とある修羅の時間歪曲   作:てんぞー

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魔術と科学
七月十八日


 ―――努力をしても報われる訳じゃない。

 

 努力すればなんとかなる。無能力者から超能力者へ努力でたどり着いた者だっている。だから諦めてはならない。頭を使って覚えて、練習し、実験に参加し、ひたすら研鑽を重ねれば絶対に位階は上昇する。既にそれはデータで証明されている。だから腐る必要はない、夢は叶うのだから。諦めてはならない。諦めこそが最も非生産的なものであり、害悪なのだから。立ち上がって、前を向いて、そして努力しよう。頑張れ、夢は不可能じゃないのだ―――。

 

 なんて言葉は誰にだって言える。

 

 自分で理解できる範囲では努力を重ねてきた。それでも与えられたのは低能力者、レベル1という残酷な現実。絶望的だった、どんなに努力を重ねても異能力者へのステップアップは見えなかった。与えられた課題を、カリキュラムを自分の理解できる限界で、最高の結果を叩きだそうと努力した。時には血反吐を吐いた時だってあった。

 

 それでも、能力は伸びる事がなかった。

 

 最初は応援していた仲間も次第に諦めの色を見せ始め、それでも伸びる事が一切ないと、珍しい能力なだけに失望の色は深かった。そう、珍しい能力を持っている。与えられた、発現していた。故に周りから期待され、応えようとしていた。だけど、その期待を満たす事は出来なかった。どんなに努力しても能力者として、一つ上の位階へと到達する事が無理だった。その事に絶望し、諦めを抱くのはそう難しい話ではなかった。

 

 今まで勉強していた机に唾を吐いて蹴り飛ばし、誰も興味を抱かなくなった学校から姿を消す。

 

 ―――こうやって武装無能力者集団、スキルアウトに堕ちた。

 

 武装無能力者集団、とスキルアウトは呼ばれるが、実際は完全な無能力者の集まりではないという事はスキルアウトのコミュニティに属してから良く解った。基本的には”落ちこぼれ”の集まりなのだ。レベルが0で上がらない者、或いはレベルが1か2でも越えられない壁にぶち当たってしまった者、家庭環境から逃げたい者、という風に学園都市ならではのチンピラ、不良の総称だった。そこの居心地良さは想像以上だった。

 

 それもそうだ、基本的にスキルアウトは同じ様な連中の集まりなのだから。居心地が良くて当たり前だ。皆、悩みを持っており、その中には自分と同じような悩みを持つ存在がいる。吐きだす様に浮かべた言葉、それを理解してくれる人間がここにいたのだ。社会の屑、不適合者、必要のない存在。多くの人間は罵り、そして無視するだろう。

 

 だけど、彼らは自分の理解者だった。友情を感じ、どっぷりと浸かるには時間はいらなかった。

 

 気づけば寮を引き払い、仲間を作って適当な隠れ家で一緒に生活するのが当たり前になっていた。腐っている、と言ってしまえばそうだった。一切否定する事が出来ない。間違いなく腐っていた、けど、それが楽しかった。人としての道は踏み外さなかったし、不良と言ってもレイプや殺人、強盗に手を染める様なブラックな奴ではない、同じ悩みを持った仲間で集まって、馬鹿をして遊んだり、ちょっと喧嘩したり、遠出して遊びたかったら他の不良をボコってお金を巻き上げたり、

 

 そういう小さな悪事を楽しむ。ワルの集団だった。一般世間すればそれほど大した差はないのだろうが、居心地の良いこの居場所は今までの学生生活では感じれなかった様々な事を教えてくれた。妙に強い先輩達から喧嘩の仕方や武器での戦い方とか、賞味期限の切れた食べ物でもどれが安全とかか、様々な事を教わった。

 

 ただ、それにも限界はある。

 

