とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十九日-Ⅲ

 ―――腕の一薙ぎで鎧騎士は集団で吹き飛ぶ。普通に考えればありえない話だ。彼らは最新鋭の装備に魔術を防御の為に用意している。その為、通常は衝撃を受けても鎧と魔術で吸収され、それが体に届く事はない。ダメージすら発生するかどうか怪しい。だが違う。力を、そして魂を渇望と共に込めた拳は容易く鉄の塊を殴り飛ばし、その鎧をひしゃげながら吹き飛ばした。宙を舞い、その手から槍等の武装が剥がれる。その事に一切気にする事無く、吹き飛ぶ仲間を掻い潜る様に接近し、槍持ちの騎士が接近する。その速度は今までの速度よりも二倍以上早く、動きは通常の魔術師であれば一瞬で見失い、反応できずに死を経験する速度になる。

 

 危険分子―――特に魔術に属するそれを死滅させるのが騎士団の役割。故に、それに特化し、そしてそれを成せる。それだけの実力がある。だが魔神の雛である魔人、それを相手取るには何もかもが遅すぎる。既に時間は歪曲している。此方が二十倍の加速度を得ている間、騎士団にはそれと同等の時間的負荷が与えられている。故にその差は永遠に溝となって、手の届かない領域と成る。一歩一歩を歩く様に進んでも、それは瞬間移動したかのようにしか目に映らず、

 

 腕の一振りでまた、八人近い騎士たちがゆっくりと宙を流れる様に吹き飛ばされる。その動きに気にする事なく、そのまま接近し、騎士団の中央へと進み出る。遠慮する事無く無造作に拳をそして足を攻撃の為に繰り出す。凍り付いたように、動かないようにしか見えない速度のせいで、それに対応できる力が彼らにはない。故に拳の一撃で鎧は砕ける。足の一撃で意識を奪い、図書館の端まで吹き飛ばす。

 

 魔人とは即ち人外の領域に踏み出した修羅。その血肉は既に人の時から変質している。体を動かすのは魔力ではなく、科学による演算でもなく、第三の法則ですらない―――原初から人が抱き続けた極限の力、思い、願い。渇望。魂。それでしかない。魂、言葉でも概念としても証明する事が難しい。極限までそれを燃料に渇望を燃え上がらせる。渇望というもので魔人の血肉へと体を組み替える。

 

 ご都合主義ではなく、そういう生物。故に徹底的な理不尽。

 

 渇望すればする程凶悪に極まり、何時かは魔神へと至るその雛形。無限には程遠くとも、魔人へと至った時点で人の領域からは消え、未知の、言葉が説明する事の出来ない領域に立っている。故に血肉は普通に見えていても、一切の変化がなくとも、それはもはや人とは別の法則で動いている似た様な何かでしかない。

 

 故に拳の衝突はダンプカーにも匹敵する衝撃を持っている。それを連続で叩き込まれ、無事である訳もなく、超速度から食らわせるそれだけの衝撃は殺人的という言葉を越える。しかし、彼らの防備は過剰とも言えるレベルで備わっている。それを理解するからこそ、遠慮なく攻撃を放てる。そうやって攻撃を放ち、殴り飛ばし、

 

 騎士団を全滅させるのには一秒も必要なかった。同じ時に存在できなかった故に、あっさりと蹂躙され、壁や窓を突き破って動けない姿を晒す。その姿を笑う事は決してできない。彼らは彼らで、本気で国の為を思っているのだから。敵ではなく本来は手を取り合うべき仲間―――しかし、それは行われない。

 

 なぜなら、

 

「オティヌスゥ―――!!」

 

「ふ、フハ、ハァ―――ハッハッハッハッハァ―――!!」

 

 その光景を見て、彼女は笑っていた。もはや小賢しい天を堕とす為の術式を擬態に使用する必要はない。あらゆる制限と束縛を振り払い、隻眼の魔神が図書館の奥、本棚の上で楽しそうに、笑い声を上げながら視線を向けていた。毛皮のコートに黒革の露出の多い装束、そんな姿で足を組んで座るオティヌスは艶めかしい雰囲気を持っていた。ただ、そんな事を一切気にさせない威圧感と笑みを浮かべ、純粋に状況を楽しんでいた。

