題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

で。
この章のターニングポイント。正直難産過ぎて色々予定が狂った……


第8話

 その傭兵は言いました。

「未来の商売敵を育てるってのは、どんな気分なんだ?」

 言われた冒険者はこう返しました。

「新人を殺すってのは、どんな気分なんだ?」

 

 

 ○      ○      ○

 

 

 つまり、そんな事であるらしい。

「おい坊主ー! さっさと動けよ無駄飯食ってんじゃねぇぞ! キャン言わすぞてめぇ!!」

 ――お前に坊主呼ばわれされたくねぇよ。

 俺の背後で包丁を持った右手をぐるんぐるんと振り回す物騒極まりない少女に、俺はそう返した。うん、怖いから心の中で。

 

 さて、どんな場所でも、稼ぎ処と言うべき時間がある。

 一般の旅人が主な客層である宿屋なら、日が落ちる前の時間帯が呼び込みのもっとも盛んな時間で、それ以降の夜が一番賑やかな頃になり、早朝のランチメニューが出た後は、旅人達は宿を後にし、昼時は少々暇な物なんだそうだ。

 フロア部分を食堂として使っている宿なんかは、昼時もまたそれなりに稼げる時間になるけど、満遍なく儲ける、なんてのは中々に難しい。

 

 で、冒険者を相手にする宿屋兼酒場であるここ『魔王の翼』亭になると、朝はとんとん、昼は閑古鳥、夜が本番、になる。そんな本番を、店主、料理人、雑用、のたった三人で回せるかと言うと、それは無理だ、と当然なる。うん、絶対無理。

 で、あるから、こう言った時には助っ人が必要となるわけだ。

 それが、

 

「おい坊主豚串十本出来たから持ってけよー!!」

「分かったから、少し落ち着いて喋れよ」

「これが普通だってんだよ! ってか仕事中に客と喋くるなてめぇ!」

 この早口でまくし立てる少女だった。隣でフライパンを振るうタリサさんなんかは苦笑を浮かべて、お客さんである冒険者達に料理を運ぶバズさんはいつも通りの無愛想な顔で、年下の少女に坊主呼ばわりされる俺を見ている。

 ついでに、テーブルに座ってる皆も似たり寄ったりの苦笑だ。さっきまで俺と話していたジュディアなんて、それ見た事かといった呆れ顔だけども。

 

「ほら、リーヤもあぁ言ってるし、さっさと仕事しなさいよ、あんた」

「分かってるって」

 お気に入りの果実酒がなみなみと注がれたコップを片手に、気だるげな感じで手を振って俺を追い払うジュディアの姿を視界の隅に納めながら、俺は助っ人――リーヤが作った豚串十本を注文した冒険者のテーブルまで運ぶ。

 今日もいつも通りだ。

 

 テーブルに皿を置き、また新しい注文を聞いて、メモをとる。厨房に戻る途中で、手を上げて俺に声をかけてくる人に気付いた。

 

「坊主ー……今日のお勧めはなんだー?」

「そうですねー……たまにはエールでいいんじゃないですか?」

「そうだな……たまにはエールでいいか」

 エールしか飲まないベルージさんにそう返して、やっぱりいつも通りだと思った。

 

 いつも通り、俺はまだここに居る。この店の雑用で、名前の無い異邦人の俺は、立ち位置もはっきりしないまま、まだここに居る。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

「リーヤ、今日の取り分だ」

「どもです!」

 バズが差し出した小さな袋を、リーヤと呼ばれた少女は両手で受け取り、すぐ懐に仕舞った。

 先程まで喧騒が支配していたフロアも、人影が五つだけになれば静かなもので、天井から吊るされた五つのランプだけが灯るそこは、酷く場違いな世界に男には見えた。テーブルの上に散乱する皿やコップを片して洗い、テーブルと椅子を軽く拭えばもう後は仕込みだけだ。一週間以上も繰り返した日常が、まだ男には馴染めない。

 それが良い事であるのか、悪い事であるのか、男には判然としない。

 

「で、リーヤ……次は中層だっけ?」

「そうですジュディアさんあっこは中々厳しくて遣り甲斐ありますですよ」

「そう……頑張りなさいよ?」

「はい私もさっさとゴミ漁り卒業して見せますんで!」

 閑散とした店内を眺めていた男の向こうで、未だカウンター席に座るジュディアがリーヤと話をしていた。その内容に、男は少しばかり興味を惹かれ、口を挟む事にした。

 

