Chaos Bringer   作:烏賊墨

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書き溜めていたので三話まで投下します。残りは最新話をpixivの方へ投下してからにします。

また今回は長めです、ご注意下さい


#3

「沈みなさい!」

「邪魔よっ!」

「いーっけぇー!」

 

先頭で待機していた駆逐艦達が深海凄艦の群れを射程に収め、各々が所持する火器を以て迎撃する。同じく先頭にいた深雪も己の右手に構える12.7cm連装砲の狙いを定めた。

 

「深雪スペシャル!いっけー!!」

 

深雪がオタマジャクシに厳つい魚類の頭部を括りつけた姿をした一体の駆逐イ級に向け発砲、イ級の頭部は粉砕され人間や他の脊椎動物とは違い酸素供給にヘモグロビンを用いない緑色の血液を撒き散らした。他の艦娘達もイ級を砲撃しては一体、また一体と沈めていく。

 

イ級側も反撃に砲撃を開始するが精度に欠け、艦娘達の周囲に水柱を量産するだけだ。数の上では深海凄艦が圧倒しているもののキルレシオで考えれば圧倒しているのは艦娘側だった。上空の艦載機の援護も加わりこの作戦が楽に終わると深雪の薬物に浸された脳味噌は考えた。

 

だがそうそう上手くいかないのが戦場というものだ。イ級が一旦射程外へ引き下がったかと思うと今度は軽巡ホ級と重巡リ級がポジションに入り前進を開始する。艦娘達はホ級やリ級に砲撃を加えるが駆逐艦の持つ連装砲では耐久力に優れる彼女らには有効打にはなり得ない。駆逐艦でダメージを与えるには更に接近してから撃つ必要がある。

 

ホ級とリ級が発砲を開始、イ級のよりも精度と威力に優れる砲撃が襲いかかる。中口径の砲弾が深雪の隣にいた文月のバリアを食い破り、血を撒き散らせて上半身を何処へと吹き飛ばす。取り残された下半身が数歩後ずさってから海中へ没した。紅い花は深雪の隣以外でも咲き出していた。各所で艦娘達が悲鳴をあげる。

 

「どういう事だよオイ⁈」

 

顔に張り付いた血を左手で拭い深雪は悪態をついた。面食らったのも無理は無い。予想外の展開に実戦経験皆無な艦娘達は我が身可愛さに後退しだす。深雪も牽制に連装砲を乱射しながら後退する。

 

無論逃げる彼女らをそうやすやすと逃がす深海棲艦ではなかった。艦娘達の左右から先程引き下がったイ級が急接近し、襲いかかる。艦娘らが軽巡、重巡に気を取られている間に周りこんでいたのだ。

 

イ級から砲弾が放たれる。この距離なら精度の悪さもさしたる問題では無い。一人、また一人と頭が吹き飛び、海上に彼岸花が咲き乱れる。更に艦娘に接近したイ級は艦娘一人につき三、四体で飛びかかり砲ではなく己がもつその牙を以って艦娘に食らいつく。

 

「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて!」

 

四肢をイ級に噛みちぎられている子日が悲痛な叫びと共に助けを求めるが、気に留める余裕のある艦娘はこの場にはいない。更にもう一体のイ級が子日の頭部に囓りつき強制的に黙らせた。

 

陣形は完全に瓦解していた。

 

深雪もジグザグに航行し必死に回避するがイ級から放たれた砲弾が深雪の腹部に炸裂し腸をひり出す。普通なら痛みでショック死しても可笑しく無く、死を回避しても戦闘続行は望めない程の損傷だった。にも関わらず深雪はイ級に反撃を加え、その頭部を吹き飛ばす。

 

「あれ?痛くない」

 

事前に投与された薬物のお陰か、痛覚が脳に行き届かずに済んだのだ。深雪だけでは無い、深海棲艦の攻撃による即死を『運悪く』逃れた艦娘達は提督の悪意によって己の体に仕込まれた細工により生きながらえた事で戦意を取り戻し、戦闘を続行する。

 

「あっはっは…その気になれば痛みなんて、ウフフ…アハハ…完全に消しちゃえるんだぁ…!」

 

深雪は腹から腸を垂れ流しながらイ級の群へと突進、紅い航跡が彼女の後に刻まれる。

 

イ級達も迎撃にかかるが身体の負荷を無視した速度で移動する深雪には擦りもしない。

 

深雪がイ級達一体一体に狙いを定め連装砲の引き鉄を絞る。彼女が照準移動を繰り返す度にイ級の頭部や体側から緑色の花が咲く。

 

半径数メートル周囲のイ級を一掃した深雪は周囲を見渡し次の獲物を探し出す。異変を察知したのか丁度いいタイミングで二時方向からホ級二体とリ級一体が深雪へと接近していた。

 

深雪は舌舐めずりするとホ級とリ級に向けて反転、突進する。回避行動もしない彼女の突進にホ級やリ級は砲弾を以って応じた。砲弾が深雪の左腕を掠めて千切れ飛ばし、腹から伸び出た腸も流れ弾で切断された。それでも彼女の前進する勢いは止まらない。

 

充分に接近した深雪は連装砲と魚雷を同時に発射、魚雷が航跡を引きホ級とリ級へと襲いかかる。三体とも各々別方向へと回避行動をとるがこの距離でそれは難しい。

 

リ級の右翼にいたホ級は魚雷こそ回避したが胸部を連装砲により穿たれ、リ級とリ級の左翼にいたホ級が魚雷の爆発により下半身を失い没した。深雪は生き残ったホ級の側を抜けると急停止してからのドリフトでホ級の後部を視界に入れ、まだ息のあるホ級の頭部にマガジンに収めた連装砲の砲弾を全て叩き込み沈黙させた。

 

だが深雪自身もこれ以上戦闘を続けられない。失い過ぎた血液がやっと脳へと危険信号を届けたからだ。現在地の緯度からは想像できない寒さが深雪を襲う。節々が鉛みたいに重い、意識も不明瞭だ。

 

「すまないねみんな……どうやらここまでが、あたしの限界らしい……」

 

深雪が意識を手放すのとル級の砲声を聞くのはほぼ同時だった。

 

♢♢♢♢

 

雪風と初霜は後退しつつも深海棲艦を一体、また一体と迎撃した。他の艦娘達の間からイ級を狙い、頭部を潰していく。艦載機の援護もあるが対空砲火により消耗しており頭上を飛ぶ機体は先程より少ない。

 

「ホントに何体いるんですか?これじゃキリがありませんよ」

「向こうは無尽蔵に兵隊が使えるから羨ましいですね、何処から出てくるか知りたいぐらいです」

 

初霜は連装砲が弾切れになったので、古いマガジンを抜きポーチから新しいマガジンを差し込みコッキングレバーを引く。その間の隙は雪風が埋める。連装高角砲がマズルフラッシュをきらめかせ深海棲艦達をけん制、リロードの隙を消す。

 