 

「いいぞ、予想以上だ。それでこそ私の男だ。あぁ、しかし惜しいな。予想以上ではあっても許容範囲内だ。この程度だったら抱きしめようとするだけで壊れてしまうじゃないか。あぁ、何たる無常か。しかし仕方がない。楽しみはあとに取っておくべきか」

 

「喋る気がねぇなてめぇ……!」

 

 未だにゆっくりと落ち続ける騎士の使っていた槍を一本握る。握り、既知感でそれがなんであるかを把握する。

 

 量産聖槍(ロンギヌス=レプリカ)、オリジナルの神様殺しの聖槍(ロンギヌス)と比べれば圧倒的に対神性は下がる。しかし、それでもイギリスの誇る”騎士団”が保有する一級霊装、容易く折れる事はないし、神の属性を保有する存在への絶大な破壊力を発揮する事は間違いがない。少なくとも、

 

 これであればオティヌスに傷をつける事が出来る。

 

「さて、全く何も思い出せないけど良くもやってくれたなオティヌス。おかげで頭がガンガン痛ぇし、胸の中は渇望が振れだしそうで熱いし、そしてナンパで新たな属性に目覚められたと思ったら結局金髪系じゃねーか! 人の人生に介入みたいなことしやがって、ぶっ殺してやるぞ、おい」

 

「相変わらず面白い事を言うな貴様は―――だがいいぞ、その威勢も愛おしい。いや、違うな、貴様だからこそ愛おしいのだから私も大概バカの様だな! いいぞ! かかってこい! 本気で相手をしてまだ壊したくはないからな! 小指程の力で相手をしてやろう!」

 

「―――」

 

 余裕を持って本棚の上に座るオティヌスに対して、時空歪曲(クロノディストーション)の領域を図書館全てを覆い尽くす様に侵食する様に広げて行く。絶対不平等の時の世界でも、決して影響される事無くオティヌスは微笑んでいた。かかってこい、言外にそうやって挑発していた。完全に格下だと見下されている。

 

 それが許せるはずもなく(男は黙っていられない)、戦力差を理解しつつも一直線に、槍を握って突貫する。遅延はオティヌスに通じない。そんな事を理解していても、全力の加速を叩き込んで正面からオティヌスへと。一秒にも満たない時間でオティヌスの正面に到達し、対神の槍をその眼前へと向けて叩き込む。

 

 それをオティヌスは口に咥えて掴んだ。

 

おひおひ(おいおい)、そんなひょうねひゅへき(情熱的)だひょ(だと)へれひゅ(照れる)ひゃないか(じゃないか)

 

 対神性能の一級霊装を照れる様に、噛み砕いた。

 

 そのまま動きを止めず、刃がなくなって柄だけとなった霊装をオティヌスに叩き込むが、それを埃を払いのける様に軽い手の動きではじく様に折り、そのままの動きでビンタを叩き込んでくる。反射的に両手を交差させ、防御に入る。一気に時の加圧を増し、衝撃も威力もその全てを抑え込むために思考を揃える。

 

「良い判断だ」

 

 時を貫通し、体を貫通してただのビンタが体を砕く。血反吐を吐きながら本棚を、壁を貫通し、そのまま図書館の外の大地に陥没する様に叩きつけられる。骨が折れている事を自覚しながら起き上がるのには時間が必要ない。右手から握っていた武装が消えている事を理解しつつも、起き上がるのと同時に横へ飛ぶ。

 

「最善は避ける事だったがな、学習しているな」

 

 瞬間、オティヌスが存在していた空間を片手で薙ぎ払っていた。軽く空間を薙ぎ払うだけの動作が、その動作に一体どれだけの破壊力が秘められているのかは考えたくない。ただ理解できるのはこのままでは勝てない。短い攻防でありながら、それだけは把握している。故にもっと、もっと力を、もっと渇望を、

 

 もっと魂を燃焼させないとならない。

 

 刹那毎に魂を輝かせろ。

 