「なぁ、ゴミ漁りってなんだ?」

「坊主はそんなのも知らないでここにいんのか?」

「……年下に坊主呼ばわりされるのがデフォとかどうなんだよ」

「坊主じゃない、あんた」

 項垂れて零す男に、ジュディアの断定が止めを刺す。タリサはフライパンを磨きながら軽く吹き、バズはやはり常通りの相でそれを見ているだけだ。

 

「ゴミ漁りって言うのはね……」

 男の言葉に応えるつもりがあるらしいジュディアは、そこまで口にし、僅かばかりリーヤを流し見て続ける。

「ダンジョン未踏破冒険者の事よ。上がりが少ない、信頼もまだ無い、実力も無い、モンスターを倒して素材をまともに集められず、モンスターの死体を漁って金目の物を物色する。そんな連中と、ジュディア達冒険者を区別する為の物ね」

 辛らつな言葉を、ジュディアははっきりと口にした。男は慌ててリーヤに目を向けたが、そこまで言われたリーヤは悔しげな貌を見せてはいるが、そこに怒りや反発の色は無く、悔しくとも事実として受けれている、そんな相があった。

 

 冒険者は中堅どころでやっと一日の暮らしがどうにかなり、ベテランになって安定し余裕が出来始める。一流とも成れば富豪や貴族並、とはいかなくとも裕福な暮らしが約束される。

 リーヤはジュディアが言うとおりのゴミ漁りであるから、その生活は苦しいだけの毎日だ。だから、彼ら、彼女らはこうやってギルドの仕事や迷宮探索以外にも、金になる仕事をしなければならない。

 

「大変なんだなぁ」

「大変なんてもんじゃないっての……こうもっと金になる仕事ってないもんかなぁ……」

 男の言葉に反射的にそう返してしまったリーヤは、ぎょっとした相でバズを見て、勢いよく腕を振り回し始めた。

 

「い、いや違うんですよバズさんこれは別にここでの仕事に不満があるって訳じゃなくてですねって坊主てめぇなんて事言わせてんだよ!?」

「俺のせいじゃないだろ」

「どう見たっててめぇのせいだよ!」

 唾を飛ばして早口に言い放つリーヤに、男は身を引いて距離を取る。そんな男を、リーヤは一転して温度の下がった冷淡な目で見て、首を横に振る。

 

「どんだけ軟弱なんだてめぇはよぅ……」

 ――初対面でそこまで喧嘩腰なのもどうなんだ。

 男は胸中でそう呟くだけで、やはり言葉にする事はなかった。が、金策云々に関しては、少しばかり男には思う事がある。

 

「女なんだから、その辺売り物にしたらどうなんだ?」

「死ねてめぇ」

「最低ね、あんた」

 男が口にした内容に、リーヤとジュディアは冷え切った双眸で応じた。自身の言葉が何か違った意味で取られたと悟った男は、全力で首を横に振り過ちを正さねばと意味も無く両の手のひらを胸の前辺りで振った。

 

「あぁいやそうじゃなくてさ。せっかく可愛いんだし、それなりの格好で女給でもすればチップとか貰えるんじゃないかって言いたかったんだって」

「……可愛い、か?」

「あ、うん?」

「おいてめぇいまなんか最後発音おかしかっただろ?」

「そんなことないよ?」

 

 男を睨むリーヤを眺めながら、ジュディアはなるほどと頷く。

 確かに、リーヤは愛らしい容貌の少女だ。ジュディア程ではないが、顔はそれなりに整っているし、スタイルもそれなりだ。着飾り、黙って立っていれば十人中七人は可愛いと思うだろう。

 自身ではなく、エリィを綺麗だと言った男の審美眼がそこそこに機能していた事にジュディアは軽い驚きを覚えたが。更に言えば、その上で、エリィより自分が下か、と怒りも覚えた訳だが、今は男の美的感覚を是正する時でもない。話題はリーヤの金策なのだ。

 

「で、あんたはリーヤがどんな格好すれば馬鹿が金落とすって思うの?」

「なんでそんなばっさり来た」

「女の外面だけで金を出す奴はね、馬鹿って相場が決まってるの」

 ジュディアの言葉に、リーヤは頷きタリサは目を閉じた。バズは無言のままである。こういった話題には触れたくないらしく、その筋肉に覆われた巨体からは、明確な拒絶のオーラが漂っていた。

