題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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前々からやりたかった異世界証明方法。
別に珍しい形ではありませんが。


第3話

 無いなんて事はない筈だ。

 だってそれは物心つく前からあった物で、無いわけが無いのだから。在ると言うのは、まぁ当たり前だろう。生まれた時に在る物は、その後も大抵ある物だ。

 在って当たり前と言うのは、本当に当たり前に、当然に、瞭然と、在り続けて"当然"だ。

 

 その筈なのに、そうであるべきなのに。

 

「……ない」

 

 それはなんて事なのだろう。当然の物が無いのなら、自分は当然の物ではなく。

 

 慮外ながらと先に言っておこうと思う。

 

「お、おい?」

 俺は綺麗だと褒め称えた彼女の前で、今も俺を心配する彼女――エリィの前で。

「だ、大丈夫か? お前、顔色凄い悪いぞ……?」

 胃の中のものを全て地面にぶちまけた。

 

「お、おい!?」

 

 無い。名前が無い。たったそれだけの事がこれほど気持ち悪いなんて、俺は知らなかった。知りたくも無かった。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

 突如嘔吐をし始めた男の背中を叩きながら、エリィは

 

 ――これはもう無理だ。

 

 と思い始めていた。これはもう見捨てられない。そんな思いが心の中で大きく、重くなっていくのをエリィは確かに感じた。

 完全にジュディアの判断ミスである。ジュディアがそのまま残り、罪悪感を覚えようが適当に相手をして放り出せばよかったのに、ジュディアはエリィに任せて背を向けてしまったのだから。

 残されたエリィは、自身を綺麗だと言った男を相手に、冷たい態度で接する事など不可能だ。

 面倒であっても、ジュディアはエリィの性格を鑑みた上で判断すべきであった。

 

「ほ、ほら、大丈夫か? な?」

 男の背を撫でながら、エリィはかつて面倒を見ていた近所の子供の姿を思い出す。思い出の中の自身はまだ細い、女性的な曲線など欠片もない頃であるから、相当に昔の事である。とすれば、面倒を見てあやす子供はそれ以上に子供であり、幼児と言っても差し支えない。

 エリィの中では、男は幼児と同列になった。

 綺麗云々は最早関係なく、ただただ放っておけない者となったのだから、エリィは携帯袋から小さな水筒を取り出して蓋を開け、極々自然にそれを男の口元に運んだ。

 

「落ち着いてきたか? だったら飲めよ? ほら? ゆすぐだけでも全然違うだろ? ほら、な?」

 嘔吐を繰り返す男の口元に、自身の水筒を運ぶ。男はそれを見て、目じりに溜め込まれた大粒の涙を乱暴に拭い、首を横に振った。

 

「……汚れる」

 分かりきった事ではないか。そんな事をすれば、エリィの水筒が汚れる。男の喉から絞り出された弱々しい不確かな呟きは、それでもエリィの耳に瞭と届いた。しかしだからこそ、エリィは笑う。

 

「気にすんなって」

 その言葉に、男は暫く息も忘れてエリィの顔を見つめた。胸から喉へとやって来る吐き気など、その瞬間全く消え去った。

 

 飾りも無い、繕いも偽善もない、純な笑み。その笑みが、男の混乱と恐怖と不安を払拭していく。平然とはなれないでも、それに近い状態へと復調していく。

 

 エリィの笑顔から、視線を差し出されたままの水筒へと移す。数秒ほどそれを眺めて、男はやはり首を横に振った。

 

「汚れる」

 今度は明瞭に言葉を紡いだ。嘔吐する為に曲げていた背を伸ばし、口の中に残っていた胃液を唾と共に地面へと吐き捨てる。

 それから、未だ目じりに残る涙を握り締めた手の甲で拭い、小さく息を吸い、吐いた。そのまま呼吸を整えて、エリィに向き直る。どこか不安げなエリィの相を真っ直ぐに双眸におさめて、男は条件反射ではなく、心から頭を下げた。

 

「ごめん、それと、ありがとう」

 そんな姿に、

 

「あ、あぁ、うん……どういたしまして?」

 エリィは空いている左手で頭を掻きながら応じた。

 

 さて、そうなった。そうなってしまった。

 

 ――じゃあ、どうする?