 何年も一緒に過ごしているうちに、年長者は大人になってしまう。そうなると一人、そしてまた一人、卒業して行く。あるいは正しい道を見つけて、そこへと戻って行く。嬉しくもあり、悲しくもあり、嫉妬もする。自分はまだなのに、先をいかれてしまうとも、

 

 このままでは駄目なのか。

 

 このまま何でもない、馬鹿みたいな日常が続く事を願ってもいけないのか。

 

 祈り願い、能力は少しだけ強くなり―――それでも位階は上がらない。

 

 人は減り、そしてまた転がり込む様に不壊、変わって行く。それでも変わらない、変われない自分は一体何なのだろう、と悩む日もあった。だけど勿論、そんな簡単に答えは出ない。簡単に答えが出るのであれば、そもそも低能力者で止まらないし、スキルアウトになる事もなかった。ただ、

 

 努力は止められなかった。

 

 絶望して、諦めても、努力だけは捨てられなかった。

 

 それほど頭の良い人間ではない事は解っていた。だから努力した結果、何もかも報われずにスキルアウトに落ちた。だけど、それだけでは満足できなかった。能力で駄目だったからと言って、人生全てが否定されたわけじゃない。スキルアウトの、自分の所属しているチームの先人たちは、もっと学べることは、出来る事はあると教えてくれた。

 

 だから能力で絶望して、諦めても、努力だけは止められなかった。

 

 体を鍛え、技を学ぶのは楽しかった。能力とは違って明確に伸びる、というものが目に見えていたから。だから鍛えて、伸びる事は楽しかった。不良のくせに真面目、等と言われもしたが、それはそれで良かった。それで仲間の誰かが笑顔になってくれるのなら、いい。それに心も少しずつ前へと前進していたような、そんな気がしていた。

 

 時が止まって欲しかった。

 

 願っても願っても、そんな事、叶うわけがない。こうやって楽しめる様になったのも時間を止めずに前へと進んだ結果だからだ。努力という前進を諦めても続けていたからだ。心は腐って、諦めは覚えて、絶望が巣食った。だけど努力だけは希望として生きていたくれた。能力だけが全てではない。

 

 それを漸く、スキルアウトになって数年経過して、気付かされた。

 

 アンチスキルと揉めた事もあった。彼らは無能力者ですらない、能力を持たない人間だ。だけど、普通の武器と、知恵と、そして経験で、能力者たちを相手に頑張っている。努力している。諦めてなんかいない。能力だけが学園都市での価値観の全てではない―――誰よりも彼らがそれを知っているのだ。

 

 体を動かすのが嬉しくて、皆で過ごす時間が愛しくて、そして強くなる事が嬉しかった。どれだけ小さな世界で、今まで自分が生きてきたのかを唐突に理解してしまった。能力だけが全てではないと思っていても、それを原因に腐った自分は、それを決定的な価値観として認識していたのだ。だけど漸く、それから解放された。能力への憧れはある。まだ、カリキュラムの内容は覚えている。能力の使い方だって覚えているし、実行だって知っている。胸の中にある今を大事にしたい思いは色褪せず、そこに強く残っている。

 

 だけど今度は自分がチームから卒業する出番だった。

 

 まだ年齢は高くはない。まだ高校生だ。だけど、スキルアウトは腐った人間の為の場所、諦めてしまった無能力者たちの居場所。そこに何時までも前へと進む事を決めた人間がいてはならない。涙を流しながら別れを告げ、そして学園都市に新たな居場所を探そうと考え、別れた。

 

 学生としてはもう登録されてないだろうし、寮は出て行ったから帰れない。学園都市の外へ出るつもりはないし、また能力開発に戻るつもりもない。だからと言って黒い事に手を染めるつもりもない。先人、先輩達の様に、自然とこの学園都市に馴染む為の手段はちゃんと目を開いて探せば存在する。

 

 ただ腐っている間はそれを直視しようとしないだけなのだ。

 

 ―――それは熱い日だった。

 