襲撃から数分して雪風含む頭を『やられてない』生存組は頭を『やられた』生存組を遮蔽物代わりにして深海棲艦を攻撃するぐらいには冷静さを取り戻していた。前方へと向かった艦娘達に気をとられているのか雪風や初霜の周囲に立つ水柱はまばらだ。

 

「周囲の敵はあとどのくらいですかね?」

 

今度は雪風がリロードをしながら電探を確認する。赤い光点が雪風達を囲みつつあるというのは分かった。それもそのはず前方の味方を示す青い光点がごっそり減っていたからだ。

 

「この場所はもう潮時ですね、別の安全地帯へ移らなければ」

「移動するにしたって一体どこに行けば…」

 

雪風達以外にもこの場所が危険と判断した様で朝潮と大潮が囲いの外の、艦娘も深海棲艦もいないスペースへと飛び出す。だが囲いから出た途端、二人はル級に狙い撃ちにされ上半身は元より四肢の行方すら分からない赤い霧になった。

 

囲いの外に出れば狙い撃ちにされる、ならば囲いを食い破りつつ逃げ続ける他はない。そうと決まれば二人が行動に移るのは早かった。

 

「初霜さん…」

「ええ…やるしか無いようですね雪風さん」

 

雪風と初霜が深海棲艦の群れへと突っ込む。無論彼女らが自棄になって考え無しに突っ込んだ訳では無い。電探で深海棲艦の密度が比較的低い場所を探し出し、悪目立ちもしないが敵が其れ程多くもないポジションへと突撃するのだ。

 

そのポジションにいた深海棲艦は向こう側にいる艦娘への砲撃に夢中で雪風と初霜に気がついてない。数隻のイ級に囲まれ景気良く砲撃するリ級に雪風が酸素魚雷を発射。音も無く発射されたそれは誰にも気付かれぬままリ級に命中し下半身を食い破った。

 

今の攻撃で気がついたイ級達が雪風を狙うが、雪風の後方にいた初霜が二丁の連装砲で弾幕を張り牽制、イ級達の動きを抑える。その間雪風は反時計回りに旋回、イ級の群れの裏を取り彼らの背後を捉え彼らの無防備な背中に照準を合わせた。

 

一発発砲する毎に移動しながら別の個体へと線をなぞるかの如く素早く照準を変え、一体一体確実にイ級を沈めていく。この流れる様な照準移動は雪風の天性の才能と、閑職に追いやられてからも日々黙々と訓練を続けて来た証左だ。初霜も自分と雪風の射線が直角に交わる位置へと移動し十字砲火を加える。イ級は反撃する隙を完全に奪われただ砲弾の雨霰にその身を委ねる他無かった。

 

火薬の香りと潮の香り、そして艦娘のものとも深海棲艦のものともつかない内臓の香りが二人の鼻腔を侵食する。その残り香は二人が死体を量産する度に一層濃厚になる。一体のイ級が自分へと向けられた鉛の暴力に耐えかねてこの世のモノとは思えぬ程に嫌悪感を催す絶叫を発した。イ級の近くにいた雪風は顔を思い切り顰め、海面に唾を吐き捨てる。

 

イ級の絶叫のせいか偶々彼らの近隣にいた深海棲艦の水雷戦隊の一つが二人の存在に気がつき、指揮官と思わしきホ級二体をイ級が囲む輪形陣で二人へと接近する。ホ級が自身の雷装の多さを利用した雷撃を開始、多量の魚雷が航跡と共に雪風と初霜に襲いかかる。

 

航跡を視認した二人はそれぞれ回避行動に移った。推力を最大限にまで上げ、その状態で蛇行や旋回を繰り返し魚雷を振り払う。遠心力が働き横転しそうになるが舵や出力を微調整して耐え抜く。白い線が幾本も水面に刻まれた。雪風は自分へと向かう全ての魚雷の回避に成功した。だが初霜はまだ魚雷を振り切れておらず、しかもその事に初霜自身が気がついていない。このままなら恐らく初霜は魚雷を喰らい、轟沈する。

 

「危ないッ!」

 

雪風は死神を目の当たりにしたかの形相で初霜に向け叫ぶと初霜へと迫る航跡へと発砲、水中で砲弾が魚雷に炸裂し初霜の側面と後方で水柱が二本出来上がった。

 

「雪風さんすみません…油断していました」

「初霜さん、謝るのは後でいいですから」

 

水柱により濡れ鼠になった初霜がバツがわるそうに謝るが雪風は初霜の方へは向かずおもむろに接近してきたイ級二体へ照準を合わせる。一体につき頭に砲弾二発分を叩き込み沈黙させる。すると残りのイ級達は雪風と初霜を円形に囲む様に陣形を構成し始めた、確実に二人を仕留める腹積もりらしい。ホ級二体もイ級の円陣の外側から砲撃を加え二人の動きを制する。このままでは遅かれ早かれ二人は嬲り殺される。状況を脱するには照準と回避を同時に出来る方法が必要となる。

 

その方法に関して雪風に思い当たる節が無い訳では無いが、実行するには初霜の協力が不可欠だ。狭い円の中で砲弾を回避しながら雪風は口を開き初霜に己の意図を伝える。

 

「初霜さん、『アレ』やりましょう!」

「『アレ』だけじゃ何だか分かりませんよ!一体何ですか」

「ホラ民間向けプロパガンダアニメのOPで北上と大井がやっていた『アレ』ですよ」

「正気ですか?流石にそれは…」

「他に打開策が無い以上やる価値は充分有りますよ、それに相手は勝ったつもりで油断してますし」

 

事実二人を襲うイ級達の砲撃は正確さに欠いていた。ただ単純に密度が濃いので回避が容易では無く、イ級の円の外から加えられるホ級の砲撃は正確に二人を狙っている。

 

「失敗したら?」

「その時は死ぬだけです」

 

どうせじっとしていても殺されるだけなのだ、だったら少しでも足掻いた方が生き残る確率は高くなる。雪風はそう踏んだのだ。

 

「分かりました、やるだけやってみましょう!」

 

初霜はややヤケクソ気味に応じると左手の連装砲をスリングで背側に回し、雪風の正面を向いて加速した。雪風も初霜の方へと加速する。二人が交差する直前のタイミングで互いの自由になった左手を掴む。推力を緩めないので握った手を支点にして二人は一つのプロペラとして回転しだす。それこそが雪風の狙いだった。回転により相手に己を狙い撃つ隙を与えず尚且つ此方は360度の何処にでもいる敵を攻撃できるのだ。撃ち漏らしもパートナーである初霜が処理してくれる。

 

回転しながら雪風と初霜は二人を取り囲むイ級達に向けトリガーを引く。指切り射撃では無くトリガーに指をかけっぱなしにした掃射だ。薬莢が軌跡を描きながら海面に落ち、小さな水柱を航跡にアクセントとして盛り付ける。雪風の視界の左から右へと血液と臓物を撒き散らすイ級が流れていく。その光景は初霜も同じく見ている筈だ。

 

二回転した所で囲んでいたイ級は全滅し、同時に雪風と初霜が持つ得物の弾倉も空になった。ホ級に狙われている気配がしたので二人は握っていた左手を離した。二人の手があった位置を砲弾が通り過ぎる。回避行動を取りながらマグキャッチを押し空の弾倉を投棄、自由になった手で新たな弾倉を差し込んだ。