 右手にある水筒を携帯袋に戻す事も忘れて、エリィは自身に余り向かない策を弄し始めた。放り出せないと、そうなったのだから、仕方ない、と。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

 アルコールの匂いと、塩分の効いた肉料理の匂いが鼻を突く。周囲では様々な言葉が喜怒哀楽に染められて飛び交い、静寂なんて一瞬もありはしない。

 そう広くも無い店内には頑丈さが売りの木製テーブルが八個。そして椅子はテーブルの傍に置かれた物で三十七個。店の壁際には六個、奥にはさらに予備として十個の椅子が在る。

 

 それらの殆どが男で埋め尽くされたその店内に、一際目立つ存在があった。ヴァスゲルド中心部にある酒場兼宿屋の四つの内の一つ、最も煩雑として最も過ごし易い『魔王の翼』亭のカウンター席には、今三人の少女達が陣取っていた。

 

「で、素材が500だっけ?」

「あ、はい、そうです」

「そうなると、モンスターの胃袋から出てきた金銭と合わせて……」

 

 店内であっても、フードを目深に被った少女が両の指十本を総動員しつつ口をもごもごと動かす。なんとも気の抜ける姿では在るが、それを店内に居る少なからぬ数の男達が――それも筋骨隆々とした、或いは顔さえも傷塗れな男達も同様の仕草をしていると分かれば、見た者は果たして何と思うだろうか。微笑ましいと思う事だけは無いだろう。

 しかしカウンターの向こうで腕組をしたまま客達を睥睨する大柄な男、『魔王の翼』亭の主は嘲笑も浮かべず、じっと佇むだけだ。

 

「んー……だいたい1400……くらい?」

「あとで数えなおさないと分からないし、硬貨の重さも胃酸で変わっているだろうから、明確には出来ないが……その位だろうね」

 少女の計算が終わるより先に、ジュディアはおおよその金額を口にする。言葉を返した少女は折り曲げていた十本の指を戻し、肩をすくめて口元を歪めた。その位だと自身も思ったからだ。

 

「合計の金額としては、一日分の取り分として少しばかり足りないと思うが……」

「まずまず、でしょうか?」

「そーねぇ……」

 少女達の言葉に、ジュディアはツインテールの一房を中指で弾いて応える。

 

「やっぱり、ギルドの窓口で四人分に分けてもらった方が早いかしらねぇ?」

「ジュディア、しかしそれをやると、だ。ギルドの職員に抜かれる可能性もある。それを嫌だと言って自分達で分けようと言ったのは、他ならぬ君だろう?」

「……よねぇ」

 

 ジュディアは額に手を当て、自身の前に置かれている木製のコップに手を伸ばした。中を満たす果実酒は、その甘ったるい匂いをジュディアの鼻腔まで存分に運び存在を主張する。市販はされていないこの酒場だけの、と言うより、他の酒場でも在る独自のレシピで作られた果実酒の中でも、これがジュディアのお気に入りで、更にはお値段もお手頃という優れものであった。

 それをそこそこに呷り、再びコップをカウンターに戻す。舌で唇を舐めて、変わらぬ好物の味にジュディアは確かな至福を感じた。

 

「それにして、エリィは遅いわねぇ……」

「……まぁ、彼女のあの性分だ。本人同士納得済みで分かれるにも、無理やり振り切って放り出すにも、時間は掛かるだろうね」

「……よねぇ?」

 

 彼女達の前提は、エリィが男を見捨ててここに来る事で一応の一致をしている。甘い性分だとは分かっているが、冒険者だ。自分と仲間の命だけでも一杯の状態で、まさかお荷物にしかならない弱者を拾ってくるとは思っていなかった。

 

 自身達は、少なくともジュディアは、罪悪感に絡まれて冷静さを失ったのに、だ。エリィはどうなった物かと心配と茶化す気持ち半分で口を開きかけたジュディアの耳に、突如店外の音が飛び込んできた。誰かが扉を開けたのだろう。

