とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十九日-Ⅱ

 ―――意思疎通をはかりてぇけど……!

 

 無理だった。その言葉を口にするだけの余裕がなかった。

 

 目の前にいる相手は鎧騎士が三人、聞こえる金属音―――足音からして、間違いなく敵には増援が存在する。この三人は先に到着しただけに過ぎない。それでいてこれだけ厄介なのだから、相当の練度が見える。ただそれを脳から排除し、迎撃だけを行う為に思考を切り替える。

 

 故に目標がハーヴァであると理解しつつ、ハーヴァを後ろへと投げる。

 

 騎士が前に出る。メイス持ちと剣持ちがカイトシールドを手に、狭い本棚の間を塞ぐように壁として存在し、その奥に槍を持った騎士が両手で槍を構え、迎撃の姿勢に入っている。その動きは早く、一瞬で盾を正面に向けた衝突の形で疾走して来る。凄まじい重量の鎧に、魔術による敏捷性の上昇、それはそれだけで凶悪な凶器だった。武器など必要はない。高速で鉄の塊がぶつかる、それだけで普通の人間は死ぬ。

 

 反射的に時間の遅延を選ぼうとし、その選択肢が存在しない事を思い出す。

 

 これは開発された脳を持つ体ではない。

 

 男の体ですらない。

 

 武器はない。

 

 魔術もまだ、使える訳じゃない。

 

 ないないない、何もない。自分すらない。

 

 だけどやっていい事と、やってはいけない事と―――そして魂に刻んだ記憶は消えない。

 

 言葉を吐く時すら惜しんで疾走し、盾を踏み台に前へと進み、瞬間的に凄まじい速度で槍が突きだされる。それを体を背ける事で、僅かに頬を切らす事で回避しつつ、槍使いの顔面に速度の乗った蹴りを叩き込む。

 

 感じるのは足首への痛み、そして鈍い衝撃。足の先から通す衝撃が鎧に吸収され、奪われ、そして分散されている。自分の知らない異能の法則で完全に衝撃は食い殺されていた。それに対応するだけの筋力がなく、技術で衝撃を通そうにも、魔術はそう言う技術を喰らい、そして消し去る。故に対抗策は―――ない。

 

 反対側へと抜けながら歯を食いしばり、体の動きを止めない。

 

 槍使いの背後へ、槍が振り回せない領域へと踏み込みつつ肘を後ろから押し上げる。

 

 魔術で素早くはあるが、だからといって細かい動きが取れる訳ではない。鎧が細かい動きを妨害していた。生存力と引き換えに失った細かい動き、それを武器として捻じ込む、捻じ込むしかなかった。そこ以外に勝機が見出せはしない。故に肘で押し上げながら更に背中を付ける様に密着し、回転する様に逆の肘を叩き込んでくる鎧騎士の力と速度を利用し、

 

 肘を肩の上に通し、そのまま背負う様に鎧騎士の重心を流し、正面の大地へと叩きつける。それでも手から槍を離さない相手の根性に感服しつつも、

 

 ヘルムの隙間に指を通し、眼があるであろう位置に、指を突きつける。

 

「ストップ。ムーヴ、ノット。アイ、スタブ」

 

「―――」

 

 盾を構える騎士達に対してそう言葉を継げた瞬間、二人が振り返る事無くそのまま本棚の奥へと消えて行こうと、速力を落とす事なく前進している。ハーヴァは逃げる様に本棚の裏へと逃げ込んでいた。クソ、ろ言葉を吐こうとするよりも早く、

 

 指が目玉を抉る感触を得る。

 

 視線を手元へと向ければ、相手が自分から指をもっと奥へ、差し込む様に体を持ち上げようとしていた。

 

「―――」

 

 軽く絶句しながらも、染みついた動きが体を動かす。

 

 指を引き抜きながら足が手首を踏み付け、槍を抑える手を叩き、その手を無理やり開かせる。その手から槍を蹴り上げる様に回収しながら、素早くステップを折って下がり、距離を産みながら本棚を足場の様に足をかけながら一気に体を上へ飛ばす。視線を先に進んだ騎士の方へと向ければ、その姿はハーヴァに追いつきつつある。

 

 それをさせないためにも、体の限界を突破する。

 

「シィ―――!」

 

 両手足がぶち、と筋繊維が千切れる様な音が響く。それに一切気にする事無く、血走っていると自覚している目で一気に距離を飛ばし、本棚を粉砕しながら最速の歩法で騎士二人の背後へと一機に回り込み、槍を振るいあげる。そのアクションに割り込む様に剣使いが振り返りつつ刃を薙ぎ払う。

 

 それを待っていた。

 