 

「あぁー……うん、そうだなぁ……」

 男は、リーヤの姿を正面から視界におさめ、額を二度、三度と右手の中指で叩く。値踏みされたと感じたリーヤは、眦を決して一歩男に近づいた。彼女が一歩踏み込んだ時にきしんだ床の音は、今まで男が聞いた事が無い様な悲鳴じみた音で、男は自身の背を蛇に舐められたような錯覚に、悲鳴を零しそうになった。

 

「待て、待って。違う、決していやらしい目では見てない」

「じゃあさっさと似合いそうなの言ってみろよ」

 眦を危険な角度のままに保つリーヤに、男は何度も頷き、自身の世界で数度テレビ越しに見た衣装を口にした。恐怖からまともな思考を放棄したとも言える。

 

「め、メイド服!!」

「……」

 周囲を、静寂が包み込んだ。

 

 ジュディアは額に手を当て、タリサはつばの狭い帽子を目深に被り、バズは腕を組んだまま天井を見上げ、リーヤは一変して淡然とした物で、ともすればそのまま悟りでも啓くのではないかといった相で口を開いた。

 

「てめぇさては馬鹿だな」

「いや……俺の故郷じゃちょっとしたもんで……」

 日本が誇るサブカル随一の衣装でありジャンルであり世界であり神である。その装いは場所を選ばず展開したのであるから、確かにちょっとした物ではあるが、逆に言えばちょっとした物でしかない。

 

「もう死ねよてめぇ」

 リーヤの冷たい声に、男は何でメイド服をチョイスした、と十秒ほど前に叫んだ自身を非難する。非難しても時は既に遅し。覆水不返である。

 

 ――太公望は偉かったなぁ。

 男は何故かそんな事を思いながら、天井を眺めた。零れ出そうに成る涙を精一杯堰き止めるには、上を向くしか方法が無いからだ。

 どうでもいいが、太公望の覆水不返は後世の創作である。

 

 男のそんな無様な姿を目に映す事なく、ジュディアは溜息混じりに、

「で……なんでメイド服なのよ?」

 どでかいナイフを男の心臓に一刺しした。容赦など微塵も無い。

 

「……こう、さ。普段身近に無い物が、いきなり傍に来るとさ……来る物無い?」

「……いや、ないわよ」

「……うん、そうか」

 このまま死ぬ、みたいな顔の男を放って、ジュディアはメイドを脳裏に描いた。

 

 白と黒。貴族の屋敷で良く見る、街中などでも急ぎの仕事で買出しに出てくるメイドを、数度見た事はある。仕える者として教育された彼女達の所作は、洗練された貴族達とはまた違った美しさを持っているが、メイド達の放つ堅苦しい空気は、なんの教育も受けていない人種からすれば威圧感すら伴う。

 それが一日の終わりを気楽に求める酒場で給仕をしたとして、男と言う生き物は喜ぶのだろうか。女であるジュディアにはいまいち分からない物だ。

 もっともこの辺りは、

 

「もっと露出多目とか、そういうの好きじゃないの、男って?」

「あぁ……ジュディアは似非じゃなくて本物志向なんだな……」

「……は?」

 男とジュディアのメイドに対するイメージの差が大きい。

 男が思い浮かべたのは、若い少女がサブカルに汚染された所作で外面だけを偽装した、所謂似非メイドだ。ジュディアの思い浮かべたそれは、まさしく職業的なメイドである。

 当然ミニスカフリフリなど存在しない。メイド服とは、肌を多く見せない淑女の佇まいを感じさせる、女の鎧なのだ。

 

「うん、それもありだ」

「おい、戻って来い。戻ってきて、お願い」

 解脱しかねない男の表情に、ジュディアは怯えも隠さぬ相で男の両の肩を掴み、強く揺すった。

 

「……まぁ、あれは置いといてだ。リーヤ」

「は、はい!」

 今まで会話に参加しなかったバズが、リーヤに声をかけた。バズは腕を組んだまま顔で厨房を示し、

「豚が余ってんだ。ちょっと持っていけ」

「え、でも……」

「持っていけ」

 有無を言わせぬその声に、リーヤは数秒ほど固まり、やがておずおずと頷いた。それを見て、バズは大きく頷き、自身の姪の名を口にする。

 