 少女達三人は、誰も振り返ろうとはしなかった。外から誰が来るも、中から誰か去るも、当然なのだから振り返る必要は無い。

 それが外から来たエリィであれば、声をかけて傍まで来るだけの事だ。

 

 だが。ジュディアの目は、向かいに佇むこの店主の顔が一瞬歪んだのを確かに見た。物事に動じない主が、僅かばかりでも目を剥いたのだ。更には、ジュディアの背後からは、男達の口から零れた戸惑い交じりの呻き声が聞こえた。

 彼女は興味に駆られて背後へと顔を向けて――

 

「はぁ!?」

 小さく叫んだ。それにつられて、仲間の少女達も顔を背後に向け、

「これは驚いた」

「え、えぇえええええ……」

 それぞれ驚きを露にした。

 

 彼女達の視線の先には、エリィと。そして男の姿が在ったのだから。

 

 驚きに目を剥き、或いは口を金魚のようにぱくぱくと動かすだけの少女達をよそにして、エリィは極々自然、といった姿を装って壁際に置かれていた椅子を二つ手に取り、その一つを男に渡した。

 

「ほら、カウンターにあいつらがいるだろう? 行くぞ」

「あー……、うん」

 

 堂々とジュディアに近づいていくエリィに、それで良いものかと戸惑いながらも男が続く。そう広くも無い店内だ。少し歩けばすぐカウンターまでたどり着く。

 エリィは椅子を床に下ろし、よっこらしょ、と椅子に腰を下ろした。男は少しばかり離れた場所に座る。

 

 自身の隣に座ったエリィと、その向こうで所在無げに座る男を睨みつけ、ジュディアは口を開いた。

 

「あ ん た ね ぇ !」

「まぁ待てって、ジュディア」

「なにがよ?」

「こいつさぁ、なんか本当に困ってるみたいでさぁ……」

「じゃああんたは路地裏で困ってる子供全部面倒見るっての!?」

「いやそれは無理だけど」

「じゃあさっさと捨ててきなさいよ! 面倒見れるわけ無いでしょ!?」

「そうは言ってもさぁ……」

 

 結局、ジュディア達を納得させるだけの言葉を考え出せなかったエリィは、出たとこ勝負に賭けた。賭けたが、そんなのは余りに無謀だっただけの話である。

 

「そっちの男なんてもういい年なんだし、放っといても死にゃあしないでしょうが!」

「いい年だけどさぁ、なんていうかこう……ほら、なぁ?」

「……んぐぅ……っとのにもう……!」

 

 エリィの言葉に、ジュディアは呻き声を上げた。その辺りはなんとなく感覚的に分かるからだ。実際彼女は保護欲をくすぐられたし、罪悪感も覚えた。

 しかしだからと言って、中堅どころでその日暮しがやっとこさの冒険者が男一人囲えるわけが無い。

 

 ジュディアはエリィはもう墜ちたと思い、男にロック先を変更した。

 男はカウンターに置かれていたメニュー表を見ながら、うわ、なんで読めるんだよこの全然知らない文字……あれ、そういやなんで言葉も通じてるんだ? 等と呟いていたが。

 

「ちょっとあんた」

「……あ、うん、俺か?」

「そう、あんた」

「うん」

 喧嘩腰丸出しのジュディアの言葉にも、男は素直に頷いた。削がれるやる気をどうにか振り絞り、ジュディアは続ける。

 

「ダンジョンで助けた。ダンジョンから街まで無料で運んだ。ねぇ、もうこれで十分でしょ?」

「うん、まぁ……そうなんだけど、さ?」

「さ? って何よ? えぇ、これ以上何が必要ってのよこの青瓢箪」

 ひょろりとした、頼りない体躯を瓢箪とかけたのだろう。男はジュディアの言葉に、店内に居る、今はこちらを興味深げに、乃至、無遠慮な視線をぶつけてくる男達を眺めた。

 なんともマッスルな連中ばかりである。

 