 振り上げた槍を下ろす事なく縦回転させる事で薙ぎ払う刃とカチ合わせ、弾く。腕から嫌な音が響くのを無視しながら、口から息を吐きだし、体の筋肉を締め上げながら連動する動きで鎧騎士の先手を取り、二体の間を抜けてハーヴァの前へと出る。

 

 メイス使いがそれを許さずに接近して来る。振り下ろされる鉄塊の一撃を槍ではじくのと同時に、連携する様に剣使いが盾で殴りに来る。再びハーヴァを片腕で抱く様に掴み、バックステップを取りながら対応する。それをまるで待ち望んでいたかのように、振り下ろしの状態のままメイス使いが前へと踏み込み、盾を振り上げる様に叩き込んでくる。

 

 相手の動作に間に合わない。

 

 槍で受け止めようとするが、筋力の差であっさりと負け、そのまま吹き飛ばされる。槍が手から吹き飛ばされても、ハーヴァを手放す事を許さず、共に吹き飛ぶように空を舞いながら、途中で足を本棚の端へと引っ掛けて動きを止め、そのまま体を上へと足の力で引っ張り上げる。

 

「ク、ソ―――」

 

 ハーヴァに言葉をかける暇もなく、剣使いが剣を振るうのと同時に、足場にしている本棚が両断される。崩れる足場と共に体が落ちる前に飛び移りつつも、体は痛みを覚え―――そして増援の姿が見える。同じ様な鎧を身に纏った集団。それがドンドン今いるエリアへと近づいてくるのが見える。着実に死が見えてきた。それでも逝きたい気持ちには偽りはない。負けられない。

 

 跳躍し、隣の本棚へと逃れながら、言葉が耳を掠める。

 

「―――何故」

 

 ハーヴァの声だった。何故、何故追われているのか? 何故こうなっているのか? そう言う意味だろうか、と思い、

 

「縛られる」

 

 どういう事だ、とハーヴァに問う余裕はない。ただ意識は一種にトランス状態へと突入し、生き残る為に最善を考え出す。体の限界を超え、ぶちぶちと肉が千切れる音を体の内に響かせながら、全力で跳躍し、そして疾走する。こんなとこにこそ能力の出番であるのに、能力さえアレば間違いなく殺せる相手なのに、それがない事が悔しい―――もう少し魔術に本気を出すべきだったかもしれない。

 

 ただ全力で疾走しながらハーヴァを抱き寄せ、前転する様に体を丸めながら飛び越え、そして後ろから放たれた矢を回避する。矢は抜けた先、天井にぶつかるとそのまま突き刺さる事無く穴を開けながら貫通した。これもまた魔術による産物。魔術という法則を持って戦闘を行う鎧騎士―――対処法は存在しない。

 

 なら、逃げるしかない。

 

 本棚から本棚へ。鎧騎士達の足場を破壊する様な活動は文化遺産を一切考慮する事無く行われ、正面の空間、そこにある無数の本棚を完全に粉砕するものだった。しかし、それぐらいの悪路であれば、限界を無視して動き続ければ問題なく動ける。故に、跳躍し、落ちている最中の本棚と本の破片、それが床に落ちる前に跳躍を繰り返し、

 

 右へ、左へ、上へ、落下しながら何度も何度も跳躍しながら、血の赤い線を生み出しながら逃げる。逃げる、それしか選択肢が用意されていなかった。恥ずかしくも悔しくもない。勝てない相手に対して正面から挑む方が愚かであって、そして間違っているのだ。故にここで迷う事無く逃げるのが正解であったはず―――それを最初に選ぶべきだったのだ。

 

 本棚を飛び越え、そして到着する図書館の端、そこにある窓を全力で蹴る。しかし、そこに破壊は発生しない。逆に足が痛むほどの衝撃を感じ、突き抜ける事無く床にそのまま倒れる。ヤバイ、と思いつつ体に力を込めて立ち上がろうとする。しかしその時には既に遅く、鎧騎士たちが取り囲む様に狭い空間に集まっていた。その多くの手には剣よりも閉所にはそぐわない槍が握られており、一切慢心や油断を見せる事無く、常に切っ先を此方へ―――というよりはハーヴァへと向けていた。

 

「お、い。どこ、の誰だか知らねぇけど……いい歳して、物騒なもんを持って、女を追いかける事に、恥は、ねぇのか」

 

「Captain?」

 

「Probably magus who does not understand the situation. Though, she or he is in the way, that is true. We can not miss this chance were Othinus can't fight back」

 

「So, we shall」

 

「Indeed, kill both of them」

 

「言ってる事は解らないけど、殺すって意思だけは伝わってきた。ありがとう」

 

 溜息を吐きながらハーヴァを抱き寄せる。こうなったら接近時にカウンターを狙って、その上で相手の体を肉壁にして突破するしかないな、と判断し、覚悟を決めたところで、

 

「―――違うだろ、何故人の法に縛られる必要があるんだ」

 

