事のない記号だ。なんだったか、とそれを目視しながら演算力を駆使し解析しようとしたところで、

 

 ―――ノイズが走る。

 

「ッ■■■」

 

 投げ捨てながら確認をやめると、脳からノイズが取り払われる。

 

「なんだこれ……あ、言葉も戻った。とりあえずあんまし良さそうなもんでもねぇし、捨てとくか」

 

 下に落ちたそれを足で踏みつぶしながら始末し、溜息を吐く。やっぱり妙な事になっている。当麻の事だからそんな驚く訳ではないが、と自分に言い訳しつつスマートフォンを使い、当麻の携帯電話に連絡を入れる。扉横の壁に寄り掛かる様に背中を預けながら数秒無言でかかるのを待っていると、漸く電話がかかる。

 

「はい、もしもし此方信綱」

 

『もしもーし、って信綱かよ。今上条さんは割と忙しい所なんですけど―――』

 

「変なプリント。焦げ目。血痕」

 

『待て、話せば解る。上条さんに言い訳タイムを寄越すのです』

 

「おう、言い訳の前に現在位置を言えよオラ」

 

 数秒後、観念したかのような声が向こう側から聞こえてきた。

 

 

                           ◆

 

 

 結局、当麻がまたなにかに巻き込まれていたのは確実だったらしい。その居場所は病院等ではなく、当麻が住んでいた所以上にボロいアパートであり、なんでも当麻の担任の住んでいる所へ転がり込んでいたらしい。まだ詳しい事情は教えて貰ってはいないが、それだけでついてくるめんどくささを理解できていた。”幻想御手”の次は当麻かぁ、なんてことを呟きながら教えてもらった当麻の担任、月詠小萌のアパートに到着する。

 

 予想以上のボロさに教師の給料の現実と闇を見た。

 

 扉の前に立って二回ノックすると、ゆっくりと扉が開く。その向こう側から顔を見せたのはツンツンの黒髪の少年―――上条当麻の姿だった。何やら若干気が引けている、というよりは少し申し訳なさそうな表情だった。

 

「や、やあ、信綱。えと、そのなんていうか―――」

 

「無言のアイアンクロー」

 

「ぐわぁぁ―――」

 

 開いている隙間から腕を挟み込んで、そのまま当麻の顔面を掴み、それに苦しんでいる間にするすると扉の内側へと入り込む。外と同様、大分ボロい内装の部屋だった。しかし自分が一番慣れている類の部屋でもある。操祈のクラブハウスは―――アレは比べちゃ駄目な類だろう。あそこに泊まってもベッドが柔らかすぎて未だにソファで寝ているほどだし。

 

 とりあえず、月詠小萌の部屋には銀髪の少女が布団の中で眠っており静かな寝息が聞こえてくる。部屋の主である小萌らしき大人の姿は見えない、今は仕事中なのかもしれない。靴を脱いで当麻をアイアンクローから解放しつつ、コンビニで用達してきた食料の類を流しに置き。部屋の中へと踏み込む。背後からは当麻の溜息が聞こえるが、溜息を吐きたいのは此方だ。

 

 適当に畳の上に座り込んで、よし、と腕を組みながら当麻に語り掛ける。

 

「今度はなんだ。超能力者か。それともどっかの研究機関か。あるいは宗教団体かもしれないな! さあ、真実を言うのです当麻よ、父は貴方の懺悔に耳を傾けたら中指を立ててファックユーと言ってくれるでしょう」

 

「救いがないじゃないかそれ!」

 

 そう言ってから当麻がうん、と小さく呟きながらははは、と乾いたような笑みを浮かべ、何かを呟く。しかし、それは聞こえないから片手で聞こえない、と耳を広げる様なジェスチャーを取ると、語気を粗目ながら当麻が声を張る。

 

「魔術結社」

 

「ん? ん……? 今なんかおかしな単語が聞こえたぞ。もう一回言ってくれないかなぁ」

 

「魔術結社。あとイギリス清教」

 