「確かに、これじゃ青瓢箪だ」

「いやそうじゃなくて……なんかあんた、図太くなってない?」

「……どうかなぁ……まぁ、なんというか、あんだけ派手に無様晒せば、もう居直るしかないと言うか……」

 男は頬をぽりぽりと掻きながらジュディアに返す。

 

 カウンターの向こうで腕を組んだまま泰然と佇む店主は、そんな彼ら、彼女らの口論らしき物を聞き流しながら、釣銭用の硬貨が入った壷を足元から取り上げていた。勘定を払い店から出ようとしている一団――五人組が居たからだ。

 

「面白そうな話だが、俺達この後すぐ仕事があるからなぁ」

「人の事を気にしていられる様なもんか、お前ら」

「明日にゃ死ぬかもしれないからな。面白そうな事は知っておきたいだろ?」

「なるほどな」

 ジュディア達の傍で、また男の傍で、皮鎧やフルプレートアーマーに身を包んだ一団と、鎧を着込んだ彼らよりも一回り大きな筋骨逞しい店主は軽口を叩き合う。

 絵になるなぁ、などと暢気に思っていた男は、しかしすぐに暢気さを吹っ飛ばされた。

 

「お前らが食ったのが、あー……若鶏のから揚げ四皿と、ビール七杯と、オレンジの果実酒二杯と、あぁ、後で注文入って四杯か……くそ、若鶏のからあげ更にもう三皿だと、面倒くせぇ食い方しやがって……」

 一団の男から渡されたメモ――おそらく伝票だろう。それを睨みつけながら、大柄な店主が背を丸めて紙を懐から取り出し、ペンを走らせていた。

 

 ――あぁ、電卓とかレジなんてないもんなぁ……。

 

 男がそんな事を思っている間も、店主はペンを走らせ続けた。一分二分ならそういう事もあるだろう、だが、店主のペンはお湯が注がれたインスタントラーメンが出来上がりそうな頃にも、止まらなかった。

 男が目を大きく開き周囲を見回す。早くしろと野次る者も出てくるのではないかと、はらはらしながら目を動かす。

 

 が、見た限り皆平然としたものだ。睨んでいる者も、早くしろと催促するような空気を放つ者も居ない。清算を待つ男達でさえ、そんな色は一切見せなかった。

 

「くそ、どっかに学校出はいねぇのかよ、毎度ながら面倒だぜ……」

「学校出て冒険者する奴がいるかってんだ。あんただって出てないじゃねぇか。……とは言え、店持ちは最低限の計算は覚えるんだろう?」

「最低限だよ、近所のボケかけの長老さまんとこにいってだな、なんともあやふやな計算を……っておい、話しかけたからまた最初っからだ! なんで俺は、冒険者辞めた後店なんか始めたんだよ」

「いや、しらねぇよ……てか、どっちも俺のせいじゃないだろ?」

「子供のときに覚えりゃ、もっと計算が速くなるって言うけどなぁ……学校に行く金なんかどこにあるんだ」

「んな金ねぇから、学校ってのはお貴族様学校って呼ばれるんだろう?」

「あとあれだな、大富豪とかその辺の子供」

「てかなぁ、簡単な計算ならじっくり時間かけりゃ確かに出来るけど、やっぱめんでぇよなぁー」

「あぁうるせぇうるせぇ! お前ら黙れ! 計算できねぇ!」

 

 アルコールを入れても確りとした一団と、ペンを握り締めた店主が軽く言葉で叩き合う。これが当たり前であるらしい。

 どうした物かと思ったが、学校出を求められているのなら、義務教育卒業者としてなんとなく手を上げるべきかと一人頷き、男はカウンターに置いたメニュー表をもう一度手に取って店主に声をかけた。

 

「若鶏のから揚げ四皿と、ビール六杯と、オレンジの果実酒二杯と、追加注文オレンジの果実酒三杯で、若鶏のからあげ三皿、ですよね?」

「あん? ちげぇよ坊主。若鶏のから揚げ四皿と、ビール七杯と、オレンジの果実酒二杯と、追加で四杯、それから若鶏のからあげ三皿プラスだ。というか、だ。今話しかけるんじゃねぇ、その細い首へし折るぞ」

 