 

「初霜さんは二時方向のホ級をお願いします!」

「承知しました!」

 

左舷十時方向にいるホ級へと突進、一直線なのにも関わらず先の砲撃で相手も弾を切らしたのか中々撃って来ない。砲口も別の方を向いている。本来蛇行しながら回避するは筈だった雪風にとってこれは嬉しい誤算だった。彼我の距離が近くなり駆逐艦娘の間合いへと入る。

 

弾薬補給を終えたのかホ級が砲口を向けようとするも、既に雪風は懐に潜り込みとても照準を合わせられる状況では無かった。雪風はホ級の、人間でいう甲状腺の有る辺りに連装高角砲を突き付け、トリガーを絞る。首が千切れ泣き別れた頭と胴から放出した大量の血液が雪風の軍装を汚す。海面へと倒れる首のないホ級には目もくれず初霜の方を見た。初霜も戦闘を終えた様でその軍装は雪風と同じく血に塗れていた。

 

「何とか…乗り切れましたね、この調子ならいけそうですかね」

「いやそうも言ってはいられませんよ、雪風さん…味方は確実に減っていますから」

 

確かに先程と比べ他の艦娘が放つ砲声は一層弱々しくなり、上空を飛んでいた艦載機も今や殆ど見かけない。劣勢は明らかだ。だがそれよりも心に引っかかる事が雪風にはあった。

 

「そう言えばこの作戦は戦艦や重巡も参加してる筈ですよね、でも彼女達の砲声が聞こえないのは何故ですかね?」

「大方優先的に撃破されたのでしょう、私達駆逐艦を相手するより遥かに厄介でしょうから」

「それにしても…」

 

初霜位しか友人が居ない雪風とて自分の仲間である泊地の艦娘の実力は把握している。彼女達の実力は決して低い物では無い、数で負けているとは言えこうもあっさり無力化されるというのは腑に落ちない。

 

「それよりも悪いニュースですよ、深海棲艦が優先目標を私達に切り替えた様ですね。重巡、戦艦クラスがこっちに向かって来てます」

「目立たない様にしたつもりだったんですけど、少し暴れすぎたみたいですね…」

 

敵の接近に関しては雪風も電探で確認していた。問題はどう切り抜けるかだ。相手の優先度が二人に向いている以上、小技で騙し騙し切り抜く方法はもう使えない。

 

その時だった、海面を突き破ってイ級が初霜へ齧りつこうと飛び掛かる。イ級は頭を酷く損傷しており視神経らしき物などが露出していた。恐らく先程の包囲網突破で仕留めそこなったのだろう。雪風は必死にイ級へと照準を合わせようとするが間に合いそうにもない。雪風の顔から血の気が引き、代わりに絶望で上書きされる。イ級の歯が初霜の頭を捉えるのにコンマ数秒かからないだろう。

 

イ級の歯が初霜を捉える事は無かった。

 

「残念だったね」

 

その言葉と共にイ級の胴に幾つもの弾痕が刻まれ、今度こそ完全に無力化した。ボロ雑巾同然になったイ級が海面に叩きつけられる。

 

雪風と初霜はその声の主が居ると思われる方を向き、それから納得した。

 

初霜を救ったのは時雨だった。隣には霞もいるので砲撃には彼女も加わったのかもしれない。二人共雪風と同じく高い実力を持っているにも関わらず提督からは嫌われている艦娘だった。

 

「僕らは君達についていくよ、他のみんなは役に立たないし。それにその方が生き残りやすそうだしね」

「あの屑が何考えてるかはだいたい分かったわ、だからこそ死ぬわけにはいかないのよ!」

 

仲間が増えたのは二人にとって喜ばしい話だったが、それでも圧倒的な戦力差を覆すのには人数、火力共に全く足りていない。敵前逃亡すら思いつく程に、だ。

 

だが悠長に考える暇は敵が与えてくれる筈も無かった。リ級四体とル級二体が四人へと急襲を仕掛けてきたのだ。電探により襲撃を直前で察した四人は散開、回避へと移る。四人の周りに幾つもの水柱が立ち、しかも水柱同士の間隔は砲撃毎に狭まっている。このまま逃げていてもいずれは撃沈されるのは目に見えている。

 

覚悟を決めた霞が三人を置き去りにして各々の一番手前にいるリ級を雷撃せんと突撃した途端、ル級のとは違う41㎝砲の砲声が轟く。それは本来このタイミングで有れば歓迎すべき福音であったが今回ばかりは勝手が違った。砲声がしたのとほぼ同時にリ級と、そして霞が霧散したからだ。

 

♢♢♢♢

 

艦載機のFLIRを通して一部始終を確認していた『彼女』は予想外の事態に笑いをこらえるので必死だった。まさか向こう側も此方側と同じく仲間を捨て駒にする戦法をとるとは思いもよらなかったからだ。彼女らは此方とは違いもっと理性的な生物だと思っていた『彼女』にとって、特殊潜航艇で雷撃すると同士討ちで自滅する軽巡達同様にそれは大きな発見であった。

 

FLIRの映像はまだ下界の状況を映し出す。二度目の砲声が轟いたと同時に白露型駆逐艦一人と此方の重巡一体が吹き飛んだ。ここだけでは無い、他の各所でもこういう光景が艦載機を通して中継された。コストの低い駆逐艦を犠牲にし、此方の戦力を確実に削る戦法、真に合理的だ。

 

だが『彼女』はそれを是としなかった、戦力が削られるからでは無い、戦闘に秩序が生まれるからだ。外からクレー射撃をしている連中は安全という秩序だ。『彼女』が望むのは無秩序であり混沌だ、それには秩序を形成する要員を排除すればいいのだ。

 

陸地付近上空を飛行中の艦載機一機にリンクを繋ぐ。予想通りFLIRには建物の屋上から景気よく砲撃を加える長門型戦艦二人と妙高型重巡四人が映し出されている。特に長門型に関しては「駆逐艦なぞ捨て駒にして当然」と言いたげな表情までくっきり写っている。その笑顔が『彼女』を苛立たせる。

 

艦載機が翼下のペイブウェイを切り離し投下、FLIRの誘導に従い長門型戦艦の顔面目がけて飛翔する。着弾、白い光がモノクロの画面を一瞬埋め尽くす。首の無い長門型戦艦が倒れると同時に相方の戦艦と重巡達が対空戦闘に切り替え対空砲火の弾幕を張る。こうなるのは『彼女』も予測済みであったし対策も用意してある。

 

別方向から艦載機数機がHARM対レーダーミサイルで攻撃、着弾の爆発で艤装に備え付けら電探を損傷させ無効化する。それでも艦娘側の対空砲火はなおも続いたが先程とは違い精緻さを欠き、汚い花火に成り下がっていた。艦娘側の無線を傍受すると空母に応援を要請している様だが空母艦娘は全員ファーストストライクで機能停止させたのでその声が届くのは未来永劫有りえない。