「へいへい? ほらリーヤ、これさね?」

「……こ、これ」

 リーヤの手に渡されたのは、豚串六本の入った紙袋だった。匂いも、その紙袋から伝わる暖かさも、今しがた調理された事を瞭と語っている。ならばこれは。

 

「余りモンだ。持っていけ」

 余り物ではない、余り物だ。リーヤは受け取った紙袋を抱き、頬を朱色に染め、

「ありがとうございます!!」

 大きな声でそう返した。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

「あんなでかい声出されたら、上で寝てる連中の目がさめちまうってんだ」

「筋肉の塊が照れてもねぇ?」

「うるせぇ」

 リーヤが帰ったあと、バズは閉ざされた扉をじっと見つめながら口元を歪めて呟いた。その小さな呟きを拾い上げ、茶化したのはタリサである。もっとも、そのタリサの目は未だ男と、男を揺さぶるジュディアに向いたままだ。

 姪に付き合う形でジュディア達を見る事になったバズは、ふと思った事をタリサに問うてみた。

 

「あいつ、リーヤに怒鳴られた時、ジュディアとなんの話をしてやがったんだ?」

「んー? 遠くからだからねぇ、全部は分からないけど、冒険者には荒くれ者が少ないな、って話だったかねぇ?」

「そりゃお前、傭兵のほうだろ」

「そうさね? だからジュディアも、そう返してたよ?」

 バズは力強く頷いた。

 

「あいつらは馬鹿だ。食い扶持が少なくなるとか抜かして、仕事が終わりに近づいたら、自分とこの新人殺しまでやりやがる」

「そんな連中ばっかじゃないって思いたいけどねぇ……?」

 バズが知る限り、それを本当にやった傭兵団がある。自分達冒険者と、傭兵には明確な違いが在るのだと分かった時の彼の驚きは、今もまだ胸の中で息づいている。バズには、忘れる事等できない。

 新人は、守るべきものだ。それが冒険者のルールだからだ。

 

 自分達がまだひよっこのゴミ漁りだった頃、助けてくれた男達が居た事をバスは忘れられない。迷宮から逃げるように這い出て、その癖上がりも無く、食うにも困った時、見知らぬ冒険者達が奢ってくれた肉と酒の美味さを忘れられず、将来これを作るのだと、これをやるのだと彼は決心した。

 広くは無い自身の城の、壁と、天井と、床と、そこに置かれたテーブルと椅子を見る。ここでどれだけの新人を助けてやれるのか、バズには分からない。

 

 ゴミ漁りを立派な冒険者に育てること。

 

 いつから、どこで、誰が作ったルールなのか。バズがゴミ漁りだった頃には、もう古いルールだと笑われていたから、相当昔からある物なのだろう。

 そんな古臭い物知った事かと言う者も少なくは無いが、古きを守ろうとする者もまた決して少なくは無い。冒険者も様々だ。他者よりも自身に重きを置くのは当然の事だと理解も出来る。

 それでも、そのルールを守る自身に迷いが無い以上、彼はそれを続けると決めたのだから。

 

 あの時――遠いあの日、戦場で、泥に汚れたアーミージャケットに身をまとい、恐怖を乗り越え成し遂げた初めての任務の、その成功を無邪気に喜ぶ歳若い男を、あっさりと後ろから撃ち殺した傭兵の姿が、その時睨み合いながら交わした言葉が、バズの脳裏を過ぎる。

 それもまた、この誓いの起点の一つだからだ。

 

「バズ。なぁおい、未来の商売敵を育てるってのは、どんな気分なんだ?」

「新人を殺すってのは、どんな気分なんだ? えぇ、ハイフリート」

 

 一生、忘れる事などないだろう。

 傭兵の――対人戦闘のエキスパートの、酷く濁った光をたたえ、全てを睥睨するような双眸を。自身の宿に身を置く誰かに、良く似たその顔を。




※冒険者のルール云々に違和感があったので『もう古いルール』に修正をしました。

ちなみに僕は、メイド喫茶が大嫌いです。友人に騙されて入ったあの日のことを、忘れることなどないでしょう……高いよ……味のわりに高すぎるよ……

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