題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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一週間に二話投稿が限界。
この身のなんという脆弱さよ。


第4話

「背中が痛い」

「なんだ、見た目通り細っこい奴だな。肉を食え、肉を。あとはビールだな」

「それはマスターの好物でしょ?」

「まぁな」

 

 先ほどまでプロレスラーみたいな男達が屯していた店内も今はもう随分と静かだ。今店内に残っているのは、俺と、この店の店主であるえらく筋肉質な店主と、俺をここまで連れてきたエリィと、その仲間である三人の女の子達。それと、

 

「背中痛いっても、気に入られたんだからいいんでないかい?」

 つばの小さな帽子を被った化粧気の無い女性だけだ。さて、この人が何者であるかと言うと。

 

「そりゃあそうだろう。お前は、タリサは厨房に居たから見てないだろうが、こいつの計算ときたらもう、大したモンだったぜ?」

「店が揺れたもんねぇ? あん時にゃあビックリさせられたさね?」

 この店の料理人なのである。

 

 店主の言葉に、タリサと呼ばれた女性はつばの小さな帽子を脱ぎ、そこから出てきた赤茶色の雀の巣をガリガリと掻き回した。

 ぱっと見十人中八人は美人と思う顔なのに、化粧気の無い顔とその髪型で大分損をしているんじゃないか、なんて事を思いながら俺は自分の前に置かれたコップを手に取り、軽く煽った。ブドウを搾った軽めの果実酒で、アルコールの類が初めての俺でも抵抗無く飲めるのは、素直に凄いもんだと感心させられる。

 

「ったくさぁ……皆手加減しとけよなぁ……ほら、背中痛くないか? 大丈夫か?」

「あ、うん、大丈夫」

 あの後。そう、あの店が揺れたその後、店内に居た男達は俺の傍に寄ってきて、賞賛の言葉と共に一切の遠慮なく背中やら肩やらを叩いた。

 いや、在ったのかもしれない。知れないが、こちとらその辺の一般高校生だ。どこぞの四角いマットで投げたり飛んだり極めたりが似合いそうな連中にぽんぽんと叩かれたら、そりゃもう本当に痛いのだ。勘弁して欲しい。

 まぁだからと言って、

 

「なぁ、打ち身用の塗り薬とかあったっけ?」

「いえ……今はちょっと手持ちが」

 俺に対して過保護なエリィの態度も勘弁して欲しい。

 同じくらいの年頃の少女にそこまで心配されると、自分が駄目男になったような気がしてちょっと気が滅入る。まぁ、気が滅入ると言えば、エリィに話しかけられた控えめな女の子は、俺をチラッと見た後すぐに目を背けることが多いので、それもなんというかやめて欲しいなぁ、なんて思うわけだ。

 

「で、だ。坊主」

 繊細な心に色々と負荷をかけられ、そろそろ領域不足で処理速度が落ちて妙な音でも出てきそうな俺に、店主は真面目な顔で話しかけてくる。

 

「お前、うちで働かないか?」

「お、そいつは豪気だねぇ?」

「茶化すんじゃねぇよ、タリサ。坊主、どうだ? 従業員用の部屋はまだ空きがあるし、住み込みもいけるぜ?」

 店主の言葉に、タリサさんがにやりと笑って口笛を吹いた。さまになるなぁ、この人。いや、そうではなく。

 

 その話は随分と助かる。なにせ俺は、ここではなんの自己証明手段も持たない異邦人だ。雨風を凌げる場所があって、仕事もあるとなれば随分助かる。

 幸い、酒場じゃないが、ファミレスでのバイト経験もあるから、接客系の技能がそこそこには生かせるだろうこの職場は、何も持っていない俺が生きていくには比較的易しい場所になるはずだ。

 

「俺で……じゃない、僕でよければ、お願いします」

「おう、頼むぜ。あと、僕なんて言うんじゃねぇ。男なら、俺、だ」

「は、はい」

「ん。あんだけの計算が出来るんなら、こっちも大助かりだからな。期待してるぜ」

 俺の言葉に、店主はからりと笑った。俺の周りには今まで居なかったタイプの人で、その笑顔もなんとも男臭く、俺は圧されたように上体をのけぞらせた。でも、嬉しかった。必要とされるのは、なんとなく嬉しい。