 涙を流しながら後輩や仲間達に別れを告げた。荷物のほとんどは後輩達が使える様に隠れ家に置いて来た。手元に残ったのは財布と、もう使えない昔のIDと、着替えの入ったショルダーバッグにスキルアウトで喧嘩をしていた時、能力者とかを相手にする場合に使っていた武器のいくつか。先輩から譲ってもらったものもあったりするが、荷物としてはそれほどではない。ショルダーバッグとギターケースに収まる程度の大きさだった。

 

 夏日という事もあり服装はハーフスリーブのシャツにジーンズ、それがショルダーバッグとギターケースを担いでいるのだか、姿は売れないミュージシャンの様だった。努力すれば当面は何とかなる。それはちゃんと理解したことだった。だからミュージシャンを始めるのは良いかもしれない、なんてその時は思っていた。

 

 行く当てはなく、やりたい事も特にない。

 

 だけどやる気と希望だけで満ちていた。

 

 ここから一歩目をもう一度踏み出そう。そう思って一歩目を踏み出し、

 

 ―――彼女と出会った。

 

 

                           ◆

 

 

「―――うわ、恥ずかしい。中学生の夢かよ」

 

 ベッドの上でそんな言葉を吐きながら目を覚ます。見た夢の恥ずかしさに両手で顔を抑えながら悶えながら、何時までもこうしてはいられない現実と向き合う為に、顔から両手を剥がし、溜息を吐きながら目を開ける。窓から入り込む陽の光に眩しさを感じ目を細めつつも、日光を受け入れて上半身を持ち上げる。

 

 

                           ◆

 

 

 安宿の外へショルダーバッグとギターケースだけを手荷物にぶら下げ、軽く振り返って扉を見る。良く磨かれた扉は光を受けて輝き、少し使いにくい鏡程度には利用できそうだった。そこに映る何時も通り、ジーンズにハーフスリーブのシャツ姿の自分を確認し、そして紺色の髪に振れ、おかしな所がないかを確認した、部屋を出る前に一応確認しておいたが、やはりおかしなところはない。安心して歩けると確信し、扉の向こう側にいるフロントの受付が怪訝な視線を送っているのに気付く。笑顔で軽く会釈をし、背中を向けて歩き出す。第七学区といえども、探せば汚くて安い安宿の一つぐらいは見つかる。今利用していた安宿も、お金に困っている様な奴が泊まる様な、そういう安宿になる。

 

 ベッドのマットレスが黄ばんでいたりするから寝袋を自分で用意する必要があったりするが―――それでも慣れてしまえばそれも安宿の味だ、と思えるようになる。ただたまには普通のホテルか宿にでも、と思う事は生活を続けていると割とある。それでも慣れてしまえばそれはそれ、今夜もまた安宿で眠る事になるだろうなぁ、と思いつつ、

 

 歩く。

 

 ジーンズのポケットの中に入れておいた音楽プレイヤーの中にはハードロックを入れてある。骨伝導イヤホンを左耳の裏側に当てる様にセットし、そこから頭に響いてくる音楽の音量を少し下げ、景色を楽しみながら歩く。

 

 学園都市の第七学区は学園都市のほぼ中央に位置する学区であり、そして多種多様の施設の存在する場所となっている。スニーカーで道路を踏みしめながらも視線に映る景色には服屋やクレープ屋等の普通の店が立ち並ぶのとは別に、能力者向けの道具の販売品店、観光客向けの土産物屋、学生向けの文房具屋、と様々な店舗が混ざった学区となっている。広く、そして多くの人を内包するこの学区が、おそらく学園都市内でも一番外の世界と似た様な構造になっているのだろう。学区別にジャンル分けするかのように整理されている学園都市で、これほど入り混じっているのはこの学区くらいだ。

 