 

トドメとばかりに『彼女』はFLIRの座標データを重巡と戦艦に送信、座標を受け取った仲間から順に艦娘らに砲撃を加えた。自由に身動きの取れない陸地にいる艦娘達に砲撃の回避は叶わず、砲声が轟く度に一人また一人と金属と肉片が混じった出来の悪いオブジェに変わり果てる。地上にいた艦娘を殲滅するのにさほど時間はかからなかった。

 

地上への興味が失せた『彼女』は再び海上上空の艦載機へとリンクし直す。海上ではただ弾雨に身を任せて彼岸花へと身をやつす有象無象の駆逐艦娘からは離れた場所で、重巡や戦艦の砲撃を陽炎型駆逐艦一人と初春型駆逐艦一人が海面にミミズがのたうった様な線を刻みながら巧みに回避している。『彼女』はこの二人の駆逐艦に対し賞賛の意を抱くと同時に無残なまでに壊しつくしたいという衝動に駆られた。衝動を口角を吊り上げて『彼女』は笑みという形で表現する。

 

『彼女』は艦載機による精密誘導爆撃を仕掛けるも電探によって接近を察せられていたらしく艦娘二人の対空砲火により艦載機が撃墜、ペイブウェイは誘導信号を失い艦娘より大きく離れた海上へと着弾した。ならば、と『彼女』は戦法を変えた。他の艦載機には先程と同じ方法で攻撃させつつ、艤装から別の艦載機を発進させ、海面スレスレの低空飛行で二人の艦娘へと接近させた。うねる波に沿って翼端からペイパーを刻む。

 

低空飛行故に電探に映らなかったお蔭か、はたまた艦娘達が砲撃の回避と他の艦載機による空爆の対応に追われていたお蔭か、その艦載機は容易に艦娘への接近に成功。初春型駆逐艦へとペイブウェイを投下、着弾させる。着弾したペイブウェイの爆発により艦娘は己の艤装をスクラップ同然になるまで引き裂き、それでも余りあるエネルギーが艦娘本体の骨と骨の繋ぎ目から順に引き裂き何処へと飛ばす。海面には、何も残らない。

 

艦娘が無様に千切れ飛ぶ光景、それにより破壊衝動の半分を満たした『彼女』は愉悦と狂喜に酔いしれ手を磔にされたキリスト宜しく高く挙げ、恍惚の表情で天を仰いだ。

 

♢♢♢♢

 

初霜がいる方から爆発音が聞こえたと思った時にはもう遅かった。雪風が振り向いた時点で初霜は既に原型が無くなり海面に彼女の臓物が浮いているだけだった。また前方へと視線を直すと、今度は爆発で千切れ飛んだ初霜の首が雪風の目の前へと落下してきた。海面へと初霜の首が落ちる直前、雪風と視線が合った。生気を失った澱んだ眼が雪風の精神を揺さぶる。

 

──どうして守ってくれなかったの?──

──こうやって前みたいに私を身代りにするの?──

──約束は口だけだったの?──

──やっぱり雪風さんは死神だったんだ──

──しかも嘘つきで平気で味方を犠牲にする──

 

ぽちゃん

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

感情のダムに溜め込んだカオスを涙と声に変換して吐き出す。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!」

 

もう贖罪すべき相手がいないと分かりつつも、雪風は慟哭と共に謝らずにはいられなかった。涙で溢れる眼を両手で覆う。

 

この時雪風は速力を緩めており、狙えば誰でも彼女を撃沈へと追い込める筈であった。事実彼女はこの時轟沈される事を心から望んでいた。しかし雪風を死へと追い込む筈の砲弾や魚雷、艦載機が投下する爆弾は全て彼女から外れ、何処へと水柱を乱立させるに過ぎなかった。己の死すら叶わぬと悟った雪風はより一層切り裂く様な声色で慟哭した。

 

声帯を枯らし、泣きはらした眼から両手を放した雪風の視界を支配したのは、先程とはうって変わった不安感を煽る飴色の空とワインレッドで彩られた海だった。次に彼女が見たのは頭や腕、足が欠けたり、腹から臓物をひり出した有象無象の艦娘の姿だ。それらが全員雪風目がけて砲口を向けている。悪夢の光景だ、これだけでもう精神が参りそうになるが何とか踏みとどまれた。だが艦娘達はさらに雪風に止めを刺さんとばかりに姿形に関わらず「初霜」の声で雪風に対する呪詛の言葉を投げかけた。視覚だけでなく聴覚からも精神を締め上げる。

 

雪風は目を閉じ己の耳を塞ぐも呪詛はそれすらも貫通して脳味噌を直接鑢で削りとる様な感触を与え続けた。嫌悪感を誤魔化そうと頭を掻き毟るが一向に収まる気配を見せない。とうとう心身共に耐えかねた雪風はその場でうずくまり、胃液をワインレッドの海面へとぶちまけた。酸っぱい臭いが雪風の鼻腔を突き刺す。マトモに立とうとしても両脚に力が入らない、それだけでは無く何かに脚を掴まれている感じもする。

 

このまま悪夢の世界で生き地獄を味わい続ければいずれ精神が崩れ落ちるのは目に見えている。そうなる前にこの呪詛だけでもどうにかしなければならないと彼女は考えた。ただ耳を塞ぐだけでは駄目だ、何か別の音で呪詛を上書きする必要が有る。それにうってつけのツールを彼女は知っているし持ち合わせていた。

 

震える手で両耳にイヤホンを突き刺し適当な曲を再生する。イントロのギターインストが流れた途端脚に力が入り簡単に立ち上がれた。なし崩し的に空も飴色から南国特有の太陽の眩しい青空を取り戻し、呪詛を吐いていた艦娘達もいつの間にか消え、代わりに深海棲艦が雪風を出迎えた。

 

この時雪風は先程とうって変わって清々しい気分であったが、同時に憎悪が芽生えるのもありありと感じ取れた。愛おしい初霜を彼岸へと連れ去った深海棲艦、自分を此岸へと縛り付け初霜との再会を叶わなくする深海棲艦、彼女らへのドス黒い感情は瞬時に甘美でエクスタシーを伴う殺意へと変貌する。

 

「アハッ」

 

殺意に後押しされ雪風は前進する。イヤホンからはAメロに差し掛かった曲が流れ始めた。

 

I'm fighting for my life yeah──

I'm growing stronger now──

 

手始めに間近にいたイ級に砲弾を叩き込み、イ級の遺骸を踏み台にして上空へ跳躍、宙へと躍り出る。ホ級やリ級、ル級が宙に浮いた雪風を攻撃すれども砲弾は掠りもせず何処へと飛んでいく。宙で体をひねり、雪風は視界に三体のホ級を収め、連装高角砲を構える。

 

Sink or swim──

We'll see what I am made of now──

 

空中で雪風は発砲、一体につき二発、計六発の砲弾がホ級達に襲い掛かる。上空という予想外の角度から加えられた砲撃は容易にホ級の装甲を貫き一発は頭部を、一発は艤装の砲塔を貫いた。弾薬庫に引火しホ級が火に包まれる。