 ハーヴァの絡みつく様な、耳元に向けられた声に心臓が響いた。甘く蕩ける様なハーヴァの声は一瞬で脳を犯し、そしてそれを掴んだ。意識は消えない握られない。だけど、彼女の声から耳を離す事は出来ない。視線はまっすぐ迫ってくる鎧騎士を捉えながらも、その意識は横の彼女へと向けられていた。

 

「お前の真はどこだ」

 

 何時から抱き寄せていた。何時からそう思っていた。此方が彼女を抱き寄せているようで、その実は違う。彼女が此方を抱き寄せていた。力強く、絡みつく様に彼女の体が押し当てられるのを服を越して感じる。痛みが少しずつ鈍化して行き、体に熱だけが残って行く。その中で意識が少しずつ、加速して行く。眼前に見える鎧騎士、その光速の姿がゆっくり、ゆっくりと動きが間延びして行くように速度を失って行く。実際に失っているのではなく、時間が伸びているだけだ。

 

 一秒が十秒に、十秒が百秒に。

 

 時は加速し、減速し、そして捻じ曲がる。慣れた感覚でありながら久しい感覚だった。しばらく、能力を使っていない。能力を捨てた。それだけなのに、まるで永遠に能力を使わなかったような感覚さえもある。懐かしい、どこか、遠い過去の様に、この空間で起きている現象を眺めながら、体が熱く感じる。

 

 視界がブレる。

 

 鎧騎士に見覚えが生まれる。

 

 目の前で槍を握る、その兜の下の顔を知っている気がする。きっと、そこには髪を短く切った二十前後の男がいるに違いない。その横のは女で、男よりも男らしいという事で少し、騎士の中では笑い話にされやすい奴だった。後ろの方で指揮を取っている男は長の右腕として活躍している男で、日々勝負を挑んでは惨敗している。

 

 そんな妄想染みた考えが脳に雪崩こむ。

 

「何時から脳の開発が必要だった? そもそも何時から魔力になんて頼る様になった? 魔術を科学で解明? くだらない。その程度ではないだろう。お前も、私も、そんなちっぽけなものには頼らない。そうだろ?」

 

 ハーヴァの声に、更に世界が歪んで行くのが見える。自分の体に触れる手が、髪が、その声が、全く別人の者へとブレる度に変わるのが見え、その瞬間だけ、己も本来の姿を取り戻している。まるで起きたまま夢を見ているような、そんな曖昧な感覚が空間を侵食する。その発生源が、そして犯人が、思惑が、誰であるかを考える必要はない。

 

「さあ、思い出せ。全てを今思い出す必要はない。その一旦を、全ての始まりを思い出せ」

 

 ―――始まり、とは何時の事だろうか。

 

 それはオッレルスと出会い、この道を選び始めた時の事だろうか? いいや、違う。アレはまだ最近の話だ。ならば、もっと時間を遡るべきだ。もっと巻き戻し、思い出せ。何時始まった。何時からこうなった。”自分”という存在の全ての始まり、その原因と元凶はどこにある。その果てに思い出せ。力の使い方を。

 

「すべては最初からそこにある―――使い方等思い出せば、それで済む話だろ?」

 

 鎧騎士―――”騎士団”の刃が迫る。イギリスに忠誠を誓い、民を守る為に容赦なく剣を振るう彼らは罪の意識で止まる事はない。無関係の者が巻き込まれようと、任務は絶対に達成する。その先に守られる存在があると理解している。小を切り捨てる事で守られる民と国があると理解しているから。それが彼らの誇りであるから。

 

 故に刃は止まることなく、時は無限に広がり続ける。

 

 その果てに、刃は永遠を彷徨ってひたすら停滞の海の中で泳ぎ続ける。

 

 血と共に吐きだす息は体から離れるのと同時に停滞し、無限の遅延へと巻き込まれて行く。

 

「さあ、思い出せ。そして―――」

 

 その中で逆に意識が冴えて行き、そして少しずつ、何かが、胸を込み上げてくる感覚を感じる。懐かしさの他に、それがなんであるのかを、表現する言葉を持たない。ただ、絡みつく様に体を寄せる彼女は、

 

 ハーヴァ・マール(オティヌス)は口を頬へと寄せ、軽く口づけてから言葉を放つ。

 

「―――この刹那に愛を超えろ」

 

 意識が過去を遡って行く―――。




 オティヌス、楽しそう。きっとアマッカス顔。

 そろそろタグに怒りの日を追加した方がええんじゃろか。ステマしてるけど。まぁ、ぼちぼちそれは考えつという事で。次回は記憶遡考のターン。

 まだまだ全部はネタバレしないけど、全ての元凶は解るかも?

 あ、最近宿や空港で執筆しているのでクオリティ下がってたらスマヌイ

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