 冗談に聞こえないのは何故だろうか。苛立ちを過分に含くんだ声に若干怯えながら、男はメニュー表をじっと見つめて顔を上げた。

 広くは無い、むしろ狭いといってもいい店内を見て、男はこの店が小規模なのは恐らく捌ききれる上限が、ここに入る人々の数だと気づいた。これ以上の客数は流石に清算が間に合わないのだろう。

 

 流されるまま時間を無為に過ごし判然としなかったが、やはり異世界なのだ。ここはやはり、男の世界ではない。

 それをはっきりと教えたのは、初見のダンジョンとやらでもなく、初めて出会った少女達でも大きな蛙型のモンスターでもなく、ここに来るまでに見た町並みでも人々の生活風景でもなく、見知らぬのに何故か読める文字でもなく、ここで算数にコテンパンにされている店主だった。

 

 ――ここは、多分算数さえも一般的じゃない。

 

 地球と言う世界においてさえ、最低識字率は26.2%である。

 簡単な算数なら生きる為に使う機会も多いのだから、文字よりは少し上かもしれないが、これは全ての国が、人が、当たり前に知ると言う事、覚えると言う事、学ぶと言う事が出来るわけではないという事を知らしめる一つの証拠である。その日を生きる事さえ苦しいのなら、余計な物は必要なく、もっとシンプルに動物的に野生として生かざるを得ない。

 この世界がどこまでそうであるのかは男には判然としないが、それでも近いものなのだろう。更に店主は言っていたではないか。

 

『ボケかけの』『長老に』『あやふやな算数を』

 

 この時点で相当怪しい。老齢の耄碌した人物にあやふやな算数を習い、果たしてどんな生徒が出来上がるかと言えば、結果がこの店主ではないのだろうか。

 

 男は、声を上げた。震えては居ないかと、掠れては居ないかと、そんな事に気を取られながら。

 

「若鶏のからあげが一皿12ゴールドで七皿だから84ゴールド。ビールが一杯14ゴールドで七杯だから、98ゴールド、オレンジの果実酒が一杯13ゴールドで……えっと、六杯で78ゴールドだから……」

 

 そこで男は一旦口を止め、何も無い中空を睨みながら頭の中で計算を続ける。男は気にもしなかったが、五月蝿いはずの店内は静寂につつまれ、まるで閉店後のような姿になっていた。

 そこには確かに、人々が居るのにも関わらず、だ。

 

「あぁ、うん、合計で260ゴールドだ」

 

 男の言葉がしんとした店内に木霊する。と、男は先ほど耳に届いていた音の消失に今頃気づいた。

 視線を正面から徐々に周囲へとスライドさせていくと、その先にはエリィ、ジュディア、フードを目深に被った少女、自身から距離を取りたがっていた少女、大柄な店主、伝票を持ってきた冒険者の一団、そしてテーブルに座ったまま此方を見る男達が居た。

 その全てが、口を大きく開けて呆けている。

 

「……ッ!!」

 一番最初に正気に戻ったのは、フードを目深に被った少女だった。彼女は先ほどの店主よろしく懐からメモとペンを取り出し、メニュー表を引き寄せて乱暴にペンを走らせ始めた。

 

 と。それに続いて倣う者が出始め、殆どの者がメモを広げてペンを走らせると言う奇妙な空間が出来上がった。異様としかいえない風景である。一分、二分、三分、四分、五分。やがてペンの音は止み、再び静寂が舞い降りる。

 

「……」

 

 ある者は自身の書いたメモを見つめ、ある者はメモと男を交互に見つめ……やがて、店内に居る全ての者達の視線が男を貫き。

 

「「「「「お前すげぇな!!」」」」

 

 野太い声の大合唱に、店が揺れた。




子供の頃本当に算数が嫌いでした。
実際作中の程度なら3分以上掛かったような気がします畜生。
あと昔、本当に昔なんですがテレビで見たんです。
清算が面倒でメニューの金額を500円均一にしていた居酒屋を。
退社後のお父さんの道楽みたいな居酒屋で。
奥さんがなんとかしてくれって相談する形の番組で。

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