 おかげで歩くだけで色々と多くの物を見れる。今も、直ぐ近くのクレープ屋で学生服姿の女子が二人、クレープを手にはしゃぎまわっている。クレープが美味しそうだなぁ、と思いつつも財布の中にはそんなにお金が入っている訳ではない。その上、持っているお金も厳密に言えば自分のお金ではない為、進んでこういうものを買う勇気はない。

 

 だから近くに自動販売機を見つけ、それでサクっと缶ジュースを購入し、クレープの代わりに腹をオレンジジュースで満たす事で我慢し、空き缶を捨てて再び歩き出す。

 

 まだ陽は高く、一日は始まったばかりだ。

 

 学生服の集団を目撃する。統一された制服に同じ方向へと歩く姿を見て、彼ら彼女らが学校へ向かっているのだろう、と少しだけの羨ましさを込め、道路の向こう側から登校風景を眺める。自分から学校をドロップアウトしたことに関しては後悔はない―――とは決して言えない。まだ我慢して残っていれば、別の方法でレベルが上がっていたのかもしれない、という考えは何時だってそこにある。

 

 だからと言ってありえないIFに何時までもくよくよしているのも自分らしくない。ドロップアウトしたからこそ出会えた人や、得るものがあった。戻りたがるのはそれを侮辱するような行動であり、時を大事にしてもそれを侮辱するような行為は自分が許せない。というわけで、羨ましくはあるが、その程度。楽しそうに友と一緒に歩くその姿を見て、少しだけ自分の暗かった学生時代を思い出し、その幻影を振り切るように軽く頭を振る。

 

 まだ時間的に多少早いかな、と腕時計で時間を確認してから近くのコンビニに入る。

 

「えーと……そっか、今日は十八日だったか。っつーことは新刊があるな、っと。あったあった」

 

 コンビニの漫画、ノベルコーナーへと向かい、そこで週刊少年跳躍の新刊が来ているのを確認する。まだ時間がたっぷりあるのを再度確認しつつ、週刊少年跳躍の立ち読みをする為に棚から一冊手に取り、陽当たりの良い窓際で立ち読みを始める。

 

 

                           ◆

 

 

 週刊少年跳躍を読み終え、コンビニから出る頃には一時間が経過していた。もうそろそろ良い時間ではないかな、と思いつつコンビニ内で立ち読みしている間は上げていた音楽の音量を再び落とし、歩き始める。いくら第七学区が広いとはいえ、何年も住んでいればもはや自分の庭の様にその道や場所を覚えている。もう通りに学生がいなくなっているのに少々の寂しさを感じながら、軽いリズムを踏む様なステップで進む。

 

 向かうのは第七学区の商業用エリア、今いる場所に近い位置になる。大型デパートがあったりするが、目的地はその大型のデパート直ぐ近くのしゃれた喫茶店であり、腕時計を確認してみる時間は約束の時間の約五分前の到着。

 

 黒い木で作られたテーブルと椅子を並べるオープンカフェの席の一つに、既に目的の人物が座っているのを確認し、笑みを浮かべながら片手を上げる。その動作で気付いたのか、彼女は握っていたグラスから視線を持ち上げ、此方へと顔を向ける。

 

 彼女は長い金髪を持つ少女だった。学生である身分を示す制服は白い半袖のブラウスの上に袖のないサマーセーター、下はどうなっているかはわからないが何時も通りの制服姿であればこの季節、灰色のプリーツスカート姿になっているだろう。ただ彼女はその制服の他に、両手に蜘蛛の巣を連想させるレース手袋を着用している。また此方も見えないが、何時も通りならソックスの方もレース入りのハイソックス、お嬢様チックな雰囲気を醸し出す姿になっているだろう。制服では隠しきれないほどのスタイルの良さを持った彼女は周りから視線を集めていた。その雰囲気と恰好のおかげで誰も寄る者はいないそうだが。

 

 ―――ただお嬢様チックも何も、常盤台中学所属という時点でお嬢様確定なのではあるが。

 

