とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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八月二十二日-Ⅱ

 馬車に自分を乗せると逃げる様にオッレルスは消えてしまった。その前に二、三程何か話していたが、内容は完全に英語であったために把握する事は出来なかった。ただ次回会ったときにはバイクで轢いてやるという覚悟だけは出来上がった。

 

 こうやって残されたのは金髪のシスターと自分の二人だけ、難しくなるだろうなぁ、何てことも最初は思っていたが、

 

 特にそんな事はなかった。

 

「でさぁ、戦闘機にそん時見つかったわけよ! こうスクランブルとかじゃなくてアッチも訓練中だったっぽくてさ、マジで偶然の遭遇って奴よ! コックピットにいるパイロットもデッカイ鳥の上でじゃんけんして遊んでる俺らを見て口を大きく開けて叫び始めるんだけど全く言葉が通じなくてなぁ!」

 

「あっはっはっはっは! そりゃあまた傑作なるよ!」

 

「お前の喋り方の方が傑作だけどな!」

 

「そ、それは言ってはいけなき事なのよ!」

 

 金髪のシスター、ローラと名乗った彼女と大笑いをしながらヒースロー空港から目的へと移動している。最初は英語が話せないと死活問題ではないかと思ったが、妙に古風な喋り方ではあるがローラは日本語が喋れる上に、教会、というより魔術の関係者には翻訳魔術や日本へと向かう事が多々ある為、日本語をマスターしている者が多いらしい。その為、そこまで英語に関しては心配する必要はないが、生活を円滑にする為には覚えた方がいい、と教わった。

 

 しかしそれを教えてもらっている間に口調の事にツッコミを入れたら意外と話題が繋がり、

 

 こうやって遠慮なく笑いあう程度には話が弾んでいる。馬車の品質とローラの気品からして間違いなく偉い人間なのだろうが、自分から名乗らないという事は知らせたくはない、或いはそういう色眼鏡を通して接して欲しくはないという事なのだろうと、言葉にせずともある程度は察する。だから誰かに止められるまでは、一切遠慮をする事なく話す。数日の空の旅で得たストレスを吐きだすにはちょうど良かった。

 

 それに、馬鹿話をするのはいい。そうやって何かを考えたり没頭している間は、必要以上に悪い事を考える必要がないから。ただそうやって話しをしながらも、馬車の外の風景を見る。記憶上、日本の外へと出た事はない。まさか鳥に乗って海外へと行くことになるとは思わなかったが、馬車の窓から見るロンドンの風景は日本、学園都市とは全く違って新鮮だった。

 

「やはり学園都市に住んでいると外の世界は珍しいのかしら」

 

 馬車の外を眺めていると、そんなことをローラが聞いてきた。そうだなぁ、と、とりあえずは言葉をおく。珍しい、ではなく新鮮という言葉がふさわしい、やっぱりそう思う。

 

「学園都市にいた頃はまったく興味がなかったんだよなぁ……なんだかんだで充実していたんだし、満足もしていたんだ。そりゃあレベルが低いし、金だってない。だけど納得できる程度には友達がいたし、会えば笑うことができた。その日常には満たされていた。永遠にこの日常が続けばいい。そのまま時間が止まってしまえばいいんだ、そう思えるぐらいには。だけどそれは現実から目を逸らしたものだと思うと―――」

 

 納得できなくなった。

 

「今までは同じような景色を見るたびに安心感を覚えていた。だけど急にそれが怖くなってくるんだ。またこの日常を送れるんだ。そう思っていたはずなのに、ここから”抜け出せない”って恐怖が始まったんだ。変わらない、変われない。そして訪れる変化もきっと、与えられた変化なんだって。そうやって誰かの都合で同じ日常を、同じ時間を、与えられた変化に喜ぶのが怖かった。だから、オッレルスに真実の一端を教えてもらって、こうやって外に出て、いろいろと気付かされたよ。まだまだ小さくて少ないけど、それでも」

 

 世界は広い、まだまだ見れるところがある。学園都市なんて小さい世界の一部だった。何で今まであそこでしか生きられなかったのだろう。なぜ能力ばかりを見ていたのだろう。こうやってすべてを捨て去る覚悟で飛び出してからは、いろんなことが馬鹿馬鹿しく感じるようになった。くだらない拘り、というやつだ。胸にあるのは怒り。今はそれしか感じないし、解らない。オッレルスはきっと、もっと高尚な理由で動いているかもしれない。だけど、今の自分にそういうのは無理だ。自分のことしか考えられない。自分のためにしか生きられない。人生を馬鹿にされたツケを、ケリをつける事しか考えられない。だからそのために動かせてもらう。それしかできない。だけど、そうやって考え、狭い世界から解放されて、

 