 

「となりゃあ、まずは自己紹介だな」

 店主の言葉に、俺は心臓をわしづかみされたような錯覚に陥った。俺の仕事兼住居獲得を我が事のように喜んでいた隣のエリィも、俺と同じ様に表情が固まっているのが分かる。見なくても、一日に満たない短い付き合いでも、その程度は分かってしまう。エリィは、そういう奴だ。

 

「俺はここ『魔王の翼』亭の店主、バズだ。こっちの爆発したコケみたいな髪の女は、俺の兄貴の娘の――まぁ姪っ子って奴だな。タリサだ」

「癖毛でまとまりゃあしないんだよ、あー……タリサだ。よろしく頼むよ?」

 腕を組んで分厚い胸を張るバズさんと、その隣で自分の胸の前で手をひらひらと振るタリサさんに、俺は頭を掻きながら、目を伏せて口を開いた。

 

「えーっと……その、すいません、俺……名前が無いみたいで……」

 

 どこか和やかだった雰囲気に、この瞬間確かに亀裂が入った。バズさんは目を細め、タリサさんは反対に目を見開いた。ジュディアは唖然としたし、俺を避け気味な女の子は悲しそうな顔をしていた。エリィは俺と同じ様に目を伏せて、そして。

 

 そしてフードを目深に被った女の子は、俺を食い入るように見つめていた。いや、実際には分からない。フードの奥に隠された瞳の向かう先なんて分かるわけがないのに、確かに俺は感じたのだ。彼女の視線を。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

「いやまぁ、ビックリしたねぇ?」

「はぁ……すいません」

 自身の後ろを歩く男の弱々しい声にタリサは存在を掴み損ねた。本当にこの男は今自身の後ろに居るのかと言う不安に駆られ、躊躇無く振り返る。

 

「……えっと?」

「あぁ、なんでもないさ? ごめんよ?」

「……はい」

 後ろには確かに男が居る。

 薄暗く狭い、年季の入った木造の天井と廊下、男は影を伴ってそこに居るのだから、存在を掴み損ねるような事があっていい物ではない。男はここに居るのだから、居ないという錯覚を感じさせる原因があるとすればそれは。

 

「名前がないなんて、そりゃあなんというか、ちょっと凄い事だよ、あんた?」

「でしょうね……でも、確かに無いんです」

 再び歩き出したタリサに続きながら、男は応じた。

 

「なんかあって記憶が飛んだとか?」

「だとすれば、明日にでも思い出したいんですけれど」

「ないってのが分からないから、私にはなんとも言えないけどねぇ?」

「そりゃ、普通はあって当たり前の物でしょうしね」

 

 無い、と言う事が無いわけでもないだろう。生まれた時に両親が居ない、という事もそれなりにある事だ。それでもやはり、名前と言うのはどこかから生じる。身体的特徴、行動、それらによって誰かが名を着ける。

 男にはそういった物もなく、ただ名前があった事だけは確りと覚えているのだから、無くしたと言う事に対して耐性を持つ事が出来ない。

 

 ――まるで利き手をなくした冒険者だよ。

 

 タリサはそう思った。

 在った物を失った冒険者は自身も自信も喪失する。自らを語るに足る力の源を奪われた時、人は確固たる欠落に囚われ身動きも出来ず、混濁のまま自己の死を弥が上にも受け入れさせられる。混濁の時、どれほど泣こうと、喚こうと、怒ろうと、生きようとしても、喪失は覆らない。過日の自身は消え去り、今日から逝かねばならぬと諦めるその時、やはり覆らずに絶望を自身の受け皿に満たさねばならないのだと悟った冒険者は、皿から滴り落ちる切望から転じた絶望の余りの多さに自らの器の小ささを思い知らされ、また嘆く。

 

 あぁ、この街に伏せるその者達のなんという多さか。

 

 路地裏を歩けば、垢に塗れた片腕の無い者、足の無い者、そんな者達を簡単に目にする事が出来る。彼らの喉の奥からきしみ出るひび割れた声は、この男と大差ない。若い男だとタリサは思う。

 この世界の成人は15だ。それから一つ二つは年経ているのだろうが、まだこんな不確かな声を出していい歳ではない。あってはならない。

 少なくとも、タリサの世界にあっては。

 