 此方に気付いた彼女はあ、という声を出しそうな表情を見せ、笑顔と共に控えめに手を持ち上げて振ってくる。それに返す様に軽く手を振り返し、オープンカフェのエリアに入ってくる。店員が此方へと視線を向けてくるが、それを片手で押し止めながら彼女の座っているテーブルへ、対面側の席へと座る。テーブルを覆うカフェのパラソルが夏の日差しを遮ってくれており、日陰の涼しさをくれる。ふぅ、と息を吐きながら視線を彼女の手元のグラスに視線を向ける。少し濁ったかのような色の茶色、おそらくアイスコーヒーだろう。

 

「飲む?」

 

「いただきます」

 

 彼女からグラスを受け取り、ストローからアイスコーヒーを飲む。多少甘い気もするが、元々は彼女の飲み物で、そういう味付けになっているのもしょうがない。ケチケチせずにコンビニで何か、適当に飲み物を買っておけば良かったなぁ、と思いつつ喉を潤し、半分飲んだところでグラスを返す。それを受け取った彼女がジト目で視線を向ける。

 

「ちょっと、私のなのに飲みすぎじゃない?」

 

「俺は男で十八歳、で、操祈は中学二年生。この情報から得られる答えをだしたまえ」

 

「特に運動とかした訳でもないんだからそこらへんはあんまり関係ないゾ」

 

 あっさりと論破された。それもそうだな、と苦笑しながら店員から受け渡されるお冷を受け取り、そして彼女に―――食蜂操祈へと向ける。まるで星の様な文様が不自然に目に映る彼女はどこからどう見ても中学二年生に見える様なプロポーションをしていないが、彼女が自分が中学二年だと言っているのだから、きっとそうなのだろう。実際去年まではちゃんと中学一年だったし、見た目も今ほど凄くはなかった。そのころを思い出し、ちょっと顔を歪める。

 

 それを頬杖をつきながら此方を見る操祈が首を傾げながら問うてくる。

 

「なに、どうしたのよ? 私と一緒にいるのが不満なのかしら」

 

 操祈のその言葉にんなわけあるか、と自分の顔を近づけるように見せる。

 

「不満がある男のツラに見えるかよ。いやさ、たったの一年でお前、随分と変わったよなぁって、時速二百キロで飛んでくる特攻兵器の事を思い出していただけ。あの潔さはちょっと嫌いじゃない……まぁ、人命無視って時点でクソの一言に尽きるけど。あんまし語る事でもないだろ、アレ」

 

「まぁねん―――っていったいどこに視線を向けてるのよ」

 

「胸」

 

 ストレートにそう言うと、操祈が胸を抱くように寄せる。

 

「えっち」

 

「何を言ってるんだ、男なんてどいつもこいつも野獣でエッチに決まってんだぞ。送りウルフは基本でしかねぇ。つかアレだぞ、世の中どんだけ鈍感でも結局は性欲を感じてるから、部屋を探せば絶対にエロ本の一冊でも置いてあるに決まっている。鈍感はあっても、エロに何も感じねーのはないわぁー。がっついたり盛ってたりするわけじゃないけど。後男は基本大艦巨砲主義で決まってるだろ」

 

「ものすっごく言い訳がましいわね―――ヒモのクセに」

 

「それは言っちゃ駄目なやつだろ……!」

 

 呟く様に声を絞り出し、テーブルに突っ伏す。そこで一回息を吐きながら肩に背負っていたショルダーバッグを横に下ろし、ギターケースも下ろす。荷物から解放されたことと一息をつきながら日陰の涼しさを堪能していると、何時の間にか操祈が店員を呼んで何かを注文していた。それをテーブルに顔を突っ伏したまま眺め、そして椅子に深く寄り掛かる様に体を預ける。

 

「操祈の方はどうなんだよ。最近」

 

「最近も何もほとんど毎日の様に顔を合わせているじゃない私達。私がどういう生活を送っているのか大体知っているでしょ?」

 