 

「Bingo!」

 

凄絶な最期を遂げた三体のホ級を見て雪風の脳内から快楽物質が産生される、だがこれだけでは彼女は満たされない。曲の伴奏も彼女の気持ちを代弁するかの様に激しさを増す。

 

Our friends and our survival──

Is what we're fighting for──

 

着水した雪風は勢いを利用して海面ドリフトしながら面舵を切り、視界に映った敵へ片っ端に魚雷や砲弾を浴びせかけた。砲弾による攻撃は重巡や戦艦には艤装に掠り傷を負わせるだけに留まり決定打とは成り得なかったが、航跡を残さない酸素魚雷が代わりにリ級やル級の装甲を食い破り、致命傷を負わせる。一瞬イヤホンから流れている歌詞の日本語訳と現状の己の立場の乖離に心がざわつくが、海面を染める緑色の血液が雪風の闘争本能と加虐心を煽り、余計な思考を霧散させる。

 

Flying high──

Be all that you can be and more, and more──

 

酸素魚雷が直撃し瀕死のリ級に雪風は更なる止めを刺すべく突撃する。リ級自身や他の深海棲艦は雪風を止めるべく更に苛烈な攻撃を加えるが当たり前の様に雪風には一発も当たらない。それどころか反対側にいる仲間へと直撃し同士討ちが始まった。

 

リ級への接近に成功した雪風はリ級の艤装の裂け目に砲身をねじ込み数度発砲する。内部へのダイレクトな攻撃による激痛でリ級は苦悶の表情で絶叫し、それから絶命した。悲鳴を聞いた別のリ級やホ級が雪風へと発砲するが雪風には当たらずリ級の死体の胸部を吹き飛ばした。

 

The fight is on──

We're giving it all──

Take to the skies now──

 

次なる獲物を先程横槍を入れてきたリ級に定めた雪風は回避行動をとりつつ、駆逐艦の間合いへと収めるべく接近する。彼女を飛び交う砲撃や魚雷、爆弾の密度は相変わらず濃いままだが、ここまで当たらないとファンファーレかドラムロールにしか思えなくなってしまう。周囲に乱立する水柱ですら今の彼女にとっては場を盛り上げるアクセントでしかない。偶々進路上にいたホ級へすれ違いざまに魚雷を叩き込む。全弾命中、派手な爆発音と共に血液や破片、内臓が飛び散る

 

「Come on drum!!」

 

テンションが上がり挑発気味に叫ぶと、深海棲艦も呼応して当たらない砲撃の苛烈さを増した。深海棲艦のフレンドリーファイアによる犠牲者だけが徒に増えていく。

 

No give in──

We're seeing it through──

Right to the final draw──

 

砲撃をやり過ごし、リ級への接近に成功した雪風は頭部から胸部にかけて舐める様に砲撃、だがリ級が己の腕で着弾部位をガードしてしまった為大したダメージには成り得なかった。雪風が砲撃を辞めたタイミングでガードを解き、大振りに殴りかかる。モーションを見た雪風は急停止からのドリフトを利用した裏回りでリ級の脇を抜け背後を取る。ホルスターからナイフを抜いて右手で逆手に持ち左手で強引にリ級の頭を上に向かせ、ナイフを首に掛けて引き下ろし頸椎ごと切断した。胴体と泣き別れになった頭部が海面に落ちた。

 

We're in the zone──

We're hot──

Yeah we are taking giant steps now──

 

リ級を仕留めたタイミングでル級がけたたましい轟音を響かせ砲撃、砲弾は全て外れたもの雪風のバリアを掠め、揺さぶった。このル級を脅威と判断した雪風はどう攻めるかに思考を巡らせる。

 

あの射撃精度であれば生半可な回避は無意味だろう、寧ろ先読みされて撃沈へと追い込まれる事態も有り得る。

 

ル級の周りをイ級が守護すべく取り囲み、守りをより強固にする。だがその陣形が雪風に接近するヒントを与えた。

 

In the zone──

We're flying high──

The vortex is ours──

 

手前にいるイ級に砲撃加えて無力化し、足場として踏み込む。ル級や他のイ級は上空へ飛ぶと踏んで予め照準を上空へ向けた。だが雪風は彼女らの予想を裏切り垂直方向では無く「水平に」跳んだ。予想外の行動に照準を水平に戻そうとするが間に合わない。

 

水平に跳んだまま着地点となるイ級の頭を砲弾で砕き沈黙させ着地、同時に別のイ級三体にも砲撃を加える。これで何処に着地するかが分からなくなる。

 

Yeah we are. History in the making──

Life forces beyond breaking──

Here. The laws don't apply──

 

跳躍、雪風が一つの弾丸となって空を切り、宙を舞う。ル級が着地点にする筈の三体のイ級の死体を16インチ砲で粉砕するが雪風はそれのどれでも無く別のイ級を殺してそこを着地点とした。鱶を足場にして隠岐から因幡へと渡った白兎でもこうも上手く飛び移れないだろう。飛び移った雪風はまたもやイ級を砲撃した。眼球が海面に落ちると雑魚についばまれたちまち無くなった。

 

前もって作った足場崩しでは役に立たないと判断したル級は雪風の視線から着地点を予測

する戦法に切り替えた。雪風は視線をル級から見て右舷へと向けていたので照準を其方に合わせる。

 

三度目の跳躍、雪風の脚が死体から離れた瞬間ル級が16インチ砲を轟かせた。だが雪風が跳んだ方向は右舷などでは無く、正面のル級目がけてだった。視線を逸らしたのはフェイントだった。

 

In the zone──

Beyond the reach of mere gravity──

 

雪風の左跳び膝蹴りがル級の顔面に直撃し鼻血と共に前歯が口から零れ落ちる。歯が膝に刺さったのも気にせず雪風は自由な左腕と右脚を使いル級へとしがみつく。顎関節も破壊されたのか開きっぱなしのル級の顎に連装高角砲を突っ込んだ。己の運命を悟り恐怖で怯えるル級の瞳に雪風の狂気と恍惚とで彩られた笑みが鏡となって映る。リ級三体が雪風の背後を狙うが深海凄艦でも流石に重巡が戦艦を巻き添えにするのは躊躇われるのか砲撃の気配は無かった。

 

We're here to save a life──

Stronger and braver life──

We're in the zone──

 

トリガーを引き、ル級の頭部を吹き飛ばしたと同時に宙返りをして宙を舞った。リ級三体が砲撃するもタイミングがずれ、雪風には当たらずル級だった死体の胸部に炸裂し、体液や臓物を盛大に撒き散らした。リ級達の背後へと着水した雪風は魚雷を散布、音もなくしかも背後からの至近距離で放たれた魚雷を回避できる筈も無く、三体が振り向いた時にはもう手遅れだった。下半身に齧りついた酸素魚雷は爆発により腰から下を完全に粉砕し、腰より上も亀裂が入り腹圧により内臓が露出、さながら出来の悪い鯵の開きとなった。沈みゆく鯵の開きを恍惚でうっとりした眼差しで見ながら雪風は膝に刺さったル級の歯を取り払った。