 オティヌスの攻撃が過ぎ去った空間を認識しながら、そのまま拳を握り、オティヌスの顔面へと拳を伸ばす。それを見るオティヌスが回避しようとし、

 

「―――■ァ!」

 

 吠える。異界の言語が混じる程、瞬間的に魂を燃焼させ、遅延と加速の度合いを爆発的に上げる。その刹那だけ、オティヌスが遅延に捕まり、よけきれる事無く顔面に拳を当て、吹き飛ぶ。その体が浮かび上がる間にも次の動きは作る。

 

接続(アクセス)―――模倣式(エミュレイテッド)北欧王座(フリズスキャルヴ)

 

 虚空に腕から流れる血を利用しルーン文字を描き、一瞬で完成させる。持ちうる魔術の術式は大半がオッレルスより入手したもの。故にその大半が北欧王座(フリズスキャルヴ)に属する魔術である。故に限定的に、ルーンを通して北欧王座(フリズスキャルヴ)を再現し、魔人という存在と魂という燃料で道理を殺して発動させる。

 

「我が歩みは時と共に。されど運命はそれすらも試す」

 

「ハ、そう来るか。だが―――」

 

現在の刻は狂い行く(ヴェルザンディ・タイムクライシス)

 

 疑似的な神格の再現。北欧王座(フリズスキャルヴ)から最も相性の良い記述―――即ち時と運命に関する記述を、その中でも今のレベルで使える物を選んで発動する。瞬間的に時が接合性を失って、先が後に、後が同時に、同時が先に、ランダムに、時がその順番を見失い、そして混沌とする。その手綱を握る唯一の存在である自分が常に先手で行動し続けられる。それだけだが凶悪な再現術式。

 

 出現する青髪の女神の虚像は出現すると同時に、オティヌスの笑い声と共に、正面から時の接合性を無視して裸の拳で殴り壊される。

 

「発想は悪くない! だが(オーディン)にソレはないだろう!」

 

「謝れ!! オッレルスに謝れ! ガンメタ存在である事を謝れよ!!」

 

「覚えていればなァ!」

 

 ヴェルザンディの虚像が一瞬で消え去る。しかしその瞬間に稼げた時がある。それを無限に引き延ばそうと苦心しつつ、更に北欧王座(フリズスキャルヴ)から記述を思い出そうと、血肉となった魔術式を巡る。その中からいくつか有用そうなのをピックアップし、ノータイムで真正面のオティヌスに対して叩き込む。

 

 炎の槍、雷の槍、水の槍、そして真空の刃。それらが爆撃と共にオティヌスに対して数百という規模で叩きつけられる。それをまるで温い、と言わんばかりにオティヌスがそれを拳のみで粉砕する。拳の一撃一撃が真正面から数十というのを滅ぼし、数発が数百を凌駕していた。完全に質が量を凌駕する、というありえない状況が出来上がっていた。反動として息は荒く、胸は熱く、そして体に激痛が走る―――慣れてない力に体が悲鳴を上げている。

 

 それをだからどうした、と吐きすてて、正面に拳を突き立てる。

 

「―――時の果てを見つめよ、不変とは永久に約束されたものである! アイ―――」

 

「温い! 遅い! 術を組むならもっと早く練りあげろ!」

 

 詠唱に割り込み、言葉そのものが粉砕される。口を開こうとも、そこから言語が出てくる事はない。音は出るが、それは単なる音の羅列として、意味のない流れとして現出するのみ。詠唱が封じられ、大半の攻撃手段が消え去り、

 

 それでも抱かれた闘志は消え去らない。

 

 拳を振るう。全力で、オティヌスの顔面を殴り飛ばす様に拳を振るう。感じるのは硬く、しかし柔らかい感触。殴った此方の拳が折れるという感覚。だがそれに気にする事なくオティヌスの顔面に拳を叩きつける。それしか使える武器がない。だが退く気は更にない。だったらここで立って、全力で殴るしかない。

 

 それを楽しそうに、嬉しそうにオティヌスは笑って受ける。

 