「馬鹿、そういう話じゃねぇよ。ほら、良くコミュ障のヤツが会話の初めに当たり障りのない所から始めるだろ? それを真似て話しやすい話題から入ってみたんだよ。それに私生活知ってるからって全部知ってる訳じゃないし。ほら、あるだろ? 俺がいないときに常盤台であった事件とか、面白かった事とか、こういうテレビやってたとか、ネトゲでレアアイテム拾えたのが嬉しかったとか」

 

 そうねぇ、と操祈が人差し指を唇へと持って行きながら呟く。可愛さにエロさを感じるその仕草は世間一般的にあざといと言える類のものだが、おそらく彼女の事だから意図的にやっているのだろうとは解っている。

 

「生憎テレビもゲームもやらないのよねぇー。暇つぶしになるってのは解るけど、どうしてああも簡単にハマったりお金を注ぎ込んじゃうのかしら」

 

「そりゃあゲームってのは努力さえすれば簡単に結果を見せてくれるからな。レベルが上がれば能力値の上昇がはっきり見えるし、経験値だって溜まるのが数値で見えるだろう? 努力しても報われない世の中とは違って簡単に逃げられるからな、そりゃあ現実よりはいいってなる訳よ。それに甘んじないのは現実で満たされている奴か、現実が解ってるやつか、あるいはそういう連中だけだよ」

 

 頬杖をつきながら操祈にそう答えると、へぇ、と操祈は呟きながらレースの手袋に包まれた右手を伸ばし、それで此方の頬を突いてくる。笑顔を見せながら操祈は口を開く。

 

「じゃあ信綱君も昔はどっぷりネトゲにハマってたんだ」

 

「笑顔で人の傷を抉るのやめませんか。ちょっと辛いです」

 

 その言葉に操祈が小さく笑い声を零す。自分の醜態程度の事で笑ってくれるというのなら安いものだ、と思いつつ接近する気配に視線を向ける。トレイの上にドリンクを乗せた店員の姿だった。一度会釈してから操祈の物と同じアイスコーヒーを置くと、ベリータルトと思わしき物を自分と操祈の前に一つずつ置く。店員がクリームとガムシロップを置くのを見つつ、操祈へとジト目を向ける。

 

「特に頼んでないんだけど」

 

「見てるだけだとお腹空くわよ? それに私のお金で生活しているヒモがそこらへん拒否する権利があると思ったら大間違いだゾ」

 

 語尾に星のマークが見えそうな言い方をする愛しの暴君の言動に諦めつつ、クリームとガムシロップを投入し、ストローでそれをかき混ぜる。その間に片手を持ち上げる、操祈を指差す。一応、ここは男として反論しておかないといけないのだ。

 

「一応アレだぞ。俺だって完全にヒモをやっている訳じゃないからな? ”何でも屋”としてそこそこ便利に働いているからちょっとした収入はあるんだぞ?」

 

「じゃあ一番のお得意様は誰なのよ」

 

「せ、先―――」

 

「……」

 

「はい、一番のお得意さまは食蜂操祈様です……。私は仕事も家もない売れない”何でも屋”で彼女の恩情で生かされている最低のヒモ男です……。最後に貰った仕事は失踪した猫を探す事でした―――というか漫画的なああいう仕事ってマジであるんだな。まともな能力者に依頼すれば一瞬で終わりそうなのに。結局千円ぐらいにしかならなかったけど変な感動を覚えたわ」

 

「世の中奇妙な事もあるわねー。……所でさっきからなんか騒がしくない?」

 

「そう言われれば……」

 

 何故か通りの方から叫び声が聞こえる。視線をそちらへと向けると、通りの向こう側にある巨大なデパートの様な建造物、セブンスミストと書かれている建物から煙が上がっていた。テロか事件かなぁ、と思っていると風紀委員の腕章をつけた少年少女が中へと突入していくのが見える。能力者で構成されている少年少女の治安維持部隊、風紀委員(ジャッジメント)が今日も活躍している。心の中で軽く応援しておく。