 

周辺にいる敵の殲滅が完了したらしく、砲声が全く聞こえなくなり代わりに波音と海鳥の鳴き声がハーモニーを奏でだす。雪風は自然が織りなす調べには耳を傾けずギターパートの長い間奏を楽しみながら周囲を見渡す。視界に動くモノはない、眼に映るのは数多の艦娘と深海棲艦の残骸、それらをついばみに来た海鳥達だけだ。だがまだ敵が残っているのは気配で分かっていた。そう、イ級でもホ級でもリ級でもル級でもない初霜をゴミみたいに殺した敵が。電探が彼女の予感を代弁するかの様に沖合方向に赤い敵反応を映し出していた。舞踏会は、まだ終わらない。

 

♢♢♢♢

 

また一つ、『彼女』にとって驚愕すべき事実が増えた。たった一人の陽炎型駆逐艦の手によりここまで壊滅的な被害を加えられるとは思いもよらなかった。だが『彼女』が件の艦娘に対し胸中に抱いている感情は仲間が死に絶えた事への喪失の哀しみでも、次に己がそうなるであろうという自己の破滅への恐怖でも無く、『彼女』の愛する混沌を見事なまでに創り上げてくれた事に対する感謝と嫉妬、性欲を破壊衝動に置き換えた歪んだ愛情だった。

 

『仲間』の指揮系統から逸脱した『彼女』にとって艦娘、ひいては人類との戦いは己の自己欲求を満たす手段でしか無く、それにおいて重要なのはいかに戦闘を混沌へと導くかであった。その為には人類側の主力級の艦隊に『彼女』単騎で襲撃を仕掛けるのすら躊躇しなかったが、それでも真に満たしてくれる混沌をもたらしてはくれなかった。

 

だが今回は違った。味方が全て死に絶えた状態からあたかもチェス盤をひっくり返したかの如くの逆転劇をあの駆逐艦は演じ、『彼女』満足させるだけの混沌をもたらしてくれた。だから『彼女』はその駆逐艦に砲火を以て礼を言うのだ。

 

屍山血河を超えてやってきた混沌を呼ぶ者のシルエットが鮮明になりつつある。『彼女』はその姿を己の網膜と脳裏に刻みつけるつもりだ。

 

原型すら分からぬ程、壊し尽くしてしまう前に。

 

♢♢♢♢

 

キマイラがいる。未知の、そして初霜を殺したとおぼしき深海凄艦の姿を目視して雪風が率直に抱いた感想だった。大蛇の尻尾を連想させる艤装、艤装についた砲塔と魚雷管、そして艦載機の運用能力を併せ持つ様がギリシア神話に出てくる複数の生物のパーツを組み合わせた怪物を連想させたからだろう。

 

キマイラと視線が合う。彼女は愉悦に染まった眼とギリギリまで上げた口角によって形成された狂喜を湛えた笑みを雪風へとふりまいている。下水を直接見ている様な気分になった。何故初霜の命を奪った奴がこうもヘラヘラ笑い続けているという事実は雪風には受け入れ難かった。もし酸素魚雷であの尻尾を両断し、連装高角砲の砲弾をありったけ奴の腹部にぶち込んだらどんな苦悶に歪めた面を晒しどんな絶叫を口から発するのかを雪風は知りたくなった。いやそれだけでは足りない、四肢を切断し両目を抉って眼窩に切り取った舌や指を突っ込まねば初霜を殺された恨みは治まらない。そんな妄想をしたら不思議と笑みが零れた。

 

キマイラが艦載機を上空に展開し始めたのを確認し、雪風も連装高角砲を構え戦闘態勢に入る。照準器に、キマイラの姿がすっぽりと収まった。間奏も終わり、二番のAメロが始まる。

 

Bring up passion──

We growing so now──

 

先に仕掛けたのは雪風だった。砲声と共に連装砲角砲の砲弾がキマイラへと殺到する。マズルフラッシュを見た瞬間にキマイラは尻尾を己の体に巻き付けてガード、砲弾は命中するもバリアによって威力が減衰し尻尾にも掠り傷を負わせる程度のダメージしか入らなかった。だが雪風の狙いは連装高角砲の攻撃では無い。この距離で防がれるのは予想済みであり、ガードのモーションを見せた瞬間を見計らって放った酸素魚雷こそが本命の攻撃であった。ガードにより身動きが不自由になったキマイラへ魚雷が殺到する。

 

Lack for──

Got so much be tag for──

 

だがキマイラの防御策はまだあった。魚雷を確認すると艦載機に指示を出し魚雷の進行方向へとダイブさせた。艦載機によって阻まれた魚雷は信管が作動して爆発、キマイラの周囲に幾つもの水柱が乱立する。水柱を見て騙し討ちが失敗したのを悟った雪風は舌打ちし、キマイラからの反撃に備え回避行動を取り出す。鎌首をもたげた尻尾が水柱を突き破って雪風を砲撃、ル級のソレよりも遥かに威力の高い砲弾が雪風の周囲を蹂躙し、衝撃波と砲弾の破片が雪風を襲い、軍装や皮膚を切り刻む。

 

A gotta the assistance──

A best's those plains──

 

キマイラは更に攻勢をかける。額から流れた血を拭った雪風の視界に今度は大挙して押し寄せる艦載機の大群が見えた。雪風は艤装の対空機銃を作動させると同時に連装高角砲を天へと向け、吠えさせる。華麗にステップを取りながら海面を駆け、ペイブウェイの雨を回避、同時に対空機銃と連装高角砲が艦載機の胴や翼を切り裂き海面へと叩き落とす。誘導信号が途切れたペイブウェイが見当違いの方向へ着弾し水飛沫が飛び散る。タイトロープ上でのダンスを彼女は続ける。

 

Run get night──

The beacon ace where we were looking for?──

 

艦載機を半数程減らした所でキマイラが艦載機を後退させ、尻尾の口に仕舞い込む。次にどう仕掛けて来るか、雪風が身構えるとキマイラは尻尾の口の両端にある魚雷管を展開、一面に魚雷を撒き散らす。魚雷の量は多いが航跡が見える上に発射の瞬間も目視していたので回避するのは容易い。魚雷のコースを先読みした回避行動により数多の魚雷が雪風の背後を抜ける。

 

だがここで雪風の中で引っかかるものがあった。苛烈な攻撃をしてきたキマイラが簡単に回避できる雷撃をするとは考え辛かった。だが今の雷撃が雪風自身を攻撃する目的では無く何か別の目的が有るのならば納得がいく。それがもし、次の攻撃を雪風に当てる為のものだとしたなら──

 

He got laws──

We're not begin in zones──

 

予感は的中した。魚雷が雪風の目の前に『湧いた』のだ。しかも一本だけではない。何本も雪風へと殺到している。驚愕と共に苦虫を潰した顔をする雪風、回避行動は今更間に合わない。だがここで雪風が死ねば初霜の無念を晴らすのは永遠に叶わなくなる。故に彼女はまだ死ねないのだ、少なくともあの笑顔を苦悶の表情に変えるまでは。