「あぁ、愛おしいぞ! このまま押し倒したいぐらいだな! 詰まらなければ暇つぶしに世界を消し去ってやろうかと思ったが、その気合は十分といった所か、なら、私の拳を受ける覚悟もあるのだろうなぁ!」

 

「あぁぁ、おおお―――!!」

 

 拳を叩きつけ、拳が割れて血が飛び散る。自分の血がオティヌスの顔を、そして自分の顔を汚して行く。体の構造を無視して無尽蔵に流れ続ける血を無視し、更に砕ける様に拳を叩きつけるのと同時に、オティヌスが笑い声を上げながら拳を叩き込んでくる。無造作に放たれた拳が肋骨を粉砕しながら、その砕けた骨を肺に突き刺す。息が苦しくなる激痛の中で、それ以上に体が壊れて行くのを感じる。しかし、

 

 それでも闘志は折れない。

 

 渇望は消えない。

 

 魂は燃え尽きない。

 

 目の前のバカ女に、理屈を抜きで、自身の魂を見せつけないといけない。今まで計算していた動きや技術、その全てを投げ捨てて、証明しなくてはならない事がある。その為にはこの拳を止める事が出来ない。砕けた傍から人間を止めた再生能力を披露しているが、それでもそれを超えるダメージと自壊が再生を阻害している。

 

 それでも、お前の見えている物だけが全てではない。

 

 その根性を示すだけの為に、負けたくないという心だけを武器に、

 

 魂を込めて、オティヌスに拳を叩き込む。

 

 それは所詮、オティヌスの期待に応える行動でしかなかった。愛おしむ様な、その視線を受けて更にキレる。拳にさらに力を籠め、砕けるほどに強く、拳を握って殴り飛ばす。

 

 傷はつかない。

 

 痕すら生まれない。

 

 だけど、それでも、立ち向かった―――その事実だけで十分だった。

 

「ヤンギレクソ眼帯金髪女ァ!!」

 

「酷いな、こんなにもその姿を愛しているのに!」

 

 笑い声と共に拳が叩き込まれる。右腕の手首から肘までの骨が全て砕け、体を支えきれずに吹き飛びながら地に転び、壁に激突する。

 

 まだ一歩目。

 

 まだ魔人。

 

 これでさえ、多くの存在を蹂躙できる怪物―――でもその程度では魔神には到底届かない。

 

 傷だらけの体が激痛を訴えるが、その一切を無視し、嫌な音を響かせながら立ち上がる。このアホにだけは―――そんな思いを抱いて立ち上がるが、立ち上がるだけで限界なのが真実だった。それを知ってか知らずか、オティヌスが歩いて近づき、

 

 そして抱き着く。

 

「あぁ、安心しろ。貴様の意地は見せてもらった。良く理解させてもらっている―――否、昔からよく知っている。このままであれば自滅も厭わずに戦い続けることさえも。故にもういい、休め。このまま戦えば私もうっかり興奮して本気を出してしまいそうだからな」

 

「てめ―――」

 

 抱き着いたオティヌスに返答を出すよりも早く、意識がゆっくりと闇の中へと落ちて行くのを感じる。遊ばれている、手加減されている。それを完全に理解している。故にムカつくし、キレている。だけどそれ以上に、この女の思惑通りなのが気に喰わない。どこかで隠れている黒幕と違って自分から動いてネタバレして行くスタイルは嫌いではないのだが、

 

 ―――絶対泣かす。

 

 人生に常に影を残してきた女へ、そう誓い、ゆっくり落ちて行く。

 

「あぁ、その時を楽しみにしているさ。あとオッレルスとかいうクッソ役にも立たず神話でさえ一方的に負けて死んだゴミクズに宜しくな」

 

 ツッコミを入れるだけの力が入らない事に無念を感じながら、そのまま意識を完全に落とす。




 盧生式戦闘術+時間操作+禁書的魔術。戦闘は大体こんな感じか。神話的相性とかも出てくる

 つまりオッレルスさん、オティヌスの前だとゴミクズ同然。インポ枠憐れ。

 なんかオティちゃんが黄金の黄昏魔王的なハイブリッド生物になってる事に戦慄を覚える。ヒロインとラスボスと悪は果たして共存できるのか(錯乱

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