 

 関わりたいとは思わない。

 

 どちらかというと捕まる方だから。

 

 それに中学二年生のヒモとかいう絵面は世間的に最悪を通り越した”ナニカ”に突入している。そこらへんはどうにもならない。だから風紀委員には基本近寄りたくはないが、何やら操祈から怒った様な気配を感じる。

 

「最悪ぅ……。この後はセブンスミストでデートしようかと思ったのに」

 

「そのセブンスミスト絶賛炎上中らしいからプランに変更をいれるしかないね、こりゃ」

 

 笑いながら炎上するセブンスミストの姿を見る。正義感は存在するが、それを振るって突撃する様な馬鹿ではない。困っている人はいるだろうが、それをどうにかするのは風紀委員等の治安組織の仕事だ。操祈は別として、自分の様なレベル1の低能力者が行ったところで、助けになるかどうかなんてわかったようなものではない。だったら大人しく応援している程度でいい。

 

 何より知り合いが絡まれている訳ではないのだから。

 

 そんな事を思いながらセブンスミストの入り口を眺めていると、そこから犯人を捕まえたらしき風紀委員の姿が見えてくる。その中に一人、良く見知ったツンツンの黒髪、学生服姿の少年が少しボロ、っとした状態でセブンスミストから出てくるのを見て、完全に動きを停止させる。

 

「なんか知り合いがさも当然の様に現場から登場してきたのは夢だと思いたい」

 

「ま、まあ、それでこそ彼なんだし」

 

 視線をセブンスミストから操祈の方へと戻せば、操祈も操祈で引き攣ったような笑みを浮かべていた。彼がまた何らかの騒動に巻き込まれている事にはお互い、複雑に思う事がある。

 

 そもそもこうやって二人一緒にいる様になったのも、そこには彼の、

 

 ―――上条当麻の尽力があった。

 

「俺達のヒーローは今日も誰かの為に活躍中かぁ……アイツ絶対誰かに刺されるわ。いや、絶対マジで。あの鈍感さは一周して殺意とか呆れを通り越して爆笑するレベルだわ。まぁ、誰に刺されるのかは個人的に楽しみにさせて貰い―――お、アレ第三位じゃね」

 

「あー、そう言えば御坂さんは風紀委員と付き合いがあったわね」

 

 遠巻きにセブンスミストの騒ぎを眺めつつ、それに加わることなく遠くから傍観者として眺めている。

 

 一年前―――いろんなことがあった。その結果、今がある。

 

 そして、

 

 その出来事を、永遠に忘れる事はないだろう。

 

「さて、セブンスミストが潰れちまったな」

 

「物理的にね」

 

「あぁ、デート先が物理的に潰れるって現象もまた珍しいよな……んでどうする?」

 

「大丈夫、他にも候補はいっぱいあるんだから、そっちへ行けばいいだけの事よ。……まぁ、ちょっとは残念なんだけどね?」

 

 そう言って可愛らしく微笑む操祈の姿を見て一年前、彼女と出会えて良かった思い、そして、

 

 ―――成長する事のないこの能力に、どうか時を止めて欲しいと願った。




 金髪巨乳と時間能力の組み合わせで何かを思い出す? 勘違いだろ。

 あ、そう言えば世の中には【クラウドファンディング】というものがあるらしい。ん? 話題が唐突だって? そんな事はないぞ。いたって普通の流れである。

 そう言えば【エロゲのアニメ化】というのは割とよくある事だけど、後悔だけは絶対にしたくないよな、特に【クラウドファンディング】で集金している時とかさ。

 そう言えば【怒りの日】って面白いよな。

 うん? そうだね。ステマだね。今こそ爪牙の愛を示す時だと思っているからこっそりステマになりそうでならなそうだけど微妙に思い出す様なSSを書いて集金催促する爪牙の鏡を始めました。

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