 

「うおああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

雄叫びと共に精一杯の回避行動を取りつつ上半身を捻り海面に向け連装高角砲を乱射、同時に爆破深度を浅く設定した爆雷を周辺に投下し魚雷を迎撃する。

 

砲弾や爆雷の爆発に巻き込まれた魚雷が爆発、更に誘爆が誘爆を呼び雪風の周囲に幾つものの水柱が乱立する。

 

Somewhat crows ready to go ace combat one for day──

 

水柱が晴れて魚雷の迎撃に成功した雪風が目にしたのは、面白い大道芸をみた観客が芸人に向ける様な拍手をするキマイラの姿だった。人を馬鹿にした笑みも相まって雪風は心底不快な気分になった。もしかするとそうさせる為にわざとやっているのかもしれない。殴りたい笑顔という言葉がぴったりだ。いや、殴るよりもおぞましい仕打ちをせねば彼女自身の腹の虫が治まらない。

 

Those the pride you──

Just go blood eater butcher──

 

キマイラに雪風自身の暗澹たる妄想の副産物である狂気じみた笑みを返す。彼女の心を侵食する憎悪と殺意の複合体、それを笑みに変換して彼女は振り撒く。キマイラはそれを知ってか知らずか、笑みを更に憎たらしいものへと変貌させる。

 

それでいい、と雪風は思った。その方が相手を痛めつけた時のエクスタシーが倍化するだろうからだ。連装高角砲の砲身の先端を舐める、鉄と火薬の味に甘美な罪の味が混じった。罪の味は、初霜と食べた間宮アイスの味によく似ていた。

 

Let me hear you say──

 

雪風が海面を蹴り、キマイラへと一直線に疾駆した。

キマイラもほぼ同じタイミングで雪風へと突進する。

 

In the zone──

We're flying high──

The vortex is ours──

 

雪風とキマイラが同時に砲撃した。キマイラの砲撃は雪風には直撃せず彼女の脇をすり抜けて後方に水柱を立てた。一方雪風の砲撃はキマイラへの直撃コースを通っていたものの着弾する直前に拳で砲弾を弾き飛ばされ防がれてしまった。

 

雪風は間髪入れずに雷撃、酸素魚雷がキマイラへと海中を疾走する。キマイラは回避行動すらとらず尻尾を魚雷達へ向けると海面に向けて砲撃した。雪風が実践した迎撃法を真似たのだ。だがこの隙のお陰で雪風はキマイラの側面へと接近するのには成功した。再度砲撃、砲弾がキマイラのバリアを食い破り次々に雨合羽へと突き刺さる。

 

Yeah we are──

History in the making──

Life forces beyond breaking──

Here the laws don't apply──

 

それでもなおキマイラは笑みを歪める事無く雪風へ悠然と砲撃を返してきた。直撃こそしなかったものの至近での炸裂による衝撃波が雪風を揺さぶる。バランスを崩しそうになるが踏ん張って耐える。転倒したら最後、今度こそ直撃を貰いバラバラになるだろう。

 

雪風が体勢を立て直して連装高角砲を構えようとした瞬間、キマイラが雪風の眼前へと接近し腰を振って尻尾を雪風へと叩きつけようとしていた。ガードは間に合わないと判断した雪風は砲を構えたまま垂直に跳んだ、雪風の脚の下を尻尾が通り過ぎる。

 

In the zone──

Beyond the reach of mere gravity──

 

宙で雪風は連装高角砲の照準をキマイラの尻尾にある魚雷管を狙った。比較的装甲が薄く尚且つ誘爆が狙えれば相手の戦闘力を大きく削ぎ落とせると考えた結果だ。シビアな砲撃だが、やる価値はある。トリガーを二回絞る。一発は副砲に当たり弾かれたがもう一発が見事に右側の魚雷管に命中した。

 

We're here to save a life──

Stronger and braver life──

We're in the zone──

 

魚雷管内部の魚雷が誘爆し、それが更に連鎖的な爆発を呼ぶ。キマイラの尻尾の装甲板をオレンジ色の爆炎が突き破り、派手な爆音と共に吹き飛ばす。緑色の血飛沫が花火にアクセントを添える。武装もタダでは済まされず命中した魚雷管は勿論、魚雷管の上にあった副砲も一緒に吹き飛んだ。主砲も砲撃自体は出来るが内部を損傷し砲撃精度は著しく落ちていた。

 

「Jack pot!」

 

着水した雪風は激痛と共にキマイラが驚愕と困惑と苦悶の表情を浮かべるのを確認した。

 

「そうです、貴女のその顔が見たかったんですよ…」

 

キマイラとは正反対の愉悦に支配された笑顔で雪風は呟いた。

 

だがキマイラはすぐさま笑顔を取り戻し、両手を広げて仰向けに後方へと倒れ込み海中へと逃げようとする。無論雪風は逃がすつもりは無いので砲撃を加えるが何故か全弾キマイラの側を通り過ぎてしまう。海中へ完全に逃げる直前にキマイラが何か言っている様な気がした。

 

──また会おうぜ、死神──

 

雪風にはそう言っている様に思えた。

 

キマイラが去り、今度こそ本当に雪風一人だけになった。先程まで胸中を支配していた感情は嘘みたいに霧散し、同時に雪風から笑顔が消えた。代わりに胸騒ぎに似た危機感が雪風の全身を駆け巡った。耳からイヤホンを抜き周囲を警戒すると上空から複数のジェットエンジンの甲高い音が聞こえた気がした。雪風が空を見上げるとその正体はすぐに分かった。四機のB-1Bランサーが雪風のいる海域上空を飛行していた。

 

空爆が始まった。ランサーの兵装庫から艦娘用兵器の技術を転用した対深海凄艦用爆弾が投下される。水面に着弾する度に戦艦の砲撃とは比べ物にならない程大きい衝撃波と共に海面を撹拌する。耳を聾する大音量と衝撃波が着弾地点から離れている雪風を襲う。逃げようにも爆発により発生した波のせいで上手く航行できない。何度もバランスを崩しかける。尻尾を損傷したとはいえまだ戦闘可能なキマイラが逃げたのもこれを察しからだろうと雪風は考えた。これではとてもでは無いが海戦は出来ず、それどころか爆撃に巻き込まれて沈む可能性すらある。

 

雪風の近くに爆弾が落下した。落下した爆弾は信管に不備があったのか着水直後では無く、海中に沈んでから爆発した。破片と衝撃波の代わりに大量の海水が雪風の体を打ちつけ、打撃のショックで雪風は意識を手放した。

 

♢♢♢♢

 

島風は八割方の駆逐艦が出払った泊地の自室で暇を持て余していた。島風は特に練度が高い訳では無かったが提督のお気に入りなので今回の作戦は免除された。彼女がお気に入りなのは提督に唯々諾々と従い、性的な接触も文句一つ言わずに行うからだ。性行為に関しては島風自身も好きであるが。

 