 両手で顔を覆う。

 

「色々言いたい事はある。また厄介な事に首を突っ込んだな、とか。隠して一人で何とかするの止めろ、とか。あと魔術結社ってなんだよそれ、とか」

 

「お、おう」

 

 でも一番最初に言いたい事は、

 

「頭大丈夫? 病院行く? あ、大丈夫じゃなかったな、そう言えば。じゃなきゃ馬鹿の一つ覚えの様に連絡もなく特攻しないもんな」

 

「幻想の前にお前の顔面をぶち殺すぞ」

 

 拳を握りしめながら軽く青筋を浮かべる当麻に対してまぁまぁ、と手で抑え込みながら言う。

 

「だって魔術結社? 魔術ってなんだよ。”外”で開発された超能力なんじゃねーの? 宗教が絡んでるって事はそういう方向に信じさせられた連中かもしれないし。というかいきなり魔術結社とか言われて信じられるかよ。それよりもまだ、そんな感じの狂信者と殴り合いを始めたって方が信じられるし……ほら、当麻って女の子の為ならどこまでもハッスルするから」

 

「お前が俺の事をどう思っているのは良く解った。だからあえて言わせてくれ。殴らせろ」

 

「出来るもんならやってみろよぉ!」

 

 男特有の馬鹿なノリに突入しつつも、とりあえずは当麻が無事らしき事実に安心し、軽く遊ぶように会話のやり取りをする。こうやって話した感じ。当麻が特に追い込まれている様な感じもしないし、傷を負っていないのも解る。となるとすぐ近くの布団で眠っている少女が犠牲者で被害者で、そして今回のヒロインか、と思いつつ振り向こうとしたところで、

 

「―――魔術は存在するよ」

 

 子供らしい女の声がして来る。

 

「おい、インデックス」

 

「魔術は存在するよ。貴方が知らないだけで、ちゃんとそこに存在しているよ」

 

 当麻がインデックスと呼んだ少女は体を持ち上げはしないが、目を開き、此方へと視線を向けていた。その視線から受け取れるのは真剣さと―――迷いのなさ。迷う事無く、自分の言っていることが真実であると確信している。それを受け取り、腕を組み、そしてもう一度だけ、溜息を吐く。

 

 ―――予想以上に面倒なことになっているなぁー……。

 

「なんか、色々と話を聞く必要がありそうだなぁ……」

 

「あんまし巻き込みたくなかったんだけどな」

 

 当麻のその言葉に苦笑する。この男は自分の好き勝手で隣人を救っている、助けている。だから必要ではない限り、誰かを頼るという事はない。それが自分のエゴから来るものだと理解しているからだ。だからこそ、当麻には無茶のストッパーが働いていない。どうにかなるのなら、どうにかするという覚悟があるのだから。そして、

 

 だから何時か失敗し、致命傷を喰らう。

 

 ―――だから、誰かがこの男の様子を定期的に見ていなくてはならない。

 

 自分と操祈はそう認識し、そしてだからこそ定期的に当麻を、俺達のヒーローの生活を邪魔しない程度に見守っている。操祈自身はもはや当麻に記憶も認識もされないから会う事さえできない。だから実働は自分として、動いている。

 

 この程度やらなきゃ、救われた、そして出会えた恩を返せない。

 

「長話に成りそうな気配だし、適当に何か作るか。色々と買ってきたし」

 

「トウマ、トウマ、この人はもしや天使様の使い?」

 

「お前の中ではメシをくれる奴は天使の使いなのか。安いな、天使」

 

 背後の会話に小さく笑い声を零しつつ、この話を操祈へどう話したものか、と悩みながら台所を借りる。

 

 これから苦労する事は眼に見えている。だけど、きっと、その苦労には意味があるのだろう。




 ついにクラウドファンディングの詳細出ましたな

 それでも、俺が出来るのはこうやって愛を証明してステマする事だけなんや……。

 ヒモとロリを全裸に剥いた男たちの邂逅。言葉にすると最低すぎる。

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