「さておまえさん?」

「はい?」

「ここが従業員用のお部屋ってわけさね?」

 タリサは辿り着いた、廊下の奥にある木製の分厚い扉を親指でさしてチェシャ猫の笑みを浮かべた。

 

 ――さぞ生き難い事だよ。あぁ生き辛いだろうさ。だったらそうだ。そう、そうだ。

 

「ほら、見てみなって?」

 ドアを開け、ポケットから火打石を取り出す。それで天井から釣り下がった小さなランプに火を灯してから男を手招く。男は興味深そうに部屋へと足を踏み入れ、室内を見回し始めた。

 この世界においては一般的な従業員用の部屋だ。天井からは小さなランプがぶら下がり、窓が一つと、壁際にベッドが二つ。そのベッドの傍には小さなタンスが置かれている。椅子も机も、勿論本棚も無いのは、この世界は勉学と言うものが本当に遠い所にある物なのだと男に実感させる。

 と、男はある事に気づいた。

 

「……あっちのベッド、服とか脱ぎっぱの置きっぱなんですけど?」

「そりゃあそうだ? 私のベッドだもんよ?」

「は?」

 片方のベッド――男の言った通り、服を、それも女物らしき物が乱雑に置きっ放しになっている――を指差したまま、男はタリサの顔を凝視した。

 

「なんだいなんだい? おまえさんはあれかい? 言葉を聴いちゃいないのかねぇ? 言ったろう? 言っただろう? 言ったんだよ?」

 先ほど浮かべていたチェシャ猫の笑みをその相に再び作り上げ、タリサは楽しくて楽しくてしょうがないと肩を揺すり始める。

 

「ここは従業員用の部屋さ?」

「チェンジで」

 男は即答した。無理だ。それは無理だ、と首を横に何度も振る。だが、その姿がまたタリサの笑みを深くするのだと、男は分かっているのだろうか。

 

「じゃああれだ? 二階の客室で寝てるエリィ達の所に逃げ込む?」

「いや、流石にこれ以上は迷惑かけられないし……さっき分かれたばっかだし……悪いし……なんか怖がられてるっぽいし……」

「じゃああれだ? 一階の自室に居る叔父さんのベッドに転がり込む?」

「絵的に絶対嫌だ」

 筋肉で覆われた店主の体を思い浮かべ、男はそれも即答した。何かの間違いであのマッチョな店主が特殊な性癖の持ち主ではないと断じるだけの材料が、男には無いのだ。

 助けを求めて飛び込んだ先がこれ以上の苦界であっては意味が無い。

 

「まぁまぁ、今からここでおまえさんのためだけにストリップショウしてやるから、上手に出来たらちゃんと脱いだ服のポケットにチップをねじ込むんだよ?」

「仕事を始める前からセクハラとか凄い斬新ッ」

「あんま胸とか無いけど、尻なら良い線いってると思うんだがねぇ、私?」

「こんなピンチはちょっと想像してなかったなぁッ」

「まぁ冗談はここまでで?」

「あ、うん、はい」

 

 タリサは脱ぐ素振りだけしていたシャツから手を放し、服の置かれたベッドに腰掛けて右手で左肩を揉みながら左腕をぐるぐると回し始める。男はあれはタリサの冗談だったのだと気づいて安堵の溜息を零した。そして、タリサは笑みを引っ込めて真顔でぼそりと呟いた。

 

「なんかしたら潰すし?」

 真顔であった。

「えッ?」

 真顔だった。

 

 固まった男の、深刻な相を視界の端におさめながら、タリサは胸中で零す。

 

 ――ようは掻き回して揉み回して、悲嘆に暮れる暇なんか与えなけりゃあいいんだ。

 

 その程度に思いやれる位には、タリサは男を気に入った。気に入ったと言う事にしておいた。そうしなければ、優しくしてやる理由がなくなるからだ。

 多分彼女は。化粧気のない、雀の巣のような赤茶色の髪を持つ彼女は。

 

 ――我ながら、大馬鹿モンのお人よしなこってさ。

 

 この世界では生き難い、生き辛い者の一人なのだ。




類友的な。
ハーレム的環境にはしますが、誰も男に恋愛感情を抱かないと言う方向で頑張ります。恋愛モンとか苦手なんでッ

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