余りにも暇なので島風は執務室に行き、提督と遊ぶ事にした。自室の扉を蹴破り一直線に執務室へ向かう。どんなプレイをすれば提督が喜び尚且つ自分も気持ちよくなれるかを考えているうちに執務室に着いた。

 

島風がノックをするといつもはする筈の提督の声がしてこない。怪訝に思って島風はやや無礼だなと思いながらもドアを開けた。

 

ドアを開けた瞬間、足元に転がり落ちてきた空薬莢と鮮血、提督『だったもの』の側にあるサプレッサー付のP226を見て島風は何が起きたかを察し、絶叫した。

 

♢♢♢♢

 

コリンズは今己が見ている光景を信じられずにいた。艦娘と深海棲艦の血と艤装から流れ出たオイルで変色した海に彼の空いた口が塞がらない。

 

彼とて救難部隊に所属してから艦載機パイロットやSEALs隊員、そして艦娘を回収するミッションにおいてかなりの修羅場を経験して来たがそれでも今回の惨状には届かない。

 

バラバラになって浮かぶ艦娘と深海棲艦の残骸に海鳥が止まりついばむ。海鳥がコリンズらが乗るHH-60Hレスキューホークのローター駆動音に驚き、飛び立つ。

 

コリンズは機内から海面を睨み生存者を探す。だが見えるのは残骸ばかりでしかもどれもが損傷が激しい。

 

「おいコリー、日本は世界で初めて艦娘を開発したんだろ?だったらなんで地上で砲台代りにする杜撰な運用するんだ?俺らだってあんな風にはしないぜ」

 

米軍内では立場が低いと思われがちな艦娘だが、現場ではそれは当てはまらない。圧倒的な物量を以っての高高度もしくは遠距離からの攻撃というスタイルを確立しても全てのパターンに対応出来る訳ではない。近距離で深海棲艦の奇襲を受けた場合は手も足も出ないのだ。

 

この場合対応出来るのは艦娘だけであり事実コリンズらは彼女達に何度も助けられている。彼女の亡霊扱いするのは仕事が無くなった陸軍か安全地帯からの攻撃しかしない空軍ぐらいだ。

 

「知るかよマック、それよりお前も探してくれ、生存反応がまだ一つあるんだ。ミニガンなんて深海棲艦相手には何の役に立ちはしないのを振り回すぐらいなら手伝え」

 

パラボラアンテナ状の装置から発信される信号を頼りにコリンズはHH-60Hのパイロットに指示を飛ばす。

 

「海岸沿いだ、海岸沿いに強い反応がある!そっちを重点的に捜索するぞ」

 

HH-60Hが機首の向きを変え海岸線へと機体を加速させた。海岸が視界を占める割合が大きくなる。海岸に到達すると速度を落とし海岸線を舐める様に飛行する。

 

海岸は艦娘や深海棲艦の手足や内臓、欠損した遺骸で埋めつくされ、そこに海鳥がたかるという酸鼻を極める光景があった。既に腐敗が始まっているのか遺骸から漂う独特の腐臭がコリンズらが乗るHH-60Hまで漂ってくる。

 

目が滲みる程の悪臭に耐えながらコリンズは生存信号を手がかりに遺骸だらけの海岸から生きている艦娘を探す。あたかもシュールストレーミングを頬張りながらウォーリーを探せをしているかの様な気分になったが、あちらとは違いこちらは艦娘の命がかかっている。

 

ふとコリンズはリ級とル級の遺骸の陰に五体満足で倒れている艦娘が見えた気がした。

 

「生存者らしきものが見えた、俺が降りて確認する」

 

パイロットにHH-60Hをホバリングさせ、ラベリング降下で海岸へ降り立つ。遺骸から流れ出た体液で砂浜がぬかるむのも気にせずコリンズは遺骸の陰の艦娘がいる方へと歩み寄る。遺骸を踏まぬ様に足の踏み場を選びながら進む。コリンズを避け蟹達が遺骸の下に潜り、海鳥達が何処へと飛んでいく。装置から発される信号も徐々に明瞭になりつつあった。

 

遺骸の陰を除き込むとワンピース様の軍装を着た齧歯類を連想させる幼い見た目の艦娘が仰向けに横たわっていた。傍に落ちていた彼女の物とおぼしき識別用タグと特注品のipodを拾い、タクティカルベストのポーチにしまう。艤装は半壊し、服は所々擦り切れ出血もあったが命に直接関わる外傷は見当たらなかった。コリンズは恐る恐る彼女の手首の静脈に指を当てる。意識は無いが脈拍はある、彼女はまだ生きていた。

 

「生存者だ、生存者がいたぞ!そっちに向かうから担架を下ろしておいてくれ!」

 

コリンズは艦娘の艤装の緊急解除レバーを引き彼女から艤装を引き剥がす。艤装が外れ軽くなった艦娘を抱きかかえると足下に気を付けて慎重にHH-60Hがホバリングしている地点にまで戻る。ダウンウォッシュで艦娘の服がはためく。

 

艦娘をゆっくりと担架に寝かすとベルトでしっかり固定し、担架にワイヤーを引っ掛ける。コリンズもハーネスでワイヤーと自身を繋いだ。

 

ホイスト装置でコリンズと艦娘が引き上げられると先ず艦娘を乗せた担架がクルーによってHH-60H 機内に収容され、座席をベッド代わりにして寝かし別のクルーが応急処置を開始した。コリンズもクルーの手を借りて機内へと戻った。

 

「こちらハミングバード、海自側の生存者を一名確保した。これより帰投する」

 

パイロットが空母に連絡すると機体を反転させ、水平線へと加速させた。ロケット発射台が遠ざかっていく。

 

「こいつってあの空爆の中生き残ったんだよな……」

 

マクレーンがミニガンから手を離し艦娘を見ながら口を開いた。

 

「ああ、大した強運の持ち主だぜ、他の艦娘はご覧の通り皆戦死したんだからな。だが……」

「だが?」

「もしかしたらこいつ自身は自分だけ生き残るぐらいならみんなで一緒に死んだ方が良かったんじゃないかなって思ってるかもしれないぜ。生き残った方がこいつにとって不幸ってのもあり得るかもな」

 

突然後方から腹の底まで響く轟音が聞こえてきた。

 

コリンズがドアから頭を出し後方を確認するとロケットが白煙を吐きながら宇宙を目指して昇っていた。コリンズにはそれが死んだ艦娘達の魂が天国へ還るかの様に見えた。

 

コリンズはポケットから識別用タグを取り出し、手に取る。じっくり観察するとタグには艦娘の名前がアルファベットで書かれていたのが分かった。

 

「乗り遅れちまったな、ユキカゼ」

 

識別用タグを艦娘の首に掛け直すとコリンズは誰にも気付かれぬ様に一人呟いた。




雪風が聴いていた曲
https://www.youtube.com/watch?v=BDSRBIQz68U

この話を書いていたのが二月中であり「まさか本編ではやらんだろう」と思ってOPのレズコプターをゆきしもコンビにやらせました

アニメ本編中でレズコプターやらかした時は真顔になりました

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