「世界って広いんだよなぁ、って思うようになったわ。いや、世界が広いんじゃなくて、俺の世界が小さかったって話なんだろうけどさ。それでも見えるもんがいろいろと広がって、なんか複雑な気分だ。狭い世界で満足できていたのは間違いなく人形だったからだけど、その範疇を超えるとそれだけじゃ満足できなくなっちまった」

 

 最後のほうはもはや伝えるのではなく自分につぶやく様な声で、自分を納得させるために言葉を放っていた。窓の外に見える光景は長い、何もない道路からだんだんと市街地へと移り始めている。有名なロンドンの赤い二段バスがすぐそばを通り、その姿におぉ、と軽く言葉をこぼす。窓の外から聞こえる音のほとんどが車のエンジンや人の生活の音だが、日本語がまったく聞こえてこない。聞こえてくるのは英語ばかりで、本当に外国に来たのだと気付かされる。本当に、来ちゃったんだなぁ、と感慨深くつぶやくと、

 

 頭の上に感触があった。

 

 視線を窓から外して視線を向ければ、そこには涙ぐみながらこちらの頭の上に手を置き、撫でようとしているローラの姿があった。

 

「苦労、ぐすっ、したり、ぐすっ、なのね。アレイスターは絶対に殺すから、ぐすっ、安心してね」

 

「えー……泣くのかぁ、しかも物騒な事を呟いているし。でも他人のために泣けるシスターさんは本当にいい人だなぁ」

 

「ふぁ!?」

 

 馬車の前方、おそらく御者なのだが、噴出すように困惑の声を口から漏らすのが聞こえる。どうしたのだろうか、と思って窓の外へと視線を向けるが、特に不思議な光景があったわけではない。ただ窓の外には有名なビッグベンが見える。今までネットを通してしか知ることのできない建造物を見ることができて、地味にうれしい、というか興奮している。魔神になるのがどれほどハードかは知らないが、それでも多少時間ができたらロンドン観光しよう、そう思いながらローラと会話しつつ、

 

 馬車に揺られながらロンドンの中を進む。

 

 そのまま三十分ほどローラと話し合っていると、馬車が停止し、すこし古びたアパートの前で停止する。なんとなく学園都市にある、当麻のすんでいるボロい寮を思い出す。ただこちらはあっちよりも更にボロく、それでいて学園都市程の技術が使用されていない、本当に”普通”の寮、というかアパートに見える。馬車が停止すると、ローラが外、そのアパートを指差す。

 

「あそこが貴方の住む場所になるのね。別の案内人がいるから彼に聞くといいわ」

 

「おぉ、ご親切にどうも」

 

「イギリス清教の使徒としては当然のことよ」

 

「ぶふっ」

 

 また御者が噴出している。ローラが小さい声でこれはおしおきね、とか言っている感じ、上下関係がおぼろげに見えてくるが、正体に関して考え始めると恐ろしくなってくるので目を逸らして何も知らないことにする。とりあえず馬車を降り、後ろに積んでおいたギターケースとショルダーバッグを手に取ると、馬車がゆっくりと街中へと姿を消して行く。窓の向こう側から手を振ってくるローラの姿に手を振り替えしながら、ナイス金髪巨乳と胸の中でサムズアップを向けておく。

 

 相手がなんであれ、美人は美人、それだけで救われるのだ。

 

 すばらしい金髪巨乳の出会いを信じもしない神に感謝しつつ振り替えると、視界に入ってくるのはアパートの姿だ。案内された以上、少なくとも自分等同種、つまりは特殊な連中が住む、そういう場所なんだろう、と思いながら入り口へと歩き出そうとすると、そこから出てくる姿が見える。

 

「漸く来たか」

 

 アパートの入り口から出てきたのは赤髪にバーコードのようなタトゥーを頬に刻んである、神父の男だった。その容貌から彼がステイル=マグヌスだと気付く。特徴的な姿ゆえに一発で誰かはわかる。ただし、直接的な面識はない。こっちが相対したのはエロスタイリッシュな女の方で、その戦闘後はすべてが終わるまではずっと寝て過ごしていたのだから。

 

 あの戦闘まで結局計算どおりだったのだろうか、とかいちいちアレイスターを疑い始めるとキリがないから、ここら辺で一旦アレイスターの事は忘れよう。ともあれ、まずは、

 

「どうも、新しく此方へと移ってきたもんだけど―――」

 

「話は聞いている。自分から必要悪の教会(ネセサリウス)に入りたがっている奇特なやつだってな。しかし、そうか、お前だったか。神裂を殴り飛ばせるというやつが来るならそれはそれ歓迎すべきことかもしれないな。知っているかもしれないがステイル=マグヌスだ」

 

「どうも、えっと―――」

 

 歩いて近づいてくるステイルに手を伸ばしながらどう自己紹介するべきか。そういえば本名はわからないし、偽名も使っている意味が解らないし。しかしそこでオッレルスが此方のことをクロノス、と呼んだ事を思い出す。学園都市から離れて、新たに生活と人生を始めるのだから、改めて名乗りなおすのもいいかもしれない。

 

「クロノス、今はそういう風になってるからよろしく。イギリス人? なのに日本語上手だね」

 

「陰陽道を勉強するのに必要だったからな。とりあえず了解した、こっちだ」

 

 煙草を取り出し、それを慣れた手つきで咥え、火をつけたステイルは近づいてくると軽く握手を交わし、そのまま背を向けてアパートのほうへと移動する。その背中を追いかけるように小走りで追いつく。改めて間近で見ると、この男がどれだけ大きいのかが伝わってくる。その身長は2メートルを超えているだろう。

 

「とりあえずトイレは個別にあるが、風呂場は共同だ。なるべく清潔に使ってくれ。ちなみにだが風呂場の掃除はシフト制になっているから当然君にも風呂掃除の順番が回ってくる。風呂場自体に関しては後で案内する」

 

 ステイルと共にアパートの中に入ると、玄関を靴を脱がずに抜けることに違和感を覚えるが、外国だからこんなものなのだろうと、納得しておく。その間にもステイルは指を差しながら紹介する。

 

「あっちが食堂で、あっちがキッチンだ。あそこがラウンジだ。風呂場を除けばこの三つが基本的な共同空間だ。今は誰もいないが、夜になれば住んでいる連中がメシをタカリにやってくるからそのときに顔を合わせればいいだろう。まぁ、ここは男子寮だから出会いとかは気にしないほうがいいぞ」

 

 ステイルが付け加えるようにメシもマズイから外食が多いと言う。その言葉にくすりと笑いながらアパートの階段を登り、二階部分へとあがる。あがったところを左に曲がり、廊下を突き当たりまで移動したところで、ステイルは足を止め、ポケットから鍵を取り出して扉を開ける。その後、扉の鍵を此方へと投げ渡してくるのを受け取る。

 

「ここが君の部屋だ。一応上から頼まれているから君の面倒はある程度見るが、あんまり期待しないでくれ。馴れ合いはそこまで好かない。ただ、ここで住む以上はある程度のルールを覚えてもらうまずは―――」

 

 ステイルがそう言って説明を始めようとした直後、廊下の反対側で扉が吹き飛ぶように開き、その中から上半身が裸の人影が飛び出してくる。完全にイってしまっている目で此方を見ると、上半身裸の男は大きく背中をのけぞらせるように、

 

「火星にもヌーディストビーチはあったんだ!!! ヒャッホォ!!」

 

 そう叫んで窓ガラスを突き破って飛び降り、そのまま街のほうへと走り去っていった。どうあがいてもキチガイとしか表現することのできない珍獣が完全に視界から消えたのを確認し、視線を割れた窓ガラスへと向けたまま、ステイルへ言葉を投げる。

 

「アレなに」

 

「ヤク中」

 

「しかも日本語かよ」

 

「どうしてもアピールしたかったんだろうな」

 

「法律とか大丈夫なの?」

 

「魔術の行使やトランス状態に入るのにたまに違法薬物が必要になってくるが、あの様子だと勝手に使ったな」

 

 どこからどう見ても完全にアウトだった。完全にアウトだった。どう解釈してもアウト以外の何物でもなかった。

 

 ステイルが諦めたかのようなため息を吐くと、窓ガラスへと向かって歩き始める。

 

「これからあのヤク中が街中でシャブってるのを披露する前に捕まえてこなきゃいけないから案内はまた今度だ。部屋自体は普通の寮とは変わらないからそのまま使えるはずだ」

 

「お、おう。強く生きて」

 

 返事を聞く前にステイルが窓から飛び出して街の方へと飛び出していった。これで本当に大丈夫かよイギリス清教とは思うが、オッレルスに紹介されてここまできたのだ。きっとなんとかなる、どうにかなる。

 

 そう思い込みたかった。

 

「操祈ぃ……俺、本当に遠い世界へやってきてしまったよ……」

 

 薬物ダメ、絶対、というフレーズが脳内で浮かび上がるのを感じながら旅の疲れを癒すために、逃げるように部屋の中へと入る。

 

 とりあえず、今日はもう何も考えたくなかった。




 生活環境周りはSSもないし割と創作入ってますが、きっとこの時空はアレイスターのせいで愉快な事になっているに違い。おのれアレイスター、お前のせいでヤク中が増えたぞ。

 ローラさんは可愛いんだけどその口調が難しいのでセリフが大幅カットされました。たぶん英語を覚えれば英語で会話するから普通の口調になるんじゃないだろうか。

 水曜日から海外なのでそれまでは更新予定。それからは環境が落ち着き次第

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